浅 葱 の 瞳
出発前日。
トントン。
文化局局長室の扉が叩かれた。
「どうぞ。開いてるから入って来て。」
ノックの音に、顔をあげて答える。
「部屋に通すときは、相手の名前を聞いた方が良いと思うのだが。」
承諾の声に、扉を開けて入りながら言った。
「でも、デーモンだって分かったし。」
「それは、この時間に吾輩が出向くことを知っていたからじゃないのか?」
入って来て早々に文句を言う来客にお茶を煎れながら言った。
「何?ご機嫌斜め?」
ゼノンの言葉に口を噤む。
「すまん。」
素直に謝る姿に淡い笑みを漏らす。
「機嫌が悪い・・・と言うより、気がたってるのかな?デーモンらしくないね。」
ゼノンは、立ったままのデーモンをソファに促し、ガラスのテーブルに、ティーポットを置き、そのポットの上にティーコージーを被せ、サンドグラスを逆さにする。
デーモンは何も答えず、ソファに座った。
ゼノンもその向かい側に腰を下ろす。
2名に間に、紅茶の柔らかい香りが漂ってきた 。
静かな時間が過ぎて行く。
サンドグラスの中の砂が、静かに落ちていた。
明日から、デーモンは秘密裏の任務で、とある地へ赴くことになっている。
それは期間のない任務であった。
早く終われば1月もすれば戻ってくるだろう。
しかし、状況次第では、何年掛かるか想像が付かない。
今日、デーモンはゼノンに頼んであった、その任務の為に必要な資料を受け取りに来たのだ。
砂が落ちてしまうと、ゼノンはそっとティーコージーをはずすと、暖めてあった2つのカップに琥珀色の液体を注いだ。
片方のカップをデーモンの前へ差し出す。
「お待たせ。」
差し出されたカップをソーサーごと抱え、香りを楽しんだ後、そっと1口、口に含む。
芳醇な味と薫り。
「美味しい。」
デーモンの素直な感想に、嬉しそうに微笑むと、ゼノンも紅茶を口にした。
ゆっくり紅茶を楽しみ、他愛ない会話が続く。
「そうそう、頼まれていた資料、渡さなきゃね。」
ゼノンは、話が途切れた頃を見計らって、先ほど座っていたデスクの引き出しの中から、1冊のファイルを持って来た。
「ありがとう。面倒なこと頼んで悪かったな。」
「面倒なのは、これからの君の任務でしょ?」
デーモンの労いの言葉に返す。
「その資料集めながら思ったけど、かなり厄介だよね。」
デーモンは大きなため息をついた。
「やはり、そう思うだろう?」
『お手上げ』と言い出さんばかりのデーモンのリアクション。
「ま、だからこそデーモンに白羽の矢が立ったんだと思うけど。」
デーモンは、あまり歓迎していないようだ。
「予定通り、明日出発?」
「ああ。」
突然、デーモンの表情が曇る。
「何?気掛かりなことでもあるの?」
デーモンの瞳が僅かに霞む。
「任務が嫌・・・と言うわけではなさそうだね。だって、厄介ではあるけど、デーモンにしてみれば、時間はかかりこそすれ、不安が募るような任務ではないよね。」
無言でカップに口を付ける。
「気がかりは・・・。」
伏せられていた瞳が、ゼノンを見つめる。
「気持ち・・・伝えたの?」
「別に吾輩は・・・。」
「そんな顔して何言ってるの。君が任務以外で気掛かりなのって、それ位でしょ?」
「なんかそれって、吾輩、情けなくないか?」
「大切なことでしょ?」
デーモンは、カップをテーブルの上に置くと、ソファに深く座り直し、足を組んだ。
暫く、優しい瞳をのぞき込んでいたが、やがて諦めた様に小さく息を吐く。
「自分が解らない。何故こんなに苛つくのか。何故こんなに不安なのか。」
1つ1つ言葉を選び、考え込みながら呟く様に話し出す。
「何時からこんな風になったのか・・・。」
ゼノンは、微笑みを絶やさないまま黙って聞いていた。
空になったデーモンのカップに、紅茶を注ぐ。
デーモンは、渇いた口を潤した。
「相手の気持ちが分からないからじゃない?」
さらりと言う。
「伝えてないんでしょ?」
「何を?」
「自分の気持ち。」
「どう言えば良い?自分でも持て余している想いを。どう伝えれば良い?」
「素直に。」
事も無げにゼノンは言った。
「そう言えば良いんじゃい?きっと伝わるよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「それに・・・。」
「?」
「きっと想いは一緒じゃないかな?」
その口調は、真剣だった。
「それは分からない・・・。」
「ま、ね。」
あっさりとゼノンは同意した。
「でも、このままでは任務の準備もままならないでしょ?」
デーモンは、真っ赤になった。
長い沈黙が続いた。
考え込んだデーモンを、ただじっと待っているゼノンは、サンドグラスを逆さにすると沈黙を破った。
「時間は待ってくれないんだよ。」
その言葉に、意を決した様にデーモンは立ち上がった。
「どこ行くの?」
デーモンは、ゆっくり顔をあげ、ゼノンを見つめた。
その瞳は、何か吹っ切れた様な笑みを湛えていた。
「不安だったのは、多分、自分を愛してくれるか、愛していてくれているかどうかだったんだ。でも、それは違う。どれだけ自分が愛することができるか、だ。」
そういうと、デーモンは部屋を出て行った。
「あ、書類・・・。」
テーブルに置き去りにされた書類を手に、ゼノンはため息を吐いた。
「あとで散歩でもしようかな。」
Fin
Presented by aoi
「あとがき」
今回の主役は「砂時計」って言ったら怒ります?
最近、紅茶煎れたり、フレッシュハーブティ煎れるのに凝ってるんですよね。
んで、しっかり3分計れる砂時計を購入しまして、じーっと落ちていくのを見るんです。
あの、まったりした時間がたまらなく好きなんです。
そんな静かな時間の流れを文章にしてみました。
葵 拝