碧 い 奇 蹟 ( 後 編 )
ゼノンは、戦いなど起こっていないかのように、ライデンと2名でお茶を飲んでいた。
戦況が気にならないわけではない。
しかも、ルークだけではなく、許可をもぎ取ったエース、そして、その後を追うようにして向かったデーモンが、戦闘の真っ直中に身をおいているのである。
内心は穏やかなものではなかった。
それはライデンも同様である。
しかし、首脳陣が留守にしている間、自分までもが騒いでいては、周りのものに不安を与えてしまう。
それに、デーモンの出陣はトップシークレットである。
気付かせてはいけない。
そんな気持ちを落ち着かせるためか、戦いが始まってからずっと続けられている2名きりのお茶会。
何を話すでもなく、ゆっくり時は流れていた。
じれったいほどの時間の流れ。
こんなにも過ぎゆく時間は遅かっただろうか?
お茶を待つ砂時計の流れまでもが止まっているかのように感じられた。
そんな時。
「エース?」
「エース!」
2名同時に声を発する。
そして立ち上がる。
「そのままなるべく動かさないでね。気を付けて。あとどれくらい?分かった。」
ゼノンの瞳に、いつもは隠されている厳しい光が宿った。
ライデンはその様子を見て、ただならない空気を感じ取る。
「デーモンが危ない。」
それだけ言うと準備に掛かる。
「俺に出来ることは?」
ライデンの声も緊張している。
「お湯を。」
ゼノンは1言発する。
ラーデンはお湯を用意するために駆け出した。
文化局長室が一気に緊張に包まれる。
デーモンの意識は一向に戻らない。
ゼノンの手が、忙しく動く。
エースは、デーモンの身体ををゼノンに預けると、覗き込むように傍らから離れない。
「エース、お疲れさま。デーモンにずっとエネルギーを補給したせいで君も顔色悪いよ。向こうで休んで。」
エースを気遣うゼノンの手は休まる事は無かった。
デーモンの気は弱まる一方である。
その身体は、少しずつ白さを増していった。
「ねえ、ルーク。デーモン・・・、大丈夫だよね。だんだん・・・。」
耐えきれずにライデンがルークにしがみつく。
「大丈夫。ゼノンが付いているだろ?」
ルークは、不安を殺すようにライデンの手を握り返し、自分に言い聞かせるように言った。
ルークの目にも、デーモンの身体が透き通って行っているような気がする。
「エース、向こうへ行ってて!手を借りたいときは呼ぶから。」
普段では考えられないゼノンの叱咤が飛ぶ。
エースは、重い体を起こして、部屋を出、近くのソファに倒れ込むように座った。
「馬鹿だ・・・。」
小さい呟き。
「何故逃げた?」
ルークはエースの隣に座ると肩を抱いた。
「まだ遅くないだろう?」
俯いたエースの身体は、小刻みに震えていた。
「デーモン!!!」
ゼノンの叫び声にその場の3名が、ベッドの方へ走り寄る。
「!!!」
そこに見えたのは、ほとんど消えかけたデーモンの姿。
しかし、彼が愛してやまない彼の惑星・・・地球の色を思わせる碧い瞳だけが、自分の身体が滅しようとしている今でも尚、輝いていた。
「エース。」
はっきりしたデーモンの声。
どこか、宙から降り注いでいるような響き。
エースは、まるで空中を歩くようにゆっくりと近づく。
「デーモン。」
「何を泣いている?」
消えかかったデーモンが笑う。
その姿はあまりにも美しくて・・・。
ライデンはたまらずルークの腕にしがみつき、嗚咽をこらえる。
その場の誰もが、デーモンの最後を感じ取っていた。
涙の流れを止めることも、拭うこともしないまま、ルークは、デーモンを凝視する。
最後まで、全てを見届けようとするかのように。
消えかかる指先で、エースの涙を拭う。
更にデーモンの身体が消えていく。
「デ・・・モ・・・ン。何故俺なんかを庇った?何故・・・。」
デーモンは、あの、見るものを魅了してやまない微笑みを見せた。
そして言った。
「お前を、愛しているから。」
身体が消えようとしている今も尚、微笑み続ける。
「だから、お前にこれを・・・。」
その言葉を最後にデーモンの姿は、永遠に消えた。
「デーモン!!!」
声にならない叫び声が何時までもこだましていた。
「エース・・・。」
どれくらいたっただろうか?
誰もその場を動かなかった。
否、動けなかった。
もしかしたら「冗談だよ」と、デーモンがいたずらっ子のような笑みを湛えながら出てきそうで。
デーモンが消えたベッドを、何時までも見つめていた。
そんな時間が、どれくらい続いただろうか?
その沈黙を破ったのはゼノンだった。
「エース。」
死んだような瞳をゆっくりとゼノンの方へ向ける。
「あれ。」
ゼノンが指さした先には、丁度、掌の大きさの球。
「デーモン・・・?」
デーモンの瞳と同じ地球の碧をした球。
「それって、・・・魂?」
恐る恐るルークが言う。
「多分。」
ゼノンが頷く。
「僕も初めて見たけどね。」
「魂って・・・、あの伝説の?」
ライデンの言葉に、もう一度ゼノンは頷いた。
「持ってみて、エース。」
エースは、そうっと手を伸ばす。
触れる寸前、躊躇うように、一瞬手が止まるが、ゆっくりと持ち上げる。
魂は、それに答えるかのように輝きが増した。
「やっぱり、デーモンの魂だよ、エース。」
ルークは、溢れる涙を拭って言った。
エースは、その言葉を聞くと、その場に泣き崩れた。
「・・・うっ・・・。デーモン・・・。」
ゼノンは、隣にしゃがみ込み、エースの肩を抱きしめた。
「デーモンは、ずっとエースの傍だよ。」
その言葉に、声を出して涙した。
コンコンコン
「入れ。」
一礼して入ってきたのは、副参謀のオルファー。
「ご報告に参りました、エース長官。」
緊張の余り、発する声までもが直立不動である。
「今度の戦い、長官から提供していただきました情報を元に作戦を練り、無事、勝利をおさめることが出来ました。」
「ご苦労だったな。ありがとう。」
エースの「ありがとう」という最大級の労いを受け、オルファーの瞳が潤むのが見えた。
「下がれ。」
「はっ。失礼いたします。」
1名になったエースは、片時も離さない碧い球に話しかけた。
「良かったな、デーモン。我々は勝利を治めたぞ。」
その言葉に呼応するように、魂は輝いた。
時は流れる。
「エース。入って良い?」
ノックの後、ゆっくり扉が開いて、ふさふさ頭の先が覗く。
遠慮がちな覗き方に、思わず笑みを漏らす。
「俺はまだ返事してないぞ、ライデン。」
「ごめんね。」
後ろ手にそっと扉を閉めて、ちょこっと舌を出す。
その姿は、まるで子供の様。
「どうしたんだ?」
「用事じゃないんだ。デーさんに会いに来ただけ。」
あの日以来、エースが片時も離さない魂を見つめる。
片時も・・・そう、私生活はおろか、戦いの最中でも、肌身離さず持っている。
時折、祈る様に魂を持って目を閉じているエースの姿が見られた。
エースは、ライデンにそっと魂を渡す。
恐る恐る受け取るライデンは、これ以上ないほど大切に扱う。
ライデンだけではない。
ルークやゼノンも、時折エースの元を訪れては、こうやってデーモンに会いにやって来る。
魂を見ると、あの瞬間を思い出す。
デーモンを失ったあの瞬間。
ブルッと身を震わせた。
「エース。」
魂をじっと見つめていたライデンが、声を掛けた。
物思いに耽っていたエースは、ハッと顔を上げる。
「デーさんさ、この頃碧さが増してない?」
毎日見ているエースの目には、あまり変化がある様には思えない。
「そうか?」
「うん。この前、ルークとも言ってたんだ。なんか色が濃くなったよねってさ。」
ライデンから魂を受け取ると、目の高さに持ち上げてマジマジと見つめた。
微かに点滅する。
「これって、点滅するんだ。」
「たまにな。でもこれほど強い点滅は無かったんじゃないかな。」
チカチカと、だんだん早くなっていく。
「俺、ゼノンとルーク呼んでくる!!!」
「おい。呼ぶんだったら・・・。」
そう言うと、部屋を飛び出していくライデンを呼び止めようとするが、姿はなく・・・。
受話器を握ろうとしたエースの手は虚しく空を彷徨う。
椅子に座り直すと、持ったままの魂を見つめる。
先程より、点滅が早くなり、より輝きが増した様な気が・・・その時、エースの手の中で、動いた。
「!!!」
しかし、もう一度見直すと、何の変化もない。
−−− 気のせい? −−−
いつもの様に、デスクの上に置く。
カタカタカタ。
「!!!!!!」
気のせいではない。
今度は、音がするほど動いたの。
慌てて魂を持ち上げる。
「デーモン、どうしたんだ。」
答えることはないとは分かっていても、優しく話しかける。
「何か言いたいことがあるのか?」
魂を優しく撫でる。
「エース!デーモンは?」
ライデンは、両手にルークとゼノンを掴んで駆け込んできた。
「段々点滅は早くなるし、動くんだ。」
「あ、ホントだ。」
3名は、魂を覗き込んだ。
その間にも、点滅は激しくなり、これ以上無いほど輝き、更に動きが目に見えるようになってきた。
「どう思う?」
エースはゼノンに質問する。
他2名は、ゼノンが考え込むのを見つめいていた。
「デーモンが魂に変化した後、色々な文献を見てみたんだ。魂は生きている。そこまでは分かった。と言うことは・・・。」
「と言うことは、デーモン、生きてるわけ?」
ルークは、ゼノンの、この期に及んで普段と変わらない口調に焦れ、先を急かした。
「うん。そうなんだよね。でも、だからどうすれば良いかがね、分からないんだ。」
「じゃあ、デーモンが生き返る可能性もある?」
「断言は出来ないけどね。」
その言葉を最後に、全員が魂をじっと見つめる。
突然、魂は、ガタガタと動き、デスクの上から滑り落ちた。
「あっ!!!」
4名は、慌てて探す。
コロコロと転がり見えなくなった。
「ねえ、見つかった?」
ライデンが叫ぶ。
4名は、床に這うようにして、魂を探す。
「デーモーン。返事してよー。」
答えがないのが分かっているが、呼びかけずにはいられない。
「何処だ?この部屋の中だから、そう探すところは無いはずだが。」
無駄だと分かっていても、デスクの引き出しを開け閉めしながら、エースが呟く。
「転がったのに、そんなトコに入っているわけ無いじゃん。」
ルークが叫ぶ。
「もう!無いじゃん!!!」
ライデンが癇癪を起こした。
「ほら、そんなこと言わ・・・、デ・・・ー・・・モン・・・?」
宥めるように皆を促していたゼノンの動きが止まる。
「ゼノン?どうした?」
エースが伺う。
「デーモンが・・・。」
ゼノンが譫言のように呟く。
そのただならない雰囲気に3名は駆け寄った。
「デーモン!!!」
目の前に起こっている現象を、4名はただ呆然と見つめていた。
「デー・・・モン・・・。」
呟くエースの声が、心なしか震えていた。
魂が消えたと思われた場所。
蜃気楼のように、影が立ち昇っていた。
透き通っている白い影は、しかし、はっきりと「彼」の姿を象っていた。
ずっと以前、消えていったときをスローモーションで巻き戻すように、ゆっくりとその影が濃くなっていく。
誰も言葉を発せず、その様子を固唾をのんで見守っていた。
少しずつ「デーモン」の姿に成っていく影は、何時しか、瞳を開いていた。
その瞳には、エースが片時も手放すことの無かった、あの魂。
地球の碧を思わせる、眩い程の輝き。
その瞳を宿す、忘れることなど出来なかったその顔には、最後に見たあの微笑み。
デーモンが完全な形となった時。
「デ・・・ーモ・・・ン・・・?」
最初に呼びかけたのは、エース。
喉かカラカラに乾いて貼り付き、うまく言葉が出ない。
しかし、その呼びかけに、デーモンは答える。
「ただいま。」
「デーモン!!!」
夢にまで見たデーモンの声。
ライデンは、耐えきれず駆け寄りその身体に飛びついた。
デーモンは、その背中を愛おしむように柔らかく抱き寄せる。
それを合図に、ルークとゼノンが歩み寄る。
デーモンは、1名1名と抱擁を交わした。
そして。
ただ1名。
未だにその場を動けないで居る者の名を呼ぶ。
「エース。」
エースは、その声に導かれて1歩1歩踏み出した。
「本当に、デーモンなのか?」
恐る恐る手を伸ばす。
「ただいま。」
エースだけに、囁くように・・・。
他の3名は、そっとその場を離れ、部屋を出た。
それを合図に、エースは、デーモンを抱き寄せる。
「痛い、エース。」
抱きしめる腕の強さに、デーモンは言った。
しかし、その腕が緩まることはない。
「デーモン・・・。デーモン。」
何度も繰り返して囁かれる、自分の名。
デーモンは、その背中に、そっと腕を廻した。
「ごめん。」
謝るデーモンの首筋に顔を埋めたままのエースは、ただ首を横に振るばかり。
あまりの感情の高ぶりに、声を出すことを忘れたかのように。
「デーモン。」
熱に浮かされたような熱い声。
「もう、逃げない。」
エースは、決意を言葉にする。
自分の弱さのために、デーモンを失ったあの時の想いを、2度と味わいたくなかった。
あの胸を引き裂かんばかりの絶望。
自分自身を、あれ程憎んだことは無かった。
あれ程後悔したことはなかった。
自分がもう少し強かったなら。
だから決めた。
「もう、逃げない。」
エースは、顔をあげ、デーモンの瞳を見つめた。
「愛している。」
魂は、稀に蘇生する事があるという。
それは、魂の「常に傍にありたい」という願いと、その「常に傍にありたい」と願った者の願いがシンクロした時。
その時。
魂は、甦る・・・。
Fin
Presented by aoi
「あとがき」
うわっ。
長っ!!!
何を思い立って、こんな話書いたのかしら?
いつもは、結構、端折って書くんですよね。
今回は、のんびりと思い浮かんだことをまったりと書いていたら、こんな事になってました。
最初から殿を殺す予定で書き始めたんです。
それに向けて、文章が増える増える。
気付いたら・・・。
殿〜〜〜!!!私もお供して逝きます〜〜〜!!!
んで、最初に妹に見せたら、クレームが付きました。
「閣下を生き返らせて。」
えっ?何ですって〜〜〜!!!
それから悩みました。
どうやって甦るか。
まあ、私だって、閣下には無病息災(←なんかヘン)でいて欲しいから。
で、出来上がったのがコレ。
いかがです?
注)殿とは我が家の閣下の愛称(?)です。
葵 拝