碧 い 奇 蹟 ( 前 編 )
個々の魂には、それぞれ色があると言う。
その色はまさしく、その者を表す色だと言う。
しかし、誰も自分の魂の色を知らない。
なぜなら、その色が判る時。
それは、その者が滅する時、周りの者のみが知り得る。
死しても尚、誰かの傍にいたいという強い願いと、それを成就させるだけの強大な魔力。
その為、「魂は、身体が消滅しても存在する」という伝説のみが残っている。
魂が、どのようにして作られ、どのような形をしているのかは、謎のままである。
ただ。
魂は生きているという。
その証拠に、その魂が本当に望んでいる場所でないと、消滅してしまう。
逆に、魂が心から望んでいる場所を見つけると、その輝きが増すと言われている。
相手は、想像以上の強敵だった。
この戦いの総指揮を務めるデーモンの元にもたらされる最前線の戦況は、あまり芳しいものではない。
デーモンは、報告に来た兵士に労いの言葉をかけ下がらせると、大きな溜息をつき、デスクの上のボタンを押す。
すると、今まで壁であった場所が巨大なスクリーンに変わり、隣接する応接室・・・現在の作戦本部室が映し出された。
応接室にしては、広すぎるその部屋に、1名の悪魔が窓辺に佇んでいる。
「聞いたか?エース長官。」
エースは、ゆっくりカメラの方を振り返った。
「どう思う?」
エースは無言のまま、応接室の扉を開けた。
その向こうには、デーモンが座っている。
デーモンは、スクリーンのスイッチを切った。
「俺が行く。」
エースの言葉に、デーモンは再び溜息をつく。
「吾輩は、お前に戦場へ行けと言っているわけではない。情報局長官としてのお前の意見を求めているのだ。しかも、戦場には既にルークを送っている。案じることはな
い。ただ、想像以上に苦戦を強いられているのは事実だ。だから、お前の意見が聞きたくて呼んだのだが。」
エースは、デーモンのデスクのコンピュータを使って、自分の端末を呼び出す。
更に、先ほどデーモンが閉じたばかりのスクリーンに、その戦場の平面図を映しだし、情報局の情報とを重ね合わせる。
「ここが現在ルークが居る場所。つまり本部だ。そして、ここが敵の本部。現在・・・。」
エースは、スクリーンを指しながら説明していく。
「流石だな。そこで、お前の意見を聞きたい。この戦い、どう思う?」
その説明が一通り終わると、デーモンは問うた。
「だから、俺が行くと言っている。」
「それは、芳しくないと言うことか?」
「ああ。」
即答する。
「あまり良い状況ではないな。しかし、負けるわけではない。今は、勢いに押されているだけだ。ならば、こちらにも勢いを付ければ良い。」
「では、吾輩が出よう。」
デーモンは立ち上がった。
「お前が行く必要はない。今まで通り、情報を前線へ送ってくれ。」
デーモンは、秘書を呼ぶためのスイッチを押そうとした。
その手を、エースに捕まれる。
「俺が行く。」
そう言ったエースの真剣な瞳がデーモンを捕らえた。
「何故?」
「これ位の不利、わざわざ副大魔王閣下にお出まし頂かなくとも、我々でなんとでもする。朗報を待っていてくれ。情報の方は、俺が居なくても納得行くものを提供できるよう指
示してある。心配するな。」
「そうではない!今のお前は、例え戦況が有利であっても戦場へ飛んで行きそうな勢いだ。何故・・・?」
デーモンは、自分の意にそぐわないエースの的外れな答えに声を荒げる。
エースは、不意にデーモンを抱き寄せると耳元で囁いた。
「頼む。黙って俺に出撃命令を・・・。」
「エース!」
「頼む。」
自分を抱きしめているエースの腕が振るえているような気がした。
「エース長官、出撃を命じる。」
エースは、デーモンの執務室を出ると、足早に立ち去った。
このままデーモンの傍にいてはいけないような気がした。
これ以上デーモンの傍に居ると何を口走るか分からない。
どの様な行動に出てしまうか分からない。
想像するだけで、恐ろしくなる。
デーモンを失いたくなかった。
このままでは、デーモンを壊してしまうかもしれない。
デーモンから離れたい一心で戦場行きを願い出た。
「エース・・・。」
デーモンは、エースが出て行った扉を見つめていた。
嫌な予感がした。
何故あれ程までに戦いへ行きたがる?
切羽詰まった戦況でも無い限り、エースが、戦いの指揮を直接取ることはない。
もしかしたら、自分が知らない情報が?
否。
ルークから直接はいる情報は、苦戦こそすれ、油断しなければ勝利を確約するものであった。
では何故?
胸に沸き起こってきた不安が増して行くのが判った。
何より、自分を抱きしめたエースの腕。
何故震える?
デーモンは立ち上がると、スイッチを押した。
「極秘で出陣する。」
突然の情報局長官の出現に、皆一様に驚きを隠せなかった。
「なんで、アンタが居るの?」
その気持ちを言葉にしたのは、作戦本部長のルークであった。
「デーモンが行けっていったわけ?」
「ああ。許可は得た。」
「許可?どうせ無理矢理貰ったんでしょ?」
泣く子も黙ると言われ、恐れられているエースの、見るからに不機嫌な顔にも動じず、ルークは言った。
「で?何しに来たわけ?アンタのことだから、戦況が有利に進められていることぐらい知ってるんでしょ?不利と見せかけてさ。それは、デーモンにも伝えてあると思ったけど。」
無言のままのエースに、ルークは大きく息を吐き出した。
「逃げてきたの?」
ルークは、睨み付けるエースに、肩を竦めて見せる。
「ま、何でも良いけどね。皆に顔見せてあげてよ、志気が上がるからさ。」
その言葉に従う様に動き出したエースを、ルークは呼び止めた。
「まだ迷ってるんだ。逃げたくなるほど。」
ルークはそう言うと踵を返し、エースの傍を離れた。
本部を離れたルークは、先日見つけた、少し離れた所にある川に向かった。
戦況は有利に進んでいる。
油断しているわけではないが、自分が少々目を離したところでどうなることではない。
しかも今はエースが来ているという安心感も手伝ってか、一休みをするために歩いた。
「エースも、ハッキリすればすっきりするだろうに。逃げるなんてらしくないったら・・・誰だ !!!」
ルークは、物影に気付いて臨戦態勢を取る。
「さすがの吾輩も、参謀殿に真っ向から挑まれたら、無傷では居られないだろうな。」
「デーモン!!!」
背後に立ったのは、魔都で総指揮を取っているはずのデーモンであった。
ルークは、戦いのオーラを纏った身体を沈め、デーモンの方に駆け寄った。
「何故ここてに?」
「ここに吾輩が来ているのは内密に。」
ルークは大きく頷く。
デーモンは、他には見えない様、ルークを包み込みながら結界を張った。
「エースが来ているだろう?」
結界を張り終えると、デーモンは開口一番に言った。
「デーモンが許可したんでしょ。」
素っ気なく答えるルークに苦笑する。
「何から逃げているのだ?エースは。」
「何時からあそこに居たの?」
自分の呟きがデーモンの耳に届いていたことを苦々しく思い、非難めいた口調になる。
「吾輩の方が先だったぞ。」
微笑みながら言うデーモンの瞳が、決して笑っていないことに気付き、ルークも表情が引き締まった。
「逃げているのは、吾輩からか?」
寂しそうに呟く。
「何故・・・?」
川辺に進んでいくデーモンの背中が沈んで見えるのは気のせいでは無い。
−−− その理由は・・・。 −−−
エースが伝えていないことを、自分が言えるわけもなく・・・。
デーモンはルークを振り返った。
「エースが元気ならば、それで良い。最後に見せた表情(かお)が気になったので、ここまでやって来たのだが、お前が居るのだから心配は無かったな。ただ、ちょっと様子が
おかしいので、少し気を付けておいてくれないか?戦いに支障にならない程度にな。これは、吾輩の個悪魔的な感情なので、戦いを優先してくれ。」
ルークは素直に頷く。
「では、吾輩は魔都に戻る。」
『逃げてきたの?』
ルークの言葉が突き刺さる。
『まだ迷ってるんだ。逃げたくなるほど。』
何も言い返せなかった自分に腹が立った。
しかし、当たっているだけに何も言えない。
エースは、近寄ってくる兵士達に一言一言言葉を掛けながら歩いていた。
デーモンやルークが言ったように、自分が顔を見せただけで、面白いように活気が漲る。
・・・とその時。
戦況が動いた。
様子を窺っていた敵が、新顔を見つけたからか、突然飛び出してきた。
不意をつかれる。
まさかこんなに近くにいたとは!
こちらの兵士達も、エースが現れた事への安心感と信頼感からか、油断が生じていた。
「しまった!!!」
エースは軽く舌打ちする。
しかし、百戦錬磨の情報局長官である。
振り返り様に、右手に現した剣で斬りつける。
一瞬にして、敵が無惨にも塵と化す。
それを合図に敵の数が増した。
エースはルークに念を送った。
ルークはそれをキャッチすると本部へ瞬間異動する。
エースは、近づいてくる敵を次々に倒して行った。
廻りを見渡すと、敵の骸が塵と化そうとしていた。
味方は、現在の有利な状況とエースの参戦という力強い味方の出現に勢いに乗り、殆ど無傷に近かった。
「他に敵はいないのか?」
エースは呟いた。
その瞬間。
「エース!!!」
ルークの頭の中にエースの声が響いた。
「敵だ。」
瞬時に本部へ異動したルークは、近くに居た者へ問いかける。
「敵の状況は?」
「突然の襲撃でしたが、エース長官がいらっしゃいましたので、味方は殆ど無傷であります。」
その報告に、安堵の息も漏らす。
情報局長官に任命されてから、最前線に出ないとはいえ、伊達に「エース」の名を敵味方関係なく響かせているわけではない。
しかし、デーモンが言っていた様子の変化が気になる。
エースに限って、戦闘中にどうこうと言うことは無いだろう。
戻ってきた時に、話してみるか・・・。
戦闘も落ち着いた様子が窺える。
ルークは、状況を訊く為にエースに呼びかけた。
「エース、今・・・。」
その瞬間、強い衝撃を受けた。
「エース!!!」
「エース!!!」
エースの目の前に何かが立ちはだかった。
金糸が目の前を揺れる。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
あまりの至近距離の突然の出来事の為、ぼやけていた視界に目を慣れさせる。
「!!!!!」
スローモーションのように崩れ落ちていくデーモンの姿。
「デーモン!!!!!」
地面に倒れ込もうとしたデーモンの身体を瞬時で受け止める。
はっきりした視界に映ったのは、純白の戦闘服を深紅に染めているデーモンの姿と、自分に銃を向け震えている敵の姿。
「雑魚が!!!」
エースはその敵に向けて、余程の事がない限り開かない邪眼から一撃を飛ばす。
おそらく敵は、自分の身に何が起こったのか分からないまま霧散したのではないだろうか。
「デーモン!!!しっかりしろ。」
エースは、デーモンを抱きしめ声をかける。
「何故、ここに・・・?」
デーモンは、エースの問いかけにうっすらと瞳を開く。
血に染まった手を、ゆっくりとエースの方へ近づける。
エースは、その手をデーモンを支えている腕とは逆の手で握り返し、自分の胸へ押しつける。
デーモンの唇がゆっくりと動いた。
しかし、声帯を震わすことはなく、ただの空気となって吐き出る。
「デーモン・・・?」
エースは、デーモンの唇へ耳を寄せる。
再び、微かに吐き出されるデーモンの吐息。
「・・・よ・・・かっ・・・。・・・・・・エ・・・スじゃ・・・なく・・・て・・・・・・。」
それきりデーモンの動きが止まった。
ルークに届いた衝撃は、今呼びかけていたエース自身の身にもたらされていたものではなかった。
それよりもっと・・・。
ルークは、ハッとして辺りを見渡す。
先ほどまで一緒に居たデーモンの姿がない。
自分に届いたエースの呼びかけは、デーモンほどの力がある者であれば、容易く感じ取ることが出来たはずである。
嫌な予感がした。
その時。
「デーモン!!!」
さほど遠くはない場所から、エースの叫び声が聞こえる。
「しまった!!!」
ルークは、声のした方へ飛び出す。
その場所は、実際大した距離ではないはずなのに、どれだけ走っても辿り着かなかった。
しかし、近づいている事に気が付かされるのは、歩を進める度に増していく、エースの悲痛な感情。
辺りを包み込んでいく悲しみのオーラ。
これほどまでにエースが自分の感情を表に出すことなど・・・。
そして、そこで見たものは・・・。
ルークに送られた呼びかけは、傍らにいたデーモンの耳にも届いた。
『エース!!!』
デーモンは、すぐさま行動を起こした。
嫌な予感はこの事か?
エースを見送ったときわき起こった不安は、決してエースの表情ばかりではなかった。
どうしても消えない不安。
そう、予知にも近い・・・。
自分の予知能力はあまり優れていなかったはず。
しかし、一度感じ取った予知は消し去れなかった。
デーモンは、ルークの傍を離れ、エースの一瞬の呼びかけを頼りに移動した。
辿り着いたデーモンの目の前に見えたのは、エースに銃を向けて震えている敵の姿。
その瞬間。
銃口が火を噴いた。
デーモンは頭で考えるより早く、一瞬ののち、エースの前に立ち塞がっていた。
「エース!!!」
直後、敵の弾が背中に突き刺さる。
『間に合った・・・。』
重力に従って崩れ落ちる自分の身体をどうすることもできない状況で、ただ、エースの無事だけを確認する。
「デ・・・モン・・・」
微かにエースの声が聞こえたような気がした。
「・・・エ・・・ス・・・。」
彼に触れたくて手を伸ばす。
いつも触れていた、そして、先ほどまで震えていた腕が、自分を支えてくれているのが分かった。
「・・・よ・・・かっ・・・。・・・・・・エ・・・スじゃ・・・なく・・・て・・・・・・。」
意識が遠のいていった。
「デーモン!!!」
デーモンの意識が無くなったのと、ルークが辿り着いたのは同時だった。
「エース!!!デーモン・・・。」
エースは、デーモンを抱き上げると、周りにいた味方の兵士に言った。
「この事は、内外問わず極秘事項だ。副大魔王が倒れたとあっては、敵の志気を高めるのと同時に、こちらにも影響が出る。俺とルークはこのまま魔都へ戻る。オルファー。」
エースは、副参謀の名を呼ぶ。
呼ばれた副参謀は、緊張した面持ちで1歩踏み出した。
「後を頼む。ルークの抜ける事によって生じる穴は大きいであろうが、あと少しでこの戦いも終わる。切り札として取っておいた情報を持たせるので、それを元に我々に勝利をもたらし
てくれ。」
「御意。」
深々と1礼するオルファーを見届けると、ルークに声をかける。
「ゼノンの元へ向かう。これ以上デーモンに負担をかけないためにも、俺はエネルギーを注ぎ込みながら異動する。結界を頼む。」
ルークは大きく頷いた。
「じゃあ、みんな頼むね。」
ルークはその場の兵士達に声をかけると、結界を張るために力を発動した。
to be continued