暗 黒 に 包 ま れ て
風が強かった。
立っているのもやっと。
太陽の化身を思わせる見事な黄金の長い髪。
それはきっと、この魔界に於いて、決して追い風にはならないはず。
しかし、彼はそれさえも味方に付けていた。
闇の中にある魔界の、それこそ道標であるかの様に・・・。
その髪が、風に煽られ闇に舞う。
無造作に掻き上げた。
「そろそろ部屋に入ったらどうだ?デーモン。」
何者にも負けないその存在感を、眩しそうに見ていたエースは、部屋からテラスへ出て行って戻って来ないデーモンに声をかけた。
デーモンは振り返ったが、戻る気配はない。
ここは、デーモンの屋敷の彼の自室。
エースは久々にデーモンの屋敷を訪れていた。
今夜は嵐になりそうだったから。
デーモンは極端に嵐の夜、独りになるのを嫌った。
彼自身がそう言った訳ではない。
ただこんな夜は彼の瞳に翳りがある。
そんな彼を独りに出来なくて嵐になりそうな夜は彼の元を訪れる。
突然訪れたエースをデーモンは別に驚きもせず迎え入れた。
「来ると思っていた。」
「今夜も泊まって行くんだろう?」
今夜も・・・。
「ああ。お前がよければな。」
「ちゃんと部屋は用意してある。いっそお前の部屋としてキープしておくか?」
今夜エースが来る事が分かっていたかのような口調。
その言葉にエースも軽口で答える。
「その方がお前の所の執事が楽かもな。」
二名で夕食を済ませた後、デーモンの私室に行きグラスを傾ける。
ただ無言で。
それはやはり嵐の夜の習慣。
そのまま嵐が過ぎ去るのを一晩眠らずに待つ事もしばしばあった。
そして今夜。
突然デーモンは立ち上がりテラスへ続くドアを開けた。
窓に叩き付ける様に吹いていた風が、遮る物がなくなり遠慮無く部屋に入り込んで来る。
風になぶられる黄金の髪。
そのまま風に飛ばされてしまいそうな儚さに不安を覚えエースは、デーモンの腕を思わず掴んでいた。
そのエースの不安が伝わったのか、デーモンは微笑んだ。
「大丈夫。何処にも行かないさ。」
その言葉さえも頼りなく感じ、腕を掴んだ手に力が入る。
「ただ・・・。」
腕を掴まれた手を、空いた方の手で軽く解くように促し、再び風の音が聞こえる暗闇の方へ目を向けた。
「・・・ただ、こんな夜は考えてしまう。吾輩が今迄行ってきた事は正しかったのだろうかと・・・。間違ってはいなかったのかと。答えが出ないのは分かっている。それは未来の歴史が
証明してくれるであろう事も。しかし・・・、何故人類は死に絶える?何故地球は滅ぶ?吾輩は何をしてきた?吾輩は何をすべきだった?吾輩は本当は何をしたかったのだろうか?」
独り言のように呟く。
「エース・・・。吾輩はどうすれば良いのだろう・・・。」
エースを見上げたデーモンの瞳は、しかし、エースではなく別の何かを見つめていた。
「お前は、お前の信じた様にやればいい。それが正しいか間違っているか、そんな事は俺にも分からない。しかし、お前が不安になったり、疑問に思ったりして、自分の行動を否定し
た時、滅んで行く人類や、救えない地球が意味のないモノになってしまう。人類が滅ぶのは自業自得だし、地球が滅ぶのは、人類の悪知恵が想像以上だったと言う事だろう?それ
はきっと、人類を作った神にも誤算だったのではないか?」
エースは部屋に入ると1つの水晶玉を持って来た。
そしてそれを闇にかざす。
輝きを増しながら空中に浮かんだ水晶玉は、今の地球の姿を映し出していた。
荒れ果てた地。
木1本、水の1滴もないただの荒野。
1陣の風が、乾いた土を舞い上がらせる。
映像は場所を移動しているが何の変化もなく、荒野が続いていた。
その時何かを捉えた。
ただの土だった映像に、別の物体を映し出す。
カメラのピントを合わせる様に映像がその物体に近寄った。
それは1枚の葉。
以前の地球であれば、誰にも気に止められず踏まれているであろう、雑草の小さな芽。
しかし、それは確かな生命力をみなぎらせていた。
存在を主張するかの様な鮮やかな緑。
その緑が目に入った途端、デーモンは水晶玉を手に取り食い入るように見つめる。
満面の笑みと共にエースを振り返ったデーモンの瞳から、1筋の涙が流れた。
「地球も、そして人類も結構しぶといんじゃないかな。」
エースの言葉にデーモンは大きく頷いた。
水晶玉を抱き締めたデーモンの背中を押す。
「風邪を引くぞ。中に入ろう。」
部屋に入りながらデーモンは言った。
「もう大丈夫だから。・・・ありがとう。」
嵐は、通り過ぎようとしていた。
Fin
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「あとがき」
「お姉ちゃんの閣下、全然喋んない。」
妹に言われて、閣下に喋って貰おうと努力しました。
しかし、私の閣下は無口なんですよね。
実際、私の中の閣下のイメージは「寡黙」。
そのイメージはどこから来るんだろう・・・。
自分でも分かりません。
でも、無駄口は叩かないって感じがするんですよね。
うーん?
葵 拝