赤 の 呪 縛

 

仕事が終わった。

今は21時。

マンションに帰って冷蔵庫を漁るのも面倒臭い。

かといって、コンビニに寄って何かを見繕うのも空しい。

しかも今日は、無性に酒が飲みたい気分。

そう言えば、この前、構成員全員で行ったレストランバーは、食事も美味しかったし、酒も豊富だった。

そんな事を考えながら、そのレストランバーへ足を向けた。

そこは、大通りに面した通りからの路地を少し入った所にある。

そんなに大通りからは離れていないのに、そこだけ切り取られたような静けさがあった。

真っ黒な扉の前に立ち、開こうとした時、

「こんな所で会うとは珍しいな、デーモン。」

デーモンは、扉を開ける手を止めて振り返った。

「エース。」

そこには、見慣れた姿があった。

「独りなのか?」

「ああ。今、仕事が終わったんだ。思ったより早く終わったんで、このまま帰るのももったいなくて。エースこそ独りなのか?それこそ珍しいと思うぞ。」

「たまには静かに飲みたくてな。」

エースはノブを持つと、扉を開け、デーモンの背中を押した。

中の方から店員が寄って来る。

「お二人様ですか?」

「ああ。」

エースは即答した。

デーモンは、エースを見上げる。

「静かに飲みたかったんじゃないのか?別々で構わないぞ。」

その言葉に、エースは微笑んだ。

「お前は別だよ。」

再びデーモンを促して、エースは店員の後を追った。

店内は黒を基調としたシックな造りになっている。

結構広い空間なのだが、3/4は客で埋まっていた。

店内には静かなジャズが流れている。

客のかすかなざわめきが、心地良くジャズと共に耳に届く。

まず、飲み物の注文を訊きに来た店員にエースは言った。

「俺はスコッチを2フィンガーで。お前は?」

デーモンは少し考えて「俺も」と答えた。

店員が去ると、メニューを見繕う。

「お前、腹減ってるんだろう?好きなのを選べ。」

「エースは?」

「俺はさっき食った。ここには酒を飲みに来ただけだから気にするな。」

デーモンは店員を呼ぶと、3品、プラス、酒のつまみになりそうなモノを2品選んで伝える。

スコッチが2つ運ばれて来た。

グラスを持つと、どちらからともなく目の高さに上げ微笑んだ。

「何の仕事だったんだ?」

「雑誌の取材。」

「相変わらず忙しそうだな。」

「客寄せパンダだからな。」

その言葉に、エースは眉をひそめた。

「それはお前が言ってるんだろう?」

「ピッタリだろう?」

目の前に並んだ料理を口に運びながら、デーモンは答えた。

その目は揶揄を含んだ色を宿している。

「お前がキツイだけだろうが。」

デーモンは何も答えずにグラスの酒を飲み干すと、もう一度同じモノを注文した。

「飲み過ぎじゃないのか?」

いつもよりピッチの早いデーモンを見咎める。

「今日は、吾輩も飲もうと思って来ているから。」

デーモンらしからぬ言葉に、エースは再び眉をひそめるも、それ以上は何も言わなかった。

その時、エースの口から、盛大な溜息が聞こえた。

デーモンは、エースの視線を追って、店の入り口の方を見る。

そこには、どう考えてもエースの好みとは正反対の女性が、エースに向かって大きく手を振っていた。

否、もしかしたら、自分が知らないかっただけで、本当はそういう女性が好みなのかもしれない。

デーモンは、女性がエースに近付いてくるのを、目で追いかけた。

女性はエースの横に立つ。

「奇遇ね、清水さん。こんな所で会うなんて。こちらは?」

彼女は、あからさまな敵意を持ってデーモンを見た。

何故、男の自分が女である彼女にそんな目で見られなければいけないのだろう?

「女」だという時点で、彼女の方が勝るのに・・・。

彼女の真っ赤な口紅が、やけに目に付いた。

「大学の後輩で、小暮って言うんだ。」

エースは彼女にデーモンを紹介した。

その紹介の仕方は、何となくデーモンを沈ませたが、そんな感情を表に出す事はなく、デーモンは微笑んだ。

「初めまして。」

彼女は、挑むような目で見ている。

「初めまして。」

微笑んだ口元と柔らかい口調には不似合いな鋭い視線。

やはり、その視線に違和感が残る。

彼女は、エースに対して誘うような視線と口調で、更に近付いた。

それはまるで、その場に居るデーモンの存在を無視するかのように。

エースは胸ポケットから煙草を出すと火を点けた。

それはエースが彼女を迷惑がっている証拠。

フェミニストを自認するエースは、女性に対しては、必ず、煙草を吸う許可を求める。

しかし、それがないと言う事は、彼女に対して、知り合い以上の感情はないと言う事。

しかも、その合図を彼女は気付かない。

・・・否、知らない。

と言う事は・・・。

いつもなら、ここでデーモンが助け船を出すところ。

しかし、今日のデーモンは、そうしたくなかった。

デーモンは、この女性とエース、その2名の組み合わせの中に居たくなかった。

「御馳走様。」

「小暮?」

エースの問いかけ。

「ごめん。俺、先に帰る。流石に疲れてる。腹もいっぱいになったし。明日も早いんだ。」

そう言って立ち上がったデーモンの皿の中は、まだ料理が残っていた。

余程の事がない限り、食べ物を残さないデーモンの皿に・・・。

「じゃあ、ごゆっくり。」

デーモンは、彼女に向かって言った。

彼女の剣呑な雰囲気を漂わせていた瞳が、勝利の歓喜に満ちた。

「あら?もうお帰りになられるんですか?残念だわ・・・。」

白々しい・・・。

デーモンは、エースの方を見ることもなく、踵を返した。

その様子を見ていたエースは、煙草を灰皿に押しつけると立ち上がった。

「清水さん!!!」

彼女の縋り付くような瞳。

しかし、エースは一瞥すると、店を出た。

店の前には、もう既にデーモンの姿は無かった。

エースは、足早に大通りに出ると、当たりを見渡す。

かなり遠くに、小柄な金髪の後ろ姿が見えた。

エースは走って近付く。

「デーモン!!!」

その声にデーモンは振り返った。

滅多に見られないエースの息切れした姿。

デーモンは、驚いたように言った。

「お前が走るなんて・・・。明日、雨じゃないのか?」

からかうように言う。

「ごめん。」

エースは、取り敢えずそれだけ言うと、膝に手をあて、身体を二つ折りにして息を整える。

「彼女はいいのか?嫌われるぞ。」

デーモンはエースを見ずに言った。

そのまま立ち去ろうとする。

エースは、デーモンの腕を掴んで引き留めた。

デーモンは、エースの瞳を見つめる。

「お前の部屋に行って良いか?邪魔の入らないところで飲み直したいんだが。」

デーモンは、驚いたように目を見開いたが、次の瞬間、破顔した。

「酒・・・、とっておきのがあるんだ。」

 

 

 

Fin

 

 

 

Presented by aoi

 

 

 

「あとがき」

 

はじめてのオリキャラ。

オリキャラって言っても、名もないヒトですけど。

長官に女性の陰が見えた時、閣下はどうするのかな?なんて考えて描いてみました。

結局はHAPPY ENDです。

閣下至上主義の私としてはですね、閣下を泣かせません!

 

 

葵 拝