L U N A T I C P A R T Y
何かおかしい。
絶対に!!
吾輩にナイショで何かをやってる。
別に、物凄くあからさまにしている内緒事なら、吾輩も目を瞑って見ないフリでもしておこうかと思った。
が。
流石と言うべきか、ヤツの手口は物凄く・・・いや、もうイヤミったらしいほどに完璧で。
ルークもライデンもゼノンさえもヤツが何を企んでいるのかを知らない。
なのに、巧妙にヤツは吾輩だけには気付かせるようなやり方で・・・。
とりあえず!!!!
物凄く吾輩は怒っていた。
そんでもって。
物凄く悔しかった!!!!
ただ・・・それだけである。
情けないことに・・・。
一番最初におかしいと思ったのは、一ヶ月前のこと。
何気なく机の上に出しっぱなしで、開きっぱなしの手帳があったことに始まる。
見ようとは思わなかったのだが・・・月間スケジュール表の中に一日だけ。
赤いペンで丸く囲んであった。
しかも・・・その日だけは故意的にスッカラカン。
考えてみる限り、そこは知ってる者達の発生日や誕生日に当たる日ではなく。
思わず考え込みそうになった時、持ち主がジェットスピートで近付き、手帳をバタン!と閉めてしまった。
「・・・見たのか?」
じろり・・・と三白眼が吾輩を見る。
「見てない!見てない!見ようとも思わないっ!!!」
大慌てで吾輩は両手と首を千切れそうな位に振った。
その様子を不審そうに見ていたが、すぐにいつもの笑顔に戻り、手帳を鍵付きの引き出しに終うと、吾輩の肩をポンッと叩いた。
「腹減ったな・・・メシでも食いに行こうぜ。」
その瞬間、吾輩は聞き逃さなかった。
「・・・見てない・・・か。」
その日から。
吾輩は情報局長官・・・エースを疑い始めていた。
一週間前・・・。
ますますエースの挙動不審さは増していた。
総司令本部で日長一日過ごす吾輩の元に、仕事の用件、ゴマすりの用件、進行中の作戦の用件で訪れる悪魔は数知れず。
まぁ、暇つぶしに来るバカもいたりする・・・。
それは参謀部のルークだけだが。
今日も今日とて、今まさに彼は勝手知ったる部屋を物色して、茶を啜ってたりもする。
吾輩の顔色をさも楽しそうに観察しながら・・・。良い茶菓子代わりになるだろう。
しばらくは黙っていたが、とうとう耐えきれずにクスクスと笑い始めた。
「・・・何だ?何がそんなに可笑しい?」
敢えてぶっきらぼうに発してみたが、如何せんそれがますます笑いを誘ったらしい。
「え?・・・そんなにこのお茶は色んな香りがするのかと思って・・・。」
クックック・・・と苦しそうに笑うルーク。
「・・・だってさ。苦そうな面したり、不満そうな面したかと思えば、今にも湯気出しそうな位に怒ったような面してさ。そんなに不味い?俺が淹れた
紅茶は。」
「・・・全然。相変わらず美味い。むしろ昨日より美味いが?」
脳に到達する前に口をついて漏れた台詞。まるで素人演芸会での棒読み。
「その言葉自体、あんたらしくないよ・・・何か心配事?」
本当にエースの行動について何も知らないらしく、ルークはふと、真面目になって問いかけてくる。
「え?・・・いや・・・別に・・・特には。作戦も今は予想以上に成果を出しているし、魔界への攻撃もそう、大したモノはないし、お前らの働きのお陰
かな?」
何気ない風に言えば言う程チグハグである。
「ま、いいけど。そう言えばダミアン殿下へ提出する地球派遣希望の書類は出した?」
「いや・・・まだだ。少し悩んでいてな。」
エース。
今回の作戦は時間を要する。
長い時間、彼と離れるのは・・・ハッキリ言って嫌だった。
そして最近はエースと特にマトモな会話をしていない。
相談も・・・出来ていない。
吾輩の気持ちは更に落ち込み、溜息も増えるだけ・・・であった。
前日・・・。
イライラよりもソワソワという気分だった。
何を隠している?!
この吾輩に!!!!
そんなに吾輩はヤツにとって取るに足らぬ存在だったのか?!
どうでも良くはないが、グルグルと脳細胞がエースのことだけしか考えられない。
会えない。
会わない。
避けられてる?!
「うぉおおおおおおっ!!!!!!!」
自分の部屋へ行く廊下で一体何回吠えたことか・・・。
天井を見て息を吐き、床を見て立ち止まり・・・歩き出して・・・突然腕を引かれた。
「わぁっ!!!」
視界が一瞬、ひっくり返って身体が仰け反り、そのまま後ろへ。
「どわぁあああっ!!!!」
更に驚いたことに吾輩の手を引っ張ったのはエース!!!!
本悪魔だった。
「何やってるんだ?・・・まったく・・・。まぁ、見てて飽きなかったが。」
真っ黒な軍帽から零れ落ちた漆黒の髪を邪魔そうに耳に掛けながらエースは軽々と吾輩を片腕だけで抱きかかえているのが・・・ものすご〜〜〜く
憎たらしい。
「何用だ?こんなトコロに・・・。お前の部屋は確か反対側だったろう?」
あからさまに喜んでいる自分の顔は見られたくない。
直ぐにプイッと背ける。
「・・・ダミアン殿下に呼ばれてね。用事を済ませて帰ろうとしたらお前が妙な雰囲気で歩いていくからさ。・・・面白いから暫く後ろから見ていた。」
・・・他悪魔(ヒト)を面白がるんじゃない。
何となく・・・ムッ。
「吾輩をダシに遊ぶんじゃない。・・・用が無いなら帰るから放してくれ。」
「用事はある。」
・・・何なんだ?!
「明日は仕事か?」
ドキッ・・・気にしてること・・・見破られたか?
吾輩の腕を掴んだまま、エースはにっこり笑う。
「いや・・・。仕事は毎日だが・・・。」
バカみたいな返答。
何だ?明日は・・・明日は・・・謎な日。
心臓をバクバクさせてエースの声を待つ。
んがっ!!!!
「やっぱりな。俺も忙しいんだ。互いにしっかりやろうぜ!!!んじゃぁな。」
呆気ないほど簡単に手を放されて・・・。
エースは爽やかに・・・行ってしまった・・・・ってオイ!!!!!!
それだけかいっ!!!!(激怒)
吾輩に期待(・・・したのは吾輩の勝手だが)させておいて・・・させて・・・・・・・・・・おいて・・・・・・・。
「だぁあああああああああああああああああああもぉうっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
当日・・・。
エースからあれ以降、やっぱり何も・・・・無いぞ、コラ。
「むふぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・。」
鼻から息を吐き出し、一口飲んだ紅茶が喉元を通り過ぎ・・・。
「・・・。」
ルークがまた、吾輩を見て笑う。
もう時刻は夕方。
仕事の時間はあと三分程度で終了。
特に今日は何も無かったので定時に帰れるだろう。
やっと終わる・・・やっと・・・『今日』が終わる・・・。
結局謎に包まれたままに、終わる・・・。
今朝、この部屋に入った瞬間に卓上に置いてあった紙切れ一枚。
何処をどう見ても・・・『本日の休暇願』。
情報局長官の。
休みまでとりやがった。
何だよ。何してるんだよ!!!
・・・どうせ魔都に良いオンナでもいたんだ。
予約してそのオンナと・・・。
「あ〜〜〜〜〜〜っ!!!!ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
机をバンッ!!!!と叩き、髪をグシャグシャに掻き乱す。
ピンポーン。
七時。
「帰るの?デーモン。」
そそくさと立ち上がった吾輩を見て、ルークがティーセットを纏めてトレイに置く。
「帰る。用事無し。吾輩は帰るからな!!!」
別に宣言しなくとも良いのだが・・・。
スタスタと歩き、扉を手に掛け・・・。
「よぉ、もうお帰りか?」
声が飛んできたのと同時に、サラサラの髪が吾輩の頬を叩いた。
「痛っ・・・・て・・・エース?」
今日は休みだろう?そして・・・オンナと・・・。
随分間抜けな顔をしていたのだろう、エースは口元に拳を当ててクスリと笑う。
「どうした?デーモン・・・あ、そうそう。デーモンは今から何をする予定になってるんだ?」
そのまま笑いながら聞いてくるエース。
「いや・・・何も無い。真っ直ぐ屋敷に帰るつもりだった。」
呟くように伝えると、直ぐにエースは吾輩の手を取り、部屋の中へと滑り込んだ。
「なら問題ないな・・・ルーク。」
不意に呼ばれた彼は目元を緩ませて近付いてくる。
「ん?どうしたの?」
「そこに箱が二つ、置いてあるだろう?それを持ってきてくれ。そして・・・あとはちょいと部屋から出ててくれるか?」
ワケの分からない(少なくとも吾輩にとっては)コトを申しつけられたにも関わらず、ルークは笑顔で言われたことをし、部屋を出た。
「さってと・・・まずはお召し替え・・・だ。その中のモノ、着てみてくれるか?」
指を指された先には大きな箱が二つ。中身は・・・?
白い長めの礼服。
どんなワザを使ったかは知らないが、何故かこの服、サイズがピッタリだった。
「やっぱりピッタリだ。さ、行くぞ。」
ますます目を白黒させている(であろう)吾輩の手を取るエース。ヤツがエスコートするカタチで吾輩は素直に従い、扉を出た。
するとまだルークが左肩を壁に凭れてこちらを見ている。
「よっルーク。すまなかったな。」
事も無げにエースは手を上げた。
「良いってコト。俺も今から帰るから。じゃねっ!」
ニコリと笑って彼は行ってしまう・・・。
で・・・どうすれば良いのやら?(笑)
「まずは・・・と。」
呟くエースをまじまじと見る。
赤と黒を基調に使った華やかな礼服。
吾輩が一番、気に入ってる服だった。
そのことはエースも・・・。
「美味いモノを食わせてくれる場所を見つけたんだ。そこへ行こう。」
些か強引に手を引くと、廊下を突っ切って行った。
とか何とかエースは言いながらも。
辿り着いた先はいつも行く店だった。
いつもの場所に座り、いつものモノを頼む。
ここに最初に連れて来てもらった時・・・?
「ほら、これはそんなに強い酒じゃないから。」
そう言って差し出されたのは淡い琥珀色の微炭酸。
鼻を擽る甘い香り。
林檎酒だった。
「美味しい・・・。」
吾輩の反応にエースもにっこり笑う。
ふと、右手が吾輩の口元へと伸ばされてきた。
「?!」
「こぼしてる。」
指で唇を拭うと、そのままそれをぺろりと舐めた。
ドキリ・・・と心臓が跳ねる。
心無しか、持っているグラスの中身も揺れていた。
何故か互いに何も言えなくなっている。
その時。
「お待たせ致しました。」
明るい声を合図に頼んだ料理が次々と運ばれてきた。
ハッとして視線を逸らすことに成功する。
あとは・・・やっぱり無言だった。
いつも行く店、いつもの食べ物・・・だった筈。
んがっ!
吾輩自身、味も素っ気もなかった。
何かが違う。
イヤ・・・違わないんだ。
違わなさすぎるのだ。
エースはエースなのだ。偽者じゃない。
ただ・・・エースは何かを演じているような気がする。
そして吾輩はと言うと。
奇妙な感覚を覚えるだけで。
このエースの瞳、何故か見覚えがあった。
とか何とか取り留めないこと考えながらも。
ハッキリ言って本当はど〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜でも良かったっ!!!!!!
何故かっちゅうと。
完全に酔っぱらっていたからだ。
こりゃ良い気分だね〜っと。(けらけらけらけら)
「おいおい、大丈夫か?調子に乗ってあんなに飲むからだよ。味もアルコールも軽いとは言え、林檎酒だぞ?・・・あ〜あ・・・ったく・・・。」
けたけたと笑い続けながら、完全に体重をエースにかけたままで歩く吾輩。
心配しつつも呆れ顔のエースの腕はとても心地よく。
甘えたままでいることにした。
そういえば・・・こういうコト・・・前にもあったような・・・。
いつだっけ?
「変わらないなぁ・・・お前は・・・本当に。」
クスリと笑いながらエースが吾輩を担ぐ形で歩き続ける。
朦朧とした視界で分かったのは、ここがサイドビーチの外れ、船着き場だということ。
この景色も見たことがあるような気がする。
しかもシラフじゃなく、今みたいに泥酔で・・・・。
「おい、デーモン!!!俺の言ってること聞こえてるのか?!」
不意に頭の上から落ちてくるような声に、吾輩は顔を上げた。
「ふえ?」
「ったくよ〜・・・。一年前と同じシチュエーション、同じコース・・・全て辿ったのは俺だがな。まさかお前まで同じようにぶっ潰れるとは・・・予定外
だ・・・。」
溜息をひと〜つ・・・。
って・・・同じ・・・?
「ほら・・・ちょっとだけで良いから、ちゃんと立って。」
肩を掴むと、力の抜けそうな吾輩を自分の前にしっかり立たせてくれた。
もちろん、エースが両腕で完全に吾輩を支えているのであるが・・・。
「大好きだよ、デーモン。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これが全部しっかりと吾輩の脳味噌に到達するのに・・・少なくともたっぷり一分はかかったような気がする。
酒の所為で半分閉じかけようとしていた目がバッチリと開くのが分かった。
心の奥底から沸き上がってくる一つのパズルの答え。
「あ〜・・・・。」
反応が鈍い吾輩を不安そうにエースは見つめている。
「で・・・デーモン?その・・・・。」
慌てて否定・・・しようにも出来ないでワタワタしてる彼を見るのは楽しい。
だけど、吾輩も気付かないウチに笑顔を表に出していた。
「エース・・・。吾輩は・・・その・・・。」
言い終わらない間に、エースは両腕を一瞬放すと、直ぐに巻き付けてきた。
ピッタリと・・・自分の鼓動が聞こえるように。
耳の中で響く彼の心音はとても・・・早かった。
とっくんとっくんとっくん・・・・・・・・・。
暫くすると吾輩の鼓動も一緒に聞こえてくる。
・・・とっくんとっくんとっくん・・・・・・・・・。
同じように早く。
「エース・・・。」
何かを言おうと思って口を開き、取り敢えず名前を呼んでみたが、何も言えない。
一生懸命、話題を考えて・・・ふと、思いついた。
今なら言えるかもしれない。
「エース・・・吾輩、地球へ行こうと思ってる。」
勇気を振り絞って言葉にしてみたが・・・エースは何の反応も示さずに吾輩の言葉を聞いている。
「地球の任務はすぐに終わるようなモノではない。何十年とかかるだろう。確かに悪魔の生きていく年月を考えるとするのなら、微々たるモノだ。
だけど・・・吾輩はエースと・・・お前と離れて居たくない。一秒も離れることなど考えたくない・・・だから・・・だから・・・。」
後は言葉にも感情にもならずに、エースの返答を待ってみる。
すると・・・。
エースはとても幸せそうな微笑みを見せてくれた。
そして、吾輩の唇に指でゆっくりと触れ・・・。
「俺はお前が行きたいところなら、何処へでも。」
【ついていくよ。】
声が聞こえたような気がした。
月明かりが二名を照らす。
だけど、一瞬だけ雲が被さって、暗闇を作った。
雲のカーテンが開き、天然の灯火が二名の上に現れた時には・・・・。
影は一つになっていた。
初めての・・・キス。
F I N
presented by 高倉 雅