L I B I D O
6枚のカードが手元に開く。
まるでマジシャンのような手つきで華の様に。
モザイク模様の中身が見えない相手のカードも同じ様に開かれた。
刃物にも似たそのカードの隙間からぞっとする笑みがちらつく。
「さぁ、とれよ。」
冷たい声が響き渡った。
自信に満ちたその声の主は傍らに置いたワインの瓶を手に取り、グラスに注がずにそのまま口を付けた。
震える指先がカードの前をうろつく。
そしてそれは右から二番目のカードの前でようやく止まった。
「・・・。」
引いたカードはハートのキング。
手元のカードにあったのはクラブのキング。
セットにして無造作に集められたカードの中に放り込んだ。
【別れ】を言い出したのは自分からだった。
どうしても耐えられなくなって・・・。
しかし冷たい瞳でこちらを見遣り、それを無下に断ってきた。
そして全てはこれで決めようと・・・持ってこられたのは53枚のトランプカード。
ジョーカーを最後まで持っていた方が負け・・・の極めて単純な遊びだった。
賭けに勝てば・・・そう、自由が待っている。
しかし・・・。
相手が要求してきたのは・・・そう、紛れもない自分自身だった。
一回で全てを決めてしまうのは華がないと、相手はあるルールを持ち出してきた。
そのルールの所為で・・・。
最初に奪われたのはブーツ。
そして軍服、アクセサリー、次々と奪われた。
今、自分を守るものは薄手の白いシャツ、それだけである。
外は冬の寒い雨。
暖炉の火は勢い良く燃え盛っているが、少しも暖かく感じられなかった。
壊れた機械人形のように細かい震えが全身を襲っている。
寒さじゃないとしたらその原因は・・・?
恐怖だった。
これが成立したらもう、自分は抜け出せない。
恐怖と怒り。
それだけが全てを支配していた。
「どうした?早く取れよ。」
気が付くと自分の中の一枚のカードが消えている。
無くなったのは・・・ハートの6。
ゆったりとクッションに寝そべり、自分を見つめてくる瞳は、横に転がっているワインの瓶の本数からは考えられない位しっかりとした素面の
熱い眼差し。
【お前は俺からは逃げられない・・・。】
さもそう言いたげな表情に純粋な悔しさを覚える。
唇を噛み、相手のカードの前をまた彷徨った。
意を決して取ったカードはスペードの2。
また、同じ数字のカードをセットに放り出し、そして相手に向けてカードを差し出した。
何時頃からだったか?
優しさの奥に秘められた残酷さを見つけたのは。
身体を重ね、愛し合うその瞬間でさえも、それは自分の脳裏から離れることは無かった。
【ソレハ ナンノ タメノ カンジョウ デスカ?】
問いかけて・・・止める。
何故ならその時にはもうそれは消えていて、暖かさだけが残っていたから。
「お前がこれで得るものは何だ?」
突然の問いかけにビクリと身体を震わせた。
「え・・・?」
「俺から逃れて、お前はそして何を得たいのだ?」
ワインをまた一本空け、絨毯の上に転がす。
何を・・・?
自由・・・?
お前を失って・・・そう・・・自由。
「・・・自由だ。」
一言、そう呟く。
「そうか・・・自由だな・・・。全てが自由だ・・・。」
薄ら寒い笑みを洩らし、カードを引く。
「・・・あっ・・・。」
「どうした?」
慌てて口を閉ざす。
カードを引かれるたびに、自分の何かを持って行かれてしまうように感じたのだ。
大切な・・・何かを・・・。
「さ。お前の番だ。」
何だ?
大切なもの?
それはやはり彼から逃げて得る自由?
口にした瞬間、その言葉は空間の中に薄れていった。
あまりにも簡単に、そして脆く。
海辺で作った砂の城があっと言う間に波に浚われ、そして崩れて跡形も無く佇む。
その無常さが精神を侵してゆく。
膝を抱えたくなった。
全てを封印して眠りにつきたかった。
もう二度と自分を侵されない様に。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・・・。
「イヤ・・・。」
紡いだ言葉に自分でハッとする。
しかし気が付いたときには目の前の相手はその漏れた言葉を拾った後で、ニヤリと口の端を歪めた。
そして手元のカードを差し出される。
いつの間にか・・・残りは二枚になっていた。
「これを取れば・・・お前は自由だ・・・。」
そう言ってワザと片方のカードを取りやすい様に出す。
「・・・ジ・・・ユ・・・・・・ウ・・・?」
選ばなければいけないのか?
そう、それはこれは自分が望んだことだ。
自分が・・望んだ・・・それは自由・・・。
自由だ・・・彼から逃れる為の唯一の手段。
もう、あの瞳に怯えることは無い。
絡む視線に狂気を覚えることも・・・。
選べば・・・?
選ぶ?
何を選ぶのだ?
それを選んで本当に自由?
彼を無くして?
選べるのか?選んで・・・・自分は・・・何を・・・?
「さぁ取れよ。」
クッションから起き上がり、カードを差し出す。
沸々と湧き上がる耐えがたいもの。
選べ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ばしぃっ!!!!!!
「決まったな。」
声がして驚く。
「あ・・・あ・・・あ・・・・・・・・。」
言葉が見つからない。
彼の手から叩き落としたカード。
裏を向いたままそれは絨毯の上に舞い落ちる。
「お前は賭けを放棄した、従って俺の勝ちだ。・・・・・・おいで。」
左手を出し、腰を抱く。
ポンッとクッションが倒れた身体を支えてくれた。
「逃れられない。そうさ・・・お前が本当に望んでいるのは俺だからだ・・・。そうだろう?デーモン・・・。」
「・・・・・う・・・・あ・・・・・・・・。」
一枚だけ残ったシャツがまるで布切れのように呆気なく剥ぎ取られた。
「お前は・・・自由など望んでいない。お前が望むのは・・・俺の束縛・・・。早く気が付くが良いさ。そうしたら・・・。」
最後まで台詞は続かず、赤い唇がデーモンの薄い唇を塞いだ。
そうしたら・・・?
何を吾輩は得る?
何を?
吾輩が望んでるのは・・・望むのは・・・。
「ふぅ・・・・・っ!!」
高揚した気持ちが溜息となって弾き出される。
瞬間、唇に刺激が走った。
「つっ!!」
彷徨う視界に映し出される赤い糸。
唇の端から流れている。
「お前は俺を欲している。そして俺は・・・お前を欲している。早く気付けよ・・・そうしたらお前は・・・。」
ゆっくりと唇に手をやると軽い痛み。
指先は血に濡れていた。
流れる・・・流れていく・・・。
自分が・・・自分自身が・・・全てが流れて・・・。
【そうしたらお前は・・・・。】
楽になれるのか?
エース・・・お前からの束縛もそれは快楽となれるのか?
吾輩は・・・吾輩は・・・。
堕ちていく。
狂気の波に。
埋もれていく。
溢れる欲望と、必死で掴んでいる理性の狭間に。
隙間風がどこからともなく流れて部屋の中を踊る。
暖炉の炎が微かに揺れて、置き去りにされたカードを掠めた。
それに煽られるかのように裏返った二枚のカード。
一つはスペードのA。
そしてもう一つは・・・。
JOKER(切り札)。
F I N
presented by 高倉 雅