死の協奏曲(コンツェルト) 〜Xenon〜

 

走った。
ただ・・・走り続けた。
後ろを振り返ってはいけない。
父はそう最期に呟いた。
大きな手が・・・・床にポトリと崩れていく。
敵は自分を血走った瞳で追ってくる。
足が縺れて上手く走ることが出来ない。

何故・・・逝ってしまったのですか?
何故・・・悲しすぎます。
泣くことも許さないなんて・・・父上・・・・・・・!!!!!!

 

 

もう動くことは出来なかった。
指先でさえも鉛のように重く感じる。
身体の自由を奪うのは血液。
それは自分から流れ出るもの。
援けを呼ぼうにも声は出ず・・・いや、援けを呼ぶことは許されなかった。
このまま全ての秘密を封印したまま死ぬのか?
ぼんやりとそう感じる。
半分固まった血が、瞼を押し付けてくる。
鉄臭い。
その瞬間、黒い靴先が目の前で砂埃を上げた。
「こんな所に居やがったか・・・。」
ペッ・・・と唾を吐き捨て、彼のそばで膝を付く。
「どうする?こんな子供・・・。」
別の者が後ろから声を掛けた。
「あの屋敷に住む者達、女も子供も関係ない、ただ全員皆殺しにしろと・・・然る方からのご命令だ。それに、ガキはガキでもあの方の子息、
どんなに強大な力を持ってるか分からない。今弱ってるうちに片付けておくのよ。」
そう吐き捨てると、ぐったりとしきった彼の襟を掴み、白い力を片手に溜め込んだ。
「お前に恨みはねぇがな。これも仕事だ。悪く思うんじゃない。」
もうだめだ・・・・・!!!

「・・・もうそこまでやったんだ・・・許してやったらどうだ?」

不意に聞こえたその声は、彼の後ろに存在した樹木の陰から聞こえてきた。
「誰だ?!」
突然の声に驚いたのか、掴んでいた彼を乱暴に地面に叩き付けた。
「・・・君達が来るよりも早かったんだけどね。気がつかなかったかい?」
そう言いながら姿を見せたのは、長いモスグリーンのマントを羽織った優しげな悪魔だった。
薄い茶色の髪が咲き乱れる樹木の華と交じり合って、表情を上手く読み取らせないようにしている。
「どきな。でないとお前も殺さなくてはいけなくなる。」
「私が『この姿』の間に言う事を聞いたほうが良い。そしたら・・・今は死ななくてもすむから。」
彼は不思議だった。
声だけであったが、自分を助けてくれようとしている奴はどう頑張ってもそこまで凶暴な気性には思えなかった。
そう・・・今、目の前に薄紅色の花弁が落ちて・・・その柔らかさと似た感じだった。
「何を・・・・!!!!」
ボキリ・・・。
自分を襲っていた連中が目の前にあった鬱陶しい枝を折り取った。
瞬間・・・!!
ざわざわと風が騒ぎ始めた。
今までこの空間を覆っていた穏やかな空気は消し去られていく。
「・・・な・・・なに・・・・?」
そして次に感じたのは・・・明らかな恐怖の意思。
それを発するのは今まさに自分にとどめを刺さんとしていた連中。
破壊の意思は・・・。
「・・・おのれ・・・華を手折ったな・・・。」
グラデーションの様に変化する彼の髪の毛。
茶色から白銀へ。
そして。
銀色の髪の隙間から稲妻に光り輝く二角。
「・・・!!!」
それから先は・・・光の時間だった。
翻って踊るマントの隙間で殺戮が繰り返されている。
首を皮一枚の所で切り裂かれ、血潮が噴出す。
目の前で数瞬の時間を駆使して戦いを続けるその姿は・・・鬼族の持つ特有の凶暴さではなく、戦士(ハンター)そのものだった。
「大丈夫か?」
気が付いた時には全ては終わっていた。
ようやく上げた顔で見ると、返り血一滴も浴びず、最初と同じ姿で自分を見つめていた。
淡い・・・玉虫色の瞳。
「口がきけないのか?名前は?」
よほど彼は怯えた目をしていたのだろうか?ふと表情を見て苦笑を洩らされる。
「怯えなくても良いじゃないか・・・確かに突然あんな姿を見せられたら・・・驚くだろうけど・・・。名前は?」
飲み込んだ質問の意味に、彼はふと顔をそむけた。
言ってはいけない。
自分のことは全てを封印する・・・それが彼とその父が契ったことだった。
全てを隠して全てを・・・明らかに。
無言のままで段々悲しい表情に変わる彼を見て、鬼族の者はもう何も言わずに手を差し出した。
「言えないのか・・・じゃぁ・・・・『Sakura』と呼ぼう。それで良いかい?」
軽々と彼を背負いながら鬼族の者は微笑んだ。
「『Sakura』?」
初めて出した声に鬼族は嬉しそうだった。
「そうだ。Sakuraだ。桜の下で出会ったからな。」
「桜・・・と言うのか?この樹木は。」
霞む意識を必死で掴みながらどうにか声を出す。
「そうだよ。この世界には一つしかない・・・藍の惑星から送られてきたものだ。そして私の名は・・・。」
しかし、既に彼の耳にそれは聞こえてこなかった。

 

・・・ふと、良い香りに誘われて目が覚めた。
「・・・?!」
起き上がろうとしたが、身体中に引き裂かれるような痛みが走り蹲る。
「ああ!!あんまり動いてはいけませんよ。傷に触りますから・・・。」
そう言って身体を優しく支えてくれたのは初老の悪魔。
辺りを見回すと、そこはきちんとした部屋で、自分はその部屋のベッドに寝かされていた。
傷の手当てもされてある。
「あの・・・すまないが・・・ここは一体・・・?」
とりあえず場所の確認だけはしておかねばと、尋ねてみる。
「ここは通称・風将の館、正式には鬼族の長、ゼノン様のお屋敷でございます。」
主同様、優しげな笑みを浮かべて返答される。
「ゼノン・・・?・・・ああ、確か若くして文化局の理事補佐を・・・。」
Sakuraは呟く。確か父上が昔、そんなことを言っていたような気がする。
「そのゼノン様です。Sakura様をお助けになられたのも何かのご縁、ゆっくりと養生してくださいませね。」
では・・・と執事は部屋を出て行ってしまった。

「主様・・・Sakura様がお気づきになられました。」
静かに扉を開いた先には、館の主・・・ゼノンがゆったりとした衣服を身に纏い、遠くの峰から振り落とされる雷鳴に耳を傾けていた。
「・・・そうか・・・ありがとう、シュルフ。」
薄く笑みを浮かべると、ゼノンは立ち上がり戸棚の中の瓶を取り出してきた。
「今宵は良い夜になりそうだ。雷神界の殿様も祝福してくれるかのようだよ。」
呟きながら、小さなテーブルの上にグラスを二つ、準備する。
「一緒に飲もう、シュルフ。」
誘いかけにシュルフもニコリと笑って用意された席に腰をかけた。
「頂きます。」
カチン・・・とグラスが音を奏でる。
「・・・で?彼の傷はどのくらいで治る?」
舌の先で酒を転がし、楽しみながらゼノンは尋ねた。
「・・・かなりの酷い傷なので・・・かなりかかるとは思います・・・しかし・・・。」
そこまで言ってシュルフは言葉を濁すような素振りを見せる。
ゼノンは小首を傾げて無言の内にその先の言葉を促した。
「あの方は本当に魔界の者なのでしょうか?私は微力ではありますが、多悪魔の力を感じる能力がございます。Sakura様からは魔力が一切・・・
感じられませんでしたが・・・。」
シュルフの言葉を聞きながらでもゼノンはグラスの中で酒を回す手を止めなかった。
視線は決まってグラスの中央。
「・・・主様?」
自分の話を聞いてるのか聞いてないのかよく分からない為、シュルフは我が主の顔を覗き込んだ。
「ああ・・・すまない、ちょっと考え事をしてたから・・・。で?彼からは何も『感じ』なかったんだね?」
再び確認してくるゼノンに彼も無言で頷いた。
「・・・シュルフは気付いているのかい?彼の本当の事を・・・。」
思いがけない質問に一瞬きょとんとしたが、彼もバカではない。
すぐに理解してにっこりと笑うと・・・それだけだった。
「私は・・・主様に仕える一介の執事に過ぎませぬ。差し出がましい事は申しませぬが・・・。ただ私は・・・Sakura様にはずっとここにいて欲しいと
思いました。」
自分の感情を表に出す事を不得手とする彼はほんの少しだけ頬を赤らめた。
「そうだね・・・私もそう思う。彼にずっとここにいて欲しいよ。」
ゼノンは笑った。
そして珍しく次の酒をグラスに注いでいる。
久しぶりに心の底からの微笑みを見せる主を、シュルフはとても嬉しそうに見つめていた。

 

 

 

「・・・そんなにその木が気に入ったのかい?」
数日後、ようやく歩けるくらいに回復したSakuraが見当たらない、とシュルフが言うのでゼノンは探しに来ていた。
そして彼を見つけたのは最初に彼らが出会った場所、桜の木の下だった。
今だ持って咲き乱れる桜の花弁一つ一つを追うかのように彼は首を擡げたまま何かを見つめていた。
改めて彼・・・Sakuraを見る。
年の功は、ようやく一万歳を迎えたところだろうか?
まだ幼さの残る表情だが、何処か・・・憂いを秘めている。
大きめのゼノンの服を着て、裾を少し引きずっていた。
「・・・Sakura。」
二度目の問いかけに、Sakuraもようやくこちらを向いた。
「・・・ゼノン?・・・どうしたんだ?」
「シュルフが君を捜していたから・・・呼びに来たんだよ?さ、一緒に帰ろう。」
手を差し出して笑う。
しかしその手を全く無視して、Sakuraは口を開いた。
「どうしてゼノンはこんな所にいたんだ?」
あまりにも唐突な質問にゼノンは面食らう。
が、Sakuraの宇宙色の瞳は答えだけを待っている。
「・・・偶然だよ。桜の花を見に来たんだ。そしたら・・・君達がやってきた。」
くるくると彼を一周して、Sakuraは更に質問を投げつける。
「何故・・・こんなガキを助けた?」
「・・・さぁね・・・助けたのでは無いかも知れないよ?」
曖昧に答えたがSakuraはその意味を理解したかのようだった。
後ろで組んでいた手を離して、彼は踊るように桜の木を戯れる。
「あの時のゼノンは戦士(ソルジャー)だった。風のように早く、火のように熱く、水を切り裂くような力で奴等を次々になぎ倒していった。
鬼族というのを初めて見たが、そんなに凶暴だけの種族ではないのだな?」
褒められているのかどうかよく分からない・・・多分彼の一番純粋な感想なんだろう・・・とゼノンは思った。
「そう言えば・・・殺した連中はどうなったのだ?シュルフが片付けたのか?」
Sakuraはふと気が付いて振り返った。
が、ゼノンは木の幹に手を当てて、そのまま見上げた。
花と花の隙間から空が広がっているのが分かる。
「ゼノン・・・?」
「桜の花弁がどうしてここまで美しい色をのせるのか・・・教えてあげようか?」
ゼノンが何だか楽しそうにこちらを向いた。
「この樹木は屠る生き物なんだよ。」
空に広がる明るい光が一瞬、ゼノンの玉虫色の瞳を銀色に輝かせた。
それを見つけた時。
Sakuraは『あの時』、父を惨殺した者達の死んだような瞳を思い出した。
薄汚れた澱みがちの体臭。
黒には見えない埃にまみれたマスクの奥に、わざとらしく光る・・・禍々しい銀色。
あの視線だけで心臓を剔られる。
耐えきれずにSakuraは両手で身体を抱き締めた。
「何よりも汚れた血を好み、地面を伝って血液を、肉を、魂を喰らい尽くす。それが花を咲かせ・・・得も言われぬ美しき薄紅が零れ落ちる・・・。」
ゼノンが言葉を紡ぐたびに、体中から汗が噴き出し、震えが止まらない。
目を閉じても、強引に視界を犯す暗殺者達の刃(しせん)。
「あ・・・あ・・・・・。」
思わず漏れた苦悶の悲鳴。
恐怖と必死で戦うSakuraの背後が一瞬暗くなった。
「・・・っ!!」
フワリと何かが覆い被さってきた。
堅く瞼を閉じたが・・・直ぐに開いた。
「震えるな・・・恐れるな。それが何であろうとも、見えない敵はいつもお前を見ているはずだ。脅えている事を悟られるな。自分を信じるんだ。どんな
に力が無くとも。」
はっとしてゼノンを見上げた。
何も・・・自分は言ってない。
一言も、名前さえもまだ明かしていないというのに・・・。
彼の一つ一つの言葉は優しく胸の中へ浸透していった。
乾いた大地に霧雨が降るように。
そして瞳は・・・森に生い茂る若葉の色へと変わっていた。
さっきまで恐れたあの色は・・・微塵もない。
ただ・・・自分を癒す力をくれた。
もう大丈夫。
父の跡を継ぎ、あの方を守り、命を賭けられる。
「ゼノンは・・・とても不思議な奴なのだな。」
聞こえるか聞こえないかの声で呟いてみたが・・・あたりで狂い踊る風に邪魔されて、やはり彼の耳までは届かなかったらしい。
ゼノンは不思議そうに表情を動かしたがSakuraの背中から肩に絡ませた両腕を解いた。
「シュルフが心配している。屋敷へ帰ろうか。」

 

 

 

新月の夜。
カタリ・・・と扉の開く音がした。
「?・・・シュルフ?」
ゼノンは書き物をしていた手を止めて蝋燭を持ち、扉を開けた。
「・・・Sakura・・・。」
思いがけない訪問者に少しだけ驚く。
「一言・・・言っていこうと思って。」
そう言うと、ゼノンを擦り抜けてSakuraは部屋へと入って来た。
手頃な椅子を引っ張り出して勝手に座る。
その様子を最後まで見送るとゼノンは部屋の扉を閉めた。
「どうしたの?」
何となく解っていたが・・・。
聞かずには居られなかった。
もちろん、彼も少し言うのを躊躇ってたみたいだが・・・。
コクリと唾を飲み込み、Sakuraは口を開いた。
「もうここには居られない。これ以上ここに居たら・・・しなくてはいけない事を忘れてしまいそうになる。・・・居心地が良すぎて・・・離れられなくなる。」
噛み締める様に言葉を吐き出すSakuraをゼノンは黙って見つめていた。
「やるべき事は見つかったのかい?Sakura・・・。」
出会った時と同じ微笑み。
Sakuraは頷いた。
「今は何も考えられないかも知れないが・・・やるべき事を思い出した気がするから・・・。」
そう言うと、借りていた服を脱ぎ捨てた。
中から出てきたのは血にまみれた白い礼服。
自分の血液も付着していたが、大半が父の・・・。
元の白さが純粋な明るさだけに、どす黒くなったそれが痛々しい。
「じゃぁ・・・もう行く。」
立ち上がって、窓際に寄った。
「シュルフにはお礼を言えなかったのが心残りだけど・・・。ゼノン、お前から言っておいてもらえるか?」
Sakuraの頼みに彼はゆっくりと頷いた。そして窓枠を掴み、持ち前の身軽さでひょいと跳び上がる。
・・・と。
寂しげなアクアブルーがこちらを向いた。
「・・・ゼノン・・・。本当の名前を言ってなかったな。・・・もう二度と会えないのだから・・・吾輩の名前は・・・。」
藍色の口元が名前を零す前に・・・。
ゼノンは左手で彼の口を押さえた。
「・・・っ。」
「・・・また、会えるよ。それまで・・・元気で。」
クスリと笑い・・・Sakuraは闇夜の奥へ消えていってしまった・・・・。
「良かったのですか?主様。」
声をかけられたが・・・別段驚いた風もなく窓の外を見ながらただ・・・頷いた。
「良いんだ。彼が決めたことさ。・・・次に逢う時が楽しみだよ。」
そう言うと、彼は後ろの机の引き出しから古ぼけた鍵を取り出し、シュルフに投げた。
「・・・?」
「藏の中にある40年モノのワインを出してきてくれ。デーモン一族の繁栄を・・・そして新統領との再会を願って・・・。」
直ぐに主の言葉を理解すると、シュルフは一礼し扉を静かに静かに・・・閉めた。

 

桜は彼らが再会を果たした後も永遠に咲き続けた。
止まる事なく幾人もの肉塊を貪りながら。
彼らの『生』を吸い尽くし、『死』を知らないかのよう。
嵐と花弁が織りなす、それが『彼』への・・・。

協奏曲(レクイエム)

 

                                                             F I N

                                                        presented by 高倉 雅

                                                           6/22 XENONday

Postscript

   さぁて・・・ゼノン石川和尚、そして石川俊介様。
   御発生日&御誕生日、おめでとうございます。(^−^)
   ちょっと間に合いませんでしたが、前回程の遅れもなく(笑)、どうにかなりました。
   でも・・・何だかよく分からないですよねぇ・・・。(爆)
   そうですねぇ・・・。参謀の発生日小説を先に読んでくださると多分分かり易いんではないかと思います。
   あの話より更に時代を遡った話ですので。
   んで・・・。
   和尚のイメージ。
   私の中では「威風堂々」です。でも「繊細」です。
   まさに「風林火山」。(笑)←最初っからそう言えよって・・・。(爆死)
   そして今回も。和尚のイメージの曲を数曲程。

   「GOOD NIGHT MERODIES」  「TEA FOR THREE」

   です。