死の協奏曲(コンツェルト) 〜Raiden〜

 

湿り気を帯びた砂が爪の間に入り込んでくる。
気持ち悪いが、ここで止めるわけにはいかなかった。
止めてしまうと・・・目の前にある建造物が中途半端なままに置き去りになってしまう。
それだけはいやだった。
サクサクと小さなスコップでそこら中に存在する砂を掻き集めてみた。
始めたときにはまだ、雲一つ無い綺麗な青空だったのに、さっき久しぶりに顔を上げてみようかと思ったら・・・既に辺り一面橙色だった。
ほんの少しだけびっくりして手を止めてしまったが・・・。
また動き始める。
幸いにも、迎えに来る筈の乳母がまだ来ない。
「気になるんだよなぁ・・・。」
ぼそりと呟いてちょっと離れた場所に座ってこちらを見つめている少年を見遣る。
いつの間にいたのか・・・全然気が付かなかった。
それだけ集中してたという事か?
別に少年はこちらに話しかけてくるわけでもなく、勿論、近付いてくるわけでもなく・・・。
ただ、こっちをじっと見てるだけ・・・。
ライデンは砂を掻き集めながら見ていると・・・。
不意に視線がかち合ってしまったことに気が付いた。
慌てて、目を逸らして真ん前の建造物に視点を戻す。
「・・・あからさま過ぎたかなぁ・・・?」
トクリと心臓が鳴って後悔・・・。
と、離れたと所で小さく笑ったような声が聞こえた。
「む?」
眉を顰めてライデンは少年の方を再び見た。
やっぱり・・・少年は右手を口元に当てて笑っている。
目を細めてとても楽しそうに。
金の飴色をし、肩近くで切り揃えられた髪の毛一本ずつが太陽と反射していて、とても綺麗だった。
表情を隠そうとする灰色の頬が少し気にはなるが・・・悪い奴じゃないと直感でライデンは思った。
短い呪文を一振り、彼の背中には翼が現れた。
何故わざわざ自分の正体をばらすための小道具を出したかは本悪魔もよく分からないが、あの少年なら大丈夫と思ったのかもしれない。
取り敢えず翼を出す必要は全くない距離をライデンは飛び、少年の隣に立った。
近くで見ると・・・美しい悪魔だった。
藍色の紋様の奥に永遠のごとく広がる湖水の瞳。どこか寂しげに見える。
「おい。」
元来、さっぱりとした性格のライデン、やや粗忽ではあったが、少年に話しかけてみた。
別段驚いた様子もなく、少年も振り向いた。
「ずっと見てるみたいだけどさ。見てるぐらいなら手伝わないか?」
「・・・吾輩が?」
そう言いながらも少年はライデンが差し出してきた手を取った。
そのままフワリと身体が浮く。
ライデンの翼が簡単に二名を建造物の現場まで運んでくれた。
「城・・・だったのか。」
少年が呟く。
「ああ、一名で作るにはどうも難しくて・・・お前暇なんだろ?そんなところでボケッと俺のこと見てるぐらいだから・・・だったら手伝えよ。」
半ば無理矢理にスコップを持たせてライデンはさっさと自分の作業に取りかかり始めた。
「・・・吾輩はどうすれば良いんだ?」
「その辺にある湿った砂を集めてくれ。」
面倒臭そうに言い放つと、反対側を向いて作業を再開する。
少年はまだしばらく突っ立っていたが、何も言わないライデンに諦めて言われたことをやり始めた。

 

どれだけの時間がたったのか・・・それとも殆ど時間はたってないのか?
せっせと作業をしていたライデンは口を開いた。
「お前・・・誰だ?」
何ともストレートな質問。
「え?」
少年の手が止まってしまう。
ライデンはまた、後悔した。
「・・・あ〜・・・ごめんな。いけないこと訊いちまったみたいだ。俺いっつも・・・それで親父に怒られるんだよなぁ・・・。」
綿毛の様な頭をカリカリと掻く。
その様子が可笑しかったのか・・・少年はまた目を細めて笑い出した。
「何だよう!!笑うなよう!!」
膨れっ面でライデンが少年の頭を小突く。それはずっとずっと前から知ってる友達の様に。
「・・・俺、けっこう自由奔放に育ったからなぁ・・・・・。訊きたいことは直ぐに訊いちまうんだなぁ・・・。直さなきゃ。」
「吾輩は・・・今、ダミアン殿下の庇護の元にある。名前は・・・言えない。」
ポツリポツリと語ろうとした少年の仕草に流石に気付き、ライデンは砂だらけの右手で口元を塞ぐフリをした。
「良いって良いって、言わなくっても。ダミ殿下の元にいるんだったら、俺の直感は当たってたって事だな。」
自信タップリに言う様がなんだか無性に可笑しくて、少年は笑う。
「だ〜か〜ら〜・・・笑うなってば〜〜〜。そうだよな、俺、他悪魔に名前訊く前に自分を名乗れってな。」
コホンと一つ咳払い。
わざと気取った様に見せかけて、ライデンはにっこり笑った。
「俺の名はライデン。魔界(ここ)で遊んでるけど、本当は悪魔ではないんだ。出身は・・・。」
言いかけたところで、今度は少年が口を塞ぐ番だった。
「・・・普通は簡単に名乗る身分では無いだろう?そこまでで良い。」
大きく見開いた瞳のライデンを見透かすかの様に、少年はまた・・・砂を集め始めた。

 

陽は完全に暮れて、辺りは藍色になってしまっていた。
正体不明の光が海の中でポツリポツリと光っている。
「・・・出来た!!!」
辺りの暗さとは対照的な声が砂浜に響いた。
少年二名が作ったとは到底思えない程の素晴らしい砂の城。
堂々たる姿でここに存在している。
「すっげ〜ぞ!!すっげ〜ぞ!!!」
はしゃいでライデンは城の廻りを走りまくる。
そんな姿を見ながらも・・・少年はふと、足下を見つめた。
細かな泡を含んだ波が城のギリギリまで押し寄せている。
さっきまではあんなに離れていると感じていたのに・・・。
そう言われてみれば、ライデンに誘われるまで彼を見つめて座っていた自分の席が既に海水に浸かっている事に気が付いた。
これから時間がどんどん過ぎてゆく度に、波は大きく深く砂浜を抉って、砂の城を溶かしていくだろう。
「・・・どうしてこんなに一生懸命作ったのだ?」
ポツンと呟いた少年の声に、ライデンは明るい声のまま素直に答えた。
「どうしてって・・・作りたかったからに決まっているだろう?それがどうしたんだよ?」
「・・・虚しくないのか?どうせここに作っても、明日の朝には何一つ・・・そう、ここに我らが城を造ったなんて事実さえも消えて無くなってしまうんだぞ?
誰も知らない・・・虚しいと思わなかったのか?」
少年は真剣な瞳でライデンを見つめてきた。
どんな答えを求めているかなんて少年自身、分からない。
ただ、訊いてみたかった。
すると・・・。
ライデンはそれこそとびっきりの笑顔でこう返したのである。
「実を言うとさ、同じ場所にいつも城を造っているんだ。今日はこういうのにしよう、明日はどういうのにしようって・・・考えながら。崩れ去ったら作り
直せばいい。明日になったらもっと気に入ったモンが作れるかもしれないし。もし、気に入ったモノが作れなかったとしても・・・そしたら明後日、
明々後日。俺は・・・・・・・・・・未来を見たい。明日を見たい。そう言う答えじゃ・・・駄目か?」
「でもっ・・・・・!!!」
少年が反論する言葉を探そうとした瞬間・・・遠くで誰かの声がした。
「殿下〜〜〜!!!ライデン様〜〜〜!!!」
その声にライデンの表情が一変する。
「やべっ!!!遊びすぎたかな・・・。ごめん!!!またな!!!」
そう言い残して・・・彼は走り去ってしまった。
後に残った少年はと言うと・・・その夜は城と共に過ごした。
ずっと・・・ずっと見ていた。
城が壊れて消えて呑み込まれていくまで。
静かに静かに・・・白々と夜が明ける頃、心配したダミアン本悪魔が迎えに来るまで。

 

 

 

「親父・・・俺、会ったみたいだ。」
その夜、ライデンは珍しく父親・・・雷神帝の部屋で座っていた。
「どういうことだ?」
息子と同じ、淡い栗色の瞳が優しく彼を見つめる。
「ん・・・?・・・前さ、親父が言ってた奴と。」
いとも簡単に言ってのけた彼に、雷神帝のペンがこの夜初めて止まった。
ライデンもそれに気付いて真剣に父親の顔を見つめる。
「うん・・・きっとあいつはそうだと思う。とても寂しくて悲しい瞳をしていた。だけど、あいつは・・・あいつは多分、俺が出会わなければいけなかった・・・
俺が最期まで付き合う相手だと・・・そう思った。駄目か?」
覗き込む様なライデンに、雷神帝は肩を掴み・・・そして抱き寄せた。
「お前が信じたのであるなら・・・。」

彼は気付く事はなかったが。
その時、一滴の涙が父親の目から零れて落ちていた。
これから彼が立ち向かうであろう過酷な運命を思い、そして、彼が出会うべきだった者の恐ろしい宿命を思いながら。

 

 

待っていた。
ずっと彼を待っていた気がする。
それは彼と共に歩む為。
彼と共に戦う為。
彼の為に・・・・・・・・・歌う為。

最期だけは決まっている。
たった一つだけが決まっている。
彼の為に歌う・・・最期の・・・。
協奏曲(レクイエム)。

                                                             F I N

                                                        presented by 高倉 雅

                                                           11/21 RAIDENday