死の協奏曲(コンツェルト) 〜Luke〜 前編
【彼】を見たとき・・・。
そう、俺にはあの香りがした。
冷たくて、少し湿り気を帯びた・・・。
でも俺たち悪魔にはとても相応しいのかもしれない。あの香り。
【死の香り】・・・。
本当に久しぶりに魔宮へ出頭したルークは、謁見の間にて作戦の中間報告を終えた後、ダミアンから薦められた椅子に腰をかけた。
「すまなかったね、ルーク。軍事局参謀の君にこんな野暮用を頼んでしまって・・・。」
いつの間にかセッティングされたテーブルに、香りの良いお茶が手元のカップソーサーに置かれた。
軽く会釈をして、口を付ける。
「いえいえ。これも大事な【任務】ですから。」
笑って答える彼の表情は何処かしらぎこちない。
それに気付いたダミアンは、後ろに立っていた侍従達を手の合図で退室させた。
そしてもう一度ルークに向かって微笑む。
「これで良いかい?」
ルークは扉が完全に閉められたのを見計らって、キチンと座っていた足を組み、椅子の背もたれに左肘をかけた。
「サンキュー。あ〜〜・・・堅苦しかった・・。」
滅多に着ない軍服の襟を広げ、パタパタと手で仰ぐ。
「で?本当の理由はなんだ?俺をココに呼び出したのはしょうもない報告をさせるためじゃないだろう?」
一気にお茶を飲み干し、テーブルのほぼ中央に置かれたポットを取りに立ち上がる。
「相変わらず鋭いねぇ。お前を呼んだのは別な用件だ。聞いてくれるか?」
下から掬い上げられる様に見つめてくる視線に、ルークは軽く溜息を吐く。
「面倒なことじゃなかったら聞いてやるよ。」
ポットを持って座り、カップに注ぐ。
その言葉を【了解】と取ったダミアンは、少し小声になって話を始めようとした・・・。
「実はな・・・。」
瞬間、ノックも無いまま先ほど閉め切られたはずの扉が大きく開かれる。
慌ててルークは姿勢を正した。・・・が。
扉を開いたであろう主は何処にも見当たらない。
驚いてダミアンを見つめるが、当のダミアン本悪魔も大きな諦めも含めた溜息をついて扉に向かって指をさす。
「・・・ノックはしなさいね・・・お願いだから・・・。」
「はい。」
響いた声は随分下のほうから。
ルークは立ち上がってダミアンに近付いた。
「ダミアン・・・・?」
そこにいたのは。
「ほほう・・・お前が軍事局参謀なのか?随分と綺麗な顔しているじゃないか。吾輩気に入ったぞ。」
姿の割には随分なモノの言い方だが・・・不思議と腹が立たない。
「・・・誰ですか?こいつ・・・。」
言いかけてダミアンよりも早く下のほうからの声が届く。
「デーモンだ。D・E・M・O・N、デーモンだ。吾輩はお前の名を知っているぞ、確か・・・ルーク。そう、ルーク参謀だったな。」
身長はルークより遥かに低く、120センチぐらいだろうか?
まだ幼さの残る表情の中に圧倒されそうなくらい印象的な二つの宝石。
春の海を思わせるアクアブルーがこちらを凝視する。
空を映し出したようなスカイブルーの紋様がその瞳を飾っていた。
自然にかき上げられた金色の髪が頬に伝い、その付近を縁取るグレイを隠している。
「・・・で・・・?誰ですか?」
再び尋ねる。
ダミアンは困ったような顔をしつつもデーモンの頭をゆっくりを撫でながらルークに苦笑いをした。
「この子は私が預かっているんだ。名前から分かるだろうけど、この子は将来、デーモン一族を担う大切な存在。ここで全てを学び、立派な統領
になるようにと、前・デーモン公が仰ってね。」
そこまで聞いてルークも思い出す。
確か・・・大魔王が子供を預かったと・・・それもさる高級官僚の後継ぎとか・・・。
「で?俺に何をしろというのです?」
何となく嫌な予感に苛まれつつ、ルークはデーモンを見た。
しかし、ダミアンの口から出た言葉は思いもよらないものだった。
「いや、特に何もしなくても良い。」
「え?」
デーモンの乱入よりも更に驚いて、思わず口を開け広げてしまう。
「いやね、デーモンがお前を見たいって・・・言うからね。一応、私が頼んだ任務の中間報告も聞いておこうかな?とは思っていたし、丁度良い機会
だから・・・ってね。」
バツが悪そうにダミアンの語尾が小さくなる。
しかし本悪魔、そんなことはお構い無しに、ルークの周りをうろちょろと一周、見てまわった。
「ほほう・・・本当に綺麗だなぁ・・・お前。」
一言感想を述べてルークの真正面に立ち、微笑を投げ付ける。
「そりゃぁ・・・どうも。」
普段は軍事局参謀という冷酷無比な印象を強要されても仕方の無い役職に付いてる手前、あまり【綺麗】だとか【美しい】だとか言われるのを好ま
ないルークだったが、何故か・・・彼には・・・目の前で屈託無い笑顔を貼り付けて背格好の割にはデッカイ口を叩いてるデーモンに言われても・・・
不愉快な気分にならない。逆に純粋に嬉しかった。
「とにかく紹介は終わったからね。デーモン、君は大人しく向こうに行って父上の相手をしてきてくれないか?」
「分かりました。殿下・・・失礼いたします。」
きちんと礼を取ると、ルークのほうに向き直って笑いかける。
ルークはドキリとしてデーモンを見つめ返した。
「なんだよ。」
「またな。」
そして扉が閉められた。
嵐の後・・・。
気分的にはそういう感じだった。
すっかり力が抜けてルークはノロノロと自分の席へと帰る。
「ダミアン・・・・・・・。」
何か言おうとしたがダミアンの思いのほか硬い表情に少し気分が引き締まる。
「ルーク・・・デーモン・・・何歳だと思う?」
突拍子も無い質問にルークはしばらく考えたが、思いついたままを答える。
「・・・一万歳・・・ぐらいじゃないのか?まだ士官学校に行くか行かないかの・・・・。」
それを聞いて、ダミアンも溜息をつく。
「ち・・・違うのか?」
まさか・・・とは思いつつもルークは身体を乗り出した。
一瞬の沈黙の後、ダミアンの口から出た正解は・・・。
「我々と同じだよ。九万歳前後だ。」
ズルリとルークの体勢が椅子から崩れる。
「・・・へ?」
冗談めかしたルークの精一杯の反応にもダミアンは意外にシビアな顔のままだった。
「嘘ではない。私がアレを預かった時にはもう彼の成長は止まったままだった。何のために・・・誰の所為で・・・彼自身の意思なのか・・・それは私も
分からない。」
あの体型だ。
成長が止まってどのくらい経つのか?自分達と同じ年だという彼・デーモン。
ルークの胸に何かが感じられる。
「どうした?ルーク。」
ダミアンが突然押し黙ってしまったルークを見て心配そうにこちらを見ている。
「いいや・・・なんでもない。」
しかしその返事には全くそぐわない表情のまま、ルークはお茶を一気に飲み干した・・・。
帰り際、ダミアンに無理矢理にも用事を押し付けられ、ルークは思いもかけず不機嫌に部屋を後にした。
用事を頼まれた先は、滅多に訪れない魔宮の奥、高級官僚の跡継ぎたちが良く出入りしているサロン。
数週間後に執り行われる、大魔王陛下との謁見の行事を知らせる案内状を、さる官僚の息子に渡すことだった。
少し怪訝そうな顔をして彼はその案内状を軍事局参謀から受け取った。
長居は無用とルークも用事だけを済ませ、すぐに部屋を後にする。
と・・・。
目の前に好奇心旺盛な大きな瞳が彼を待っていた。
「・・・えっと・・・デーモン・・・?」
先ほど自己紹介してもらった名前を呼んでみると、すぐにその顔は嬉しそうに輝く。
「よし、覚えたな。また会ったな。」
マジマジとルークは彼の顔を眺めてみる。
確かに。
ダミアンが言ってた通り、成長は止まっているがその表情は・・・少し大人びている。
「どうした?吾輩が何かそんなにおかしいのか?」
クスクスと楽しそうに笑う彼。
瞬間、ルークの中を気味の悪い予感が渦巻いて彼の感情を撫で回し、消えていく感触がした。
それはあまりにも不気味で。
「・・・!」
思わずふらりと立ち眩みを覚えて、壁に手をついた。
「ど・・・どうした?!医者を・・・呼ぶか?」
デーモンが心配そうにルークの顔を見上げる。
「いや・・・何でもない。気にするな。」
ふと目に映るデーモンの瞳。
吸い込まれてしまいそうな・・・印象的な・・・その瞳には、奇妙に顔を歪めた自分が映っている。
「もう大丈夫だ。帰ろう。」
その時。
たった今、閉めた扉の奥で密やかな話し声がする。
「・・・!」
ルークの表情は瞬間的に軍事局参謀のそれとなっていた。
「ル・・・・。」
話し掛けようとするデーモンの口を右手で塞ぎ、中の秘め事に全神経を集中させる。
「・・・・・・・・・・・・ダミアンの皇太子候補を許しているとでも思っているのか?・・・・・・・・・・。」
「・・・いや・・・。我々は諦めん、どんなことをしても・・・。」
「何か・・・手を使って・・・。」
「・・・・・。」
デーモンが苦しそうにルークの手の中でじたばたする。
はっとして、ルークは手を離した。
どうやら思っていた以上にきつく彼の口を塞いでしまったらしく、呼吸もままならない状態にしていたらしい。
「・・・行こう。」
小さく呟くと、ルークはデーモンの手を掴み、静かにその場から姿を消した。
to be continude・・・