死の協奏曲(コンツェルト) 〜Demon〜
「あ・・・。」
ふとデーモンが声を上げた。
驚いて顔を上げるのは、隣りで草原の中を蹴っ飛ばした蒼い紋様を抱いた悪魔。
「どうした?何か忘れ物か?」
優しい風を手の中で躍らせ、ルークはデーモンの顔を見る。
ルークが見つめる金色の宇宙色の紋様の悪魔・デーモンは風の彼方を見ていた。
「デーモン・・・?」
そう問いかけながらもルークの視線はデーモンと同じモノを追う。
太陽の炎に吸い込まれていくかのように、そこには何十本もの綿毛が旅立っていた。
「あ〜あ・・・。」
デーモンは溜息にも似た声を上げながらその場に座り込んだ。
乾いた大地がとても懐かしい感じがする。
コンクリートジャングルに唯一残った自然の紛い物。
最初にこの星に降り立った時から見れば、随分と小さくなってしまった川の土手。
犇めき合いながら毎年毎年自分達の存在を叫ぶように咲く、名も無き華達。
そこを散歩しようと言い出したのはデーモンだった。
いつも何かと忙しい彼の誘いにルークも断る理由無く二つ返事でオッケーした。
そしてこの星での潜伏先としている次元回廊の屋敷を抜けた直ぐにその川原があった。
「・・・何かあったのか?」
綿毛を見送ってしまった後でルークは再び声をかけた。
「綿毛が飛んでいってしまったな。」
呟くデーモンの言葉の意味をルークは少し理解しかねていた。
「飛んで行ったって・・・・ああ。俺が蹴っ飛ばした草の中にタンポポがいたんだろうな。」
「まだ・・・母親の中に居たかったろうにな。」
少し悲しそうなデーモンを見て、ルークはますます顔を顰める。
「え?」
デーモンは真っ直ぐにルークを見つめる。
「だから・・・まだ一生懸命母親の中で旅立つ心の準備をしていたんだろうに・・・お前が蹴っ飛ばしたからどんなに風が強くともしがみ付いていた子供
達は強制的に親離れをさせられてしまったんだな・・・と。」
らしくない・・・いや、らしいといえるかもしれない・・・そんな台詞が彼の薄紺の唇から転がった。
しかしルークはわざとその言葉に反抗してみたくなった。
「そんな事言われたってさ・・・。俺が蹴っ飛ばしたのもその子達の運命だったって事かもしれないだろう?この子達は母親(かのじょ)から
逃げ出すチャンスを待っていたのかもしれない。そのキッカケがたまたま俺だったって・・・。そういう考え方も出来るんだぜ?」
わざと楯突く言葉を吐いたにも関わらず・・・ルークの心は少し痛かった。
それほどに自分の言葉を聞いているデーモンの表情がとても辛そうだったから・・・。
彼が自分を散歩に誘ったこと事態がとても珍しいことで・・・少し変だとは思ったが・・・。
しかしルークは何も気付かぬフリを決め込むことにした。
「母親(かのじょ)だって・・・早くあいつらが旅立ってくれることを心待ちしてたかもしれない。」
少しトーンを落とした声にデーモンは驚いたように目を大きく見開いて振り向いた。
「ルーク・・・。」
「俺は悪い事をしたとは思っていない。」
言いながら・・・ルークの中は罪悪感でいっぱいだった。
「お前は・・・強いんだな。」
ポツリと落としたデーモンの一言。
風に吹かれて思わず流れていきそうだったものを必死でルークは掴んだ。
「強くはないさ。強がってないとやっていけないからね。俺は・・・。」
「じゃぁ今吾輩に言った言葉も全部強がりってことか?」
口の端を上げて薄く笑うデーモンの瞳にはまだ、暗く想い光が潜んでいる。
「そうかもしれないな。俺はいつでも強がってるから。」
「吾輩の前でも・・・か?」
笑いを消し、デーモンは真剣に聞く。
少し面食らい、ルークは思わず絶句してしまった。
「・・・吾輩はそんなに頼りない男か?」
重ねて問い掛けられた言葉にルークはやっと言葉を紡ぎ出した。
「いや・・・そういう意味じゃ・・・なかったんだ・・・・けど・・・。」
「すまない・・・らしくないことを言ってしまった。」
デーモンは草原の中から立ち上がった。
夕焼け模様になってしまった空をもう一度見上げる。
もう綿毛(こどもたち)は一粒も見えない。
様々な国へ、様々な土地へ、それぞれの風(列車)に乗ってあの子達は華を咲かせに行く。
それは俺のおかげで?俺の所為で?
ルークは奇妙な自問自答を繰り返していた。
「デーモン・・・あんたにも怖いものある?」
言ってしまってシマッタと思い、ルークは口を押さえた。
彼は魔界でも指折りの戦闘集団、デーモン一族の統領。そしてダミアン殿下やサタン様を守る為に存在する軍最高指令・副大魔王閣下なのだ。
そんな彼に怖いものがあるか・・・・などと。
今でこそルークはこうして互いを仲魔として付き合うことを許されているが、魔界に帰れば・・・楯突く言葉一つで首が簡単に飛ぶだろう。
だがきっとこの一風変わった副大魔王様は・・・この星でもプロジェクトが完了し、帰獄した後でもこんな関係を続けるに違いない。
例えルークがわざわざ離れたとしても。
軍事局の参謀本部に軽口叩きにひょっこりやって来るに違いない・・・。
安易に想像できて可笑しかった。
ふと洩らした微笑みを怪訝そうに見るデーモンをやっと見つけて、ルークは直ぐに引っ込めた。
「デーモン・・・?」
「吾輩が怖いのは・・・【死】だ。」
予想もつかない答えにルークは再び絶句させられてしまう。
「悪魔でしょ?あんた・・・しかも純潔のデーモン一族の統領たるあんたが・・・俺たち下っ端よりも遥かに長生きするくせに・・・【死】が怖いって・・・。」
そんなルークを見て逆にデーモンが笑いを洩らす。
「吾輩が怖いのはそんな肉体の消滅である【死】ではない。そんなものが怖いんじゃない。」
「じゃぁ何?」
当然の疑問を投げかける。
「吾輩が怖い【死】は・・・吾輩が生き、活動し、残していった物が消滅するのは仕方がないことだ。だが、吾輩の存在そのものが・・・吾輩の愛した者
達の中から消えてしまうこと。それだけだ。」
肉体的ではなく精神的な【死】。
ぞっとしないわけではなかった。
「遥かなる時間が経ち、我々が作った作品はいつか廃れて腐敗し、消えていくだろう。吾輩はそれは怖くない・・・ただ・・・吾輩が居たという事実
が・・・記憶が・・・消えていってしまうかもしれないと考えると・・・とてつもなく怖い。」
「デーモン・・・・?」
ルークは微かに震える彼の肩をそっと抱いた。
「俺が忘れないよ。絶対にあんたを忘れないよ。もし・・・ずっとずっと先の・・・未来で俺がこの星や他の連中と同じようにあんたを忘れてしまった
ら・・・あんたの手で俺を殺してよ。」
ビクリとデーモンの身体が震える。
「ルーク・・・!!!」
しかしルークはそのままの姿勢で言葉を続けた。
「大丈夫・・・殺されたくないから俺は絶対にあんたのこと忘れないから・・・。世界中のヤツが・・・皆あんたのこと忘れちまっても俺が覚えていれ
ば・・・あんたは永遠に死ぬことはない。あんたに【死】なんて言葉・・・全然似合わないから。」
どこか遠くで音が聞こえる。
それは破滅のメロディー。
いずれ必ず滅びゆくこの惑星の・・・。
最期に聞こえるはずであろう音。
何故かそれはとても綺麗な音楽で。
協奏曲(コンツェルト)のようにどこか不安な響きを持っていた。
惑星・・・?
滅ぶのは惑星・・・?
いや違う、きっと俺も・・・。
決して守れないであろう嘘の約束をした俺の・・・俺たちの為の鎮魂歌(レクイエム)。
F I N
presented by 高倉 雅