世 界 一 の 口 づ け を ・・・
遠くで扉が開く音がした。
・・・が、目は動かない。
身体も全く・・・。
ただ、天井がほんの少し見えるだけ。
微かな視界の中、人影が揺らめく。
サラサラとした髪がこちらを覗き込む。
でも・・・・何も言えない。口を動かすことが出来なかったのだ。
脳は声を出すことは覚えてるが、身体はその行為を忘れてしまったかのようだった。
「ゼノン・・・起きてるのか?」
辛うじて耳は正常のようだった。耳元で囁く声には聞き覚えがある。
「・・・何も言わないで良いよ。」
【あれ・・・・・・・?ライデン・・・・・・・。生きてたの・・・?】
心話がライデンの中に直接入って来る。
静かに頷いた。
遙かな・・・遙かな時を越えて・・・。
悪魔達が守ろうとした蒼い惑星は滅び、既に何のために神と悪魔は闘うのか・・・その目的さえ分からなくなっていた。
ただ・・・憎いから?自分達にとって邪魔だから?
長い時間を過ごしすぎて・・・。
どちらも多くのものを失いすぎた・・・。
【ライデンは生きてたんだね・・・。本当に・・・僕たちは色んなモノを無くした・・・。】
ゼノンが呟く。
ライデンは少し泣きそうな顔でまた、頷くしかできなかった。
【もう何万年・・・何億・・・・・数えることが出来ないくらい、僕たちは戦い続けた。最初にデーモンを亡くして、エースを亡くして・・・。ルークは・・・?】
「・・・半年前に死んだ。お前が目覚めることだけを願って。最期まで・・・笑ってたよ?」
ライデンはゼノンの顔のあたりを優しく撫でる。
【そっか・・・僕たちだけなんだね?ここに生きてるのは・・・。】
確認するようなゼノンの口振り。
「そうだよ・・・。でもね・・・俺はもう時間がないんだ。すぐに行かなくてはいけない。みんなを・・・待たせるとヤバイからね。」
クスリとライデンが戯けるように笑う。
そしてもう既にヒト型を留めないゼノンの唇にそっと口付けた。
「大好きだよ?ゼノン。だから・・・。」
どこか悲しげなライデンの言葉を遮ったのは奇妙に明るいゼノンの声だった。
【行ってらっしゃい。すぐに帰ってくるんだろう?】
ライデンの細い肩がピクリと揺れる。扉に向かおうとしていた身体を再びゼノンの方に向けて、ライデンはもう一度笑った。
「ああ・・・。帰ってくるさ。」
それだけ言うと扉をすり抜けていった・・・。
パタリ・・・と扉を閉める。
そして小さな溜息を一つ・・・。
しかしそれは安堵の溜息だった。
「さて・・・。コレで良いよね?ね?みんな・・・。」
静かに・・・ライデンの身体が朽ち始める。
砂の城が波に浚われて欠けていくように・・・。痛みはない。
「ゼノンは・・・・生き続けてくれるよね?」
薄れゆく視界。そしてそれが暗黒の闇に閉ざされる瞬間、ライデンが見たものは。
3名の微笑み。
「・・・・・・・・・・・・。」
塵のようにその身体は風の彼方へ消えていった。
Presented by 高倉 雅