Another Side Stories  〜風塵〜 後編

 

 

「おや【閣下】、もうお帰りになってらっしゃったのではありませんか?」
イヤミたっぷりにそう言い放ったのは情報局長官、この物語の最初の方から死ぬほど怖そうなイメージのみで登場しているエースである。
帰宅していたと思っていたシェリーが突然ノックも無しに入室してきたのを見て目を細めた。
「ばか、それどころじゃねぇよ。」
いつもならイヤミを聞くと大人気なく応戦してくるシェリーの様子が違うの見て、ふと真剣な表情になる。
「どうした?何かあったのか?」
「ああ、ちょっと気付いた事があって・・・。」
そう言って、先程まで2名で話していた内容をエースに告げ始めた。

 

 

「・・・さて・・・どうしたものか・・・。」
シェリーの話を聞き、一応驚きはしたモノの流石はデーモンに長年付き添い、情報局の長官を務めるだけあるエース。
悠然と構えて足を組んだまま机の上に投げ出した。
「今まで大将に振り回されてきたからな、俺達は。特にエース、お前なんていっつも引っ張り回されてたから彼奴の単独行動が常軌を逸してるなんて
別段何も感じてなかっただろ?」
「・・・まぁな・・・。」
それについては図星のエース、ちょっと俯き加減になる。
「でも・・・彼奴が5,6年で帰ると言った。これまでの経験上、それが10年になろうと20年になろうと当たり前だったが・・・50年だぜ?いくら何
でもおかしいと・・・思わなかったか?」
あまりにも余裕ぶっかましで話を聞くエースにシェリーは怪訝そうな顔をする。
が、ふっと息を吐くと、エースは足を下ろして用意されたグラスをワインに口を付けた。
「いや・・・全くその通りだよ、シェリー。おかしいとは思っていたんだが・・・別に気にする必要はないと思っていた。お前の話を聞くまではな。」
自嘲気味に笑みを浮かべ、更に飲み干してしまう。
シェリーも今更気付いて、目の前にセットされたワインを飲んだ。
一気に捲したてた為か喉は渇いていて、これまた一気にあけてしまった。
「とにかく・・・大将がどこの地に降りたか?何をしているのか?それを調べる事は可能か?情報局では。」
「【情報局】だぞ?何も分からない事はない。」
キッパリ自信たっぷりに言い放つエースに頷き、シェリーはニッコリ笑った。
「そゆわけで・・・よろしく。分かったらすぐに作戦会議に移る。」

 

 

 

調査開始3日・・・。
思っていたよりも早く、デーモンの居場所は突き止められた。
場所は北東部の小さな島国の一郭。
剣を振り上げ、4本しか足のない馬に乗り、戦いに明け暮れている地域の、とある領主を容器(うつわ)を借りていた。
「・・・そういや、デーさん、この島国に行きたがってたからな・・・。その中で一番楽しめそうな奴を借りるって言ってたっけ?」
報告書をペラペラ見ているフリをしながらルークが呟いた。
「そいつの名前は?」
呼び出され、久しぶりに伏魔殿へやって来たライデンが何とはなしに尋ねる。
「名前・・・?う〜〜んとね・・・忘れちゃった。」
既に報告書は読み終わり、副大魔王執務室のソファーにこれでもかと言うほどリラックスしているゼノンが目を閉じたまま答えた。
「さて・・・どうしようか?」
大きく息を吐き、エースはチラリと窓辺に足をかけて黙っている悪魔に目をやった。
こんなにのんびりと茶会のような雰囲気ではあるが・・・事態は意外と深刻だった。
デーモンの地球降臨にいち早く気付いた天界が、今しかないとばかりに大量の伏兵を送り込んだらしいのだ。
うまくこの世界の頂点に差し掛かった時、天界の策略にまんまと嵌り、あっという間にデーモンの精神体は結界を張られ、動けなくしてしまったのだ。
お陰で【デーモン】としての意識は容器(うつわ)の奥に封印されてしまい、連絡は途絶え、容器(うつわ)は天界の思いのまま、中のデーモン
は魂ごと霧散されかけていた。
「・・・デーモンの事だからって油断した俺達が悪い。彼奴が定期連絡よこすからと殊勝な事ぬかしやがったから・・・こっちも安心しすぎてたんだな。」
ルークは束ねていた髪のリボンを外し、俯いた。
その所為で表情は見えなくなってしまう。
「いや、俺がすぐに迎えに行って連れて帰ればよかったんだ。少なくとも次の天魔大戦の舞台になる・・・しかも最終決戦の場に一名だけのこのこ
行かせて放っておいた。」
何時になくエースが口篭もってしまう
それにつられて、そこにいた全員が何となく下を向いてしまった。
重たい沈黙・・・。
「そんな事今更考えてどうするんだい?」
突然どこからともなく声が降ってきた。
少し高い、聡明なその声の主は紛れもなくダミアン、次期大魔王となられ現在、病気療養中の父に代わり全権を任された摂政職にある。
いつの間にか、執務室の扉に腕を組んで凭れ掛かっていた。
「ダミ様!」
弾かれたようにシェリー以外は全員顔を上げ、同時に叫ぶ。
その様子に苦笑しながらマントの裾を軽く持ち上げ、静かに皇太子は入ってきた。
「ま、粗方の予想はついていたけれど・・・。やはりこういう事だったんだね・・・。とにかく今は責任の奪い合いをしていても仕方がない、デーモン
を救出することだけをまずは考えよう。」
「策は・・・ある。凄い力技になるが・・・。」
窓辺に凭れたまま、シェリーは言い放った。
「デーモンの魂を支配している身体と結界を一瞬だけ無力化し、タイミングを見計らって・・・一気に引き剥がす。」
ホントに力技・・・それしかコメントを加えようがない。
「・・・つかぬ事を聞くが・・・シェラード?どうやって無力化するんだい?」
ダミアンがちょっと強張った笑顔で尋ねてみる。
シェリーの視線が初めて動き、何を言ってるんだと言わんばかりに驚いた表情で彼らを順番に見つめる。
ライデンに至っては、笑顔のまま固まってしまっている。
「・・・何言ってるんだよ・・・手っ取り早い方法があるだろう?全部燃やしちまえば良いんだ。」
ああ、やっぱりね・・・。
予想通りの答えに5名はガックリと肩を落とした。
まぁ・・・実際問題それしか方法はないし、そのことは全員分かっていたのではあるが・・・。
「一応、周りに迷惑掛ける事は出来ないから容器(うつわ)だけ、1人になったところに火を付ける。そして身体の消滅が始まる直前引きずり出す!
でないと大将は助からない。・・・それになぁ・・・。」
シェリーはぐっと掌を握りしめた。
「でないと俺が働いた50年分の礼金を頂かなきゃならないし、エースのイヤミ50年分をそっくりそのまま熨斗つけて贈らなきゃいけないし
な!!彼奴を助ける事にして今日までの3日間、俺は覚えてる全てのイヤミと文句を録音したんだぜ?!あ〜〜もうっ!お陰でこっちは寝不足だ
チキショウ!何で俺が彼奴の所為で文句たれられて寝不足になった上に助けに行かなきゃならないんだ?!」
・・・自分が言い出しっぺのくせに・・・。
何か違う気がしないでもないが・・・。
礼金とイヤミの応酬はまだ筋が通っているとして、寝不足まで責任擦られるデーモンも可哀想に・・・と同情しかけた。
が、今回の件に関しては、関係者一同とばっちりを何かしら受けているのでシェリーがどんな処置をデーモンにするかについては口を噤んでおこ
うと心に決めた。
「で?シェリー。お前が行くんだろう?」
エースはもうどうにでもなれとばかりに足を投げ出して笑った。
「勿論・・・そうそう、エース。お前の力を少しだけ分けてくれ。火種は必要だからな・・・それと・・・っと。」
シェリーは窓辺の縁から飛び降りて、置きっぱなしの水差しを掴んだ。
「ミュー!聞こえてただろう?!」
水に向かって叫んだ瞬間、その脇に霧が立ち込めミューが姿を現した。
「別に盗み聞きする趣味はございませんので、何も聞いてはおりませんでしたが・・・。」
チラリと部屋を見渡して言葉を続けた。
「ま、どんな話が行われたのかぐらいは私でも見当はつきますわね・・・。」
「おやミュー、久しぶりだね。」
ダミアンが背後から声を掛けた。
途端にミューの表情は和らぎ、振り返ると礼をとった。
「お久しゅうございます、皇太子様。」
ゆったりと笑い、他の悪魔にも微笑みを掛け、シェリーへその視線が移った瞬間、表情は一変する。
「で?私に何をしろと仰いますの?」
「・・・お前・・・その大魔神みたいな変化は何だよ・・・。ま、良いけど・・・お前はとにかく俺についてきてくれ。ここにいる連中が全員ここから離れたら
何か起こった時に一発でアウトだ。俺とお前で何とかするしかない。」
「承知致しました。では・・・。」
と、右手を挙げて小さな呪文を唱え始める。
その内容に気付き、あわててシェリーはそれを止めさせた。
「わぁあああ!!!ストップストップ!!!男にはならなくて良い!!!なるな!!!」
・・・実は両性具有タイプのミュー、戦闘モードとなると当然ながら男性体になろうとするのだが・・・何故かいつもシェリーに止められてしまうのだった。「何故ですの?この姿では何とも戦えませんが・・・。」
「良い!!そのままで十分強い!!!凄い!!!だから男にはなるな!!」
実は単純に女性体の方が男性体よりも好みだという話なのであるが・・・。
因みに作者の趣味でもある。(爆)
怪訝そうに呪文を止めたミューはシェリーが開けた空間の切れ目の中に入り込んだ。
シェリーも後を追うようにエースから受け取った手の平サイズの火の玉を身の中に仕舞い込んで消えた。
「相変わらずの・・・2名だな・・・。」
思わずクスリと笑みが漏れた。

 

 

 

 

存在場所の確認をしていたお陰で、大した苦労もなくデーモンが潜む身体を見つける事は出来た・・・が。
「・・・おい、ミュー・・・。あれはマジで大将の意識は殆ど無い状態なのか・・・?」
次元のチャンネルを微妙にずらしたところからデーモン(・・・の入れ物)を見ていた2名。
かなりビビっている。
それもその筈、デーモンが借りたその肉体たるや、破天荒さ、ワガママっぷり、プライドの高さ・・・どこをどう見てもデーモンそのものであった。
まさか・・・天界人の策に嵌って意識を封印させられているとは誰も気付くまい。
「私に申されましても・・・。恐らくでしょうが、閣下の力が強すぎて無意識のうちに基本的性格が作り替えられてしまったのでしょう。ま、それは
どうでも良いとしまして・・・それにしてもどうやって天界は閣下の魂を封印したのでしょうか?仮にもデーモン一族の長、副大魔王様となる御力を
兼ね備えた素晴らしい方でございましょう?そうやすやすとは・・・!!」
言いかけて、何かを発見したのかミューは指さした。
デーモン(・・・の入れ物)の胸に鈍く輝くペンダント。
その形はあからさまに神の刻印だった。
「大将の魂を十分弱らせた隙に天界の連中がアレを首に掛けたんだ。確実且つ大胆な方法よ。」
2名が覗む世界は、デーモン(・・・の入れ物)を中心に天界の洗脳作戦が始まりつつあった。
何と皮肉な事だろう。
「我等が大将が乗り移った者の手によって天界に先手を打たれるたぁな・・・笑えないな。」
シェリーは身の内から火の力を取り出した。
「ミュー、俺は今からあの者自身に火を放つ。そして刻印が消滅して分散が始まったら、大将の魂を引き剥がしてくれ。何、ちょっとぐらいな
ら傷ついたってかまわん。」
「ちょっと乱暴すぎではありませんこと?」
先程、男性体になるのを止められたのが気に障ったのか、ミューはいつもより更に冷たく言う。
「大丈夫、ちょっとぐらい傷付いている方が暫くの間大人しくてちょうど良いわ!!・・・少なくとも苦心の作3日分テープを聴いてもらう時間は
たっぷりと必要だからな!!」
声を合図にナイスタイミングで1人きりになったデーモン(の入れ物)めがけて火の玉を放った。
その勢いは50年分の怒り爆発を物語り、景気よく火を吹き始め・・・が、景気は良すぎたらしい。
「み・・・ミュー・・・どうしよ・・・燃え移っちゃった・・・。」
「・・・へ?」
などと硬直している場合ではない。
勢い良すぎた炎はデーモン(の入れ物)を一気に燃え上がらせ、その火の手は周囲にあったモノに発火。
あっ・・・・と言う間に火の海となってしまった。
「シェリー様!!あれを!!!」
慌てふためくシェリーの袖を引っ張り、ミューが指さした方向に、薄ボンヤリとした紫色の光がヒト型を成して右往左往しているかのように見えた。
「見つけた!!!」
言うが早いか、彼は次元の壁を破り、直接炎の中に手を突っ込んでそのヒト型を無理矢理引きずり上げようとした・・・が。
「ダメ!!!シェリー様!!!・・・・あ〜・・・・・。」
ミューの制止空しく、シェリーが差し込んだ腕の付近から更に激しく炎は踊り出し、狂ったような勢いで燃え広がった。
「あ・・・ありゃぁ・・・?」
「なに考えてるんですか!!シェリー様は風族の方でございましょう?!タダでさえ火族のエース長官の力をコントロール出来なかったのに・・・
直接その真っ直中にその身を突っ込むなんて・・・。」
風の力に煽られた炎の中で、藻掻いていた既に空容器の身体は見るも無惨にその姿を塵と変えた。
間一髪、救出できたデーモンの本体はぐったりとしたまま動かない。
「ミュー・・・これどうする?」
シェリーは時間と共にデーモン状になっていくそれを肩に担いで下界を指した。
元々燃えやすい造りの建物、最早人間のみの力ではどうする事もできないだろう。
「どうするもなにも・・・取り敢えず消火するしかございませんでしょう?」
デーモンを救出して安心したのか、ミューは気の抜けた声で返事をし、どこからともなく水を呼び集めるとそれを紡いで放った。
惑星上で、それは雨として火の手を休めていく。
そろそろ沈下したかぐらいのところで、改めてミューは口を開いた。
「・・・別に言いたくはございませんが・・・。いくら50年分の怒りとはいえ、ここまで盛大にされる事はございませんでしょう?」
姿がハッキリしてくると同時に、質感も重量も増していくデーモンを担ぎ直し、シェリーはこれでもかと言う程に膨れっ面になった。
「俺は悪くねぇぞ!!!大体エースの野郎が加減っちゅうのを知らないんだ!俺だって・・・そんな・・・こんなに燃やすつもりはなかったんだし・・・。」
「それでも限度はございます!!元はと言えば、貴方様が閣下のくだらない頼みをいとも簡単に安請け合いしてこられたのが全ての始まりなの
です!!」
少しずつ水勢を弱めながらミューはそっぽを向いた。
聞く耳持たない体制だ。
「あのなぁ・・・お前はいっつもそうだ!!全部俺が悪くなるんだ!!!今回だけは違うぞ!!今回は大将がムリヤリ俺を・・・。」
「今回【だけ】??では今までの事は全て貴方様が悪いという事を認められるのですね?」
「そういう事じゃないだろうが!!300年前のあの事だってなぁっ!!・・・・・」
論点が多少(?)ズレている気がしなくもないのだが・・・。

取り敢えず。
デーモンは奪還され、帰獄した。
VIVA力技な作戦だったためか、シェリーの言った通り魂は傷付き、長期間の封印されていた事も手伝ってか半年近くはベッドに縛り付けられる事
となったデーモン。
数々の見舞い品が届けられる中、一番に手元へとやってきたのは案の定、例の3日分飽きもせず録音されたテープだったことは言うまでもない。
そして送り主は毎日参上し、テープを聴くことを強要、加えて新しく思い出したイヤミ(実は自己創作有り)を吐いていくのも忘れなかった。
追跡調査で判明したことが幾つかある。
デーモンを策に嵌め、神の刻印を身に付けさせた天界の刺客は思いの外、彼のとても近くに存在していた。
シェリーとミューの2名がデーモンを救出したまさにその日。
刺客の方も兵を率いてデーモンの魂にトドメを刺そうと迫っていたのだ。
しかし、辿り着いた時には既にデーモンの姿も、建物自体が無く、残っていたのはまだ燻り続ける黒く焦げ付いた大地だけだった。
もう後は総仕上げだけを残して作戦の失敗。
エリートだった彼の精神的打撃は計り知れず、惑星探査の任を天界から解かれ、追放、消滅させられたのはそれから11日後・・・。
失敗を決定づけた運命のあの場所からそう遠くはない、暗い山中、峠を越えるところだったらしい。
後にこの者、再び姿を見せ全てを脅かすこととなる・・・。

 

                                                                F I N