Another Side Stories 〜風塵〜 中編
「今・・・何と仰いました?」
流石のミューも驚き・・・イヤ呆れ果て、トレーを落とした。
が、それはテーブルの上で砕ける直前、シェリーが受け止めて無事だった。
そのまま運んでくれたカップの中を見て・・・また渋面をする。
今度は紅茶ではなくリクエスト通りコーヒーだったのだが・・・。
ホットだった。
「シェリー様・・・もう一度私の耳にしっかり届くようにはっきりと大声で仰ってくださいますか?・・・耳がおかしくなってしまったかもしれませんので。」
そう言いながら、ミューは両耳を本当にかっぽじった。
そこまで、シェリーの口から飛んできた台詞が信じられなかったのだろう。
本当は彼もこう何度も口にしたくはなかったのだが、嘘ではなく本当のことなので仕方なしにもう一度、先ほどよりは数倍大きく、ゆっくり、
ハッキリと言ってやった。
・・・かなりヤケクソで。
「大将の影武者になれとさ!!!」
「やっぱり・・・そう言われたんですのよね・・・。」
ガックリと肩を落とし、ミューはシェリーの向かい側に腰掛けると溜息をついた。
「しかしまた・・・何故そのような・・・。」
眉を顰め、シェリーを見つめるアイスブルーの瞳は諦めているような感じである。
「さぁな・・・どうも大将の考えてることは相変わらず突拍子もないって〜か、何つ〜か・・・。」
「吾輩も別に何も考えていないワケじゃあない。」
そう切り出したデーモンは、改めてシェリーを上から下まで舐めるように見た。
無駄な抵抗は止め、ようやく落ち着きを取り戻した彼はイヤな視線をかい潜り、デーモンを見返す。
「吾輩は重要な役職にあり、今、勝手な行動を起こせばダミ様や皆に迷惑がかかるのは承知していないわけではない。でもな、どうしても行って
みたいのだ。天界の息がかかった惑星に、今度我々が乗り込み、最終決断を下すことになる惑星(ほし)へ。」
「なんだって?」
聞き捨てならぬ言葉を聞き、シェリーはデーモンを見つめた。
先程の冗談めかしたモノとは違って、デーモンも真剣に頷く。
「そこは『地球』という名で呼ばれている。そして我等とよく似たカタチの生命がウジャウジャ犇めいていて、文明も発生している。これからもっ
ともっと進化していきそうな・・・そんな可能性を秘めた場所なんだ。多分・・・そこは我等魔界と、彼奴ら天界との最終決戦の舞台となるだろう。
そう・・・ゼノンも言っている。」
ここまで言ってチラリと隣を見た。
ゼノンもゆっくり頷く。
「僕もそんな予感がする。いや、もう確信に近いかな?今度僕等が降りる惑星は戦場となる。どちらがこの惑星を味方につけるかで・・・全てが決まる
と思うよ。」
「・・・どっちにしてもそこに降りるんだろう?遅かれ早かれ・・・だったら何もわざわざ・・・。」
当たり前の理屈を言ってみるが、デーモンは首を振った。
「いや、最終決戦になることは分かりきっているため、今回はダミ様直々に降臨されることも決定している。だからその前に吾輩が単独で行こうかと
思ってな。」
「僕等も必死で止めたんだよ?・・・でも・・・デーモンは言い出したら聞かないって・・・イヤんなる程知っているからね。もう無駄なことは止めたって
わけ。」
肩を竦めてゼノンが溜息と共に吐いた。
ナルホド・・・もう説得済みって事か・・・この様子ならダミ様は既に此奴が惑星へ行くのを許可してらっしゃって・・・
シェリーの表情にやっと笑顔が戻った。
「ふ・・・ん。ダミ様はもう諦めてるって事か。でもやっぱりイヤだから駄々捏ねてらっしゃると・・・。」
「そ〜ゆ〜ことだ・・・で。お前に頼みがある。」
さぁきた!!今回のコールの本題が・・・。
逃げられはしないのだが、往生際悪く腰が引けてしまう。
「ダミ様の補佐も必要だし、他の者に迷惑がかかる。何より一言もなく副大魔王がいきなり消えたじゃパニックになるだろう?で・・・だ。」
一息おいて、デーモンは笑った。
「シェラード、お前、吾輩になってくれないか?」
「・・・はい?」
これ以上ないマヌケた自分の声に彼自身も面食らう。
「お前が一番背格好似てるし、どうせ吾輩の部屋に入ってくるのなんて気心知れた連中だけだ。他者の前に顔を出すことは皆無に等しい。
とにかく、居てくれるだけで良い。業務はゼノンやルークが手伝ってくれるから。な?頼む。ダミ様や他の者に迷惑はかけられんだろう?」
片目を瞑ってホントにすまなさそうな顔をしてみせるデーモンに溜息をついた。
いつだってそうなのだ。
分かりきっている。
シェリー本悪魔も結局はデーモンのことを本気で突き放す事なんて出来やしないことを知っている。
エースが一番甘い・・・だなんて言えないのだ。
自分も・・・相当甘いから。
でも・・・やっぱり得意の憎まれ口を叩きたくなる。
「・・・俺なら迷惑かけても良いんかい。」
「ん?何か言ったか?」
あまりにも力無くボソッと呟いただけだった為、デーモンの耳にキチンと届くことはない台詞に、シェリーは今度こそハッキリと大きく・・・
せめてもの反抗にと溜息をついた。
「・・・で?引き受けてらっしゃったんですか?」
事情を飲み込んでくれたミューは今度は明らかにシェリーに向かって呆れている。
「しょうがないだろう?大将の頼み事、断ること出来ないし・・・。」
「結局また、面倒事を自分で持ってきてしまわれたのですね・・・。」
「そ〜ゆ〜言い方ってどう?」
ブゥッとした表情で話し終わった口の中を湿らせる為、コーヒーを一口飲んだ。
「・・・ま、大将もエースにだけは勝てないし、彼奴が帰ってくる5,6年後よりは早く帰ってくるんじゃないのか?とにかく5,6年の辛抱だ。」
「そう・・・ですね。ま、とにかくボロを出さずにしっかりお務めくださいませ。ただ・・・一つだけ私、心配な事がございます。」
珍しく神妙な面持ちでミューは上目遣いで彼を見た。
「あんだ?」
「・・・あのデーモン閣下・・・でございましょう?あの方の性格から致しましても、今回のみってことはまず無いように感じられます。」
ふぅ・・・と息を吐いて窓の外へと視線を移す。
「・・・シェリー様を身代わりに立てられてのお出かけに味をしめられなければよろしいのですが・・・。」
ミューが言い終わらない内にガタンッとソファーは揺れ、シェリーは立ち上がった。
顔面蒼白、震える手は頭を抱え、瞳は今にも泣き出しそうだ。
「だぁああああああ!!!しまったぁああああああ!!!!!」
後悔先に立たず・・・とはよく言ったもんだ。
ミューは密かに呟いたが、自分で引き受けた事とはいえ、大変な事実に気付き、絶望のズンドコにいるシェリーの耳には入る事はなかった・・・。
1年はジェットスピード・・・。
2年、3年・・・慣れてきて、何とか代役業務をこなし、偶に遊びに来るダミアンと酒なんぞ酌み交わし・・・。
4年・・・予定より早くエースの帰獄。
本来なら文句の標的となるデーモン不在の為、何故かシェリーが共犯者という名目で小言を延々と聞く羽目となり・・・。
5年、6年・・・デーモンからの定期連絡便の烏が遅れがちになった。
流石にエースの早期帰獄の知らせに脅えたか?
そして・・・。
「ってか帰って来ないし!!大将!!!」
格式張った事が元々大嫌いなシェリー、とうとうドタマに来た。
その八つ当たりの相手は・・・悲しいかなソファーである。(ミューは怖すぎるので)
「ミュー!!!もう俺は降りる!!!もう知らねぇ!!」
副大魔王専用の軍服・・・いったい何枚目だろうか?
少なくとも2桁はいっている。
マント止めを千切ってパワー全開、机に叩き付けたら、思わず装飾のピンクサファイアがカタリと外れかかった。
「モノにあたらないでくださいませ・・・分からないでもないですが・・・。」
ここ半年、毎日毎日ブツクサ文句を言いながら屋敷へ戻ってくるシェリーに眉を顰めてミューは言い放ったが・・・最後の台詞通り、その心境察するに
あまりあるモノだった為、強くは言えなかった。
それもその筈。
約束はエースが帰ってくるまで、つまり5年、遅くとも6年だった。
それが・・・。
「50年だぞ!オイっ!!!俺ぁ一生分働いた!!もう絶対デーモンの野郎を連れ戻す!!!」
今にも火を吐きそうな勢いでシェリーは怒鳴り、どっかりと座り込んだ。
「・・・一生って仰いましても・・・これまで貴方様は一体全体何万年生きてらっしゃるんです?」
シェラード、御年9万歳を越えたハズ。
9万年に比べればたかだか50年。
1日に直せば24時間のうち、僅か0,8秒ほどの時間の経過に過ぎない。
それにしてもやっぱり50年。
いくら何でも遅すぎる。
「あのやろう!俺に代役やらせておいて自分は悠然とほっつき歩いてるんだ!!彼奴がちょっと本気出したら2年ぐらいで惑星探査なんて終わる
んだぜ?!あんなビー玉サイズの惑星に何で50年もかけるんだ!!!・・・分かったぞ!!!彼奴は調査とか何とか言いながらあの星でバカンス
してやがるんだ!ちきしょう!!俺だってバカンス行きてぇんだぞ!!サイドビーチの浜辺に寝っ転がって綺麗なオネイチャン’sと遊びてぇんだよぉ
おおおおお!!!」
最後の方は何を言いたいのかよく分からなくなってしまったシェリーに、ミューは何時になく真剣に呟いた。
「・・・こういう事も考えられませんか?」
「・・・へ?」
しっかり見据えたミューの瞳に、引き潮より早く怒りが収まる。
「確かに、あの御方の事ですから、地球とかいう惑星にはバカンス気分、エース長官がいらっしゃらない間の・・・それこそ鬼の居ぬ間の休息も
含まれていらしたはずですわ。が、それにしては長すぎます。少なくともエース長官が怒り心頭でらっしゃるのはご存じでしょう?まぁ、聞かずとも
経験上想像ぐらい出来てらっしゃる筈。最高潮の怒りがレベルダウンする頃を見計らって遅くとも6年、7年で帰獄される律儀な方ですよね?
デーモン閣下は。」
「・・・そんな遠回しに言うな。ハッキリ言え。」
噛んで含んだ言い方のミューにシェリーは苛々していた。
「じゃ、ハッキリ申し上げましょうか?」
カタン・・・とカップを置き、膝の上に手を重ねた。
「定期便が来なくなった、エース長官が帰ってきたのに戻ってらっしゃらない・・・考えられる可能性は一つではありませんか?」
それまで貧乏揺すりをしていた足と指がぴたりと止まった。
灰皿に吸い始めたばかりの煙草を忙しく消し、シェリーの細い目が倍以上に見開き、息をする事も忘れたかのように金縛りになっている。
「・・・ま、まっさかぁ・・・。」
ヘラリと軽く言い放つよう努力してみた。
ミューは小さく頷く。
「そういう可能性・・・ですね。」
その台詞を合図に彼は無言で立ち上がり、脱ぎ捨てた礼服を一瞬にして纏い、剣を持つ。
「シェリー様!!!」
「大丈夫、彼奴はそう簡単にくたばりゃしねぇよ。もし、くたばってた・・・まず生命反応が消えるはずだ。彼奴に内緒でこっちが勝手に付けさせて
もらったレーダーがいつの間にか反応しなくなっている今でも、生命反応が消滅するその衝撃は今の今まで無かった。多分、お前の言うとおり
何らかの事情で大将、帰れなくなってるんだろう。ダミ様やエース、ルーク、ゼノン・・・そうだな、ライデンも呼ぼう。絶対に捜し出して連れ帰って
やる!!!」
それだけ言うと踵を踏みならし、扉に手を掛けた。
「・・・シェリー様・・・。」
我が主の初めて見る真面目な姿に感動したのか、ミューは半分泣きそうな顔で声を掛ける。
それに彼は振り返り・・・。
「捜して連れ帰って・・・あん野郎、エースが俺に言った全文句を纏めて送りつけてやる!!畜生!!全部覚えているんだぞ!!!」
勢いよく閉まった扉の前・・・これ以上にないくらい脱力してしまった可哀想なミューだけが残った。
「・・・どうして・・・そっちにエネルギーを向けるんですか・・・貴方様は・・・。」
一瞬でもシェリーの事を素敵と思いかけた自分にハゲシイ後悔と羞恥心を覚えていた。
to be continude・・・