T h e  M A N  H U N T

 

下弦の月が俺を照らす。
あまりにもそれは眩しすぎて思わず目を背けた。
「何をやってるんだ?」
後ろから声を掛けられて振り向く。
髪と同じ色の鮮やかな紅いカクテルを摘み、こちらを見ているのは大きな翼を持った炎の悪魔。
「いや・・・何でもない。」
「そうか?俺にはあの月を嫌ってるみたいに見えたんだが?」
そう言って残りの液体を飲み干した・・・が、一滴、唇に残ったらしく怪しげに舌で舐めまわす。
「そう見えるのなら・・・そう思っておいても構わないけど。俺は嫌いじゃないよ?あの下弦の月が。」
そう言って俺は言葉とは裏腹に恐る恐る月を見上げた。
あの月の影には・・・・あいつが・・・見ている・・・。

 

皮膚が焼ける・・・熱い熱い熱い熱い・・・。
弾けた生身の肉体。
人間たちが叫ぶ。
その声は凶器。
俺は初めて見た。
俺が悪魔になって初めて見た光景がこれだった。
主に連れて行かれ、地球を見に行った時に目にした。
主は目を背けるなと言った。
が、俺はどうしても正視出来なかった。
天界(うえ)にいた頃には考えも付かなかった・・・思いも寄らなかった光景は。
人が人を食いモノにし、血で血を洗い、生きる為に。
生きて【正義】を勝ち取る為に・・・?
その残酷な景色は炎の中で行われている。
口を押さえ、正視出来ないでいる俺に主は「どうだ?」と感想を聞いてきた。
何も答えることが出来ない。
だって、それは【神の名のもとに】行われている厳粛な儀式なのだから。
神は・・・これを知ってらっしゃるのか?
知ってて見過ごしたフリをしてらっしゃるのか?
「帰るぞ。」
主の声は俺にとってその時は救いの合図だった。

俺は館に帰って、全てを吐き出した。
何もかも、今見てきたこと、感じたこと、全て。
苦しくて涙が溢れそうになる。
「あ〜あ・・・だから元・お天使サマはやわだって言われるんだよ。」
俺の横に立って、タオルを差し出してくる。
その顔には羽を広げたような紅い紋様を携えて、無愛想に俺を見つめている。
「あり・・・がとう・・。」
初めて見る顔だった。それもその筈、俺が天界から堕ちて来て日は経っていない。
主以外、他の悪魔を見るのは初めてだったのだから。
「お前、綺麗な顔してるなぁ。」
紅い悪魔はマジマジと俺を観察してくる。
あまり言い気分じゃなかったが・・・・醜態を見られた後なので何も言い返せなかった。
「俺の名はエース。この館の主サマの片腕・・・・ってことになってるらしいが・・・それは冗談。親友みたいなもんだ。戦友・・・でもいいかもしれない
な。」
彼・・・エースは今までの無愛想なツラはどこへやら・・・一転して笑顔を見せた。
釣られて笑いが出てしまう。
「俺は・・・。」
自己紹介をしようとした所で手で制される。
「大丈夫。知ってるよお前の名前ぐらい。俺は情報局長官でもあるんだからな・・・覚えておけよ、堕天使のルーク。」
そう言ってまた笑うとエースは手を振って行ってしまった。

魔界の生活にも慣れ、俺は1名で外出することが多くなった。
適正試験も合格し、晴れて主の下で仕官・・・・・・の筈だったのだが・・・。
主がそれから先のことをどうしても進めてくれそうに無かった。
何故だか判らなかったが、エリートでもなければ根っからの悪魔でもない俺に、何かを言う権利は一切無い。
主の言う通りにしているしかなかった。
「退屈かもしれないなぁ・・・。」
フラフラと飛んで行くと、いつの間にかまた地球に辿り着いていた。
「あらら・・・。ここまで来るとは・・・。」
ふと下を見ると、あの時の場所。
炎の記憶が蘇る。
ぐっ・・・と口を押さえた。
気持ちが悪い・・・。でも・・・しっかり飛んで帰・・・らなきゃ・・・・。
そう思った瞬間、バランスを崩し、俺はあっという間に下界に叩きつけられた・・・・。

「・・・・・・・・・生きてる?」
そんな尋ね方も無かろう。
が、実際に俺が気が付いて最初に聞いた言葉はそれだった。
「生きてるって・・・生きてるよ・・・。」
思わず答えてしまって・・・しまったと思う。
慌てて身体を起こし、横を見ると少女のような、でも、女の色香を漂わせた人間が座り込んでいた。
「・・・・っ!!!!!」
驚いて身体を引く。
俺の姿は・・・人間には見えない筈なのに・・・。
「あらあら・・・心配しないでいいのよ。私には分かっていたんだから。貴方が今日、この日にこの時間に落ちてくるって。だから待っていたの。」
にっこりと微笑む彼女。
「貴方は誰?少なくとも人間ではないのよね?羽の生えた人間なんていないものね。」
好奇心旺盛な表情で俺を見つめてくる。
その瞳は全てを見透かしているかのような薄いアクアブルー。
「俺は・・・ルーク。」
口をついて出た言葉に彼女は更に笑顔を弾けさせた。
「うふふ・・・。別に名前なんて訊いてないのよ?」
「あ・・・。」
恥ずかしくなって俺は顔を伏せる。と、地面に染み付いたどす黒いモノを見つけた。
「これ・・・。」
感じる。
悲鳴と狂気。
熱い・・・熱い・・・熱い・・・痛い・・・痛い・・・痛い・・・。
頭がガンガンしてきた。
それに気付いたのか、彼女は今まで見せていた笑顔をす・・・と消して立ち上がった。
「ここは『裁きの砦』。国中で行われている魔女狩りで疑いを掛けられた女たちが裁きを受ける。ここは神の降臨された場所として崇められている
わ。」
俺は不思議に思った。
元・天使・・・そして今は悪魔である俺に、神の気配はおろか、天使の残留思念さえも感じない。
本当にここは神の場所・・・・・?
「疑ってるの?」
彼女の目は俺を初めて睨んだ。
慌てて話題を変えようと俺は質問を捜した。
「ところで・・・どうして俺がここに落ちてくるって判ったんだ?お前・・・本当に人間か?」
逢ったばかりの者にこの質問は無いだろう?と思いながらも俺の口は途中で止まってくれなかった。
しかし彼女は気分を害した様子もなく、また元の笑顔で質問に答えてくれた。
「私にはちょっとだけ先を見る能力があるの。今まで色んなことが見えてきたのよ。今年の麦の出来具合とか、天災とか・・・でも、私はそれを他人
に教えようとは思わない。教えたりしたらそれこそ魔女ってことになっちゃうから。」
彼女は遠くを見つめた。
「もうそろそろまた次の犠牲者を捜している。私の力も遅かれ早かれ発見されてしまう。」
「そんな!!お前はそんな馬鹿馬鹿しい運命を知ってるクセにそれを受け入れようと思うのか?!」
そんなバカな話があるものか!!
あれは・・・あれは・・・!!
「そうよ。魔女狩りであろうと、私は神の名のもとに焼かれる。そして私は神に召されるの・・・。」
恍惚の表情にも似た顔で彼女は天を仰いだ。
ここに神なんて・・・いないのに・・・。
俺は彼女を哀れんだ。
「ねぇルーク。貴方の翼・・・とても綺麗な色をしているのね。」
開きっぱなしだった翼を彼女は掴んだ。
白に程近い、ビリジアングリーンがかった翼。
これだけは魔界に堕ちてからも変わらなかった。
主のように漆黒の翼になると・・・思っていたのに。
大嫌いだった。
でも彼女は嬉しそうに俺の翼を観察している。
「私の故郷に静かに佇んでる湖と同じ色よ。誰も近づくことの出来ない神聖な場所。透明できらきら輝く宝石箱の様・・・。貴方の翼はそれに似ている
わ。」
彼女の目は俺の翼の色と同じように太陽を反射して美しく輝く。
危ない・・・。
そう思って俺は彼女から離れ、立ち上がった。
「・・・?どうしたの?ルーク。」
彼女は不信そうに俺を見た。
ダメだ。これ以上ここにいたら・・・。
「もう二度と来ない。じゃぁ。」
トンっと・・地面を蹴って俺は飛び上がった。
彼女が褒めた翼を大きく羽ばたかせる。
「待って!!ルーク!!!どうしたの?突然・・・気に障ったんならごめんなさい・・・!!!私の名は『シュール』・・・覚えておいてね!!」
危険だ。
ただそう思ったただけで。
彼女・・・そうか・・・。
シュールというのか。
それから暫く。
俺は彼女のことを覚えていたし、嫌いだったこの翼の色も少しだけ好きになった。

 

「どうした?元気がないな?」
主の館で意味もなく景色を眺める俺に話し掛けてきたのはエースだった。
「何だ・・・?何も用事がないのなら向こうへ行ってくれ、放っておいて・・・くれよ。」
思い出すのはただ、彼女だけ。
シュールと名乗ったあの子だった。
「ツレナイなぁ・・・。アイツに訊いたらえらく元気がないって・・・自分じゃどうしようもないから慰めてやってくれとさ。」
溜息をついてエースは俺の隣りに座り込んだ。
「頼むから・・・マジで放っといてくれよ。考え事しているんだ・・・。」
言い放って、俺は顔を両膝とともに抱き込んだ。
そんな様子を見て、エースも少し困ってる風だった。
「そんなんだから、アイツもお前の仕官への道を止めてるんだぜ?そんなに弱いヤツじゃぁ、自分の片腕として扱えないってな。堕天使のルーク。」
からかう様な物の言い方に少しカチンときた。
「いい加減に堕天使呼ばわりするのを止めてくれないか?エース。俺は天使じゃない。もう・・・天使ではないんだ・・・。」
「・・・悪魔になったことを後悔しているみたいに聞こえるぜ?」
静かな言葉に俺は思わずエースのほうを見た。
予想とは遥かに違う、とても真剣な表情の彼に俺は次の言葉を捜した・・・が、何も出てこない。
「沈黙・・・ってことはやっぱり後悔して・・・。」
「違う!!!俺は後悔なんかしていない!!ただ・・・・・!!!!」
「ただ、何だ?」
言ってしまってこれこそ後悔する。
「ただ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何でもないさ。」
既に言い訳としか感じられないような答え。
そんなつもりではなかったのだけど・・・。
エースも呆れてその場を離れてしまうに違いないと思った俺は、再び視線を下げた・・・瞬間。
「じゃぁ、身も心も俺が悪魔にしてやるよ!!!」
気が付いた時には俺の身体はエースの下だった。
がっしりした腕が俺の動きを封印している。
「な・・・・何を・・・・・・・!!止めろ!!!」
「止めない。」
キッパリとした、しかも、絶望的な回答。
紅い絨毯の柔らかな感触が、俺の素肌の下で次に行われるであろう行為に恐怖の助長をしている。
「助けて!!誰か!!!!」
懸命な俺の悲鳴も声が掠れて上手く出てくれない。
じたばたとしている間にもエースはとても器用に俺の服を一枚一枚剥ぎ取ってゆく。
あっというう間に俺は一糸纏わぬ姿をその男の前に曝け出していた。
類稀なる怒りと恐怖。
渾身の力で睨みつけるが、エースは自分の行為を決して止めようとはしなかった。
「ひぃっ!!!」
五臓六腑を不快で満たされるようなおぞましい感触。
俺の両手を組み強いだまま、下半身の箇所に口づけている様子が見える。
羞恥心で死にたくなった。
「おっと・・・舌噛み切るなよ・・・。」
そう呟き、彼は手近な所にあった俺のベルトを口の中に押し込んだ。
息が苦しい!!
助けて!!助けて!!助けて!!
「さぁ・・大人しくしてるんだ・・・そうすれば・・・な?」
優しく言うと、エースは行為を再開する。
ぞぉ・・・と鳥肌が立つ。
暖炉のすぐ近くにいるのに・・・寒い。
彼の唇が俺の身体を擦り抜ける度に言い表しようもない耐えがたい感触が全身を駆け抜ける。
「ふぅ・・・・っ!!」
俺の体の中心を丹念に舐めてくる。
そして、一気にスポットを刺激した。
「っ!!!!!ううううう〜〜〜っ!!!」
背中に電流が走り、嫌というほど反り返る俺の身体。
「初めてなのか?お前・・・。」
楽しそうな彼の声に殺意を覚える。
「肩の力を抜けよ・・・そうすれば少しは気持ち良くなるから・・・。」
しかし、それはできない。
俺の身体は既に恐怖と怒りと羞恥で引きつっていた。
「全てを忘れさせてやるさ。お前は天使ではない。そうだ・・・悪魔・・・お前こそが悪魔と呼ぶに相応しいのだ・・・。」
エースの声は主の声に少し似ていた。
威圧的な・・・でも、なぜか懐かしさを覚える・・・。
「っううううっ!!!!」
まともな言葉が出ない。が、塞がれてしまった口からとりあえず出るだけの音を出してみる。
必死の抵抗・・・。
「ルーク・・・。」
だんだんとエースの声は甘味を増していった。
そして、その行動も。
ゆっくりと舌を滑らせて俺を刺激する。
いつの間にか不安定な感情は消え失せ、静かな快感が支配していった。が・・・。
「ううん・・・・・・っ!!ふぁっ!!!!!!!」
最後まで残っていた俺の中の理性が、ストップをかけてきた。
太陽の中、反射してとても綺麗に笑うシュール。
「ううううううっ!!!!!!あああああああ!!!!!!!!!!」
全ての力を出し、俺はエースの腕を切り離した。
「うわぁ!」
突然の激しい抵抗に流石のエースも驚いたらしい。
がっしりとした身体が俺の足元の方へ投げ出されていた。
「うっ!!!」
短い声の直後、響く破壊の音。
はっとして俺はその音の方へ目をやった。
「っ!!」
投げ飛ばされたエースの右手が分厚いガラスを突き抜け、そこを小さな紅い水溜りが形成される様を、目撃した。
「うわぁああ!!!!」
蘇る血の記憶。
あまりのことに俺は身体を引いた。
「ルーク!」
右手を押さえる片方の指の隙間からもどんどん溢れてくる紅い薔薇の様な液体。
「うあ・・・・うあ・・・・・・・・・・・・・・いやぁあああああああああ!!!!!!!」
無我夢中で俺はその場から逃げた。
とにかく、その現場から俺は自分を消したかった。
まるで自分までその色に染まってしまうような気がして・・・。

 

そして・・・。
幾日か過ぎた。

 

俺はシュールに会いたくなって、地球を訪れていた。
いや、正確にはシュールを見たくて。
会うのはなぜか危険すぎる。
彼女にはとても危険な匂いがする。
それが何を意味するものなのか・・・よく分からなかったけど。
あの場所に行けば会える。
きっと。あの子はあの場所に・・・。
しかし、俺の視界に飛び込んだのは、シュールではなかった。
「!!!!」
炎。
あの雲さえも焼き尽くさんばかりの炎の柱。
一直線に天へと向かっている。
バチバチと木の破片が焦げる匂い。
そしてその中心にいたのは・・・紛れもない、彼女だった。
「シュール!!!!!!!!!!!!」
黒い煙は彼女を飲み込み、そして跡形もなく消滅させようとしている。
彼女の黒髪が、炎が生み出す風に煽られて上へと舞い上がっていた。
「ヤメロォ!!!!」
必死で火を消そうとするが俺の力では・・・悪魔に転生したばかりの俺の力ではどうすることもできない。
力が欲しい・・・今、せめて彼女を救い出すだけの・・・力が・・・。
今の俺では・・・。
「待ってろ!!シュール!!」
ためらわず俺が行った先は・・・・。

白い門が完全に外界との接触を遮っている。
クリーム色に似た光を放つ懐かしい世界。
天界。
「開けて!!この門を開けてくれ!!!」
門を握り、力いっぱい揺さぶる。
しかし、それはびくともしなかった。
先ほどの光景が瞼の裏に焼きついている。
あれこそ、俺が天界(ここ)で目にした地獄という世界の風景そのもの。
「開けてくれ!!ルークだ!!俺だよ!!!」
しかし、誰も返答はなく、ただ虚しく門を叩く音だけが響き渡った。
「開けてぇ!!!!!うわぁあああ!!!!!!!!!」
喉の奥が焼けるように熱い。
声帯が切れそうなくらい俺は叫んだ。叫び続けた。
でも、何の応答もない・・・。
「畜生!!!!!!!」
門を蹴り飛ばすと俺は再び移動した。

「主様!!」
館の扉は簡単に開いた。
そしていつも主が座っている書斎に走る。
一番奥のより重厚な扉を勢いよく開けると・・・そこにいつものように書類を見つめる主が驚いた様子もなく俺に視線を向けた。
「お願いします!!俺に力を下さい!!せめて一瞬だけでも良いですから!!!」
くず折れて床に座り込む俺に主は立ち上がり、ゆっくりと膝まづいた。
そして・・・。
「・・・・・・・・・・。」
ゆっくりと首を横に振った。
それは破滅への合図。
少なくとも今の俺にはそうしか見られなかった。
「あ・・・・ある・・・じさま・・・・・・・・?」
視線が重なり、沈黙。
魅せられる金色の瞳。
とても優しげな色は、悲しみと強さを秘めて俺のほうに向いていた。
全てを知って・・・らっしゃる・・・。
直感で俺は全てを知った。
俺は・・・自分は・・・彼女を救えない・・・・。
主は俺の手を取って指をさした。
その方向は地球。
そう、今のこの無力な俺にできることは・・・・。
たった一つだった。

再び地球に降りた時には、事は終わっていた。
狂気の宴に集まっていた人間たちは消え去り、燃えたカスが燻る音と、黒く汚れた聖地らしき場所。
その中に微かだが動くものを見つけ、俺は駆け寄った。
「しゅー・・・・る?」
辛かっただろう?痛かっただろう?熱かった・・・・・だろう?
何もかもが見向きもしないこの塊を俺は抱きしめた。
「る・・・・・・・・・・・・・・・・・く・・・・・・?」
上唇だけが俺の名を呼ぶ。
それさえも風に紛れてよく聞こえない。
「そうだよ?ルークだよ?お願いだから・・・。」
【生きて・・・。】とは口に出せなかった。
そう、この身体は・・・もう・・・。
「あ・・・な・・・た・・・は・・・・・・・・・天使・・様で・・・は・・・ないの・・・ね?悪・・・・魔・・・なの・・・ね・・・?ね・・がい・・・を・・・私の・・・たま・・し・・いと引き換
えに・・・。」
「もう喋るんじゃない!!」
いつの間にか俺の瞳から涙が溢れた。
「あな・・・・た・・・の力・・・が・・・・・。つ・・よく・・・・なるた・・め・・・・に・・・・。た・・・べて・・・・。わ・・・た・・・しを・・・。」
「・・・・・・?!」
耳を疑った。
食べろ・・・と?お前を?!
「シュール!!何を言って・・・!」
しかしシュールは止めなかった。
「・・・・悪魔は・・・・ヒトの・・・・か・・・らだを・・・・・食べて・・・・・強く・・・・・な・・・るって・・・言わ・・・れ・・・て・・・る・・・でしょ・・・う?だ・・・から・・・・・・・
わ・・・た・・・・・・・・・・・・し・・・・・・・・。」
焼け爛れ、薄緑に濁ったシュールの瞳は・・・再び閉じた。そして・・・・動くことはなくなった・・・・・。
「シュール?待ってよ・・・ねぇ?どうして食べるの?俺がお前を?どうして・・・・?何故・・・・?教えてよ・・・シュール・・・・・・・・ス・・・エース!!!」
自分でもおかしいと思いながら、俺の口はあの悪魔の名を呼んでいた。
「ルーク。」
途端に声がする。
あの日以来、避けていたあの悪魔が・・・目の前にいた。
「彼女が・・・俺に・・・食べ・・・ろって・・・・どうすればいい?ねぇ?教えてくれよ!!」
すがりつく俺にエースは静かに口を開いた。
「悪魔は・・・人間の生き血を吸い、そして食し、エナジーを奪う。そしてそれがいちばん簡単で手っ取り早い魔力の増大に通じているんだ。」
「どうして!!!どうしてだよう!!!!」
涙に濡れた瞳で、俺は上を見た。
その時・・・・。
霞む視界で俺ははっきりと見たんだ・・・。
夜になり、星々達が天空を彩る中で。
細い鈍色の下弦の月。
いや、違う!!鎌だ・・・。
下弦の月の鎌を手に、俺たちを見ている主を。
艶やかに、残忍に笑う主と・・・そして銀色の髪を。
白い翼がヒラリとはばたき、地上に向かって一片の羽が落ちてくる。
髪と同じ極上の銀・・・・。
慈悲を持ち、愛情に満ちた笑顔を振り撒き、俺を見つめているのは・・・昔仕えたの天空の主・・・。
静かに静かにその2名は融合し、俺を地の底から響く無気味な声で嘲笑っている。
「・・・そういうことさ・・・。」
エースは煙草に火をつけた。
少し紅いものが染み出している右手の包帯に胸が痛む。
「見ていてやるよ。俺がここで。お前の力が全部解放されるのを見ていてやる。」
エースの瞳は俺がこれからする行為を焼き付けようとしている。
俺は亡骸を両腕にしっかりと掴んだ。そして・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「ルーク。」
エースが再び声をかけてきた。
目を開けると下弦の月に背を向けて俺を見つめている。
あの時と一緒だ・・・。
あの時から・・・変わらない。
「ルーク?」
返事のない俺にエースは怪訝そうに覗き込んできた。
返事の代わりに俺はエースの首に腕を巻きつけると唇を重ねた。
「どうした?」
何度も何度も口づけを交わしながらエースは不敵に笑う。
「・・・抱いてよ。今すぐ・・・。」
呟くと、更に熱く、溶けるような口づけをエースに求めた。
「ああ・・・・・ここでは寒いから・・・中に入ろう?」
俺の腰を抱くと、エースは扉を開け、中に招き入れた。
今宵も・・・月(あいつ)は・・・俺を見つめている。
多分、俺が存在を続ける限り・・・。

                                                              F I N

                                                         presented by 高倉 雅