秘 密 の 花 園
「彼処へ行ってみないか?」
そう言いだしたのはルークだった。
仕事も一段落付いた暖かい昼下がり。ジェイルは驚いてルークを見た。
ルークの視線は至って真面目である。でも、その中に少しの悲しみを含んでいるのをジェイルは見逃さなかった。
「そうだね・・・。」
しかし、気付かない振りをして、努めて明るい調子でジェイルも頷く。
ルークは嬉しそうに、魔界には不似合いな真っ白の椅子から立ち上がり、片目を瞑って合図をする。
「そうと決まれば善は急げだ。今すぐ行こう。」
そうなることは分かっていたようにジェイルも立ち上がる準備をする。
それにしても・・・彼の場所へ行くのは・・・・・・・・・・・・・・・。
天魔大戦。
魔界も、天界をも焼き尽くし、神と悪魔が争った大戦争。
その所為で何万名もの命が散っていった。
もう1000年も前になる。
ジェイルとルークは魔界の北の大地で前線を取り仕切る任務をおっていた。
炎の悪魔であるジェイルと、氷の悪魔であるルークの組み合わせに、司令本部の年寄り達はかなり驚いていたようだが、その司令を出した張本悪魔であるダミアンとデーモンは相変わらずケロッとしていた。
猛反対をする年寄りどもを尻目に、
「大丈夫、吾輩が言うのだから大丈夫。」
と、一言デーモンが言い放ち、引きつったような年寄り共の様子は今考えても笑いが込み上げてくる・・・というのはダミアン皇太子殿下の弁である。
デーモンの言う通り、ジェイルとルーク、この2悪魔は性質は正反対なれど、何故かウマがあった。
その時を境に、この2悪魔、相変わらず仲良い状態を保っている。
そしてその時・・・。
「ラビィ・・・。」
北の大地へ向かって飛んでいる最中、ジェイルはふと、この名前を口にした。
ルークもピクリと身体を震わせ、名前に反応する。
その様を見て、ジェイルは苦笑した。
「そんなに驚くなよ。お前の所為じゃないんだから。」
「ああ・・・・・・・・イヤ、そうじゃない。俺の所為だよ、やっぱり。」
この先の目的地へ近付くことを躊躇するかのように、ルークの飛行速度が少し落ちた。
それに合わせてジェイルも速度を落とし、ルークの隣に来る。
「大丈夫だよ。俺も付いているから。」
ジェイルにはそれしか言えなかった。
北の大地に赴任してきた2名を迎えたのは壮大な花畑だった。
この極寒の大地に極めて珍しい、花の嵐。
色とりどりの花びらと、花の数からいくと控えめな香り。
戦争の前線基地には極めて不釣り合いな・・・花園だった。
「こりゃぁ・・・すげえなぁ・・・。」
ジェイルが1本の花を手折ろうかとした瞬間、初めて生きた者の声が飛んできた。
「駄目!!ここの花は摘んではいけないのよ。」
花を満たす水のような声。
振り返ると、女が立っていた。
「君は・・・?」
ルークが尋ねる。女は薄く笑みを浮かべ、踊るようにこう答えた。
「ラビィ。それが私の名前。あなた達はここに戦争に来たのでしょう?」
「何故知っている?!」
ジェイルが右脇のサーベルを抜こうとする。
それもその筈、この地に赴いたことはトップシークレットであり、知っているのはデーモン、ダミアン、その他、極限られた者しか知らないこと。
こんな北の果てに女が1名いることさえも計算外だったのに、何故、機密事項を知っているのか?怪しんで当然である。
「まぁ、ジェイル。そんなところで力使っちゃうと、天界側にばれちゃうよ。それにこの子も敵意はなさそうだし・・・。ね?」
ルークが宥め、渋々ながらジェイルは剣を収めた。
「ねぇ、ラビィ。俺達はここを守るために来た。だからここのことを教えてくれ。他には何もないのかい?」
ルークが近付こうとする、が、ラビィもそれに合わせて後ずさる。
一定の距離でしか話してくれそうもない。
「ここは花と水、それだけの場所。本当に!!それだけの場所よ!!」
一陣の風。
ルークとジェイルも思わず顔を伏せる・・・と、上げたときには彼女の姿はもう消えていた・・・。
「やっぱり・・・。」
ルークはとうとう地上に降りてしまった。
ジェイルも慌てて後を追う。
「おいおい、自分で行こうって言ったんだろう?あと少し飛べば北の大地だ。今更帰ろうなんて言うなよ。」
少しきついジェイルの言い方に、ルークが泣きそうな声で反論する。
「でも・・・俺が行って彼女が・・・。」
頭に来たのか、ジェイルはスパーンとルークの頭を叩いた。
「馬鹿!!そんなこと考えていたのか?!あれはお前の所為じゃないって言ってるだろう?」
勢い込んで怒鳴ってみたものの、ジェイルにだってこれしか言う言葉が見付からないのだった。
「ねえルーク。あなたはどんな花が好きなの?」
あれからしばらく経ち、まだ最前線からの連絡は途絶えていた。
連絡がないのに、動けるわけが無く、必然的にラビィと話す機会が少しずつだが増えていった。
「え?俺は・・・何でもいいよ。キレイでありさえすれば。」
「おい、俺には聞かないのか?」
不機嫌な声で後ろからジェイルが声をかける。
ラビィはくすくすと笑いながらジェイルの鼻の先をつついた。
「ふふふ・・・私がルークとばかり話してるからってヤキモチ焼かないで。じゃぁ、ジェイルはどんな花が好きなの?」
面白そうにラビィが尋ねてくる。
ジェイルはジェイルで、こう改めて聞かれると返答に詰まり、かといってルークと同じ答えを言うと何か馬鹿にされそうで、一生懸命考えていくウチに口がへの字に曲がっていく。
「う〜・・・・・・・ん。」
その様子を見て、2名は吹き出した。
「何だ!ジェイルも答えられないじゃないか!!」
「うふふ・・・。」
しかし、笑い声はすぐにやんだ。
ラビィが悲しそうな表情を一瞬見せたのである。
「どうしたの?ラビィ。」
ルークがいち早くその表情を見付け、尋ねてくる。
すると慌てたようにラビィはすぐにもとの笑顔に戻した。
「え?何でもないわ。それよりもルーク、ジェイル、私はあなた達が大好きよ、ずっと・・・ずっと大好きよ!!」
それはラビィ自身、自分に言い聞かせているかのように見えた・・・。
それからまた数日後・・・。
2名は北の大地から離れた場所で賢明に戦っていた。
神が容赦なく打ち付けてくる念波を間一髪、かわす。
「やっこさん、必死だなぁ!!!」
ジェイルが楽しそうに剣を振るいながらルークに向かって叫ぶ。
「そうだな!!デーモン達を甘く見たんだ!!夕べの奇襲作戦が功を奏したらしい。天界も兵力が半分に減ったってよ!!」
「やけくそ起こして総攻撃って訳か!!!こりゃぁ、本気ださねえと向こうも命がけで突っ込んで来やがるからなぁ!!!・・・あらよっと!!・・・やられっちまうかも知れねえぞ?」
呑気そうな台詞の割にはジェイルの形相は必死である。
「そうだなぁ!!本気でやらねえと、やられちまうかもなぁ!!!!」
ルークの声を合図に、2名は東と西へ分かれた。
「こんの・・・!!!」
渾身の力を込めて解き放つパワー。
ルークの背に黒い羽根が浮かび上がる。
「吹き飛べぇ!!!!!!!」
見事な彎曲を描き、ルークの羽根が風を起こす。
空気中に溜まった水蒸気が、ルークの力によって氷の刃と化し、敵に向かって飛んでいく。
一度掠れば、それは水蒸気爆発を起こし、その要領で次々と敵が塵と化してゆく。
「へへ・・・どんなもん・・・・?!」
残忍にその様子を見つめていたルークに、突然それは入ってきた。
【ルーク!!ルーク参謀!!】
エースの声だった。
「どうしたの?!エース!」
久しぶりに聞く声に、懐かしさを覚えてたが、その緊迫した声にすぐに眉を寄せた。
【ルーク!!落ち着いてよく聞くんだ。たった今、正体不明のモンスターが前線基地を襲撃した。大勢の悪魔、天使共々全てを飲み込んでゆく化け物だ!!そして・・・ここからが重要だ。落ち着いて聞け。】
そう言うエースの方が一番不安定そうだった。
しかし、ルークは遺憾ともしがたい不安を胸の奥に滲ませつつあった。
「ど・・・どうしたの?」
ルークが恐る恐る尋ねる。
一呼吸置いてエースの声が聞こえた。
【・・・デーモンが・・・消えた・・・。】
その声はある種、耳の奥で独立した響きを覚えていた。
そして全てに染み入り、理解するまで、だいぶん時間がかかった。
「え・・・?どういうこと?」
【もう時間がない!!俺はこれから奴等を北の大地へ誘い込む、誘い込んだら合図を送るからお前がトドメを刺してくれ!!一気に片を付けてやる!!】
「ちょっと待っ・・・・・・・・!」
ルークの返事も聞かずにエースの通信はそこで途切れた。
デーモンを失い、完璧に頭に来てるらしい。
さすが、紅蓮の炎を操るだけあって、一見、冷静沈着そうに見えても頭に血が上ったら最後、デーモンよりも手の着けられない暴走ぶりは、昔から変わってないな・・・。
苦笑しようと唇の端を緩めようとした瞬間!!ある事にルークは気が付いた。
「しまった!!!北の大地に・・・だと?!」
ルークは振り返った。
すぐそこに残党達が迫ってきている。
「ジェイルーーーーーーーーー!!!!!!」
その声にエースとルークの通信が聞こえていたのか、ジェイルが青ざめた顔でルークを見た。
「あそこには!!!!」
ジェイルがその先の言葉を捨てて、一気に飛び出していく。
そう彼処には・・・。
『この花は戦士達を癒す花。私の家は、この花園を守るためだけに生きてきた。これからもそう・・・ずっとずっと・・・私はここにいるわ。』
ルークは賢明に後を追った。
エースを止めるため。
しかし、頭に血の上りきったエースの早さに、誰も付いていけない。
『ここは戦場にしたくないわ。戦争は嫌いよ。ね?わかるでしょう?でも可笑しいね、あなた達は戦争しに此処へ来たというのに、そんなあなた達に向かって言う言葉じゃないわね。ごめんなさい。』
ルークの目に花園が飛び込んできた。
数日前と変わらずに花は咲き乱れている。
流れてくる匂いに戦意を喪失しそうになる。
『大好きよ、あなた達が。』
「やめろぉおおおおおおお!!!!」
ルークが絶叫する。
北の花園に残党が降り立った。
そして、
【今だ!!!ルーク!!!!】
エースの声が脳に響く。
「いやだぁああああああああああ!!!!」
「どけ!!!ルーク!!!」
突然、背中から聞こえた声。
振り向く間もなく、ルークの右を擦り抜けるように最大出力の炎が花園めがけて飛び立った。
「?!」
そこには肩で息をするジェイルの姿があった。
「ジェ・・・・ジェイル・・・・・・・・。」
瞬間、遥か後方で鳴り響く爆音。
2名ははっとして振り向いた。
そこには・・・・・・・・。
「うあ・・・・・・・・・うわぁあああああああああ!!!!!!!!」
声の続く限り、ルークの悲鳴が迸る。
「ルーク・・・。」
ジェイルは悲しそうな瞳でルークを見つめ、肩に手を置こうとしたがそれは跳ね返された。
「・・・・・・。」
歪んでしまった空間の隙間から紅い光が見える。
2名は地上に降りた。
そして遥か向こうを見つめる。
燃える。花園からずいぶんと離れているこの位置にまで色を無くした花弁が、ただの白い灰となって降り注いでくる。
それはまるで雪のように・・・。
2名の心を少しずつだったが溶かしていった。
「綺麗・・・・・・。」
雪に似たこの灰は、あの花園の・・・焼かれた天使達の・・・そして彼女の・・・鎮魂歌のように・・・。
ふと、花園の方から人影が見えた。
「エース・・・!!」
2名は走り寄ってきた。
「エース!!!どうして・・・・・・!!」
当然の如く、ルークが全ての不満をエースにぶちまけようとした・・・が。
エースの顔を見た瞬間にそれは止めた。
「ルーク・・・ジェイル・・・・・・・・・・。」
それはあまりにも無防備な泣き顔だった。
真珠のような涙が溢れては溜まり、溜まっては流れ・・・を止めどなく繰り返している。
「デーモンが・・・・・・・・デーモンがぁあああああああああ!!!!!」
大切なものを無くした思いは・・・・全て同じだった。
「ルーク、ほら、もうすぐ北の荒野・・・・・・・・・・?!」
ジェイルの声が止まった。
ルークに至っては声も出ない。
あれから1000年。
ジェイルの放った炎は全てを焼き尽くし、植物なんか1つも育たないような荒野と化したはずである。
それが・・・。
「花園が・・・。」
見渡す限りに花・・・。
あのときと全く変わらない、あの花園が広がっていた。
ただ一つだけ違うものがあるならば・・・。
全て白い花だった。
初めてここを訪れたときと同じ場所に2名は降り立つ。
「見事な・・・。」
ジェイルが思わず漏らす。
ルークはまだ口を利けないでいた。
『ルーク・・・ジェイル・・・。』
思念波が心地よく2名の頭の中で響いた。
「ラビィ!!!!どこ?!姿を見せてくれ!!」
ルークが辺りを見渡す。しかし、姿がない・・・。
「ラビィ――――――――――――――――!!!!!」
花の隙間を縫うように、風の中で木霊するルークの声。
『ルーク、ジェイル・・・・。私はここにいるわ。ずっとずうっっと・・・・ここにいるのよ。ここは戦士達が眠る場所。力尽きた彼らの色を流し、浄化されて白い花となる。私はここにいる。戦士達の安らぎを守るために・・・。』
ラビィの声は風のように・・・花の香りのように。
遠く、空の彼方へ消えていったような気がした。
「ラビィ・・・。」
ルークは大地に跪いた。
カールのかかった髪が頬をかすめる。
「ルーク!!!」
ジェイルの声が明るく響いた。
「え・・・・・・?」
満面の笑顔が目の前に寄ってくる。
「デーモンが帰ってきたって!!!エースが・・・・・!!!」
優しい風が花園を駆け抜ける。
「ラビィ・・・?」
2名の頭に声が響いた。
『大好きよ、あなた達が。』
F I N
Presented by 高倉 雅