FIRE BIRD

 

ここは牢獄。
暗い暗い石作りの階段を降りてゆく。
ヒンヤリとした独特の空気は何故か心地よく、暑い外の空気に当たっていた身体を少しずつ冷やしてくれた。
階段を降りていくうちにあたりは光が届かなくなり、足下の危険を回避するため手の中に鈍色の炎を出した。
牢獄・・・と言う割には見張りは誰一人いない。
それもその筈、ここにはごく限られた者しか近付くことが出来ないのだ。
誤って近付こうものなら最期、何も残らぬくらいキレイに塵と化してしまうだろう。
そう、今ここにいるのは「限られた者」なのだ。
大魔王陛下も、皇太子殿下も近付くことは出来ない。
たった一名だけ・・・。
その彼は今、ようやく最後の段をゆっくりと降り、鉄格子に手をかけた。
鈍い音が石作りの空間に響く。
鍵さえ掛かってないこの牢獄の中にその身を滑り込ませた。
そこには・・・。

無限に広がる花園。
名前さえ分からない草木が所狭しと咲き誇る。
空は青く澄み切ったクリアブルー。

「・・・相変わらず・・・。」
そう呟くと、一歩足を踏み入れようとした、その瞬間。

《何者だ?・・・我が結界に無謀にも入り込んできた輩は・・・。》

空気を伝わる声とは違い、思念波が直接頭の中に飛び込んでくる。
「吾輩だ。しばらくだったな。」
思念波の主はその声を聞き、緊張感を解いたようだ。一瞬凍り付くように何も動かなかったこの花園に、風が帰ってくる。
《ほほう・・・そなたか・・・。本当に久しぶりだ・・・。最後に会ったのは・・・そうだな、50年前のことか?いや・・・まだあるかな?》
「そうだな。」
思念波の主は懐かしむように笑う。
「やっと任務が終わったんでな。今帰ってきたところだ。本当はもっと早くに終わる予定だったんだが・・・少し手間取ってしまった。」
そこから一歩も動かずにデーモンは言った。
《ふふふ・・・そなたが手こずったとあらば、相当大変な任務だったのだろうな。まずはご苦労と言っておこうか?》
言われようにデーモンは苦笑しながらふと、身体を浮かせた。
花々を散らさないように思念波の主がいるところへゆっくりと進む。
そしてある場所で止まり、身体を降ろした。
この花園には不似合いなクリスタル製の地面に近付く。
「変わりないな・・・お前も・・・。」
《それはお互い様というものだ。》
棺のようにそれは佇む。デーモンは中に入っている者の顔を覗き込んだ。
「吾輩が任地へ赴いている間にそこから出られたのに・・・物好きだな、お前は。ここの部屋には鍵など掛かっていないのだぞ?」
《ここへは我の意志で入っている。我の罪消えぬことないのなら、我ここから出ることはない。》
それ以上何も言わぬと、言わんばかりの姿勢で言葉を紡ぐ。
「頑固なところも50年前そのままだ・・・。」
デーモンは棺の前に腰を下ろした。
《どうであった?下界の様子は・・・。》
他の誰とも接触はないとは言え、何でも知ってるその者にデーモンはクスリと笑った。
「そんなことまで知っているのか?・・・悪いことはできんな・・・。そうだな。相変わらずだ。文明を持ち、自ら滅ぶ道を選んでしまったようだ。お前を見付けて・・・。」
デーモンはクリスタルの奥の瞳に向かい、苦笑した。
思念波の主もほんの少し笑う。
《我は罪を犯した。我が下界に現れた所為で・・・あの惑星の生命は争いを覚え、殺戮を覚え、我を奪い合う。》
自嘲気味な言葉に、デーモンは笑みを消した。
「お前は下界では幸福の鳥と呼ばれているみたいだな。まぁ、確かにお前そのものはこんな地獄(ところ)にいるはずはない者なのだが?」
《・・・やはり我に関することで今回下界に降り立ったのか?》
主は尋ねる。
デーモンは少し考えてから・・・・・・頷いた。
《そうか・・・世話をかけるな・・・。》
デーモンは静かに首を振った。
「いや・・・それだけではない。確かに今回下界へ赴き、調査した男はお前を捜していた。それはもう・・・狂ったようにな。男は狂っていた。だから・・・たった50年で自ら滅んでいった。本当はもっと早くに滅ぶ予定だったのだが、吾輩、その男に興味を持ってな、だから調査期間を延ばしたんだ。この男なら・・・滅ぶしかない生命達の運命を変えるのではないかと・・・。しかし・・・思いもかけない力を持ったその男は、過信し、全てを欲した。まぁ・・・・・・・・。」
《期待はずれだった・・・と言うことだろう?》
次に紡ぐはずの言葉を指摘され、デーモンは破顔した。
「御明察。吾輩にしては珍しくな。人選を誤ったようだ。」
主は面白そうに話の続きを無言の内に求めてくる。
「男は自分が一番信じていた者に殺された。紅蓮の炎の中で腹を十文字にかっさばいて、己の首を切った。」
主はため息をついた。
そして、呟くように言い放った。
《・・・この花達が何だか分かるか?》
デーモンは【いいや・・・】と首を振る。
《この花は命。我を追い、求め、そして消えていった命たち。死してなお、我を捜して舞い散った命がこの花園にて種子となり、落ちる。その男もいずれここに・・・。》
「いや、それはないだろうな。」
否定の言葉にいささか驚いた様子で主はデーモンは見た。
「彼奴は地獄行きだ。己だけのために大地を汚しすぎた。大魔王陛下に認められて悪魔の出世街道まっしぐらだよ。」
《・・・その割には【来て欲しくない】と顔に書いてあるぞ。》
主は笑う。今にも惹き込まれそうな紅い瞳を湛えて。クリスタルの棺に横たわり、足を鎖で戒め、羽を自らもぎ取って。
《・・・闇に魅入られてなお、光を保つ運命(さだめ)の悪魔よ。我はそなたに期待しているのだ。我があの蒼き惑星に降り立ち、繁栄と永遠の幸福をもたらすために与えた力をあさましき貪欲のために使う哀れな生命を・・・どうか守り、救ってくれ。》
伏せた主の瞳は淡く炎のような揺らめきを隠さず、デーモンを見た。
デーモンは鼻で笑うような動きを見せたが、瞳は極めて真摯なものである。
「どうして吾輩に頼む?吾輩は悪魔だ、それは悪魔ではなく、神に言う台詞だろう?」
《期待・・・だ。神でも悪魔でもなく、我は【そなた】に期待をしているのだよ。そなたなら何かやってくれる。蒼き惑星が腐り果てていくのを止めてくれるだろう。》
ふ・・・と、デーモンは大きく息を吐いた。
「期待・・・か。外れないように祈っててくれ。吾輩は結構期待を裏切ることが多いんだ。」
《期待を外しても何かをやってくれる。そんな気を起こさせる悪魔だ。そなたは。》
デーモンは腰を上げた。マントに散った花弁を優しくはたき落とす。
「神共に、吾輩にそんなことを言ったなんて知られてみろ。目を回すぞ。」
愉快そうな表情でクリスタルの中から向けられている視線と交錯させる。
それは【頼み事】の件を引き受けた証だった。
「では・・・・・また来る。」
デーモンはもう一度棺の中へ向かい、笑顔を見せると手を上げた。
《・・・彼方の時間を超えたときに・・・・・・・・また会おう・・・。》


蒼い惑星が出現し、【人間】が惑星を支配する。
神の化身として現れたのは一羽の巨大な鳥だった。
紅き瞳を持ち、深紅の羽を持つその姿は、【火の鳥(FIRE BIRD)】と呼ばれるに相応しかった。
【火の鳥】は人間に永久の幸福と繁栄を約束し、去る。
しかし、それは破滅への序章となる。
幸せを憎む悪魔は【火の鳥】を封じ、【争い】を人間に吹き込んだ。
今でも・・・人の世に争いは絶えぬ。
しかし本当のことは誰も知らない。
彼らしか・・・知ることはなく、蒼い惑星の歴史は紡がれてゆく。
【火の鳥(FIRE BIRD)】という、目には見えぬ幸福を奪うために。

 

                                                                 F I N

                                                   presented by   高倉 雅