D a n g e r o u s  H o n e y

 

少なくとも。
俺が目撃した中では3本の指に入るほどの大チョンボだった。
ミサツアー千秋楽。

「また会おう!!」

と高らかに声をあげて、手を振って・・・。
袖のほうに帰って来た・・・はず。
そして次に俺がアイツを目撃した時には、ばったりと・・・ええ、もう見事なくらいにばったりと・・・。
スッ転んでいた。
どうやら束になって置いてあったコード軍団に引っかかってしまったらしい。
顔面からものの見事に倒れていた。
「おいっ!!だ・・・大丈夫か?!」
慌てて声をかけ、身体を起こしてやる。
「・・・ああ・・・なんとか・・・。」
鼻の頭を微かに赤くさせて、俺の両腕の中で身体を起こす。
大丈夫。
俺が考えていた最悪の状態ではないらしい。
赤い液体は流れていない。
しかし・・・。
「いたたっ!!」
立ち上がらせようとした瞬間、細い眉が歪められ、一瞬身体が固まった。
「どうした?!」
まさかまた・・・・・・・・・・・・?
何かどっか・・・折れたとか・・・。ちょっと待てよオイ・・・。ツアーは終わってるけど・・・またかよまたかよ・・・・・・。
たった0.1秒くらいの間に俺の頭はフル回転。どうでもいいことまで思いついては消えた。
それに気が付いたのか、アイツはかなり呆れた様に俺の様子を見ていた。
「・・・バッカじゃないか?別に吾輩の足は折れてないぞ?」
顔は歪んでいるが、そう言えば・・・あの時ほどじゃないな。
「じゃぁ?」
「多分・・・・。」
答えようとした時、隣りからゼノンが覗き込んできた。
「ああ・・・。捻挫だね。きっと・・・ほら、もうこんなに腫れてる。」
ブーツの内側のジッパーを外し、少しづつ靴を落としていく。
「イタッ!!痛いってば!!バカタレッ!!もう少し優しく・・・・・。」
どうにか取り去ってしまった後には盛大な膨張が予想されそうな状態の右足が見えていた。
「どうしてこんなになるんだ?」
いつの間にかルークもライデンも見ている。
下手すれば・・・最前列から覗き込めば見えそうなくらいの位置に俺達はいる。
それを気にしてか、5名全員かなりギュウギュウ詰めになっていた。(アイツが袖のすぐ傍にスッ転んでる所為で)
「とにかく・・・早くここから移動しないと・・・。」
ルークはとにかく舞台袖から自分の一部が出ないように頑張っている。(それはそれでかなり可笑しいけど)
「ちょっと・・・歩けるのか?」
ライデンが心配そうに尋ねる。もちろん答えは・・・。
「歩き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たくない。」
仕方ない。
俺は上に羽織っていた上着をスタッフに渡し、ヒョイと抱きかかえた。
相変わらず・・・軽いなぁ。ツアー前より軽くなってるんじゃないか?
「エース・・・・・・。そんなに簡単に抱えられると吾輩のプライドというか・・・何というか・・・。」
「しょうがないだろうが・・・・お前があんまり食わないでステージで走り回っているからだぞ。」
とりあえず・・・行き先は一つだ。



「おーい!!飯の支度が出来たぞ〜〜〜!!!」
別に大声で叫ばずとも・・・聞こえる位置には居るのだが。
「今日は何だ?」
雑誌から目を離してアイツは顔をあげた。
「今日は野菜のスープだよ。早く食べろよ。」
トレーをリビングにあるテーブルに持ってくる。
寝転んでいるソファーの肘掛に投げ出された右足はグルグル巻きであった。
ようやく体勢をテーブルのほうへ戻してデーモンはきちんと手を合わせた。
「イタダキマス・・・美味い。」
出されたものを素直に食すアイツの姿はいつ見ても・・・・・・カワイイ。
看病などと言ってここに住みついて既に2週間。
もうそろそろ包帯も取れるだろう。
俺ももうすぐお役御免ってことだ・・・な。
ここに何回も来たことはあったけど、こんなに長いこと居たことって・・・初めてだなぁ・・・。
明日は・・・・・帰ろうか・・・?
そう思うとかなり寂しくなってきた。
俺の思いもヨソにデーモンは嬉しそうに俺が作った飯をもう食べ終えようとしている。
「やっぱりエースは・・・良いなぁ。」
「えっ?!」
あんまり意味の通じない言葉を吐き出してデーモンは箸を置いた。
「やっぱりエースが居ると便利だわ・・・。」
俺は便利屋かい・・・。
もう少しで口を突きそうになるのをぐっと堪えて・・・。
「俺は明日帰ることにするわ。もうお前の足も大丈夫そうだし。」
デーモンは俺の予想以上に驚いたようだった。痛いのも忘れて思わず俺のほうに飛んできたらしい。
「どうして?!吾輩まだ・・・。」
俺は洗い物の手を止めてふと、デーモンを上から下まで見つめた。
「それだけ元気があればもう大丈夫だろう?」
少々呆れたように言い放つ。
しまった・・・そんな顔してデーモンは俺の方を下から覗き込んでくる。
とびっきりの・・・甘えた顔だ・・・。
くらりくらくら・・・・・・・・・・・・・・思わず眩暈を起こしてしまいそうな・・・・。
ダメだ・・・男・エース清水。ココで耐えないと後が・・・ねぇ。
「・・・明日帰るんだったら・・・一つだけお願いがあるのだが・・・。」
デーモンは俺のエプロンを引っ張った。
「なんだ?」
ワザとつっけんどんに言ってみる。
デーモンは少し悲しそうな顔で呟く様に・・・。
「お風呂一緒に入ろう?」
一瞬、俺の全血液が顔に集中した気がした。



ざぶん。
まず、デーモンを先に洗って湯船に入れた。
包帯巻いた足はしっかりビニール袋で包んでおいて、縁に上げておく。
ちょっと沈みそうになってるのが怖いけど・・・。
「大丈夫か?沈みそうになったら叫ぶんだぞ。」
今現在のデーモンの状態から見ると、風呂に入るのはとてつもなく大変だし、こんな狭い風呂に大の男2名で入るのは・・・ちょっときついのは分かってたみたいだけど。
楽しそうだ。
面白がって俺が入れておいた泡の素も結構な勢いの水流のおかげでぶくぶくと・・・少なくともデーモンは満足しているらしい。
「吾輩、泡風呂はじめてだ!!」
はしゃいでるし・・・。
「あんまり暴れるなよ。足に水が掛かるぞ。」
「分かってる。」
プイッと横を向くと再び泡を手にとって遊び始める。無邪気なもんだ・・・。
ボディースポンジの泡を落として、シャワーを捻る。
優しい雨が俺の身体を伝って排水溝へと流れていく様を見ながら、ふと思う。
本当に俺・・・明日帰れるだろうか?
別にデーモンの捻挫は・・・理由ではなかった。
ただただ俺の気分の問題。
「エース?どうしたんだ?何をぼけっとしてるんだ?」
デーモンの声でそっちのほうを見る。
せっかく洗った頭まで泡だらけになり、不思議そうに俺を見てくる。
白い肌に細い腰。
後ろの方に簡単に束ねた金色の髪がサラサラと遅れてくる。
再び・・・眩暈。
こいつは、こいつは、こいつは・・・。
言葉にならない俺のどうしようもないこの・・・この・・・欲求どうしてくれる?
ダメだってば・・・俺はエース清水。
天下のエース清水・・・。
でも・・・・。
「エース?」
無言のままデーモンを抱き上げた。
「うあああっ・・・。」
するすると右足の包帯を取る。
腫れはすっかりひいていた。
「エース?!」
泡風呂にざぶりと入り込んでそれから・・・。



「・・・っくぅ・・・・・!!」
デーモンの髪がふわりと湯気の中を舞った。
俺の中の絶頂な気分がある部分から溶け出してゆく。
「はぁっ・・・・。」
がくりと腰が落ちそうになったのを慌てて支えてやった。
「だ・・・めだよ・・・。そんな・・・・ここ何週間も禁欲生活だったのに・・こんなのぼせそうな場所でのぼせるような事したら吾輩・・・。」
そのまま支えてデーモンを後ろから抱きかかえたまま俺は湯船に浸かった。
「決めた・・・。」
俺はボソリと呟いた。
「え?」
顔だけ俺の方を向いたデーモンの頬は少し紅潮気味だった。
「俺・・・ここに居るわ。」
「はい?」
素っ頓狂なデーモンの声に思わず吹き出す。
「何だよ?嬉しくないのか?」
「いや・・・別に・・・そうではなくて・・・いや、だから・・・。」
返答を思いつかないらしい。
そんなところも、全部、何でも、どこでも可愛らしくて。
俺は何も言わせないように遮るカタチでデーモンの唇を塞いだ。
「っ!」
すぐに離して、魂を抜かれたように俺を見つめてるデーモンの額を小突いた。
「俺が居たいんだ。ただそれだけだ。俺がお前の傍に居たいだけだ。」

明日・・・
デーモンが起きる前に荷物を少し取りに行こう。
仕事はまだまだあるけれど。
とりあえず今は束の間の休暇中。
長い夜は始まったばかりだ・・・・・・。

                                                        F I N

                                                              Presented by 高倉 雅