B R A N D  N E W  S O N G

 

本日の仕事は早いうちに終わり、明日提出すべき書類も、いつもの机に置いた。
チラリと部屋の隅を見ると、細身の剣が目にはいる。
つかつかと歩み寄って、一旦はそれを手にしたものの・・・。
ふと思うところがあって手を離した。
そして軍服の装飾として持っていた剣も掴み、その場に置く。
その他の武器になるものを全て机に置いて、唇を噛みしめるとすぐに部屋を出ていってしまった。

 

扉を出てしまった後、真っ直ぐに情報局コンピュータルームへと向かう。
軽くノックをして返事を待ち、滑り込む。
転送装置の前にはこの前と同じ局員が仕事をこなしていた。
「デーモン閣下!何のご用でしょうか?」
気付いた瞬間、立ち上がり礼を取る。
が、それには答えずにデーモンは彼の肩を叩いて、隅の方へと促した。
連れられていくままに彼はデーモンと共に壁際に佇む。
「何でしょうか?」
少し小声で尋ねると、デーモンは小さく頷き、耳元に唇を寄せた。
「転送機を今すぐ動かすことは出来るか?」
思いもしなかった頼み事に、一瞬、彼は大きく目を開く。
「・・・どういうことですか?」
「エースには内緒でこの転送機を操作してもらえないだろうか?」
至ってデーモンの表情は真剣だった。
「ですが・・・情報局の装置類の操作許可全権はエース長官が持っていらっしゃいます。いくら副大魔王様たっての願いでも、こればかりは・・・。」
彼の意見は極めて当然なものだった。
しかし、それもデーモンの計算の中に入っていた。
「吾輩は今すぐ行かねばならないのだ。頼む・・・。」
蒼い瞳が彼の顔を見つめる。
「しかし・・・私も・・・今は私の昇進申請を長官がして下さってるのです・・・今問題を起こすと・・・エース長官に御迷惑が・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
彼は大きな溜息をついた。
いくら反対意見を述べようと、それが正論であっても。
この悪魔の惹き付けて離さない何とも魅惑的な視線には、敵わなかった。
自分の上司が彼に甘く接するのは何だかよく分かったような気がする。
「分かりました。まずはその手をお離し下さい。機械の操作が出来ませんので。」
彼はにっこりと笑って、装置の前に座った。
「ありがとう。」
しかし、願いが叶った割には浮かない顔だった。
いや・・・浮かないと言うよりも、何かを考えているという風だった。
「デーモン閣下、どこへ行かれるのですか?天界ですか?それとも次元間の移動ですか?」
振り向いて尋ねる。
「・・・あ・・・・そうだな・・・。地球へ。先日行った時代のあの戦(いくさ)が終わった頃に。」
「え?」
驚いて彼はまじまじとデーモンの顔を見る。
「聞こえなかったか?地球。地球歴1945年の戦が終わった頃へ。」
逆らうわけにはいかずに彼はその後は黙ってデーモンの指示に従った。
そして・・・転送機は正常に発動した。

 

 

 

 

降り立ったのは、この前の焼け野原だった。
大地は相変わらず真っ黒に焦げていたが、あの時のようにそこら中に人形紛いの物が散らばっているわけではなかった。
それは殆ど片づけられて、ただの閑散とした荒野。
たまに吹いた風が遠くで何かを破壊している。
結構大きな音が重なり合って耳を劈く。
残っているのは・・・無機物だけ。
生きて動くものなど何一つ見えずに、死んだ街そのものだった。
「この街はどうなるのだ?」
誰も答えてくれるものなどない。
言葉は奇妙に澄んだ空気を振動して奥の方へと逃げていってしまう。
「何も此処には無いままなのか?このまま土の中に埋もれてしまうだけなのか?」
いつの間にか溢れようとした涙を慌てて目を瞑って防ぐ。
プルプルと頭を振って視界をクリアにしようとしたとき、耳の奥で何かの音がした。
「?」
それは明らかにさっきまでの鉄同士の破壊音とは違う。
とても涼やかで、とても耳の奥で心地よく。
その正体を確かめるために、デーモンは周りを見渡した。
目をしっかりと凝らして一つ一つを確認するかのように、音の正体を探す。
鳴き声・・・。
「叫び声?」
思わず足が勝手に走りはじめた。
崩れかけた壁に縋り付く小さな羽虫。
「生きているのか?」
足が段々速くなる。
ようやく止めたその前には、一回り小さかったが明らかに生きた証を必死に残そうとする蝉一匹。
誰も聞くものはなかったのに、それでも鳴く。
短い一生の中で大声を張り上げ、美しく鳴こうと全身全霊かけて。
「何故鳴く?!誰も聞いてはいないのだぞ?!誰も聞いてはくれないのだぞ?!鳴くな!!!鳴くなぁあああああああ!!!!!」
耐えきれずに頽れた両膝。
涙を隠す必要など無かったのだ。
誰も・・・見るものはなかったのだから。
「何で鳴くんだよ?悲しすぎるだろう?!生き残ってる者など・・・。」
涙を流して、止められないまま、それでも鳴き続ける蝉に恫喝している自分がとても悲しくて、また涙が溢れて伝い落ちる。

「おじさん?」

ふいに後ろで声をかけられて、デーモンははっとした。
とりあえず涙を拭いて振り向くと、小さな身体が立ち止まってこちらを真剣に覗き込んでいた。
「・・・泣いているの?」
少年は破れて汚れきったシャツと、短いズボンを履き、首からは小さな壺を下げてこちらを見ている。
「おじさんもお母さんを無くしちゃったの?だったら僕と一緒だね。」
小さな笑顔は純粋なままにデーモンに向かってくる。
「吾輩は・・・。」
「何日か前に、僕はおじいちゃんのお家から見えたんだよ。大きくてピカーッて光って、そしたらムクムクって茸みたいな雲がフワ〜〜ンって浮かんで
ね。何か大変なことが起きたんだって、今日はおじいちゃんとおばあちゃんと僕と三人でお片付けのお手伝いに来たんだ。」
少年はデーモンの金色の頭を恐がりもせずに撫でてくる。
彼なりの・・・慰め方だろう。
「お母さんを無くした・・・のか?」
デーモンの質問に少年の顔がふいに暗くなる。
「お母さんは街に働きに出ていたんだ。だからあのおっきな光に吸い込まれたんだよ・・・って・・・。おじいちゃんが言ってた。」
そう呟いて、大切そうに壺を抱え込んだ。
カサカサと中の何かが音を立てている。
多分未だにこの少年は、あの光が人為的に発生させられたモノだというのを知らない。
いつか知ることになるだろうか?
そして彼は・・・何を考えるのか?
復讐?諦め?
そんな言葉ではきっと片付けられないだろう。
何かを聞こうと口を開いた時、遠くで年老いた男の呼び声が聞こえた。
おそらく少年の祖父なのだろう。彼は最初にあった時の笑顔を取り戻してデーモンから手を離した。
「おじさん、ごめんね。僕はもう行かなきゃ。」
最後にふいっと少年の小さな指がデーモンの髪を絡め取った。
金色の糸が少年の爪を滑り落ちて、砂埃にまみれた風に乗って後ろへと靡く。
思わず見とれてしまって呆然としていたが、はっとして立ち上がった。
「待って・・・!!!」
遠ざかる少年を呼び止めて、デーモンは苦笑する。
何を聞こうというのか?
きっとまだよく分かっていないであろう少年ごときに悪魔の自分が。
「なあに?」
「・・・これから・・・どうするのだ?」
返答しようも無さそうな質問に、更に苦い笑みを浮かべて少年を見る。
しかし、思いがけずに彼はとても素敵な微笑みを返してくれた。
「これから・・・お父さんがきっと帰ってくる。僕にはおじいちゃんもおばあちゃんもいる。みんなでお家で住むんだ。もう、誰も何処かに行っちゃったりし
ないんだって。遠いお国へ行くことはなくなったんだって。僕とても嬉しいんだけど・・・おじいちゃんは何だか怒ってたみたい。でも僕はとっても嬉し
いんだよ。」
「この荒野で、か?」
見渡す限りの荒野。
少なくともこれから先、何か生物が生まれてくるなんて到底無理のように見えてしまう。
「この街で。」
キッパリと言い放って、少年は今度は振り返らずに行ってしまった。
遠くまで黒い街が広がっている。
本当に・・・生きていくことが出来るのか?
そしていつか必ず降り立つこの惑星で、この街はいかなる進化を遂げるのか?

期待したいのかも・・・な?

隣ではまだ、幾分小さくなってしまったかのように聞こえるが、蝉が全身を震えさせて歌っている。
だけど、もう、涙を流そうという気にはなれなかった。
この羽虫が、何も聞いてはいないだろうこの街で鳴くことを止めぬのが、誇らしげに見えた。
もう、大丈夫。
デーモンは大空を見上げた。
墨色の雲はあの日から一掃されて、澄み渡ったクリアブルー。
あの次元の向こうに、自分が変えるべき世界が待っている。
還ろう。
彼は背中の半分付近まで伸びきった髪を簡単に束ねると、転移ポイントに向かって飛び立った。

 

 

 

 

何事も無く、無事に情報局コンピュータルームの風景を見ることが出来た。
白にほど近い銀色の装置を出ると、溜息をつく。
そしてふと、目を上げると・・・。
「っ!!!!!!!!!」
すらりと伸びた長身が真っ直ぐにこっちに向かって立っている。
しかも一名だけではない。
あちこちに点在して、しめて四名。
机や椅子やソファーに座っているが、視線は全員こちらだけであった。
「あ・・・・あの・・・。」
言い訳が全く出てこない。
無断借用。
職権乱用。
越権行為。
情報局員恐喝罪?
今回行ったことを数え上げていたらきりがなく。
口をパクパクさせながらデーモンは、それでも何とか一生懸命言葉を探していた。
が。
その言葉が空気を振動するよりも先に、目の前で腕を組んでいた彼が一歩、歩み寄った。
そして腕を解き、右手を挙げる。
「っ!」
条件反射によって両腕が顔を隠す。
しかし、予想していた衝撃とはほど遠い軽いモノが頭部にぽつんと置かれる。
「書類だ。ハンコを押して欲しいだとよ。それと、ダミアン殿下から緊急の招集があった。何でも、予定よりも早くに地球へ降りることになるそうだ。」
エースはそれだけ言って踵を返すと、扉へ向かってさっさと行ってしまった。
「ほら早く。殿下を待たせてるんだよ。」
ソファーに座っていたゼノンがゆっくりと立ち上がり、埃を叩くフリをする。
「大将がいないと会議も始まらないからね。」
机から飛び降りると、ルークはデーモンの背中を押して歩きを促した。
「早く行って早く終わらせようぜ〜〜。腹減って仕方ねぇよ。」
既にエースの後ろから扉を出る直前のライデンが、徐に顔をひょっこり出してデーモンに笑いかける。
「ああ・・・そうだな。」
思わず微笑みが溢れて、デーモンの表情を支配していく。
そして、彼らはこの部屋を出ていった。

 

魔歴BD40年。
悪魔達は惑星を救う為に降り立った。

 

                                                         F I N

                                                     presented by 高倉 雅
                                                          ドナドナ管理室 開院一周年記念