B L O O D Y   M A R Y

 

長い髪を後ろに1本、三つ編みをした女が待ち合わせのいつものバーに入ってきた。
眼鏡をかけ、表情はよく見えないが、この半分イカレタ都市には言っちゃ悪いが不似合いな女だった。
何か暗そうな・・・そんな雰囲気を漂わせている。
いつものカウンター席に座り、男を待った。
顔なじみのマスターは女が手を挙げただけですぐにカクテルを作り出す。
そして、1杯目のカクテルを飲み終わった頃、ようやく男が店に入ってきた。
扉の音で分かったのか、女は男の方を見つめる。
男は少し調子悪そうにして女の1つ椅子を置いた席へ腰掛け、ビールを注文した。
女は2杯目のカクテルを一口飲む。
男は黙ったままグラスビールを飲み干す。
同時に2人の視線がかち合った。
「ねぇ・・・。」
先に口を開いたのは女だった。
「なんだ?」
男はわざと視線を逸らす。
「分かってるのよ。あなたがどういうことを考えているか。そして私に何を言い出して欲しいのか。」
男は黙っている。
女はカクテルをクイッと飲み干した。
「ほら・・・そんなにグイグイ飲むと後が大変だぜ?」
一応気を使う素振りを見せる男。
肩にさりげなく掛けてくる偽りの優しさを女はサッと振り落とした。
「もういいの。もう・・・優しくしないで。」
マスターは黙って女の前に3杯目のカクテルを置く。
「帰りたいのでしょう?」
女はただ、そう言った。
「・・・ああ・・・。」
男もそれだけ答える。
全ては決まった。
女は回転椅子をくるりと回し、男の方に身体を向けた。
「じゃぁさよならね。私は今夜限り、あなたのことを全力で忘れるわ。もし忘れられなかったとしても二度とあなたのことを考えないし、口にも出さない。誰にも何も言わない。約束するわ。」
男は待っていた最高の言葉に密かにほくそ笑みながら、それを必死で隠し、頷くだけだった。
「分かった・・・。俺も忘れ・・・・・・る・・・・・。」
男が女の方を見たときには既に今までいた女はいなかった。
その代わり、真っ赤なサテンのドレスを身に纏い、こちらを嘲るかのように見つめる女が立っていた。
「お前・・・は・・・。」
男は助けを求めるかのようにカウンターの向こうのマスターを捜す。が。そこには・・・と言うよりも店には誰も存在していなかった。
この暗く、怪しげな空間にいるのは自分と女だけ。
「私は【私】・・・一緒の私・・・。」
茶色がかったオレンジのライトの照らされて、嫌に妖艶に輝く紅いルージュが男に向かって言葉を紡ぐ。
「私はあなたを忘れる。全力で忘れる。もう二度と思い出したりしない。でも・・・【私】はお前を一生忘れない・・・。死ぬまでその顔を忘れない。お前が私にとった行動も、私に囁いた言葉も、【私】は覚えている。お前を一生【私】は許さない!」
女は再び椅子に座ると、先ほど飲みかけていた『BLOODY MARY』を手に取った。
血のように紅いカクテルが、それはまるで男の生き血のように・・・・女の体内へ吸い込まれていくようで・・・。
男はそのまま走り、店を出た。
その様子を見て女が笑う。
カラカラと・・・。
その声が消えたのは、男が雑踏の真ん中に出てからだった。
でも・・・離れない。
耳の奥でこびり付く狂気の歓声。
恐怖が、ティッシュペーパーに落とした黒インクのようにジワジワと、しかし確実に精神を蝕んでいく。
女の笑い声と共に、何故か全て覚えている女の台詞。

「お前を一生忘れない・・・!」

雪が舞う。
白い天使のような粉雪が街を覆い尽くそうと必死に空から舞い落ちる。
しかし・・・それは男の心を塗りつぶした恐怖というインクを洗い流してくれそうにはなかった。

                                                          F I N

                                                            Presented by 高倉 雅