b a t t l e f i e l d

 

ホンの一瞬だけ見上げた空はとても綺麗だった。
脳天気で明るく、そろそろ現れるであろう夕焼けが待ち遠しくさえもあった。
だが、そんな余裕は瞬間で掻き消される。
錆び付いた剣銃がまっすぐに突っ込んできたからだ。
「わっ!!」
寸でのところで避けられたが、彼らの手が休まることはなかった。
直ぐに別の方向からぬっと出てくる鉄の刃。
「奴等を甘く見るな!!!」
少し離れたところで声が響き、その方を見た。
紅い髪が彼の動きに合わせて揺れて、切れ味のない刃をかわし、巧みに相手を戦闘不能にしていく。
その様は鬼神。
「デーモン!!!ぼんやりするな!!!」
はっとした瞬間、今度は銃弾が襲いかかってくる。
「何なんだ?!こいつらは・・・。」
所詮は役に立たずに銃弾は彼の手の中で握りつぶされて、放たれた『力』に吹き飛ばされた。
「少々、情報局のコンピュータに手違いがあった様だ。ここに来る直前に俺達をぶっ飛ばした風は多分・・・。」
突然、エースの言葉が途切れた。
それを見たデーモンが軽く首を捻る。
「どうした?」
そういう間もほとんど無く、デーモンの身体はいきなりの爆風によって再び吹っ飛んだ。
「エース!!!」

 

 

 

単なる気紛れで言ったことだった。
「今度、赴任する惑星を事前調査したいのだ。」
ノックして扉で隔てた空気が滑り込むのと同時に、デーモンの要望がエースの耳に届いた。
久々に書類整理をする暇を見つけられたのに、突然の我が儘。
彼が少々機嫌を悪くしたとしても何の不思議もないであろう。
「どういうことだ?」
読みかけの文書を机に投げ置いて、エースはくるくると椅子の回転で遊びながら尋ねてみる。
ようやくソファーに辿り着いたデーモンは全く悪びれる様子もなく、珍しく自分の要望がすんなり通ったのだと勘違いし、事の次第を聞かれもしない
ところまで話して聞かせた。
「で?お前が行くメリットはあるのか?」
面倒臭そうな感情を惜しげもなく見せて彼はデーモンの瞳を睨み付ける。
「え?・・・だから・・・今度・・・吾輩が初めて指揮を執って調査する惑星だし・・・。大魔王陛下から直々に引き受けた仕事でもあるから・・・。
それにあの惑星には我々や神と似た様な姿の知的生命体達の生存確認がされているであろう?下調べとしてだな・・・。」
最後まで言わない内にエースは溜息をつき、言葉を遮った。
「惑星探査は情報局と参謀部とが提携して進めている。それに詳しい報告は大魔王陛下や皇太子様、文化局にも総司令本部にも届いてるはず
だが?それでは不満足だというのか?ん?」
机に肱を付き、顎を支える様な姿勢でエースはニヤニヤと笑ってみせる。
「別にそう言う訳ではない。不満はないのだが・・・。吾輩が自分の目と鼻と・・・五感で感じたいのだ。自分で確認をしたい。」
先程の我が儘言いたげな表情ではなく、明らかにすり替わった真剣な顔。
再びエースの溜息が零れる。
「そうだな・・・。俺も直接にはあの惑星には降りたことがないんだ。あの星に関するあらゆる事はリサーチしてはいるが・・・。」
チラリとデーモンの顔を覗く。
また打って変わって期待しきった表情が、思いの外エースの間近に迫ってきていて面食らってしまう。
「分かった!!!分かったから・・・。」
この声を回答と見なして、デーモンは小躍りで情報局長官室を後にした。
「俺はだからルークにバカにされるんだ・・・デーモンに甘いって・・・。」

 

情報局のコンピュータルームには既にデーモンが待機していた。
上司の姿を見つけて礼を取ろうとする者達を軽く手を挙げて遮り、自ら機材の前に座り込む。
「さてと・・・。転移目標は・・・【地球】と・・・。」
慣れた手つきでエースはキーボードを打つ。その様子をデーモンはとても嬉しそうに見つめていた。
「エース長官、これからどちらへ・・・。」
すぐ側で他の仕事をしていた局員が尋ねてくる。この日一番の大きな溜息をついて、彼はデーモンを親指で指した。
「副大魔王サマがどうしても地球に降りてみたいと仰るんでな。設定してるところだ。・・・そして・・・よし・・・コレでいい。・・・デーモン?!何をしてる
んだ?早くこっちに来い!!置いていくぞ!!」
エースの声にデーモンも慌てて装置の中に入り込んだ。
「目標、地球。カウントスタート。」
惑星間転移装置の中に入り、エースはしっかりとデーモンの肩を握りしめた。
不思議に思ってデーモンが彼の顔を見ると・・・疑問は拭い去れないまま、突然の爆発音。
「どうした?!うあわぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
グンニャリと曲がる空間。
その隙間から亀裂が走り、漆黒より暗い色の藍が存在する空間を侵し始める。
水に一滴落としたインクの様にそれは不気味な波紋を作って広がり、二名を包み込んでしまった。
「エース!!エース!!!!!」
自分の姿すら見えない状態で、デーモンが傍に居るはずの彼の名を呼び続ける。
「大丈夫だ!!俺の腕を掴め!!!」
声だけがすっかり埋め尽くされたブラックホールの中で全く響くことなく聞こえてくる。
必死に手を伸ばし、硬い布の感触を見つけた時には本当に安心できた。
「掴まっておくんだぞ?!出来るだけ身体を固くして俺の傍から離れるな!!!」
指示に従い、エースの腕らしきものに両腕を絡み付かせて身体を固定する。
その瞬間。
光は彼らの固く閉ざされた瞼をもこじ開けるかの様に一斉に力を放った。
そして・・・。
二名が目を開けるとそこには、必要以上に乾ききった土地に、それ以上に乾いた目をした人間が山となって突進してきた。
そう、そこは・・・。

 

 

 

冷たい空気が切り裂く様にデーモンの頬を撫でて消えた。
「っう・・・・。」
呻いた瞬間、プクリと水が弾ける音がする。
リアルにそれは耳元で聞こえた為に、驚いて目を開けた。
すぐそこにはピンクがかった微小の砂が水の乱反射に解け合い、視界を滲ませている。
「エースっ!!!」
ようやく自分が海に浮かんでいたことに気が付いて、デーモンはもう一名を探そうと立ち上がった。
ずぶ濡れの格好のまま、足で砂を踏みしめると思いの外浅瀬で、膝よりも少し下くらいに海水が漂っている。
「どこにいるんだ?!」
今どこに存在しているのかさえも分からないデーモンにとって、エースが傍にいないのはとてつもなく不安を掻き立てられる状況であった。
「エース!!エース!!!エース!!!!!!」
「何だ?」
突然聞こえた捜し者の声に弾かれるように振り返った。
「面白いヤツだな・・・。俺はさっきから此処に居て、ずっとお前の様子を見てたのだが・・・。気付けよ。」
砂浜にたった一つだけ切り立った巨石にエースは軍服を脱いで、煙草の煙を一筋、吐き出していた。
ふと見ると、すぐ足下に既に何本もの吸い殻が捨ててある。
思っていたよりも長く気を失っていたらしい。
「大丈夫か?」
口に煙草を挿し、軽く飛んで砂の上に立つ。
「ああ・・・何とか・・・。」
着ていた裾の長い礼服の装飾品が砂にまみれて、頭上に輝く夕日が鈍く弾かれる。
パラパラと動くたびに砂がどこからともなく落ちてくる。
「ちゃんと砂を払っておくんだぞ。」
言い放ってエースはさっさと歩き始めた。
慌ててその後を追うデーモン。
何故か二名はとても無口になっていた。
瞬間毎に茜色を増していく夕焼けを背に、とにかく当てもなく歩き続ける。
たまに吹き抜けていく風が、エースの右肩に引っかけられた軍服の袖をユラユラ気持ちよさげに踊らせていた。
「此処はどこなんだ?」
我慢できなくなってデーモンが口を開いた。
その声に一瞬、エースは足を止めようとしたがすぐに歩き始め、暫くして振り向きもせずに言葉を発し始めた。
「季節は夏。見て分かるだろうが海が広がっている。・・・情報局の転移装置がおそらく故障して俺達は目標の場所と時間ではないところに吹っ飛
ばされて来たらしい。お前が海の中で眠ってる間に少し調べたんだが・・・。」
歩き出して初めてエースが振り向いた。
しかしその表情はどことなく硬い。
「どこなんだ?」
流麗な眉を潜めて、デーモンの蒼い瞳が暗い影を落とす。
「そんなに不安そうな顔をするな。今、この惑星にある異次元への転移ポイントを探している。それが見付かれば情報局の奴等が無理矢理引き
ずり上げてくれる予定になってるから。奴等の腕の見せ所ってトコロだな。上手くいったら階級アップと特別休暇をあげても良いかもな・・・。」
「そんな悠長に言ってる場合ではないだろう?一体此処はどこなんだ?!いい加減に答えろ!!エース長官!!!」
たまらず声を荒げてデーモンはエースを睨み付けた。
「・・・副大魔王様ともあろうお方が・・・取り乱すんじゃない。ここは・・・蒼の惑星D−46a地点、まぁこの惑星の者達によれば、確か・・・アメリカと呼
ばれているところではないかな?」
「で?さっきお前は時間もずれているようなことを言ったな。ここは現在の惑星時間ではないのか?あの人間達は何なんだ?何故あのような目
で我々を襲う?彼らには・・・魂がなかった。生きている証さえも封じられているようだった。ここは戦場(いくさば)か?」
神妙な面もちでデーモンは尋ねてみる。
しかしエースは何一つも答えずにツイと砂浜の先を指さした。
「・・・?」
何気なしにそこを見やれば・・・まるでゴミの山。
いや違う・・・あれは、人間の抜け殻だった。
紅い体液を滴らせている新しい抜け殻もあれば、既に全てを出し尽くして異臭まで放たんとしている古いものまで。
「エース!!!」
いくら魔界に於いて、天界との戦いで誰かの死体を見慣れ、あまつさえ自分でそれを大量生産することがあったとしても。
ここまで感情のないそれを見るのは初めてだった。
まるで使い捨て。
ここは確か・・・天界の暇そうにしている実力者達が己等の分身を作る為の場所ではなかったのか?
「・・・ほら・・・飛んでくる。」
あまりの光景に何も言えないでいるデーモンを無視するように、エースはまた、別の方向を指さした。
呆然とした瞳のまま、デーモンが振り仰いだ向こうには。
夕暮れの中に鈍色の鳥が雲を引いて飛んで来た。
「・・・なんだ?」
「ついていけば分かることだ。」
そう言うと、エースはフワリと浮き上がった。
「行くのか?行かないで早くポイントを探して帰るか?」
彼の答えを知ってて問う。
勿論、大きく頭(かぶり)を振るった。
「決まったな。」
「早く行こう。」
二名の悪魔は鉄製の鳥を姿を隠して後を付け始めた。

 

しばらく飛んで、デーモンはまた口を開いた。
「エースはこの先で何が起こるのかを知っているようだな。」
「俺は何も言わない。確かめたいと言ったのはデーモン、お前自身だ。自分の目で、耳で、確かめて感じてくれ。俺は・・・何も言わぬ。」
それっきり・・・沈黙は守られた。

 

鳥がある地点で狙いを定めたのは朝も早い時間だった。
「・・・止まった・・・。」
「目を逸らすな。そして見つめろ。全てを・・・。」
エースの言葉が終わらない内に、鳥は腹部で大事そうに抱えていた卵を惜しげもなく落とした。
その勢いは浮遊している頼りない彼らを吹き飛ばすことがとても簡単だった。
「うわっ!!!」
空の中に同様に浮かぶ小さなゴミが空気を切り裂いてデーモンの身体を突き刺そうとする。
無意識に顔を両腕で庇い、バランスを失わないように身体を留めることが精一杯だった。
いつの間にか息を詰めていた事に気付いて、肺の中の空気をゆっくりと押し出した・・・その時!!
遙か下界の大地が紫色に、そしてピンクに染まり、黄金と化した。
一瞬遅れの爆風。
パール色の雲がどんどんと迫り、あっという間に世界を闇に変えていく。
「くっ・・・・!!!」
危うく落下しようとした時、エースの腕がデーモンの袖を掴み、間一髪で助けられる。
「・・・ひどい匂いだ・・・。」
下界は既に紅(くれない)色の炎が波のように建物を飲み込み、餓鬼のように止まることを知らずに喰らい尽くしていく。
「下へ降りるか?」
返事を待たぬままにエースは彼を掴んで、気配と姿を消したままに大地を踏んだ。
が、そこはもう、生きとし生ける者の住処ではなかった。
自然の法則に反して、大地が今にも噴煙を上げそうなくらいに熱く、たった今そこに存在したであろう小さな虫や草花の【生(せい)】でさえも喰らっ
ている。
数十秒前まで緑色が優しく包んでいた。
デーモンは確かに見たはずだった。
幻だったのかと思わせるほどのたった一瞬の出来事であった。
近くを流れている川らしきものは朱にほど近い黒の濃い液体に様変わりし、人形の手がスローモーションで目の前を通り過ぎる。
「何なんだよ・・・あれは・・・何なんだよ!!!!」
物凄く速いスピードで遠くのドーム型建物が燃えて崩れる。
燃える・・・いや、融ける・・・だ。
これが世界か?
地獄・・・?
地獄にだってこのような光景はない。
異次元?
宇宙の中にこれが確実に存在するのが奇妙に可笑しくなった。
「デーモン・・・。どうした?」
極めて平然に話しかけるエースの声に何故かとてつもなく腹立たしくなった。
「何でそんな顔をしているのだ?」
その声はどこか震えを伴い、湿り気を少し帯びている。
「蒼の惑星に寄生した(住み着いた)奴等が作ったもの。昨夜も見ただろう?この世界は今、戦争の真っ只中だ。邪魔なモノを消す。それが戦いの
宿命。そうではなかったか?最高司令官殿。」
彼はデーモンを怒らせようとしているのか?
その口調は明らかにこの土地を呆然と見つめる悪魔の感情を煽り立たせるものだった。
「・・・。」
「今から我々が乗り込もうとする惑星は今この時間から、数十年も経った時代だ。何もかも変わってしまっている。こんな景色は見る影もないだろう。
そして、この惨状を知る者は少なくなっている。デーモン、俺はこの惑星を調査する事が決定したときからお前に聞きたかったんだ。」
エースは彼の両肩を痛い位に掴んだ。
そして真剣な色の瞳でデーモンを一心に射る。
「お前は・・・何をしたい?この惑星に何を求める?どうしたいのだ?大魔王様はこの惑星の運命をお前に預けると言った。星を滅ぼそうと、この生
命達を滅ぼそうと、お前次第だ。俺達はお前に従う。最後の瞬間を決める前に・・・俺はお前に一足先に確認しておきたかったんだ。・・・お前は・・・
どのような想いで・・・任を引き受けた?」
逸らしてしまいたい視線に絡まれて、デーモンは言葉を失っていた。
エースの背後に広がるのは紅蓮の炎。
それがただ、呻き声のように音を立てて全てを破壊するだけで、悲鳴さえも聞こえない。
「吾輩は・・・。」
言いかけて・・・目の前で一瞬掠めた影に気付き、初めてエースの視線をかわした。
「・・・?」
捕まれていた肩の手をゆっくりと外し、その影に向かって歩き始める。
「デーモン?」
呼びかけにも応じず、ただ彼は吸い寄せられるかの様に歩を進めた。
慌てて後を追い、彼が足を止めた場所を見て・・・息を呑んだ。
「っ!!!」
大地に貼り付き、溶けかけた肉塊が辛うじて骨に縋り付いている状態だった。
表情が見えぬほどに膨れ上がり、痙攣するようにピクピクと戦慄く箇所が唇だというのが分かるのに数秒かかった。
「デー・・・。」
小さく声をかけようとして手で制される。
その制止は声をかけるなと言うことではなく、何かを言っているらしい唇からの言葉を探るためだった。
轟々と吠える炎の隙間をぬって、小さな声はようやく二名の耳に届いた。
「・・・み・・・・ず・・・・・・を・・・・・・・・・く・・・だ・・・・さい。」
ドキリとしてエースはただ、彼を見つめるばかりだったが、デーモンは表情一つ変えないまま跪いた。
「お前には我々が見えているのだな?」
しかしグズグズに溶けかけた細い腕はデーモンの方へ向かって真っ直ぐにのばそうと頑張っている。
「水・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・を・・・・。」
上唇が細かく連続的に痙攣する。
誰がそこに立っているのかなど関係ない。ただ、乾いて、乾いて、乾きすぎたこの身体に水が欲しいだけ。
欲求はそれだけだった。
デーモンの手が彼に向かって差し出されようとしたその時。
結局大地から解き放たれること無かった身体は二、三度大きく震えた。
ガクガクンと不自然に曲がる彼の身体の関節が硬直して・・・デーモンの手とその身体が重なり合った時、ヒョウという息を最期にそのまま動くこと
を止めてしまった。
「・・・奴等は何をしたんだ?奴等が誰かを傷つけたのか?奴等は育み、与え・・・。」
「デーモン・・・お前は・・・。」
ゆっくりと彼の身体を横たえて、立ち上がり振り向いたデーモンの瞳は濡れていた。
「誰に怒ってるんだ?誰を憎んでいるんだ?」
尋ねるエースに激しくデーモンは首を振るった。
「分からない!!!分からない!!!分からない!!!今吾輩は、誰に怒ってるのかも、誰かを憎んでるのかも分からない!!!」
頭を振って何かを否定する度に、デーモンの湖水の瞳からは真珠が幾粒も弾けて飛んでゆく。
多分それは・・・たった今そこで死んでいった者が欲していた恵みの雨そのものの様に。
「分からないけれど・・・吾輩は・・・。ただ・・・守りたい。何から誰を守るのか?今は全然分からないけれど、吾輩の目的は・・・ただ・・・守りたい。
全てを、守りたいだけだ。」
俯き加減に呟くデーモンにやっとエースは微笑みを浮かべた。
「・・・やれやれ・・・我が儘な願いだ。」
細い肩がエースの中にすっぽりと収まる。
何も言わずにそれを受け止めてやった。
「帰ろう、雨が降るから・・・。」
そう言って、デーモンを抱いたまま彼はフワリと地面を軽く蹴って飛び立った。
そして。
彼らの影がその土地から消えた頃に、小さな雨がぽつんぽつんと降り始めた。
これから先、何十年とそこに暮らすであろう人々を悪夢に導く、コールタールの雨が。

 

 

 

 

「お帰りなさいませ。」
吹き飛ばされた最初の地点から僅かばかり行ったところでポイントは見つかり、そのまま引き上げてもらうことに成功した。
いつもの見慣れた情報局コンピュータルーム。
局員が笑顔で出迎えてくれたが、デーモンはそれに答えずに部屋を後にしてしまった。
足音が完全に消えてしまうのを見計らってから、局員は言葉を続ける。
「目的の場所に無事転送されたようですね。」
「ああ・・・。」
簡単に答えるとエースはどっかりと椅子に腰を下ろして煙草に火を付けた。
ゆっくりと紫煙を吐くと、思い出したように口を開く。
「そう言えば・・・。まったくナイスなタイミングで爆風を入れてくれたな。ご苦労だった。」
滅多に褒めない情報局長官からの言葉に意味もなく赤くなった局員は照れくさそうに頭を下げた。
「デーモンも全く気が付いてない様子だったし・・・。特別に昇進を皇太子様に申し上げておくとしよう。無理を言ってしまったしな。」
それだけ言うと、また沈黙が流れていく。
ふと、気になってエースはとあるボタンを押してみた。
すぐさま目の前のスクリーンに街の映像が映される。
本当に見る影もない。
雨上がりなのか、無数の人間が歩いて踏みつけるアスファルトはじっとりと濡れてはいたが、空はまるっきりの晴天だった。
通り雨だったのだろう。
夏という季節に相応しく、抜けるような青空。
黄金色の太陽に反射した雲が微妙な色を作り出し、極上の真珠が固まってできたみたいにピカピカと輝いて見える。
溜息をついて、吸いかけの煙草を揉み消した。

「この日だけは・・・願おうじゃないか。俺は平和などは願わない。俺が願えるのは・・・デーモンが何かを守りたいと言った。その想いを彼が忘れない
ように、
彼の願いがいつか届く為に。」

 

                                                            F I N

                                                          presented by 高倉 雅