「楽しい時間をありがとう・・・お別れだ!」
そう言って、彼はマイクを置き、手を振り上げた。
最後の力で精一杯に、そこに広がる空間に集まってくれた無限の可能性を秘めた星達に向かって。
本当は泣かないと誓っていた言葉も、一瞬だけ・・・背を向けた時に破られてしまっているのを、見逃さなかった者が一名だけ存在していた。
それは・・・?
悲しみの涙か?
それとも解放の涙か?
未だに分からず、とても不安に思えて仕方がなかった。
ステージに聳える階段を登り終わり、完全に姿を消した時、彼はもう一度手を差し出してきた。
目を赤くして、とても照れ臭そうに・・・。
それ以来も何度となく彼に会ってはいたが・・・涙の理由(わけ)だけは未だに訊けなかった。
モザイクのLove Maze 〜最終話〜 5000光年の彼方まで・・・
久しぶりにゆっくりと座った情報局長官室の椅子。
気の利いた局員達は上司が帰って来るまで、部屋をそのままにしていてくれていたらしい。
今までにない長期に渡る計画がやっと完了し、本当に一息ついたのは・・・・初めてだった。
隠し持っていたワインの置き場まで、しかもその残り具合さえも手付かずのまま。
思わずほくそ笑んで、エースは手に出したグラスになみなみと赤い液体を注いだ。
一口飲んだ瞬間に、分厚い防音扉が音も無く開く。
エースはワザとワインボトルのラベルに目を落としたままで言い放った。
「何度も言ってるだろう?ノックをしない奴は叩き出す主義だって・・・。」
ワインと同じ赤い紋様の下から、思っていたよりも楽しげな表情が浮かんでいる。
それを見て安心したのか、扉を閉め、招かれた客はエースの横に立った。
「そうだったかもしれないな。エース長官?」
クスリと笑い、遠慮もなく彼の瞼に軽いキスをする。
「久しぶりのここはどうだ?やっぱりくつろげるだろう?」
勝手に引っ張り出してきた椅子に跨って、デーモンはくるりとした瞳を彼に向けた。
「そうだなぁ・・・何も変わっていなかったからなぁ・・・安心した。お前は?」
「吾輩・・・か?」
むぅ・・・と頬が膨らんで、一気に空気を抜いていく。
何だか不満があった様子・・・エースは首を傾げてその先の言葉を促してみた。
「・・・別に何もなかったんだがな・・・模様替えされてた。勝手に!!!」
椅子の背もたれに顎を乗せて、デーモンは再びブスくれて見せる。
「地球に行く前にやってた仕事のファイルや、データがどこにあるのか既にさっぱり分からん!!!」
それを見て意地悪そうにエースはデーモンの額を突いた。
「それは模様替えじゃ無くって【片付けてあった】と言った方が正しいんじゃないのか?お前の部屋は魔界に居る時も蒼の惑星に居た時も物凄い
状態だったからなぁ・・・。」
グラスを置いて笑い転げるエースの姿にデーモンはますます膨れっ面になる。
「そんな風に言わずとも良いじゃないか!!吾輩だって散らかっているなりにそれなりにどこに何があるか分かっているんだぞ?!それを勝手
に・・・。」
「で?今日はここに何をしに来たんだ?」
これ以上放っておくと長くなりそうだったので、エースは遮る様に彼の用件を尋ねてみる。
すると・・・一瞬だけ表情は暗くなったが、また直ぐに明るさを取り戻し、エースの顔を覗き込んできた。
「あ〜・・・今夜・・・お前・・・時間は空いているのか?」
珍しいデーモンからの誘いに、思わずグラスの中のワインを一気に飲み込んでしまう。
が、いつもと様子はやはり違っていた。
しかもどこかで見た様な・・・遙か遠い・・・過去にこんな表情を見たことがある気がする・・・。
不意に、【あの時】に覚えた不安が甦ってきた。
とても近い過去の記憶がエースの中で、デーモンの今見せている表情とシンクロする。
「時間は空いているが・・・何があるんだ?」
堪らず訊いてみる。
しかし、それには一切答えようとはせず、デーモンは椅子から立ち上がって軍服の裾を正した。
「良かった。では・・・仕事が終わったら・・・情報局の前で待っていてくれ。出来る限り吾輩も早めに行くから。」
そう、言い残すとデーモンはまた扉を開けて去って行ってしまった。
後に残ったのは、ボトルの中でユラユラと波打つワインと、完全に閉められていない扉を見つめるエースだけ。
机の上で組んでいた足を降ろし、またワインを手に持って今度は直接口を付けて流し込んだ。
ジンワリと身体に広がっていくアルコールと共に、彼の中に浸透していく不安。
今宵は訊けるだろうか?
今夜こそは。
約束の時間までのエースの仕事は一向に捗る事は無かった。
心ここに在らずのエースは生まれて初めて終業時刻きっかりに長官室を出てきた。
やりかけの仕事が残っていようと今のところ、本当にどうでも良かった。
それ以上に、デーモンとの約束の方が今日は気になる。
さっさと書類を束ねて机の隅に押しやり、空っぽになったボトルを椅子の足下に放り出して、とにかく情報局の外へと飛び出す。
が・・・誰もそこにはいなかった。
時計を見ると、まだ指定の時刻からは一分以上経っていない。
デーモンも出来るだけ早めに来ると言い残して去ったのを思い出す。
「早すぎ・・・だな。明らかに。」
自分自身のらしくない行動に思わず吐き出した苦笑いとため息。
緊張と不安を解きほぐす為、無意識に左の内ポケットを探る。
再び手が現れた時には、指と指に挟まれた細身の煙草が一本。
口に浅く銜えると、パチンと指を鳴らして炎を出した。
軽く息を吸い、火を移すと用の無くなったそれは夢みたいに消えていった。
今度はゆっくりと吸い込み、胸の中に煙を充満させる。
まるで飽和状態になってしまってる不安を覆い隠すかの様に。
そして一気に紫煙を吐き出した。
その動作が何度か繰り返された時、コツリと何かの音がして、振り向いた。
息を潜めてその音の方向と特徴を探ろうとする。
軽く床を蹴るみたいな音に、少しばかりの急ぎ足・・・。
紛れもなくそれは待ち悪魔のものだった。
数秒後に現れた姿で確信し、煙草の火を消そうと横に据えていた灰皿に押しつけようとしたが・・・。
「待て。」
デーモンが制止をかけて、走り寄ってくる。
「?」
再び銜えようとした煙草をあっという間にデーモンは奪い取り、スローモーションの様な動作でそれを銜えてエースの方を見た。
「間接キスだ。」
子供染みたことを言いながらも、その瞳はエースの心の中を見透かそうとしてくる。
それがハッキリと分かるので、エースも黙ったまま半分以上残っていた煙草をデーモンが吸い終わるまで待っていた。
最後になりそうな灰を落とし込んでしまった後、水が張られた皿の中に吸い殻を投げ込んだ。
小さい音を確認すると、デーモンはエースの方を見つめる。
その様子に・・・エースはハッキリと心臓が一発高くなるのを感じていた。
「行こうか?・・・の前に・・・。」
そう言いながらデーモンはとても楽しそうに腰に巻き付けていた布のベルトを外すとあっという間にエースの視界を覆い隠してしまった。
「ええええ????オイちょっと待て!!!何をする気だ?!てめぇ!!」
一番手っ取り早い情報収集の手段を塞がれてしまって一種のパニックに陥っているエースには答えず、ただ一言だけ、デーモンは耳元で呟く。
「ほんの少しだけ吾輩に付き合ってくれよ。ほんのちょっとだから。」
顔の表情は分からなかったが、それは酷く寂しげな口調だった。
やはり・・・エースは何も言うことが出来ない。
それは、ずっとずっと昔に、自分が酷い仕打ちをデーモンに向かってしてきた事への・・・償いか?
彼をもう二度と傷つけないと誓った夜のままで・・・。
ふと、小さくて冷たい手がエースの手を掴んだ。
「行こう。」
デーモンはフワリと身体を浮かせた。
それを感じてエースも同じように身体を空中に舞い上がらせる。
彼の手の冷たさに委ねられた道筋を、無視界飛行でエースは辿り始めた。
どこまできたのだろう?
エースの鼻に植物独特の香りが吸い込まれていく。
「どこまで行くんだ?」
堪らずに訊いてみたが・・・さっきから何も答えてはくれない。
自分の手を掴んでいる感触だけはあるのに・・・それがどことなく怖く感じた。
「デーモン・・・!!!」
瞬間・・・捕まれていた手が下に向かって促されていることに気が付いた。
そのままそれに従って地上に降り立つ。
先ほどよりも更にきつく香る草の匂い・・・そして、花の香り?
「もう取っても良いぞ。すまなかったな。」
乾いた声を合図にエースはすぐに布を取り払った。
「・・・!!!」
広がる地平線を覆い隠している、背の高い草。
見上げれば、空はコバルトブルーに染まり、ぽっかりと空いた光の輪の中から、美しい太陽の聖霊達が降りてくる。
飴細工のような髪の毛は風に舞い、ゆっくりとゆっくりと・・・この地に降り立つ。
紛れもなくここは・・・。
「God’s Door・・・どうして?!」
振り向いたその視界に映ったモノは・・・芭旦杏の木。
あの時のままに・・・約束の日のままに、それは薄紅の花弁でそこ一帯を鮮やかに彩っていた。
太い幹に凭れて、デーモンはこちらを凝視に近い状態で見つめている。
これで何回目だろう?彼がこのような瞳を見せるのは。
「ここで・・・一体、何度約束したことだろう?な?エース・・・。」
一枚一枚丁寧に落ちる花弁を掌に乗せ、デーモンは視線を逸らした。
「・・・さぁな・・・俺もそんなに覚えてはいないさ・・・。」
彼の傍らに寄り添うかの様にエースは立つ。
「吾輩は・・・一体何度、お前を縛っただろうか?」
「え?」
思いも寄らない言葉にエースは彼の顔を覗き込んだ。
湖水色の瞳は今にも涙が零れそうだった。
「最後まで・・・黙って聞いてくれると・・・約束してくれるか?それが今日の最初にする約束だ。」
「約束する。」
エースの即答に、デーモンは嬉しそうな顔を一瞬だけした。
「・・・吾輩は・・・蒼の惑星計画を完了する前から・・・いや、その計画が出たあの時から・・・考えていたのかもしれない。あの惑星はとても美しい。
本当ならあの惑星を汚す知的生命体達を抹殺してでも蒼の惑星を守ることが、我々の使命だった。が、結局は・・・奴等を残し、【共存】というカタ
チを取ることにしたよな?何度も何度も魔界と人間界を往復しながらエースが話をつけてくれて・・・惑星も、奴等も・・・まだあそこに存在する。
だがな・・・吾輩・・・とても不安なのだ。不安・・・?そうだ・・・吾輩は狂ってるのかもしれない。」
堪えきれなくなった涙がガラスの破片のように、彼自身をも傷付けながらハタリと落ちる。
「狂っているだと?」
その言葉に、エースは眉を顰めた。
「吾輩は生まれた時から・・・狂っていたのだ。悪魔でもなく・・・ましてや神でもない身体を持っている。身も心もどちらを受け入れることも拒む
ことも出来ずに・・・。」
エースは心臓が凍り付くような気分を覚えた。
・・・何故?知っている?
神と悪魔の血を受け継いでいることを・・・。
他の仲魔、そして皇太子の中でだけで処理されたこの事実を・・・。
何故知っているのか?デーモンが・・・。
「デーモン・・・それは・・・。」
今は何を言っても何の役にも立たないだろう。
しかし、エースは何かを言いたくてしょうがなかった。
その様子にデーモンは悲しそうに首を振った。
「大丈夫だよ、エース・・・。吾輩は全て知っていたのだから。だから・・・気にしなくても良い。誰も吾輩にこの事を言おうとした者はいなかった
から・・・。安心してくれ。」
悲しく笑うその表情は、エースが何か弁解しようとするのを押さえつける。
「・・・結局は悪魔であろうとして蒼の惑星を愛し、神としての想いが奴等を愛おしくさせて・・・吾輩を苦しめるのだ。計画が終了したあの瞬間
から、吾輩を苦しめて、追い詰めてくるのだ。どちらが大切なのか?と。本当はどちらともを選ぶ事なぞ出来るわけがない。最終的にはどちらかを
選ばなければどちら共を失うことになる。それはすなわち、吾輩のこれからを選ぶ事になるのだ。・・・・・・悪魔か?・・・神か?」
言葉を切ったデーモンを、エースは真剣に見つめていた。
さらさらの長い黒髪がエースの顔の前を風に乗って踊る。
ワザとデーモンの本心を読み取らせないように。
「エース、吾輩と最後の約束をしないか?ここで・・・これで約束をするのは終わりにする。」
突然、彼等の間を左側から這い蹲った風が草原の隙間を突き破ってきた。
空の奥で魔界に降り立つ準備をしていた天使達が、突風に煽られてバランスを崩そうとしたのが見える。
「俺と・・・何の約束をするんだ?」
エースは軍帽を脱ぎ捨て、ほんの少し目を閉じた。
紅い炎に似たオーラを湧き上がらせ、また目を開く。
その姿は新鮮な血液で染め上げたかの様な髪色で、力の封印である後ろ髪のリボンも切れ、エースそのものを現していた。
「・・・吾輩はもう一度、蒼の惑星へ行く。」
「・・・え?」
思いがけない言葉に、流石にたじろいでしまう。
「吾輩は見極めたいのだ。何が大切なのか?人間が大切なのか?惑星が大切なのか?何よりも・・・エース。お前がどれだけ大切なのか?」
「・・・俺は・・・お前が何よりも誰よりも・・・大切だという事は死ぬほど分かっている。」
口を付いて出た台詞は我ながら素直すぎて・・・だが、それ以上の言葉が見つからなかった。
それにデーモンはとても嬉しそうな笑顔を返してきた。
「ありがとう・・・エース。吾輩も多分、お前が何よりも誰よりも・・・大切だという事は分かってるつもりだ。だから約束をしよう。吾輩はきっ
と・・・いや絶対に見極めたらここに戻ってくる。吾輩の気が済むまで・・・蒼の惑星の未来を見極めたら・・・必ずここに戻ってくる。」
壊れそうで、触る事が出来ない。
それに、何か他にも彼は隠している。
薄く笑う顔は、愁いを含んでエースだけを見つめてくる。
一度強い風が吹き荒んだ時には輪郭諸共、彼自身が宙に消えてしまいそうだった。
エースにとってはそちらの方が恐怖だった。
思わず伸ばした手を、デーモンは抵抗せずに受け入れた。
小さな身体がぴったりとエースの胸の中に収まってしまう。
「他に何を隠す事があるんだ?俺に対して・・・俺はお前に誓ったあの瞬間から嘘を吐いた事も隠し事をした事もない。有りの侭の俺をお前は
ずっと見てきた筈だ。俺はお前が何をしようと何を言おうと驚きはしない。」
抱きしめられた手を不意に離した。
デーモンはそのまま後ろを振り向き、エースと対峙するカタチをとる。
「吾輩は・・・きっと戻ってくる。約束したいと思う・・・。だけどもし・・・もしも、吾輩が人間を選んだとしたら・・・悪魔になる事を拒む道を選んだとした
ら・・・。」
約束を果たすまで、生きる。
例えそれが5000光年の彼方であっても。
モザイクのLove Maze。
もう誰も・・・苦しまなくても良い。
【・・・お前の手で吾輩を殺せ。】
F i n
presented by 高倉 雅
作者の独り言
これが最後の話です。
物凄く中途半端な終わり方ですけど・・・。(笑)
まだ書いてない部分が沢山ありますので、まだまだ書きますけどね。(さぁ何時になる事やら)
結局最後がどうなるかなんて・・・そんな野暮な事言いませんよ。(^−^)
読んで下さった方が想像してください。実際問題、書いた作者の私でさえも分からないんですし・・・。(自爆)
ほんちょこっとだけ言い訳というか、何かをさせていただけるのならば・・・。
これは、とある知り合いの話を元にしてます。
モザイクシリーズの最後をどうしようかと迷っていた時に、とある知り合いが話をしてくれたんですね。
だからこの小説自体は100%フィクションですけど、知り合いの話を聞いた私の個人的な思いも入ってます。
これから先の未来に、知り合いも、そして私の妄想の世界でのADも幸せになる事を祈っておきます。(^−^)
あ、もっと因みに言いますと・・・。
ものすんご〜〜〜〜〜〜〜く!!!!解りづらいとは思いますけど・・・。
この話、閣下と長官の結婚式です。(全然分からねえええええ〜〜〜〜〜〜!!!!)
永遠の誓いです。(もっと分からねぇえええええええええ!!!!) 最後にどっか〜〜ん(自爆)