ファンタシースターオンライン二次創作「パイオニア2奮戦記!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
                    k_serika-Presents
         - ファンタシースターオンライン二次創作 - 
    [ PHANTASY STAR ONLINE-パイオニア2奮戦記!]
                      vol.09 02.07.29
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

―――――――――――――――――――――――――――――― 「PHANTASY STAR ONLINE-パイオニア2奮戦記!-」 SECOND STAGE「PAST GHOST?」 ――――――――――――――――――――――――――――――  朝焼けが窓の隙間から漏れ出ている。  ラファナが指定した決闘の日がやってきた。 「………………」  瞳を閉じて黙考するラファナの横でアプサラスは待つ。  ヘッドホンから漏れ出る音楽。  活発に鳴り響く電子音―――彼女の戦闘前の儀式だ。 (……負けられない)  手に持つ鋼鉄の感触。  オロチアギト―――かつての彼女の主力武器。  相手は同じアギトを持ち、彼女の過去を暴き出した亡霊。 (同じ男を愛し、違う生き方をした女二人。  本当に、童顔のくせに、あんたってば罪作りな男なんだから)  愚者が残した忘れ形見。  それが今回の―――ラファナにとって最大の敵。 (血煙の淫魔を軽く撃退した。  アイツは強い。私と同じで限界近くまで鍛え上げられてる。  なら、勝負を分けるのは自分の魂だ)  技術は自分が上。  体力は相手が上。  戦力的には相討ちは必死。 (久しぶりに、私は勝ち目の見えない戦いをしようとしてる)  だが、負けない。  実力が拮抗した相手との勝負。  命運を別けるのは自分の魂、そして意志の強さだ。 「ラファナ様、時間です」 「いよしゃあああああああああああああああ!!!」  最高潮にテンションが上がる。 「行くよ、再戦だ!」  オロチアギトを腰に差し、ラファナは部屋を出る。  目指すはラグオル最深部―――古代遺跡。  ………………。 「あれ? ラファナ姉さんは?」 「元気になったからお仕事に行ったんじゃない?  なんか朝早くから元気一杯に叫んでたよ?」  皆のコーヒーを入れて行きながらマティエが答える。 「稽古つけてもらおうと思ったのに…」 「………………ふっ」  セーラムの何か言いたそうな視線が突き刺さる。 「何? その目は?」 「……一つ言っていい?」 「どうぞ」 「シスコン」  ぼそり、と呟いてコーヒーカップに口をつける。 「誰がシスコンだ!」 「クレハくん」  即答しつつ、ティアがクレハの横を通りすぎていく。 「ちょっと! ティアさんまで何を!?」 「この前までうっとおしいだの、暑苦しいだの言ってたくせに。  今日になったら、姉さんは? 姉さんは何処?って。  これをシスコンと言わずして何という?」 「誰が其処まで言った!  僕はうっとおしいとも暑苦しいとも言った覚えはない!」 「はいはい、二人とも其処までにしときなよ。  せっかくの温かい御飯が冷めちゃうよ?」  バンバン、とテーブルを叩く兄をマティエが諌める。 「待て、マティエ!  なんかそれじゃ、僕の疑いは晴れないまま終わるじゃないか!」 「だってシスコンだし」 「おい!」 「シスコン兄貴がこっちに来るよ〜」 「待て! その言葉訂正しろ!」  二人とも家の中で走りまわる所はまだ子供か。 「およ?」  逃げまわるマティエの足が不意に床を離れる。 「……ほこりが立つから…騒がないの」  欠伸をかみころしつつ、ユーリアがマティエを抱いてリビングを歩く。 「おふぁようございます〜〜〜」  言って、マティエを床に下ろす。 「クレハもね〜〜」  まだまだ寝たりないといった雰囲気だ。  ぼんやりとした顔でテーブルのコーヒーカップを取ると一息で飲み干す。 「いってきまふ〜〜」 「あれ? ユーリアお姉ちゃん、どっか行くの?」 「ええ。何も―――こんな朝早くから行かなくてもねぇ〜〜〜」 「そう思うなら行かなければいいんじゃ?」  ティアの突っ込みは聞こえていないのか、ふらつきながらリビングを抜けて玄関へ向かう。 「お姉ちゃん、寝ぼけてる?」 「……いってきまふ〜」  バタン、と扉を閉める音が響く。  どうやら本気で出掛けたようだ。 「……シスコンがもう一人」  誰にも聞こえないように呟きながら目を細める。 (……ラファナ、必ず帰って来い)  今日は、長く重い時間を過ごす事になりそうだ。
 硬質の床に金属が跳ねる音が淡々と響いていく。  手にアギトを持ち、少女は決戦の場へと向かう。 (……マスター)  完全自立型のアンドロイドが主となった現在。  彼女のように主人を持つアンドロイドは少ない。  実際、彼女も旧型ではなく最新の完全自立型アンドロイドだった。  彼女は自分の意志で創造主ライオットを主人と決めた。 「人の命は容易く散る。  自分が持っていた想いも、記憶も―――死んでしまえばそれまでさ」  故に、ハンターライオットは永遠を求めた。 「僕が科学者をやってる理由はここら辺にある。  僕はね、エデン。君等アンドロイドが羨ましいよ。  鉱物だけが持つ永遠にすら耐えうる可能性。  それが君らにはあるからね」 「………………」 「でも、それじゃあ僕は君らに負けたみたいで悔しい。  だから、僕は僕なりの永遠を求めようと思う。  鉱物と同じ様に、時の流れに残るもの。  それは伝説。僕は伝説に残るような人物になりたいのさ」 (マスターの考えはとても素敵です)  あの時の自分はそう答えた。  主人は微笑み、礼を言うと続ける。 「もしも、僕にそれが出来たなら―――エデン。  僕の伝説を護ってくれないか?  少しでも長く時間の流れの中に存在していたいんだ」  純真で、幼い少年がそのまま成長したような主人を自分は好ましく思っていた。  そして、主の夢が叶って欲しいと願っていた。  だが、彼の伝説は皮肉にも嘲笑の対象でしかなかった。  彼の名誉は、時の流れに埋もれるまで蔑まれ続ける。 「そんな事は―――この私が許さない」  主人の名誉の為、そして彼を主人に選んだ自分の誇りの為。  世界を敵に回す事を、自分は受け入れたのだ。 「だから私は誰にも負ける訳にはいかない」  今一度、揺るぎない決心を胸に、オロチアギトを持つ彼女を倒す。  目の前の扉が開き―――滝の音が耳に響いた。 「久しぶりだな、ラファナ・ルイ」 「そうね、エデン」  滝の音を背に二人は一週間ぶりに顔を合わせた。 「あれから幾年月。随分と、姿形が変わったわね」  軽く言うラファナを睨みつけるような視線で見つめる。  主人の大事だった人。  自分も紹介されたことがある。  私はこの女が嫌いだった。 「変化を言うなら、貴様も同じだ」 「ええ。ラファナ・ルイは変わったわよ」  軽く微笑む彼女。 (まるで、正反対だな)  確かに姿形は最新鋭のアンドロイドに変わった。  だが、自分の本質は何も変わっていない。  しかし、ラファナは違った。  彼女は大きく変わっていた。  それは外面ではなく内面が変わったことによる変化。  自分が知っている硝子細工の印象を持つ少女はいない。  さながら、人形に命が吹きこまれたように―――彼女は変わった。  ラファナを見つめるエデンの瞳は暗く曇っている。 「……姉さんから噂は聞いてたけどね。  初めて見るわ、ヒューキャシールなんて。  あんたの尋常じゃない力とスピードは其処から来てたわけね」 「……その通りだ」  道理で限界近くまで鍛えた自分の身体能力を上回るわけだ。 「最初に人の皮をかぶってたのは何故?」 「あの方が死なれた後、私は軍にその身を置いた。  己の力を高める為に、危険の最前線に立つ。  私の予想は正解だった。最新鋭のヒューキャシール型になれたしな。  だが、軍のアンドロイドが事件を起こしたと知られてはマズイだろう?」 「つまり、自分の犯行を隠す為」 「その通りだ」  ラファナと会話をしながら、視線を左右に這わせる。  アンドロイドのセンサーが周りの状況をモニターしていく。  他に人影はない。罠の様子もない。  実力のみが命運を別ける純粋な闘技場だ。 「動機は?」 「我が創造主―――あの方の名誉の為」  一点の曇りもない瞳で答える。 「卓絶した剣技の持ち主でありながら愚者の名を冠したライオット様。  私の目的はあの方の名誉を守ること。  あの方を愚者と嘲った者を殺し、あの方に相応しい御名を冠する為」 「その為にアギトの持ち主を殺したのか?」  ラファナの手が強く刀を握りしめる。 「あの方のアギトが偽物など信じれるものか。  否、例え贋作であったとしても、  あの方があの剣にこだわるのには理由があった筈。  しかし、私がそれを知る前に彼は死んだ。  最早、問いかけることも出来ない。  私に出来る事は彼の伝説を塗り替える事だけだった」 「……お前は」 「オロチアギトのラファナを殺したとなれば少しは箔がつくと言うもの」  そしてエデンは腰に下げたアギトに手を置く。  会話の時間も終わりが近い。 「最後に聞く。お前はそうやって力ある者を殺し続けるつもりか?」 「そうだ。妖刀アギトの伝説がオロチアギトを覆うまで。  愚者が持つ刀は愚か者の証明ではない事を思い知らせるまで!  それを果たすまで私は止まらない!」 「………………」  彼女は間違っている。  だが、言葉でそれを納得させる事は出来ない。  所詮は剣士―――剣でしか相手の事を否定も肯定も出来ない生物だ。  ならば、剣で語るより他にない。 「ならば―――私は、私自身の誇りと愛した男の為に戦う」  鞘から抜き放たれたオロチアギトの刃が姿を現す。 「お前の間違いを彼にかわって正してやろう」  流水のような滑らかな動きで刀が中段に構えられる。 「私は間違ってなどいない!」  エデンの声に一節の迷いはない。  そして、戦いは始った。 「この前の戦いが実力の全てでない事を証明してもらう!」  見開いたラファナの瞳、機械の身体をもつ少女が跳ねる!  閃光を自称するラファナの速度を明らかに超えた神速の体捌き。  それは人間ではない機械の身体のみが可能にする動き。  その彼女に向かって、自ら飛び込んで対抗する。 「殺!」  残像で見える銀の刃が自分の身体に向かって流れる。 「――――――」  ラファナは自分が換算した間合、それよりも多く後ろに飛んだ。  ヒュン!  ほぼ同時に数センチ手前の空間を死神の刃が通りすぎる。 (やはりか―――居合い切りは間合が把握しにくい!)  自分の目算通りの避け方をしていたら終わっている所だった。 「ハッ!!」  標的を捕らえ損ねた閃光はすぐさま刃を返し、切り上げの太刀を放つ。 「よっ!」  これも左に跳んで避けるラファナ。  相手の動きに内心ラファナは舌をまいていた。  全ての動作が恐ろしく速い。  特に攻撃を仕掛けた後の隙の無さは素晴らしい。  単純に身体能力が優れてるだけでない。  修練の果てに得た力が彼女にはある。 「どうした!? 避けるだけでは勝てんぞ!」  勿論、そのつもりだ。  このまま相手の攻撃を避けつづけるなど自分の趣味じゃない。 「――――――!」  横へと流れるように走りながら、機を見て走りこむラファナ。  相手はそれを待ち受けるように居合い切りの体勢を取っている。  そして、二人の間合が相手を捕らえる!  先に動いたのはエデンだった。 「死ね!」  一歩、大きく踏みこんで居合いの刃が薙がれる。  相手を待ち構え、充分に気を練った一撃。  ギイン!  その強力な一撃を刀で受けとめるラファナ。  刃を密着させたまま滑らして、彼女の間合へ入りこむ。 「小癪な!!」  居合い切りは初太刀が命。  それを外せば威力は半減する。  居合いは間合が掴みにくく、待ちに徹するが故に強いのだ。  しかも、この状態では刃を戻す事は出来ない。 「喰らえ!」  腰に下げたホルスターからハンドガンを取り出して、すぐさま引金を引く。  超至近距離からの連射……迸るフォトンの弾が二人の戦いに決着をつける。 「……流石だな」  言葉だけを残して、エデンの身体は蜃気楼のように消失した。  目的を捕らえ損ねた弾丸が床を穿つ。 (……右!!)  戦いの勘のような物が彼女の視線を右へ向かせる。  視界に死角に回りこんだエデンが刀を振りかぶるのが見える。 「そんなっ!!」 「諦めろ!」  後ろに跳び退りながらアギトの突きを見舞うラファナ。  虚を突かれ、力をこめきれないまま放った剣は軽く弾かれる。 「気付いただけでも大したものだがな!」  跳び退るラファナを追い詰めるようにエデンは跳躍した。 「所詮はそれも無駄な足掻きだ!」  そして、あっさりと彼女が自分の背中を取る。  その異常さにラファナは叫んだ。 「なんなのよ。このスピードは!?」  簡単に後ろを取られた時点で、逃げきる事は不可能。  ラファナは即座に最善手を選ぶ。 「―――ままよ!!」  両足に渾身の力を込めて、ラファナは回転する!! 「貴様!?」  どうあっても避けきれない。  それを見越しての行動。  相手の技を避けるよりも敢えて受け、反撃する。  その場合、致命傷を受ける事は避けきれないが…。  視界が回転し、瞬間の攻防が始まった。  最短の距離で相手の息の根を止める閃光。  アギトの突きがラファナの心臓を狙う。  オロチアギトで刃を防御してる時間はない。  覚悟を決めてラファナは腰をひねり、左足を繰り出した。 「ぐっ!!」  ラファナの口から吐き出される苦悶の声。  次いで、肉と機械が床を打つ音。 「……くうっ」 「貴様―――正気か!」  互いの攻撃を受けて二人は吹っ飛んでいた。 「相討ち覚悟と見越した瞬間、刃が鈍ったな」  床に膝をつきながら壮絶な笑みを浮かべるラファナ。  それもその筈―――相手はラファナと相討ちで終わるわけにはいかないのだ。 「あんたの片腕、封じたよ」 「ちっ!!」  刀を杖代わりに立とうとするラファナ。  エデンは自分の状況を必死に分析していた。 (右腕神経系破損率40%―――能力低下)  アギトを持つ右腕に三つの穴が開いている。  相討ち覚悟の銃弾がエデンの腕を貫通したのだ。  今も血の代わりに火花を散らしている。  まだ戦える―――が、放っておいていい傷ではない。  しかし、それはラファナも同じ。 「ちょっと、私に分が悪いか」  彼女の足から流れ出した血が血溜りをつくる。  盾にして受け止めた足はフレームを突き破り、大きく裂けている。  ふらつく足で何とか立ちあがりラファナは口を開いた。 「で、なんなのよ。あんたのその身体能力は?」  まともに受けとめれば刀ごと両断されかねない一撃。  容易く自分の間合を侵食する速さ。  いかな最新鋭とは言え、これは異常だ。 「―――人間には真似出来まい。  一時的に限界以上の反応を起こして出力を跳ね上げる。  フル・バースト。いわゆる奥の手だな」 「ったく、軍も余計な能力を……」  能力以上の力を引き出す事が出来る最新鋭アンドロイド。  この能力がパイオニア2の軍人30名を物言わぬ屍に変えたのだろう。 「勝敗はすでに決したな。  特殊大剣を扱っていたお前でも私のパワーを越える事は出来まい。  そして大剣から剣に持ち変えたことで斬撃の重さはさらに低くなった。  だが、この状態でも私は刀ごとお前を両断できる」 「………………」  エデンの顔に酷薄な冷笑が浮かぶ。  獲物にトドメを刺す狩猟者の笑みだ。  だが、ラファナの表情に変わりはない。 「―――その目。まだ、死んでいないな」 「当たり前。こんな所で終わったら皆に申し訳が立たないわ」  今一度、刀を鞘に納めて居合い切りの体勢に入る女性。  それに答えるように刀を構えるラファナ。 「そうか、それでいい! 今のお前を倒すことに意味があるんだ!」 「……意味、ねえ」  血の流れる足に一瞬だけ視線を落としてからラファナは口を開く。 「お前は本当に一流のアンドロイドだ。  私はね、連中の存在にいつも疑問を持っていたんだ。  完全自立型? 造られた存在が? なら、意志というのは何だってね」 「……所詮はそれもプログラムされた物と言いたいのか?」 「そう思っていた。ただそれだけの事さ。  だが、違った。お前は本当に人間らしいよ。  人間のように迷い、囚われ、そして間違う」  間違う―――その言葉に女性が反応する。 「私は間違っていない」 「間違ってる。だから、お前は私には勝てない。  自分の力を自分の意志で100%以上に引き出して戦える。  でも、それだけじゃ、私には勝てないよ」 「――――――な、に?」  エデンの瞳が躊躇いの色を浮かべる。  心臓をモニターすれば嘘か本当かくらい分かるだろう、彼等は。  圧倒的に不利なまま駒を進めていたラファナ。  その彼女に未だ存在し続ける自信。  彼女が躊躇いを捨てて、自分に向かってくるにはもう少し時間がいる。 (その間、もうちょっとだけ我慢してよね。  こいつの目を―――覚まさしてやるまで!!)  さっきから動悸が治まらず、胃が嫌な圧迫感を伝え続けてる。  たった数分の攻防―――それだけで体は限界近くまで疲労している。 「………………………」 (くそっ! もつか?) 「………………」 (来い!!) 「………」 (早く!!) 「行くぞ! ラファナ・ルイ!!」 (これで決める!!)  ラファナは全神経をこの一瞬に集中させる。  全てはこの一瞬で決着が着く。  オーバーロードさせた身体が急速に熱を持ち始める。  人間の限界を超えた反応速度―――それがラファナの間合をいとも容易く侵食する。 (オロチアギトごと両断するっ!)  小細工も何も無い最速の斬撃。  踏みこんだ大地が砕けて粉塵を撒き散らす!  鞘から放たれた刃はまさしく閃光に匹敵する速さだ。  そのまま、一瞬の間で刀が振りきられた。 「………………なっ?」  何の手応えもない。  居合いの刃は既にその間合を読まれていた。 「お前は手札を見せ過ぎた! 居合いの間合は完全に把握したわ!!」  ラファナの瞳が獲物を捕らえる。  この瞬間、エデンの身体が今までにない反応を起こした。 (なんだ!?)  自分の身体を覆う違和感。  それが恐怖だと気付く前に見逃せない変化が起きる。  中段に構えたラファナの刀が霞と消える。 (刃が消失した!?)  それを知覚したと同時に後ろに飛び退く。  それでも空を裂く澄んだ音が自分の耳元で轟音となって聞こえた。  キンッ! 「なあっ!?」  オロチアギトの刃がついにエデンの身体を捕らえた。  肩から腹へと流れる旋風。  身体から火花が散り、幾つかの機器が爆発を起こす。  しかし、ラファナの攻撃はそこで終わらない。 「こいつで、終わりだああああああああああ!!」 「そうはさせん!!」  ラファナの返しの太刀に渾身の斬撃で対抗する!  片腕に穴が開き、胸部に裂傷を受けても、まだ彼女の力に対抗出来る筈!  だが、その思考に至るまでの一瞬でオロチアギトの牙は目標を噛み砕く。  きいいいいいいいいいいいん  そして―――アギトが彼女の手首ごと宙に飛んだ。 「―――私の、勝ちみたいね」  油汗を流しながら、ラファナは膝をついた。 「……ばか、な」  宙空高く飛んだアギトがクルクルと回転しながら放物線を描く。  まるで馬鹿げた悪夢を見ているように、呆然と、成す術もなく見つめる。  金属が硬質の床を跳ねる音。  勝負の終わりを告げる鐘の音が遺跡に響き渡る。 「何故だ? 最後の斬撃―――あの速度は?」  前回戦った時を遥かに上回る斬撃の鋭さ。  まるで別人。  だが、たった一週間でここまで斬撃の速度を上げるなど不可能だ。  ならば、以前と何が違う? 「……そうか!」  ラファナの返答を聞く前にエデンは悟った。 「貴様が大剣を使用していたのは斬撃の速度をあげるためか!!」 「御名答―――伊達や酔狂であの剣を使ってたわけじゃない」  一度は封印したオロチアギト。  だが、いつか、その封印を解く時が来るかもしれない。  自分が今一度、あの刃を取る時の為に、ラファナは敢えて重い大剣を使用していたのだ。  通常から重い大剣を持ち歩いていれば自然と腕力がつく。  そして得物を大剣から剣に持ちかえれば飛躍的に斬撃の速度は上がる。  勘違いしてるものが多いが、ラファナは圧倒的なパワーで戦う女じゃない。  洗練された技と速度で戦う剣士なのだ。  いつぞやレイキャシールのマリアにも言ったが。  圧倒的なパワーで相手を蹴散らすのは単なる『趣味』である。  ―――つまり、普段は自分の実力を封印している事になる。 「まあ、あんたの片腕が潰れてたから勝てたんでしょうけどね」  多分、最初からラファナが最速の斬撃で対抗したら負けていただろう。  彼女の力を見極め、確実に力を削ぎ落としたラファナの作戦勝ちだ。 「………………」  その言葉は聞こえているのかどうか。  信じられないものでも見るように刀を眺めるエデン。 「ひとつ、聞かせてくれるか?」 「なに?」 「自分の力を自分の意志で100%以上に引き出して戦える。  それだけでは、お前は勝てないと言った。  なら、私には―――何が足りなかった?」  ラファナは笑った。 「ライオットが敢えて愚者の名を受けていた理由。  貴方ほど実力のある剣士が気付かないの?」  ラファナの問いに考えてみる。  しかし、自分には想像もつかなかった。 「……知っているのか?」 「剣士が求めるものは何か?  一つ、極限まで鍛え上げた身体。  だが、これだけでは最高の剣士にはなれない。  もう一つ必要な物。それは剣そのものよ」  当たり前と言えば当たり前の答えである。  強くなるにはまず身体を鍛えればいい。  しかし、それには限界がある。  そこで人は技能を学ぶ―――さらに高みを目指す為に。  しかし、悲しいかな。それにすら限界がある。  そして剣士は最終的に持つ剣も選ばねばならない。 「つまり……所詮は贋作。  本物の妖刀には敵わないということか」 「分かってないわねぇ。  そこら辺があんたを人間らしいって言った理由よ。  まるで人間みたいな発想するのね」 「―――どういう意味だ?」  彼女は剣士として非常に優秀なレベルにある。  が、その生真面目そうな性格が災いしたのだろう。  精神面ではまだまだ半人前だ。 「あのねえ、得物が良ければいいってもんじゃないでしょ?  名のある名刀ならそれだけ強いなんてのは三流よ」  人は色々な物を求める。  伝説、英雄……いつの時代も人々を魅了して止まない物がある。  だが、それは人の心を惑わし、真実を見る瞳を曇らせる。  理想を言うなら剣の最終形態はどんな物でも斬れる剣だろう。  だが、現実にそんな物を作り出す事は出来ない。  仮にそれが存在するとしても、本物の剣士ならそれを良しとはしないだろう。  そこには剣士の美学がないからだ。  その刃に斬れない物が存在しない最強の剣。  ならば子供が持とうが最強の剣士が持とうが同じではないか。  単純に威力を求めるのならば、それこそ戦艦にでも乗っていればいいのだ。  だが、それは強さと言えるだろうか?  誇りのない強さに何の意味があろう?  人が悠久の時間の中でも失ってはいけないもの―――それは誇り。  それを胸に生きるのが剣士なのだ。 「………………」 「ライオットはね。見つけたのよ。  世界に腐るほどある剣の中から自分の剣をね。  自分の力を最大限に生かせる剣。  自分の為に産まれた自分だけの剣。要するにパートナーをね」  人間には誰にだって癖がある。  それは剣士だって同じ。  自分が最も好む太刀筋、剣の長さ、重さ、それぞれの好みが存在する。  ハンターライオットは星の数ほどある武器の中から見つけ出した。  自分の剣技を最大限に生かし、最も自分に適した剣を。  剣は自身の力を最大限に生かせる使い手を。  まるでその人間の為に生まれて来た―――伴侶とも言える武器を。  それが皮肉にも贋作のアギトだった。 「そんな……」 「彼は愚者なんかじゃない。  彼を愚者と笑う者こそ、本当の愚か者。  名前や見てくれに騙され踊らされた馬鹿者達。  彼は決してあの名を疎んじたりしてなかった」  贋作という響きが持つ名の重さ―――それが、人の目を曇らせたのだ。 「それじゃ、私のした事は……」  彼女が床に膝をつく。 「無駄よ。誰も貴方にそんな事を望んでいなかった」  ラファナの一言が、エデンの心を打ち砕く。  このまま放っておけば、彼女は一生剣を持つ事は出来なくなるだろう。  彼女の剣士の魂は地の底まで落ちた。  ……だが。 「だからアンタは私と同じなのよ」 「えっ?」 「血煙の淫魔として、私は多くの人の、生物の血を吸った。  その命に狩る理由などなかった。  私は無駄に殺し、無駄に血を求めて、今、ここに立っている」  自分が悟るまで、数え切れない人を殺めていった。 「後悔してるか?」 「………………ああ」 「やり直したいか?」 「ああ」 「なら、今からでも遅くはないさ。  人の一生なんて、無駄な事だらけなんだから。  意味なんて簡単に作れない。  簡単に作れるなら―――誰だって失敗なんかしないわ」  ラファナの視界が揺れて、頭がぐらんとふらつく。 「そして―――何時だってやり直すことは出来る。  間違いは正せばいいし、過ちは償えばいい。  それをしていけない人間なんかいないんだからさ」 「………………」 「私だって、そうやって生きてきたんだから。  あんただって―――出来る――わ」 (……もう、限界だ)  視界が歪み、天と地の区別もつかなくなる。 「ラファナ!?」  もう何も答える事は出来ない。  ラファナの意識は静かに闇へと落ちていった。  To be continued..... ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆