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                         〜 聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜             
                          [ B L A C K  O R  W H I T E ? ]
                                     vol.06 03.09.23
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  〜前回のあらすじ〜
   二ヶ月ぶりに学園に戻ってきた月見里水月。
   帰還一日目。学園外れの森で彼女が退学となった因である銀鏡梗華と再会する。
   水月を歯牙にもかけず銀鏡は忠告のみを残して去った。
   これ以上、関わるなら殺す。
   その忠告を無視して水月は彼女を追い払う方法を考えていた。

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   聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜 B L A C K  O R  W H I T E ? 〜
   第六楽章「閑話休題」
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  「……はぁ、まいったな」
   時刻は早朝5時。
   学園の外れ、人気のない森で溜息を吐く。
   地面に敷いたビニールシートの上には怪しげな物品の数々。
   呪が描かれた符や神木で作った小刀、紋様の掘られた宝石などが転がっている。
   これら全ては俗にいう『まじないがかり』の物品だ。
   私の携帯電話が幽霊と話しが出来るように、これらは物理法則から外れた力を持っている。
   ……持っているはず、なのだが。
  「あ゛っーーーーどいつもこいつもっ!!
   何で動かないのよ! 完全に使いこなせくなってるじゃない!?」
   周りに誰もいないので子供のように駄々をこねる。
   由緒正しい魔法の物品はいまやただのガラクタだった。
  「なんとかしないとなぁ」
   広げた道具を鞄に戻しながら、自然と溜息が漏れてくる。
  『巫女でもないただの女相手に長々と遊んでる時間はないのよ』
   昨日の台詞が甦る。
   ここに越してくる前。
   この森みたいに自然に囲まれて暮らしていた頃。
   私には今よりもっと強い能力があった。
   道具の力を使わずに霊視と霊話が出来て、符術などもそこそこに扱える霊能者だった。
   小さな村であったが『退魔の巫女』と呼ばれ、村人からは尊敬され、重宝されていたものだ。
   しかし、それも過去の事。
  「あっーー過去の栄光にすがってるなんて情けない」
   それが今となっては呪力を増大させる携帯電話がないと霊話も出来ない始末。
   私がこの歳で一人暮ししたり、身体売って生活しないといけないのも霊能力を失ったせいである。
   全ては私が一人の男を愛してしまったことによる結果だった。
   今の私には、もうロクな能力は残ってない。
  (でも、本気でなんとかしないと……このままじゃ、とんでもないことになる)
   銀鏡梗華。昨日、彼女に会った時のことを思い出す。
   あんなズタボロになった彼女を見ただけなのに、私の足はわずかに震えていた。
   霊能力があるが故に感じる彼女の実力。
   巧妙に力を隠し、それでも抑えきれないほどの濃密な死の気配。
   あんな異様な気配を抱いた存在がいることに私は恐怖を覚えた。
   私の目が見る銀鏡の姿は少女ではなく、まるで死人で出来た山を見ているように思えたのだ。
   たった数ヶ月。その数ヶ月の間に彼女は人間から化物に変わっていた。
  「あの死体娘を追い払う方法は二つ。
   一つは無理矢理にゴメンナサイさせる。
   もう一つは社会的な方法で出て行ってもらう」
   後者は彼女を退学させるということだが、気分的に嫌なものがある。
   臭いものには蓋という考え方が嫌いなのだ。
   それに退学処分になったはずなのに、現に彼女は戻ってきている。
   この方法では何度追い払っても、戻ってくる可能性がある。
   それでは意味がない。
   しかし、もう一つの力押しは更に難しい。
  「うあっーー。どうすればいいのよっーー!!」
  「テンパッてるねえ、水月さん」
  「はうあっ!?」
   驚きの声をあげる私を小気味いいシャッター音が捕らえる。
  「深窓の令嬢に隠された意外な素顔ってところか。貴重な一枚になりそうだ」
   いきなり写真を撮るような人物は、この学園に一人しかいない。
  「七瀬!?」
  「おはよっ」
   癖のないショートの髪に伊達メガネ。
   聖鐘学園では『御三家』の異名を取るルームメイトがそこにいた。
  「どうして、ここに?」
  「何処に雲隠れしようが見つけ出し、背後を取る。これが私の個人的七不思議の二番目です」
  「………………」
   有名なジャーナリストが家系にいるらしいが、忍者もいるのではないだろうか。
  「朝起きたらいないもんだから探して見ました」
  「はあっ……なんか自信なくすなぁ」
   幼少の頃から色々な訓練や修行を行ってるというのに気配を見落とすなんて。
   退魔の巫女を辞めて数年。五感すら衰えたのだろうか。
  「自信なくすって、どうしたのよ?」
  「別に――大したことじゃないわ」
  「なーんか、全然大したことないように見えないんだけど。
   まあ、それより朝御飯の時間も近いわけだし。悩むのは後にして戻らない?」
  「んっ〜〜」
   寮で生活する生徒にはちゃんと食事が用意されてる。
   だが、退学になった私がそこにお邪魔するのも色々と問題があるだろう。
  「水月!」
   私が七瀬の誘いを断ろうとしたした時に、新たな人影が目に入る。
  「こんな学園の隅にいるなんて、お蔭で探すのに苦労したわ」
  「……四方先輩?」
  「朝食の時間は無限じゃないのよ。早くなさい」
   子供を諭すような口調でいうと、四方先輩は私を見つめる。
  「あの、私は退学になる身ですから」
  「ですから、何?」
  「あまり、皆に顔を見せるべきじゃないと思います」
   それに四方先輩は学園創立から理事長・生徒会長を就任してきた人物。
   頂点に立つ者の常というもので、余計なゴシップがつきまとう。
   私と一緒にいれば色々と余計な問題がついてまわるのは確かだ。
  「随分とつまらないことを言うようになったのね、水月?」
   聖なる鐘の守護天使と謳われる女性。
   その天使の視線と声が冷たく凍てつきはじめる。
  「それはどういう意味でしょうか?」
   その氷の視線から目を離さずに聞き返す。
  「貴方は私の大事な友人であり、補佐であり、妹よ。
   三代目の守護天使は我が身可愛さに友人を捨てるような冷淡な人物に見えるのかしら?
   妹はつまらないことに悩む必要はないの。姉の傍で笑っていて頂戴」
  「そうそう。気にしなさんな。
   四方の名は伊達でついてるわけじゃございませんぜ」
  「……どう説得した所で折れるつもりなんてないんですね」
   余計な厄介事なんて避けて通ればいいのに。
   四方先輩は絶対それをしない。
  「ないわね。私は全ての正しい学生の味方です」
   天使の微笑みで言ってのけると先輩は背を向けて歩き出す。
  「負けず嫌いの石頭」
   このまま先輩の言う通りに動くのも癪だから、先輩の背中に聞こえるように呟く。
  「そういう貴方も大した物よ」
   前を歩く先輩の肩が楽しそうに揺れている。
  「麗しい友情。似た者姉妹だね〜」
   七瀬は小走りで先輩と私の追い越すと振りかえってシャッターを切った。

   ………………。

  「さて、水月」
  「はい、なんでしょう?」
   目玉焼きに野菜サラダ。御飯と味噌汁。
   朝食を目の前にして、先輩はそれに手をつける気配はない。
  「昨日は夜の散歩に行ったみたいだけど、何をしてたの?」
  「ええっと、それはですねぇ」
   答えに詰まる私に七瀬が割って入る。
  「まあまあ、先輩。ここは先に朝食食べちゃいましょうよー」
   割り箸を割って、茶碗を軽快に叩いている。
   それを見て四方先輩はぎょっとした顔をする。
  「な、なにやってるの! 七瀬!!」
  「はい?」
   言葉に合わせるように一回、ちゃんと鳴らす。
  「食事の作法も知らないんじゃないでしょうね!」
  「知ってますよん」
   ちゃん。
  「なら、茶碗を叩かない!」
  「はいはい。お先に食べちゃいますよー」
   軽く返事をして、七瀬は先に食べ始める。
  「先輩。話しは食べ終わってからにしましょう」
  「やっぱりご飯は熱いうちに食べないといけませんよ」
  「確かに、そうね」
   四方先輩も仕方なくと言った感じで食事を始めた。
  「水月さんと御飯食べるのも久しぶりだね」
  「ええ、懐かしいわ」
  「……貴方達、食事中に話すのはどうかと思うわよ」
   四方先輩の発言に七瀬は首を傾げる。
  「いいじゃないですか。黙々と食べてもつまんないですよー」
  「だから、茶碗を叩くなと言ってるでしょ!」
  「先輩。落ち付いてください」
   私が辺りの様子を窺うと、食堂にいる数人が目を逸らす。
   やはり、注目されている。
  「そ、そうだったわね」
  「高血圧ですか?」
  「こ、この……くそ御三家」
  「先輩。言葉使いが壊れ始めてます」
   聖なる鐘の守護天使に夢を見てる人達のイメージを壊すこともあるまい。
  「イメージ作りも大変ですなあ」
  「七瀬も先輩をあんまりからかわない」
  「からかってるつもりはないんだけどね。
   水月さん。そこの醤油取ってくんないかな?」
  「はい」
  「ありがと」
   礼を言うと目玉焼きの中心に醤油をかける。
  「………………」
   先輩は七瀬の行動を黙って凝視している。
  「うふふふふ〜」
   何処か嬉しそうにぐちゅぐちゅと黄身と醤油を掻き混ぜてる七瀬を見て、先輩の顔が引きつった。
   その表情を七瀬が素早く拾う。
  「今度はどうしたんです?」
  「七瀬、食べ物で遊ぶのはよくないんじゃないかしら?」
  「はいっ?」
   七瀬は訳が分からないといった顔で黄身を混ぜている。
   四方先輩はそれを見て、目を逸らした。
  「先輩、七瀬のような食べ方もあるんですよ」
  「そ、そうなの?」
  「あー、成程。崩さずに綺麗に食べないといけないわけっすね」
   そういうと、七瀬は箸を巧みに動かして黄身の部分を素早く食べる。
   アッと言う間に白身だけが残った皿が出来あがった。
  「は、早い」
   私はそれを見て、感嘆の声をあげる。
  「しかも、箸の扱いが上手だわ」
  「それも七不思議の一つ?」
   思い着いたことを聞いて見ると、七瀬は苦笑した。
  「いやいや、箸くらい扱えるよ。これでも学園の名家出身ですから」
  「………………」
  「礼儀作法は心得てるっすよ?」
  「なんだか、首を縦に振るのに抵抗があるわ」
   四方先輩が素直に感想を述べる。
  「うぃっす」
   その感想に、よくわからない返事をかえすと七瀬は食事を再開する。
   私も冷める前に食べ終えてしまおう。
  「美味しいですね」
   味噌汁といい、目玉焼きといい、何と言うか胸が暖かくなる。
  「そう? 取り立てて美味しいというほどのものではないと思うけど」
  「新鮮さはないけど飽きのこない味ではあるね」
  「二人とも家事をしないから、そういう事が言えるんです」
   周りも生徒の数は少ないけど、それぞれ楽しそうに会話してるのが聞こえる。
   ありふれた日常。この日常は大事なものであると思う。
   今はその日常に異物が入りこんでいる。
  (さて、どうしたものか)
   そもそも銀鏡はどうやって学園に復学したのだろうか?
   それが分かったところで何とかなるとは思えないが、とにかく情報は欲しい。
   そこから問題を解く鍵が手に入る可能性だってあるはずだ。
  「あっ、そういえば」
   問題がもう一つ。呪殺された幽霊も残っていた。
  「どうしたの、水月?」
  「先輩。最近、その……自殺された生徒がいましたよね?」
   朝食時に話す会話じゃないのは分かっているが聞く。
   私がここにいるのは学園生活を楽しむ為じゃないのだから。
  「………………」
   先輩の顔つきが神妙なものになる。
  「その子の名前を教えてくれませんか?」
  「……どっちの子かしら?」
  「はっ?」
  「自殺を試みた生徒は二名いるわ。どっち?」
   私は言葉を失った。
  「学園の七不思議が横行している旧校舎。
   その旧校舎に向かった数人が五月病のような症状に陥ったことが判明。
   すでに数人の人間が学園生活にやる気をなくして自主退学。
   学校を去った後、症状の重い人は自殺未遂をしたと噂になってましたが本当でしたか」
  「……事実よ。先日、生徒の保護者さんが抗議に来られたわ」
   先輩が苦い顔で肯定する。
  「列車に身を投げた女性がいると聞いてます」
  「それは朝霧さんのことね。彼女は一年生だったけど、どうかした?」
  「知人からそういう話しを聞いて気になったんです」
   朝霧――それが幽霊の名前か。
  「もう一人の方は?」
  「未遂に終わったけど病院に入院中よ」
  「……そうですか」
   後で七瀬にでもその子がいる病院を調べてもらおう。
   今回の事件とは関係ない可能性だってある。
  「まったく……こんな大変な時にお母様は何をしているのか」
   先輩は大きな溜息を隠そうともしない。
   確かに学園の生徒が死ぬということは大きな事件だろう。
   下手をすれば学園の存亡にもかかってくる。
  「まだ欧州に?」
  「みたいね。連絡しようにもいる場所すら分からない始末。
   最悪、前理事長のお婆様を呼び出すことになりかねないわ」
  「初代理事長っすかー」
   最早、学園内では伝説と化してる人物である。
   聖鐘学園の学園史の中で、初代理事長がいた時期が最も輝いていたと言われてる。
   彼女が生徒として学園にいたときと、理事長としていた時が一番平和だったと。
   それだけに初代の生徒会メンバーなどは今でも学園に強い発言力があって色々と口を出しているとか。
  「呼び出したらお母様とお婆様の間で板ばさみになるから避けたいのだけど」
  「うちの婆ちゃんも五月蝿いっす」
  「それは私の所も同じだわ。お爺様と父の肩身の狭さには同情しちゃうくらい」
  「あはははははー何処も似たようなもんですね」
   七瀬と四方先輩の会話を聞きながら、私は一足早く朝御飯を食べ終える。
  「もう食べたの? 早いわね」
  「私が早いんじゃなくて、先輩達が遅いだけです」
   食後の一服に熱い茶をすする。
  「相変わらず、ああ言えばこう言う偏屈な子なんだから」
  「事実です。それと御飯は熱い内に食べるほうがいいでしょう」
   冷めた目玉焼きなど望んで食べるものじゃない。
  「そうね。とっとと片付けてしまいましょう」
  「うぃっす。あっ、水月さん。茶のおかわり淹れて来てくれる?」
  「なんで、私が……」
   とは言え、二人が食べてる間は暇なので立ち上がる。
  「ありがとねー」
  「私のもお願い」
  「………………」
   私は茶坊主をしに学園に戻って来たわけじゃないのに。
   なんだか釈然としない物を感じつつ、お茶やカップの置かれた場所へ向かう。
  「ついでだから自分のも淹れるかな」
   熱いお茶が入ったやかんを手に持って、二人コップに茶を注ぐ。
  「あら、月見里さんじゃございませんこと?」
   漫画やアニメでなければ聞けないようなお嬢様言葉で声がかかった。
   その声にやかんを持った私の身体が石像のように固まる。
   私の苗字はよく間違われるが月見里と書いて「やまなし」だ。
   毎回、自己紹介する度に説明しなくてはいけないのだが、
   説明したにも関わらず、わざと「つきみさと」等と呼ぶお嬢様は一人しかいない。
  「お、お久しぶりです。高野原先輩」
  「ほっほっほ、お久しぶりですわ」
   私よりもかなり背の低い……160に満たないであろう小柄の女性。
   聖鐘学園で「四方」「七瀬」に続く名門。
   代々副会長を務めてきた由緒正しい「高野原」のお嬢様である。
   何よりもまず目を引くのが小柄な彼女の身体を隠している紅の鉄扇。
   この扇こそ高野原のトレードマークだった。
   朱雀の文様が描かれた扇は、小柄な少女の上半身を多い隠すほど大きい。
   そのせいで小柄な体型がさらに小さく見えてしまう。
  「貴方も帰ってらしたのね」
   休み中で私服を着ている生徒が多い中、学園の制服に身を包んでいる。
   それにしても……中学生が高校の制服を着てるようで可愛らしい。
  「は、はいっ。先輩にも顔を見せに行こうと思っていました」
  「さすがは月見里さん。感心ですわ」
   機嫌良さそうに先輩は微笑む。
   聖鐘学園生徒会副会長である彼女はとにかく無視されることを嫌う目立ちたがりだ。
   先輩が決して見せない扇の裏には『生涯補佐』と書かれてある。
   その文字の通り、高野原は学園設立以来から補佐の立場として存在している。
   しかし、長く続けば補佐では満足できない人物も生まれてくる。
   三代目である高野原来魅(たかのはら・くるみ)こそ、腹心たるまいとする補佐だった。
   そのせいか学園でも二つの派閥に分かれており、四方派と高野原派が出来ている。
   ただ、お嬢様学校のせいか生々しい闘争はなく友達の可愛らしい喧嘩みたいな感じだが。
  「誰かと思ったら高野原じゃない。学食なんかに何の用なの?」
   四方先輩も高野原先輩が何を企んでいるかは気づいているが、あまり毛嫌いしていない。
   いい意味でライバルと言ったところだろうか? 二人は互いに競い合ってるのが性にあうらしい。
  「夏期休暇中は寮で暮らすことにしましたの。治安維持活動ですわ」
  「……へえぇ、知らなかった。貴方にしては地味な活動をするのね」
   ライバルとして競い合うのは結構だが、この状況はどうだろうかと思う。
   なんせ、さっきの発言のように右手のしてることを左手が知らないのだ。
   生徒会はほぼ二つに分裂して活動を行ってるのが現状である。
  「地味? ふふふっ、それはどうでしょうね」
   扇を目線の下まであげて、不敵な笑みを浮かべる。
   いかにも何か企んでいますよという怪しい顔だ。
   高野原先輩は、こういう怪しい行動や言動が好きという困った習性がある。
   その上、たまに本当に怪しいことを企んでいるので始末が悪い。
  「まあ、いいけど……貴方も暇ならちょっと話に付き合って頂戴」
  「何の話ですの?」
  「例の旧校舎魔法遣い騒動よ」
  「……ああ。あれですの」
   先輩はまるっきり興味なさそうな返事をかえした。
  「四方の者がゴシップに興味があるとは思いませんでしたわ」
  「あなた……まさか、何も知らないんじゃないでしょうね?」
   ほっほっほ、と優雅に笑う高野原先輩を四方先輩は半眼で睨み付ける。
  「知らない、とは?」
  「今年度の退学者数の著しい数と、元生徒のその後。
   これに旧校舎に出没する魔法使いが関わっているようだということよ」
  「元生徒のその後については、今知ったばかりですわ」
   高野原先輩の視線は私を見つめている。
  「茶化さない。私は真面目に聞いてるのよ!」
  「どうどう、回線が燃え尽きるほどヒートしてますわよ」
   さらに視線の温度を下げる先輩に向かって扇を軽くあおぐ。
  「生徒が人生を憂いて桜の下で眠りたがってる話しは存じておりますわ」
   そういうと高野原先輩は、近くの椅子に腰掛ける。
  「そのことについて四方の意見を聞きたいと思っていましたし」
  「……やっとまともな話しが出来そうね」
   四方先輩も高野原先輩の対面の椅子に座った。
  「こちら、失礼しますよん」
   七瀬は答えも聞かずに高野原先輩の横に座る。
   私は両先輩がはさんでいる机にお茶を置いた。
  「月見里さんは気がききますわね」
  「ありがとう」
  「いえいえ。高野原先輩、朝食はどうしますか?」
  「後で頂きますわ。先に話しをつけてしまいましょう」
  「分かりました」
   答えると、私は四方先輩の横の椅子に座る。
  「さてと……現在の問題は真夏の五月病対策でしょうね」
  「ですわねぇ」
  「そうですねー」
   頷く高野原先輩を七瀬が例の隠しカメラで撮影している。
  (まあ、撮影する気持ちも分からなくもないけど)
   高野原先輩は扇で口元を隠しつつ、お茶を飲んでいる。
   口元を隠したいだけなのだろうが、例の大鉄扇のせいで見えている部分のほうが少なくなっている。
   何というか……子供が無理矢理に大人の椅子に座っているような微笑ましいものがある。
  「五月病は何処にでもある問題だけど、少し数が多すぎるのよ」
  「現在のところ、学園退学者は9名。もうすぐ二桁の大台に乗りますね」
  「まあ、退学は情報操作出来るとしても……問題はその後に仏になりたがる輩ですわね」
   仏、という部分で四方先輩は不愉快極まりないといった表情をする。
  「その通り、まるでうちの教育や環境が悪いような印象を与えてしまうわ」
   さすがは理事長の娘、自分の親が経営する学園は正しいものだと信じている。
   先輩の意見に高野原先輩も頷いた。
  「然り、然り。しかし、魔法遣いと五月病がどう関係していますの?」
  「高野原は銀鏡梗華さんの噂を知らないの?」
  「……と、言いますと?」
  「あっしがお答えしましょう」
   聞き返す高野原先輩に七瀬が答える。
  「一年生の銀鏡さんは一人で占い研究会とかいう部活を行っております。
   ただ、学園の規則上は部員が10名以上いないと部室を貸すことは出来ない。
   そこで誰も使ってない旧校舎の図書館を使ってるという噂がございます。
   つまり、旧校舎に出没する魔法遣いとは銀鏡さんである可能性が高いということです」
  「ふむふむ」
   さすがは噂の源流。
   早口でぺらぺらとまくしたてる。
  「占いの評判はオカルト研究部のほうが成功率がいいそうで、さっぱり。
   ただ、人生相談のほうは一部の生徒にひじょうに受けがいいです。
   それに加えて、あの美貌にミステリアスな雰囲気。巷の辻占いよりは、人気がありますよ」
  「ただ、彼女のところに度々人生相談していた生徒ほど学園を辞めたがるのよ」
  「それは確立の問題なのでは? 人生相談に訪れる回数が高い。
   つまり、それは深刻な悩みでありましょう。
   自分の人生に疑問をもって学校を辞めたがる生徒は一杯おりますわよ?」
  「ん〜〜そうなんだけど、ね」
   四方先輩が言葉を濁しつつ、私を見ている。
  「月見里さんは銀鏡とは因縁がありそうですわね」
   高野原先輩の質問に頷く。
  「最初に、彼女に人生相談をした人がいます。
   私の友人です。恋についての悩みでした。
   彼女に人生相談を受けたあとで態度が急変したんです。
   まるでこの世の終わりみたいに落ち込んでました」
   告白するか、どうするか。
   それを聞きにいっただけなのに、何故彼女が生きる気力を失わないといけない?
  「私には人生相談というより、故意に人を貶めようとしているにしか思えません。
   今年度の学園退学者。私を除いた全員が銀鏡に相談を持ちかけた人物です。
   この事を高野原先輩はどう思いますか? これでも、彼女に問題はないと?」
  「……そういう事情でしたのね。頷けるものがありますわ」
  「高野原先輩?」
   高野原先輩の言うことが今ひとつ分からない。
   四方先輩も七瀬も疑問符を浮かべている。
  「やはり、こちらで手を打っておいて正解でしたわね」
  「高野原、どういう意味なの?」
  「伝えておこうと思ったのですけど、銀鏡さんを復学させるように仕向けたのは私ですわ」
  「なんですって!!」
   先輩の驚愕する声で、食堂が静寂に包まれる。
   食堂にいた生徒全員が私たちを見つめている。
  「水月さん。さっきの質問ですけど、彼女に問題はありません。
   結局のところ、学園に入学するのも退学するのも、桜の下に眠るのも本人の意思ですわ」
  「………………」
  「たとえ、学園中の人間が彼女の言葉で学園を去ったとしても、彼女を退学させることは出来ません」
   淀みなく話していく高野原先輩に四方先輩は怒りの形相を浮かべる。
  「高野原――貴方、正気なの?」
  「それを聞きたいのは私ですわよ。
   銀鏡さんの退学理由を見せてもらいましたけど、随分と無茶じゃありませんこと?」
  「………………」
   四方先輩は答えない。
   それはそうだろう。いかに生徒会長とは言え、個人の退学した理由を知っているはずがない。
  「あら、その様子ではあの日に何が起きたか知らないようですわね。
   ちなみに、私は本人から見せて貰っただけですわ」
   あの日、というのは私と銀鏡が退学になった日の事だろう。
   私は自分の退学の理由を誰にも話していない。
  「高野原先輩――貴方、銀鏡と手を組んだんですか?」
  「何か誤解があるようですわね。
   私は聖鐘学園生徒会副会長、高野原来魅。
   全ての正しい生徒と学園の味方ですわ」
   その言葉に四方先輩の堪忍袋の緒が切れる。
  「学園生徒を去らせ、死なせる生徒の何が正しいというの!?」
  「四方の者が声を荒げるなどはしたない。
   先程も言ったでしょう? 揺れる両天秤が吹いた風で倒れても風に問題はありません。
   風が悪いと責めますか? それは過保護というものですわ」
  「………………」
   四方先輩が言葉を詰まらせる。
   たしかに高野原先輩のいうことに間違いはない。
   銀鏡が巧みな話術で生徒を退学に追いやっても、それが銀鏡を退学させる理由にはなりえない。
   これが普通の世界に生きる者の限界だ。
  「もし、その生徒の言葉に強制力があったとしたら?」
  「強制力ですって?」
  「はい。彼女の言葉には絶対に従ってしまうような何かがあったら?
   もしも、そうだとしたら高野原先輩。
   貴方は人を殺す手伝いをしたことになるんですよ!?」
   私が叫んだ言葉に、高野原先輩は眉を寄せた。
  「そういわれても……困りましたわ。
   月見里さん。本気でそのようなことがあると思っているのですの?」
  「………………」
  「今の発言は聞かなかったことにしておきますわ。
   月見里さんは、思ったより夢見がちな乙女のようですわね」
   数秒前の発言を後悔する。
   私達の能力をどうこう言っても、仕方ないことは分かってたのに。
  「高野原」
  「なんですの?」
  「私の妹を侮辱するような発言はやめなさい」
   高野原先輩が真面目な四方先輩を見て、呆れた顔を浮かべる。
  「まさか、四方の者までゴシップを信じると?
   銀鏡さんはマインドコントロールでもしていたと言うつもりですの?」
  「知らないわね。私が信じているのは夢でも魔法でもないわ。
   私の傍にいた月見里水月という人間を信じてるのよ。
   この子は精神病患者でなければ、現実と虚構の区別がつかない戯け者でもない」
  「成程。では、私もお言葉を返しますわ。
   私の友人である銀鏡梗華を学園から追い払おうとした罪は重いですわよ」
  「今回ばっかりは、白黒はっきりつける必要があるわね」
  「勿論ですわ」
   二人の視線が火花を散らす。
   完全に二人の意見は分かれてしまった。
  「そろそろ、世代交代の時期かもしれませんわね」
  「言ってなさい。所詮は高野原、四方には勝てないと学園の歴史が証明してるわ」
  「歴史は変わるものですわよ」
   四方先輩の発言に瞳を細め、声も出さずに笑う。
  「今日はこれくらいで失礼しますわ。
   ああ、それと……水月さん。
   私は貴方のことを嫌っているわけではないので悪しからず。
   単に意見が正反対に立っているだけですわ」
  「はい。分かってます」
  「やはり、どこぞの会長より柔軟ですわね。
   そんな月見里さんを愛しておりますわよ?」
   私の言葉に満足したのか、軽く高笑いなどしつつ席を立って出ていく。
  「ありゃりゃ。ご飯も食べないで去っちゃたよ」
   何処か呆れたような顔で七瀬は去っていく高野原先輩を見送っている。
  「あれは、絶対に話しをつけにきたのよ。
   そにしても、高野原が手を回してたなんて……ショックだわ」
  「ん〜〜私は何となく分かりますけどねー。
   高野原先輩と銀鏡さんって、波長があいそうだし」
  「どっちも変わり者という点では同類項ね」
  「………………」
   波長が合う、か。
   高野原先輩に悪いことが起きないといいけど。
  「それに、何が愛してるよ。
   水月がしたことを全部無駄にしておいて!」
  「それはそうですけど、高野原先輩の言うことにも一理あります」
   先輩はさも不機嫌そうに私を見る。
  「あら? 貴方も悪い気はしないというところかしら?」
  「そんなにすねないでください。
   要は、高野原先輩にも納得出来る証拠をあげればいいだけです。
   そうすれば高野原先輩も復学を白紙に戻すでしょう。
   正直、あれをどうにか出来るのか不安だったんです。
   だから、退学させる方法が分かっただけ助かりました」
   だけど、私の発言を聞いて更に機嫌を悪くする。
  「だーかーらー、あれは元々退学してたんでしょうが!
   わざわざ二度手間にした高野原に礼をいうのよっ!!」
  「いるはずのない私がここにいるのも高野原先輩のおかげなんですよ?」
  「ああっ、そう。なら、勝手に高野原に感謝でもなさい」
   先輩は少しの間、ううっと唸ると立ち上がる。
  「どちらへ?」
  「帰ります!」
  「やれやれ。四方先輩は妹を取られて拗ねている、と……」
   七瀬も素早く立ち上がり、先輩の進路上にまわって写真を撮る。
   シャッターチャンスは逃さないというか……本当に隙のない女だ。
  「別に拗ねてなどいませんっ! 今回の事を御婆様に報告しに行くの!」
  「それは失礼致しました」
   先輩は七瀬の隠しカメラに気づかないまま、怒った顔を見せている。
  「私は七瀬と色々探ってみようと思います」
  「好きになさい! 夜には戻ってきます」
  「はい。お気をつけて」
   頭から湯気でも出しそうな雰囲気で先輩も食堂を出て行く。
   私はお茶を飲みつつ、それを見送った。
  「三代目は血気盛んですなあ」
   先輩がいなくなってから、七瀬は私に話しかけてきた。
  「……そうね。でも、大丈夫よ」
  「そうかなあ」
  「そうなってもらわないと安心して、ここを去れないもの」
  「……そうだねぇ」
   さて、充分に休憩はした。
   そろそろ今日のお仕事にかかるとしよう。
  「七瀬。お願いがあるんだけど?」
  「はいはい。なんでしょう?」
  「退学した生徒の情報についてお願い。
   後、朝霧さんのことを可能な限り調べて」
   自分の名前も覚えてない幽霊に色々と話しを聞かせてやるのも悪くない。
  「OK。訳ありのようだね?」
  「ええっ。色々とね」
  「じゃあ、私も出かけることにするよ。
   先輩と同じで夜には戻ってくるから〜」
   七瀬は言うだけ言うと走って出て行く。
   情報の方は彼女に任せておけば大丈夫だろう。
  「わたしは、私に出来ることをやらないとね」
   自分の力を何とかして取り戻す。
   やはり持っている手札は多いほうがいい。
  「……さて、私も自分の家に戻ってみますか」
   人もまばらになった食堂を出る。

   さあっ……行動開始だ。

   To be continued.....
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