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〜 聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜
[ B L A C K O R W H I T E ? ]
vol.05 03.09.09
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〜前回のあらすじ〜
死んだ人間と会話出来る『霊話』の能力者、月見里水月。
二ヶ月ぶりに彼女は自分の母校に帰ってくる。
浅からぬ因縁のある『死神』の異名を持つ銀鏡梗華との決着をつける為に。
帰還一日目。人里離れた学園に夜が訪れる。
水月は一人、学園外を散歩していた。
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聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜 B L A C K O R W H I T E ? 〜
第五楽章「森に幽幻。月に死神」
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「広い広い……しかも、この木々の群れ。都会じゃ味わえないものがあるわ」
これで夏の蒸せ返る空気がなかったら絶好の散歩日和だろう。
私は女子寮から離れた場所にある旧校舎を目指していた。
広大な聖鐘学園の敷地は使われてない場所も多い。
旧校舎付近はまさにそれだった。
広大な敷地に埋められた木々は旧校舎の存在を覆い隠す森と化している。
通称『魔法遣いの森』と呼ばれている場所を一人歩いていた。
短い高校生活の中でも、ここは思い出深い場所だ。
「………………」
最初はただの噂だった。
学校の怪談としてあげられる七不思議。
その七不思議はこの聖鐘学園にも存在する。
その内の一つ。『旧校舎に出没する魔法使い』の噂が全ての原点だ。
逢魔時。昼と夜が交じり合う黄昏時のことをいう。
その時刻に旧校舎の何処かにいる魔法遣いと出会えば願いを叶えてくれる。
在り来たりで信憑性のない噂である。
だが、ランニング中の部活動生徒。
もしくは私のような変わり者。まあ、そういう何人かが旧校舎で不思議な人影を目撃した。
曰く、金髪の美少年。曰く、周りに人魂を浮かべた女生徒。
日に日に旧校舎での目撃談が増えて行き、それに煽られた生徒が旧校舎に向かう悪循環を生み出した。
旧校舎はすでに使われておらず、一応は侵入禁止の場所となっている。
それが噂にせよ、事実にせよ旧校舎に入り浸る何者かを放って置くわけにはいかない。
そして、四方先輩の母親である理事長が真相の究明を生徒会に命じたわけである。
だが、これはひじょうに退屈な仕事である。
生徒の安全と平和を守る生徒会と言えど、こんな仕事を進んで引きうける者はいない。
そういうわけで今年入学した新米の私が真相解明という雑事を先輩達から押し付けられたわけである。
馬鹿馬鹿しい話しだ。
ただ旧校舎に出向いて会うだけで願いを叶えてくれる魔法遣い。
そんな者が実在するなら、世界はもっと平和でしょうよ。
引き受けた当初はそう思っていた。
だが、旧校舎にいたのは願いを叶える魔法遣いではなかった。
自分の願いを叶えるために噂の糸を張る蜘蛛だったのだ。
(この学園に残ったことを後悔させてやるわ、銀鏡)
決意を胸にして、ポケットから携帯電話を取り出す。
「………………」
霊話という特殊な力を行使できる機械。
私が魔法遣いから貰ったもの。
腐りかけていた私と、私の運命を大きく変えたものだ。
「大丈夫。これがあれば私は大丈夫」
言い聞かせるように呟いて、折り畳み式の携帯電話を開く。
それと同時に着信音が鳴り響く。
「えっ!?」
独特の着信音はこの世を去った者からの呼びかけだ。
「こんな場所で一体誰が?」
私が電話を取ろうと通信ボタンを押す。
まるでそのタイミングを見計らったように逆さになった顔が視界一杯に広がった。
「っ、きゃあああああっ!?」
悲鳴をあげて、数歩ばかりの距離を飛びすさる。
相手から距離をとって驚かせた人物の顔を見る。
見知った顔に私は再度驚いた。
「あんたはこの前の幽霊!?」
指差して言うが幽霊は宙空に浮いたまま笑い続けている。
「あっ、そうだった」
携帯電話を使わないと私の声は聞こえない。
手に持った受話器をあてると大声で怒鳴った。
「いきなりドアップで近付くなっ!!」
「ごめんごめん。驚かせちゃった?」
私の怒声にもまったく怯む事はない。
「はぁい♪ 久しぶり〜」
見えない糸で吊るされたように逆さまの状態でゆらゆらと手を振っている。
悲壮さが漂っていた以前とはまるで違う。
「その様子じゃ、すっかり適応したみたいね」
「うん。結構楽しいよ〜」
空中を自由自在に飛びまわってから、満面の笑みで答える。
「まっ、好きなだけ堪能しなさい」
自分の人生を唐突に断たれた彼女に早く成仏しろとは言えない。
「あっ、侵害だなぁ」
だが、私の台詞はお気に召さなかったようだ。
「うん?」
「私は遊んでるわけじゃないんだよ」
「………………」
なら、さっきの行動は何だと胸中で呟く。
「私を呪い殺したやつを探してるんだ」
「ああっ……成程ね」
そういえば私も呪殺した相手に用があったのを思い出す。
「で、どうなの? 成果の程は?」
「それが、全然手掛かりが掴めないんだよぅ〜〜」
幽霊は溜息をついて肩を落とす。
その情けない姿に私は溜息をついた。
「仕方ない。私も手伝ってあげましょう」
「えっ?」
「あんたが犯人を見つけてもどうにも出来ないでしょ?
だから、私が手伝ってあげる。その代わりと言っちゃ何だけど……」
「何だけど?」
「お代は身体で払ってもらいましょうか」
私の言葉に幽霊が頬を染める。
「身体と言っても既にその身体も……はっ!? まさか、脱ぐ?」
「違う違う」
この幽霊は何を考えてるんだ。
「私の調べ物に手を貸して欲しいのよ」
「なんだ、そーいうことか」
(……前と性格が違ってる)
むしろこれが本来の幽霊の性格か。
「幽霊じゃ困るわね。あなたの名前は?」
「私? 私は……あらっ? えっと、私は……」
「どうしたのよ?」
言い澱む彼女に眉を寄せる。
「あれ? 思い出せないや。死んだせい?」
さしたる感慨もなく、とんでもない事を言ってのける。
「……どうかしらね。経験がないから分からないわ」
「そっか、参ったな。
ん〜〜じゃあ、幽霊でいいんじゃない? そのうち何とか成るだばさ」
「……ああっ、そう」
底抜けに楽天家だな、この幽霊。
実際、ここで取り乱されても困るわけだが。
でも、これくらい気楽な性格でないと幽霊もやってられないのかもしれない。
「じゃあ、私の自己紹介。
苗字は月を見る里と書いて『やまなし』と読む。
名前は水月。フルネームは月見里水月よ。宜しくね、幽霊」
「うん」
「それじゃ、私は散歩を続けるわ。あんたも来る?」
「話し相手もいないから一緒についてくよ」
幽霊はコクリと頷いて、私の少し前の上空を漂う。
そして、幽霊同伴という珍しい散歩は始まった。
………………。
「ねぇ〜〜何処に行くの?」
「別段、目的なんてないわよ。散歩なんだから」
ふらりふらりと森の中を彷徨う。
私は聖鐘の空間内をうろついていたいだけだ。
「老人みたいな女だなぁ」
「うっさいわね。興味ないならどっか行きなさい」
幽霊は知らないが、私の学生生活は期間限定なのだ。
だから、一分一秒を無駄にしたくない。
色んな場所を見て回りたいだけなんだ。
「物好きだなぁ」
なんだかんだ言いつつも、幽霊は私の後をついてくる。
そして辺りを観察するようにキョロキョロと眺めてから口を開いた。
「こんな森の何がいいの?」
「別にいいってことはないけど……なんだか懐かしいのよ」
「何がぁ?」
「ん? この森が昔、住んでた場所に似てるのよ」
空には三日月。周りは人の手を離れた木々達の群れ。
こうしていると自分の故郷を思い出す。
ほんの数年前までコンビニもないような田舎で暮らしていたのが信じられない。
「ふ〜ん。水月はおのぼりさんなのかー」
「まっ、そのようなものね」
つい、苦笑してしまう。
本当に数年前までそうだったのだから仕方ない。
箱入りのお嬢様で、右も左も分からなかった自分がいたことが遠い昔に思えてしまう。
「じゃあね、じゃあね」
「はいはい。何が聞きたいのよ?」
郷愁にふける私の周りを犬のように幽霊が廻る。
「私みたいなのと話せるのは何でなの?」
「………………むっ、う」
一瞬、返答につまる。
「貴方が見えるのは天性の能力だけど。
会話の方はそうじゃない。これがないと話せないの」
私は耳にあてた受話器を指でつっつく。
「携帯電話? えっ、それって何か特別な電話なの?」
幽霊は携帯電話を食い入るように見つめている。
注目されると少し照れてしまうのだが、説明を続ける。
「電話っていうのは空間を繋ぐ道具なの。
どんなに遠くに離れていても距離を零にして話す事が出来る。
それが電話が持ってる能力なの。分かるよね?」
「う〜〜ん。そーいう考え方もあるね」
「これはその電話が持ってる能力を拡大したものだって聞いた」
「聞いた、とは?」
首を傾げる幽霊に私は笑って答える
「これは――その。貰い物、なの」
「いいなぁ、青春だなぁ〜羨ましいぃ」
「何言ってんのよ?」
私が半眼で凄むと幽霊は距離を開けつつ、いやらしい笑みを浮かべる。
「いや……哀愁に満ちた顔で貰い物とか言うから彼氏から貰ったのかと」
「……悪かったわね」
少しばかり沈黙してから答えたのが裏目に出たようだ。
「のろけられたっ!? しかも、ちょっぴり赤くなってるしっ!!」
幽霊が黄色い声をあげながら、辺り狭しと飛びまわる。
「あぁーもう、うるさい!!」
これ以上、茶化されると余計に赤くなるので携帯電話を離す。
「&%$#=@@!!」
「あはははっー残念だったわね。何言っても聞こえないわよ」
幽霊は身振りや手振りで何か表現しているが分からない。
「いいこと? 幽霊。
私には霊能力ってのがあって携帯電話はそれを増幅する道具。
この電話の事は突っ込まない事。私はこれ以上は話さないからね!」
「随分と、楽しそうじゃない?」
視界外から冷たい声と土を踏む足音が聞こえる。
(この声はっ!?)
咄嗟にそちらを振り向く。
相手の姿を確認しようとした矢先に目も開けられないほどの突風が吹きつける。
「うわぁっ!? な、なにっ!?」
暴風の中、幽霊が騒ぐ声が確かに聞こえた。
「………………」
風が収まり、目を開けると景色は一変していた。
「これは……まさか、結界!?」
私の声は僅かながら震えていた。
「結界?」
「あー、えっと……現実の世界から薄皮一枚隔てた世界を創り出す魔法よ」
逆さまの状態で疑問符を浮かべる幽霊に説明する。
辺りの景色はまるで異世界だ。
桜に似た花が光を放ちながら始終舞い散っている。
闇色の極彩色とでも言おうか――全てが明るさとは無縁の色で構成された闇の世界。
「黄泉の国は」
「………………」
見知った声。
「こんな感じだといいわね」
カツンカツンと乾いた音が近付いてくる。
硬質の床のように固まった地面を松葉杖をついた少女が歩いてる。
その少女は――ある意味、黄泉の国に相応しい格好をしていた。
右目に巻かれた包帯。折れた左手を包帯で吊るし、右手で松葉杖をついている。
陶磁器みたいに青白い顔は、既にこの世を去ったのではないかと思える程に病的だった。
「お久しぶり」
冷たい金属のように響きがあり冷え冷えとした声。
「……銀鏡!?」
包帯だらけの痛々しい姿。
名のある職人の手で作り上げた日本人形のような顔立ち。
その姿は包帯に包まれて尚、美しさを損ねていない。
それ所かこの姿は本来、彼女が内に持つ物を引き出して一際美しいものに変えていた。
感情の浮かばない顔、感情を表さない声、まるで人形が人になったような人物。
だが、どれだけ精巧な人形も生きていない。
彼女が抱いてる気配は人形がもつ『限りなく生に近い死』そのものだった。
「ねえ、水月? 知り合い?」
「ええ、そうよ」
私が答えると幽霊は首をかしげる。
「あれっ? 何で携帯使わないで会話できるの?」
「ここが死の世界に近いからよ。ここでは生きてる人間が異物。
貴方が元の世界で限られた人間にしか見えなかったのと同じこと」
幽霊の疑問に銀鏡は答えた。
「おおーそーなのかー」
「ええーそーなのよー」
人形のような少女は幽霊の声色を真似て肯定する。
「銀鏡」
「なにっ?」
「その後、御加減は如何かしら?」
「松葉杖での歩行は意外と歩きづらいわ」
怪我の原因を作った私を目の前にしても彼女の心の灯火は微動だにしない。
やはり何も変わってない。
何も求めず、何も与えない。
死を与えるだけ――ただ、終わらせるだけ。
「それよりも水月さんは知ってるかしら?」
「何を?」
「ここは関係者以外は立ち入り禁止なのよ?」
私の顔が皮肉気に歪む。
「この夏が終わるまでは、私も学生でね」
「あら、びっくり」
欠片も動じていない声。
腹立たしいが、こいつに口で勝負して勝てると思ってない。
「でも、夏までは……と、言う事は退学が取り消されたわけじゃないのね」
「ええ。この夏休みが終わるまでの限定よ。
でも、貴方をここから消すには充分な時間だわ!」
「……そう」
銀鏡の瞳が鋭く研ぎ澄まされる。
「早速、力尽くで追い出そうというわけね?」
「………………」
背中に冷汗がつたってる。
彼女から漏れ出す死の気配。
私が以前出会った時よりも圧倒的に濃くなっている。
「あんた。また、力をつけたわね。
一体、何人の女生徒を食い物にしたの?」
「……まだまだ」
問われた少女は優雅に首を振って答える。
「指の数で足りるほどの小食なのよ」
「外道が」
前と同じ手段で学園から御退出願う。
「今度こそ、貴方の心臓を射貫かせてもらうわ!」
パチンッと折り畳み式の携帯電話を開く。
これが私の戦闘体勢だというのは分かってる筈だ。
「一度、痛い目にあってみるのも悪くないと思った」
銀鏡は制服の裾に折れていない右手を引っ込める。
「だから、この前は抵抗しなかったわけだけど。
でも、もうこりごりだわ。歩きづらいし、食べづらいから」
これが彼女の構えなのだろう。
「言っとくけど、怪我人だから加減すると思うな」
「あなたにそんな繊細な神経がないのは分かってるわ」
「ちょ、ちょっと、待った!」
私と銀鏡の間に幽霊が割って入る。
「喧嘩はよくないぞー」
「幽霊は下がってなさい!」
「いやだね。あんな怪我人に一体何する気さ?」
「何をするって……」
こいつを説得する材料が思い浮かばない。
ここで叩き伏せると言ったら間違いなく幽霊は止めに入るだろう。
「なーんか、私が見た感じでは水月の方が悪い気がしてんだけどな」
「なっ、なんですって!?」
「だって、どうも彼女の怪我は水月が原因っぽいし。
怪我人に加減しないとか言ってるところが悪役っぽいよね」
絶句するとはまさにこの事。
「幽霊! あんたねえっ!!」
「図星?」
「違うっ!! あいつは危険な奴なのよ」
「危険?」
「そう。あいつは、って……銀鏡、何処に行く!?」
幽霊に説明しようとしてる私を他所に彼女がどんどんと遠ざかっていく。
「……命拾いしたわね」
「なに?」
「貴方は変わったわ。昔なら、その幽霊ごと私を消していた。
人の話に耳を傾けるようになったのね。だから、見逃してあげる」
「見逃すですって!?」
「そうよ」
異界の空間が硝子を砕くような音を立てて、崩れ落ちる。
極彩色の空間が光の粒子になって、夜の中に染み込んでいく。
「おおっーきれー」
幽霊の言うとおり。
まるで花火が咲くように美しい光景。
人の手では創り出せない夢のような光景だった。
「巫女でもないただの女相手に長々と遊んでる時間はないのよ」
「っ!!」
「理解したようね? もう、貴方の力は私には届かない。
だけど、私は。いつでも、好きなときに、貴方を刈り取れる」
「………………」
「いつまでもお姫様気分でいると早死にするわよ?」
睨み付ける私を一瞥して、銀鏡は去っていく。
私はその姿を見送るだけだ。
………………。
消灯時間が近づいた事を知らせる鐘の音が森に響き渡る。
それはまるで銀鏡の勝利を告げるゴングのように私の心に響いていた。
「……力を失ったとしても。私は退かない」
異能の力を操る彼女に対抗出来るのは私だけなんだから。
普通の人間では、抵抗も許さない。
死神の大鎌に、その命を刈り取られるのみ。
「この夏が終わるまでに、必ず貴方を追い詰めてみせる」
手に握られた携帯電話の感触。
十字架にすがりつく殉教者のように、それを抱きしめる。
「お前らの好きには絶対させないんだから」
それは私の意地だ。
それだけ呟くと自分の周りをまわっている幽霊を無視して寮へと戻る。
聖鐘に戻った一日目の夜が過ぎようとしている。
初日から、最悪の気分で眠りにつくことになりそうだ。
To be continued.....
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