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                         〜 聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜             
                          [ B L A C K  O R  W H I T E ? ]
                                     vol.03 03.08.11
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  〜前回のあらすじ〜
   死んだ人間と会話出来る『霊話』の能力者、月見里水月。
   彼女は自殺したと聞いた母校の生徒と出会う。
   しかし、彼女は自殺ではなく呪殺という特殊な方法で殺された事を知る。
   生来の性格からか、月見里水月は犯人を探し出すことを決意する。

   世間の学生もようやく夏休みに入ろうとしたある日の出来事だった。

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   聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜 B L A C K  O R  W H I T E ? 〜
   第三楽章「月に変わる愚者」
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  「ふわぁああぁぁ〜〜〜」
   口を銀のトレイで隠して、盛大に欠伸をする。
   呪殺された幽霊の呪縛を解いて、家に帰り着いたのが1時。
   それから風呂や雑事をこなして眠りについたのは2時過ぎ。
   結局、昨日の睡眠時間はたった四時間。
   少々、私の身体には睡眠分が足りないようだ。
  「あぁ〜〜暇ですねぇ、店長」
   頭がフラフラして、目は閉じたり開いたり。
   何かしてないと眠ってしまいそうなので話しかけてみる。
  「まだ昼前ですから」
   身長170cmの私より更に数cm高い女性が淡々とした口調で答えた。
   袖のない黒いワンピースに身を包んだ大人の女性。
   この喫茶店「桜の森二番館」マスター。月出霧慧(ひたち・きりえ)さんだ。
   黙々と仕事をこなす人で、客に対する愛想もない。
   また店自体も目立つ位置にあるわけでもないので、お客さんの入りも悪い。
   主なお客様は年輩の方という喫茶店が私のバイト先だった。
  「ゆっくりしてていいですよ」
  「うぃっす」
   だからと言って、テーブルに突っ伏して寝たら駄目なんだろうな。
  (あぁ〜〜暇だわっ)
   することがないと時間の流れは緩慢だ。
   何かしようにも店内の掃除や雑事もほぼ完璧に終わっている。
   残ってると言えば店外の窓拭きだが……真夏に暑苦しい格好で外に出るのは遠慮したい。   
   ちなみに、今の私は大正時代辺りに着てそうな女給さんの格好をしている。
   照明や椅子なども凝ったものが使われ、当時の雰囲気を再現している。
   この前時代的なこだわりが、他人に与える印象の薄い霧慧さんと店を客に印象付けていた。
   店内のレトロな雰囲気と前時代的な女給さん。
   この店は、まるで時代を遡ったような雰囲気を醸し出してる。
   わたしもこの雰囲気が気にいってバイトを始めたのだ。
  「……ふあぁああ」
   困ったもので、さっきから欠伸が止まらない。
   バイト中にゆっくりするのは案外難しい。
  「………………ふぅ」
  「水月さん?」
   手持ち無沙汰で困っている私に霧慧さんが話しかけてきた。
  「あっ、はいっ! 仕事ですか?」
  「いえ、暇そうだから世間話でもと思って」
  「はいはい、何話します?」
   霧慧さんはあまり多くを語らない人なのに珍しい。
  「昨日は忙しかったんですか?」
  「別にそうでもないですけど……どうして、そう思うんですか?」
  「とても眠そうだから」
   私の疑問に微苦笑を浮かべて霧慧さんは答えた。
  「あっ、申し訳ありません」
   こういう客商売は笑顔と元気が基本である。
   眠くても、辛くても顔に出してはいけないのだ。
  「いえ、怒ってるんじゃなくて。珍しいなと思ったんです」
  「えっ?」
  「水月さんが眠そうな顔をするのを初めて見た気がします」
   冷たい印象を与える霧慧さんの目が柔らかく笑みをつくる。
   私が男なら胸が高鳴るだろう。そんな綺麗な笑顔。
  「あっ……でも、お客さんの前では注意してくださいね」
  「はい、気をつけます」
   背筋を立てて返事した所で、喫茶店のドアベルが鳴った。
  「!?」
   言った傍から客が来ると思わなかったので驚く。
  「いらっしゃいませ」
   霧慧さんは驚いた私を面白そうに眺めてる。
   まるで、あらかじめ客が来ることが判っていて注意したみたいだ。
   いや、最初から判っていてやったのかも。
   なんせ霧慧さんは普段は真面目そうだが、ふと思いついたように奇怪な行動に走る人だ。
   彼女曰く、奇怪な行動ではなく単に驚かそうと思ってるらしい。
  「水月さん。休憩はおしまいです」
  「はいっ!」
   私は頷いて、お客さんがいる方向に身体を向ける。
   ここは自分に活を入れるべく、普段の三倍増しの笑顔で対応してやろう。
  「いらっしゃいませーー……って、ええっ!?」
   その人を見て、私は言葉を失った。
  「どうも、お久しぶり」
   肩の辺りで切り揃えたショートカット。
   その立ち振る舞いと強気な目線から、自分に対しての自信が窺えるほどの凛々しい女性。
  「……四方先輩!?」
   たった二ヶ月ばかりの高校生活。
   その中で、自分の大部分を占めた人。
   一匹狼の私が信頼できる数少ない人物である。
  「お知り合いですか?」
  「はい。高校の先輩です」
  「そうなんですか」
  「本日はお仕事中に失礼します」
   マスターの霧慧さんに向かって、丁寧に頭を下げる。
   完璧な頭の下げ方と言うか……まるで役者のように綺麗で優雅だ。
  「今日はお客として来させて貰ったの。いいかしら?」
  「あっ……と」
   私は別にかまわないが、店主の霧慧さんがどう言うかは分からない。
   店主次第では知り合いが店に訪ねてくるのを良しとしない人もいる。
   仕事に集中出来ないからだ。
  「水月さん。テーブルに案内してください」
   どうやら霧慧さんは気にしないようだ。
  「申し訳ありません」
  「いえいえ。水月さんの知り合いでしたら大歓迎ですよ」
   そう言ってくれるとこちらも助かる。
  「さあ、先輩。こちらにどうぞ」
   私は普段のお客さんの時より1オクターブ高い声でカウンター席に案内する。
  「ありがとう」
   先輩は真ん中の席を選んで、優雅に座った。
   相変わらず何をしても絵になる人だ。
   私も礼儀作法にはうるさいし、気も使ってる。
   だが、四方先輩は格が違う。
   言うなれば、付け焼刃と真剣の差とでもいうか。
   お嬢様となんちゃってお嬢様の差というか。
   さすがは私が通っていた聖鐘学園の次期理事長にして、生徒会長。
   家柄も身分も礼儀作法も一級品というわけだ。
  「とても雰囲気の良い店ですね」
  「ありがとうございます」
   霧慧さんが微笑みながら冷水のコップを置く。
  「水月さんのお友達が尋ねてくるのは初めてですね」
  「す、すいません」
  「謝る必要はありません。いつでも連れて来ていいんですよ?」
  「は、はい」
   そういわれても、働いてる所を友達に見られるのは何となく恥ずかしいものだ。
  「自己紹介が遅れました。
   私は四方夢叶(しほう・ゆうか)。聖鐘学園で生徒会長を務めております。
   水月には補佐をしてもらっていました」
  「これは御丁寧に。私はこの喫茶店の店主で月出霧慧と言います。聖鐘学園のOBです」
  「ええっ!?」
   霧慧さんが聖鐘学園の卒業生!?
  「初耳でしたか?」
  「初耳です!」
   そもそも霧慧さんは自分から喋る人じゃないので、もっぱらこっちが喋る役なのだ。
   霧慧さんが何処に住んでるのかとか家族構成とか、私は全然知らない。
  「そうでしたか……じゃあ、改めて。聖鐘学園の卒業生でした」
  「……御丁寧にどうも」
  「はい」
   悪びれずにしれっとした顔で答える。
   まったく謎の多い人だ。
  「期末考査の時期なんじゃないですか?」
  「昨日で期末考査は終わりましたので、後は終業式まで休みなんです」
  「夏休みの始まりということですね」
  「はい。トーストとコーヒーをお願いします」
  「畏まりました」
   丁寧に頭を下げると霧慧さんは奥にある厨房に引っ込む。
   店の飲食物は全て霧慧さんが調理・作成することになってる。
   私の仕事は注文と会計、メニューを運ぶことくらいだ。
  「水月?」
  「はい、先輩」
   つい二ヶ月前まであった光景が帰ってくる。
   先輩の横に立って、彼女の補佐をしていたあの頃。
  「元気そうで安心したわ」
  「私は何時でも元気ですよ?」
   生徒会の激務をこなす彼女の傍にずっと私はいた。
   どんなに遅くなっても、疲れていても先輩の前では平気な顔をする。
   やせ我慢ではなく本心だった。
   この人の傍にいると本当に楽しかったのだ。
  「確かに表面上は大丈夫に見えるわね」
  「表面上も何も、私は元気です」
  「………………そう?」
   先輩が首を傾げる。
   それはまるで、本当にそうかしらと訊ねてるように見えた。
   私は返事をせずに先輩を見る。
   お互い黙ったまま時間が過ぎる。
  「はい、出来ましたよー」
   沈黙はこんがりと焼けたパンのいい匂いと共に破られた。
  「コーヒーはホットでいいですか?」
  「はい。お願いします」
  「かしこまりました」
   手早く熱いコーヒーを入れて、トレイに乗せる。
   いつ見ても、霧慧さんの手際はいい。
  「水月さんもどうぞ」
  「えっ?」
   トーストとアイスコーヒーはそれぞれ二つずつ用意されてる。
  「色々と話したいことがあるでしょ? 今日は特別です」
  「いいえ。そういうわけにはいきません」
   今は仕事中だ。先輩との話しはそれが終わった後でも出来る。
  「今はお客様もいないんだから、いいの」
  「でも……」
  「この店の経営者がいいと言ってるのでは不満かしら?」
   そういわれると反論の仕様がない。
  「すいません」
   私は二人分のトーストとコーヒーを受け取る。
  「どうぞ、先輩」
   両手にトレイを持って、先輩の前にトーストとコーヒーを置く。
   私は先輩の右側の席にトレイを置いて座った。
  「すまないわね。仕事中にお邪魔してはいけないと思ったんだけど」
   開口一番に先輩は謝る。
   たった二ヶ月の付き合いだけど、先輩は私の性格が分かってらっしゃる。
   霧慧さんがいいと言ってくれたので我慢してるけど、ホントは心苦しいのだ。
   そういう私の気持ちを分かってくれてる。
  「いえ、会えて嬉しいです」
   隣の席に座って、早速トーストを千切っていく。
   心苦しさはどっかに捨てて、今を楽しもうと決める。
   私の尊敬する先輩が何の意味もなく来るとは思ってない。
   出来るだけ早く伝えたいことがあるから来たのだろう。
  「実は、ちょっと厄介なことが起きてね」
  「と、言いますと?」
   黙々とトーストを口に運ぶ私を見ながら、先輩が口を開く。
  「貴方が刺し違えた相手が学園に戻って来たの」
  「………………えっ?」
   私の時間が凍りついたように止まる。
  「なんですって?」
   私があの学園を去るかわりに、いや――私と共に学園を去った人間がいる。
   私はその人物に危害を加えたのが原因。
   そして、相手は学園の規則を踏み外したのが原因でだ。
  「退学が取り消されたんですか?」
  「判らないの。母が欧州に出張中でね」
   四方先輩の母親であり、私に忠告をくれた理事長。
   本来、理事長の許可がなければ退学を免除することは出来ない筈だ。
   私の知る限りでは、退学になった生徒を復学したことなどない。
   そんな事はあり得ない筈だった。
  「………………くっ」
   なのに、なんてことだ。
   私は学園を退学になったことを後悔してない。
   自分が正しいと思ったことを通して、納得して去ったんだ。
   あの悪魔。『死神』のカードを持つ少女を聖鐘から消せるのなら悔いはなかった。
  「……水月」
  「搦め手の得意なやつです。多分、ろくでもない方法で復学したんでしょう」
   ポケットから聖鐘学園生徒証を取り出す。
   そこに刻印されてあるのはタロットカードの『愚者』
   退学となった者に贈られるカード。
   聖鐘学園の誰もが恐れる最大の不名誉。
   だけど、私に取っては信念に殉じたことの証。
  (……私のしたことは無駄だったのか)
   刺し違えたと思ったが、相手は退学を逃れて学園に戻った。
   これでは何の意味もない。
  「まだ奴は学園にいるんですね」
  「ええ」
   誰もいなかったら、思いきり叫んでいただろう。
   こんなに悔しい思いをしたのは何年ぶりだろう。
   いや、ここまでの屈辱を感じた事はない。
  「水月。実は手がないこともないの」
  「……えっ!?」
  「死神と、もう一度やりあう覚悟はある?」
  「あります!」
   先輩の言葉に即座に頷く。
   私は負けたままでは終わらない。
   一度、敵と認識した人間は徹底的に叩きのめす。
  「貴方ならそう言うと思った。なら、これを返すわ」
   先輩は一枚のカードをテーブルに置いた。
   海の上に浮かぶ月。
   水面に反射する月は今にも消えそうで、少しだけ切ない。
   幻想的な光景が描かれた『月』の生徒証。
  「これは……」
  「正真正銘、貴方の生徒証よ。
   貴方の名前が記す通りのカード。このカードは貴方の為にある」
  「でも、私は『愚者』です」
   聖鐘学園は色々な部分で既存の高校とは違った体制を取っている。
   その変わった体制の一つに生徒証の刻印がある。
   聖鐘学園の生徒は毎年、最初の授業で6時間に及ぶ心理テストを受けさせられる。
   最新の心理学やらプロファイリングやらを導入した本格的なものだ。
   そして、テストの結果をタロットカードの絵柄にして生徒証に刻印する。
   つまり、刻印されたタロットの絵柄が差す人物像。
   それが最新の心理テストで選ばれた自分の性格ということだ。
   私は『月』の生徒証を所有していたが、退学になったことで『愚者』へと変わったのである。
  「このカードは受け取れません。すでに退学になった身ですから」
   規則とは『守らないといけないもの』だ。
   例外や特別を許す事は出来ない。
   一般常識から外れた力を行使出来る私は、他の人よりも規則を遵守してる。
   ルール違反の力がどれだけ醜く、汚いものであるかを知ってるからだ。
  「先輩だって、私の性格は分かってるはずです」
  「分かってるわ」
   相手がどれだけルール違反をしようが、こちらは外れない。
   それで私が追い詰められても、構わない。
   私は人間だから――本能の赴くままに行動するような真似は絶対にしない。
  「でもね、水月。貴方はまだ聖鐘学園の生徒なのよ?」
  「えっ?」
  「厳密に言うと、退学になっても学期終了までは生徒なの。
   そして一学期の終了は夏休みが終わるまでということになってる。
   授業を受けたりすることは出来ないけど。学園にいることは出来ます」
   先輩の言わんとすることは理解出来た。
  「まるでシンデレラですね」
   期限はこの夏が終わるまで。
   それまでに死神を倒さなければ私の魔法は解けてしまう。
  「今度こそ、必ず」
   アイツだけは……死神のカードを持つアイツだけは生かしておけない。
  「私と一緒に堕ちてもらうわ」
   私は生徒証を受け取って、裏返して見る。
   聖鐘学園高等部一年二組、月見里水月。
   裏面に刻印された文字が、かつて私が持っていたものだと実感させた。
  「水月。私は後悔してる」
  「何をですか?」
  「死神に貴方を差し向けたこと。そのせいで、私は貴方を失ってしまった」
   最初はただの噂だった。
   いつしか噂は広まって――私はそれの調査を始めた。
   そして、月と死神は出会った。
  「いいんです。先輩」
   難しい顔をしている先輩の手に、そっと手の平を重ねる。
  「水月?」
  「私は聖鐘学園と四方先輩が好きです。
   でも、それだけで死神と小競り合いをしたわけじゃない。
   あれは私の為でもあるんです。奴を、私が好きな人の視界から排除したのは」
  「それでも」
   何か言おうとした先輩の手をぎゅっと握る。
  「水月?」
  「もう、何も言わないで。パン、冷めますよ?」
   話しを打ちきるために、冷めかけたトーストをかじりだす。
   霧慧さんが焼いた自家製のパンは冷めても美味しかった。
   先輩もトーストを食べ始める。
  「あらっ、美味しい。すいません、もう一枚焼いてもらえますか?」
  「はいはい。かまいませんよ」
   離れた場所に立っていた霧慧さんに追加の注文をする。
   どうやら先輩にも気にいってもらえたようだ。
   私はそれに満足すると残ったコーヒーを飲み干して立ちあがる。
  「先輩。私は仕事に戻りますので」
  「ええ。それじゃ、またね」
   それじゃ、また。
   まさか、もう一度学園に戻れる事が出来るなんて。
  「はい。今日の夜には寮に戻ります」
   私は先輩に向かって微笑んだ。
   もう一度、私は学園に帰れる。
   これほど嬉しいことはない。
   心は踊り出したいほど浮かれていた。

   だって。もう一度、私達は争いあえる。

   私達の決着は『相討ち』では終われない。
   死神もそう思ってる筈だった。   

   こうして、私は愚者から月に変わった。
   夏休みが終わるまでという期限付きの魔法。
   なら、私のすべきことは一つ。
   
   シンデレラがお城にいくのは王子の心を射止める為と相場は決まってる。
   私は死神の心臓を射貫きに行くのだ。
      
   To be continued.....
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