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                         〜 聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜             
                          [ B L A C K  O R  W H I T E ? ]
                                     vol.02 03.08.06
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  〜前回のあらすじ〜
   超お嬢様学校『聖鐘学園』を推薦入学した月見里水月。
   しかし、彼女はたった二ヶ月で問題を起こして退学となる。
   それから更に二ヶ月が経ち、世間が夏休みに入ろうとする間際。
   クラスメイトだった早川という少女と出会う。

   七月の暑い昼下がり。
   彼女らの知らないところで、聖鐘学園の女生徒がこの世を去った。

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   聖 鐘 学 園 四 重 奏 〜 B L A C K  O R  W H I T E ? 〜
   第二楽章「廻り始めた運命の歯車」
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  「……すっかり遅くなってしまった」
   現在時刻、午前零時。
   七時間後には駅前の喫茶店でウェイトレスをしているだろう。
   私に何かが起きなければ。
   明日は我が身な人生なれど、明日は多分やって来るだろう。
   私は心臓発作を起こすほど軟弱ではないし、命を狙われるほど悪行を積んだ訳でもない。
   天災で死ぬなら――それは、まぁ仕方ない。
   結局の所、明日の保証は出来てるも同然だった。
  「つまり、明日はお仕事なのね」
   学校みたいに遅刻していくわけにもいかないのが、社会人の辛い所。
   とにかく早く帰ろう。
   いつも何かに追われてるようだと言われる私の足がさらに急ぐ。
   視界に見える駅へと駆け足で向かっていく。
  「良かった。復旧はしてるみたいだ」
   ホームから見える時刻表は正常に機能している。
   そのことにまず安心する。
  「しかも、もうすぐ電車も来る」
   腕時計で時間を確認しつつ、定期入れを機械に通す。
   こんな深夜だというのに、私はまだ家にもついていない。
   階段を軽快に駆け上がって、目的のホームへと向かう。
  「明日のことを考えれば泊まっていけば良かったかなぁ」
   駅のホームで電車を待ちながら、私はそんなことを呟いた。
   つい数十分前まで、わたしは早川さんの家におじゃましてたのだ。
   あの後、早川さんと話し込んでる内に両親が帰宅。
   そのまま夕食なんぞを御馳走になって、衛星放送の映画を観てたら、こんな時間になっていた。
   初対面同然の同級生に夕食をご馳走して貰うのは気が退けたが、早川さんの両親に何となく押しきられたのだ。
   実際、それはありがたくもあった。
   一人暮しが長い私には久しぶりの家族団欒だったからだ。
   それで帰れば良かったのだが、お気に入りの映画が衛星放送でやられると知って、つい居座ってしまったのである。
   まったく予想外の出来事の連続。だが、お蔭で退屈はしなかった。
   少し帰るのが遅くなったくらいは我慢しよう。
  「泊まっていけばいいのに……」
   去り際に早川さんは言ってくれたが、流石にそれは遠慮した。
   ここまで来れば同じようなものだが、図々しいような気がしたのだ。
   本来、私は礼儀正しく慎ましい……いや、反論があるかもしれないが、学園ではそう思われていた少女である。
   そんな胸中の呟きに異議を唱えるように、電車が警笛を鳴らしてホームに入ってくる。
  (おやっ?)
   見れば、ホームから乗り込むのは私一人。
   週末で時間も終電に近いせいか、やってきた電車の車両にも乗客はいなかった。
  「私専用とはありがたい」
   何となく嬉しくなってくる。
   わたしは乗り込んで、近くのシートに飛び込むように座りこんだ。
   そのまま足を思いきり伸ばしてみる。
   他に乗客がいると出来ない贅沢だ。
   心身共にすこぶる快適な空間と言えよう。
   朝の通勤電車もこれくらい快適ならいいのにと無茶な事を思ってみる。
  (でも、何でかな……)
   流れていく夜の景色を眺めながら、そんなことを考え出す。
   私はそんなに人付き合いはいい方ではない。
   表面上は付き合い良く、実際はしてない、というのが正しい言い方か。
   要するに外面はいいが、プライベートは一匹狼なのだ。
   普段の私なら、早川さんの家を早々に切り上げて帰っていただろう。
  「人は何の意味もなしに行動しない」
   さる知人の言葉を思い出す。
   なら、私の行動にはどんな意味があったのか。
   そんな事を自答してみたが、答えは思いつかなかった。
   第六感というやつかもしれない。
  「勘か……嫌な感じだわ」
   楽しかった筈なのに、どんどん陰鬱な気分になる。
  「……考えこむのはやめにしましょ」
   今日は少しはしゃぎすぎたかもしれない。
   そんな事を思って、瞳を閉じた。
   まだ家に着いたわけじゃない。駅からマンションまで歩いて帰るのだ。
   ここはのんびりしていたい。
   姿勢を楽にして、ただ闇の中に佇む。
  「………………」
   電車が徐々にスピードを落として、ゆっくりと止まる。
   電車のアナウンスが駅名を告げて、扉を開く。
   ……後二駅。
  「!!」
   私の身体が跳ね上がる。
   バックに入れた携帯電話がけたたましい着信音を響かせている。
   音量に驚いたのではない。着信音の内容に驚いたのだ。
   何故なら、とても特別な時な状況でないと鳴らないものだからだ。
  「……いかないと」
   私は扉を潜って、駅のホームに立った。
   まもなくして扉が閉まって、電車は走り出す。
   マンションまで後二駅。
   鳴り響く携帯電話を無視して、時刻表を見つめる。
  「助かった。まだ、最終じゃない」
   次の電車が、本日の最終電車になる。
   それを確認してから、長い間鳴り続けた携帯電話を取る。
  「もしもし?」
  「………………助けて」
   ホラー映画にでも使えそうな悲痛な声。
   ただ、ひどく聞き取りづらい。
   私は静かにホームを歩く。
   携帯電話のアンテナが最も高くなる位置を探してるのだ。
  「痛いの、苦しいの」
   アンテナの本数が一本から二本に増えると、電話は声を鮮明に拾い出してきた。
   とても悲痛な、聞くだけで背筋が寒くなる声だ。
  「………………見つけたわ」
   ホームから見える線路上に、それは居た。
   馴染みのある聖鐘学園の制服。歳は私と同じくらいだろう。
   お嬢様学校に相応しい高価な制服は血で薄汚れていた。
   腕と腹もぺしゃんこになっていて、不自然にへこんでいる。
   とても正視出来る状態じゃない。
   誰が見ても致命傷――むしろ、生きている方がおかしい。
   わたしの携帯は『こういう連中』の声を拾うように出来ていた。
  「お願い――助けて」
   口から血の泡を出しながら、少女は懇願する。
  「助けることは出来ない。貴方はもう死んでるの」
   受話器に向かって、事実を告げる。
   少女は泣き笑いのような表情を浮かべて、ホーム下から私を見上げた。
  「………………うん」
   もう分かってるのだろう。
   自分はすでにこの世の生き物でないことが。
  「それでも――誰かに、気付いて欲しかったの」
  「そう」
   私がここに来るまで、どれだけ辛い思いをしただろう。
   声は聞こえず、誰も彼女を見ることは出来ない。
   そして電車は彼女を無視して、乗客を乗せて、上を通りすぎて行った。
   何度も、何度もだ。
  「やっと見つけた。私を見ることが出来る人」
   このまま彼女を放っておけば、助けを呼ぶ声が怨嗟に変わり、いつか悪霊となってしまう。
   それはそれで構わないが、次の電車が来るまで時間があった。
   話し相手くらいにはなれる。
  「貴方が今日自殺した生徒ね?」
   肯定するようなら、話しはここで終わり。
   私は自殺者にかける情けを持ち合わせていない。
   例えそれで悪霊となったとしても、それは自業自得というものだ。
   だが、彼女は強く否定した。
  「自殺じゃない」
  「……じゃあ、何?」
  「分からない。凄い力で引っ張られて、気付いたら……こんな事に」
   私の眉がピクリと動く。
  (まさか、殺されたのか?)
  「お願い、助けて! もう嫌……痛いの! 死にたいのに死ねないの!!」
   それは悲痛な叫びだった。
   生き地獄に堕とされた者の悲鳴だった。
  「自殺じゃないのに成仏出来ない?」
   通常、自ら死んだことに気付き、成仏したいと望む霊は天上に消える。
   それが出来ないとしたら……原因は一つしかない。
  「なんて酷い事を……」
  「お願い、助けて! 私を殺して!!」
   受話器を通じて声を出すが、苦しみだした少女には届かない。
   今の彼女は死ぬほどの重傷をおっているのに死ねない状態だ。
   想像を絶するほどの痛みが彼女を襲う筈。
   傷口が痛み出したのか、とても私の話しを聞く余裕がない。
  「貴方、呪殺されたのね」
   私が携帯電話を使って死人と会話することが出来るように。
   異能の力を用いて、死んだ人間をこの世に括り付けている奴が居る。
  「待ってなさい」
   タンッ、とホームへ降りると少女の元に歩み寄る。
   そのまま少女の元を通りすぎる。
   そして邪魔にならない位置に置かれてある花束を手に取った。
   メッセージカードには『聖鐘学園高等部生徒会長。四方夢叶』と書かれてある。
   生徒から人望が厚く、お姉さまと慕われている私の先輩だ。
  「ゆうかの花束でいくか」
   苦しんでる彼女の足元に立って、花束を片手で掲げる。
  「貴方の悪夢――終わらせてあげるわ」
   受話器に一言告げると、一度ポケットに戻す。
   そして、両手で花束を持って神主が幣を扱うように花束を振る。
   音もなく、花束は散っていく。
  「祓え給え、清め給え」
   舞い落ちる花弁が少女の身体に触れると、少しずつ少女の身体が癒えていく。
  「神ながら奇し御魂、守り給え幸え給え!」
   燐光が少女の身体を覆い、血に汚れた制服が綺麗になっていく。
   花束に込めた故人への想い。それが、私の力と合わさって呪いの呪縛に打ち勝ったのだ。
  「さすがは聖なる鐘の守護天使の贈り物だわ」
   正直、携帯電話がないと霊話も出来ないレベルの私が解呪出来るか心配だったのだ。
   本当に故人を想っていた花束あってこその解呪である。
  「どう? まだ痛む?」
   自分の身体をまるで信じられない物でも見てるような顔の少女の霊に話しかける。
  「……ううん、痛まない。治ってる!? もう痛くない!!」
   少女は友人と喜びを分かち合うかのように、私に駆けよって――すり抜ける。
   少女の顔が強張った。
  「ごめんなさい。私には触れられないの」
  「………………うん」
   この子はもう死んでしまった。
   いや、殺されてしまった。
   どちらにしろ、生き返ることは出来ない。
   これで私に出来ることは終わったのだ。
  「後は貴方に任せるわ」
  「えっ?」
   駅員に見つかる前にホームに上がる。
   こんな所を見つかったら、説明のしようがない。
   それに説明しても、頭の可哀想な人扱いされてしまうだろう。
  「任せるって言われても……」
  「心から成仏したいと思ったら勝手に逝けるわよ」
   今の彼女は業界用語で言う所の浮遊霊というやつだ。
   別段、何をするわけでもなく辺りを漂っている暇人。
   学校も試験もない。死なないし、病気も何にもない。
   なってみたいような、なりたくないような微妙な存在である。
  「成仏しないと、駄目かな?」
   ふよふよと辺りを漂いながら、私についてくる。
  (やはり、そうなるよね)
   痛みも消え、意識もある。
   ならば、ただ普通の人には見えないだけで、彼女は生きているとも言える。
   そうなると、成仏したいという気持ちも薄らぐのは理解出来る。
  「だから貴方に任せるって。満足行くまで好きなことでもしなさい」
   私の言った言葉に彼女は真面目な顔で返答してきた。
  「……犯人を捜すとか出来る?」
  「……出来なくはないけど、犯人を検挙する術がないわよ」
   当たり前だがお化けや幽霊は見える人にしか見えないからだ。
   彼女は自殺した。
   社会ではそういう事になっており、それを覆す事は難しい。
   死人に口無しとはよく言ったものだ。
  「分かった」
  「ん?」
  「……ありがとう」
   最後に一度笑うと、姿が薄くなって――やがて消える。
   果たして成仏したのか、それとも犯人捜しを始めたかは知る由もない。
  「これで、野暮用はおしまい」
   なのだが、気になることが一つある。
  「ごく普通に見える女子校生を呪殺、ねぇ」
   状況が分からないだけに何とも言えないが、妙な印象を受ける。
   呪殺出来るほど術を極めた人間が、普通の女子校生を襲う理由がつかめない。
   まあ、彼女が名門の令嬢で親が酷い人物だという可能性だってあるわけだが。
  「なんにせよ、解呪したんだし――相手も動くだろ」
   自分が括りつけた死者が解放されたのを知ったら、どうするだろうか?
   少なくとも、何もしないということはあるまい。
   相手を苦しめる為に呪いをかけたのに解かれて放っておくなんてあり得ない。
   そもそも、呪殺を使える連中は色々と困った奴である場合が多いのだ。
   呪いとはある種の執念や信念みたいなもので、そういうのを折るのは難しい。
   つまり、呪いのエキスパートとは執念の塊とも言える。
   要するに、あんまりお付き合いしたくないタイプなのだ。
  「調べてみるか」
   術者が私を探し出して、何かしてくる可能性だって充分にある。
   こちらも相手が動く前に調べて――身を隠すか、処理する必要がある。
   そうする事でしか我が身を守る事は出来ないからだ。
   この世界では法は身を守ってくれない。先程の少女がそうであったように。
  「ま、理由はそれだけでもないか」
   心が苛立って、気分が悪い。
   私の中の何かが、呪いの術者を許せないと言ってる。
   そこで傍と気付いた。
  「ああっ、そういうことか」
   電車の音が響いて来る。
   それを聞きながら、私は呆けたように呟く。
   ようやく不可解だった疑問に答えを出せる。
  「私は、敵を探してるだけなんだ」
   厄介事に首を突っ込むのは、平穏に満足出来ないから。
   一度、この世界に首を突っ込んで――私は抜けられなくなった。
   常識外れで、規則がなくて、好き勝手に見えてるのに厳格な規律が存在する闇。
   私はその闇に身を委ねていたいのだ。
  「うんっ――何となく分かってきたぞ」
   どうして、デパートに向かったか?
   電車が復旧するまでの時間を潰す為。
   どうして、深夜まで居座ったのか?
   自殺した娘が霊になるのを見越して、人気がなくなるのを待っていた。
   私はまた、世界の闇を覗いて見たくなったのだ。
  「やっぱり、言われた通りだった」
   人は何の意味もなしに行動しない。
   私の普段と違った行動も、意味はあった。
   ただ――自覚してなかっただけ。

  『いつか、必ず。他の誰でもない――自分自身に、あなたは追い詰められるでしょう』

   理事長の言葉を思い出しながら、私は電車へと乗り込んだ。
   今度は専用車両じゃなく、数人の乗客がいる。
   その人達が私を見たら、きっと楽しそうに見えるに違いない。

   まったく、こういう事に楽しみを見出すなんて。
   つくづく物騒な性格になったなと一人苦笑していた。

   To be continued.....
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