DISTANCES BY THE ROADSIDE

 

 

 

 

 

 

BY:K−U『"HYPOTHESIS GROCER"仮説雑貨商』主催者兼管理人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・つまりはそういうことだ。」

 

 

 

鈍色の刻だった。

荒涼たる遠野に冷湿が満ちていた。

それは太陽を遮る厚い雲の下、そのほんの片隅に存在する情景の一つだった。

 

「全く・・・正に期待はずれといったところであろうな。」

 

一本の道路が走っていた。

本日も僅かに利用した車両が数台あっただけの道路だった。

それは積痛を目立たせた、所有者である人間に相応しい景物の一つだった。

 

「お前が相手にしたのは結果より過程を重視する生き物であったということかな。」

 

その光景の片隅だった。

それは何処かそこに相応しい、皮肉めいた響きだった。

その道路の傍らにて何処か達観、或いは傍観者の如き言葉を響かせる者がいた。

 

「故に狂人、悪鬼、とにかく賛美に類する言葉はお前の評価に無いのも当然だろう。」

 

この辺では見かけない者が発した言葉だった。

この情景には全くそぐわない、深遠の星空を織り上げたような衣服を纏っていた。

そして同時に、何処か<人の世>とそぐわないと感じさせる雰囲気を有する男性であった。

 

 

 

「それが結果だ。」

 

「彼」は言葉を続けていた。

断罪にも似た言葉を続けていた。

 

「蔑評と白眼・・・それがお前に対する報酬だ。」

 

口調こそ緩やかではあった。

だがそれ故に却って容赦も躊躇も感じ得ない言葉であった。

 

「お前を含めて誰かが何かを得たわけでも無い。そして誰も救われるものでもない。」

 

確かに事実であったかも知れない言葉だった。

だがその言葉は<事実>という物から鋭さだけを抽出したような言葉であった。

故に向けられた者の大抵は悔魂、或いは激情を高めるに充分な程の響きであった。

 

「愚者に相応しい末路とは・・・正しくこういうことをいうとは思わんかな?」

 

そしてその言葉を吐き終わると「彼」は沈黙を作った。

 

その途端、まるで嵐が去ったかのように静けさが色を取り戻した。

ただ、彼が発し続けた高圧と挑発は大抵を不安に陥れるに充分な余韻を残すまま・・・

いや、それは音楽を際だたせる空白のように却ってその強さを増すものでもあった。

 

 

 

・・・その筈だった。

 

 

 

 

 

 

「あはは、まあこんなこともあるわよ。」

 

 

 

だが、軽やかに響いたのはそんな呑気そのものの声だった。

それは路傍の小岩に座る長い黒髪の、やはりこの辺では見かけない女性の声だった。

そしてその言葉を意に介すどころか、あろう事か笑顔と共に口にした返答がそれだった。

 

「ほう、認めるというのか?」

「だぁってぇ〜、確かにそぉ思うのが自然だものぉ〜」

 

「彼女」は当然のようにそう答えた。

まるで自分の置かれた状況というものを根本的に理解していない様子だった。

故にそれは一見「彼女」自身を精神薄弱、或いは幼児のそれにも思わせる言動だった。

 

「ふむ、狂っているかとも思ったが、あれ程深い知識に裏付けされた技量を発揮した上、

そこまで自分を客観視出来るのならそうでも無さそうだな。」

 

その答に「彼」はそう言葉を続けた。

ただ、僅かばかり先程よりは何処か穏やかな陰影を感じさせながらだった。

それは何処か興味と呆れ、そして「彼女」の理知への確信が混在したような言葉だった。

 

「あらぁ〜、そぉ誉められると何だか照れるわねぇ〜」

「・・・誉めている訳ではないぞ。」

「あははー、やぁっぱりぃ〜」

 

やはり平然とした口調だった。

何処かそれは辺りに涼やかな色を付けるような楽しげな響きであった。

それは笑顔という表情そのままに「彼女」が発した言葉がもたらした響きだった。

 

「・・・一つ聞きたいのだが良いか?」

「何かしらぁ〜」

「先程の言によればお前はこの結果も予測出来た筈だ。だが何故行った?」

 

それは短い沈黙をもたらす響きだった。

その表情に相応しい、先程と変わらぬ高圧めいた言葉だった。

まるで生まれかけたその場の雰囲気を無視するが如く「彼」が放った言葉だった。

 

「そぉねぇ〜・・・質問を質問でお返ししてよろしいかしらぁ?」

「何だ?」

「報酬ってぇ〜、何のために貰うものなのかしらぁ?」

「ふむ、色々な事例はあるが一言で言えば・・・行為に対する代価と言ったところか。」

「あははー、つまり自分が納得出来れば<おぉるらいとぉ>ってことねぇ〜」

 

そんな答だった。

まるで冗談めいた、軽口そのままの口調だった。

先程から変わらぬ飄々とした、だが凛を感じさせる笑顔のまま「彼女」はそう答えた。

 

「・・・そういうことか。」

「・・・そぉいうことよぉ〜」

「・・・成る程な。」

 

何処か満足したような口調だった。

そして「彼」は相変わらずの表情を崩さないまま言葉を止めた。

そして「彼女」も相変わらずの表情を遠野に向け、やがて再び静けさが訪れた。

 

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

しばらくの時が過ぎた。

二つの沈黙の前に荒野が広がっていた。

冷気が辺りを包む中、「彼」と「彼女」はその原野を視界に収めながら佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

やがて・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・ふむ。

 

「彼」は感心した風な言葉を内心で響かせ始めた。

 

その時、柔らかな響きが辺りに更なる色彩を与えていた。

まるでベッドでむずがる幼子に母親が与える穏やかさを感じさせる響きだった。

 

それは彼女が傍らから取り出した書物からだった。

薄汚れた、というよりもはや塵と呼ぶのが相応しい程傷んでいた。

それは表紙に書かれた表題と挿し絵がかろうじて確認できる・・・一冊の絵本であった。

 

そう、それは「彼女」がゆっくりと表紙をめくりながら綴り始めた言葉だった。

やはり先程と変わらぬ、慈愛の瞳を持つ笑顔のまま、遠野の傍らに織りなす響きだった。

 

 

 

そして同時に・・・それは誰もいない原野に向かって語られていた響きでもあった。

 

 

 

・・・三日前のことだった。

 

それは「彼」がこの地に立ち寄る前のことだった。

身よりのない子供達を乗せたバスがこの道を外れ、その反対側に落ちた。

そこは愚かな人類が生み出した・・・未だ撤去の見通しも立たない地雷原の中だった。

 

誰も近づけなかった。

近隣の人々は当初から放置するつもりだった。

国家も各機関も過去に注意を促す以外の責任を取ろうとはしなかった。

故に哀れな骸は獣、虫、或いは細菌や風雪という天の所行に任せたままになるはずだった。

 

 

 

・・・だが、そうはならなかった。

たった一人、たった一人だけはそうはさせなかった。

そう、子供達どころか近隣の人々とも縁無き旅人の筈の「彼女」だけは・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

言葉が続いていた。

「彼女」が築いた簡素な数十もの墓標に向かって物語が流れていた。

 

「・・・」

 

朗読が続いていた。

「彼女」は子供達の唯一の遺留品となった<たわいない童話>を語り続けていた。

 

 

 

それはとても流暢で、そしてとても・・・暖かく柔らかな響きの言葉によって・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は狂人ではない。」

 

そんな声が発せられた。

 

「小賢しい求道者でも無知蒙昧な神仰者でもない。」

 

それは先程と同等の、或いはそれ以上の強さを持つ言葉だった。

 

「情報と知識、知識と知恵の区別すらつかぬ愚者でもない。」

 

だが、それは聴く者、或いはこの光景を目にする者に何処か違う印象を与える言葉だった。

 

「かつて見たナザレの小僧やドンレミの田舎娘とも違う・・・成る程、お前は・・・」

 

 

 

「彼」は言葉を続けようとした。

だがその先を言葉にしかけた正にその時、「彼」はふと言葉を止めた。

 

 

 

一陣の風が辺りを吹き抜けていた。

それはこの地域と季節には珍しい、暖かで涼やかな感触を有する風だった。

 

やや強い風だった。

「彼」の衣装をやや膨らませ、そして「彼女」の黒髪に曲線を与えるに足る風だった。

 

それは上空では更に強い風だった。

厚い雲の一部を切り裂き、一筋の光を地上にもたらすに充分な風だった。

 

 

 

その光は「彼」と「彼女」の前に伸びていた。

そこは正しく子供達の亡骸が眠る場所だった。

 

それはまるで・・・そう、子供達に与えられた本当の道のような・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・お前に一つ言いたいことがある。」

 

 

 

やがて、その<偶発的>な光景に表情を向けながら「彼」はそう口にした。

それはやはり不遜気な、それでいて何処か不満気の感じられない言葉だった。

 

「あははー、今度はどんなことかしらねぇ〜」

 

その声にやはり呑気そうな答が続いた。

「彼」の方へやはり変わらぬ表情を向けながらの言葉だった。

「彼」の視界に収まった風と共にページを抑える力を抜く姿での言葉だった。

 

・・・そんな姿に「彼」は改まったように言葉を口にした。

先程と変わらぬ表情、だが何処か呆れとそして満足げな色を含めつつ言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吾輩の要求は一つ・・・さっさと続きを読んでやれということだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言がその場に響いた。

そしてその言葉に笑顔が返答として向けられ、やがて再び物語が綴られていった・・・

 

 

 

 

 

 

それはどこかの荒涼たる大地の片隅でのことだった。

 

朽ち果てた薄汚い道路の片隅で起こった、ある日のたわいない光景だった。

 

そして同時に・・・これも人の世で起こった・・・確かな物語であった・・・

 

 

 

 

 

 

END

 

The next writing plan work titles: (Agreement of "KSP")"CRUEL MAD VISITOR"

 

...I am thankful that you read this short story.

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