警告
この作品には不穏当かつ残酷な表現を使用しております。
故に読まれた場合にあなたには色々な意味で不快しか残らない可能性があります。
ですからそういった感情を感じることを忌避したい方は読まれない方が賢明です。
そして勿論・・・こうして警告を行う以上、この作品をそれでも自由意志で読んだ結果、
あなたがどの様な感情を抱かれようが<一切の責任はあなたにある>ことも告げておきます。
...B.D.000011(A.D.2009?)
...If it says with a country name, this is a thing in America called with "America" before.
鳥が飛翔していた。
四角く切り取られた光景の中だった。
その中で美翼を広げた一羽の鳥が陽光を含んだ青空へと飛翔していた。
「・・・」
一人の少女だった。
肩口を過ぎる程度にそろえられた黒髪を持つ東洋人だった。
健康とはやや趣の違う白色を有する肢体を簡易な寝衣に包む12歳程の少女だった。
「・・・」
目をやっていた。
未だ残る夢の残り香に包まれたかのような表情をその光景に向けていた。
朝の色を満たした屋内にしつらえられたベッドの上で上半身を起こしながら見ていた。
「・・・」
見ていた。
存在すら殆ど知る者無き<施設>にて見ていた。
その施設の最深部に設けられた<一室>にて見ていた。
その一室の、まるで窓の如く壁に置かれた<ディスプレイ>を今日も見ていた。
そう、そこに写るまがい物の自然、まがい物の生物、まがい物の世界・・・
まるで自然光を偽る如く調整された<まがい物>が満たす部屋で今日も見ていた。
「・・・」
全てだった。
そう、そのまがい物が全てだった。
幼き時より与えられた、それが少女の世界全てそのものだった。
・・・見ていた。
室内に設置された数十ものカメラが全てを見ていた。
室内での動向は言うまでもなく、入浴や排泄行為に至るまで全てを見ていた。
それはまるで囚人に対する監視、いや実験動物に対する記録作業そのままに見ていた。
・・・この少女は一体何故こんな環境に置かれているのであろうか?
・・・この部屋と少女に対する仕打ちには何の意味があるのだろうか?
・・・いや、そもそもこの施設には一体どの様な目的があるのであろうか?
...Then, if it says in the area, this is a thing in Boston called with "Boston" before.
少女は今日も朝を迎えていた。
天空に輝く太陽が語ったのでは無い<人が作った朝>を迎えていた。
そして今日も全ての光景はいつもと変わらないままにカメラはそれを捕らえていた。
この施設に存在する多数の人間達へその映像を送るために今日も正常に機能していた。
だが・・・
見ていなかった。
誰もその映像を目にしていなかった。
それを目的としてここにいる人間の誰一人として少女の姿を見ていなかった。
カメラ以外のシステムが損傷した?・・・否。
<見ないこと>に類する新たな指示が与えられた?・・・違う。
思春期を迎えようとする年頃の少女のプライバシーに今更配慮・・・あり得ない。
それは・・・
それは・・・
それは・・・それは・・・その理由とは!!!
「うげぇぇぇぇぇ!!!!!」
血飛沫!
弾丸の如き貫手が悲鳴の主の顔面を突き破る!
「ぐぎゃぁぁぁぁ!!!!!」
剔音!
閃光の如き蹴りが血と肉片のモーメントを空に描く!
暴圧的な衝撃により破裂したかの如き腹部から臓物と断末魔を弾け出させる!
死!頭部を粉砕される者!
殺!頸部を絞り潰された者!
骸!胸部を心臓ごと剥ぎ取られた者!
屍!腹部を内蔵ごと肉片に撒き千切られた者!
殺戮!殺戮!皆殺し!
数瞬前まで清浄に保たれていた室々はどれも既に屠殺場!
病棟にも似た無菌の臭いを満たした屋内は既に血臭の調香室!
1人!
たった1人!
その悪鬼の所行を展開せりはなんとたった1人!
それはここを護る歴戦を経験した<警備員>にとっても。
自分以外の人間の生死をもはや現象としか捕らえられない<研究者>にとっても。
そして、彼等のためにあらゆる事態が想定されたはずの電子的システムにとってすらも、
それはもはや非常識、常軌を逸脱した光景、いや<存在>そのものであった!
無抵抗?断じて否!!!
抗うものは全ての技術、全ての武器を持って躊躇わず殺意を向けた。
そしてそれだけでもこの数10倍の相手に確実な死を与えられるものばかりであった。
だが、だがその結果は無惨という表現では足りな過ぎる<現実>でしかなかった!
百戦錬磨を誇った警備員らは既に血と肉片の薄汚い汚物!
公開技術を越えた全ての電子防備システムは既に役立たずのガラクタ!
そして、それらの庇護を失った残る者達はもはや塵芥にも満たない存在!
・・・何だ・・・一体こいつは何だ?
一室に籠もる研究者の誰かが内心でその疑問を呟く。
他に残る同室の者共もやはり恐怖と共にその言葉を脳裏に浮かばせる。
だが・・・彼等はすぐに答えを知ることとなった。
「るーんるんるんるーんるん♪」
そう、自身の最後の防壁たる電子の封印がなされたドアが虚しく開いたときに。
そして廊下に満ちた血臭と共に流れてきた、その楽しげな歌声を耳にしたときに。
「るーんるんるんるーんるん♪」
その薄紅色の眼鏡に飾られた愛らしいブラウンの瞳を見たときに。
軽やかなステップにより揺れる、ソバージュが掛かったセミロングの髪をを見たときに。
「みーんなそろってるーんるん♪」
そしてジーンズ地のオーバーオールに妖精と見まちごうばかりの幼い肢体を包む・・・
たかが一人の・・・そう、たかが10歳程の少女の姿を見たときに!
「みーんなみんなみんなにくこっぷーん♪きゃーはははははー!!!!!」
『仮説雑貨商』出張版第二弾
"Kasumi Sawatari Revival Project" consent novel
CRUEL MAD VISITOR
・・・忌々しい・・・
・・・今回のことは私の留守に起こったことなのよ・・・
・・・反乱を起こしたのだって元々私が選んだスタッフではないのよ・・・
・・・核でも何でも使って一気に全てを消滅させれば良いことじゃないの・・・
・・・それを救出・・・しかも寄りによってあの出来損ないだけをですって・・・
・・・忌々しい・・・
・・・何よあの試作兵器・・・
・・・あんな低脳男が作ったのに・・・
・・・たかが計画のカモフラージュ程度で良いっていうのに・・・
・・・私が作ったあの子に似ているのに・・・どうして発狂も逃亡もしないのよ・・・
・・・忌々しい・・・
・・・ふふ、本当に忌々しいお嬢さんたちね・・・
・・・ふふ・・・はは・・・あははははははははは!最高に忌々しいわねええ!
...ACT01:"THE GRAVEYARD OF THE HARM BEASTS"
「・・・誰?」
一室にそんな声が微かに流れた。
吐息と見間違うばかりの弱々しい声だった。
それはベッドで上半身を起こしたままのあの少女が本日初めて発した声だった。
「えへへーはじめましてこんにちはー!ルカ・マリスだよー!」
無邪気で溌剌とした声だった。
その少女とは対照的な程に健康な子供らしい声だった。
だが血肉の腐臭を纏いながらやって来たあの奇怪な訪問者の声でもあった。
「・・・こんにちは・・・私は沢渡・・・沢渡霞よ。」
そんな声に弱々しい笑顔と共に霞と名乗った少女はそう答えていた。
ルカと名乗った少女に対し排除はおろか嫌悪の欠片も感じさせぬ声で答えていた。
それは血飛沫や肉片の残骸を纏うルカを目前にしても動ずる様子を見せない程だった。
「やったーみつけたー!じゃー霞おねーちゃん一緒にお外に出よー!」
「えっ?」
「出るのールカと一緒にお外にでるのー!」
「・・・ごめんなさいルカさん、私はここから出ちゃ駄目って言われてるから・・・」
駄々っ子そのままの口調に幾分の困惑を感じさせるように霞はそう口にした。
ただそれはルカの言動故というよりは唯単に異なる指示を受けた故程度のそれであった。
「・・・そう・・・私は・・・」
だが、そう答えるだけだった
その表情にさほどの変貌を見せないままそう口にするだけだった。
まるでルカをただの光景と見ているかの如く霞は起伏を見せようとはしないままだった。
「ずっと前から・・・ずっとここにいたから・・・だから・・・」
霞はそう続けていた。
最初と同様のゆっくりとした口調でそう続けるだけだった。
恐怖を押さえながらでも、激情を隠しながらでもない、唯単に発するだけの声だった。
「・・・」
静寂が満ち始めていた。
その答えを最後に霞は言葉を続けず、結果、あの耳障りなルカの声も続かなかった。
「・・・」
世界を一変させたあの<大異変>から10年も満たぬ朝に一つの静寂が生まれていた。
「・・・」
その世界の片隅に位置する、詳細を語れないある施設内の一室に静寂が生まれていた。
「・・・」
まるで不可思議な少女<霞>と奇怪な少女<ルカ>の二人が育んだかの如き静寂だった。
・・・だが!
「・・・だからぁ?だからどうしたってんだよこのガキがぁぁぁ!」
一喝!
まるで生まれたばかりの静寂を殺すかの如き声が一気に部屋に満ちた!
「なんだぁ?何か文句でもあんのかぁ?ケツの始末も出来そうにないガキがうざってぇ!
こっちゃ手前をこっから連れだせって言われてんだからとっとと来やがれぇぇぇ!!!」
邪悪そのままだった。
毒づくという表現すら柔らかすぎる程の声だった。
それはどす黒い悪意をそのまま音にしたが如き口調・・・だがそれは・・・
「そー!ここで一番えらーいあの能無しババアになぁぁぁ!きゃーはははははー!!!」
そう、それは紛れもなくあのルカが発した声そのものであった!
「・・・ここで一番偉い?・・・でも私に出るなって最初に言ったのは・・・」
「能無しのーなしのーなーし!自分が作った出来損ないにもぽーんと逃げられちゃうしー
ちょーっと目を離すと自分の施設毎売り飛ばすよーな部下しか持ってないから偉ぇヤツを
こ汚ねえ股グラに挟み込むしか出来ねえぐらーいのーなし!」
侮辱そのものだった。
聞く者によっては戦慄を覚えざるを得ない言葉をルカは吐いていた。
そう、その対象者を知る者にとってはそれは決して口に出してはならない筈の言葉だった。
「・・・何を・・・言っているの?」
「えー?一緒に売り飛ばされちゃったおねーちゃんはそー思わないのー!?」
「・・・えっ?」
「だーって霞おねーちゃんの<持ち主>は今この国の一番えらーい・・・」
ルカはそう言葉を続けようとした。
非常識、いや常軌を逸した狂人の口調そのままに話そうとした。
そう、朴前としながらも疑問を向け続ける霞に対しその態度そのままに・・・しかし!
「失せろこのキチガイ!」
その言葉が響いた瞬間、ルカの言葉はそこで途切れた。
いや、言葉だけではない、その姿までもが霞の視界から消失してしまっていた。
「・・・大丈夫?霞?」
その声はルカがつい先瞬まで立っていた僅かな後方位置から聞こえてきた。
垂直に上へ伸ばした片足、その姿勢故露になった下着が包む腰部が霞の視界にあった。
「・・・ええ、何とも・・・」
「・・・じゃ、私の名前は?言ってみてくれる?」
「・・・デイジー・・・デイジー・カーラットさん・・・」
「・・・ホントに大丈夫みたいね。」
その言葉と共にその声の主は震えの欠片も見せない片足をゆっくりと地に付けた。
大きな碧瞳と肩口に広がる薄茶の髪を有する、やはり10歳程の少女がそこにいた。
霞の<世話係>であろうと思わせる<メイド服>を纏うデイジーと呼ばれた少女だった。
「・・・解ってるみたいだけどここから出ちゃ駄目だからね。」
そういうとデイジーは後ろを素早く振り向いた。
両耳の飾るピアス、そしてネックレスにあしらわれた鈴がまた軽やかな音を立てた。
「・・・ええ、解っているわ・・・」
霞はやはり変わらぬ口調のままそう答えていた。
そう、ルカの訪問から開かれたままの入り口へ戻るデイジーの姿を見ても。
ここに至るまでの広く、長い廊下にいつの間にか三桁に満ちた完全武装の兵士達を見ても。
そしてその屈強な肉体の僅かな隙間から見える10メートル程の位置の空間・・・
「・・・」
そう、動きの欠片も見せぬ肢体を廊下に寝かせたままの・・・
その頸骨が異様な方向に向き、そして片腕を引きちぎられた姿のままの・・・
そして落下の衝撃により頭部から灰桃色の脳髄を飛び出させたルカの姿を見ても!
「・・・先生・・・じゃこれお願いするわ。」
そういうとデイジーはその手に持ったものをつまらなそうに投げた。
それは噴き出す血が収まりかけた明らかに子供の、そう、ルカの片腕であった。
そして同時にサッカーのオーヴァーヘッドキックの如くルカの肉体を後ろへ蹴り飛ばし、
その僅かな際に片腕をももぎ取るという恐るべき技量をデイジーが有する証明であった。
「ふむ、組成も構造も普通の人間・・・訓練を受けただけの子供のようだよ。」
冷静そのものの口調がそれに答えた。
その片腕の断面に穏和な研究者の表情を向ける人物の言葉だった。
それが<先生>と呼ばれた、短い灰色の髪を有した50歳程度の細身の男性の声だった。
「・・・ただの人間って・・・そんなのがここまで来れるの?あんなことが出来るの?」
「ははは、そう思うのも当然かな。でも僕が前にあった女の子、そう、名前はケ・・・」
その瞬間、言葉が止まった。
「・・・」
その光景を霞は変わらぬ表情のまま視界に入れていた。
「・・・」
デイジーの表情が険しさと共にある方向へ向いていた。
先生と呼ばれた男性も紳士然とした穏和そうな表情を同じくそこへと向けていた。
「・・・」
一人の兵士がいた。
それはあの空間の中に立ったままの男性だった。
先程蹴り飛ばされたルカの死体をマニュアルどおり回収しようとした者だった。
奇妙な姿だった。
ルカの死体を引っ張るように立ち上がろうとしていた。
まるで腹部を覆う衣服に潜り込ませたように片腕の切り口を押し当てながら・・・
瞬間!
「きゃーはははははー!!!」
狂笑!
明かな屍だった筈のルカの笑い声が一気に響く!
「げっ!?」
同時!
ルカのへし折られた頸骨が軽やかな音と共に瞬間的に復元する!
まるで映像を逆回転させたが如く脳髄を含めて破損した頭部毎一気に再生する!
「なっ!なんだあ!?」
驚愕!
その光景に周囲の兵士が戦慄を叩き込まれる!
まるでマスゲームの如くルカを抱く兵士を残して全員が等距離に下がる!
直後!
「ひっ、ひっ、ひっ・・・ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴!
それはあの兵士の悲鳴!
そしてルカがもぎ取られた筈の己の片腕を引き戻すと同時に響いた旋律!
「ば、馬鹿な!?」
腕!
そこにあるのは確かに腕!
だが紛れもなくデイジーにもぎ取られた筈の腕!
そう、それはまるで最初から兵士の肉体にねじ込まれたが如く見える・・・
その兵士の<骨肉を奪って作った>としか見えない血塗れの真新しい腕!
「ば、ば、ば・・・バケモノだああああ!!!」
反射的に残りの兵士が銃口を向ける!
狭い屋内に加え仲間が密集した状態であるにも関わらず!
だが、だが禁句を犯してまで使用しようとしたそれらの火器は威力を発揮しなかった。
なぜなら・・・
それは引き抜き尽くされた腕、その手に握られていたモノ故に。
その哀れな兵士の屍がぶよぶよとした肉の塊と化したその原因故に。
そう、それは・・・血肉のみならずその骨組織全てをも奪って瞬造された・・・
一気!
「ちいっ!」
鈴の音!
少女が一気に兵士の合間を縫って駆け寄る!
それは驚くべき脚力と反射神経でルカに殺意を運ぶデイジーの姿!
だが!一閃!
その様相に駆け寄るデイジーの僅かな鼻先に狂速のモーメントが駆け抜ける!
直後!血飛沫!
そのモーメントに正しく喰われたが如く周囲の兵士全てが血肉のオブジェと果てる!
「・・・先生!これのどこが人間だってのよ!?」
「ちーゃんと人間で作ったぜぇぇぇ!きゃーはははははー!!!!!」
ルカの狂笑がその場に響いた。
血と肉のスコールを背に悦楽そのものの表情で響かせていた。
その刃渡り1メートルもの血塗れの白刃を自慢げにひらつかせながら。
その言葉に違わぬ、人骨から瞬造した狂気の刃<死剣 "Dead-Swoad">を構えながら!
「このバケモノ!」
瞬間!
デイジーが再び間合いを詰める!
そして間髪入れずに再び蹴りをルカに放つ!
「死ねこの糞ガキぃぃぃ!」
同時!
手術用メス並の切断力を有する<死剣>が空を奔る!
その凄まじき剣速が悪鬼の金切り声の如き空裂音を周囲に迸らせる・・・だが!
「なにぃ!?」
制止!
その切っ先が止められる!
何と!デイジーはその恐るべき勢いを含む<死剣>を爪先で制止させている!
「・・・えー、それずるーい!」
「うるさい!」
その言葉と同時にデイジーが拳を放つ!
あの時ルカの腕をもぎ取った拳のままに瞬発的に繰り出す!
そう、強化セラミック並の硬度を有する<死剣>をも制止させた堅厚のその爪先と同様、
指間全てから肉体に内包していた長さ30pにも及ぶ<爪>を露わにさせたその拳を!
「うぜぇぇぇ!!!」
直後!刃煌!ルカが再度<死剣>を呻らせる!
同時!尖攻!デイジーが凄まじいラッシュで<爪>を繰り出す!
瞬間!ルカが何の躊躇いも無くそれを膝で受ける!
鮮血!おびただしい血流がルカの大腿部から吹き上がる!
「くっ!」
収縮!ルカの常軌を逸した筋肉の収縮が<爪>を文字どおり掴む!
切先!動きを一瞬止められたデイジーの頭部に再度<死剣>を奔らせる!
瞬間!肩の骨が外れる音を視点にデイジーがその体躯を廻す!
同時!残る腕を振るってルカの大腿部を更に切り裂き腕を引き抜く!
放つ!更にその勢いのままルカの背中に蹴りを放つ!
砕音!その鋭い蹴りが背骨を砕く!
噴血!同時に足の<爪>が背中からルカの心臓をも貫く!
・・・だが!
「・・・」
間合いを再び取ったデイジーが凄まじい視線を向け続けていた。
切り裂いた脚部の傷は出血だけで優に致死に至るものであった。
更には背骨と心臓に与えたダメージもどれ一つ取っても即死に至るものだった。
だが、だがその視線に写るのは全く無傷!
先程の戦闘の痕跡を衣服にしか残していない、健在そのもののルカの姿!
「・・・斬っても突いても裂いても駄目ってこと・・・」
「手前がくたばるってのはアリだぜデイジーちゃーん!きゃーはははははー!!!」
視線を強める。
狂気の笑いを続けるルカに向かってデイジーはその視線を強め始める。
「・・・ふーん、そういうこと?」
その言葉と共にデイジーの視線が強くなる。
如何なる能力故か、人体より武器を製造出来る能力を有する存在を見ている。
そして不死人、いや、まるで原生動物並の再生力を持つルカをその瞳で睨むように見る。
「・・・そういうことだって・・・解ったみんな?」
強くなる。
その言葉と共に更に強くなる。
まるでその感情を形にするように碧瞳、いやその瞳孔までもが広がりを見せる。
・・・遡ること数年前のことだった。
某国の永久凍土にてある未確認生物の痕跡が発見された。
一部の臓器を除いては殆ど原形を止めていない程の状態であった。
・・・屍ではなかった。
その臓器自体は同種の生物が生きていれば移植可能な程新鮮だった。
更に後の研究によりその臓器自体も機能を完璧に保持しているのが判明した程であった。
・・・公表されなかった。
その研究結果はおろか、その生物の存在自体も未だ知るものはほとんどいない。
凍土の年代測定から進化の謎を解き明かす証拠となるは必須の大発見にも関わらずである。
見ている。
デイジーがルカを見ている。
その視力は既に臨界、空間に満ちた分子をも確認可能となった目で見ている。
発見されたのは雌の生殖器官だった。
人類用の栄養素を含む人工血液だけで再び生を保ち続けていた。
そして更なる解析の結果、現人類とも交配可能な生命体であることが判明した。
だが、第一発見者たる研究者達はその成果を公表することはなかった。
いや、それはある実験の<成果>に立ち会った者にとって不可能以外の何者でもなかった。
そう、後に研究者達に続いてやってきた救助隊が見た者・・・
それは<男性>を含む、全ての研究者達全員の無惨な屍の有様。
生命維持プラントはおろか、シャーレに至るまで舐め尽くされたが如き設備の状況。
そして未だ女に満たぬ幼い姿態を晒して救助隊を出迎えた・・・一人の・・・
見ている。
微量だが蛍や鮟鱇の如く発光能力を有する程変貌した目で見ている。
その卓越した、分子コントロールパターンをも解析可能な頭脳の主がルカを見ている!
「?!!!た、待避!待避だあぁぁぁぁ!!!!!」
それに気づいた兵士が声を上げる!
直後!
一定空間中に存在する分子に特殊な超振幅が干渉する!
その振幅は分子を瞬間的に荒れ狂わせ、驚くべき熱量を自ら生み放つ!
そう、それは確かにデイジーが向ける視線の間に起こった現象。
そして紛れもなくデイジー自身が自らの意志で行った・・・
まるで<光学兵器を放ったが如き熱源の道>が一瞬にして構築されたという現実!
「・・・」
・・・見ていた。
その様相を霞は兵士達の隙間から見ていた。
先程からの殺し合いによる血肉と炭化した肉体が発する臭いが届きながら見ていた。
「気分はどうかね沢渡くん?」
そんな様相の片隅にその声が響いた。
その声は<戦場>の最後尾、霞の視界にある最前列の背中からの言葉だった。
「・・・どういう意味でしょうか?」
その声に霞はそう答えた。
今まで数え切れない程聞いた声に答えた、その口調のままで答えていた。
「すまないね。本来ならここの扉を閉鎖すべきとは僕も思うのだが、今はコントロールを
取り戻す余裕が見ての通り無いままなんでね。」
こともなげな口調だった。
霞とは別種の、あの戦闘を目の当たりにしたとは思えないような口調だった。
そう、それは霞を守るために詰める兵士達の最後尾にいる<先生>の声だった。
「・・・私は・・・ここを出ません・・・」
「そうかい、はは、じゃ、フルートのレッスンは予定どおり始められそうだね。」
その声は先程と同様、穏和そのものの表情から出た言葉だった。
ただ、同時にその光景から微動だにしない視線のまま発した言葉でもあった。
「えー!それもなしだよデイジーちゃーん!!!」
響いていた。
甘えた口調そのままの声が響いていた。
まるでゲームで遊んでいてちょっとした相手の<ずる>に抗議するかの・・・
だが同時にその声の主を見る周囲の兵士達に驚愕を通り越した恐怖を与える声が!
「・・・なんてヤツ・・・」
そう、あの一瞬逆手に持ち替えた<死剣>で逃げ損ねた数人の兵士を貫き・・・
そして常軌を逸した腕力でまるでバーベキューの如く兵士達を己の前方にかざした・・・
正に地獄の悪鬼の如きルカの健在な姿を目にした故に!
「このバケモノ!」
デイジーが再び視線を強めようとする!
だが瞬間!ルカがその兵士らの成れの果てをデイジーに向かって一気に投擲する!
「なっ!?」
拡散!厭黒が広がる!
炭化した数人分の屍がその勢いに一気に黒をまき散らす!
汚辱!血肉の色が黒に混じる!
未だ炭化の届かぬ屍も臓腑を縄の如く宙に延ばしながら中空に血肉をまき散らす!
「くっ!」
視界が閉じる!視線がとぎれる!
その所行にデイジーが第二射を一瞬遅らせる!
「げぇっ!?」
その所行を旗から見ていた一人の兵士が更なる驚愕の表情を作る!
もはや<魔術>、いや<悪夢>と呼んでも差し支えないものに対して!
「死ねこの糞ガキぃぃぃぃぃ!!!!!」
狂叫が響く!
そして・・・そしてそして正に狂獣の咆吼の如き<射爆音>が轟く!
「NIGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」
悲鳴!
耳を劈くような叫びが一気に宙を駆ける!
瞬間的に体躯を弾かれたデイジーが虚空に血跡を引きながら激痛故の叫びをあげる!
・・・い、一体・・・一体あれは何だ?
その瞬間を目撃した兵士達の脳裏にそれらの言葉が浮かんでいた。
勿論、それが何かは豊富な実戦経験を有する以上、誰しも一言で言い表せる筈であった。
だが、人体内に発生する引火性ガスを火薬代わりにしているなど・・・
硬化させた臓腑を銃身と本体、更には血中鉄分を凝固させた弾丸など・・・
ましてや対戦車ライフル並の破壊力を有する<魔銃 "Animating-Smasher">など・・・
たとえ・・・たとえそれが目の前の現実でもそんなものを認められる者はいなかった!
「GYANYOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!!!!!!!.......!!!......!.........」
・・・その場に満ちた叫び声が途絶えた。
それは誰しもに不安と不快を与えるかの響きと沈黙を有していた。
・・・一人の少女が立っていた。
まるで瞬間移動さながらに常軌を逸した脚力でそこまで移動した少女だった。
・・・その傍らに一人の少女・・・だった者が横たわっていた。
愛らしさを振りまいた表情は既に頭部を含めて原型すらなく、更には片腕すらも無かった。
その両手にそれぞれ持っていた。
片手にはもぎ取ったばかりの片腕、そしてもう片方に・・・
引き割った頭部から引きずり出した碧眼を一つぶら下げた・・・瞬間!
その狂気を誇示するが如き少女、そうルカがその手に力を込める!
湿っぽい潰音と共に少女、そうデイジーの脳髄が周囲に飛び散る!
「ひぃぃぃっ!!!」
その凄惨さに周囲の兵士達は全て硬直する!
だがそれすら許さないが如き音をルカは続いて発し始めた。
それは咀嚼音・・・ルカが残る手に持つデイジーの片腕から発させた音。
そして噛砕音・・・ルカの歯が到達したデイジーの骨より発生させた音。
・・・・そう、喰らっていた。
紛れもなくルカはデイジーの血肉を喰らっていた。
口周りを血肉で汚しながら、まるでジャンクフードの如く確かに喰らっていた。
片腕のみならず、残る肉体から手を千切り足を砕き臓物を引きずり出し喰らっていた。
「あ、ああ・・・ああ・・・」
その場に力無く腰を落とした者がいた。
その凄惨極まりない光景に嘔吐を繰り返す者もいた。
そして戦闘服に包んだ屈強な下半身から失禁の異臭を放つ者もいた。
その光景、そしてそれに至る光景を目撃した者の半数は既に戦意を喪失していた。
上部ブロックの、表向きの戦力なれど相応の実力と装備を備えた警備員ら・・・
それらをたった一人で、しかも僅かな時間で抹殺した事実にやっと納得していた。
そして驚異的な技術で構築された警備システム群の無力化並びに研究員らの抹殺・・・
それらをも合わせて納得していた。
そう、ルカが面倒くさそうに延ばした腕の先にある、壁にあつられられたそれによって。
その、常軌を逸した速度の指で操作を開始した環境コントロール用パネルの一つによって。
そう!まるで自分たちを逃がさないようにぶ厚い隔壁を降ろした周囲の光景によって!
「う、う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
窮鼠の叫び声がルカへと殺到し始めた。
つい数刻前までは己の卓越した戦闘力に驕る者らが恐怖に駆られていた。
破格の報酬、外出時には多少の傍若無人が許されるほどの扱いが与えられた者がだった。
実際、想像だにしなかった。
任務を遂行する為でも、己の驕りを高める為でもない戦いを行わざるを得ない状況など。
そう、窮鼠とならざるを得ない状況を<猫>を殺した相手に与えらるなど!
「死にたくねえなら殺してやるぜぇぇぇ!!!きゃーはははははー!!!!!!!」
悦楽そのものの狂笑が響いた。
その時ルカの口からこぼれた、デイジーが身につけていた鈴が床に落ちた。
それはまるで迫り来る者共の命の重さを示すが如き、弱く、儚げな音を立てていた・・・
その間、正に・・・阿鼻叫喚・・・
・・・しかし無茶苦茶な話よねえ・・・
・・・確かにあの<大異変>から思いっきり落ち目になってるけどさあ・・・
・・・20代そこそこの相手の交渉で負けるようなオヤジが国家元首ってさあ・・・
・・・仮にもギブアンドテイクだった相手の施設を管理下にした割にねえ・・・
・・・後先考えずにあの組織の交渉担当者を急襲した挙げ句がこれってのはねえ・・・
・・・そりゃ、確かにそんな口車に乗る程度の人間らしいって言やそうだけどさあ・・・
・・・ま、お陰でたまたまこの国にいた私に報酬が転がり込んだから良いけどね・・・
・・・それにあの組織に対する賠償金を捻出するために増税・・・
・・・それで革命が起きてもフリーの交渉人たる私の知ったこっちゃないしね・・・
・・・ふん、<これもアリ>ってとこかしら・・・サユリ姉さんみたいだけどね・・・
...act02:"MARVELOUS STRENGTH BEAR MAN"
その時だった。
「・・・興味深い、君は非常に興味深い存在だよ。マリス君。」
メロディが流れていた。
金管楽器らしい清々たる音階が微かに部屋に満ちていた。
その演奏者に相応しい、清楚で、そして儚げな響きを聞く者に感じさせる調べだった。
「少し時間を頂けたので君の腕を再調査してみたが、結果は確かに遺伝子単位まで人間、
だが・・・遺伝子工学なんかもう幼稚な技術の一つと思えて来たってところだね。」
更なる微かな響きだった。
扉が開放された部屋から連なる廊下にかろうじて響いていた。
普段ならば行き交う人間が数名いればたちまちかき消される程の音が響いていた。
「しかし救出隊と共にカーラット君と初めて会ったときも随分興味を感じたが・・・
ふむ、まだまだ世界は発見に満ち満ちているってところかな。」
その声が響いていた。
平静にして知的な、正に研究者そのものの声だった。
それは短い灰色の髪を有した50歳程度の細身の男性の声だった。
「全く、こんな状況と立場じゃ無かったら研究者として是非君を解析したいものだよ。」
柔和な表情をしていた。
年輩の人格者そのままの誠実さ感じさせる表情をしていた。
それは対面してすぐに、誰しもに信頼を感じさせる正にその表情だった。
「本当に残念極まりない限りさ。」
そんな表情だった。
確かに誰が見てもそんな表情だった。
部屋を閉鎖した隔壁のコントロールを取り戻して廊下に出たときも変わらぬ表情だった。
「手前・・・」
そう、変わらなかった。
その<先生>と呼ばれた人物の表情には欠片の変貌も無かった。
奇怪なオブジェ同然に変貌させた、デイジーが渡したルカの片腕に向ける表情には。
旧世紀の屠殺場にさえまだ清廉を感じられるが如き廊下部分の光景に向ける表情には。
そう、ルカの急襲を喰らって尚変わらぬ、<電子の光>を内包した瞳を持つ表情には!
「・・・手前・・・何処の能なしにそのふざけたコマンドを打ち込まれたぁぁぁ!!!」
その声が<先生>の後方から響いた。
憎悪と凶荒、そして狂気の重圧を誰しもに感じさせる声だった。
だがそれはこの瞬間から目撃した者には信じがたい、一人の華奢な少女が発した声だった。
「・・・コマンド?はは、僕はロボットじゃないよ。」
相変わらずの口調で語りかけていた。
戯けたような仕草で自分の頭部を指さしながら語っていた。
華奢な両太股から噴き出した大量の血が衣服に新たな染みを作る少女に語っていた。
水平に伸ばしたままの腕、その先にあるはずの手首を失った少女、ルカに語っていた。
「だから今のは僕が自分の意志で行ったことさ・・・
弾頭には炸裂弾ではなく貫通弾を用いるべきだったと反省出来る程度にね。」
「・・・それじゃ能なしはおじさんだねー!きゃーはははははー!!!」
その言葉と共に衣服の染みが止まる!
炸裂弾により四散した手首がやはり瞬間的に再生を見せる!
そしてやはりダメージの欠片も感じさせない体躯を再び<先生>へと向け始める!
・・・
その光景を霞は視界に入れていた。
再び隔壁が解放されてからずっと見ていた。
ベッドで半身を起こしながら、本日の練習課題を予定通りフルートで奏でながら見ていた。
「・・・」
ただ、意味は解らなかった。
この施設で一番身近な存在だった一人である<先生>がこちらに向けた・・・
その<機械の腕>から伸びた銃口が寸分違わず自分に何かを射出した光景の意味など。
「・・・」
そしてあのルカと自ら名乗った正体不明の奇怪極まりない少女・・・
それが肉体の限界を超えた速度でその場に移動し、更にそれを素手で掴んだ意味など。
そう、意図的にそれを感じさせない環境に置かれていた霞には理解のしようも無かった。
「死ねぇぇぇ!!!」
二閃!
左右双腕で構えた<死剣>が閃光さながらに空を切る!
だが次の瞬間、僅かな衣服の切れ端と共に虚しい骨片となり果てる!
「この糞がぁぁぁ!!!」
連撃!
大口径散弾銃さながらの形態と能力を有する<魔銃>が空間に吠える!
だが、常人なら肉片になり果てている筈のその破壊力も周囲に虚しい破片を散らすのみ!
「ふむ、元々不滅近似値の肉体に加え、血肉で武器を造り、更には疲弊した細胞を相手の
未だ健康な細胞を瞬時に入れ替えて原動力にする・・・兵器としては強力な上に維持費が
ゼロということだけでもマリス君はかなり理想的な存在だね。」
焼音!
肉の焼ける臭いが瞬間的に立ち上る!
それは<先生>が放った拳の軌跡から上った臭い!
そう、それはルカの頬をかすり、そして再生の兆候を見せない傷から生まれた臭い!
「その上かなり高度なレベルの頭脳と技術力を有するのだから・・・なるほど、勤勉だが
凡百としか言い様の無かったここの彼らみたいな人達を雇う経費も随分節約出来るね。」
硬音!
神経にさわるような高音が一瞬響く!
それは<先生>がルカの手を握り潰した際に響かせた音!
その潰された形のまま、壊死色の肉片を含めて急速冷凍された際に響いた音!
「ただ、君の一番の不幸は<博士>によって生み出された存在ではないってことだね。
そう、さっき君が言っていた<博士>の<作品>、僕も昔見せて貰ったことがあるんだ。
だからもし君がそうなら<博士>は絶対自慢げにしてたと思うからね。」
砕音!
その手をルカは自ら壁に叩き付け、自身の手首毎砕く!
そして再び欠損部分の再生を開始せんとする・・・だが!
「・・・そういう点では沢渡君と君は似ているのかも知れないね。」
撃音!
撃音!撃音!撃音!
それは<先生>の伸ばした腕から再び放たれた響き!
そして再生し始めた手首はおろかその腕の付け根から肩口までを瞬時に吹き飛ばした力!
「多分<博士>なら沢渡君のみならず君も相当疎ましい存在と感じていた筈だからね、
まあ、本来なら相応の特殊部隊を送り込んでこの施設を武力で制圧した後に核でも使って
全てを葬り去るってのが常套手段なんだけど、そうすると後々面倒な事態になるからね。
はは、僕らもまさか一人でここまで出来る存在がいたというのは想外だったけど・・・」
叩音!
その余りの連射の衝撃がルカを体躯毎壁に瞬間的に叩き付ける!
そして血肉のシュールな文様を壁一面に描いたまま床に転がるように落ちる!
「結局は実行不可能な命令、というより<博士>の嫉妬心を合法的に解消させるための
言い訳を与えるためだけに君は派遣されたってことさ・・・まあ、君も知っているとおり、
そもそもそんな性格だから僕らが愛想を尽かしたってのが原因なんだけどね。」
<先生>はそう言葉を続けていた。
些かの揺らぎも感じさせない口調でそう続けていた。
ここに至るまでの全ての遭遇者に死を与えた少女を相手にしながらそう続けていた。
やがて・・・
「・・・そ・・・れで・・・か・・・」
<ぼそり>とした口調が響いた。
未だ声帯部分の再生途上なのかかなり濁った声だった。
それは言うまでもない、床に死体そのままに転がるルカが発した声だった。
「・・・一言で言えば君がやろうとした<救出方法>のせいだよ。」
片腕はちぎれ飛んだままだった。
両足も原型を保つだけの肉塊のままだった。
凝視すれば確かに兆候はあるが、先程とは比較にならない程あの再生力が落ちた故だった。
「ま、僕もこの身体にされる前の知識以外の記憶部分を人為的に切除されている身だが
それでも人の喜怒哀楽がもたらすことについては感覚的に理解出来るんでね・・・」
「・・・手前・・・の発案・・・で・・・か・・・」
「いや、元々は<博士>の方針さ・・・それだけは僕も全面的に賛成してるけどね。」
「・・・手・・・め・・・」
その言葉と共に静寂が訪れた。
幾ばくかの痙攣を見せながらルカはそのまま目を閉じていた。
そしてその沈黙のままに再生を制止させた体躯をそのまま横たわらせていた。
やがて・・・
「・・・」
メロディが再び聞こえ始めた。
その死の静寂故に聞く者に再び音色が感じられるようになった。
再び霞のその運命に相応しい儚げな音色が微かに色を見せ始めた。
続けていた。
その一方的な戦闘を目前にしても霞は続けていた。
異常な環境で育てられ、理不尽な理由で命を玩ばれた少女が続けていた。
そう、続けていた。
普段の機械的なものとは違うその音色のままに続けていた。
何処か<人間が奏でている>ことを微かに感じさせる音色を続けていた。
それしか出来無いように続けていた。
そしてやっと自分の奥底にあるものを表現し始めたように続けていた。
それは何処か・・・葬送曲にも似た響きを聞く者によっては感じさせる・・・
「・・・沢渡君は・・・沢渡君のままでいれば良かったんだよ・・・」
諭すような口調が静かに響いた。
それは変わらぬ表情のまま発した<先生>の言葉だった。
そして柔和な表情のまま霞に向かって再び機械の片腕を向け始めた・・・その時!
「・・・ふざけるなこの能無しがぁぁぁぁぁ!!!!!」
瞬間!
その音色をかき消さんが如きルカの狂叫が再び響く!
そして残る腕を奮い、その拳を一気に床に叩き付ける!
「む!?」
跳躍!
何とルカはその腕力だけで自身の体躯を<先生>に向かって跳躍させる!
直後!
振り向いた<先生>が再び腕を中空のルカへ向ける!
射出!
霞に向けられるべき弾丸がルカの体躯を直撃する!
殴音!
凄まじい勢いで振るわれた金属の腕が更にダメージを与える!
そして当然のように血肉を振りまきながらボロキレ同然となったルカが再び弾かれる!
「大した生命力だね・・・だが同じことの繰り返しではね。」
撃音!
その言葉と共にもはや一種の音同然の連射で<先生>がそこへ弾丸を放つ!
肉片が飛び散る!凝固した血液が熱量故に生臭い霧となって立ちこめる!
それはルカが行った無謀極まりない一連の行為に対する回答!
多分更なる死肉を得るために己の肉体を屍の残る地点へ向かわせるという<悪あがき>を
ルカもろとも焼き尽くそうとする、ルカに対しての当たり前の対応・・・だが!
「・・・!?」
止まった。
その猛攻がいきなり止まった。
まるで時そのものが凍り付いたか如く<先生>はその身動を制止させていた。
「・・・な、なんだ!?」
異変!
機械の眼が奇怪な色彩から正常な像を結ばなくなる!
機械の耳が単純なノイズからもはや狂乱の信号しか感じさせなくなる!
そして機械の体躯に備えられた残る全てのセンサーも正常に動作をしなくなる!
「・・・で、電磁気異常か・・・し、しかしこのレベルは既に外界以上・・・」
床に備えられた装置が煙を吐き出す!
壁に埋め込まれていたシステムが一気に火花を散らす!
そして兵士達が所有していた通信機を含む電子装置が血肉を散らしながら破裂する!
「し、しかも僕の身体にすら影響を与える・・・こ、こんな出力を有する装置が・・・」
<先生>はこの異常事態を自身で分析しようとした。
内蔵された安全装置が機能を停止させた体躯で唯一動かせた思考を巡らせていた。
この状況で再び隔壁が降り尽くしたことも含めてこの異常事態の原因を考えていた。
その・・・もしも生身の肉体であったなら瞬時に判明したであろうことを!
・・・立っていた。
硬直した<先生>の前方数十メートル先に立っていた。
その焼けこげた花びらの如き肉片の降る中に一人の少女が立っていた。
粉血の霧を纏う、何処か非現実な世界の住人たる妖精めいた印象を与える姿で立っていた。
「・・・」
何かを抱えて立っていた。
微動だにしない姿のまま立っていた。
全長7m近い、何かの柱のようなものを腰溜めに抱えた姿のまま立っていた。
「・・・」
笑顔だった。
その上質な眼鏡に飾られた愛らしい表情を飾る・・・
だが、だがそれはその瞳、いや眼球自体が金色に変貌した狂顔の笑み!
そう、それが・・・それこそが直視出来ても信じがたい、だが紛れもない<原因>だった!
「消し飛べこのガラクタがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
瞬間!
ルカが凄まじい狂叫を上げる!
同時!
突如生まれた暴圧的な何かが死色の帳を消し飛ばす!
臨界まで達した異常電磁気が周囲の電子機器を火花と共に完全崩壊させる!
そして・・・そしてあの柱から凄まじい勢いと共に血色の光塊が弾き生まれる!!!
「!?」
走る!
走る走る走る!
屍を蹴散らしながら走る!
床や壁をその内包する力の余波で変質させながら走る!
まるでこの空間自体を一気に貫かんが如き勢いでその光塊が空を走る!
「!?!?!?」
そして向かう!
向かう向かう向かう!
それでも変わらぬあの表情の持ち主に向かって走る!
その光塊が未だ動くことすら出来ぬ<先生>の体躯へ一直線に軌跡を描く!
「!?!?!?...!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
衝撃!
信じがたい衝撃が一瞬にして<先生>の意識を覆い尽くす!
自身が有する、いや個人携行火器ではあり得ない程の破壊力が瞬間的に訪れる!
・・・来る・・・
・・・やつらが来る・・・
・・・早く・・・僕はいいから早く・・・
・・・そう・・・僕だけなら・・・奴らは・・・
・・・だから・・・だから君は・・・霞と一緒に・・・
・・・そうさ祥子・・・離れていても・・・僕達は・・・家族・・・
そして・・・
<先生>と呼ばれた<誰かだった者>が四散していた。
身体はおろか脳髄の一部まで手を加えられた者の残骸が飛散していた。
その体躯全てが微かに甦った追憶の欠片と共に廊下中に飛び散っていた。
まるで光となったが如く、無数の破片が様々な煌めきとなって廊下に散っていた。
「・・・」
その様相をルカは無言のまま見ていた。
余波により半身以上が消失、その再生途上の表情を向けながら見ていた。
それは何処か・・・空腹を満たした魔獣の如き満足げな笑顔に見える表情だった。
・・・それが原因だった。
既に衝撃と共に破裂したあの柱の生み出した結果だった。
あの<魔銃>を凌ぐ程に体内の鉄分を凝縮させた結果だった。
そして人体内に発生する<生命磁気>を限界まで増幅させた結果だった。
そう、それは死肉よりルカが瞬造した<レールガン>・・・
正に狂気の殲滅凶器<屍砲 "Corpse-Cannon">がもたらした・・・惨哀なる現実・・・
・・・それは唯の光景・・・
・・・見知った光景が壊れていったことも・・・見知った人達が壊されていったこと・・・
・・・デイジーさんが壊されたことも・・・先生が帰って来なかったことも・・・
・・・それはそれだけの光景・・・私にはそれだけしか無い筈の光景・・・
・・・でも・・・
・・・私の目に映っていったその光景を振り返る度・・・
・・・繰り返された実験の度に受けた刺激とは違う・・・
・・・でも繰り返されたくないと感じるこの感覚はなんなんだろう・・・
・・・だれなんだろう・・・
・・・あの眼鏡をかけた女の子は誰なんだろう・・・
・・・知っていることを繰り返したくない感覚に変えたその女の子・・・
・・・今まで見知った誰とも違う、でもとても近さを感じるのは何故だろう・・・
・・・どうしてなんだろう・・・
・・・初めて会った女の子の言ったことなのに・・・
・・・言うとおりここを出るべきでそしてここに残って消えるべき・・・
・・・そんな相反することをどうして・・・私は・・・考えているのだろう・・・
...ACT03"APHRDDITE"
「・・・本当に・・・本当に<博士>がそう言ったの・・・」
そんな声が室内に響いていた。
あれから更に幾ばくかの時が過ぎたころのことだった。
それは以前から発せられていたであろう、この部屋のただ一人の住人そのままの声だった。
「ほんとだよー、ルカうそなんかついてないよー!」
明る気な口調がやはりそれに続いた。
無邪気そのものとしか言えない、正しく子供らしい天真爛漫さに満ちた声だった。
ただ、それはつい先程まで信じがたい殺戮を繰り返した後でもなお変わらぬ声であった。
「・・・研究員の人達も・・・みんないなくなったの・・・」
「うん!ルカがみーんな殺したよー!」
言葉が続いていた。
二人の少女が続けていた。
「・・・警備のお仕事してた人達も・・・みんないなくなったの・・・」
「うん!ルカがみーんな殺したよー!」
ここの<住人>と呼ぶべき少女が続けていた。
もはや乱入と呼ぶに相応しい凶行を繰り広げた少女が続けていた。
「・・・私がここを出るのを止める為にいたデイジーさんも・・・」
「うん!でもあんまり美味しくなかったよー!」
何かを確信したいがの如く言葉を続けていた。
確信を得るには余りにも呆気ない言葉が続いていた。
「・・・私にここから出ないように<博士>より言っていた<先生>も・・・」
「うん!ただの鉄クズになって廊下にちらばってるよー!」
そんな風に言葉が続いていた。
訪問者たる少女が現れた時とよく似た淡々さで続いていた。
だが・・・
「・・・そうなの・・・それじゃ本当にいなくなったのね・・・」
「いなくなったよー!」
「私に出るなって言った人は・・・もう誰もいなくなったのね・・・」
「きゃーはははははー!たぶんねー!」
何かが欠落していた。
それを<会話>と呼ぶには何処か欠落を感じさせる言葉だった。
「・・・」
それが数百に昇る命が失われた果ての光景だった故かも知れない。
その現実を踏まえてなお、この少女達はそれを歯牙にかける様子も無い故かも知れない。
だが、もしもこの場を目撃する者ならそれだけではないことは余りにも明白なことだった。
「そうなの・・・」
「そーだよー!」
「それじゃ私がここでしなくちゃならないことって・・・あれだけなのね?」
「そーそーそーだよーきゃーはははははー!!!」
その狂笑と共にルカはその方向へ表情を向けた。
傍らに立つその少女が見慣れた表情を何気なく向けた方向だった。
そう、狂気と残虐、更には何故か好色さすらも感じさせるが如き表情を向けていた。
「・・・」
変わらぬ部屋の模様だった。
ルカが訪れた時と何も変わらぬ部屋の中央部分だった。
そこは部屋の調度に併せたような上質なベッドが変わらず一台置かれた場所だった。
「・・・」
向けていた。
沈黙のままその表情を向けていた。
見慣れた弱白に不可思議さを加えたあの表情を向けたままだった。
「・・・」
そう、向けていた。
ベッドの傍らにフルートを置きながらだった。
その上にてまるで肢体を隠すように首から下をシーツに覆ったまま向けていた。
「・・・」
向けていた。
変わらぬ表情をその二人の少女に向けていた。
この部屋の丁度と変わらぬ程に変化の乏しい表情を向けながら確かにそこにいた。
そう、先程と変わらぬ様相のまま・・・紛れもない沢渡霞<本人>が確かにそこにいた!
「私はあなた、あなたは私。」
その表情に向かってその声が響いた。
ルカが<先生>を屠ってから半時間後にここを訪れた少女だった。
霞と寸分違わぬ造作を持つ、だが遙かに生気に満ちた表情を有する少女だった。
「私はあなたの遺伝情報を元に生み出されたあなたの一人よ。」
「・・・私の・・・一人?」
「そう、あなたが事故等により身体を損傷させた際のスペアパーツとして使われたり、
それからあなたがそのひ弱な肉体の限界以上の実験を受ける必要が出た時用の身代わり、
そしてそんな不完全な肉体じゃない、完全な肉体のあなたを構成する為の部品とかね。」
淡々とした口調だった。
その驚くべき事実を語るにしては余りにも平然たる口調だった。
ただ、それは外見以外に<沢渡霞という存在>である証明の一つと言えなくも無かった。
「だから私はもう一人のあなた、そしてこれからはただ一人のあなた。」
語っていた。
変わらぬ表情のまま語っていた。
この部屋に訪れた時と同様に、当たり前のようにそう語っていた。
「・・・ただ1人の・・・私・・・」
「あなたは撤回されないままの指示に固執することによる平穏を得続けることを望みつつ、
でも同時に新たな指示に従ってここを出ることを考えているわ。」
言葉を続けていた。
ある目的の為に生まれながら<完全に果たせない身体の少女>に向かって続けていた。
それを果たすためだけに無数の献体を費やした果てに<造られた少女>が続けていた。
「・・・そんな・・・私は・・・私がそんなことを・・・」
「解るわ。さっき私が目覚めるまでリンクしていた、そう、あなたの全身に埋め込まれた
計測装置から送られたメンタルデータが私にそれを確信させてくれたもの。」
「・・・あなたは・・・あなたが本当に私なら・・・どうして・・・」
「私はその為に生まれたからよ・・・たった1人のあなたになるために。」
同じ口調だった。
<沢渡霞>という存在を知る者にとってはそれはやはり同質だった。
それはどちらかがどちらかの口から出ても不自然さを感じさせないような言葉だった。
「そして・・・そう、あなたが抱いた矛盾を解消するためにもね・・・」
そう、それは現時点で外見以外に共通点の証明が出来無い・・・
だがやはりどちらも<沢渡霞>と呼ぶべきであろうと感じさせる現象そのものであった。
「ねえルカさん、ルカさんならどう思うのかしら?」
「なんのことー?」
楽しげな口調がそれに答えた。
この常軌を逸した現況を面白がるが如き口調だった。
「相反する思考を解決する為には片方が消え、片方が残るべきと私は思うけど。」
「うん!ルカもそー思うよー!」
「そして残るべきはどちらか一方なら、残りたいって意志が強い方だとも思うわ。」
「えへへー、ルカはおねーちゃん一人だけって言われてるからどっちでもいいよー!」
ルカは霞に一瞥を加えながらそう口にした。
その口調とは裏腹に常人なら絶えきれない程の冷度を感じさせるような一瞥でだった。
それはこの場を目にする者にルカが<誰を選択したのか>あからさまに示す仕草だった。
「・・・それじゃルカさん、後はお願い出来るかしら?」
「えー?おねーちゃんは見てるだけなのー!?」
「だってそうしないとルカさんのお仕事にならないんじゃないのかしら?」
「・・・」
その言葉にルカは返答を行わなかった。
ただ、ゆっくりと霞のいるベッドの方へ振り向いただけだった。
そう、悪鬼さながらの表情のまま、まるで空間を浸食するが如く歩み始めただけだった。
「・・・」
その様子を霞は無言のまま見ているだけだった。
殺意と狂気の権化だる少女がゆっくりと近づく様子を黙って見ているだけだった。
その姿はまるで目にする者に霞自身が別次元の存在ではないかと思えるほどであった。
「・・・」
やがてルカは霞のすぐ正面にて制止した。
二人の少女は無言のまま至近距離で見つめ合っていた。
「・・・」
相変わらずの乏しい表情だった。
だが何が行われるべきかを理解している表情を霞はルカに向けていた。
「・・・」
邪悪な笑みを向けていた。
そんな霞に答えるようにルカは右手をその表情へ真っ直ぐに向けた。
そう、それは見かけの華奢さとは裏腹な殺傷力を有する貫手・・・だが!
「!?」
閃光!その体躯から瞬間的に光が発せられる!
直後!正に破裂!
変わらぬ霞の表情の目前でルカの体躯が瞬間的に血と肉片へと変貌する!
「・・・な・・・何?」
驚愕。
それは微かながら確かに片方の少女が造った表情!
そして霞を知る者はただの一度も目にしたことの無い表情!
「・・・ち、違う・・・私の使える<力>と違う。」
聞かせるでも無い言葉を少女は呟いた。
それは自我に目覚めてから恐らく初めての・・・狼狽そのものだった。
そしてそれもやはり<沢渡霞>という存在には全く似つかわしくない仕草であった。
「・・・あなたが目覚めた時に・・・これはもう役目を終わっていたわ・・・」
その言葉が部屋に流れた。
それはやはり変わらぬ表情でベッドの上から口にされた言葉だった。
そして伸ばした手から微細な金属片を床にこともなげに散らしながらの言葉だった。
「まさか自分で・・・自分で摘出したというの・・・」
それは、それが何かすぐに気付いたが故の言葉だった。
「・・・」
それは幾分の体液を付着させた無数とも言える<絆>・・・
そう、先程自身の口から語った、霞自身に埋め込まれていた無数の計測装置だった。
だが、それは一つの摘出ですら最高度の外科手術を用いても数時間は要する筈の・・・
「・・・あなたが目覚めてからは私はただ一人の私・・・だから・・・」
「その短時間にあなたも目覚めたというの?私とは違う<力>を得たというの?」
「・・・」
その言葉に霞は無言で答えるだけだった。
やはり変わらぬ表情のままベッドの脇に降りて立つだけだった。
身体を覆ったシーツが床に落ちると共に見せた<傷一つ無い>裸身を晒しながら・・・
「・・・私はあなた以外・・・他の<私>を全て消滅させたわ・・・」
その裸身に声が続いた。
それはやはり<霞>らしい、淡々とした口調の声に戻っていた。
「巨大なシリンダーにゆらゆらと漂うだけの意志のない<私>・・・
手足が切除されたり解剖標本みたいに臓器が露出していた肉塊同然の<私>・・・
実験の果てに奇形化したり体の大部分を機械に置き換えてた<私>・・・だから・・・」
同質の二人の少女が対峙していた。
その健康さ以外に外観にも区別の付かない二人であった。
ただ一方が相手をそれでも受け入れるがの如く平静なる表情を向け続けているのに対し、
もう一方は敵意と警戒心、そして恐怖心らしきものを表情の下から明確に滲ませていた。
「・・・沢渡霞は・・・私だけでいい・・・」
その言葉と共にその少女は視線を強めた。
"ANOTHER-KASUMI-OMEGA"と呼ぶべきその少女が自身の命運を選択した。
そう、それは他者を滅すことで自身の存在を良しとした少女が再び<当然の行為>・・・
知る者は既に消失した<何か>を始めようとした正にその直前・・・だが!
・・・
・・・それは余りにも一瞬のことだった。
目前の<もう一人の自分>に意識の全てを集中した瞬間のことだった。
「・・・?」
右肩にいきなり加重を感じた。
反射的に僅かに向けた視界に血塗れの右手があった。
そしてその手から続く上空に伸びた腕が写っていた。
「・・・??」
視界はその続きを追っていた。
その腕の主を瞬間的に捉えるために視界を続けた。
「・・・???」
血塗れの笑みがあった。
「・・・????」
自分の肩を視点にして片手倒立を行う存在の姿があった。
「・・・????・・・!!!」
その存在は残った手をその口へと突っ込んでいた。
「・・・!!!・・・!!!!!」
そして何の躊躇も無く、自身の顎を引き裂いた姿となった直後・・・
「・・・!!!・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
暗闇だけだった。
視界の全てがなま暖かい暗闇がその命運全てを覆い尽くした。
「・・・」
それだけだった。
たったそれだけで終わった。
その瞬間を最後に驚異的な能力を発すること無く少女の命運は終わりを告げた。
「・・・」
見ていたままに終わった。
その表情を保ちながら見ていた光景のままに終わった。
既に屍となった兵士らが残した炸薬を利用した光景のままに終わった。
それを自身の体内に仕込むことによって演出された<死>のままに終わった。
少女の意識外の存在となったルカがその一瞬の隙を突いて再生の後に行った・・・
まるで蛇の如く己の口部を広げ、少女の頭部を呑み千切るという行為のままに終わった。
そう、頭蓋骨を噛み砕く凄まじい音を加えて響かせる咀嚼音を聞きながら確かに見ていた。
・・・最後の・・・たった1人の沢渡霞は・・・
やがて・・・
「・・・うっ・・・」
小さな苦悶が室内に響いた。
ベッドの傍らに崩れるように倒れた霞が漏らした声だった。
「おねーちゃんじょーずだったよーきゃーはははははー!!!」
狂気の笑みが霞を見ていた。
そんな霞に対する気遣いの欠片も混じらない邪悪そのものの表情だった。
それは傷一つ無い身体を踊らすように動かしながら向けるルカの表情だった。
「ルカとおねーちゃんがおしばいしてるってすこーし考えればわかったのにねー!」
「はあっ・・・はぁっ・・・」
「おねーちゃんからそーちを取り出したのもルカ、埋め込んだばくだんを爆発させた後に
おねーちゃんにあんなふーにお相手してもらうようにっていったのもルカなのにねー!」
「うっ・・・くっ・・・」
「ホーント、できそこないのバッタもんらしいねーきゃーはははははー!!!」
楽しげな口調だった。
未だ息が整わずルカを見るのが精一杯の霞を見ながらの声だった。
それは霞にとって聞き流すだけの、ある種どうでも良いと感じていた・・・だが!
「ねー、そーおもうでしょー・・・人殺しのおねーちゃーん!!!」
その声が発せられた時に変わった。
やはり未だ床にうずくまったままの霞に対してルカが発した声だった。
そして同時に自身の内面すらも向けさせたが如き表情を霞に与えたかの如き一言だった。
「あれーどーしたのー?人殺しのおねーちゃーん?」
微かな兆候だった。
正に動揺と呼ぶべき表情を霞は微かに見せていた。
「言われたことをきちーんとまもった良い子の人殺しのおねーちゃーん!」
苦悶の中に何処かすがるように感じる表情を混ぜながら霞はルカに瞳を向けていた。
それは自身に対して向けた言葉を撤回して貰いたいと誰しもに感じさせる姿だった。
だが、そんな霞の視界に写るのはそんな霞をからかうように見るルカと・・・
自身が荷担したが故に頭部を失った<もう一人の自分>の屍だけだった。
「人殺し人殺しおねーちゃん人殺しーきゃーはははははー!!!」
囃すような口調だった。
耳障り極まりない狂笑混じりの声をルカは発し続けていた。
「・・・そ、そんな・・・」
掠れるような声でそう発していた。
それは霞が漏らした精一杯の、そしてそれまでと何処か違う声だった。
「・・・わ・・・私・・・そ・・・そんな・・・」
弱々しげな言葉だった。
それは病弱な霞が漏らすに相応しい言葉ではあった。
だが、その言葉は体質故の微弱さでないことは誰しもに明白な言葉だった。
「・・・私は・・・私は・・・ただ・・・ルカさんの・・・言われたとおりに・・・」
更に力の無い声だった。
そのまま沈黙へと溶けるような声だった。
それは霞が発した、もはや薄い呼吸同然としか感じられないほどのか細い答えだった。
「・・・そっかー、確かにおねーちゃんはルカのいうとーりにしただけだもんねー!」
そんな様相の霞にルカはそう言葉を発していた。
「さっきのおねーちゃんと違ってなーんの力もおねーちゃんは使えないもんねー!」
元々意志が希薄で表情に乏しい故に<ブラフ(はったり)>とした霞にそう口にした。
「だからおねーちゃんはルカの道具として動いただけだからなーんにも悪くない・・・」
しかしそれはそれ故に霞の言葉を肯定するとは思えない邪気を感じさせる言葉だった!
「・・・って言いてぇのかこの低脳がぁぁぁぁぁ!!!」
正に怒号だった。
まるで地下で腐り行く亡者が臭気と共に放ったような口調だった。
ただそれはやはり霞以外にこの部屋にいるルカが同じ声質で放った言葉だった。
「手前が今嫌だと思ってることは全部手前が招いたことだろがぁぁぁ!!!」
激情さながらの表情でルカはそう話していた。
外観は確かに10歳程度の少女が当たり前のように話していた。
何処か既に数百年は生きた存在であるかの如く感じさせる様相のまま話していた。
「知らないし解らないし言われたままにしただけだから自分はずーっと綺麗なままでー、
みーんな自分の知らない所で勝手に殺し合ってるから気持ち悪くて迷惑なのってかぁ?
・・・手前何様のつもりだこの出来損ないのクソガキがぁぁぁぁぁ!!!」
狂気そのもの口調だった。
人格が分裂しているかの如き統一感の感じられない口調になっていた。
それはもはやまともに聞こうと感じることも出来無いような言葉そのものだった。
「・・・」
だが、その言葉を向けられた当人はそうでなかった。
詭弁であり、短絡であり、そして悪意しか存在しない言葉かも知れなかった。
そう、だがそれは少なくとも霞には確かに一抹の真実を感じさせる言葉でもあった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
やがて・・・沈黙が再び帳を下ろした。
数百を超える屍を満たした施設の中に下りた。
その中にある、二人の少女が居る室内に再び静寂が訪れて始めていた。
「・・・どうしたら・・・どうしたらいいの・・・」
か細い声が再び流れた。
まるで満ちた静寂の揺らぎが生んだ程度の静かな声だった。
「・・・なになにー?なんのことー?」
その声にそんな声が答えた。
それとは対照的に力を感じさせる声がそれに答えた。
「・・・解らないの・・・私には解らないの・・・」
「えー、なにがわかんないのー?」
それは先程より幾分は回復を見せた霞の口から漏れた言葉だった。
その生命力の希薄さを如実に表すような病白な表情から発した言葉だった。
「・・・全部・・・私がこれからどうすれば良いのかその全て・・・」
ただ、それは同時に数刻前までの霞には見ることすら出来なかった・・・
そう、確かに矮小だが霞自身に意志があることをやはり確かに感じさせる言葉だった。
「・・・さっき手前の身体をまさぐった時に遺伝子の欠陥ってのが解ったんだよなあ。」
重苦しい沈黙の後の言葉だった。
それより更なる重圧さを感じさせるような口調だった。
それは霞の質問に答えたルカが発した、やはり地の底から響くような声だった。
「・・・欠・・・陥・・・」
「ま、アイツみてえにゼロ同然から造り直さねえと精々後数年って程度の欠陥だがな。」
冷徹極まりない口調だった。
先程と同様、重苦しい響きを有する言葉で語るだけだった。
「・・・数年・・・後数年・・・」
「そー、おねーちゃんの時間はもうたったそれだけー!」
床に散らばったままの計測装置に一瞥を加えながら話していた。
霞の体内に埋め込まれていたそれらを傷一つ残すことなく取り去った・・・
だがその驚異的な能力でも<その程度>だったことを認めたルカがそう話していた。
「・・・」
その言葉に霞ははやり答えようとはしなかった。
正に残酷な処刑宣告さながらの言葉に抗議の一つも口にしようとしなかった。
ただ、再び結んだ沈黙は数刻前までの沈黙とは何処かその色合いを異なえていた。
「・・・今みたいなのが・・・ずっと・・・私が消えるまで・・・」
「そっ、抗うことも逃げることも出来ずに嫌な思いばっかしか手前にゃ多分ねえよ。」
「・・・そんな・・・そんな・・・」
「まっ、道具なら気にすることもないけどねー!きゃーはははははー!!!」
そんな霞にルカは言葉を続けていた。
先程と変わらぬ、狂気そのものの口調で続けていた。
ただ・・・
「だがなあ・・・死ぬまで嫌な思いをしてるヤツのことをなんて言うか知ってるか?」
突然とも言える口振りがその場に響いた。
霞の短い沈黙がもたらした静寂の中にルカが口にした言葉だった。
未熟な裸身を曝して床に崩れたままの霞に寄りながらの、ただ何処か違う言葉だった。
「・・・えっ?」
霞はその言葉に表情を向けていた。
絶望と恐怖、そして哀しみを知り始めた表情を向けていた。
慈悲の欠片も有しない、狂気の権化そのものの所行を敢行した少女に向けていた。
「そいつは・・・何時までもおキレイな場所にいたがる出来損ないの道具じゃねえよ。」
その言葉は華奢な両腕を伸ばしながらだった。
10歳程に相応しい両腕をルカは延ばしながらその言葉を口にしていた。
意外な程軽く、だがやはり微動だに出来無い程の強さで霞の頭部を固定し・・・
そして霞の頭部を徐々に引き寄せながらの、やはり今までとは何処か違う言葉だった。
「そっ、どうにもならねえことをどうにかしてえと考えるだけの糞下らなねえ・・・」
間近からの声だった。
再び呼吸が掠れかけた霞の表情間近からの声だった。
それはやはり狂気めいたあの金色の瞳を向けながら続けるルカの・・・・
「・・・!?」
それは幾分の朱を表情に混じりながらの一言だった。
それは病白色だけだった裸身に生命力を示す色を微かに混じえながらの一言だった。
それは如何なる科学療法でも霞に発現しなかった色彩を確かに表しながらの一言だった。
「・・・あ・・・」
それは・・・そしてそれは霞にとっては初めてにして永遠と思える程の・・・
まるでその驚異的な能力にて一時的にでも生命力を注ぎ込むかの如きルカの行う・・・
そう・・・その抱擁による<口づけ>の感触と共に確かに伝わって来た一言だった。
「・・・ただの・・・そう、ただの<人間>ってヤツだぜぇ・・・」
そして・・・
・・・感じられる・・・
・・・私の手、私の足、私の身体・・・
・・・私は私自身を今確かに感じている・・・
・・・考えられる・・・
・・・私が何故ここにいて・・・そして何をすべきか・・・
・・・まるで眠りから覚めたようにはっきりとそれを考えられる・・・
・・・ある・・・
・・・戒め、拘束、そして命令・・・
・・・そんなものより私にはやらなくてはならないことが確かにある・・・
・・・私はもう一人・・・
・・・そう・・・最後の一人・・・
・・・私はこの世にたった一人の・・・沢・・・渡・・・
...ACT04:"NEVER ENDING DARKNESS"
静けさが満ちていただけだった。
僅か数刻前にあった数百に足る喧噪は既に失せていた。
これから行われるかも知れなかった数千もの脈動も既に根源から消されていた。
たった二人分しか残っていなかった。
この施設の目的たる少女霞とその少女を連れに来た少女ルカ・・・
既にその施設内に残っていたのはその少女達二人分の鳴動だけだった。
そしてそれも失せようとしていた。
既にルカは霞の予備の寝具を着込む程に支度に余裕を見せていた。
霞もルカの能力により少なくとも徒歩にてここを出る程度の体力を得ていた。
それを阻もうとした者は既に消えていた。
警備を司った者共はルカの急襲により血飛沫と肉片に変えられていた。
霞の世話と警護を司っていた人獣少女はルカに頭部を撃ち抜かれその肉体を喰われた。
霞の教育と自我への目覚めの制御を司っていた半機械人は文字通りルカに粉砕された。
そして、霞の自我の一片を実行しようとしたもう一人の霞もルカの策略により消えた。
もういなかった。
存在者を含めておぞましき狂気を内包させていたここから出ようとする少女達・・・
その常軌を逸した能力にて使命を<忠実>に実行させた最後の来訪者たるルカ・・・
そしてルカがもたらした現実により自身でそれを選択した最後の住人たる霞・・・
そう・・・その二人がここを出て行くのを止めるものは・・・
・・・その筈だった。
霞はおろかルカですらそう思っていた。
この施設を創設した者共ですら多分そう思った筈だった。
そう、この施設で行われていた全てを把握していた者共でも確かにそう・・・だが!
瞬間!
壁の装飾に一気に亀裂が走る!
瞬間!
固定されていない家具が全て倒れ始める!
瞬間!
室内に張り巡らされた機械的装置が破壊の火花を一瞬煌めかせる!
瞬間!瞬間!瞬間!
微かな振動から始まったそれは二人の少女に取って信じがたい程の衝撃になった!
自然災害?否!
その直後に訪れた現象は明らかに地震に類する自然災害の一環とは一線を画していた!
天井が下り始めていた。
壁が軋みの音と共に迫っていた。
そして床が潰れかかる音と共に端からめくれるように迫り始めていた。
家具が潰れ始めた。
その重圧に耐えきれないままに瞬時に破片と化していた。
それはその圧力の凄まじさと自然現象ではあり得ない証明のようであった。
そう、その家具を含め不要なものをそこから排除するかの如き現象さながらであった。
・・・それが現実だった。
二人の少女が居た部屋から唯一だった廊下への扉が閉ざされたこと・・・
その部屋が存在した空間には無限とも思える深さの虚空しか存在しなかったこと・・・
そしてあの部屋が精々一人分の空間を残す程度まで奇怪な過程で狭まり続けたこと・・・
そう、それは余りにも唐突で非現実極まりない・・・だが同時に確かな現実だった・・・
やがて・・・
・・・どこ?・・・
それは静寂と沈黙の中だった。
時にしてあの衝撃から幾ばくかが経過した頃だった。
・・・ここは・・・どこ?・・・
奇妙な空間の中に<声>があった。
黄金に酷似した色彩を有する液体の中にその<声>があった。
奇怪な収縮を終えた、もはや部屋とは呼べない円筒状の空間に<意識内の声>があった。
・・・ここは・・・なに・・・
一人の少女が発していた。
それは言うまでもない、あの二人の少女の片割れだった。
そしてこの空間に<たった一人>の存在である少女の意識であった。
・・・み・・・
微かな響きだった。
・・・すみ・・・霞・・・
それは当初は意識さえ出来ないほどの響き・・・
だが確かにその意識へと呼びかける<意識上の声>だった。
・・・誰?・・・
その<声>に答えた。
呼びかけられるままにそう答えた。
やはり先程と同様に<意識内の声>でそう答えた。
・・・あなたは・・・あなたは・・・誰・・・
<言葉>を続けた。
内面から発するままのように続けた。
この空間にたった一人存在する少女はそう問いかけを続けた。
・・・霞・・・
柔らかい響きを持っていた。
その名前を呼ぶ声は包容を含めた親しげなものだった。
その意識上に伝わる<声>は慈愛そのものの響きを感じさせるものだった。
・・・誰?・・・
再び少女はそう問いかけた。
感じたままを発するが如く再びそう問いかけた。
幾分の安堵と幾ばくかの不安を感じさせる<声>で再び同じ問いかけを行った。
そして・・・
・・・私よ・・・霞・・・
<声>は少女にそう答えた。
・・・やっと私に還ってこさせることが出来た・・・私の霞・・・私の・・・娘・・・
感慨深げな口調でそう続けた。
その口調を変えることなく言葉を、その答えを続けた。
その少女の意識へ直接、だが確かに血肉を感じさせる口調で確かにそう答えた。
・・・私の・・・霞?・・・
・・・ええ・・・
・・・私の・・・娘?・・・
・・・ええ・・・
・・・私の・・・私の・・・お母さん!?・・・
動揺の響きが<声>に含まれていた。
それは先程の安堵と不安、そしてそれ加えて疑問を感じさせる<声>だった。
・・・ええ霞、私は沢渡祥子・・・あなたの・・・あなたの母親よ・・・
・・・でも・・・でも私のお母さんは・・・ずっと前に・・・もう・・・
無理もない<声>だった。
その声の主は既に夫と共にもうこの世には居ない筈の存在・・・
そのことを当たり前として聴かされていた者にとってはそれは当然の<声>だった。
・・・確かに私はあの時あなたをかばって死んだわ・・・でも殺されなかった・・・
・・・死んだのに殺されなかった・・・どういうことなの?・・・
・・・私が・・・<特別な存在>のあなたを生んだ母親だったからよ・・・
・・・私が特別な存在だから?・・・解らない・・・どういうことなの?・・・
・・・あなたの様な子供に準備されてる特別な力・・・その制御には肉親の魂が・・・
・・・そんな・・・それじゃ・・・それじゃ・・・お母さんも・・・
・・・そう、私も実験台、それも<組織>本来の計画には存在しない筈の存在・・・
・・・どういうこと?・・・
・・・私は本来、あなたと同様の<データ取得用>のみだった存在・・・
・・・私と・・・私と同じ・・・
・・・でもそれに満足しなかったここの研究者達が極秘裏に<それ以上>にした存在・・・
・・・それ以上・・・
・・・だから存在しない筈の・・・でもこうしてここにいる存在よ・・・霞・・・
<声>そう答えていた。
沢渡祥子・・・霞の母親と名乗った<声>はその驚愕すべき過去をそう語っていた。
そう、耳にする者誰しもにそれを受け入れさせるような慈愛と抱擁の口調のままに・・・
・・・何処にいるの?・・・声だけじゃ解らない・・・姿を見せてお母さん・・・
その<声>が響いた。
人工灯火に色を与えられた黄金色の液体が満たす円筒状の狭い空間・・・
その中にたった一人で居る少女が発した、それはすがるような口調の問い掛けだった。
・・・私は・・・最初からあなたの前に姿を見せているわ・・・
それは、長い沈黙の後に響いてきた<声>だった。
先程の歓喜を含む<声>とは違う、何処か悲しげな響きを感じさせる<声>だった。
・・・そこも・・・そこも私なのよ・・・あなたを生んだ肉体を既に奪われた私の・・・
その口調が続いていた。
あの部屋の場所に今存在する虚空の果てで続いていた。
そう、恐らくこの施設の最深部であろう巨大な空間の中にその<声>が続いていた。
・・・あなたが今居るその<円筒>の外全てが今の私なのよ・・・
そこに一つの影があった。
おびたたしい何かの<なれの果て>の中に一つの影があった。
周囲の空間と対比するまでも無く<巨大>とすぐさま表現出来る<影>が確かにあった。
・・・あなたが目覚めると程なくあの部屋がそうなる仕組みだったのと同じように・・・
はっきりとした形は解らない。
僅かな非常灯のみが朧気にその姿を示すのみの今では<影>としか表現出来ない。
いや、ごく僅かの例外を除けば、たとえ鮮明にその姿を目にしてもそれが何かなど・・・
・・・あなたが自我を得ると私も目覚めるように・・・
だが・・・それだけで充分だった。
その人の形、いや怪物さながらの<巨大な影>から受けるおぞましい異形の感覚・・・
目にする者にはその表現出来ない程の不安と不吉、それを感じるだけで充分だった。
・・・そして・・・そしてあなたと共に新たにこうして生きるように・・・
そう、それも・・・たとえ認めずともここで起こった『現実』なのだから・・・
・・・でも・・・
小さな<声>だった。
それは幾ばくかの沈黙の後に響いた微かな<声>だった。
・・・なに?・・・霞・・・
優しげな口調の<声>がそれに答えた。
その儚げな<声>を優しく包むような抱擁を感じさせる<声>だった。
・・・でも私は・・・これから外に出て・・・
・・・行くことはありません・・・ここにずっと私と居ればいいのよ・・・
・・・でも・・・
・・・ふふ、今完成しているのはこの世界で私一人なのよ・・・
・・・えっ?・・・
・・・まあ、自分の能力に絶対の自信を持っているあの男なら平気でしょうけどね・・・
・・・
・・・でも他の人達や折角築いた組織は・・・さあどうなのかしらね?・・・
・・・お母・・・さん・・・
・・・だから・・・嫌なことも辛いことも哀しいことももう何も起こらないわ・・・
・・・お母さん・・・でも・・・
・・・それにこの中なら・・・あなたはもう死ぬこともないわ・・・霞・・・
・・・そうなの・・・でも・・・
・・・私と共に生きましょう・・・霞・・・
・・・でも・・・お母さん・・・
・・・なに?・・・霞・・・
・・・でも私は・・・今お母さんの中にいる私は・・・
『ホントに手前の娘かどうか解んねえんだけどなぁぁぁ!きゃーはははははー!!!!!』
その狂笑が一気に駆け巡る!
その瞬間<祥子>の全身に文字通りその狂気の感覚が走り抜ける!
・・・か、霞!?・・・
『認識出来無ねえか?手前その程度で母親って言い張るつもりかぁぁぁ!!!』
・・・で、でも・・・そ、そんな・・・ま、まさか・・・
『一目見りゃ解るこの有様で手前の娘と思い込むヤツの何処が母親だぁぁぁ!!!』
・・・記憶、感情、それから・・・霞・・・霞以外の誰でも・・・
『一時的に固有パターンを変調されただけで娘を間違うヤツの何処が母親だぁぁぁ!!!』
狼狽さながらの<声>だった。
それを嘲笑するかの如く発せられる<声>が走り続けていた。
・・・だ、誰・・・
その<円筒>の中には確かに一人の少女しかいなかった。
ただそれは一時的に与えられた生命力で扉が閉まる瞬間部屋を脱した少女ではなかった。
・・・誰・・・誰なの・・・
それはここに訪れた直後から狂気の所行を続けた少女だった。
それは決して、まるで夢遊病患者の如き虚ろな表情で廊下を今歩いている少女ではなかった。
・・・誰なの・・・誰なの・・・あなたは一体・・・一体誰なの!?
それは<祥子>が求める娘・・・霞などではなかった。
それどころかそこにいるのはもう一人のあの少女だった。
そう、それは先程<もう一人の霞>を一瞬にして喰らった・・・
そして今その脳髄を利用することで霞と全く同じ固有パターンを一時的に再現するという
<偽我”Existence-Emulator">なる悪鬼の所行を継続中のルカ・マリス本人だった!
・・・違う・・・
『手前と同調してこのまま外をぶっ壊しまくろうとも思ったがなあ・・・』
・・・違うのね・・・
『手前より能無しのババアを抱え込んでる奴らの前に行こうとも思ったがなあ・・・』
・・・あなたは霞じゃないのね・・・
『手前みてえな玩具を神にしたがってるあの糞共をぶっ殺そうとも思ったがなあ・・・』
言葉が続いていた。
ただそれは先程の暖かさなぞ微塵も感じさせない・・・
いや、それどころかもはや会話と呼べるモノですらなかった。
・・・消えなさい・・・
『いらねえんだよ・・・』
濁色。
その瞬間ルカを包んでいたあの黄金色の液体に不意に濁りが発生し始める。
そしてあの黄金の色が徐々に血の色へと変貌し、そして更にどす黒さを増して行く。
・・・霞以外の存在は私には不要なのよ・・・
『いらねえいらねえいらねえ・・・手前みてえな母親なら霞にゃいらねぇぇぇ!!!』
変色。
ルカの皮膚の色がそれに合わせるように徐々に変色して行く。
それに浸かっているだけで呼吸が可能な正体不明の<黄金色の液体>・・・
それらの変貌が明らかにルカの肉体にも影響を与え始めたそれは何よりの証明であった。
・・・私と一つになるのは霞だけ・・・だからあなたは消えなさい・・・
『人として生きようとしている霞を人として生かせねえ母親ならいらねぇぇぇ!!!』
・・・消えなさい・・・
もはや壊死そのものだった。
先程までの瑞々しさが幻影であったか如きどす黒さに肌が染まっていた。
そしてその色は再生どころか既に白骨を露出させるほどに死への色を強め続けていた。
『・・・死ね・・・』
だが、死んではいなかった。
その様な有様を晒しながらもルカは未だその命を保っていた。
いや、それどころか肉片を散らしながらその片腕を持ち上げる力をまだ見せる程だった。
・・・消えなさい・・・消えなさい・・・
『・・・死ね・・・死ね・・・死ねぇ!!!』
・・・同調が続いていた。
<このような仕組み>故か、或いは未完成故か未だ同調を行っている様相を見せていた。
そう、あの正体不明の<巨大な影>、それ自体も確かに片腕を上げ始めていたのである。
・・・消えなさい・・・消えなさい・・・消えろ・・・消えろ・・・
『・・・死ね・・・死ね死ね・・・死ね死ね死ねぇぇぇ!!!』
融解が更に進む。
液体の中に垢の如き不純物が混濁の文様を描いていた。
その中央にはもはや誰の目にも動くことはあり得ないであろうと思える程の・・・だが!
・・・消えろ消えろ消えろ消えろ消えなさいぃぃぃぃぃ!!!!!!!
『人として死ぬ霞に手前が出来るのは死ぬことだけだぜぇぇぇぇ!!!!』
瞬間!
その<声>を放った瞬間!
もはや筋肉組織も融解した筈の伸ばした手の先が一気に引き戻される!
同時!やはりあの<巨大な影>もその片腕を凄まじい勢いで一気に引き戻す!
『だから死ねぇ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇ!!!きゃーはははははー!!!!!!!!!!』
凄まじい狂笑が轟かんばかりに響き走る!
直後!その手が一気に己自身の胸を貫く!
そして・・・そしてそしてそしてその奥で脈打つ己の<心臓>を!!!
!
!!
!!!!
2!3!w!8!w!!!
5hv!!!S!!!!Bkqwu8oyo:uoi!!!!!!!!!
!!?!!!??????!?!?zjrog8943v!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
・・・もはや言葉にならない響きだけだった。
それはあの<巨大な影>がルカの行動を<寸分違わず>再現した結果だった。
そう、同じく己の胸、そして胸内に在した巨大な血塊の如き<紅球>を己自身で・・・
やがて・・・
・・・何だったの・・・あの夢で見た光景って・・・
・・・何処なの・・・あの病・・・院?・・・死体がいっぱい・・・
・・・私はあんなところ・・・今まで行ったことないのに・・・
・・・誰なの・・・あの長い黒髪の女の人って・・・
・・・私に優しそうな笑顔・・・そんな、絶対いるはずのない人なのに・・・
・・・でも・・・一つだけはっきり解ることもあった・・・
・・・ここで初めてあったあいつ・・・あの嫌な笑い方をするあいつ・・・
・・・私より頭が良くて、私よりここでは大事にされて、そして私より・・・
・・・ふふ、そうなんだ・・・
・・・殺し合いになるんだ・・・はは、あいつと私、殺し合うんだ・・・
・・・あのうざったい眼鏡のガキをこの手で始末しても構わなくなるんだ・・・
ははは・・・あはは・・・あははははははははははは・・・
・・・良かった・・・これでまた私はみんなに・・・大事に・・・
...EPILOGUE:"ANGEL SMILE"
重色の光景だった。
発狂した電磁気嵐を内包した重苦しい大気が満ちていた。
かつて用いられた化学兵器による奇形化した僅かな動植物が奇怪な様相を描いていた。
・・・
命ある者は存在すべきでないと感じられる光景だった。
<死の荒野>という名称が相応しいと誰しもに思わせる光景だった。
だがそれは同時に、紛れもなくここを訪れた者が目にする<現実の光景>だった。
・・・
飛んでいた。
そんな光景の中を爆音と共に10数機の軍用ヘリが飛んでいた。
まるで死肉を啄む禿鷹の如く、いや屍に群がる蠅のようにその周囲を飛んでいた。
この周囲とは余りにかけ離れた近代的さ持つ広大な施設だった場所を飛んでいた。
そう、この後に『数刻前の<巨大地震>により壊滅した』と語られた場所を飛んでいた。
「・・・」
向けていた。
調査と記録のために飛び交うヘリの内の1機から向けていた。
何重にもシールドされたヘリの小さな窓から外界へ無言で表情を向け続けていた。
「・・・」
一人の少女だった。
寝具に包んだ華奢そのものの体躯を座席に預けた少女だった。
搭乗、そして未だ瓦礫の上で調査を続ける軍人らとは余りにも異質な・・・
だがその少女こそが唯1人の生き残りにしてヘリ群の最大目的である少女本人だった。
「・・・」
鳥が飛翔していた。
ヘリの窓から少女の視界に写る、薄汚い鳥だった。
それは奇形化した羽で、それでも必死で羽ばたいていた本物の鳥だった。
食い入るように見ていた。
動くヘリに合わせるように頭を動かし、時には身を乗り出す程に見ていた。
不安げで力の無い、それでも何処か必死さの感じられる表情で少女はずっと見ていた。
・・・ああ・・・
落下していた。
遂に力を失った鳥が落下し始めた。
無機物さながらに瓦礫の壁面に添うように落下し始めていた。
それは正に少女の表情に落胆の帳を下ろすかの如き光景になった・・・筈だった。
「・・・ん?」
それと同時刻のことだった。
一人の兵士がなにげに言葉を漏らしていた。
他の兵士と同様、この施設の調査を行うためにサンプル採集を命じられていた兵士だった。
「・・・」
その手に小さな装飾品が持たれていた。
それは瓦礫の山の中で奇跡的に無傷だった品物だった。
そして全体に朱色がかった上質の・・・総クリスタル製の眼鏡だった。
「・・・」
中空で一瞬だけ煌めきが見えた。
それはそれを手に取った兵士が<不要>と判断して放り投げた結果だった。
そしてその眼鏡は小さな放物線を描くと近場に穿かれていた奈落へと消えていった。
「・・・」
やがてその兵士は何事もなかったように再び周囲の調査へ戻った。
売り飛ばせば相応の値打ちが付くであろうことは素人にも解る程の・・・
それ故にその兵士は相当の規律と統制に属す者であることが明白な一場面だった。
だが・・・
もしもこの兵士が任務に不熱心であったならそれに気付いたかも知れない。
そして略奪を優先するが故周囲に邪心を張り巡らしていれば解ったかも知れない。
そう・・・あの眼鏡が破損する音が遂に訪れなかったことに・・・
その代わりに・・・奈落の底からまるで魔獣の如き声が聞こえたことに・・・
そして・・・そしてそれを発した者が凄まじい勢いで地上に這い迫っていた音に!
直後!
その勢いが光を浴びる!
その表情の眼球周囲が地上に現れた瞬間反射の光に覆われる!
正に疾走!
あの眼鏡を表情に覆わせた<そいつ>が垂直登坂を一気に行う!
減速皆無!
まるで地上を駆けるが如き驚異の速度で瓦礫の壁面をよじ登り続け・・・そして!
「・・・???・・・!!!!!」
制止していた。
奈落にほど遠い箇所にて鳥はその体躯を生命と共に止めていた。
それは正に落胆を破壊するかの如き驚愕の現実として少女に訪れた現実だった。
華奢にしか見えない手の上にいた。
奈落の底から文字通り這い上がってきた<そいつ>の手だった。
だが<そいつ>は瓦礫と共に死亡、いや回収不可能とつい先程断定された筈の・・・
「!」
瞬間!
一気に殺気が満ちる!
その現実を認識したヘリに搭乗する兵士全てがそこへ火力を加えんと動き出す!
それは命令故、そう少女の救出を命じたあの者の暗黙にして確かな命令・・・
『正規の手順で回収されなかった場合は躊躇わず抹殺せよ。』を遂行せんが故!
だが・・・
機体に備え付けられた重機関砲はその鎌首を擡げることは無かった。
そいつを焼滅させられるであろうロケットランチャーは1発も戒めを解かれなかった。
いや、それどころか搭乗した全ての兵士の殺気がまるで嘘のようにかき消されていった。
「・・・?」
その余りの急激な展開に少女は呆然となっていた。
何事かまるで解らないまま、ただ成り行きに任せるようにその光景を見続けていた。
そう、人間が持つパターン認識を極限まで高細密化させた<魅眼 "Fascination-Eye">で
兵士の精神を瞬間的に射抜いた金色の眼球を有する・・・
「・・・えっ?」
その瞬間、少女の頬を外気がなでた。
それは自身では開けることの出来無い筈の窓が何の脈絡もなく開いたが故だった。
そしてそれは行うはずのない、だが操縦席に座る一人の兵士が確かに操作したが故だった。
「・・・」
鳥が再び飛翔へと向かっていた。
その華奢な手の動きに合わせるように再び大空へと向かっていた。
何かが宙を向かっていた。
直後に少女が受け取った、上質のそして小振りな木製の1個のケースだった。
それは、そいつが瓦礫の中から持ち出した品、そして少女にとっては見間違いようもない、
自分自身のあの<フルート>が傷一つ無く確かに納められていたケースだった!
・・・笑顔を向けていた。
金色ではないブラウンの瞳による笑顔をそいつは向けていた。
無邪気さながらに親指を立てながら伸ばした拳を誇示しながらの笑顔だった。
未だ壁面にて体躯を支え続けている、その疲れを見せる素振りもないままに向けていた。
「・・・ふふ。」
そして・・・少女もそいつに笑みを向けていた。
相変わらずの希薄さながら、だが同時に誰しもに不自然さを感じさせない笑みだった。
そう、それは愉快さと歓喜を表した、少女自身が初めて見せた本物の・・・
「・・・」
そしてその邂逅を最後に少女の短い、だが鮮烈な出会いは終わりを告げた。
役割を終えたヘリ群に混じって少女自身も何処かへ移送されるために飛び去っていった。
その飛行は順調だった。
あの少女も無言のまま、自分に与えられた席に座り直していただけだった。
それは、その様子に目をやるヘリ内の兵士達にとっても変わることのない・・・
無事回収された時から<何事も起きていない>光景そのものにしか過ぎなかった。
そう、その膝に乗せたままの木製のケースの存在と同様・・・
自らの意志で微笑のままに座るが如き物腰もその少女には当然の姿であるように・・・
・・・数年後、その少女はこの世を去った。
与えられた<命令>による結果の一つにより道具としてその儚い命を終えた。
それは命令を下した者共にとってはある種の予定調和の範囲内しか過ぎないことだった。
だが、ほんの僅か・・・少女と接したほんの数人だけはそうではなかった。
与えられた残酷な運命を受け入れつつ、それでもその命の尽きるまで精一杯生きた・・・
その少女、いや沢渡霞という<一人の人間>をその記憶に感慨と共に止めることとなった。
・・・確かな・・・現実の記憶として・・・
END
The next writing plan work titles: (Outer world fantasy)" Blood river "
...I am thankful that you read this short story.
Special thanks to Mr.Toshiya Hirayama
(To giving me much imagination before writing of this novel.)
This story is being written based on the permission in the one to recognize as the only real parent of the character of "KASUMI SAWATARI".