俺の名前は毛利小五郎、言わずと知れた名探偵だ。ふふん…
と、言っても有名になったのは、ある一人の坊主が我が家に転がり込んできてからだった。
それまでの俺は探偵業をしていたものの、自分で言うのも情けないのだが、それまで入って来ていた依頼は、やれペットがいなくなっただの、旦那が浮気をしただの、と言うろくでもない、やっていられないものばかりだった。
あれは確か、娘の蘭が幼馴染の工藤新一のヤツと遊園地に遊びに出かけた帰りだったかもしれない。「せっかくデートしてたのに、新一ったら途中でどっか行っちゃったのよ、お父さん酷いと思うでしょ!」と帰ってきた蘭が酷く怒っていたが、またどこかへ出かけていったその晩に、一人の小僧を連れて帰ってきた。何でも新一の親戚筋だとかいうその坊主を。
自分の顔より大きな眼鏡をかけた小学生くらいのクソ生意気な子供だった。いつかどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。
その坊主は江戸川コナンと妙チクリンな名前を名乗った。日本人にしては妙な名前だとは思ったが、蘭に押し切られる形でそいつは俺たちと暮らすようになった。
最初は気がつかなかったのだが、なぜかいつも事件の起きる現場で睡魔が襲ってくる。
目覚めると周りから「眠り出すから驚いたぞ」、「お手柄だったな、毛利君」、「名推理じゃないか。分かってたなら、もったいぶらずに早く教えてくれればいじゃないか」だの訳の分からないことを言ってくる。なんのことだかわからない俺には、苦笑いをしつつそれを肯定するしかなかった。とにかく俺は眠っている間に事件を推理し、解決しているらしい。いつしかそんな俺に、「眠りの小五郎」という名がついた。
その日も、いつものように眠りながら推理していた(らしい)俺は、目覚めの気配を感じた。
あとで聞いた話だが、その日の推理はかなり時間がかかったという話だった。話がずれたが、目覚めかけた俺の耳に俺の声が聞こえてきた。まだ夢を見ているのだろうと思っていたが、それでもなんとなく意識は覚醒しているのを感じた。不思議に思いながらも、目を閉じたままでいた。確かに聞こえてくる、自分の声が。それも首の後ろから。
俺は動かずにそのまま微かに薄目を開けて、見える範囲でのみ視界に入れた。その声は俺の首の後ろから聞こえてきた。自分の声が後から聞こえてくるのを聞くのは、妙な感じだ。
とにかく俺は薄目を開けて、黙って聞いていた。その時、俺が座っている席の下からごそごそとコナンが出てきて、「蘭ねえちゃん、これだって。小五郎のおじちゃんが言ってたよ」と、蘭に何かを渡したらしい(薄目の範囲から外れた俺にはコナンの姿は見えなかった。)コナンは戻り、俺の座っている机の足元に潜り込むと、首の下についている蝶ネクタイを引っ張り口元に当てた。
何をするのか見ていた俺は絶句した。そいつを口元に当て、コナンが口を開くとその声が俺の声に変換され、俺の首の後ろから音が発せられた。
蝶ネクタイなんか使うクソ生意気なガキだと思っていたら、そいつは変声機になっているらしい。と、言うことはきっと俺の襟元にでもスピーカーが付けられそこから音声を拡声しているんだろう。
俺は堪えに堪えた。やっとのことで怒りを収めた。こんなに我慢したことは、記憶に古かった。とりあえず、この場が終わるのを待つことにした。
なんと流暢に楽しげに謎解きをしていくことか。こいつが気がついたことを、俺は見過ごしていた。今ここで、こいつを問い詰めていい場面ではない。最後まで見守ることにした。
俺の「眠りの小五郎」の所以もほぼ分かった。だが分からないことは、なぜ眠くなるのかということだ。これだけは分からない、それも実にタイミングよくだ。麻酔銃など使っているのかとも考えたが、子供に手に入れられる代物ではない。
蘭はこのことを知っているのだろうか。いや、知らないだろう。今のあいつの態度をすれば。
ある晩、俺はコナンを問い詰めようかとも思ったが、止めることにした。
これはこれで愉快だった。俺には幸運の女神ならぬ、幸運のクソ坊主を手に入れたような気持ちになったからかだ。
確かに小憎らしいガキだが、こいつが転がり込んできてからは、依頼も、収入も確実に増えた。それもこれもコナンが代わりに推理したり、下手な推理を俺がしても、何かヒントを与えようとしているのに気づいたからだ。
ある時、睡魔の原因が麻酔針だと気がついた。こいつだけは気に入らないが、コナンに気づかれずにうまく麻酔針をよけつつ睡魔が襲うフリも覚えた。
こんなふうにして、俺はコナンに悟られないまま迷探偵になっていった。
迷探偵もこれはこれで大変なのだ。探偵に華を持たせなければならないものだから。
ホームズになりたかったが、ワトソンも楽しいかもしれない。
難しいことだが、それなりに毎日をエンジョイしている俺がいるのだった。
|