四千年前の星宿図


奈良・明日香村キトラ古墳の謎



by 佐藤クラリス (宮崎駿ネットワーカーファンクラブ)



 2010年10月03日アップデート → 宮崎駿ネットワーカーファンクラブ アドレス変更


 このページは、「宮崎駿ネットワーカーファンクラブ」の佐藤クラリスさんの作品を掲載しています。なお、無断転載等は厳禁です。


目次

堂々日本史「ここまでわかった縄文の世界」1998.03.24
NHKスペシャル>キトラ古墳の話 1998.05.31
キトラ古墳の天文図、春分、秋分点に45度のズレ 1998.03.10
星宿とは → ふしぎ遊戯>二十八宿一覧(^_^) その1 1995.10.20
星宿とは → ふしぎ遊戯>二十八宿一覧(^_^) その2 1995.10.20
関連記事 → 奈良・明日香村キトラ古墳の星宿図に古代中国の星座 1998.04.15



堂々日本史「ここまでわかった縄文の世界」

#8518/8519 Winds Talk
★タイトル (HARMION ) 98/ 3/26 7:20 ( 61)
堂々日本史「ここまでわかった縄文の世界」     by佐藤
★内容
clarisse@msi.biglobe.ne.jp 佐藤です。

3月24日NHK22:00〜22:44
堂々日本史「ここまでわかった縄文の世界」

 紀元前八千年から紀元前二百年頃の縄文時代の「常識」が最近の研究で崩れていると云う話でした。
 今から七千年前頃から千年にわたって栄えた青森・三内丸山遺跡、今から八千年頃前に栄え、大火山の爆発(火山灰は東北や朝鮮半島にまで及んだ)で滅びた鹿児島・上野原遺跡の竪穴式住居群などが紹介されていました。
 小さな群落であり、定住していない云う常識は、数百人規模の集落が千年にわたって営まれたと云う三内丸山遺跡で覆り、平等な社会と云うのは、埋葬品や副葬品や埋葬場所の差、巨大建造物建築に伴う組織的動員を考えると、それも覆る。

 考えてみると、当時の映像が残っているワケでも無いので(そりゃそうだ(^_^;))、人々がどんな生活をしていたかと云うのは、僅かな遺跡から推測するのみです。
 もし、我々の今の世界が大異変で滅び、生き残った人類が着の身着のままで別の場所に移り住んだら、一体、どう云う遺物が残るでしょうか。ひょっとすると、プラスチックとセラミックしか残らないかも知れません。数千年の後、人類がその遺物を観て、人々の生活を想像した時、「彼らは原始的な石器時代を生きていたのだ」と断定する事になるかも知れません。(^_^)
 で、意味不明な物は全て、「宗教的行事に使用された物だろう」となるワケです。

 それで思い出しましたが、3月10日のasahi.com(Web版朝日新聞)に有った記事で、キトラ古墳関係の物です。

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キトラ古墳の天文図、春分、秋分点に45度のズレ

キトラ古墳の天文図、春分、秋分点に45度のズレ
 奈良県明日香村のキトラ古墳の内部に描かれていた古代の天体図「星宿図」の中で、太陽の軌道を表す黄道と、星の運行の基準線を示す赤道が交わる春分、秋分点が、本来の位置より約45度ずれて描かれていたことが10日、宮島一彦・同志社大理工学研究所助教授(中国科学史、天文学史)の分析で分かった。「キトラ古墳学術調査団」が超小型カメラで斜めの位置から撮影した映像を、朝日放送が真下から見上げたようにコンピューター処理。その画面を基に分析した。星座の位置はほぼ正確に描かれ、中心部には北極星とみられる白いくぼみも確認された。

 今回の調査では、石槨(せっかく=小型の石室)の南壁にある盗掘穴からカメラを挿入し、撮影した。朝日放送はカメラがとらえた7枚の静止画像をつなぎ合わせ、コンピューターで補正した。

 宮島助教授は、キトラの星宿図で確認されたオリオン座を基準に春分、秋分点の位置を分析。古墳が築造された7世紀後半から8世紀前半の春分、秋分点より約45度ずれて描かれていることが分かった。キトラの春分、秋分点はいまから4000年以上前の位置に相当するという。

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 これが事実だとすると、結構凄い事です。つまり、今から四千年以上前に超精密な星宿図を作る事の出来る天文学が、おそらく中国に存在したと云う事ですね。キトラの絵は、直輸入品をそのまま模倣したに過ぎないと。
 でも、これは別に不思議な事ではなく、実は世界各地に有る異常な古代天文学の一つに過ぎないワケです。グラハム・ハンコックに云わせれば、南極に有って、地球規模の大変動で一万二千年前に滅びたアトランティス文明の生き残りが、天体のパワーバランスにより数千年毎に発生する大変動を人々に知らせる為、天文学と云う超ロングな時計を世界中に伝えた、と云う事になるでしょう。
 何れにせよ、現在の文明が数十億年と云う地球最初の物であると云うのはちょっと疑問符が付いてきている様です。

clarisse@msi.biglobe.ne.jp 佐藤



NHKスペシャル>キトラ古墳の話

#8694/8694 Winds Talk
★タイトル (HARMION ) 98/ 6/ 2 8:29 ( 51)
NHKスペシャル>キトラ古墳の話         by佐藤
★内容
clarisse@msi.biglobe.ne.jp 佐藤です。

 5月31日放送

 奈良県明日香村のキトラ古墳で見つかった星宿(せいしゅく)図(古代の天体図)の謎に迫ると云う趣旨だったと思います。

 この天体図が観測された場所と年代の特定は大体次の様なプロセスだった様です。

緯度:
 星の運行の基準線を示す三重の同心円(内規、赤道、外規)の大きさの比率から、緯度は現在の平壌付近に相当すると特定。天文図の作られた年代が紀元頃とすると、その頃日本と交易が有り、文明の栄えた場所は平壌付近だろうと云うプロセスです。

年代:
 太陽の軌道を表す、黄道の位置を元にするが、太陽の軌道を表す黄道と、星の運行の基準線を示す赤道が交わる春分、秋分点が、本来の位置より約45度ずれて描かれており、これが正確だとすると、いまから4000年以上前の紀元前2000年頃作られた事になってしまいます。
 それとは別に、星座の位置関係比較では紀元前300年から紀元300年頃と云う数字になります。で、春分、秋分点のズレは、原本を模写する時に表と裏を間違えたとすると、紀元頃となるそうで、話の辻褄が合うので、この説を採用する事にした様です。つまり、天文図を古墳に模写した時にミスったと。(^_^;)
 でも作業が異なるとは云え、黄道だけ間違う物なんでしょうか?星を描く時にすぐに気づくはずだし。更に、作業後のチェックはしなかったんでしょうか?何と云っても、天文図は当時の最高技術で、髪の毛一本の違いも許さない程の厳密さで模写したと思うのですけど。


 さて、この結果から、キトラ古墳の天文図は紀元頃に朝鮮半島で観測され、日本にもたらされたと云う、結論だった様です。


 でも、もしそれが、紀元前2000年前の物だったら?
それほどに高度な天文学が4000年も前から存在したとしたら?しかも、それは遥か別の場所で観測された物だったとしたら?或いは中国深部の未発見の文明からもたらされたとすれば?


 まァ、そんな事を云い出したら、「グラハム・ハンコックかぶれ」、科学者としてあるまじきとして、学会から追放されてしまうかも知れません。(^_^;)
 あくまで、今有るデータを元に、構築しなければならないのでしょう。でも、科学とは推理によって新しい真実を探す物でもあるはず。昨日までの知識は新しい情報で過去の物となって行くのが当然の帰結です。今後、更なる情報の発掘により、納得行かなかった「部品」がピタリとハマる時が来るかも知れません。

clarisse@msi.biglobe.ne.jp 佐藤



星宿とは → ふしぎ遊戯>二十八宿一覧(^_^) その1

#6318/6318 あにめ・サロン
★タイトル (EHF41721) 95/10/20 8:42 ( 47)
ふしぎ遊戯>二十八宿一覧(^_^) その1       by佐藤
★内容
 四神天地書ってのが実在したかは知りませんが、天官書ってのは三千年以上前から有ったワケです。星座(=星宿。一つ一つに官位等が割り付けられている)の動きは地上の動きを表していると信じられていましたから、今で云う「星占い」なんて生やさしい物ではなく、気象予報と同等の価値有る情報だったのでしょう。

東方蒼龍(青龍)



氏(の下に横棒)





北方玄武









西方白虎









南方朱鳥(朱雀)









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星宿とは → ふしぎ遊戯>二十八宿一覧(^_^) その2

#6319/6322 あにめ・サロン
★タイトル (EHF41721) 95/10/20 23:28 ( 53)
ふしぎ遊戯>二十八宿一覧(^_^) その2       by佐藤
★内容
 星宿(=星座)の名前だけだと寂しいので、役割も書いて置きます。(^_^)

 世の東西を問わず、星の動きに魅了されたと云うか、支配された人々の多き事よって感じです。星の動きと何らかの異変との関連は実証されていたのでしょうから、とても笑える様な代物では有りません。それにしても、これだけのシステムを構築した人々ってのは、その記憶力と論理性、想像力だけでも尊敬しちゃいます。

二十八宿      標準星・星座         担当部署

東方蒼龍(青龍)

角        α Vir おとめ・スピカ 角の左は法官、右は武官
亢        κ Vir         疏廟(天子が政治を執る場所)
氏(の下に横棒) α Lib てんびん    天帝の根拠
房        π Sco さそり     役所
心        σ Sco         明堂(天子が政治をとる堂)
尾        μ Sco         君臣
箕        γ Sgr いて      口数の多い輩。口舌

北方玄武

斗        φ Sgr         天子の廟
牛        β Cap やぎ      祭祀に用いるいけにえ
女        ε Aqr みずがめ    北に織女がある。織女は天女の孫
虚        β Aqr         泣き叫ぶ
危        α Aqr         家屋
室        α Peg ペガサス    天子の祖廟。離宮
壁        γ Peg         ?

西方白虎

奎        ζ And アンドロメダ  水路のしるし
婁        β Ari おひつじ    多くの物を集める
胃        35 Ari         天の倉庫
昴        η Tau おうし     胡(辺境の民族)星。不吉のしるし
畢        ε Tau         辺境の兵隊
觜        λ Ori オリオン    軍隊の宿舎
参        δ Ori         白虎

南方朱鳥(朱雀)

井        μ Gem ふたご     水の関係を支配
鬼        θ Cnc かに      祭祀をつかさどる
柳        δ Hya うみへび    鳥の口
星        α Hya         鳥の頚で咽喉
張        ν Hya         鳥の食物の入る所
翼        α Crt コップ     鳥の翼
軫        γ Crv からす     車

参考文献:平凡社 司馬遷著「史記」天官書

EHF41721@pcvan.or.jp 佐藤
MAH00330@niftyserve.or.jp ウルスラ



関連記事 → 奈良・明日香村キトラ古墳の星宿図に古代中国の星座

980415
奈良・明日香村キトラ古墳の星宿図に古代中国の星座

 奈良県明日香村のキトラ古墳で見つかった星宿(せいしゅく)図(古代の天体図)に、「厠(かわや)」や「野鶏」などの名がついた15種類の古代中国の星座などが描かれているのを、同古墳学術調査団の宮島一彦・同志社大助教授(中国科学史、天文学史)と嘉数(かず)次人・大阪市立科学館学芸員が新たに確認し、14日、京都大で開かれた研究会で発表した。

 超小型カメラによる内部調査のビデオ映像を、朝日放送(本社・大阪市)がコンピューター処理した画像をもとに解析した。

 新たにわかったのは、「厠」「野鶏」のほか、軍事物資を調達するための市場を表す「軍市」▽全天でもっとも明るいシリウスにあたる「天狼(てんろう)」▽ヤナギを表す「柳宿」▽井戸を示す「井宿」▽「昴(ぼう)宿」▽皇帝の補佐官である「輔星」▽皇帝とその家族を示す「帝」「后妃」「太子」「庶子」など。

 これまでにも宮島助教授らは、オリオン座にあたる「参(しん)宿=数字の三」「伐(ばつ)=武官」「觜(し)宿=くちばし」や北斗七星などを確認していた。



中国古代(宋代の観測)の星宿図 中国古代(宋代の観測)の星宿図 出典:平凡社「史記」


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著者: 佐藤クラリス/ nausicaa@msa.biglobe.ne.jp
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