原作ナウシカ補完計画

by 佐藤クラリス (PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFC)

 2000年10月05日アップデート → メールアドレス変更
 このページは、PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFCの佐藤クラリスさんが、そこで掲載した作品 原作ナウシカ補完計画 の全文を掲載しています。なお、無断転載等は厳禁です。(編集者)
まえがき

 目の前で苦しみ、死んでいる人々が居るのに、「彼らは滅ぶべき人類なのだ。真の平和は彼らの去った後にやってくる」等とのたまわって、その死と苦しみを放置するのか?…と云うのが、原作のナウシカの心情なのだと思います。

「ほっとけないわっ!」って事ですね。

 その死と苦しみの根源である墓所を潰すのは自分の当然の義務。しかし、自分の手で膨大な生命を滅ぼし、ひょっとすると人類の生き残りの可能性の芽を摘んでしまうかも知れない。その大罪の重み。自分は恐ろしい事をしようとしている。その辺の葛藤が原作では十分に云い尽くされていない様に見受けられます。ナウシカは狂信的宗教家でも、暴力主義的破壊主義者でもテロリストでもない。ナウシカは世界を旅して、苦痛と絶望と狂気と、そして希望に満ちたその姿を垣間みた目撃者なのです。原作では、その辺が余りにも舌足らずだと思います。

 墓所を破壊したナウシカに関しては、「偽ナウシカ」、「ナウシカらしくない」と云う意見をかなり聞きます。「木々を愛で、蟲と語り、風をまねく鳥の人」が、どうして問答無用の破壊者なのか?それは大海嘯で王蟲と共に死ぬ事を望んだナウシカが、青き清浄の地の実存を知り、「新生ナウシカ」として蘇った辺りから、変質した様です。
 それにしても、巨神兵オーマを愛しうる人物が、何故ゆえに墓所の主に対しては、終始敵対していたのか?墓所の主が、それほどの絶対悪であったと云う事も出来るでしょうが、納得できない読者も大勢居ます。
 原作ナウシカと付き合う事で、その偉大な母性により浄化された人々も多かったはずです。世界の未来は破滅と絶望しかないと諦めていた人々に「憎しみより友愛を」と云う、別の価値観が有る事を教えてくれたナウシカ。最後までそれを見せて欲しかった。
 更に、ナウシカ自身にまつわる心の傷。たとえ、母親に愛されていなかったと云う癒されぬ悲しみが存在したとしても、ナウシカにとっては耐えられる物かも知れません。しかし、ナウシカを見つめる者にとっては、癒してあげたいと思います。それはナウシカに対してと云うより、ナウシカをより完全な者に近付ける事によって読者自身の心が癒されると云う事なのでしょう。(^_^;)
 「憎しみより友愛を」そして、世界の重荷を全て背負った少女として、ナウシカは再び墓所の前にたたずまねばなりません。不満を持つ読者にとって完璧な母性と演技力とそして、悲劇性を持つ少女として。

 諸般の事情で宮崎監督が書かなかったのなら、自分が観たかった物を自分が書けば一番手っとり早い。…その為の「ナウシカ補完計画」です。



ナウシカ補完計画第1案


 …と云う事で、「自分の観たいナウシカを自分で創る」と云う、この計画。
取りあえずの、第1案です。表現の問題は残りますが、自分にとってのナウシカは見えたかなと思っています。


(本文を読む前に、予め原作を読んでおく事をお薦めします)

 原作第7巻198ページから変更。

墓所の主
「…そうです。ナウシカ」
ナウシカ
「え?どうしてわたしの名を…」
墓所の主
「わたしはお前の母です」
ナウシカ
「わたしを欺こうというのですか?」
墓所の主
「違います。わたしはあなたの心を読んで、自分の子供である事を知ったのです」
ナウシカ
「いいえ、わたしはお前の子供ではありません。わたしは風の谷の族長ジルの子、ナウシカです」
墓所の主
「聞いて下さい。今より16年前、わたしの卵が盗まれました。それは蟲使いの手を経て、辺境の国の女に渡りました。その女は族長の妻であり、跡継ぎが必要だったのです。自分の産んだ10人の子供達は、全て死にました。蟲使いから買った子供、それがお前です」
ナウシカ
「ウソですっ!それはお前の作り話です」
墓所の主
「盗まれた卵は全部で2つでした。もう一つは森の人に拾われ、育ちました。その子の名はセルムと云います」
ナウシカ
「!…」
墓所の主
「ナウシカ。お前とセルムは目が似ていますね。それで判るでしょう。お前は自分が母親に愛されなかったと感じていますが、それであの女を恨んではいけません。死んでしまった子供達の事が彼女の心を深く傷つけていたのですから」
ナウシカ
「そんな事は信じられませんっ!」
墓所の主
「でも、お前の心はそれが真実であると気付いているはずです」
ナウシカ
「違うっ!…」
墓所の主
「ナウシカ、お願いです。わたしは数10万もの無垢な卵を清浄な世界に送り届ける為に作られたヒドラです。卵達はお前の兄弟なのです。わたしの使命を判って、そして此処から去って下さい」
ナウシカ
「…わたしは貴女を許せません。どうして旧世界の奇跡の技を流出させ、世界に破滅と戦争をもたらせているのですか?無垢な卵を守る為に、無垢な人々の命を犠牲にするとでも云うのですか?」
墓所の主
「…許されないでしょうけれども、お前の云う通りです。わたしは地上の人間を喰らって生きているのですから…。ヒドラも、卵達の栄養も地上の人間の死体から取っているのです。わたしは地上の人間の王と契約をします。死体と引換にわたしは彼らの欲しがる奇跡の技を教えるのです。その技が戦争を引き起こしても、わたしにはどうする事も出来ません」
ナウシカ
「…なんて事を…」
墓所の主
「理解して欲しいとか、許して欲しいとか云っても無駄でしょう。それはわたしの罪なのです。お前は生きる為に、食物を食べるでしょう。でも、それは、植物や動物の死骸なんです。それと同じではありませんか?人間が生きる事はそれだけで罪なのです」
ナウシカ
「ええ、知っています。いえ、貴女の知っている以上に、わたしの両手は血まみれです。わたしの足元はわたしの殺した蟲や人達の死体で埋め尽くされています。わたしは重い罪を負った人間です。でも、わたしは生きるのが好きなんです。そして、みんなにも幸せに生きて欲しいんです。わたしは長い間旅をしてきました。そして、戦争によって苦しむ人々を観てきました。どうしてありふれた幸せの中で生きる事が許されないのでしょうか?何の罪が有って、あの人々は無惨な死を迎えなければならなかったのでしょうか?人間だけではありません。森や王蟲や蟲達も無数に死にました。何のために?誰のために?何故?戦争をけしかけている物が居るのを感じました。今判りました。それは貴女です。たとえ貴女を殺しても、死んで行った人々を取り戻す事は出来ません。苦しみを安らげる事も出来ません。しかし、これ以上、人々が苦しむのを観るのはもういやなんです。…光も空も人も蟲も、わたし大好きだもの!!お願いですっ!たとえ世界を滅ぼす為に作られたとしても、自らを封印して、二度と地上の人々を入れない様にする事は出来るはずです。これ以上、誰も苦しめないでっ!お願いです。貴女がわたしの母親だと云うのなら、云う事を聞いてっ!」
墓所の主
「ナウシカ…。お前は本当に優しい子です。でも、ここを封印したら、わたしとわたしの卵達は死んでしまいます。わたしには出来ません。たとえ、わたし達の生き残る事が、お前達を殺す事になろうとも」
ナウシカ
「どちらの命を選ぶか、決めろと云うのですか?わたしは、命を秤に掛ける様な人間は、既に人間ではないと知っています。そんな事は出来ません」
墓所の主
「ナウシカ、お前の気持ちは判っています。たとえ生き延びる可能性が少ないとしても、地上の人間の苦しみを除きたいのですね」
ナウシカ
「…ええ、そうです。許してっ!地上のみんなも、かあさん達もみんな助けてあげたいのに、どうすれば良いか判らないの…」
墓所の主
「お前の責任ではありません。お前はこの世界の重荷を良く背負い続けました。ナウシカ、わたし達を殺しなさい。地上の人々は救われるでしょう。しかし、お前は母親と兄弟を殺した罪人と云う名を永劫に背負う事になるでしょう。しかも、結局は人間を滅ぼす事になるかも知れません。それはとてつも無く大きな罪です。そう、それはとっくに覚悟しているのですね…」
ナウシカ
「…わたしはかあさんを殺します。そして、わたしも死にます。母親と兄弟を殺す罪人として…。かあさん、会えて良かった」
墓所の主
「ナウシカっ!お前は…」
ナウシカ
「オーマっ!聞こえますか?お前の光をここに送りなさいっ!」
オーマ
「そんな事をしたら、かあさんが…」
ナウシカ
「大丈夫、お前を悲しませたりはしないから…」
オーマ
「判った、かあさん…」

 巨神兵オーマ、プロトンビームを発射っ!。同時に、大破した融合炉が誘爆、白熱光が墓所の基部を包むと共に、構造物全体が崩壊を始める。オーマは死亡。墓所の胎内を漂うナウシカ。

墓所の主
「ナウシカ…、ナウシカ…」
ナウシカ
「え?ここはどこ?何も見えない」
墓所の主
「ナウシカ、お前は生きなさい」
ナウシカ
「かあさんっ!どこにいるの?」
墓所の主
「オーマとの最後の約束を守らなくてはね…。それに、お前の帰ってくるのを待っている人々が大勢居るのだから…」
ナウシカ
「かあさんっ!」
墓所の主
「お前は生きなさい…」


アスベル
「ナウシカっ!どこだっ!」

 カプセルを使い、ヴ王と道化、それにナウシカ親衛隊の蟲使いを回収したアスベルだったが、肝心のナウシカが見つからなかった。墓所の倒壊で危険となった為、止む無く墓所から脱出した。

 墓所の橋道手前。ミトが横たわりながらも、やきもきしている。

ミト
「アスベルっ!姫様は?!」
アスベル
「…見つからない」
ミト
「何だってっ!お前は何しに行ったんだ?!」
アスベル
「必死に探したんだっ!…でも…」

 その時、崩れ掛けた墓所の入り口が開き、ナウシカが現れる。橋道を渡ってみんなの前にやってくる。

全員
「ナウシカっ!無事だったか?!」
ナウシカ
「ええ、わたしは大丈夫。みんなも無事だった?」
アスベル
「ああ、大丈夫だ」
ミト
「アスベル、お前はどこを探していたんだ?」
アスベル
「ナウシカ、良かったよ。本当に良かった…」

 人目もはばからず、抱き合う2人。そこへ爆音が聞こえ、土鬼の浮砲台がやってくる。クシャナ達だ。皆、手を振っている。
 ナウシカ、それに向き直り、笑顔で手を振る。ふと、墓所の方を振り返り、真顔になる。

ナウシカ
「生きねば…。かあさん…」
アスベル
「え?何か云った?」
ナウシカ
「…ううん、何でも無いわっ!」

 アスベルの脇を駆け抜け、笑顔で手を振るナウシカ。


                          エンディングタイトル



あとがき


 キャラクターは作者を創造主としていますから、作者の考えの変化、制作状況の変化によってキャラクターが絶えず変化、進化するのは当然です。
 一方、読者や観客には別の事情があります。彼らには強力な「ATフィールド」(絶対不可侵の心の壁)が存在し、フツ〜の情報ではそれを突破して、彼らの心を動かす事は出来ません。しかし、心を動かす事の出来る作品とキャラクターと云うのは存在するのです。それは「ロンギヌスの槍」の様にあっさりと「ATフィールド」をぶちぬき、読者や観客に強烈なインパクトと感動と心酔を惹起こす事が出来るのです。いわゆる名作です。
 そして、名作に登場するキャラクターには一つの宿命が存在します。「キャラクターの一人歩き」と云う物です。キャラクターは感動によって、人々の心の中に生命を持つ事になったのです。生命は誰にも抑える事が出来ません。それは個体として人々と共に生きる事になったのです。そう、創造主たる作者から一人立ちした独立の存在として…。
 既に、ナウシカに宮崎駿は必要としないのです。彼が必死の思いでラストを描いたとしても、それは人々にとっては「一つの結末」、「一つのエピソード」に過ぎないのです。だが、彼は彼の事情で「原作ナウシカ」に決着を付ける必要があったのです。それは古い自分に対する「最後の挨拶」だったのかも知れません。何と云っても、彼は創造主である前に、原作ナウシカの最大にして最強のファンなのですから。
 わたしの中のナウシカは墓所の主との闘いに関して、「原作は違うっ!」と叫んでいます。よって、わたしは心の中のナウシカと共に「ナウシカ補完計画」を作り、彼女もわたしも満足しています。そう、これもナウシカ自身が手にした「一つの結末」だったのです。

 ナウシカはわたしの心の中で、わたしと融合している。(エヴァか?)(^_^)




おまけ

ナウシカ補完計画「外伝:残酷な天使の課題」


墓所の主
「良くぞ、ここまで来た。勇者ナウシカよ」
ナウシカ
「墓所の主、お前の最後だ。一千年前からの悪行の数々。お前の垂れ流す技の為に、戦火に焼かれ、或いは路傍の骸となって朽ち果てた者達、数知れず。この勇者ナウシカ、天に代わって悪を断つっ!」
墓所の主
「面白い。だが、ゲームは終わりだ。余のサイキックパワーから逃れた者はかつて居ない」
ナウシカ
「その様な物、わたしのATフィールドに取っては児戯に等しい…。オーマ、エネルギー充填開始っ!」
墓所の主
「ま、待てっ!命だけは助けてくれ。その代わりに良い事を教えてやろう」
ナウシカ
「お前の殺した物達も助かりたかっただろう…」
墓所の主
「お前は王蟲を愛しているな。いや、判っている。あれは余と同じ物だ。旧世界を滅ぼす為の兵器なのだ。我々は共に同じ所で創られ、王蟲は蟲達と共に腐海を守っている。腐海は旧人類を緩慢に滅ぼす為の兵器ではないか。余は余を創った者達の卵を清浄な世界に届ける為に創られた。旧人類の野心を煽る為に奇跡の技を垂れ流し、故意に大海嘯を起こさせ、腐海を広げて浄化を促進しているのだ。そして、もう一人の仲間がいる。お前だ」
ナウシカ
「バカなっ!」
墓所の主
「お前も、旧世界を滅ぼす為に創られたモノなのだ。王蟲と心を通わす人間。それは王蟲が人間の精神を侵略する為の先兵なのだ。精神汚染と云う奴だ。お前も又、我々と同じ所で創られた…」
ナウシカ
「旧世界を滅ぼす?それは逆だな。わたしはお前を滅ぼす。それは来るべき世界を滅ぼす事ではないか」
墓所の主
「お前は古き言い伝えを知っているか?『その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。失われし大地との絆をむすび、ついに人々を青き清浄の地に導かん』。金色の野とは光に満ち溢れた、この場所だ。大地との絆を失ったのは旧人類。人々とは新人類の卵達の事だ。この伝説の英雄が、お前なのだ。どうだ、お前は我々の仲間だ」
ナウシカ
「光栄だな。で、何が望みだ」
墓所の主
「お前には旧人類達に真実を教えて欲しい」
ナウシカ
「真実を?」
墓所の主
「そうだ。旧人類は腐海の尽きる時に、共に滅びると云う事を…。虚無に満ち、恐怖におびえる旧人類の心の飢餓にこの真実はどう反応すると思う?絶望だよ…。破滅だな。自分達には未来が無いって事だからな。奴らは恐怖の余り、絶望的な戦争を始めるだろう。腐海を焼き払うと云う。それは大海嘯を引き起こし、旧人類はじきに滅びる。お前は真実を語れば良い。信望の厚いお前なら十分な効果が期待出来る」
ナウシカ
「見事な作戦だが、わたしが承諾しなければ?」
墓所の主
「お前の手は血まみれだ。それはお前が一番知っている。お前は世界を滅ぼした連中の末裔なのだよ。お前は世界で最も重い罪人なのだ。その罪を償う為に、お前は必ず世界を救済するさ。それがお前の使命なのだから。旧人類が、自分の心に巣くう虚無を克服し、真の心の充足を得る為には、死ぬしかないんだ。不完全な心しか持たない人間。そいつが生きると云う事は、孤独におびえ、自由と云う名の魂の飢餓に苦しむ事に他ならない。苦痛だ。恐怖だ。絶望だ。彼らは、その恐怖故に自由を捨て、群がり、オレは一人じゃないと叫ぶ。それは錯覚の幸福。錯覚の補完。悪い酒に酔って気が大きくなった様なものだ。真の充足は死によってしか得られない。それが旧人類の宿命なのだ。腐海の恐怖におびえる人間達。彼らの苦しみを誰が償うと云うのだ。彼らの苦痛を取り除き、真の充足を与える事が出来るのは救世主だ。それがお前の使命なのだよ、ナウシカ」

 人類の補完が始まる…。旧人類の抹殺と、完全な心を持つ新人類の誕生が…。

end of text

佐藤クラリス作品集のホームページに戻る
著者: 佐藤クラリス/ nausicaa@msa.biglobe.ne.jp
HTML作成: 佐藤クラリス/ nausicaa@msa.biglobe.ne.jp