パロディー・うるうる・ラピュタ

by 佐藤クラリス (PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFC)

 2000年10月05日アップデート → メールアドレス変更
 このページは、PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFCの佐藤クラリスさんが、そこで連載した作品 パロディー・うるうる・ラピュタ の全文を掲載しています。なお、無断転載等は厳禁です。(編集者)

連載:パロディー・うるうる・ラピュタ       by佐藤

(1)

(前回までのあらすじ)
 謎の飛行石を持つ少女シータは、実は、かつておそるべき科学力で天空にあり、全地上を支配した恐怖の帝国ラピュタの正統な王位継承者リュシータ王女だった。
 ラピュタを手に入れようとする特務機関のムスカ大佐はシータに飛行石を起動する呪文を唱えさせる事に成功したが、封印が解けたロボットの放つ怪光線の為に難攻不落の要塞テディスは炎上した。


ムスカ
「私はムスカ大佐だ。ロボットにより通信回路が破壊された。緊急事態につき臨時に私が指揮を執る。ロボットは東の塔の少女を狙っている。姿を現わした瞬間をしとめろ。砲弾から信管を抜け。少女を傷つけるな」
砲台長
「生意気なロリコンロボットめ! ぶっ飛ばせ!」
砲手 
「オイ!気象条件を知らせろ」
兵士A
「風向は3時、風速2ノット、気温24度、湿度67%、気圧99000パスカル! 以上!」
兵士B
「おい、風が影響するのは分かるが、湿度や気圧が関係するのか?」
兵士A
「ああ、湿度や気圧が高くなれば、空気の密度が大きくなり、火薬の燃焼速度が違って来るんだ」
兵士B
「そんなに微妙なものなのか!?」
兵士A
「ああ、あの人はプロなのだ」
兵士B
「でも、僅か100メートルだぜ。目を閉じていても当てられるじゃないか!」
兵士A
「あの人は『ブルズ・アイ』を狙って居るんだ!つまり、ブルドックの小さな目玉を射抜くって訳さ」
兵士B
「凄いなあ」
砲手 
「よしっ!完璧だ! テー!」

ずどぉぉぉん!

ムスカ
「アアッ! ドジッ! 頭をかすっただけだ!」
兵士A
「ひぇぇぇぇ・・・」
砲台長
「わしゃ、知らんぞ!」
砲手 
「私は命令に従っただけです! 無罪です!」

ロボット
「ビーンボールだ!・・・このやろう!」

砲台長
「ああっ! まずい! ロボットが怒ったぞ!退場、退場! いや、退避ぃ!」

(2)

 砲台からの攻撃を辛くも回避したロボットは、反撃を開始した。怪光線を乱射して、砲台という砲台に浴びせかけた。砲台は白熱して、次々に大爆発を起こし、要塞テディスは、いまや火の海となった。

ムスカ
「ゴリアテ、何をしている! 直ちにロボットを砲撃しろ!」

無線兵
「要塞から通信が入っていますが・・・」
艦長 
「ええい、無線機の電源をひっこ抜け!無線機は壊れていたんだってな!ここで砲撃したら、この艦もやられてしまう。それに下は火炎で照準もつけられないし、第一、機体の水素に引火したらおしまいだ。引き上げだ!緊急上昇! 最大出力! ここから退避しろ!」

黒メガネ
「ゴリアテはウンともスンとも言いません」
ムスカ
「あの野郎! 無線封鎖して行方をくらます気だ!」

(3)

 その頃、東の塔の上ではシータとロボットが談笑していた。

シータ 
「まあ、そうだったの?貴方はあたしを助ける為に来てくれたのね。有難う」
ロボット
「そうなんですよ、姫様。それを姫様は逃げちゃうんだもん。ボク、困っちゃいますよ」
シータ 
「あら、御免なさいね。で、これからどうするの」
ロボット
「ボクが姫様をラピュタにお連れします。姫様はラピュタの王様ですから」
シータ 
「自分でも信じられないわ。 でも、パズーはどうしようかしら。 一緒にラピュタの宝を探すって約束したのに」
ロボット
「そうですね。如何でしょう? ここはひとまずラピュタに行って、それからあの方の谷に向かわれては?」
シータ 
「そうね。今はこの要塞から離れる事が大事だわ。周りは火の海で熱いし」
ロボット
「では、ボクにおんぶして下さい。それからベルトを出しますからそれで姫様とボクを縛って下さい。取っ手を掴んでいれば安定します」
シータ 
「分かったわ」
ロボット
「それと、万一のために、飛行石は離さないで下さいよ」
シータ 
「ハイ、ハイ」
ロボット
「では、行きまーす!」

 ロボットはシータを背中に載せ、胸のエンジンを全開にして一気に天空に舞い上がった。

(4)

 パズーとドーラ一家はようやく要塞を遮る丘を越えた所であった。

パズー
「ああっ!」
ドーラ
「どうしたんだい!まるで戦だよ。」
パズー
「行こう! おばさん!」
ドーラ
「船長とお呼び!」
ルイ 
「ママー! ゴリアテが逃げて行くよ。」
パズー
「あそこだ! シータが居る!」
ドーラ
「ナニッ!? どこだって?」
パズー
「このまま飛んで。 小さな塔の上にいる!」

 その時、ロボットはエンジンを全開してラピュタに向かって飛び立った。ヨロヨロしながら・・・

パズー
「ああっ!シータが飛んで行く! ロボットに乗って!」
ドーラ
「しまったあ、追いかけるんだ! みんなァ」
皆  
「速い! 無理だぁ!」
ドーラ
「しようがない。明るくなってから出直しだ!」

 ドーラ一家はさっさと引き上げて行ってしまった。

(5)

将軍 
「ムスカ! ロボットはどうした!」
ムスカ
「あそこです。」
将軍 
「ナニ・・・」

 ムスカの指さす方向。そこには朝焼けに映える雲の峰々が有った。

将軍 
「ゴリアテは何処だ?」
ムスカ
「要塞が炎上したので安全のため退避させました。ロボットを追跡し、ラピュタを見つけるにはゴリアテが必要です。直ちに連絡を取り、兵を載せて出発したいと思いますが。」
将軍 
「分かった。すぐにやれ。」

無線兵
「ゴリアテと連絡が取れました。」
ムスカ
「次の文を打電しろ。『モウロ将軍からの命令。艦長の戦闘回避行動の責任は不問に付す。無線機の故障による命令不徹底と認める。直ちに帰投せよ。我々はラピュタに向かって出発する。』」
無線兵
「入電しました!」
無線兵
「『了解。直ちにテディスに戻る。』との事です。」

 やがて、ゴリアテの巨大な艦体が再び要塞の上に現われた。

ムスカ
「将軍に伝えろ。予定通りラピュタに出発すると。」

(6)

 ドーラ達はスラッグ渓谷にさしかかった。

ドーラ 
「お前の谷だ。全く、とんでもないムダ足だったよ。」
パズー 
「おばさん、ボクを船に乗せて下さい。」
ドーラ 
「船長と言いな!飛行石を持ったシータはラピュタに向かってしまったんだ。今更、お前を乗せて何の得が有るんだい。」
パズー 
「だからぁ、ボクはシータに会いたいんです。それにラピュタの宝が欲しいんなら、ボクを連れて行った方が得ですよ。シータはボクの言う事なら聞いてくれますから。」

 クソ!小僧のくせに痛い所をつくわい。実の所、あたしも連れて行きたかったんじゃ。
かと言って、こっちが『した手』に出るとつけあがるからの。
 ドーラは内心舌を巻きながら、うわべは強気で言った。

ドーラ 
「フン、宝はいらないとか、女に会いたいとか、海賊船に乗るには動機が不純だよ」
ルイ  
「ママーーーーッ 連れてくのォ」
ドーラ 
「変な真似したらすぐ海に叩き込むからね!」
パズー 
「ウン!」
ルイ  
「やったー!掃除洗濯しなくて済むぞ。」
アンリ 
「皿洗いもだ。」
シャルル
「芋の皮ムキもな!」
シャルル
「お前、『満漢全席』造れるか?」
パズー 
「え・・何、それ・・・?」
ルイ  
「おれなぁ、『フォワ・グラ・トリュフェ』が好きなんだ」
パズー 
「聞いた事もないよ・・・」
アンリ 
「・・・じゃあ、お前、何が造れるんだ?」
シャルル
「目玉焼だって! おい!みんな! ひどい食事になりそうだぜ・・・!」
ルイ  
「あああぁぁ・・・」

 ドーラの息子達の冷たい視線を浴びて、パズーはしょぼくれてしまったのだった。

(7)

 付近を一周すると、何の変哲もない岩山からタイガーモス号が現われた。ドーラ達は次々に格納庫に入って行った。

ドーラ 
「早くしな。こっちだよ。」

 タイガーモス号の先端にあるコクピットに連れて行かれたパズーはドーラに、シータとロボットが飛んで行った方向を聞かれた。

ドーラ 
「そうすると殆ど真東だね。間違い無いだろうね?」
パズー 
「そう言われると、あんまり自信が無いんです・・・。」
ドーラ 
「シャルル、お前はどうだい?」
シャルル
「俺は真東より少し北だと思ったんだが・・・」
ルイ  
「にいちゃん、あれは少し南だったよ!」
アンリ 
「いや、東北東の方だったよ・・・」
ドーラ 
「・・・お前達・・・。 まさか、あたしの事をおちょくっているんじゃなかろうね・・・?」
息子達 
「い、いや、まさか。とんでもない。」
ドーラ 
「しようがないねえ。じゃあ、まん中を取って真東に向かうとしようか。」

(8)

アンリ 
「ママ ゴリアテの方が脚が速いよ。どうするの?」
ドーラ 
「この前取り付けたスーパーチャージャーを使ってみるよ。うまく行けばゴリアテと互角になるはずだ。」

 ドーラは伝声管に向かって怒鳴った。

ドーラ 
「みんな、良ーくお聞き! シータは既にロボットでラピュタに向かった。ゴリアテもラピュタに向かっているはずだ。あたしらは奴の先回りをするよ!奴を最初に見つけた者にはメイプルリーフ1オンス金貨10枚を出すよ!」
みんな 
「10枚!」
ルイ  
「えーと、税込み買取り価格が1枚5万7千円として・・・57万円!!」
シャルル
「すげェ・・・」
ドーラ 
「ラピュタがどんな島だろうが、まっとうな海賊を慰めてくれる財宝くらい有るはずだ!さあ、みんな、しっかり稼ぎな!」

 ドーラ一家はボーナス予告が出たために、急にやる気になって大忙しとなった。

(9)

 ドーラはパズーを台所に連れて行った。

ドーラ 
「お前の持ち場だよ」

 そう言われて入った所は、一体何だったんだろう?!
 此処は腐海か!
 食べ残しとゴミが当り構わず散乱し、皿は汚れたままうずたかく積み上げられ、ナベや、フライパンは殆どその形が分からない程、カスが付着している。天井と壁、床は油とススで真っ黒クロスケになっており、しかもベタベタして無数のハエやゴキブリ(それに少数の真っ黒クロスケ)が張り付いて死んでいる。
 天井からは肉やニンニクがぶら下がっているが、それさえも既に猛臭を放っている。台所の隅に積み上げられた野菜類は鮮度を失っていて、一部は蟲どもの住処となっている。
 しかもカビが全体に繁殖していて、赤や黒、白と言った不気味なコントラストを描いている。
 まるで巨大なゴミ溜か、そうでなければ綿密に設計された地獄の様な有様であった。

パズー 
「うううう・・・オエェェェ・・・」
ドーラ 
「吐くんじゃないよ! 余計汚くなるから。食事は1日5回。水は節約するんだよ」

 そう言うと、ドーラはさっさと出て行ってしまった。
 いや、ドーラにしてもそれ以上居られなかったに違いない。

(10)

 パズーは鼻の穴にニンニクを詰めて、口で呼吸をしながら台所の掃除に取り掛かった。数時間の奮闘の後、ゴミ溜はやっと台所に変身した。

 今度は食事の準備である。パズーは精いっぱいの努力で、目玉焼とバケツラーメンを作ったが、ドーラ一家の評価はすこぶる悪かった。

アンリ 
「何だい! 本当に目玉焼なのか!」
シャルル
「信じられるか! これが夕食なんだぜ」
ルイ  
「あああぁぁ・・・」

 皆はブスッとして食べるだけ食べ、飲むだけ飲んでいる。

シャルル
「そうだ! お前、夜の当直もやるんだぞ。」
パズー 
「当直?」
シャルル
「見張りの事だ。2時から4時迄でいいだろう。なあ。」
パズー 
「分かったよ・・・」

 その夜。

ルイ  
「おい!! 起きろ。当直の時間だ。」
パズー 
「ふあぁぁ・・・。もう・・・」
ルイ  
「時計を見てみろ。2時になっているだろう。」
パズー 
「・・・本当だ・・・やけに眠いなあ」
ルイ  
「持って行け。寒いぞ。お前は上だ。」

 パズーは眠い目をこすりながら、タイガーモス号の船腹を登って行った。彼は、ルイが時計の針を1時に戻したのを知るはずもなかった。

(11)

パズー 
「交替だよ。」
アンリ 
「ありがてえ」
パズー 
「変わった事は無かった?」
アンリ 
「ああ。」

 アンリはガチガチと歯を鳴らしながら、降りて行った。だが、うかつな事に彼らは、遥か上空をキラリと光る機影が移動している事に気付かなかった。

パズー 
「う゛う゛う゛ぅぅぅ・・・寒いなあ。」

 ただでさえ冷たい上空の空気は風となって容赦なくパズーの体温を奪って行った。パズーは体を震わせながらシータの事に想いを馳せるのであった。

パズー 
「シータァ・・今頃どうしているだろうなあ。ロボットの背中に乗って行ってしまったけれど、やっぱり寒かったろうなあ。今頃はラピュタに着いて楽しく暮らしているのかなあ。それとも地上に帰りたがっているのかなあ。宝物は一杯有ったのかなあ。食べ物は有るのかなあ。」
ドーラ 
「コラァ! パズー! 夜中に独り言を言っているんじゃない!ちゃんと見張りをするんだよ!」

 突如、伝声管からドーラの怒鳴り声が聞こえてきた。

パズー 
「びぇぇぇ!」

 パズーは余計震え上がってしまった。

 その時、地鳴りのような振動がパズーを揺さぶった。

パズー 
「何だろう?」

 周りを見回すと、タイガーモス号の周囲の雲が徐々に黒ずんで来るようであった。

 振動はプロペラ音に変わった! パズーは伝声管に向かって声を振り絞った。

パズー 
「ゴリアテだ! 真下にいるぞ!」

 その声よりも先にドーラは部屋を飛び出して甲板の手すりに取り付き周囲を見回した。

ドーラ 
「何処だって?」

 と、次の瞬間、タイガーモス号は物凄い衝撃とともに突き上げられた。ゴリアテが真下から衝突したのである。

(12)

 タイガーモス号は下部構造を大破してゴリアテの上にのっかったまま停止した。

ドーラ 
「みんなァ! 無事かい! 被害状況は?!」
アンリ 
「ママー! 格納庫が潰れたよ! フラップターが全滅だ・・・!」
ドーラ 
「何だってェ・・・」
老技師 
「エンジン大破! 脱出しよう! ぐずぐずしていると燃えちゃうよ!」
アンリ 
「ゴリアテの砲台がタイガーモス号に食い込んで離れないよ!」
ドーラ 
「クソッ! 絶体絶命かい・・・!」

 ゴリアテは空中で停止した。ハッチから命綱を着けた兵隊が飛び出し、小銃や機関銃を構えた。やがてムスカ大佐が現れ、タイガーモス号に近付いた。

ムスカ 
「海賊の諸君! もはや逃げられん! 大人しく降伏したまえ!」
シャルル
「ママー!どうするの?!」
ムスカ 
「射てー!!」

 ドババババッ!!
 機関銃がタイガーモス号の船体を掃射した。

ムスカ 
「海賊の諸君! 降伏しろ!」
ドーラ 
「分かった! 降伏する。 射つな!」

 ドーラ達は手を挙げてゴリアテの船体の上に降りた。

ムスカ 
「これで全員か? 残っていても無駄だ。直ちに切り放すからな。」
ドーラ 
「全員だ!」

 ムスカ大佐はドーラ一家の顔を眺めていたが、パズーの顔を発見して言った。

ムスカ 
「これはこれは、パズー君ではないか。いつの間に海賊の仲間になったんだね?」
ドーラ 
「違う! この子は人質だ!」
ムスカ 
「ほう、海賊は人質を見張り台に置くのかね?まあ良い。まもなく、お前達にはたっぷりと縄をくれてやる。」

 その時、パズーがムスカに近付き、言った。

パズー 
「ムスカ。話がある。」
ムスカ 
「何だね。パズー君」

 二人はちょっと話をしていたが、やがてムスカはドーラ一家に向かって言った。

ムスカ 
「海賊は発見次第縛り首にして良いのだが、今回はラピュタの方が優先する。処刑は後回しにし、君達は牢屋に入ってもらう。 おい! 連行しろ!パズー君はこっちだ。」
シャルル
「一体、どうなって居るんだ?」

(13)

 ドーラ一家はゴリアテの下部にある倉庫に押し込められた。

 兵士はタイガーモス号のガス嚢を破って浮力を無くし、更にゴリアテから切り放した。タイガーモス号はゴリアテの船体をかすめる様にフワリと雲海に落ちて、そして、消えて行った。 パズーは悲痛な面もちでそれを見送った。「ドーラ達に見せなくて良かった・・・」

 ゴリアテは再び前進を開始した。

ムスカ 
「パズー君、こっちだ」

 ムスカはパズーを船内に招いた。

ムスカ 
「確かにキミは利用価値がある。何しろ、ラピュタを写真に撮ったあの冒険家の息子さんだったとはね。あの本は私も読んだが、それ以外に色々情報が有るそうじゃないか?」

 ムスカはそう言って、心の中で呟いた。

「それにしても一番の利用価値はシータに対する押えに使えるって事だがね。」

パズー 
「ええ、色々有ります。」
ムスカ 
「それを教えてくれる約束でキミと海賊どもの命を助けているのだ。早速教えてくれたまえ」
パズー 
「良いでしょう。まず、ラピュタは『竜の巣』と呼ばれる巨大な低気圧の中心に居ます。」
ムスカ 
「そうか! それで見つからないのだな。しかし、その様な所にどうやって行く事が出来るのだ?ロボットと言えども難しいのではないか?」
パズー 
「ボクの想像ですが、飛行石を持った者が近付くと嵐が止むのではないでしょうか?」
ムスカ 
「それは考えられる。と、言う事は、シータが到着した後はどうなるのだ?」
パズー 
「きっと、嵐は止んだままになっているのではないでしょうか?」
ムスカ 
「そう有って欲しいものだ。」

(14)

ムスカ 
「我々は飛行石の光が指した方向に進んでいる。もうそろそろ遭遇しても良い頃なんだが。」
パズー 
「進路がずれているとか・・・」
ムスカ 
「パズー君、我々はプロなのだ。索敵のやり方は任せておきたまえ。このゴリアテには3隻のロケット艇が積んである。現在、その内2隻を本艦前方10Kmの左右に展開して有る。残りの1隻は本艦上方1Kmだ。このフォーメーションと、この視界なら40Km四方はカバー出来るだろう見逃すはずはない。」

 ムスカが自信に満ちた説明をした時、電話が鳴った。

兵士  
「大佐! ブリッジから緊急連絡です。」
ムスカ 
「ムスカだ。・・・ナニ! 1号艇の通信が途絶えた! 故障ではないのか?何いィ! 火を見たァ!・・それだ!  ラピュタはそこに居る!よし! すぐブリッジに行く!」
パズー 
「どうしたんですか! ラピュタが見つかったんですか?!」
ムスカ 
「キミはそこで待っていたまえ!」

 ムスカは答えるのももどかしく、疾風の如くブリッジに向かった。 パズーは取り残された。

「とうとうラピュタが見つかった!」

 彼の心の中では未知に対する期待と不安、それにシータの面影がごっちゃになっていた。

(15)

 ブリッジは緊迫した空気に包まれていた。

将軍  
「遅いぞ! ムスカ」
ムスカ 
「閣下。1号艇はどうなりましたか?」
将軍  
「今調べているところだ。2号艇を救助に向かわせている。」
ムスカ 
「何ですって! まずい・・・!」
将軍  
「どうした?」
通信兵 
「2号艇から入電です。『1号艇の乗員を発見。全員無事。緊急用バルーンで浮遊している。本艇は1号艇の乗員を回収後、帰艦する。』以上。」
将軍  
「そうか!良かった。」

 ブリッジはどっと安堵の息をつこうとした。しかし、ムスカはそれを遮った。

ムスカ 
「2号艇に緊急連絡だ!」
通信兵 
「ハア?」
ムスカ 
「打電しろ!『緊急連絡。直ちに帰艦せよ!』」
将軍  
「ムスカ!何事だ!」
ムスカ 
「閣下! 1号艇を撃墜したのはロボットです。2号艇が危ないのです!」
将軍  
「ナニ・・・! それは真か!」
ムスカ 
「間違い有りません。 聞こえないのか!2号艇に緊急連絡だ!」
通信兵 
「ハッ!」

 その時、2号艇から入電が有った。

通信兵 
「2号艇から緊急連絡です!」
一同  
「・・・!」
通信兵 
「『攻撃を受けた!ロボット・・・』・・・通信途絶!2号艇通信途絶!!」
兵士  
「火が見えます。進路前方に!」

(16)

 オレンジ色の炎が揺らめきながら僅かに上昇し、やがて力尽き、震えながら降下して行った。それは最後の瞬間に雲海を照らし、その猛々しくも滑らかな表面に吸い込まれて行った。

将軍  
「うう・・・・退避だ! 進路反転! ここから退避しろ!」
ムスカ 
「閣下! お待ち下さい!」
将軍  
「ムスカ! なぜ止める! 此処にいたのでは本艦もやられてしまうぞ!」
ムスカ 
「閣下! 我々は切札を持っているのです。」
将軍  
「な・に・・・・!」
ムスカ 
「停船しろ。」
機関士 
「ハッ! 機関停止!」
ムスカ 
「閣下! 現在ラピュタを動かしているのはシータです。そして、ロボットもしかりです。」
将軍  
「うむ・・」
ムスカ 
「我々はそのシータが命を掛けて守ろうとした人間を捕らえて有るのです。」
将軍  
「そうか! あの少年か!」
ムスカ 
「はい。 あの少年を人質にしている事をシータに見せつければ、彼女は我々を攻撃できません。その隙を付いて本艦はラピュタに突入するのです。」
将軍  
「素晴らしい! 分かった! その作戦の指揮はキミに任せよう!」
ムスカ 
「ハッ! 有難うございます! 全力を尽くし、必ず成功させます!」

(17)

 ムスカは振り返り、命令を下した。

ムスカ 
「中尉! あの少年を連行し、船外アンテナに縛り付けろ!」
黒メガネ
「ハッ!」
ムスカ 
「艦長! 全艦に戦闘体制を発令!」
艦長  
「ハッ!」
ムスカ 
「3号艇に打電!『直ちに帰艦せよ』と。」
無線兵 
「ハッ!」

 ゴリアテの艦内には戦闘体制発令のブザーが鳴り響いた。

パズー 
「なんだろう?」

 パズーは椅子から腰を浮かせて周りをうかがった。 と、突然ドアが開き、黒メガネと何人かの兵士が入ってきた。

黒メガネ
「パズー君。ムスカ大佐の命令によりキミを連行する。」
パズー 
「何だって? ラピュタはどうしたんだ!」
黒メガネ
「こい! ・・・おい!」
兵士  
「ハッ!」
パズー 
「何をする!!」

 兵士達はパズーを押さえつけ、縄で縛って、ぐいぐいとハッチに引きずって行った。パズーがアンテナの柱に縛り付けられた時、ハッチからムスカが現われた。

パズー 
「やい! ムスカ! 何の真似だ!」
ムスカ 
「パズー君、まあ、落ち着きたまえ。いよいよキミに役に立ってもらう時が来たのだ。」
パズー 
「え・・・?」
ムスカ 
「キミをここにさらして置けば、ロボットを操るシータは我々を攻撃できないのだ。」
パズー 
「そんな事、分かるもんか!ロボットが勝手に攻撃するかも知れないじゃないか!」
ムスカ 
「それは、いずれ分かる。我々は反応が知りたいのだ。それによって次の手が決まる・・・。キミは好運だよ、パズー君。何しろ最高の場所からラピュタを拝む事が出来るのだからな!もうすぐ夜が明ける。では・・また会おう。」
パズー 
「くそー!」

(18)

 パズーは縄を解こうともがいたが、それは無駄な努力であった。仕方なく、ため息をついて、周りをキョロキョロ見回した。漆黒の闇の様な世界が、徐々に光を取り戻し始めていた。濃い藍色のうねりが次第にはっきりとしてきた。
 突然、爆音を響かせて、ロケット艇が近付いてきた。赤いライトが点滅している。

パズー 
「あれが3隻有ると言う内の1隻だな・・・。そうだ!あれを使って脱出出来れば・・・」
ロケット艇はゴリアテに着艦した。

 ここはゴリアテの下部にある倉庫の中。ドーラ一家が閉じ込められている。

ドーラ 
「あの音は何だい」
ルイ  
「ロケット艇だよ。ここに積んでいる奴さ。」
ドーラ 
「ゴリアテを乗っ取るか、それともロケット艇で脱出するかだが・・・。」
シャルル
「ママー。早く逃げようよ!」
ドーラ 
「待ちな! やっぱりロケット艇を使ってラピュタに行くのが良いだろう。みんな! 縄は切れたかい?」
シャルル
「とっくの昔だよ! みんなウズウズしているんだ!」
ドーラ 
「よっし! ゴリアテに動きがあったら、直ちに行動だよ!」

(19)

 新しい太陽が今まさに生まれようとしていた。
 天空と雲海を分ける一本の線は白熱し、あらゆる物を浮かびあがらせようとしていた。憂うつな影の世界に浮かぶ、形のあやふやな物達はその正体を暴かれる時が来たのだ。

 一条の輝きがパズーの目に飛び込んで来た。

 それは次の瞬間、感嘆と驚愕の叫びに変わった。金色の草原にたなびく無数の波。それは黒に近い程蒼い天空を背景に、神々の啓示の様に忽然と現われた。
 見る者の意識をさえ超えるその広さ! 見渡す限りの金色の雲海であった。

 しかし、パズーが見たのはそれだけではなかった。

 それは、天空に浮かぶ巨大なシャンデリア。
 逆光気味の陽の光をその輪郭に浴びて、ダイヤモンドの林の様に鋭い反射光を発する天空の城ラピュタであった。
 幾何学的な安定さを持った三角形のフォルムの上部は頂上に向かって伸びて行く尖塔が埋め尽くし、皿を伏せた様な底部は鉛色の鈍い光を放っていた。
 かなりの距離でありながら、視界を遮るその大きさ!
 天空をさまよう巨大な都市がそこに有った。

「ラピュタ・・あれがラピュタ!・・・」

 パズーは風の寒さも忘れて、まばたきを知らない人の如く食い入る様に見つめていた。

(20)

将軍  
「ムスカ! ラピュタだ!」
ムスカ 
「素晴らしい・・・! いや、これ程迄の物とは考えて居ませんでした・・」
兵士A 
「ロボットが見えます。」
兵士B 
「1号2号両艇の乗員が浮遊しています。」

 天空にそびえ立つラピュタとゴリアテの間には、ミラーボールの様な風船が数個浮いている。そこにはロケット艇の乗員がぶら下がっていた。
 更には銀色の衣をまとった天人の様におおらかに泳ぐロボットが何台か居た。


ムスカ 
「ふーむ。ロボットは風船を攻撃しないな・・・。やはりそうか。」

 ムスカは自信を深めた様に笑った。

ムスカ 
「よーし、ゆっくり前進だ。」
機関士 
「微速前進!」
将軍  
「ムスカ! このまま行くとロボットの群れの中だぞ! 大丈夫なのか!?」
ムスカ 
「閣下。ご安心下さい。我々はあのロボットくらいすぐにたたき落とせます。全ての砲に射撃用意だ! 目標はロボット!命令したら、一撃で全滅させるんだ!」
火器管制官
「全砲台、射撃用意! 目標ロボット!」

 ゴリアテはラピュタに向かって前進を開始した。それに気付いたロボット達もゴリアテに向かって移動を始めた。

(21)

パズー
「わあ! ロボットだ! こっちに来るぞ!」

 パズーは恐怖を覚えて、叫んだ。
 ロボットは既にかなりの距離まで接近している。 と、急にロボットはゴリアテを避ける様な行動をとり始めた。

 ゴリアテはその間をくぐる様に進み、緊急用バルーンに接近した。フックで引き寄せ、1号艇、2号艇の乗員はやっと救助された。その間、ロボットはゴリアテの周囲を飛び回り、しきりに偵察をしている様であった。

兵士 
「1号艇、2号艇の乗員を全員回収しました。全員異状有りません。」
ムスカ
「よくやった。ご苦労。・・よーし、遊びは終わりだ。 いよいよ見せてやろうじゃないか! 世界最大最強の飛行戦艦、ゴリアテの威力を!」

 ムスカは傲然と笑い、命令した。

ムスカ
「1分後に一斉射撃を開始する。全速力! ラピュタに突入せよ!」
機関士
「機関全速!」
火器管制官
「全砲門、狙え!」
各砲台  
「射撃準備、ヨシ!」
火器管制官
「テェー!!」

 ズドーン。ズズズバーン!

 ゴリアテの全砲門が一斉に火を吹き、標的のロボット達はあっと言う間に粉砕、四散した。

将軍 
「オオッ! やったな! 素晴らしいぞ! ムスカ!」
兵士 
「やったァ!!」

パズー
「アアッ! 酷い事するなあ・・・」

 パズーは全速でラピュタに突入する風圧に体がふっとびそうになりながらつぶやいた。 と、ラピュタからキラキラ光るものが金粉の様に舞い上がった。

「あれ? 何だ。あれは・・ !!・・ロボットの大群だ!」

(22)

 ラピュタから無数のロボットが飛来してきた。

兵士 
「ロボット多数接近!」
将軍 
「ムスカ! どうするんだ!」
ムスカ
「大丈夫です。全砲門、撃ちまくれ!!」
火器管制官
「全砲門、連射!」

 ロボットはゴリアテの砲台めがけて細い怪光線を発射し、次々に砲身を溶かした。

砲台 
「ウワァ! 砲身がやられた!」
ムスカ
「ええい! 構うな! 砲身が焼け付くまで撃ちまくれ!」
砲台 
「・・もう、焼き付いていますが・・・」
ムスカ
「ええい! 知るか! 勝手に判断しろ!」

 一団のロボットがパズーめがけてやってきた。

パズー
「わー! 寄るな! 触るな! 近付くな! しっ!しっ!」

 ロボットはパズーが縛り付けられているアンテナの柱に向かって怪光線を発射し、切断に成功した。

パズー
「取れた! そうか! シータが助けてくれたんだ・・・!」
無線兵
「無線が不通になったぞ! やられた!」
ムスカ
「直ちに復旧しろ! 人質のパズーはどうなった?」

 兵士がハッチを開けて外に出た。 その途端、パズーの鋭い蹴りが見舞った。

兵士 
「ぐわァー」

 機内に転落する兵士。ハッチから飛び降りるパズー。

ムスカ
「ああっ! パズー! 逃げるか! 追え! 逃がすな! 捕まえろ!」

パズーは向かって来る兵士をなぎ倒し、一気に船体下部のロケット艇に向かった。

(23)

パズー 
「えーと、どっちに行けば良いんだろう?」

 パズーは広い艦内で迷ってしまった。戦闘中なので追手の少ないのが唯一の救いであった。

ドーラ 
「パズー! こっちだ!」

 ドーラの声が聞こえた。

パズー 
「ドーラ!」
ドーラ 
「待っていたよ! こっちから行こうかと思っていたんだ。さあ、グズグズしないで、さっさと逃げるんだ!」

 ドーラに付いて行くと、ドーラ一家の面々が通路で待ちかまえていた。

パズー 
「みんなも良く出られたね。」
シャルル
「へへっ! 見張りを片付けるのなんて朝飯前さ!」

 ロケット艇の搭乗口が見えた。一同は素早く乗り込んだ。

ドーラ 
「よっし、みんな乗ったかい! じゃあ、脱出するよ!」

 ドーラはゴリアテとの接続金具を外して、一気にゴリアテから離艦した。

兵士 
「大佐! ロケット艇が勝手に離艦しました!」
ムスカ
「何い! あれはパズーだ! 逃がすな! 撃ち落とせ!」
火器管制官
「無理です。全砲門は破壊されました・・・。」
ムスカ
「おのれェ! こうなったら、体当りだ! 進路をロケット艇に向けるんだ!」
機関士
「推進用プロペラがやられました!」
航海士
「上昇用プロペラ破損! 高度、低下中!」
兵士 
「舵をやられた!」
将軍 
「んんん・・・ムスカァ! 何だ! この有様は!」
ムスカ
「・・完敗です。人質も逃げてしまいました。これ以上突き進むとゴリアテは沈没です。一旦テディスに引き返し、出直しましょう。」
将軍 
「だから、ワシは言ったんだ・・! 撤退だ! 転進しろ!」
艦長 
「閣下! 舵がききません。高度も低下中です。無線も壊れています。 このまま不時着するしか有りません。」
将軍 
「どこに向かっているんだ!」
艦長 
「そ、それが敵国でして・・・」
将軍 
「な、なにい・・・!!」

 プロペラを不規則に廻しながら、ゴリアテは雲海の中に消えて行った。その上ではロボット達が勝利の旋回を繰り返していた。

(24)

 一方、ロケット艇は周りを多数のロボットに取り囲まれながら、ラピュタに向かっていた。

シャルル
「ママー! 大丈夫なの・・ロボットに囲まれているけど。」
ドーラ 
「心配いらないよ。ロボットはこれにパズーが乗っているのを見ているんだ」
シャルル
「ママー! 見てー! ロボットが追い越して行くよ!」

 ロボットは速度を増し、ロケット艇をみるみる追い抜いて行った。

パズー 
「ロボットのトンネルだ・・・!」

 ロボットの編隊は円筒状になった。

ドーラ 
「そうか、飛行場か何かの進路を示しているんだね・・・。」

 ロケット艇はロボットのトンネルの中心を通ってラピュタに接近した。

ドーラ 
「留める所なんて何処にも無いじゃないか・・」

 と、言った途端、正面に見えるラピュタの城壁の一部がふっと消えた。そして、巨大な四角い穴が出現した。その中は真昼の様に明るく、何本もの線が書かれていた。

シャルル
「滑走路だ!・・・すげェ・・・」
ドーラ 
「よし、着陸するよ!」

 ドーラはロケット艇を滑走路に載せた。すると、ふわっと言う感触とともに減速が掛かり、ロケット艇はすぐに停止した。

ルイ  
「この滑走路は石じゃないんだ!」
パズー 
「特別の力が有るみたいだね。」

ドーラ 
「降りてみよう」
シャルル
「ママー! 大丈夫なの・・?」
ドーラ 
「男がいちいちビクビクするんじゃないよ!」
パズー 
「ボクが先に降りるよ。」

 そう言うが早いか、パズーは一番先に飛び出した。

パズー 
「なんて広い滑走路なんだ!」

 ドーラ一家もおそるおそる降りてきた。すると、ロケット艇の近くの滑走路に描いて有る丸い模様が急に、ボッと光り、その上に数台のロボットが現われた。

ルイ  
「ギエェェェェ!! で、出たあ!!」
シャルル
「に、逃げろー!!」

(25)

 ロボットはパズー達に近付き、恭しく一礼した。

ロボット
「ラピュタ帝国にようこそいらっしゃいました。私はラピュタ王リュシータ様の家来でございます。」
パズー 
「ボクはパズーだ。シータに会いたい。」
ロボット
「はい、リュシータ様もお待ちかねです。では、こちらに。」

 パズーとドーラ一家はロボットの示す丸い模様に進もうとした。

ロボット
「誠に申し訳ございませんが、パズー様のみ、お連れせよとのご命令でございます。」
シャルル
「なんで、俺達は行けないんだ! え!」
ドーラ 
「そりゃあ、仕方無いさね。あたし達はシータを追いかけ廻しているだけだったからね。」
ロボット
「リュシータ様は、海賊の皆様には別な物をお見せするようにとのご命令でございます。」
ルイ  
「なんだ、それ・・? 別な物って?」
ロボット
「ラピュタ帝国の宝物庫でございます。」
ルイ  
「・・・ホウモツコって、・・・ひょ、ひょっとして、財宝か!?」
ロボット
「左様でございます。」
アンリ 
「どっひぇー!! シータってホントに気が利くなあ! うん、うん」
シャルル
「ママー! 早く行こうよ!」
パズー 
「ボクも見てみたいな・・」
ロボット
「では、ご一緒にどうぞ。」

 パズーとドーラ一家は滑走路に描いて有る丸い模様に進んだ。

ロボット
「では、宝物庫に参ります。」

 次の瞬間、ロボットとパズー、ドーラ一家は忽然と消え失せた。

(26)

 更に一瞬後、彼らはラピュタ帝国の宝物庫に現われた。ロボットは扉に向かって叫んだ。

ロボット
「オープン、セサミ!」

 すると、巨大な壁が重低音を響かせながら開いた。
一同  
「オオッ!」

「すげェ・・・!!」

「!・・・!!」

 金塊の山にプラチナの谷、谷を流れるサファイアの川、山々を覆う珊瑚樹には大粒の黒真珠やルビー、エメラルド、オパールの木ノ実がたわわに実り、遥か遠くの山にはダイヤモンドの冠雪が降り積もっている。
 そこは財宝で作り上げた人工の渓谷であった。

ドーラ 
「宝の山だ・・・まさしく!!」

ロボット
「かつて、ラピュタ帝国は全地上を支配しておりました。その当時に世界の領地から運んだ財宝です。人類が今迄に掘り出した全ての財宝の半分はここに有ります。」
シャルル
「ママー! 俺達が一生掛かっても勘定出来ない位有るよ!」
ドーラ 
「うーん・・・」
ロボット
「リュシータ様から海賊の皆様に伝言がございます。この財宝を好きなだけ持って行って構わない、と。」
シャルル
「ええー、ホントかい、そりゃあ!!」
アンリ 
「気前が良いなあァ・・・」
ドーラ 
「冗談じゃないよ、こんなに沢山見せられたら、うんざりしちゃうよ。」
ルイ  
「ママー、とにかくめぼしい物を探そうよ!」
ドーラ 
「めぼしい物だって?! ここに有るのは世界の一流品ばっかりだよ。ちょっと見れば分かるよ。全く、とんでもない所だよ。此処は・・・!!」
一同  
「へエェー・・・」

ロボット
「パズー様、ではそろそろ参りましょうか?」
パズー 
「あ、ああぁぁぁ・・。そうだね。じゃあ、シータの所に。」
ロボット
「リュシータ様は、その前にラピュタの心臓部へご案内する様にとの事でしたが。」
パズー 
「分かった。では、まず、そちらの方に行こう。」

 ドーラに別れを告げ、ドーラ一家と何台かのロボットを残して、パズーと案内のロボットは消えた。

(27)

 パズーと案内のロボットが来たのは、巨大な空間であった。幅と、高さは共に50m程有り、長さは200mを超えそうであった。
 塵一つ無い床は壁や天井と同じく純白で光沢を持った光を放っていた。ひんやりとした空気が漂っていた。
 その部屋の床の中心には半球を伏せた様なものが3つ有り、そこからは青白い光が一面に広がっていた。

パズー 
「ここは何なの?」
ロボット
「ここはラピュタの中心部、動力室でございます。ここで生み出した力でラピュタを天空に支え、ラピュタの中の色々な機械を動かすのでございます。」
パズー 
「ラピュタはどんな力で動いているの?」
ロボット
「かつて、私達の創造主たるラピュタ人は奇跡の技を持っておりました。それは物質を消滅させ膨大な力に変える技です。」
パズー 
「物質を膨大な力に変える技?!」
ロボット
「左様でございます。その力を用いてラピュタ人は島を天空高く浮かべ、我々ロボットを生み出し、『ラピュタのイカズチ』と呼ばれる恐るべき兵器を創り出しました。」
パズー 
「『ラピュタのイカズチ』?」
ロボット
「左様でございます。『イカズチ』は100Km四方の国を一瞬にして焼き付くして滅ぼす事が出来る、最強の兵器でございます。」
パズー 
「うう・・・そんな凄いものがあるのか!」
ロボット
「ラピュタ人の力にかなう者は居ませんでした。ラピュタを主人と認めず自分の自由を守ろうとした国々はことごとく焼かれ滅ぼされました。当時、ラピュタに比類するほどの科学力を持った国々も火の海となって、それらの技は総て失われました。 全地上はラピュタの物となりました。それは今から、5000年程前の事です。それから、2000年の間、ラピュタは全盛期を迎えました。しかし、王族の争いで、勢いが無くなり、地上との関係も薄くなって、中米から南米の地域だけに活動を限る様になりました。今から、2000年程前の頃から、人口の減少が目立つ様になり、ついに1000年前の時、原因不明の伝染病が流行ったのです。それは体が腐って死んで行く恐ろしい病気で、原因は当時の工房士が懸命に探ったのですがついに分からなかったのです」

(28)

パズー 
「じゃあ、ラピュタはそれで滅んだのかい?」
ロボット
「左様でございます。余りに長い間天空に生活した為にラピュタ人の体が弱くなったのか、それともこの動力室から洩れ出る力が長い間に人々の体を冒して行ったのかそれは未だに分かりません。とにかく伝染病の為にラピュタは地獄と化しました。人口は急激に減り、人々は地上に脱出を始めたのです。地上に住んでいる人々は病気にかからない事が分かったからです。」
パズー 
「うーん・・・」

 パズーは動力室を歩き回りながら、ロボットの話を聞いていた。

ロボット
「今から700年前、当時のラピュタ王が決断を下し、ラピュタ人はついに一人残らず地上に降り、ラピュタは打ち捨てられる事になりました。その時のラピュタ人が、新しい故郷と決めたその場所こそがゴンドアの谷なのです。豊かな自然に恵まれ、気圧がラピュタに近く、しかも人の住んでいない素晴らしい場所です。地上に移り住んだ途端、病気の発生はピタリと止まりました。人々は歓喜しました。カゲロウの様だった人々の顔もすっかり生気を取り戻しました。
 しかし、地上の生活は天空の生活と異なり、とても厳しいものでした。一枚のパン、一杯のミルクでさえもゴンドアの谷では容易に手に入らないのです。大勢の人々が飢えと寒さで死んで行きました。ゴンドアの谷を捨てて、より低地に移り住む者も多かったのです。しかし、リュシータ様のご先祖であるラピュタ王はその仲間と共にゴンドアの谷を離れませんでした。もし、格納装置の誤動作で、あのロボットが地上に落下していなければ、再びラピュタ王をここにお迎えする事はなかったでしょう。」

 ロボットの長い物語は終わった。この巨大な空間にはパズーの足音だけが響いていた。あとは静寂のみ。

 やがて、パズーの足音はロボットに向かって行った。そしてロボットの前で止まった。

パズー 
「さあ、シータに会いに行こう!」
ロボット
「かしこまりました。」

 まもなく、動力室は再び無人の空間と化した。

(29)

 パズーとロボットは、恐ろしく高いドアの前に現われた。ロボットがドアに触れると、それは音も無く開いた。

 中は、落ち着いたベージュ色に満ち溢れる部屋であった。足首まで隠れる毛脚の長い絨毯。部屋の壁には見事な絵や彫刻が巧みなバランスで並び、高い天井にはダイナミックな構図の宗教画が描かれ、それを照らすシャンデリアがまばゆく輝いていた。
 部屋の中央を占める巨大な黒いテーブルの中央には深い青の花瓶が置かれ、白い大きな花や細かな水色の花びら、赤の模様の有る花々が天井に伸びる様に飾り付けてあった。
 更に、テーブルには色鮮やかな料理が溢れるばかりに並べてあり、見る者の食欲をそそっていた。

 しかし、パズーの視線はそれらの物には向けられてはいなかった。彼の視線の先、テーブルの最も深い位置には、一人の女性がいた。
 それはシータであった。

 シータもパズーに気が付き、彫刻に彩られた背の高い椅子から身を起こした。

 テーブルをはさんで見つめあう二人。
 時間はその流れを止め、その瞬間が永遠に続く様な、長い時が過ぎて行った。しかし、それは実際にはほんの一瞬であったのだ。様々な想いが駆け巡り、感情は怒涛の様に溢れ、抱えきれない程の言葉が喉を詰まらせた。
 そして、やっとこれだけ言った。

シータ 
「パ・・・」
パズー 
「シータァ!!!!」
シータ 
「・・ズーゥゥゥゥ!!!」

 二人は駆け寄り、そしてひしと抱き合った。
 何も見えず、何も聞こえず、ただ涙が溢れ、感激の余り座り込んでしまうのであった。シータは感涙にむせび泣き、パズーは歓びに震えているのみであった。

 やがて、感情の嵐が収まり、二人はテーブルに着いた。

シータ 
「パズー。もう会えないかと思ったわ!でも、会えて良かった!! 本当に良かった・・・。」

(30)

 パズーとシータは離れ離れになってからの出来事をお互いに語った。パズーは、ある時はおもしろおかしく、ある時は真剣に、またある時は生き生きと語った。
 ドーラ一家の事、要塞テディスの炎上、シータの脱出、ラピュタ追跡、ゴリアテとの遭遇、ムスカ大佐、タイガーモス号の最後、ゴリアテのアンテナに縛り付けられた事、そして、ラピュタの登場、空中戦、降下するゴリアテ、ラピュタへの着陸、更には、宝物庫と動力室、ロボットの昔話の事などを。

 シータはラピュタに着いてからの事を話した。

シータ 
「わたしもラピュタに着いたのは夜明けの時だったの。素晴らしかったわ。神々しい夜明けにふさわしいラピュタの姿だったわ。ラピュタに着いてからはもうびっくりする事ばかり。ロボットは凄く優しくてラピュタ中を案内してくれたの。今迄見た事の無い様な素晴らしい部屋や宝物。見渡す限りのラベンダーの花畑。どれだけ有るか分からない程沢山の本が並ぶ図書館とか・・・。 ところがその日の真夜中になって戦艦がやってきたの。最初はロボットが自分で迎え撃っていたわ。わたしにはどうして良いか分からないもの。でも、パズーが戦艦の上に縛り付けられていたのでわたしはパズーを助けてって言ったの。そうしたらロボットは戦艦の大砲だけを壊し始めたわ。それからロケット艇が脱出して、その中にパズーが居るのが見えたらロボットは戦艦のプロペラを壊し始めたの。」
パズー 
「そうだったのか。ムスカはシータが全てを命令していると思っていたようだよ。とんだ見当違いだった訳だ。」

シータ 
「でも、またこんな風に会えるなんて夢みたいだわ」
パズー 
「本当だね・・・ ところで、シータ、ボクはおなががすいちゃった。夕べから何も食べていないんだ。このご馳走を食べても良いかい?」
シータ 
「ええ、良いわ。これはパズーのためにラピュタで最高のご馳走を集めた物なのよ」
パズー 
「うわァ、ありがとう。じゃあ、頂きまーす!」

(31)

 パズーはご馳走の山にアタックを開始した。
 右のオードブルを片付けたと思ったら、左のシーフードサラダを食べ散らかし、盛り合わせをつついたと思ったら、トンポウロウにかぶりつき、視線は座布団の様なステーキに向いていたりした。

 しかし、その奮闘もやがて急速に止んでしまった。
 そして、しょんぼりとテーブルを見つめているのであった。

シータ 
「パズー!どうしたの?・・・アアッ! やっぱり! あなたも気が付いたのね!!」
パズー 
「・・・これ、味がしないんだ・・」

 パズーはボソリと言った。

パズー 
「こんなに美味しそうなのに・・・。こんなに良い香りなのに・・・この鳥も、このサラダのキュウリもパセリもトマトも、全然味がしないんだ・・・」
シータ 
「・・・この料理の材料は総てラピュタで作られた物なのです。野菜は土を使わず、日光を当てず、種さえも使わないのです。細胞をラピュタの力で殖やした物なのです。肉も同じです。ここには畑や牧場はないのよ。」

 パズーは決心した様にスックと立ち上がった。

パズー 
「シータ。行こう。ここは人間の棲む場所じゃあ無いんだ。ものすごく便利でものすごく豊だけど、中身はカラッポなんだ。やっと分かったよ。」

 パズーはシータの手を握りしめた。

パズー 
「行こう、シータ! ゴンドアの谷へ。たとえ、そこが厳しい所でも、キミの先祖が選んだ様にボク達も行こう!そして、見たいんだ。シータの生まれた古い家や、谷やヤク達を!」
シータ 
「パズー!!」

(32)

ルイ  
「ママー、もうこれ以上は積めないよ!」
ドーラ 
「みんな! 金塊は捨てるんだ! 宝石だけを積むんだよ!」

 ドーラ一家はロボットの助けを借りながら、宝物庫の財宝をロケット艇に積み込んでいる真っ最中であった。

シャルル
「ママー! パズーとシータが乗れなくなっちゃうよ」

 ドーラはちょっと手を休め、つぶやく様に言った。

ドーラ 
「・・・あの二人はここに残るだろうさ。」

パズー 
「ボク達も地上に帰るよ。おばさん!」

ドーラ 
「・・・・!!」
ルイ  
「小僧!」
シャルル
「シータも一緒だ!」

 パズーとシータは音も無く滑走路の丸い模様の上に立っていた。

パズー 
「ボク達もここには残りません。」
ドーラ 
「・・そうかい! その方が良いよ。どうも、ここは薄っ気味悪い所だよ。長く居る所じゃない。さてと、みんな! ロケット艇に二人分のスペースを作るんだ!」
パズー 
「おばさん!大丈夫だよ。ボク達はロボットに乗って行くから。ゴンドアの谷に行くんだ。そして、そこで暮らすんだ。」
ドーラ 
「・・・じゃあ、ここでお別れだね。おい、みんな! スペースを作るのは止めだよ。この二人の分まで、目一杯宝石を詰め込みな!」

 一同、笑いに包まれる。

(33)

 いよいよ、別れの時がやってきた。
 ドーラ一家は無言でロケット艇に乗り込んだ。

ルイ  
「小僧! 短い付き合いだったが、有難うよ。」
パズー 
「みんなも元気で!」
シャルル
「シータ!追っかけ回してゴメンな!」
シータ 
「ええ・・」
ドーラ 
「じゃあ、行くよ!」

 ロケット艇はエンジンに点火し、轟音と共に滑走を始めた。すると、急にフワリと浮き上がり、加速が一気に増した。

パズー 
「ラピュタの力だ・・」

 ロケット艇はあっと言う間に滑走路を越え、夕暮れの天空に放たれた。

パズー 
「じゃあ、ボク達も行こうか・・」
シータ 
「ええ、行きましょう!」

 二人はロボットに近付いた。

パズー 
「・・・本当にキミ一人で大丈夫なのかい?」
ロボット
「ハイ。私は大人2名を同時に載せる事が出来るのです。」
パズー 
「じゃあ、安心だね。」

 パズーは微笑み、シータと共にロボットの背中に乗った。

ロボット
「準備は良いですね。 では、行きまーす。」

 ロボットはフワリと体を浮かべ、音も無く滑走路の出口に向かって行った。

パズー 
「・・速い!」

 滑走路の出口を越え、パズーが振り返った時には、滑走路の巨大な穴は既に消えて元の城壁になっていた。
 二人を載せたロボットはぐんぐん、ラピュタから遠ざかって行った。すると、ラピュタの周りには次第に雲がわき起こり、それはみるみるうちにラピュタを包んで行った。

 そして。

 二人がもう一度振り返った時、そこには夕日を浴びて燃え立つ巨大な雲の塊しか無かったのだった。
 目の奥に微かに光るものをたたえ、二人は叫んだ。

パズー 
「さらば、天空の城!」

シータ 
「さようなら、ラピュタ!」
                               おしまい
'89.06.08-'89.07.15
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(あとがき)

この作品は宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」のテーマを元に、他の宮崎作品のテーマをも加味し、ストーリー、設定を殆ど変えたものです。

本作品の主なテーマは、以下の様になっています。(敢えて抽象的ですが)

科学技術に対する警鐘
男性の復権
農耕賛美
冒険活劇

具体的に何を何処で指摘しているかは読者の判断に任せます。(深読みの醍醐味)

’86年に映画館で見た時からの私の欲求不満をこの作品で払拭出来たのではないかと考えています。

                 ’89.07.15 EHF41721 佐藤


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著者:佐藤クラリス/nausicaa@msa.biglobe.ne.jp
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