窓際族の魔女・グッチ

by 佐藤クラリス (PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFC)

 2000年10月05日アップデート → メールアドレス変更
 このページは、PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFCの佐藤クラリスさんが、そこで連載した作品 窓際族の魔女・グッチ の全文を掲載しています。なお、無断転載等は厳禁です。(編集者)
「窓際族の魔女・グッチ」             by佐藤

 第一章 プロローグ

 (1)

 漆黒のビロードの上に宝石箱を落とした様な、きらめく夜空。その中でも大粒のルビーの様にひときは輝く星があった。それは火星。それを見上げる2つの影があった。一人は金色の髪とサファイアの様な瞳、マーブルの様な肌をした美しい女性のようであった。もう一人は巨人で、ピッコロ大魔王とデビルマンを足して、スーパーデビルを桁あふれする迄掛けた様な姿をしていた。
 「彼」の名はデーモン。世界制覇を企む悪の組織「幻魔株式会社」の辣腕部長である。そして、美しい女性のように見えたのは「幻魔株式会社」の女社長サタンであった。「彼女」はデーモン以下の悪魔を従え、日夜、世界制覇を企んでいたのである。

「デーモン、見るがいい、あの星を。火星が大きくなるとき災いが起きる。それは人間共の間で広く信じられて来た事だ。そして、それは確実にやってきた。それは、今度もやってきた。そして、再び災いを起こすだろう。フフフフ。いよいよ、我々の活躍の時がやってきたぞ。」

「ハッ、心得ております。」

「人間の心は弱い。理性と感情の隙間に大きな空洞があるのだ。それは不安だ。そこを突き、えぐり、煽れば、人間は狂う。奴らは暴力と破壊でその空虚を埋め、狂気の中で不安を忘れようとするのだ。その時、奴らは我々に魂を売るのだ。とても安くな。そして、奴らは我々の奴隷となるのだ!全ての人間の魂を買ったとき、我々の目的は達せられるのだっ」

 サタンは満面に天使のような笑みを浮かべ、そして言った。

「世界に展開する全支社に命令を下せ!ただちに人間に対して攻撃を開始する!!全世界を騒乱と絶望に陥れるのだっ!!!」

 (2)

 ここはヨーロッパの辺境の地、ノーフェアランド。寒風吹きすさぶ荒野のまっただ中に一軒のほったて小屋があった。「幻魔株式会社ヨーロッパ支社ヨーロッパ辺境支局ノーフェアランド出張所」である。小屋の中では一人の魔女が新聞を読みながらスープをすすっていた。

「おおっと、株が暴落じゃよ。参ったのー。これじゃ今年は越せないずら・・・」魔女は目を新聞から朽ち木の丸太テーブルに移し、そして窓の外に向け、悲しそうな顔をしてみせた。

「さーて、今日は何をして時間を潰そうかのー」
 彼女は度重なる仕事のドジで、上司であるデーモン部長の逆鱗をかい、世界の最果てに「飛ばされて」いたのであった。そのため、彼女はする事も無く、日々退屈な時間を潰す生活をしていた。そんな生活が既に17年も続いていたが、そんな平穏がまもなく破れる事を彼女は知るはずもなかった。

 そして、ついにそれはやってきた。

「ブブブブ、ズズズズ」
 異様な音が小屋の中に響いた。

「ん?何じゃ」
 音を出していたのは小屋に置かれた連絡用のファクシミリ「NEFAX3」であった。

 (3)

 出力されて来た紙には以下の様に書かれていた。

                                       
                                       
              命   令   書                
                                       
                                       
  ヨーロッパ支社ヨーロッパ辺境支局ノーフェアランド出張所          
                                       
    3等魔女 グッチ 殿                         
                                       
                                       
  本日を以て、貴殿を「火星大接近月間 特別プロジェクトチーム」のメンバーに 
  任命し、併せて カリオストロ公国 の攻略を命ずる。            
                                       
                                       
  カリオストロ公国攻略法                          
                                       
   弱点は王家と教会、平民の3者間に不信感が強く存在している事である。   
   これらの勢力の対立を助長させ、騒乱状態に持ち込む事が攻略のカギとなる。 
                                       
  攻略は本日より7日間を期限とし、                     
  期間終了後、直ちに本社特別プロジェクトチーム評価グループに        
  戦果を報告する事。                            
                                       
  尚、経費に関しては、本社特別プロジェクトチーム経理グループに連絡し、   
  併せて領収書も提出する事。                        
                                       
                              以上       
   ヨーロッパの中世 年 何 月 何 日                  
                                       
   幻魔株式会社社長付き特別プロジェクトチームリーダー 兼 辣腕部長    
                                       
                            デーモン  印    
                                       
  追伸:                                  
    本作戦が成功し、かつ十分な成果が得られた場合、貴殿を本社付き     
   主任魔女に任命する事をここに約束する。                 
    但し、万一作戦が失敗、または十分な成果が得られなかった場合は     
   「魔女裁判」にかけて、峻刑を以てブッ殺してやるから覚悟しろよ!     
                                       
                      では、成功を祈る         
                                       
                                       

「ヒエエエーーー!えらい事になったわい!! また、あの社長が火星を見て気が大きくなったに違い無いわい。わー、どないしよ。逃げる訳にも行かないし、かと言って、失敗すればあの悪魔の様な、いや、もとい、悪魔そのものの社長の事だからどんな殺し方をするか分からないし。火あぶり、釜ゆで、張り付けじゃ済まないだろうな。ノコギリ引きか蓑踊りか、寸刻みか八つ裂きか!ギエエエーーー!恐ろしいっつ!!死にとうないわい。となると、どうにかしてカリオストロ公国をメチャクチャにしなければならんのらー」


 第二章 さあ、出発だ

 (1)

 グッチは「やるっきゃない」と覚悟を決めて、カリオストロ公国への出発準備を始めた。まず、魔女のユニフォームをモスボックスから出して来た。17年も使っていなかったので、あちこち虫食いが有って、しかもカビが全面に生えていた。叩くとホコリの様に胞子が飛び散り、凄い臭いが小屋中に広がった。

「ゲホゲホッ」

 グッチははあわてて窓を開けた。
「こりゃあ、ひどいわい!とても使えたものじゃない。となると、この普段着で行こうかの。」
 グッチは魔女のユニフォームをモスボックスにたたき込んで、小屋の外に出してしまった。

「次はホウキじゃ。」
 物置の隅から出してきたのは、ホコリと蜘蛛の巣だらけのホウキであった。それを小屋の外で振り回してやっと使えるようにした。
「さーて、動作チェックをするかい。」
 グッチはホウキにまたがり、言った。
「さあ!飛べ!」
 しかし、飛ばない。
 何度言ってもどんなに怒鳴っても飛ばない。
「おかしいのー。これでいいはずじゃが。壊れたかな」

 グッチは本棚の奥から本を引っ張り出してきた。それには「魔法のホウキ・ユーザーズマニュアル」と書いて有った。
「うん、うん、間違いない。やっぱり故障かい」
「あれ、『故障と思う前に』か。あっ!1年以上使用しない場合はパスワードを入れ直すのかい。そうかい、そうかい。えーと、パスワードは『リテ・ラト・・・』何じゃいこれは。こんなものが覚えられるかい。そーだ、ホウキに書いて置けばいいんだ。」
 彼女はペンでホウキにパスワードを書いた。

 (2)

「さあ、これでいいじゃろ」
 グッチはパスワードを言い始めた。
「リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール。ユーザーはグッチ」
「よっし!これでいい。」

 彼女は再びホウキにまたがり、言った。
「飛べ!」
 すると彼女の体は急に浮かび上がり、天井にたたきつけられた。
 バキッ!ベキッ!バシーン!ドターン!グシャ!!

「ギエー!!痛いよー!」
「なんてこったい!長いこと使って無かったからどうも感覚がつかめないわい。」
 腰を押えながら立ち上がり、床に落ちたホウキを蹴飛ばし、いまいましそうに言うのだった。彼女は部屋の整理をし、小屋の外に出て、鍵を掛け、別れの一瞥を投げかけた。太陽は既に地平線に向かって傾きかけていた。荒野を渡る風は次第に寒さを増してきた。寒いのか、武者震いか、グッチはブルンとうなり声を漏らした。
「さあ!行くよ!」
 自分に決心をさせるように勢い良く言った。

 彼女をのせたホウキは天空に舞い上がり、何度か不安定に旋回してから、カリオストロ公国に向かって飛び去って行った。


 第三章 カリオストロ公国

 (1)

「ダックス、街の様子はどうだ。」
 カリオストロ侯爵は執務室に入ってきた男に尋ねた。執務室のテーブルには既に2人の男が座っていた。一人は痩せて眼光が鋭く、繊細そうな、いかにも「私はキレ者です」と言っている様な男であった。彼の名はバーバリー。カリオストロ公国の内務大臣であり、カリオストロ侯爵の全幅の信頼を得ている人物であった。もう一人は、がっしりした体格で人なつこそうな顔立ちをした、いかにも血筋のよさそうな人物であった。これがカリオストロ侯爵である。しかし、その顔には優しさと凶暴さが同居したような「危うさ」が有った。そして、ダックスと呼ばれた男は、筋骨逞しい長身の軍人であった。彼はカリオストロ公国の治安を担当していた。
 彼は答えた。
「は、今の所不穏な動きは全く有りません。」
「そうか。では、早速、会議を始めよう。」
「まず、ダックス。先日の商店襲撃事件の原因に付いての調査結果を報告しろ。」
「はい、逮捕した連中を締めあげていますが、最近の増税と商店の買占めに対する抗議だと言っています。」
「扇動した奴は誰だ。」
「それは不明です。自然発生だと言っていますが、誰か居るはずです。」
「もっと追求しろ。」
「はっ」
「バーバリー。それほど不満が大きいのか?」
「その様なことは有りません。買占めも聞いて居りません。これは明らかに外国の破壊工作であると思いますが。つまり扇動です。治安担当にしっかりしてもらわないと。」
 バーバリーは皮肉な眼差しをダックスに向けた。

 ダックスはムッとして、言った。
「既に対策はうってあります。」
「内容は?」
「まず、不満分子や扇動者の密告を懸賞金でさせています。」
「ふむ」
「更に、民衆を威嚇するために『黒シャツ隊』を編成させて、不審な者の逮捕や抜打ちの家宅捜索を実施しています。」
「うーむ。これは利きそうだ。」
 カリオストロ侯爵は満足そうにうなった。
「なるほど。これで安心ですな」
 バーバリーも一応感心した様な素振りをみせた。

 (2)

 窓の外からの日差しは次第に柔らかくなってきて、外は早くも夕暮れに近付いていた。
「では、今日の会議は終わりにしよう。次回は明日の同じ時間だ。」
 カリオストロ侯爵は席を立ち、執務室を出た。バーバリーとダックスはそれを見送った。再び席に付いたダックスはバーバリーに文句を言い始めた。

「大臣。あんたもひどい人ですね。責任を押し付けられちゃあ困りますよ。」
「まあ、まあ。」
 水差しからコップに注いた水を飲みながら、バーバリーは言った。
「国庫の増収は最重要課題だ。わが国の様な小国が隣のトルメキアや、エフタルの様な強国に対抗して行くにはこれが必要なのだ。民衆も当然それに協力してもらわねばならない。それは彼らにも利益をもたらす事になる。今は国内の結束が必要な時期なのだ。この為には犠牲などためらっている場合ではない。」
「まあ、あんたはいつもきれい事を言いますがね、私は民衆を、じかに相手にしてるんですよ。こんな調子じゃ、いつまで抑えられるか。」
「それは、キミの実力にかかっているんじゃないのかね。」
「よく言いますねー。呆れたもんだ。」
「とにかく、これだけは言える。民衆を抑える事、これはキミの役目なのだ。万一、それが出来なければ、キミのクビは間違いなく飛ぶ。本当のクビがね!それは私が保証する。頑張ってくれたまえ。」

 バーバリーは席を立って去って行った。
 廊下に出ると何人かの「取り巻き」が現れ、おべっかを使いながら、しきりに金品を渡していた。

 ダックスは執務室の中でブスッとした顔をしていた。
「オレは尻ぬぐいかよ。ああ言うのが侯爵の重臣なんだからなー。困ったもんだぜ。」

 その時、窓の外を一陣の風が、しゃがれた笑い声の様な音を立てて過ぎ去って行ったのを彼は気が付かなかった。

 (3)

「パパーーーー!!」
 カリオストロ侯爵が居間に入ると8才位の女の子が、ものすごい勢いで飛んで来た。
「お帰りー!!」
「おおっと。ただいま。クレージュ、お利口にしていたかい。」
「ええ!私、とってもお利口だったよ!ねえ、ママ!」
 居間の中央のソファーから立ち上がった婦人がうなずいた。
「ええ、そうだったわね、クレージュ」
「今日はね、一杯本を読んだのよ!」
「ほう、どんな本だ」
 クレージュの母、サンローランに座るように手で示し、自分も座りながら侯爵は聞いた。
「『となりのトトロ』とね『ルパン三世』だよ!私も、クラリスみたいなお姫様になりたいわ!」
「ハハハ、なれるとも。クレージュがママの言う事を聞いてお利口にしていればきっとなれるよ。」
「わああ!いいなあ!」
 そう言うとクレージュは「トットロ、トットーロ」と言いながら「ネコバス」のおもちゃで遊び始めた。このクレージュがカリオストロ侯爵とその妻サンローランのただ一人の愛娘であった。生まれながらの姫君なので、皆に甘やかされて、やりたい放題のおてんば娘であった。

「今日の会議は如何でした?」
 サンローランが尋ねた。
「先日、街で商店が襲撃されたろう。それの善後策をね。」
「街の人達はずいぶん荒れていると聞きましたが。」
「バーバリーが何とか切り抜けるだろう。扇動者の逮捕に乗り出す事になった。」
「まあ、それで街の人達が余計に反発しなければ良いのですが」
「彼は今迄、私の期待を裏切った事がない」
「こう言っては何ですが、バーバリーに任せきりで良いんでしょうか?」
「どういう意味だ。彼に何かまずい事でも有るのか?」
「商人との癒着の噂が絶えない様ですわ」
「誰か、彼を妬んだ者のやっかみだろう」
「でも・・・」
「政治の話はもういいだろう」
 カリオストロ侯爵は少しだけ語気を強めて言った。

「さあ!食事の用意が出来た様だ。クレージュ、食堂に行くよ。」
「ハーイ。待ってー!」

「あれっ!」
「どうしたの?」
「・・・ううん、何でも無いわ」
「変な子ねえ。さあ、一緒に行きましょう」
 居間を出るとき、クレージュは振り返って窓の外を見た。

「やっぱり、魔女が来たんだわ」
 彼女はそう呟くと、目を輝かせていたずらっぽく笑った。

 (4)

 カリオストロ侯爵の居城、カリオストロ城から少し離れた所にある城下町は夕闇に中に物音一つ無く、静まり返っていた。しかし、そこには異常な緊張感が漂い、民衆の息を凝らした姿が目に浮かぶようであった。街路の所々には、黒い影が潜んでおり、その影はこうもりの様に音も無く移動していた。突然、大きな罵声と物の壊れる音が、重く暗い沈黙を破った。絶叫と怒号と棍棒で殴る音が響き渡り、やがて消えていった。しかし、哭き声だけはいつまでも続いていた。

「また、誰かが連行されて行ったんだ。」
「クソッ!『黒シャツ隊』め!!」
「エルメス、何とかならないのか!」

 ここは或る酒場の地下室。最近は夜に出歩く人も居なくなり、店は開店休業の有様だったが、このの地下室を根城とする反王制組織「平民グループ」は大活躍の日々であった。エルメスと呼ばれたひげもじゃの男が、ふんぞりかえった椅子から身を起こし、太い声で言った。
「そう熱くなるなよ。全ては俺達の思い通りに動いている。」

「俺達が扇動した商店襲撃以来、侯爵は俺達の追求よりも民衆の弾圧に動いている。それは無茶な増税で反発を深めていた民衆を余計に怒らす事になったんだ。奴らが民衆を弾圧すればするほど、民衆は俺達の言うことに同調するのさ。もう、爆発寸前だ!ここで死人でも出て見ろ、民衆の蜂起が始まるぞ!そうなれば大臣の首じゃ治まりがつかないぜ。侯爵を血祭りにあげることになるさ!そうなりゃ、俺達の天下だ。この国を乗っ取ってやるぜ!!」
 エルメスは眼をらんらんと輝かせ、口からツバを飛ばしながら、獅子の様に吠えた。

「おおっ!そうだ!」「やってやるぜ!」
 彼の周りの者が立ち上がり、口々にそう叫んだ。

 エルメスのツバを避けながら、一人の男が口を開いた。
「そこで、エルメス。相談だが、『黒シャツ隊』はどうやって片付けるんだ。」
「レノマか。そこが問題だ。俺達には連中のような武器が無いからな。」

「実は、俺に考えがある。」

 (5)

「どんな考えだ」
「これは極秘を要する。悪いが、みんな、少し席を外してくれ。」
「分かりました。」「おい、一杯やるか」「ドライくれ!ドライ」
 男達は部屋を出て行った。

「じゃあ、聞かせてもらおうか。」
「うむ。実は教会を抱き込もうかと思っている。」
「何ーーーい!冗談じゃないぞ。教会は侯爵べったりじゃないか!」
「待て、待て。誰もがそう思っている。そこが付け眼だ。
ところがギッチョン、侯爵の民衆弾圧が酷くなって、司教のモロゾフも気が変わって来た様だぜ。先日、別件で使いを出したところ、何と!向こうの方から協力の申し出があったんだ。」
「ちょっと、信じられないなあ。話が旨すぎないか?」
「俺も油断はしていないさ。調べたら、街の有力者がこぞって突き上げたらしい。そこでやむなく、侯爵を見捨てる事にしたようだ。しかし、それでも、まだ安心出来ないから教会の本心をテストしようと思う。」
「どうやって?」
「俺達に武器を提供してもらうのさ」
「どこから?」
「侯爵の武器庫からだよ」
「・・・・!」
「もし、教会が侯爵を敵に廻しても構わないと考えているのなら、きっとやってくれるだろう。教会の熱心な信者は『黒シャツ隊』にも居るから、その辺を使えばな。」
「なるほど・・・」
「どーだい?」

「こいつはうまく行くかも知れないな!」
「そうだろう!もし、武器が手に入れば、『黒シャツ隊』をクルミの様に叩き潰す事が出来る。それに教会が相手じゃあ、侯爵側の連中も戦えなくなるぜ。」
「戦わずして、勝った様なもんだ。戦略的勝利と言う奴だな。だが、戦わなくなると侯爵を血祭りにあげる事が出来なくなるんじゃないか。王制打倒の我々の目的が果たせない。それに、教会が主導権を握る事になるぜ」
「大丈夫だよ、手口は幾らでも有るさ。結局は武力を持った奴が勝ちなんだ。そして、俺達は武器を持つ。侯爵だろうが教会だろうが、邪魔をする奴らは片付けるだけさ」
「よーし!分かった!早速手配してくれ!」

 (6)

 カリオストロ侯爵の居城、カリオストロ城から城下町を挟んだ位置に大きな教会が有った。ここにはカリオストロ公国の司教、モロゾフが住み、カリオストロ公国に点在する教会群を支配していた。翌日の早朝、この教会の裏から一人の男が出てきて、周囲を気にしながら朝もやの中に消えて行った。

 ここは教会の司教専用の食堂。そこではモロゾフが一人で朝食を食べていた。色白で端正な顔立ち、そこには威厳と風格があった。しかも常に笑みを絶やさぬその姿にはキリストの再来を思わせるものさえ有った。民衆の人気と信頼は言うまでもない。彼は、習慣となった食後のフルーツケーキに手を付けようとしていた。上品に焼き上げられた3段のカステラの間には、スライスされたイチゴが、新鮮な生クリームとともにたっぷり挟まれていた。一番上には生クリームのデコレーションが施され、その上には大粒のイチゴが甘い香りを振りまきながら載っていた。季節外れのこの果物は遠く外国から運ばれて来た物だった。

 と、そこに司教の忠実な部下であるリーガルが入ってきた。
「リーガル君。レノマさんは帰りましたか?」
 モロゾフは鈴を羽毛でこする様な、高く澄んだ声で尋ねた。
「はい、ただ今お帰りになりました。」
 リーガルは恭しく答えた。
「司教様、私の様な者がこの様な事を申し上げては失礼かとは存じますが・・」
「何ですか?構いません。伺いましょう」
「ハイ、では・・・。あのう、司教様はレノマの様な者の言う事をお聞きになるお積もりですか」
「うむ・・。続けて下さい。」
「私が思いますに、あの『平民グループ』は侯爵様のお命を奪い、侯爵家を潰すだけが目的です。決して私達の生活を楽にしよう等とは考えていないと思います。ですから、司教様が奴らの味方をされると言うのは信じ難いことです。」

「貴方の言われた事はもっともです。私とて、侯爵様に手向かいしよう等とは全く考えて居ません。しかし、侯爵様が民衆に対して乱暴な事をされているのを見逃す事も出来ません。たとえ、私が眼をつむっても主がそれを許さないでしょう。ですから、私は侯爵様に直接ご意見を申し上げた事も有ります。しかし、全く無視されました。私としては事態がここまで来てしまっては、侯爵様を見捨てても、貴方達民衆の味方になる積もりです。でもあの『平民グループ』の言いなりにはなりません。そして、侯爵様に手を出す事も決して許しません。」

「そうですか!それを聞いて安心しました。」

「これは極めて重大な秘密なのですが、貴方の気高い心を信用して使いを頼まれて欲しいのです。」
 リーガルは生唾を呑込んで、言った。
「分かりました。必ずやり遂げます。」
「ありがとう。この手紙を内務大臣のバーバリーさんに渡して欲しいのです。返事は要りません。内容は、これ以上民衆を苦しめないで欲しいと言うものです。」
「かしこまりました。必ず渡してきます。」
「頼みましたよ。」

 リーガルは口を引き締めて食堂を出て行った。
 それを見送るモロゾフの眼が一瞬、ほんの一瞬、異様な光に包まれたのを知る人はいなかった。

 (7)

 ここはカリオストロ城の中にある、内務大臣バーバリーの執務室。バーバリーは背の高い、ピカピカの革張り椅子に座って手紙を読んでいた。やがて、ダックスが案内されてきた。
「治安長官ダックス、参りました。」
「ダックスくん、ご苦労。そこに座ってくれ。」
「火急の用件と言うお話ですが、どんな事ですか?」
「キミは司教のモロゾフを知っているだろう。」
「ええ、存じてますが。」
「どう思うかね。」
「素晴らしい人物です。慈悲深く、温厚な、極めて優れた宗教家だと思いますが。私は非常に尊敬しています。」
「うむ。キミの信心はキミに好運をもたらしたようだね。これを読んでみたまえ。彼からの手紙だ。」

 ダックスは手紙を受け取って読み始めたが、顔色は赤くなったり青くなったり。手は興奮で震えが止まらない様であった。彼はやっと顔をあげた。

「どうだね!」
「商店襲撃事件にはやはり扇動者が居たんですね!しかもそいつらは王制を潰そうとし ていると!」
「そうだ!そしてモロゾフは我々と共に、連中に罠を掛けようとの申し出だ。」
「何と、素晴らしい事だ!これで一網打尽だ!!」
「これで分かったろう。キミを呼んだ理由は扇動分子のせん滅だ!」
「はい!直ちに『黒シャツ隊』からメンバーを選び、内応者を装って武器を渡す手配をします!」
「宜しくやってくれ。後の手はずはモロゾフがやってくれる。私は早速、返事を書く事にしよう。」

 (8)

 教会の奥深くに司教の私室があり、司教モロゾフはフカフカのソファに沈みながら、ワイングラスを傾けていた。隣には鳥肌が立つ様な美女がはべっていた。スラリとした肢体、燃え立つような髪、真珠の様な肌、麻薬の様な笑みをたたえる口元、見た者の心から一切の理性を取り去り、情欲と暴虐に駆り立てる様な、狂おしい眼。これらの物を結晶させた様な女性、それがモロゾフの愛人メリーであった。

「モロゾフ。最近ごきげんの様ね。」
「フハハハ!これが不機嫌で居られるかい。いいか、メリー。お前は侯爵婦人になるんだぞ!」
「まあ、また悪い事を始めたのね。いい加減にしないと、教会から放り出されちゃうわよ。」
「ヘヘッ!教会がなんでえ!坊主がなんでえ!そんなものが恐くて国王になれっかよ!」
「あら!大きく出たわね。」
「あたぼうよ!てやんでえ。俺が出任せ言ってると思ってんのかあ。後一週間もしてみろ!この国はぜええんぶ俺様のもんになるんだぜい!」
「どうやって?」
「お前にだけは話してやる。いいか、侯爵は人の良いおぼっちゃまでございます。悪徳腐敗大臣バーバリーに政治をお任せしちゃってます。バーバリーは、それを良い事に、やりたい放題やりまくっている。賄賂なんか、お前、国の予算の何倍も貯め込みやがって、ふてえ野郎だ!で、そいつがもっと稼ごうって訳で、大増税だ。」
「それは知ってるわ。みんな大騒ぎよ」
「そこに正義の味方『平民グループ』の登場さ。連中は平民を扇動してバーバリーと関係の深い商店を襲撃した。で、バーバリーは犯人逮捕の為に『黒シャツ隊』を使って平民を脅かしている。」
「ええ、酷いもんよ!襲撃に参加したって理由で大勢連れていかれて拷問されてるって話よ。」
「ここに至って、侯爵側と平民の対決は必至となった。」
「最近、みんな殺気だってるわ」
「さあて、そこでこのモロゾフ様の登場だ。」

 (9)

「こう言う話がある。
昔々、或る所でトラが2匹遭遇したと思いねえ。近くの木には猟師が寝ていて、トラのうなり声で目が覚めた。で、この猟師は持っていた鹿の肉を両方のトラの間に投げた。すると、トラは肉の取り合いから殺し合いを始めて、1匹は死に、もう1匹は瀕死の重傷を負ったそうだ。猟師はおもむろに木から降りて、生き残ったトラを簡単に殺し、労せずして、2匹の猛虎を手に入れたそうだ。この国も同じ事。2匹のトラは、侯爵勢と平民グループだ。おとりの肉は平民グループに渡す武器だ。平民グループがまず飛びつき、それを狙って『黒シャツ隊』が一斉攻撃とくる。さあ、ここだ。もしもこの両勢力が同時に消滅したらどうなる。」
「猟師がもうかるんでしょ」
「そうさ!そうなるとこの国に残った勢力は教会のみとなる。つまり俺さ。」
「でも、どうやって、両方とも潰すの」

「まあ、聞きな。武器の受渡しはこの教会でやる。」
「ええ!」

「と、言う事は平民グループと『黒シャツ隊』がここで大乱闘となる。ところが、どうした事か、教会は火に包まれてしまう。」
「なんですって!」

「民衆はこの事態をどう思うか。もちろん『黒シャツ隊』が教会を焼討ちしたと思うに違いないし、実際、その様にふれ回る。民衆の怒りはついに絶頂に達し、侯爵を倒せの声が天を突き、山を抜くだろう。民衆の蜂起の先頭に立ち、侯爵を倒して新しき時代を創る英雄、それがモロゾフ、つまり私だ!!!」

「まああ、かっこいいわねえ!ほんとにそうなるのね!」
「今日は3日だ。まあ、6日の夜を楽しみにするんだな。」

「全く楽しみな事だねえ、フォッ、フォッ、フォッ」
グッチは窓の外でつぶやいた。


 第四章  お姫様と魔女

 (1)

「しかし、まあ、なんて楽な仕事なんだろうねえ。今度のは」
 グッチは月の無い空を飛びながらつぶやいた。

「放って置いても、ひとりで大騒動になるんだから、ワシの出番が無いわい。全く。でも、騒動が起きるのは6日夜と言っていたから、攻略期限の7日間には一応間に合うけれど、ちょっと余裕が無いかも知れないねえ。もし、万一、ひょっとして、ずれ込んだりしたら、ワシは命が無いわい。おお、いやだ、いやだ。これは、安全をみて、もっと早くやらせた方が得策だね。早く成果を挙げて、すぐに報告すれば、デーモン部長の『受け』も良いだろう。窓際族ともおさらばだよ!よっし!決めた。早いところ、連中の対立に火を付けてしまおう。さあて、民衆の蜂起を誘うには、侯爵側が攻撃を開始するに限るねえ。要は、侯爵側を激怒させ、民衆を攻撃させるキッカケを作れば良いのだ。そのキッカケを何にするか。それが問題だわい。! そうそう、これは侯爵の最愛の物を奪うに限る!つまり、息女クレージュの暗殺だよ。うーん、我ながら名案だねえ。・・・・でも、可愛そうな気もするわい。別に殺す事もないか。よし、よし、100年だけ眠らす事にするかい。」

 (2)

 グッチはカリオストロ城に到着した。使っていない屋根裏部屋に入り込み、根城にした。次に携帯コンロを使ってココアを作り、それで体を暖めた。
「さあーて、まず、クレージュ関係の情報を調べるかい」

 グッチは「別冊週刊アイドル 永久保存版:クレージュ皇女」を取り出して、読み始めた。
「なに、なに。クレージュ皇女は『トトロ』の大ファンだと。ええっとスリーサイズが・・・あれ、誰じゃ!切り取ったのは。おおっ!これじゃ!クレージュ皇女はケーキが大好きで、毎日午前10時と午後3時に召し上がるとあるぞい!よおし、ワシが特別製のケーキを作ってあげようかの」

 グッチは様々な材料を取り出し、すり鉢でつぶしながら、混ぜ合わせた。更に、携帯コンロで加熱してドロドロしたものを作った。
「さあて、出来たわい。この薬を飲めば100年の間眠り続けるのじゃ。」

 続いて、グッチは呪文を掛けた。すると、薬はたちまち美味しそうなチョコレートケーキに姿を変えた。

「明日の午前10時が楽しみだわい」

 (3)

 次の日の午前10時。クレージュ姫の部屋に続く廊下を、ケーキを載せたトレーを持った一人の侍女が歩いていた。中身は、もちろんグッチ。本物の侍女は小さなネズミにして、ポケットにしまいこんでいた。彼女の計画では、眠り薬で出来たチョコレートケーキをクレージュ姫に食べさせ、これが「平民グループ」の犯行で有る事を皆の前で叫び、窓から身を躍らせる。そして、落下途中でネズミにした侍女を元に戻し、すり変わって自分はホウキで逃走する。と言う魂胆であった。こうすれば、侯爵側は激怒し、直ちに攻撃を開始する事、間違い無しである。

 ドアをノックして入った。
「姫様、おやつのお時間ですよ。」

 明るいクリーム色で統一された室内は絵本とおもちゃで溢れていた。カラフルな幾何学模様のフローリングの上に童話を描いた大きな絨毯が敷いてあり、その中央に桜材で出来たテーブルと椅子が置いて有る。そこに座っているのがクレージュであった。
 クレージュは、絵本を読むのを止め、グッチの顔を見て「ありがとう」と言った。グッチはトレーをテーブルの上に置き、紅茶の用意をする。ケーキをテーブルに置き、「では、お上がり下さい」と言った。
 所が、クレージュはそれには目もくれず、じっとグッチの顔を見つめていた。グッチは、内心焦った。
「ひょっとして、何かバレる様な事でも有ったのかのう?まてよ、ひょっとして今日のケーキは決まっていたとか!あるいは、侍女の言い方が普通と違っていたとか。いや、いやそんな事は・・・」
 侍女の顔は徐々にひきつってきた。

 と、突然クレージュは言った。
「貴方は魔女でしょ!」

 ぎえええ!!やっぱりバレてしまったかあ!!グッチは動揺を隠せず、思わず言ってしまった。

「ど、どうしてそれを!?!」

「キャハハハ!やったぁ、当りいぃ!」

 えぇ!引っかけたのぅ? な、なんてこったい・・・

 (4)

「魔女さん。あなたの名前は何て言うの?」
 クレージュは元の姿に戻った魔女に尋ねた。
「・・・・グッチじゃよ。」
 半ば呆れて、残りはふてくされてグッチは言った。

「まあ、グッチさん、あなたはここに何しに来たの?きっと悪い事をしに来たんでしょう。」
「・・・そのケーキを食べたら教えてあげるわい」
「そう! いいわよ、教えてくれる迄食べないから。」
「んーうん! なんてひねた子なんじゃい!」
「いいから教えて頂戴。」
「教えたら本当に食べるんじゃろうね?」
「本当よ。」
「悪い人達を懲らしめに来たんじゃよ」
「嘘ばっかり!魔女は悪いことしかしないわ。じゃあ、今度は魔法を使ってみせて!」
「そのケーキを食べたら見せてあげるわい」
「見せてくれたら、食べるわよ」

 グッチは自棄気味に言った。
「ええーい、じゃあ、見せてあげようかい。いいかい、ここに1匹のネズミがいるが、こいつをネコにして見せるよ」
「ワーイ、楽しそう。やって、やって」
「ネコになーれ!」
 すると、ネズミはトラネコに変身し、「ニャアアウオーーン」と言いながら、部屋の中を歩き回り始めた。
「ワアァーー!すごーいい。私もやってみたい。」
「駄目じゃよ、これは魔女しか出来ないんだから」
「あ!そうなの、そのかわり、ケーキは食べないからね」
「んんーーー!もう! 分かったよ、でも1回きりじゃよ」
「うん、いいわよ」

「魔法はのう、まず、このホウキに呪文を唱えないと使えないんじゃ。ホウキの柄の所に書いてある呪文を言ってから『ユーザーは』と言って、自分の名前を言うのじゃ。分かったかい?」

「ええ、分かったわ。リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール。ユーザーはクレージュ」

「そう、それでいいんじゃ。じゃあ、何か魔法を掛けてご覧」
「そうねえ、じゃあ、そこのネコ、トラになれ!」

 ネコはあっと言う間に大きなトラになった。
「わああぁーーー!!ト、ト、トラだぎゃあああああ」
 グッチは腰を抜かしてしまった。
「そこのトラ! ネズミに戻れ!」
 クレージュがそう言ったので、グッチはやっと助かった。
「あわわわ! は、早くホウキを返すんじゃ!」
「いやよ!もっとやりたい!」
「1回だけと言ったじゃろうが! いいから返すんじゃ!」
 グッチとクレージュはホウキの引っ張り合いを始めたが、結局グッチが勝った。
「ワーーーン!かえせーーー!!」
「全く、なんてお姫様なんじゃい!」
 舌打ちしたグッチは呪文を唱えようとした。ところが、ホウキの柄に書いて有るはずのそれは、すっかり薄くなって読めなくなっていたのだった。さっきのホウキの引っ張り合いで、こすれてしまったのに違いない。

「ふぎゃあああぁぁ!!!じゅ、呪文が消えちまったぞいーーー!」
「どうしたの? ええ! まあ、大変! 私? あんな長い呪文憶えてないわ。じゃあ、私が本物の魔法使いになってしまったのね!」

 (5)

「さあ、グッチさん、あなたはここに何しに来たの? 正直に話しなさい。さもないと、あなたをチーズにして、そこのネズミに食べさせちゃうわよ!」
「と、と!とんでもない事を考える姫様じゃ!分かったよ。正直に話すから。ええーい、こうなったらどうにでもしやがれってんだ!」
 グッチは観念して、カリオストロ公国をメチャクチャすると言う目的や、公国に来て見た事、聞いた事をクレージュにありのまま話した。

 クレージュは、大きな眼を白黒させて聞いていたが、聞き終わって、怒りを抑えきれない様子だった。
「なんて、ひどい大臣なの!私にはおべっかばかり使って、イヤラしいヒヒジイさんだと思っていたけれど、そんな事していたなんて、絶対に許さない!誰かあいつのクビをはねておしまい!」

 凄い剣幕にさすがのグッチもたじろいだ。
「ひ、姫様、気をお確かに!」
「何言ってるのよ!こんな事いつまでもさせとかないわ!それにあのニセ神父もよ!眼付きがイヤラしいと思ったら、公国を支配するですって!誰がさせるもんですか!さあ、グッチさん、あなたの言う事が本当か見に行きましょう。」
「ど、何処へ?」
「決まってるでしょう!バーバリーやモロゾフの所によ!」
「いますぐかい?」
「すぐによ!」
「でも、姫様が居なくなったら、城は大騒ぎじゃよ」
「そうねえ。じゃあ、そこのネズミを私に変えて置くわ。」
「そのネズミは元は侍女なのじゃよ。」
「魔法って面倒ねえ。いいわ、私のぬいぐるみを私に変えるわ。」

 クレージュはぬいぐるみをクレージュに変え、ネズミを侍女に戻し、次の瞬間、グッチとともにホウキに乗って飛び去っていた。

「あら、ここは何処? 私は・・」
 侍女はハッと気が付いた。

 クレージュが不思議そうな眼でみつみているので、決まりが悪そうに退出した。テーブルの上には冷めた紅茶だけが置いて有った。

 (6)

 その日の夕方、カリオストロ公国の内務大臣バーバリーの私邸の庭にうごめく2つの影があった。クレージュとグッチである。二人は口論の真っ最中。

「だから、ちゃんと調べてから来れば良かったんじゃ!」
「仕方無いでしょう! 道順を忘れたんだから・・」
「姫様が行った事があると言うから、信用してたんじゃよ!これじゃあ、歩いた方が早かったわい」
「過ぎた事はもういいわ! さあ、バーバリーの宝を探しましょう!」
「まったく、いいかげんなもんじゃわい・・ブツ、ブツ・・」

 バーバリーの私邸は1Km四方に広がる広大な敷地の中にあった。敷地の周囲はうっそうとした森で囲まれ、中にはゴルフのミニコースや50mプール、狩猟場、キャンプ場、湖さえ有った。その中央に位置する私邸は石造り5階建て、部屋数160を数える巨大なものであった。その1室、バーバリーの執務室に彼はいた。
 窓の外にはクレージュとグッチが張り付いて、中をのぞき込んでいた。
 「何しろ、こんなに広いんじゃから、自分で探すより、教えてもらった方が早い」と言うグッチの意見に従っての事である。

「それにしても腹が減ったのう」
「ほんとだわ。ネズミにでも化けて何か食べましょう。」
 その時、執務室のドアが開き、何人かの部下が重たいものを運んで来た。バーバリーは窓にカーテンを引かせ、何かを始めた様であった。

「あれはきっと金塊だよ。間違い無い。」
「どうしてこの部屋に持ってきたのかしら。金庫なんか無いのに」
「金庫なんか置いたら、ここに有りますって言ってる様なもんじゃよ。奴はプロじゃから、きっと意外な所に隠しているはずじゃよ」
「何処に?」
「それを探すのが目的じゃよ。夜になったら入ってみようかい。まずは腹ごしらえじゃ」

 その夜。

 ネズミに化けて、食堂でたらふく食べた二人は、そのまま執務室に入り込み、元の姿に戻った。
 執務室は一方の壁が窓になっており、他は巨大な書庫が壁になっていた。
「こう言う造りは大体クサイんじゃ。きっと書庫が回転するんじゃよ」
「でも動かないわよ」
「何か仕掛が有るんじゃよ」
「でも、バーバリーの宝って、公国の国家予算の何倍も有るんでしょう。それが全部金塊だったらものすごい量になるわ」
「ふむ、確かに10トンは下るまいて。宝石とは訳が違うんじゃから・・・。10トンと言えばこの部屋一杯ぐらいじゃのう」
「ねえ、ねえ!きっと隣の部屋がぜーんぶ金なのよ」
「おおっーと!さすがは姫様じゃ。考える事がでかいのう。でもほんとにそうかもしれんぞい。じゃあ、壁を崩してみるかい」
「ヤダア、恐いーー!」
「どうしたんじゃ?」
「きっと黒い猫が埋まっているのよーー!!キャアァーー」
「アホか!何かの見過ぎじゃ!」

 (7)

「やっぱり、探すのメンドいから、これも教えてもらいましょうよ」
「どうやってじゃ?」
「この近くの部屋で火事を起こすのよ。そうすれば、バーバリーはじっとしていられると思う?」
「そりゃあ、金塊が心配になってやって来るだろうさ。しっかし、この姫様はずいぶんとセコイ事を考えるねえ」
「とにかくやりましょ!あなたが火を付ける役。私はこの部屋でバーバリーが来るのを待っているわ」
「やれやれ・・」

 しばらく後の邸内。突然、火の手が上がり、邸内は大騒ぎとなる。クレージュはまたもやネズミに化けて、暖炉の上に座っている。突然、書庫の一部が無くなり、中からバーバリーと何人かの部下が飛び出して来た。同時に廊下からも部下が飛び込んで来た。
「閣下!火は大した事有りません。まもなく鎮火します。」
「そうか!ご苦労」

 すると突然、バーバリーはクレージュの方にどんどん近付いてきて、言った。
「どうやらこの金塊を運ばなくても良い様だな、おい」
「はっ!助かりました。」

 クレージュは、そうか!と心の中で叫んだ。この暖炉が金塊なんだ。

「ダックスを呼べ!なんてざまだ!平民グループの仕業に違いない。もっと護衛を増やさねばならん」

 クレージュは暖炉の煉瓦をかじってみた。中はすぐに純金の塊であった。
「とうとう見つけたわ!」

 屋敷の外に出て、消火の水でビショビショになったグッチと出会ったクレージュは宝のありかを話した。
「ヒクシュン! と、とにかく何処かで温まらないと・・」
「今夜はこの屋敷に泊まりましょ」

 (8)

 翌朝、二人はバーバリー邸の屋根の上で日向ぼっこをしていた。地上ではバーバリーがダックスを怒鳴りつけていた。

「なにい!護衛が増員出来ないだと!」
「はい、これは明らかに平民グループの陽動作戦です。それに乗せられて、こちらに兵力を割いたのでは6日の例の件がまずい事になってしまいます。」
「むむう!そんな事はわかっとる!だがわしは襲撃されたんだぞ! とにかく何とかしろ!」
「し、しかし・・・」
「・・・!! ・・!」


「・・のう、姫様。姫様は6日の騒動をどうやって止めさせる積もりなんじゃ?」
「そうなのよねえ。明日の夜なんだから、なんとかしなきゃあ。でも今の所、良くわかんないわ。その場に飛び込んで、それから考えようかなあ」

「ワシに良い考えが有るんじゃが。」
「まあ!どんな?」
「それは見てのお楽しみという奴じゃよ。それに準備が有るので、一緒に出掛けたいんじゃが」
「何処に行くの?」
「ノーフェアランドと云う所じゃよ。ワシのすみかが有るんじゃ。」
「ふーん・・・」
 クレージュは眼の前の青空をジッとにらんでいたが、ニコッとしながらグッチに云った。

「行きましょう」
「そうかい!」
 グッチはガバッと起き上がり、喜色を満面にたたえて云った。

「ねえ、グッチさん。一度聞きたかったんだけど」
「ん、何じゃい」
「あなたはすごく良い人みたいなのにどうして魔女になったの?」

「・・さあねえ、随分と昔の事だから、すっかり忘れてしまったのう。昔は、今から考えるとつまらない事で怒ったり、憎んだりしたものだが、それがきっかけでこんな風になってしまったのかも知れないのう。」

「そうなの」
「さあ、さあ、そんな事は良いじゃろう!早速出掛けようぞ!」

 やがてホウキは二人を乗せてあっと云う間に見えなくなってしまった。

 (9)

 今にも落ちてきそうな重たい雲が空一杯に広がり、心の底まで寒くしてしまいそうな風がビュウビュウと止む事なく吹きすさんでいた。ここはノーフェアランド。
 荒野のまっただ中にあるグッチの小屋に、二人が入ったところであった。

「ワアァ!寒かったあ!」
「奥に暖炉があるから来るんじゃ。今、火をおこすから」

「ヘエェ、グッチさんはこういう所に棲んでいたの」
「火がおきたぞい。しばらくあたっていると良いじゃろ」

 グッチはそそくさと本棚に向かって行った。そこには「魔法のホウキ・ユーザーズマニュアル」が有り、パスワードが書いて有る。それが分かれば、ホウキを再び自分の物にする事が出来るのだ。

 グッチはマニュアルを手に取った!

「その本に呪文が書いて有るのね」
 思わず振り返ると、クレージュはいたずらっぽい目でこちらを見ていた。

「お、お前さん、知っていたのかい!?」
「えぇ、知ってたわ。ここに来ようと言った時からよ」
「分かっていながら、なぜ来たんじゃ?!ワシはお前さんをだまして、ホウキを取り戻そうとしたんじゃよ。いま、ワシがホウキを手に入れて、何もしなければ、カリオストロ公国はメチャメチャになるんじゃよ!明日の夜に間違いなく!」

「そうじゃないわ。あなたにそんな事は出来ないわ!」

「?!」

「明日の夜にどうやったらうまく治まるのか、私に分からないのは本当よ。でも、グッチさんにはやれると思ったの。あなたは魔女だけど、本当はとっても良い人だと分かったから。自分の心に正直になってちょうだい。そして、みんなを悪魔の手から守って欲しいの!ホウキはあなたの物だから返します」

 グッチはマニュアルを手に持ったまま、クレージュの顔を見つめて、ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 (10)

 何てこったい!この子はワシに断わられる事なんて有り得ないって信じてるんじゃ。本気だよ、この子は!
 ・・・ワシにも昔はこう言ったまっすぐな気持ちが有ったんじゃろうねえ
 それにひきかえ、今の生き方は一体何なんだろうねえ。人を騙し、欺き、脅かし、それで一体何が残ったんじゃろう。満足も、安心も希望も夢も、自由さえも残らなかった。単に、デーモンの命令に従い、生き延びる為にこの手を汚して来たんじゃ。
 もう、いやじゃ!こんな生き方をして、このまま朽ち果てるのはまっぴらじゃ!薄汚れたまま死にとうないわい!
 ・・・・

 ほとんど無限と思える時間の中、二人は互いににらみ合っていた。しかし、それはほんの僅かの間であった。
 グッチは視線を落とした。と思ったら、すぐにクレージュの顔をキッとにらみつけ、言った。
「分かったよ!姫様 何とかやってみるわい」
「マア!ありがとう!きっと引き受けてくれると思ったわ!」

「だが、これだけは言っておくよ。これはあんたを助けるためじゃあない。それに公国がどうなろうと知らないさ !ワシはただ今の生き方が嫌なんじゃ!」

「エエ、いいわ」

「ありがとう、グッチさん!」

 輝くような笑顔で答えるクレージュを見て、グッチも思わず微笑んでしまった。
 と、急に堅い顔をこしらえて、グッチは言った。
「さあ、早い所、出かけようかい。カリオストロ公国へ!」


 第五章  対決 

 (1)

「ワアア!久しぶりのお家だわ」
 クレージュは絨毯の上をクルクルと、独楽の様に回った。
「私の代わりのぬいぐるみさん!元気だったあ?私はすっごい冒険をして来たのよ!」

「これこれ、本当の冒険はこれからじゃよ。」
 グッチは言った。
「これからが大事な所じゃ。姫様は打ち合せ通り、やって下されよ。」
「エエ、必ずやるわ!」
「連絡にはしゃべるコウモリを使うからね。じゃあまた会おうかい!」
「グッチさんも気を付けて!」

 グッチは再び自分の物となったホウキにまたがり、侯爵の屋敷を飛び出した。
「さあて、いろいろと仕掛をしなけりゃならんわい」
 グッチはつぶやきながら、何処ともなく飛び去って行った。


 ここは「黒シャツ隊」の本部。隊長のダックスが怒鳴っている。
「いいか!今夜が決戦の時だ!本日を以て、反体制的暴力主義的破壊集団たる『平民グループ』をせん滅する!公国の興廃この一戦にあり各員一層奮励努力せよだ!」

「連中が抵抗したら殺してもかまわん!どうせ死刑になるんだからな、ワハハハ」
「隊長!教会に運び込む武器の準備が出来ました」
「おおーし!担当のメンバーは予定時間になったら運び出せ。残りの総員は教会周辺に展開しろ。教会に武器を搬入後、全員は合図とともに教会に突入する!」
「隊長!民衆が教会に集まってきたらどうします。不穏な動きが有りますが」
「出鼻をくじけ!容赦なく叩きのめせ!その為に我々は500人も居るんだ!」
「分かりましたあ!」

 (2)

 同時刻、教会。司教の私室でモロゾフとメリーが話し合っている。

「モロゾフ、準備はいいわ。教会のあちこちに火薬と油壷を仕掛けて置いたから、点火すれば、あっと言う間に火の海になるわ。」
「ようし!後は『その時』が来るのを待つばかりと言うわけだ」
「そして、新しい王の誕生という事ね!」
「ムフフフファファ、ハハハハ!」
「フフフフォフォ、ホホホホ」

 コン!コン!

「ムッ誰か来たか!」
「聞かれなかったかしら」
「それは大丈夫だ」

「失礼致します、司教様」
「どうしました、リーガル君」
「ハイ、ただ今クレージュ姫様よりお品が届いてございます」
「なんと!侯爵令嬢の」
「ハイ」
「お使いの者が来て居るのですか?」
「左様でございます」
「早速、会いましょう。応接室にお通しして」
「かしこまりました」


「一体何の意味なんでしょうね」
「もちろん、教会の力で平民を抑えて欲しいと言う事なんだろうさ」
「哀れね」
「ふ、まったくさ」


 教会の応接室にはクレージュ姫の侍女が通されていた。

「これはモロゾフ司教様。私はクレージュ様のお使いで参りました。司教様は大のケーキ好きでいらっしゃるとか。本日はクレージュ様から『特別製の』ケーキをお届けに参りました。どうか召し上がって下さい。」

「おおっ!これは有難き幸せでございます。早速拝見させて頂きます」
 モロゾフはうやうやしく容器を開けた。

「素晴らしい!何という見事なケーキだ!」
 そこには輝くようなチョコレートをたっぷり使った、いかにも見る者の食欲を誘うようなチョコレートケーキが有った。

「何とお礼を言ったら良いか。クレージュ様にお伝え下さい。この様な素晴らしいケーキを頂いて心より感謝していると。後日お礼に参ります。」
「確かに承りました。では失礼します」


「凄いわねえ!早く食べましょうよ」
「まあ、慌てるな。夕食まで待っていよう。楽しみは後の方がいい」

 (3)

 こちらは「平民グループ」。エルメス、レノマ以下、主だったメンバーが顔を揃えている。
「諸君!ついに歴史的な時を迎える事が出来た。いよいよ我々は、今夜を以て蜂起する!カリオストロ公国に止めを刺し、民主主義の世界を創るのだぁ!!」
「オオォー!!」
「先ほど、モロゾフ司教から連絡があった。武器は既に届いたそうだ」

「エルメス!『黒シャツ隊』の襲撃があると言う噂が流れているが。」
「聞いている。既に対策済みだ。民衆に動員をかけている。もし、『黒シャツ隊』の連中がやってきたら、『民衆の海』で周りから圧縮してやる。それこそ袋のネズミだ!」

「諸君!いざ出陣だ!」
「エイエイ!オオォー!!」


 「平民グループ」は教会に向かった出発した。

 『黒シャツ隊』:

「隊長!敵は移動を開始しました。人数はおよそ100名。構成員の全数と思われます。目標は教会です。」
「ヨッシ!予定通り作戦開始だ」

 教会:

「さあ、メリー。クレージュ姫様から頂いたケーキを食べようか」
「エエ、頂きましょう!私達の未来のために!!」

 (4)

「みんなあ、集まれ!エルメスさん達が出発したぞう」
 民衆はぞろぞろと集まり始めた。


 エルメス一行はついに教会に到着した。
 コツコツ!
「どなたじゃ」
 リーガルの声である。

「人々の使いです」

「・・・風」
「谷!」

 ドアが開き、エルメス一行は教会の中に入った。
「司教様は?」
「宜しくと言っておられました」
「まあ、会うのはまずかろうからな。さあ、諸君、奥の食堂に行こう」

 大食堂はテーブルを片付けてあり、中央には大きな箱が20個程も置いて有った。
「おい!蓋を開けろ!トロイの木馬だといかんからな、フフ」

 開けられた箱の中には、剣、槍と云った武器がどっさり入っていた。
「よーし、予定通りだ。さあ、諸君。武器を取れ!」

「全員!突撃ー!」
 突然、ダックスの声が響いた。

 次の瞬間、教会全体は怒号、喚声、罵声、絶叫のルツボと化した。扉という扉、窓という窓は砕け散り、ガラスのカケラが夜空に舞い、水晶の様に輝きながら道路に降り注いだ。

「大変だ!『黒シャツ隊』が教会を襲撃したぞ!みんな!教会に突っ込めえ!」

 民衆は建物の間からどっと湧き出て、教会を包んだ。

 ところが。

 彼らは急ブレーキを掛けた!

「おい!待てえ!様子が変だぞお!!!」
「お、音がしない!?」

 乱闘の絶頂だと云うのに、教会からは物音一つ聞こえてこない。

「一体どうしたんだ!?」
「わ、わからん」

 何人かが窓の中を覗いてみた。
「わあ!」
「ど、どうした!!」
「だ、だ、だ、誰もいない!!!」
「ええっ!」

 (5)

 教会はカラッポだった。
 中に入った民衆の見たものは、散乱した家具やガラスと大きな箱、物陰のあちこちに動き回っている数多くのネズミ、そして、眠ったように横たわる二人の男女だけであった。

「し、司教様!何と云うことだ!」
「この女性は確か、妹様だとか」
「生きているのか?」
「死んではいないようだが、全く意識が戻らない!」
「このケーキに毒が入っていたんじゃ」
「侯爵に殺されたのか?!」

「いや、きっと我々の行動を諌めるために、ご自分で責任を取ったのだ!」
「そうだ!我々が余りに突き上げすぎたんだ。それでお心を痛めていたんだ」
「優しいお方だったのに・・・」
「おお!私達が殺したようなものだ!」
「ああぁー!」


「・・・みんな、どうする。エルメス様達はいなくなってしまったし。」
「全く何処に行ってしまったんだ。」

「せっかく武器が手に入ったって云うのに」
 と、武器の入っている箱を開けた男は仰天した!
「ああっ!」
「な、何事だ!」
「おお!こ、これは!」

 箱の中は何と金塊であった。
 開ける箱、開ける箱全てに、まばゆい金塊がぎっしり詰まっていた。そして、最後の箱には手足を縛られ、さるぐつわを噛まされた一人の男と一通の手紙が入っていた。
「内務大臣のバーバリーじゃないか!」
「一体どうなってんだ?」
「とにかく手紙を読んでみよう」

 (6)

                                       
                                       
 ハーイ、カリオストロ公国の皆さん!                     
 私はアルセーヌ・ルパン、あのルパン3世のおじいさんなんですよ。       
                                       
 今日は皆さんに すごーいプレゼントがあるんです。              
 なんと金塊が10トン! 凄いでしょう!                   
                                       
 盗んだ物だろうって?                            
 とんでもない!これは泥棒から取り返した物なんですよう。           
                                       
 その泥棒とは誰あろう、内務大臣のバーバリーなんです。            
 皆さん、驚くなかれ!                            
 バーバリーはカリオストロ公国の乗っ取りを企んでいたんですよ。        
                                       
 この金塊は、その資金とするために、賄賂はもちろん、             
 国民から取った税金や侯爵の財産さえかすめ取って貯めたんですよう。      
 今度の増税にしても、半分は自分の懐に入れる積もりだったんです。       
 その金を使って、『黒シャツ隊』やエルメス達を雇ったんですよ。        
 彼らを使って国民を騒動に巻き込み、その隙に侯爵を倒そうとしたんです。    
                                       
 しかし、事実が発覚したので、『黒シャツ隊』やエルメス達は国外に逃亡しました。
 秘密の抜け穴を使ったのです。                        
                                       
 皆さん、この金塊は皆さんの物です。仲良く分けるんだよ。           
                              では、バイバイ  
                                       
                        アルセーヌ・ルパン      
                                       
                                       

「何だって!」
「くそう!そうだったのか!!」
「これでやっと分かった」
「こんなに盗みやがって!泥棒大臣め!」
「今度の騒動はこいつが全部やった事なんだな!」
「殺せ!縛り首だ!」
「そうだ!殺せ!!」

「待て、待て。さるぐつわを外せ。殺すのはこいつの話を聞いてからでも遅くない」
 バーバリーは自由にされ、民衆の前に引き出された。
 恐怖の余り、失禁し、眼と鼻からは涙を、口からはよだれをとめどもなく流している。

「お前は本当にカリオストロ公国の乗っ取りを企んだのか?」
「殺さないでくれ、金が欲しければ幾らでもやるから」
「どうなんだ!!おい!」
「こ、これはみんな俺の金だ!誰も触るなぁ!」
「おい!答えろ!」
「ハハハハ!全部俺の物だ。全世界は俺の物だ!金だ!金だ!グヒヒヒヒー」

「!・・・狂ってやがる・・・」

「何れにせよ、この膨大な金が全てを語っているって事か・・・」


「ぉぉーぃ!!」

「何だ?」

「おおーい!!」

「誰か来たぞ!」
「仲間だ!捕まっていた仲間が帰ってきたぞ!!」
「おい!クレージュ姫も一緒だぞ!」

 (7)

 クレージュ姫は単身、馬車に乗り、逮捕されていた民衆と共にやってきた。教会の前には再会を喜ぶ家族の歓声が満ち溢れていた。

 騒ぎが少し収まったところで、クレージュ姫は立ち上がり、声を張り上げた。
「皆さん!私はカリオストロ侯爵の娘クレージュです。今日は侯爵の代理としてやってきました。先ほど、アルセーヌ・ルパンなる者から内務大臣のバーバリーが国家転覆を狙っているとの手紙が届きました。事実関係を調べたところ、事実であることが判明しました!」

「おおー!」

「彼は無頼の連中を集めて、皆さんを騒乱に巻き込もうとしました。また、無謀な増税を強行し、国民生活を脅かしました。更に、膨大な国費を着服し、それを国家転覆に利用しようとしました。この罪は当然死に値します。バーバリーを渡して下さい。裁判を以て断罪、処刑致します。尚、先日から施行された新しい増税は、バーバリーの独断に依るものなので即時に廃止致します。」

「ワアアアァァ!バンザアイ!!」

「最後に。
バーバリーが着服した財産は国民の皆さんに平等に分配します。そのための委員を推薦して下さい。 以上です」

「やったああぁ!侯爵様は悪くなかったんだ!やっぱり大したもんだぜ!」
「侯爵様、万歳!」
「クレージュ様、万歳!」

 民衆の歓呼の声は夜を徹して続こうとしていた。


「クレージュ様。バーバリーは気が狂ってしまいました。」
「・・・そう、可愛そうだけれど、許す事は出来ないわ。連行しなさい。さあ!城に戻りましょう」

 (8)

 翌日の朝、街を見おろす丘の上に二人はいた。グッチは腰を下ろして膝を抱き、目の前の風景を優しい目で見つめていた。クレージュもグッチと向かい合って座っていた。
「グッチさん!本当に有難う!あなたのおかげでみんな酷い目に会わないで済みました。何と云って感謝して良いか分からないわ!」

 グッチは少しはにかみながら、笑って云った。
「なあに、大した事はしていないよ。ワシがやった事と云えば、モロゾフに毒を盛り、『黒シャツ隊』と『平民グループ』を一度にネズミに変え、バーバリーと金塊を箱の中に詰め込んで、ルパンの偽手紙を置いただけさ。かえって姫様の演説の方が素晴らしかったよ。」

「でも、私は心配だわ。今日迄にこの国をメチャクチャにするのが失敗したら、グッチさんは大変な事になるんでしょう。」

「そうだねえ。でもワシは満足しているよ。後悔なんぞしていないぞい。・・・ワシはずっと人々を苦しめ、脅かす事ばかりやってきたんじゃ。でも、満足感は少しもなかったねえ。
ワシは初めて人を助ける為に魔法を使ったんじゃ。人々の喜ぶ姿を見て、ワシは初めて知ったのじゃ。満足感をのう。そして気が付いた。人には笑顔が一番似合うって事をさ。ワシはいま幸福だよ・・・
自分がいったい何なのか分かった様な気がするわい」

 グッチは立ち上がった。
「どっこらしょ」

「行ってしまうの?」

「ああ、ワシが長く居るとデーモンがここにやって来るでなあ・・」

 グッチはホウキにまたがり、遥かな青い空を仰いだ。
「ン? 何じゃあ、ありゃ?」

 見ると、黒い雲が風よりも速く近付いて来るではないか!

「・・・し、しまった!もうやって来おったわい!」

 (9)

 黒い雲は二人の上空に停止した。グッチは急いでホウキを飛ばし、雲と向かい合った。雲は忽然と巨人に変わり、天空にそそり立った。
 「幻魔株式会社」の辣腕部長、デーモンである。

「グッチ。言い残したい事が有れば云うがよい」

「何もないわい!」

「本日未明、緊急の欠席魔女裁判が開かれた。
グッチ!お前に10の罪有り

一、業務上にかかわらず、制服の着用をしなかった。
一、制服を勝手に廃棄した。
一、カリオストロ公国攻略命令の不履行
一、ノルマの未達成
一、一時的にせよ、ホウキを奪われた。
一、人間とつき合った。
一、人間に協力した。
一、秘密社員であったモロゾフを再起不能にした。
一、魔術の濫用
一、業務進捗連絡の放棄

よって判決を宣告する。

3等魔女 グッチ 即刻死刑、但し最高度の苦痛を伴う死刑。

と、まあこう云う訳だ。私の権限に於て、これよりお前を処刑する。」

「フン、勝手にするがいいさ!」

「最高度の苦痛を伴う死刑だ。どう云うのが良いと思う?私に良い考えがある。まず、お前に魔法を掛けられた連中に復讐をさせようと思う。フフフ、ここはやたらとネズミが多いようだ。そこで、お前の姿をチーズに変える。そしてネズミに喰わせる。お前は喰いちぎられて死んでいくのだ。これは見ものだ。
次に、この街に『イカズチ』を使おうと思う。お前はネズミに喰われながら、お前の守った街と人間が焼かれていくのを見る事が出来るだろう! ハハハ」

「ぐううう!悪魔め!」

「何を云うか! これは総てお前が引き起こした事なのだ。」

「!」

「もし、お前が命令通りこの国を混乱させていたら、それ程までには破壊されなかったろうに・・・。お前が破壊したようなものだ!お前が殺したのだ!さああ、自分のやった事の罪深さを後悔するが良い!自分の運命を呪うがいい!
そして、・・・

死ねえええーー!!」

 デーモンの魔力に打たれ、グッチはあっと云う間にひとかけらのチーズになってしまった。
 そして、石コロの様に落下して行った。

 その真下の地面には黒い波の様に無数のネズミがうごめいていた。

 (10)

 その瞬間、クレージュの眼の中のおびえがスッと消えた。
 そして、今迄見た事の無い様な強いキラメキが生まれ、それは爆発的に広がった。怒りだったろうか、それとも憎しみだったろうか?いや、それとは全く異なった感情であった。クレージュは眼を見開き、顔を紅潮させ、唇を噛み破り、絶叫した。

「グッチィイイー!!」

 彼女はネズミの海を疾風のように走り、鳥のように宙を飛び、鷹のようにグッチを掴み、猫のように降りた。彼女は何匹ものネズミをぶら下げながら走り去ろうとした。
 それは一瞬成功したかに見えた。だが、そこまでだった。デーモンが天空から叫んだ!
「よくやった! そこがお前の墓場だ!」

 クレージュの脚が突然止まり、彼女はもんどりうって転倒した。
「キャアアアアアアア」

 ネズミの群れは、あっと云う間に追い付き、彼女の姿は黒い怒涛の中に埋もれてしまった。
「ハハハハ、さあネズミども!骨も残さず喰いちぎれ!!」

 その時!

 大音響とともに天空が割け、青い光が丘を照らした。
 ネズミ達は一瞬にして消滅した。

「誰だ!私の邪魔をする奴は!」

 青い光に乗って、一人の天人が降りてきた。

「久しぶりだな、デーモン」

「うう!貴様は佐藤上人!」

 (11)

「デーモン、良いニュースがある。サタンが死んだぞ。」
「なに!社長が・・・!?」
「ついさっきの事だ。お前がこっちに来ている間に、総攻撃を加えたのだ。 『幻魔株式会社』は崩壊した。」
「うううう、天人のくせになんて汚い真似をするんだ!」
「これは戦争なのだ。既にお前達は破れた。それを忘れるな。」
「けっ!サタンは何度でも蘇るさ! サタンの力を欲しがっているのは、他ならぬ人間だからだ」

「そうかもしれない。だが、お前達は勝てない。決して! いずれ分かるだろう」
「だまれー! 貴様などふっとばしてくれるわ!」
「死に急ぐ事もあるまいに」
「貴様の力などたかが知れているわ!」
「それでは来るがいい。見せてあげよう! 私の本当の力を」
「いくぞおー!」

 デーモンは再び黒い雲になり、恐ろしい速度で上人に向かってきた。上人は手を奇妙な形に組み、デーモンに向かって叫んだ!

「バルス!」

 上人の体からまばゆい一条の紫電がほとばしり、黒い雲を貫いた!

「グオオオーー!  こ、これは・・・」

「デーモン!  お前の最後だ!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 デーモンは爆発し、巨大な火球が天空を包んだ。

 ・・・そして、消えた。何事もなかったように。

 (12)

「姫様、姫様! ・・おお!やっと気が付かれたかい」
「・・鳥がいるわ・・・。なんてきれいな空・・・」

 ・・・と、急にガバッと起き上がり云った。
「グッチさん!大丈夫なの!」
「この通りピンピンしておるわい。それより姫様の方はどうじゃ?」
「私は大丈夫。まあ!ネズミに噛まれた所も直っているわ!」
「天人の佐藤上人が助けてくれたんじゃ。ネズミ共も、デーモンもすべて滅びた。人々に危害を加える者どもは、もはや居ないのじゃ。」
「本当に良かったわ!」

「・・・姫様! ワシを救ってくれてありがとう!ワシは、こんなにうれしい事は初めてじゃよ」

「自分でも信じられないわ!どうにも我慢が出来なかったの」

 二人はにっこり微笑んだ。


「さあて、姫様、残念だがいよいよお別れじゃ」

「行ってしまうの?」

「佐藤上人が云ってくれたんじゃ。
 お前は魔女には向かないって。天使の方が似合っているぞってな。」

「エエ!私もそう思うわ!」
「それで、天使になる事に決めたんじゃよ」
「マア! ステキだわ!」
「ありがとう!」

「・・・また会えるわね!」
「会えるとも!!必ず!」

 グッチは丘の上から天空へと続く青い光の道を登って行った。

「さようならあああ!」

 クレージュはいつまでも、いつまでも、手を振り続けているのだった。



 第六章  エピローグ

 (1)

 漆黒のビロードの上に宝石箱を落とした様な、きらめく夜空。
 その中でも大粒のダイヤモンドの様にひときは輝く星があった。それを見上げる3つの影。クレージュ、カリオストロ侯爵、サンローランであった。

「あれがグッチさんの星なんだわ!」

 眼を輝かせてつぶやくクレージュを見て、カリオストロ侯爵とサンローランもその星を見上げた。

 その星は、ちょっとだけ瞬きを早めたようだった。

                            おしまい

EHF41721 佐藤

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