「宮崎アニメを解毒する」

by 佐藤クラリス (PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFC)

 2000年10月05日アップデート → メールアドレス変更
 このページは、PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFCの佐藤クラリスさんが、そこで掲載した作品 「宮崎アニメを解毒する」 の全文を掲載しています。なお、無断転載等は厳禁です。(編集者)
サブタイトル

企画予告(^_^)
「天空の城ラピュタ」(1)「ラピュタは反核映画」
「天空の城ラピュタ」(2)「ムスカ大佐は人類の味方だった」
「となりのトトロ」(1)「『となりのトトロ』は子供が観た世界」
「となりのトトロ」(2)「『となりのトトロ』は戦後日本を全否定した」
「魔女の宅急便」(1)「キキは要らない人間」
劇場版「ナウシカ」(1)「薄幸の美少女ナウシカ」




企画予告(^_^)


1.ターゲット: 宮崎作品に対するフツ〜の分析には飽きたと云う人達向けの企画ですね。

2.趣旨と形式: 宮崎作品に表現されている「表」のテーマに対して、「ウラ」、「毒の部分」をほじくり出し、有る事無い事をもっともらしくしゃべくる「仮想座談会形式」(要は一種の漫才)ですね。

 漫才と云う事なので、出演者の紹介をば。

A氏 思いつきと思いこみだけで生きている人間。
B氏 つっこみだけの人間。

3.予定テーマ(内容は都合により変わる場合があります(^_^;)):
   「天空の城ラピュタ」 ラピュタは反核映画。飛行石は放射性物質。
   「となりのトトロ」  「火垂るの墓」のアンチテーゼ。高度経済成長の否定

    他の作品も続々登場…(ほんまかいな?)




「天空の城ラピュタ」(1)「ラピュタは反核映画」


A氏「…初っ端からこんなテーマもらっても、ちょっとなぁ〜(^_^;)」

B氏「初っ端と云えば、ラピュタってのはスタジオジブリの最初の作品なんでしょ。『風の谷のナウシカ』は『トップクラフト』だし」

A氏「そうそう。で、表向きは『血沸き肉踊る冒険活劇』となってる」

B氏「表向き…と云う事は、実はラピュタってのは額面通りの作品じゃないわけでしょ?」

A氏「そりゃそうだ。大体、ポムじいさんを何で出したか考えてみなよ。彼は『もののけ姫』で云えばジコ坊みたいな役回りだが、要するに飛行石とラピュタの真の姿を指し示す為なワケ。『この石には不思議な力が有るんです』って、そりゃ、質量とエナジーを交換する力なワケだし、岩石に含まれている飛行石を結晶化する技なんて、まるでウランそのものじゃん。
 『すまんがその石をしまってくれんか、ワシには強過ぎる』なんて、そりゃ放射線ですか? って事は、シータは既に死んでるとか。(^_^)
 『力の有る石は人を幸せにもするが、不幸を招く事もよう有る事なんじゃ。増してその石は人の手が作り出した物』なんて、これじゃあ核燃料以外の何を想起すれば良いワケ?匿名で特定しているだけじゃん」

B氏「でも、別に核燃料に限った事じゃないでしょ。科学全般と云う事も出来るんじゃないの」

A氏「ま、そりゃそうだけど、科学が人間を不幸にすると決まった、その代表は核エナジーと云うワケ。そもそも、ラピュタの上部は居住区で、下部は原子炉って感じだし、イカヅチを観れば、ありゃモロに表現してる。絵コンテを観ると判るけど、遠藤さんが持っているビデオを観ろみたいな事が書いてあるからね」

B氏「で、『ラピュタはかつて恐るべき科学力で天空にあり、全地上を支配した恐怖の帝国だったのだ』けど、病気が流行って滅びてしまったんでしょ」

A氏「そう、それが核エナジーの本質と云うワケだ。ラピュタが上層と下層に分けられて表現されているのは、正に核エナジーの表裏を表している。溢れるエナジーであらゆる欲望を満足させる事の出来る夢の世界。一方では、無機的で、気の遠くなる様な恐怖を演じる殺戮者。しかしてその実体は、放射能で生命そのものをダメにしてしまう悪魔的存在。ラピュタは結局滅んでしまったワケだ。こう云った表現を通して、要は核エナジーに引導を渡したって事だね。ま、科学の表裏は、『未来少年コナン』の三角塔でも表現されていたけど。最近では『On Your Mark』かな」

B氏「つまり、宮崎さんは一貫して反核って事なの?」

A氏「ぼくはそう観てるけど、一方じゃ兵器大好きみたいな所があって、一口では云えないでしょう。(^_^) 」




「天空の城ラピュタ」(2)「ムスカ大佐は人類の味方だった」


A氏「おいおい、何だいこのテーマ。ムスカ大佐って、悪者じゃん」

B氏「甘いな。今回のテーマはその様な表層的な見方を超越した所にある」

A氏「ほう? つまり、悪者として描かれた曹操孟徳が実は良いに付け悪いに付け、本当の主人公だったと云う三国志パターンなワケだね」

B氏「そうそう。十分に判っているじゃないの。漢王朝を滅ぼしたんだから道徳的には極悪人或いは奸臣なんだけど、漢王朝が極悪だったから国民には歓迎されたんだ。道徳律を重んじる当時の中国では流石に主人公扱いは出来なかったけど」

A氏「だんだんノってきたぞ。(^_^) で、そのムスカだが、彼はラピュタ一族の末裔として、ラピュタの力を独占し、地上を再び支配しようとしたワケだが、それは即ち神の実在と云う事になるワケだな。即ち、結局は愚かで自分自身をコントロールする事もままならない人類には、神罰を以て彼らを懲らしめる『神』と云う存在が必要だと云うワケ。
  神は天空即ち地上人の手に届かない所にあり、常に地上人を監視し、罪有らばイカヅチを以て、その国を焼き払う。よって地上人は神罰を恐れ、自らの行動を改め、神の意志に沿った生き方をする様になる。これで世界の平和は保たれると云うワケだ。ラピュタ王が暴君になって地上を滅ぼし尽くすって心配も有るが、地上からの貢ぎ物で生活しているワケだから、地上の平安に心を砕かざるを得ないので、暴走も限度が有ると観て良いだろう。
  で、その神が居ない現在の世界では、欲望と憎しみが蔓延り、有りとあらゆるソドム&ゴモラの行いが憚る事無く行われて、人類は反省する事すら無い。で、結局人類は滅亡にまっしぐらと云う有様だ。『天空の城ラピュタ』と云う作品は悪人を倒して一件落着と云う体裁を採っているが、実はラピュタ帝国の支配の方が、核弾頭がそこかしこに転がっている、今の無法状態な有様に比べればマシだったと云う皮肉をたっぷり含んでいるって感じがするね。ホントかどうかは知らないけど」

B氏「そう云った意味では、ムスカ大佐は正に正義の味方って事になるよね」

A氏「アメリカ合衆国は世界唯一の超大国として、この神の役割を演じたがっているが、実体は神でも何でも無い利己的な軍事大国なので、神になる資格はない。
  出来るとすれば、かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』で登場した超国家的軍隊構想位かな。ただ、海上とか地上にその設備が有るのは攻撃対象となり易いので、大気圏外に大量のレーザー砲装備艦隊を配備し、天空から攻撃を掛けると云うのが心理的にも最も効果が高い方法だと思うけど」

B氏「それはキミの持論だろ(^_^) 」




「となりのトトロ」(1)「『となりのトトロ』は子供が観た世界」


A氏「今回は、随分と大人しいテーマだね」

B氏「そうかい?要は、現実は何も見えていないと云って居るんだけど」

A氏「え?つまり、あの映像は思いこみの為せる技だったと?」

B氏「そうそう。幸せな世界、暖かい家庭、優しい人々。それは全て、サツキとメイの思いこみが為せる技だったのだと云う事」

A氏「う…。そう云えば、あの作品には金の話が出てこなかったよね。今思えば不自然に感じるが、それが、この作品は現実ではないと云う呪文なのかも知れないな」

B氏「お、その調子(^_^) 」

A氏「そうだとすると、サツキとメイの目を通さない世界ってはどんなになるのかな」

B氏「それを推理するのがキミの役目じゃないのかね(^_^) 」

A氏「…先ず、居候していた都心の寺島家との関係だが、アニメージュ文庫『小説となりのトトロ』によると、これは草壁ヤス子の実家。学生結婚して、妻の実家に10年も居候、しかも妻は結核に掛かって、七国山の病院に居るなんてシチュエーションは、実家の人間にとって容認出来る物じゃない」

B氏「そりゃそうだ。生活能力の無い夫、しかも肝心の妻は実家から離れていて、夫と子供だけじゃ、ちょっとね」

A氏「寺島家からイヤな顔をされるのは明らかだし、例え、イヤな顔をされなくとも、今度は草壁タツオの方が、流石に居づらいと感じるだろう。その結果の引っ越しと観て間違いないと思う」

B氏「つまりは追い出されたも同然と云う事だね」

A氏「そう云うワケだ。で、考古学者やっているので当然金も無く、極貧状態だったワケだね。妻の入院費用だって、全額とは云わないけど負担したんだろうし」

B氏「ガリガリのやせっぽっちのサツキってのはその結果かな」

A氏「子供にとっては、庭の広い『お化け屋敷』にしか感じないだろうけど、宮崎さんのウラ設定によると、この屋敷ってのは病人の療養の為に作られた物だが、その病人は亡くなってしまったそうだ。庭が造営途中でうち捨てられているのはその為だそうだ」

B氏「実際にお化け屋敷だったんだね。と云う事は家賃も激安?」

A氏「そうだろうね。だから草壁家が住めたと云う事じゃないのかな。子供にとってはシロアリに喰われた柱なんて、面白いかも知れないけど、ちょっと凄いよ」

B氏「マックロクロスケとか、トトロなんかは、実際は何だったんだろうね」

A氏「本当に『もののけ』だったんだろうね。でも、それは映画の様に優しい奴じゃなくて、もっと怖そうなヤツだったと思う。何れにせよ、子供の妄想では無いと思う」

B氏「サツキが泣き出すシーンが有るが」

A氏「あれは、サツキが現実と交錯した瞬間だったと思う。観たい物を観たい様に観ると云う視点が消え、現実をまともに捉えた瞬間だ。大人になろうとしている『さなぎ』だと思う。いい加減でうそつきの親、おばあちゃんも結局は赤の他人、母親は死ぬかも知れない。その様な絶望的なイメージがドッと押し寄せてきたと思う。
  サツキは全てを判っていたんだと思う。しかし、受け入れるだけの力が無かった為に、現実逃避とさえ云える視点を導入し、現実が心の中に入ってくるのを防いでいたんだと思う」

B氏「あのシーンは特別だが、作品全体を覆う極めて楽天的な見方。あれは、父親譲りだと思うね(^_^) 」




「となりのトトロ」(2)「『となりのトトロ』は戦後日本を全否定した」


A氏「おっと、今度は随分と過激なテーマになってるじゃん(^_^) 」

B氏「いや、これは公知の事実だと考えているんだ。そもそも『となりのトトロ』が上映された1988年と云えばバブル期真っ盛り。そんな時期にこんな映画を作るってのは、まァ、あまのじゃくと云えばそうだし、時代の警鐘者と云えばそうだろう。正に、『忘れものを、届けにきました。』って事だね。それに、『ジ・アート・オブ・トトロ』に書かれているが、最初考えて居たオープニングは、現代の大都市のビル街から始まり、時間がバックしてビルが消えて行き、あの時代に戻って行くと云う、あからさまに批判的と云える手法だったそうだし」

A氏「うーん、その映像も見てみたいと云う気がするが、いきなりあの時代になった方がインパクトは大きい。ま、パラレルワールドで、実は時間は今ですと云うきついシャレかも知れないけど。
  この作品が大ヒットした理由の一つは、描かれている世界が、今の現実世界の裏返しだって事だ。単純に『懐かしい〜』と云った郷愁や、トトロが可愛いからと云った嗜好の問題だけではなく、もっと積極的な意味で『こんな世界も有ったんだ。こんな日本も有り得たんだ。じゃあ今のこの世界は…』と云う風に、現在の世界との比較が仕組まれている。
  もしも、あの映画の世界が現在の世界よりも総合的に劣悪だったら、それほど魅力を感じないだろう。全ての人間が我利我利亡者で、優越感を争っている様な、エネルギッシュかも知れないが醜悪な世界だったら、誰も何10回も観ようとは思わないだろう。心に平安をもたらす事が出来るからこそ、反復鑑賞する事が出来るのだ」

B氏「戦後の高度経済成長によって、日本人は物質的ではない面で『豊かに生きる』可能性を失ったと云えるんじゃないかな。そして、今や、役人天国と汚染物質によって、未来の子孫の希望さえ奪おうとしている様に見える」

A氏「所謂、亡国だな」

B氏「そう云った深い意味で、『となりのトトロ』は戦後日本それ自体を全否定していると云ったし、この映画を見て、これではイカンと行動を起こす人が増える事を期待していると云った穿った見方も出来るかも知れないね」




「魔女の宅急便」(1)「キキは要らない人間」


A氏「…ちょっとなぁ〜、抵抗有る云い方だよ、これ」

B氏「しかし、真実を表しているよ。キキは大都会にしがみついて生きているだろ。彼女が居なくても都市機能に影響はない。宅急便を始めたのは、彼女が生きる為だ。彼女が居なくとも誰かが宅急便をやるだろう。彼女が居る必要は無い。
  自分の生活の為には始めた宅急便。雨でずぶぬれ、しかも必死でニシンのパイを届けても冷たい視線の上に有り難うの一言すらない。生活ってのはそんな物なのだ。無料で宅配やっているのならともかく、それで金を取ろうと云うのなら、感謝どころか罵声だけしか期待出来ない。それがイヤなら宅急便を止めろって事さ。
  ま、キキの甘さの辺は宮崎さん自身が云っているから、キミも知っているだろうけど」

A氏「スタートは要らない人間なんだろうけど、次第に人間関係を構築して行き、その人達の中で必要な人間になって行くって云うイイ話だよ、これは」

B氏「その通り(^_^) 」

A氏「しかし、まァ、人間の孤独ってのは海よりも深いものがあるな。自分がメシを喰っても相手が腹一杯になるワケじゃないし、死ぬ時は自分一人だ。親身になってくれるおソノさんにしてもキキの気持ちが全て理解出来ているワケじゃない。結局、僧侶(^_^) ウルスラのありがたいお説教で『浄化』されたワケだ。増してや、ボーイフレンドのトンボなどはキキの『ATフィールド(Absolute Terror FIELD,絶対領域)』外の存在に過ぎない。自分は一人じゃないとか、みんなと生きているなんて実感は確かに有るだろうけど、冷たい云い方をすれば、それは『集団幻想』に過ぎないワケだ。全てを引き剥がした時、残るのは誰も必要としない自分だけだ」

B氏「おお、お前、『少女革命ウテナ』か『エヴァ』か『彼氏彼女の事情』か何か観たか?(^_^;) 
  …だとしても、その絶望的な孤独を超越し、幻想を突き破って真の集団を形成し、ニヒリズムの虜から抜け出そうと努力する事、それが人間の証しってヤツじゃないのかなあ。まァ、『生きろ。』って事かも(^_^) 」




劇場版「ナウシカ」(1)「薄幸の美少女ナウシカ」



B氏「えー。これは、以前A氏が書いたヤツを元に漫才化した物です。(^_^) 」

A氏「そうそう、要は、ユートピアとされている『風の谷』の住民がろくでもないヤツばっかしで、結果的にナウシカを殺していると云う説だったね。(^_^;)それにしても、今回、俎上に上げたのが『ラピュタ』、『トトロ』、『魔女宅』とくれば、次は『紅の豚』だなと想像するんだけど、何で『風の谷のナウシカ』になっちゃうんだろう。やっぱネタ切れ?(^_^;)」

B氏「ネタよりもエナジー切れなのよね。思うに、80年代の宮崎アニメって、表面的には凄く良い話で、とっても美しかったりするんだけど、実はよく考えてみると、凄く怖い話だったりするのよ。例えて云えば、『On Your Mark』の世界だね。それが今回の『解毒』と云う事になるんだけど、90年代の作品って最初から毒が臭っていて、美しい物に含まれている毒を分析する必要が無いって気がするのよ。『紅の豚』のファシストな世界とか、『もののけ姫』の憎悪と悲しみの深さとかさ。
  自分の場合、綺麗な花に隠されたトゲを発見するって云うのが、妙に燃える(^_^) のよね。最初からトゲが見えているってのは、そそらないんだ。
  で、一番の猛毒を含んでいる『風の谷のナウシカ』の登場となったのよ」

A氏「なるほど、要は真打ち登場と云うワケだな」

B氏「では、話を戻して、『風の谷』の禄でもない連中を数え上げてもらいましょうか」

A氏「そう云う事であれば、先ずは、『凶悪扇動者、大ババ様』。
  風の谷を武装解除したトルメキア軍。格調高いクシャナ殿下の演説を遮る大ババ様。ジルが殺された事を暴露して、風の谷の住民をヒステリー状態に陥れるワケだが、このままではトルメキア軍の重火器の餌食になるのが明白。武器を持たない500人足らずの人間を殺し尽くす事など造作無い事。女子供も殺したとして、その非人道性を云った所で、全員死んでしまえば意味無き事。この場合は『生きろ。』と云うのが、最重要課題なワケなんだな。
  意気地無しと云われようとも、下手な抵抗をしないで、トルメキア軍の野蛮な行動のきっかけを作らない事が必要な時に、『殺すがイイ!』(『キルミー』ってヤツか)と来た日にゃあ、全ての努力を水の泡にするだけ。暴動状態となって皆殺しとなったのでは、住民を守る責任を持つ族長=ナウシカのレーゾンデートル(存在理由)はぶっ飛んじゃうワケ。
  その責任を全うしようとして心を砕いているナウシカに対して、大ババ様は、玉砕目的の武闘派って感じだな。一見かっこいいけど、実のところ、死体の山を築く以外能の無い、全くの無責任な手合いって感じ」

B氏「この扇動と無責任さってのは、戦争計画者によく有るパターンだよね。民衆を煽っておいて、自分だけトンズラとか、国民を滅亡させておいて、よく頑張った、君たちは英雄だとか云う奴らに観られるパターンなのよね」

A氏「次は、『腑抜けの城オジ』。
 空中戦によりバージのワイヤが切れた。恐慌に陥る城オジ達。それを助ける為に、障気マスクを外して元気付けると云う暴挙にまで追いつめられたナウシカ。文字通りの足手まとい。」

B氏「いわゆる、翻弄される愚かな民衆を具現化したと観て良いんじゃないのかな〜」

A氏「更に、手に負えない事に『姫の居ぬ間に戦争』。
 森に胞子が入り、止む無く焼く事になった。住民の怒りはついに爆発し、トルメキア軍との直接衝突に発展。しかし、住民は結局、宇宙船跡に追いつめられ、全滅を待つだけとなってしまい、正に『バカには勝てん』と云う状態だね。(ちょっと違うか)」

B氏「すぐに熱くなる日本人への警鐘かって感じがするけど」

A氏「さて、最後にして最大の罪。『みんな死ぬの?』。
  子供にこう迄云われる様では、大人の面目も何も有ったものではない。怒りに任せてバカやって、結局は自滅寸前。で、対策は皆無で、『定めならね、従うしかないんだよ』などと無責任極まりない発言しか出てこない。あんたは銀行幹部か?
  で、ナウシカ一人が全てを背負わざるを得ない状況となってしまった。何とかしなければ族長としての面目が潰れてしまう状況。例えば、谷が全滅してから、のこのこ現れたりしたら、『今まで何処をうろついていたんだ!谷が…谷が…』と、谷の住民に指弾される事は明白。それ以上に自分の責任感が許さないだろうね。誇り高い彼女としては、それほどの恥を受けるよりは死を選ぶだろう。
  だから、ナウシカは勝算無く王蟲の暴走の前に立ったのだと思いますね。死ぬ為に…。暴走を止める事が出来なくとも、誇りだけは守る事が出来るからね」

B氏「まるで、『逃げちゃダメだ…』の世界なのね。大衆のエゴな暴力が救世主を要求し、ナウシカを殺すって事になった。ナウシカだって、本当は逃げたかったと思うよ。あの美しい復活劇に誤魔化されちゃダメだ」

A氏「作品として、一応ハッピーエンドだったから未だ良かったけど、こうやってみると、無責任で愚かな住民と、その愚行の後始末に命を削る族長と云う構図が見えてくる。まァ、作品ですから、ナウシカの女神性を引き立てる為に、愚かな民衆を持って来るって事は必要な事だけど…。良くもまァ、こんな連中の族長をやっているな、と。愚かな子は可愛いって事なのかな(^_^;)。
  あぁ、ナウシカの人生はこれからどうなるのであろうか。数々のラッキーで生き延びる事が出来たが、それが続くとも思えない。早くどこかに逃げた方が身の為であろう。生きろ、ナウシカ。愚民と運命を共にしてはいけない」

B氏「因に、民衆をそこまでアホにしてしまったジルの罪は実は重いかも知れないよね。『親の因果が子に報い』ってか。(^_^;)」

   1998.10.24

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著者: 佐藤クラリス/ nausicaa@msa.biglobe.ne.jp
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