内面小説
「エフタルの黄昏」

by 佐藤クラリス (PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFC)

  2000年10月05日アップデート → メールアドレス変更
 このページは、PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFCの佐藤クラリスさんが、そこで連載した作品 内面小説「エフタルの黄昏」 の全文を掲載しています。なお、無断転載等は厳禁です。(編集者)
◆第1回
 
 哀王の最後

 エフタル最後の王である哀王は今まさに、この世を去ろうとしていた。彼のベッドの周りには、重臣が居並んでいたが、肝心な皇子達は居なかった。
「皇子達はどうしたのだ・・・」
「はい、皇子様達は隣国の土鬼どもが攻め込んで来たとの事で、皆様出陣しておられます。」
 重臣の一人が恭しく言った。
「そうか・・・」
 哀王はそう言ったがそれが嘘である事は分かっていた。皇子達は今、次の王座を賭けて戦っている最中なのだ。首都ペジテから1000リーグも離れた腐海の縁のこの城には僅かの兵隊しか居らず、皇子達には、事実上幽閉した哀王の遺言など必要とはしていなかったのだ。
「なぜ、わしはこの様に死ぬのだ」
 哀王はつぶやいた。
「2000リーグ四方を支配する地上最強の国エフタルの王が・・・」

「一体、これからどうなるのじゃ。誰が新しい王になるのだ」王は、問いかけた。
 重臣は沈黙していた。そして、互いを牽制するような目付きをし始めた。
「誰が新しい王になるのだ」王は、更に問いた。
「第1皇子の烈皇子様が、ご器量、人徳ともに適任であらせられます。」
 第1皇子派の重臣が述べ始めた。それを遮るように第2皇子派の重臣が喋り出した。
「いや、第2皇子の巧皇子様こそ父君様にそっくりの王者の風格をされておいででございます。」
「だまれ、その人徳者がなぜ来ないのだ!」
「なぜ、わしをこの様なところに閉じ込め、自分らは争いを起こして居るのだ!」
「いえ、決してその様な事は・・」
 重臣達は、今度は口を揃えて、言い訳を始めた。
「第3皇女青様の御成でございます。」
 係のものの声がして、青い服に身を包んだ女性が現われた。
「おお、青皇女か」哀王は身を起こして言った。
「良くやって来てくれた。」
「父王様、おひさしゅうございます。お体の具合いは如何でしょうか。」
「わしは、もうおしまいだ。いや、それよりもエフタルの将来が心配でな。」
「何でも、兄君達が王位の争いをしているとか。」
「そうじゃ。わしの体が弱ってきたら、途端にこの城に押し込めおって、自分達で贅沢三昧やりたい放題じゃ。それどころか、今度は、王国を独り占めにしようと殺し合いじゃ。」
「まあ!なんて事を。」
「この辺はいいが、ペジテ当りでは戦車や戦闘機、ミサイル迄使い始めているそうじゃ。」
「・・・」
「ペジテには旧世界の核融合エンジンがゴロゴロしているから武器には事欠かん。これを弾頭に使えば、旧世界の水爆も作れるそうじゃ。まだ出来てはいないが、もうすぐこれが出来れば、エフタルは滅びてしまうぞ。その前に、何とか仲直りをさせたいと思って居るのだが」
「腐海も焼かれて居るんでしょうか。」
「腐海? ああ、もちろんじゃ。戦場は深く腐海に入り込んでおる。それに、王蟲の殻が良い外装になるらしい。戦車や戦闘機、ミサイルの外装板は今では殆ど王蟲の殻が使われて居るそうじゃ。」
「いけません!そんな事をしたら腐海が溢れます。エフタルは滅びてしまいます!」
 哀王は不思議そうな顔をして、青皇女を見た。
「腐海がどうしたと言うのだ。我々にどんな影響があると言うのだ。」
「父王様は大海嘯と言うものを聞いた事は有りませんか?」
「大海嘯? 無いな。」
「腐海が怒り、溢れる事です。火の7日間の後、人類が腐海を侵す度に幾度となく有ったそうですわ。」
「これからも有ると言うのか。」
「このままではもうすぐです。すぐに、戦いを止めさせなくては。」
「バカな!一体どうやって。それに大海嘯など、奴らが信じるものか。」
「説得します。」
「どうやって。」
「父王様は腐海をどう考えてらっしゃいますか。」
「腐海など無い方がいいわい。人が住めないようなカビのかたまりではないか。」
「あの様なものは、旧世界の水爆で事ごとく焼いてしまうに限る。」
「もし腐海に役目があり、それが旧世界の出した汚れを綺麗にする事だったらどうなさいます。」
「言っている意味が分からん。旧世界の出した汚れを綺麗にする必要など無いではないか。我々はこの様に生きて行けるのだし。」
「しかし、汚れた土地は放って置いても綺麗にはなりません。そこは、草木の生えない砂漠です。それはどんどん広がっています。このままでは、人類が餓死してしまいます。」
「その様な事は無いだろう。エフタルの科学技術は地上最高だ。しかもペジテには旧世界の核融合エンジンが沢山有るから、これを動力とすれば食料位何とか出来るようになるわい。」
「人間が科学技術に頼っている限り、腐海を侵す事は必然です。となると大海嘯で人類はやがて滅んでしまうでしょう」
「科学技術は人類が作り出した新しい自然なのだ。我々はこの中で生きて行く。腐海や砂漠は我々がやがて作り替えてやるべきものだ。人類は、この様な汚れたものの遥か上にいるのだ。世界を作ったのは、神だが、これからは、我々が神になるのだ。」
「それは、人間の単なる思い上がりではないですか。自然は広大無辺で人間の知っている事は、その僅かでしか有りません。それでありながら、あたかも神を超越するような気持ちを持つ事は、傲慢でしか有りません。それは、自らを滅ぼします。人類はもっと謙虚に大自然の一員として生きる方法を考えなければなりません」
「自然の一員? あのイモムシ共と人類が友達だとでも言うのか!」
「そうです。蟲と人類は共に自然の中で生きなければなりません。それが、自然と人と、蟲を共に生かす唯一の手段なのです。」
「そんな事は出来んわい」
「出来ますとも。『青い服を着た人』が人々を、腐海の奥の清浄となった土地に導いてくれます。そこで、腐海を侵す事無く生活すれば、人類の生存は保証されます。」
「バカな事ばかり喋っておるわ。そうか!『青い服を着た人』とはお前の事か!そいつに付いて行けだと。女だと思って油断したが、きさまもエフタルを狙う奴だったか!ええい、こやつを斬れい!」
「止めなさい。その様な事をしてもエフタルは助かりません!!」
 皇子とは関係無いので衛兵は躊躇する事なく、第3皇女青を斬殺した。すると、傷口から青い血が吹き出し、気が付いてみると、そこに倒れているのは、1匹の子供の王蟲であった。哀王は絶叫して、そのまま絶命した。次の瞬間、城は無数の羽虫の攻撃を受け、間もなく崩壊した。


◆第2回  烈皇子

「良い所にやってきたな」
 烈皇子はおうように、青皇女を手招きした。
「ついに『水爆』が完成した。これで巧皇子もおしまいだな。」
「兄王子を殺すおつもりですか。」
「勿論だ。わしに逆らうものは生かしておけん。」

 司令官がやってきて、恭しく敬礼をした。
「閣下、お席の準備が出来ました。」
「青皇女、おまえもその威力を見てゆくが良い。」
 烈皇子は青皇女に向かってニヤッと笑った。

「それでは、まず、今回の新兵器の説明をさせて頂きます。」
 司令官はやや得意げに始めた。

「新兵器は核融合爆弾搭載ミサイルで、弾頭は旧世界の核融合エンジンを用いました。これに改造を加えまして、燃料水流量制御装置と核融合制御板を外しました。これにより、一度核融合が起きると加速的に際限なく進み、最後は全体が反応して大爆発を起こします。次に、推進部ですがこれは、普通にある旧世界の核融合エンジンをそのまま用いました。射程は最大100万リーグ以上で、巡航速度は毎時300リーグです。ミサイルは既に基地より発射され、まもなく目標に到達します。」

「どの位の威力なのだ。」
「ハッ、旧世界の資料によりますと中型の弾頭でも200リーグ四方を一瞬にして焼き尽くすそうです。」
「すごい!それほどの威力なのか」
「ハッ、何しろ、旧世界の王はこれを使って世界を支配したそうです。」
「うーむ」

「兄上、私は、兄上たちにこれ以上の争いを止めて頂くために参りました。これ以上争いを続けると、再び大海嘯が起きて、人間は滅びてしまいます。既に、腐海の縁ではその兆しがあり、父王様の城が呑込まれてしまったそうです。」

「なに、父王が死んだか。」
「ハイ。」
「フフン、戦いはすぐに終るわ。そして、わしが世界の王となるのだ。」

「『水爆』を使うのですか。」

「何のための『水爆』だ。兵器とは人殺しに使う為に作るものではないか。使いもしないで飾って置いて何の役に立つのだ。まずは、あの巧皇子を国土ごと焼き殺し、次は、土鬼だ。巧皇子とグルになって、わしを攻めよう等と愚かな事を考えおって。そして、トルメキアだ。旧世界の貴き末裔だと。ふざけた高慢ちき共めが!こいつらを片付けたら、最後は腐海だ。あのカビの海が無くなれば、世界は清浄になる。そうなれば、旧世界の繁栄をわしの手で取り戻すことが出来るのだ!」

「そんな事をしたら人類は滅びてしまいます!『水爆』は旧世界を滅ぼした元凶なのですよ。それなのに、又そんな物を使ったら、今度こそ人類の最後です。」

「何もしなければ、やがて腐海に沈んでしまう。それこそ人類の最後ではないか。『水爆』にしてもわしが作らなくても巧皇子が作るだろう。そうなれば、滅びるのはわしの方だ。兵器は先に作り、先に使った方が勝ちなのだ。考えている暇など無い。いいか、世界には支配する人間と支配される人間しか居ないのだ。そして、人間の本性はみな悪なのだ。放っておけばどんな悪い事でもする。いくら法律を厳しくしても、いくら処刑しても、尽きないのは、人間の本性が悪だからではないか。この様な人間は力で支配するしかない。力を緩めればすぐに悪事を働く。より強力な力を見せつけ、逆らっても無駄だと心から服従させなければならないのだ。その為には、この『水爆』が必要なのだ。全世界を混乱と無秩序から開放し、整然と治められた平和な世界にする為にはこのおそるべき破壊力が必要なのだ。」

「違います。今、人々に必要なのは、力による支配ではなく、未来への希望なのです。それがあれば、今の様な刹那的な、投げやりな生き方はしないはずです。希望を奪っているのは、力による支配、恐怖による政治なのです。」

「バカな!希望など奴らには必要ない。その様なものを持っていると、わしの政治に対する不平不満となって来るに違いない。やつらには、恐れと、おびえこそが必要なのだ。これが統治原理なのだ。お前の様な女にはわからん!指令官!巧皇子に『水爆』の威力を見るよう連絡して有るだろうな。」

「ハッ、既に連絡済みであります。」
「閣下、まもなくミサイルが目標に到着します。」
「目標は何処なの!まさか兄皇子の城では!」
「それはこの次だ。目標は此処から500リーグ先の腐海だ。」
「腐海ですって!」
 青皇女の顔から血の気がひいた。まさかそこ迄やるとは。
「あちらの方角です。」
 司令官は指さした。そこには、果てしなく広がる腐海があった。
「到着時間です!」

 その瞬間、
 空は光を失い、雲が忽然と消えた。
 やがて金色の火球が浮き上がり、それはすぐに漆黒の巨大な柱となった。
 柱は、急激に広がり、広大な腐海は猛烈な黒煙に包まれた。
「おー」
「凄い・・・」
「ワハハハ見たか!これだけの距離でありながらこれほどの威力!予想以上の力だ。これが、わしの物なのだ!!」
 烈皇子の顔は上気し、目はぎらぎらとあやしげな光を放ち始めた。

「何と言うことを!!貴方は、悪魔です!この様な事は許されません!一体、腐海を、蟲達を、何だと思っているのですか!せっかく清浄にした土地をまた汚してしまうなんて・・・!」

 軽蔑の溢れそうな目付きで青皇女をにらんだ烈皇子は怒鳴った。
「青皇女、巧皇子の所に行って伝えよ!
直ちに降伏するなら、領民の命だけは助けてやろう。さもなくば、領民も国土も焦土にしてやるとな!」

「ええ!行くわ!そして、私は必ず戻って来る!貴方を殺しに!!」
「やるがよい。去れ!!」
 青皇女は足音も荒々しく出て行った。

「フン、こざかしい女め!
人間の何たるか、自然の何たるかを知りもしない奴が何を言うか!
指令官!青皇女が巧皇子の城に着き次第、『水爆』ミサイルを城に向けて発射しろ!!!」


◆第3回  巧皇子とその部下

「閣下!烈皇子様から、又、使者がきました。」
「何と言ってきたのだ。」
 巧皇子は思いきり打ちのめされた人の様に、力なく顔を上げた。

「ハッ、それが・・ 余に逆らった青皇女が、城に着き次第、『水爆』ミサイルを城に向けて発射するので最後の祈りをせよとの事です。」
「な、なにー。」
「兄上は本気でわしを殺す気か!」
「どうも、そのようで・・」

「一体どうしたら良いのだ!・・」
「大体、おまえらが悪いのだぞ!わしをけしかけ、兄上と戦わせたのは、魂胆が有っての事だ。そうか!あわよくば、このエフタルを奪おうと言う事だろう!そうだろう!」

「いいえ、決してその様な事は考えておりません。我ら重臣一同、天地神明にかけて、閣下に対する忠誠、いささかも揺らいでおりません。」
「だったら、何とかしろ!」

「烈皇子様は、逆らった青皇女様が城に着き次第攻撃すると言われております。と言う事はお怒りが、青皇女様にあって、決して閣下に有るのでは無い事、明かです。」
「おう、なるほど!そうじゃ!」
「ですから、閣下は青皇女様を郊外でお手打ちになり、その首を烈皇子様に献上すれば、お怒りが解け、閣下のお命もご無事と思いますが。」

「それは、名案じゃ!さすがは大臣。ただちに警戒体制を採って、青皇女を捕らえるのだ!」
「ハッ、かしこまりました。」

「・・・これからどうしたら良いのだ。」大臣はうめいた。
「閣下には、あの様に言ったが、全てはもう手遅れじゃ。」
「うむ、烈皇子様に逆らった事は結果的に失敗だったのう」将軍はうなずいた。
「しかし、あのままでは閣下もわしらも皆殺しは必至だったのだ。だから、今でも後悔はしておらんが。」
「だが、このままでは、領民も皆殺しになってしまうぞ。」
「わしらの『水爆』の完成があと2カ月早ければ、立場は逆だったのに。」
「言ってみてもしかたない。あれだけの威力を見せつけられれば降伏するしか有るまい。」
「降伏か。それからどうなるのじゃろうか。」
「領民は『水爆』の威力に恐怖して、皆領地からに逃げ出して居る。」
「何処に逃げているのだ。」

「烈皇子様の居城の方向とか、その反対とか、蜘蛛の子を散らすように大変な騒ぎじゃ。『水爆』だけではなく、蟲が攻め込んで来ているそうじゃ。」

「確かなのか。」
「父王様の城が腐海に飲まれたと言う事で腐海を調べに行った偵察機が帰って来ないのじゃ。しかも、城の周辺の井戸が枯れて来て居る。領民は皆、この城を見捨てて居る。」

「わしらも烈皇子様の居城に向かうか」
「しかし、わしらは間違いなく殺されるだろうな。」
「手土産を持って行き、土下座でもしたら、あるいは許してくれるかもしれん。」
「手土産か。」
「うむ、さしあたって、閣下と青皇女様の首だが。」
「それに金銀を山の様に持って行くか。」
「船は、何隻動かせるか。」
「重コルベット3隻に大型輸送機10隻と言うところだ。」
「早速やるか。」

「まず、閣下を窓から突き落として、お命を奪い、首を掻き取る。次に財宝を船に積み込み、我らの一族を乗せて上空に待機させよう。城には、火を放ち、烈皇子様に使者を送る。最後に青皇女を待ちかまえて、首を取り、それを持って、烈皇子様の居城に向かうのじゃ。」

「それで良かろう。」
「では、」

 しばらく後、巧皇子の部屋に大臣と将軍は血相変えて入ってきた。
「閣下、一大事でございます。」
「な、何事だ!又何か有ったのか。」
「ハイ、青皇女様がやってこられました。」
「な、何だとー!どうして止めないのだ。」
「そ、それが強行突破されたようで」
「何処まで来ているのだ。」
「あそこでございます。此処から見えます。」
「なんと、どれ何処だ!」
 巧皇子は窓に向かって走り、身をのり出して、空を仰いだ。
「大臣、何処だ!」
「・・・!」
「な!何をするか!」
「グワー!!」
 巧皇子の叫び声だけが残り、窓には、大臣と将軍が残された。

 領民は城を仰いでいた。それは豪勢に煙を上げて燃え盛っていた。その煙は遠い烈皇子の居城からも見えるだろうと思われた。その近くの上空には、多くの船が浮かんでいた。

「偉い様方は良いのう。あんな船で行けば、すぐなのに、わしらは、これから何日も何日も歩かねばならん。」
 2隻の重コルベットが移動を始め、すぐに視界から去って行った。。

「将軍閣下、青皇女の専用船を強制着陸させました。」
「よし!烈皇子に使者を送れ。巧皇子は無条件降伏し、自決した。巧皇子と青皇女の首を差し出す故、烈皇子閣下の忠実な部下と領民を苦しめる事無かれと。」
「ハッ、了解しました!」

 木はおろか草も殆ど無い平地に、青皇女の専用船はあった。重コルベットから降りた将軍と大臣は青皇女と向かいあっていた。

「青皇女様、巧皇子様のご命令により、お命頂きます。」
「烈皇子が言ったのでしょう。殺さなければ、まず、巧皇子とその領土を焼くと。」
「その通りでございます。」
「貴方達は、烈皇子を信じて居るのですか?」
「と、申されますと。」
「烈皇子は既に人間ではありません。破壊衝動にのみ動かされています。彼の気持ちは、ここを領地領民ごと焼き滅ぼす事で、助けようとは思っても居ません。命ごいをしても無駄です。」
「でも、まさか、罪もない領民や忠誠を誓うもの達まで殺すとは思われませんが。」
「信じられないでしょうが、これは事実です。確かめたいので有れば、烈皇子に会ってみるが良いでしょう。」
「もし、そうであったとしても、我々には他に為す術が有りません。」
「貴方達は、安心するが良いでしょう。『水爆』の脅威は無くなりましたよ。」

「え!まさか・・・」
「本当です。腐海は『水爆』に焼かれた為にかつて無いほどの規模で怒り、溢れ、大海嘯となって、エフタル全土を飲み込もうとしています。『水爆』ミサイルの発射基地は先ほど蟲達によって襲われ破壊されました。烈皇子の居城もまもなく大海嘯に飲み込まれるでしょう。そして、じき此処にもくるでしょう。私は、大海嘯を防ごうとしましたが、全ては、無駄となってしまいました。今となっては、自然と共存出来る人達を集めて、清浄な土地に導くしか手が有りません。」

「いや、どうも信じられません。『水爆』が無くなった等という情報は聞いて居ませんし、蟲が近くに来ているという話も知りません。貴女は、わしらをごまかして、助かろうとして居るんでしょう。」

「エエ、そう言うと思いましたワ。では、大海嘯が既にここに来ていると言う証拠を見せて上げましょう。ここから、貴方達のお城が見えます。見てごらんなさい。」

 将軍と大臣は言われるままに振り返った。
「!!!」
「おー、なんだ、あれは!」
 その声に釣られて、兵隊達も振り返った。

「蟲だ!蟲が城から溢れ出している。」
「そうか!水脈をつたってきたのだ!!」
 将軍と大臣は呆然として、青皇女に向き直った。
「!!!」

 そこには、巨大な王蟲がいたのだった。


◆第4回  流浪の民

「だ、誰だ!」
 棍棒を持った農民風の男達が叫びながら、青皇女を取り囲んだ。彼らの顔は、疲れと恐怖と空腹で獣の様だった。
「私の名は、エフタル王国の第3皇女、青。貴方達の指導者に会いたいのです。」
「な、なにー、皇女だとー。バカな!あいつらはみんな船で逃げちまったよ。こんな所でうろついているはずが無いぞ。お前、嘘をつくな!」

「本当の事です。そして、貴方がたに重要な話があるのです。貴方達の指導者に会えば嘘か本当か分かります。」
 男達は、青皇女をにらみながら額を集めてボソボソ話していたが、結局連れて行くことになった。

 暫く歩いた山の中腹に彼らの一団が居た。年寄りと子供が大半で、皆、疲れきった様子であった。気が狂った様に泣いている子供や病気の様にうめいているもの、全く動かなくなったものがそこかしこに、ゴロゴロしていた。そうでない者はやせ衰えて、目ばかりがギョロギョロ動いていた。男達はその中をかき分け、更にもう少し登ったところにある木の陰に青皇女を連れていった。
 そこには指導者と思われる老人が、何人かの男達と共に座っていた。青皇女を連れて来た男達は彼らに事の次第を説明した。老人は青皇女に尋ねた。
「貴女は、本当に王国の皇女なのですか。」
「ハイ。第3皇女、青と申します。」
「なぜ、こんな所にこられた。」
「貴方がたを救うためです。」

「なに!」周りの者達がどよめいた。
「嘘では有りません!そうでなければ来る必要はないのです。」
「王家の偉いさんがわしらを助けるだと! 聞いたこともないわい!」
「王家は既に滅びました。エフタルはその全土が間もなく腐海に飲み込まれます。」
「ええー!!本当か!」どよめきは更に広がった。
「貴女はどうして、そんな事が分かるのじゃ。」

「私は見てきました。王が、腐海に襲われるところを。第一皇子、烈が旧世界の兵器、『水爆』を使って腐海を焼くところを。第二皇子、巧が家来に殺されるところを。そして第一皇子、烈が蟲に引きちぎられる所を。蟲の海が、首都ペジテと逃げまどう幾万もの人々を一瞬に呑み尽くすところを・・。
多くの人が亡くなりました。どうして、あの人達は死ななければならなかったのでしょうか。どうして、もっと生きる事が許されなかったのでしょうか。どうして、この様な争いがいつまでも続くのでしょうか。もう、怒りや憎しみは沢山です。私は、命を救いたい!
人も蟲も生きているのです!人も蟲も一緒に生きて行けるのです!」

「・・・ペジテが滅んだか。」
「大海嘯がここに来るのも時間の問題じゃ。」
「いよいよ最後だ・・・」

 青皇女は尋ねた。
「貴方達は、どうやって此処に来たのですか。」
「わしらは腐海とペジテの中間当りの村の者じゃ。腐海から蟲が溢れたと聞き、村に伝わる大海嘯の伝説を思い出して、ペジテに向かって逃げたのじゃ。ところが、ペジテにも蟲が来たと聞いたので、やむなく北に向かっておりましたのじゃ。
すると今度は盗賊だか暴徒に襲われ、多くの者が殺されました。食べるものも奪われ、水さえなく、疲れはてて此処まで来ましたが、もはや一歩も動けませんのじゃ。わしらを助けて下さると言われても、もう駄目ですじゃ。」

「まだ、間に合います。諦めてはなりません。」

 周りの男達がわめいた。
「どうして、おれたちはこんなに苦しまなけりゃならないんだよー」
「お前ら、王族が悪いんじゃないか!一体俺達が、どんな悪い事を腐海にしたって言うんだ!腐海を焼いた?俺達が焼いたか?蟲を殺した?俺達が殺したか?みんな、王族のバカ共がやった事だ!それなのに、一番苦しむのは、いつも俺達じゃないか!第一皇子と第二皇子が争ってどうしたって?徴兵されて、血を流して戦っているのは一体誰なんだ?俺達の仲間、兄弟、夫、父親なんだぞ!その軍費は誰が出して居るんだ?王族か?俺達じゃないか!男手を取られて生きるのにやっとと言うのに、今度はその軍費を徴収するんだぜ!戦争に行った連中の事を心配しながら毎日毎日、汗水たらして、俺達は生きて居るんだ。そんな事を王族の連中は一度でも考えた事が有るか?奴らは、俺達を犬か馬のようにしか思ってはいないんだ。お前達の代わりは幾らでもいる。いやなら死ね。そうでなければ、王家の為に死ぬまで働け!奴らはそう言っているんだぜ!説教はもう、こりごりだ!全ては運命だ、神の御意志だ等とのたまわっていた坊主は盗賊に襲われた時、自分だけ逃げやがった!しかもみんなの食い物を持逃げしてな!俺達はもうおしまいなんだよ!!此処で、生きたまま腐って死ぬか、また盗賊になぶり殺しにされるか、気が狂って死ぬか、蟲に踏みつぶされて泥の様になるかしかないんだよー。ハハハハ、それでいいじゃないか!ムシケラが蟲に殺されるなんて結構じゃないか!お笑い草だよ!人間なんかその程度のものなんだよ・・・」

「止めなさい!貴方達は、今、生きて居るんですよ!空しく死んでいった大勢の人達の無念さが分かりませんか!!貴方達は、生きる為に選ばれた人達なんです!絶望の中で死んで行った人達とは違うのです!生きなさい!たとえ、体が腐っても、八つ裂きにされても、蟲に踏みつぶされても!!最後の最後まで、最後の一人まで、生きて行くのです!それが、貴方達の使命なのです!!分かりますか!分かりなさい!」

「・・・」
「誰がそんな事・・!」
「何を言うか!」
「使命・・か・・」

「もう、時間が有りません。此処から、西へ向かいなさい。そして、マスクを付けて腐海に入るのです。歩くこと7日で清浄の地に着くことが出来ます。そこではマスクは必要無いのですよ。エフタルは腐海に沈みましたが、人は生き延びて行き、やがて新しい時代を造って行くのです。さあ、行きなさい!選ばれたものたちよ!」


◆最終回  年老いた王蟲

「私のやって来た事は、一体何だったのでしょう。」
 青皇女は小高い丘の上に疲れきったように座っていた。
 そこには、腐海の植物が生い茂り、暖かい日差しの下、小さな花を咲かせていた。その丘は、実は1匹の年老いた王蟲だった。

「私は初め、人間達の戦いを止めさせて、大海嘯を食い止めようとしました。けれど、人間は蟲を殺し、腐海を焼き、大海嘯は起きてしまいました。私は、せめて、人々の命を救おうとしましたが、人々は、生きる希望さえ失って空しく死んで行きました。王蟲や、蟲達も限りなく死んで行きました。いま、この土地は、死と、空しさだけしか残って居ません!一体、大海嘯の意味とは何なのですか?だだ単に、生き物の命を奪うだけのものなのですか?!」

「大海嘯は腐海を侵す者達への報いなのだ。腐海は、火の7日間以前の世界によって汚された世界を浄化する為にある。それを侵す者は地上に住む資格が無いのだよ。」

「人間の指導者達は皆、自分の野心の為に生き、領民や腐海には道具としての興味以外、少しも関心や理解を持って居ませんでした。どうして、この様になったのでしょうか。それが人間の本性なのでしょうか。」

「人間の心には満たされない部分がある。それは恐怖に対する不安だ。それを埋める為に人間は力を求める。人間の指導者達は強力な兵器を求め、支配される領民は邪教に力を求める。しかし、力によって満たされた心は平安になるどころか、返って力の虜となるのだ。力は支配と破壊を求める。人間は力の手先となり、支配と破壊を繰り返す事になるのだ。エフタルの指導者達を見るがよい。その本性は臆病で、人一倍不安が大きかったのだ。だから、彼らは力と『契約』した。膨大な破壊力を持つ兵器を手に入れて、彼らは支配と破壊の亡者と化した。だが、その力が失われた時、彼らは再び臆病な生き物に戻ってしまったのだ。人間の本性は白くも黒くもない。力が人間を狂わせてしまうのだ。」

「多くの罪無き人々が死んで行きました。彼らは、なぜ死ななければならなかったのですか。」

「彼らには罪がある。それは、腐海を侵す事をとめなかった事だ。自分が侵さなくても、罪無しとは言えないのだ。侵している人間を止めさせる義務が人間には有るのだ。彼らは、皇子達の争いを止めさせなかった。彼らは、旧世界の『水爆』を作るのを止めさせなかった。彼らは、腐海を焼くのを止めさせなかった。この罪は極めて重い。だから、彼らは死んだのだよ。」

「しかし、彼らが、皇子に対して止めさせる事が出来たでしょうか。彼らは、王族とその支配機構の武力によって、思いのままに操られていました。王族に対して、意見を言う事も、反抗する事も許されません。その様な彼らに、皇子を制止する力など有りません。」

「彼らには、腐海の意味も大海嘯の意味も分かってはいなかった。自分達の命を懸けても、腐海を守らなければならないと言う事が、少しも分かっていなかったのだ。だから、彼らは腐海に対して無関心であったし、王家の争いが腐海を巻き込んでも、憂慮するだけで行動は一切しなかったのだ。ましてや、旧世界の『水爆』を作る事に抵抗しなかった。旧世界を滅ぼしたこの元凶は、その火力だけではなく、汚染物質に於てもおそるべきものなのだ。地上を浄化している腐海を焼くばかりか、更に膨大な汚染物質をばらまくこの様なものを作り出し、使う事は絶対に許されない。それにも関わらず、人々はそれを容認した。彼らが腐海の意味も大海嘯の意味も分かっておれば彼らは無関心を装って王家の為すがままにして置く事は無かったろう。王に反抗してでも腐海を守ろうとしただろう。たとえ、屍の山を築いても、大海嘯の結果よりましだと言う事が分かってはいなかった。そして、今、それがやっと分かったと言う事だ。蟲達にはその意味が分かっている。だからこそ死を覚悟して腐海の外に出たのだ。やがて、その屍は広大な腐海になる。彼らの死は無駄ではないのだ。」

「人間と腐海は一緒に生きられないのでしょうか。」

「それは、人間が決める事だ。もし、腐海を侵し続けるなら、彼らは滅びるだろう。だが、腐海と共に生きるなら、彼らは腐海の一部として生き続ける事が出来るだろう。数は少ないが、腐海と共に生きる事を厭わない人々が、既に腐海の中の清浄な地に入っている。人間が総てその様な生き方をすれば、世界は必ず素晴らしい平和に包まれるだろう。」

「そうなって欲しいですわ!」

「しかし、そうはならないだろう。人間は自然を破壊する事を使命とする生物だ。自然の一部でありながら、それを破壊しなくては生きて行けないのだ。科学の名の下に彼らは、自然を動かすメカニズムを探り、それを利用して大きな力を得た。その力を使って有ろう事か、彼らは、母なる自然を自らの生存の為ではなく、野心の為に破壊したのだ。しかも、自分の犯した過ちを忘れ易い。いや、過ちとさえ気付いてはいない。しばらくは大人しくしているだろうが、いずれ同じ事が起きるだろう。火の7日間以来、この様な大海嘯は、幾度と無く繰り返されてきたのだ。この様な呪わしい存在でも、自然はそれを滅ぼす事を望んではいない。例え、自然に害を為すものでも人間はやはり自然の一部なのだ。滅ぼすのではなく、人間を有るべき道に導く事が出来るかも知れない。大海嘯の度に、我々は人間を導こうとして来たのだ。そして、常に期待は裏切られてきた。だが止める訳には行かない。それが、我々の使命なのだ。青皇女、お前の役目は既に終った。森に帰るが良い。お前のやった事は決してムダでは無かったのだよ。お前が行った先々では、お前の救いを称える伝説が生まれ始めている。『青き清浄の地へ導くもの有りその者青き衣をまといて金色の野におりたつべし失われた大地との絆をむすばん』とな。」

                 完 ( ’88.6.22 )
EHF41721 佐藤

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著者: 佐藤クラリス/ nausicaa@msa.biglobe.ne.jp
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