沈黙の未来

by 佐藤クラリス & オータム (PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFC)

 2000年10月05日アップデート → メールアドレス変更
 このページは、PC-VAN宮崎駿ネットワーカーFCの佐藤クラリスさんとオータムさんが、そこで連載した作品沈黙の未来の全文を掲載しています。なお、無断転載等は厳禁です。(編集者)

朝まで生MSG>番外編「沈黙の未来」

アメリカ某TV局の東京特派員レポート
「自衛隊青年将校らのクーデターによって日本に軍事政権が誕生して既に3ヶ月が経ちました。この間、暫定政府は政財官界の大規模な異動を始めとする施策を次々と実施してきましたが、複数の信頼出来る情報筋によると、日本はついに核武装を開始した模様です。これらの情報筋によると、暫定政府はロシア共和国と永世相互不可侵条約及び相互経済協力条約を結び、ロシア共和国の所有する戦術核兵器の内、約1万発を総額1兆円で購入し、一部は既に実戦配備された模様です。更に複数の当局者によると、実戦配備された戦術核兵器は日本の領海、領空を防衛する全ての艦船、航空機に搭載されており、現場の指揮官は非常時の核兵器使用を許可されています。この件に関して、首相官邸では現在記者会見が行われています。暫定政府の出席者は海江田暫定首相、山中暫定国防大臣が確認されています。ただ今コメントが入りました。海江田暫定首相は、日本がロシア共和国と間に相互の安全保障と経済協力に関する広範な条約を締結した事を明らかにしました。更に、日本はソビエトの崩壊により世界各地への流出が懸念されていた戦術核兵器を、ロシア共和国からの要請により大量に購入し保管する事を表明しました。この保管は軍事的な増強を意味する物ではなく、核拡散を防止する観点から行われたものであり、アメリカをはじめとする各国に事前通告してある事を明らかにしました。しかし、それにも関わらずアメリカ、イギリス、中国から厳重な抗議と警告が寄せられていると非難しました。これに関して、他国から警告以上の実力行使が有った場合、日本は防衛上の義務により、保管している戦術核兵器を日本の領海、領空を防衛する全ての艦船、戦闘機に搭載する可能性を強く示唆しました。また、必要に応じて戦略核兵器の配備を実施する事も明らかにしました。これはロシア共和国の戦略原潜タイフーン級の購入を意味するものと受け取られています。何れにせよ、ソビエトの崩壊によって大きく崩れた世界のパワーバランスは、経済・軍事両面の超大国=日本の登場によって再び大きく揺さぶられようとしています。では、ここでマイクをワシントンに移してみましょう」

「こちらワシントンです。ベネット大統領は先ほどホワイトハウスで記者会見を行い、日本の核武装に重大な懸念と警告を表明しました。この中で大統領は、日本の今回の行動は明らかに領土的、軍事的拡張主義を目指しており、それは国際社会の中で容認出来る物ではないと述べました。よってアメリカ政府はヨーロッパ諸国、中国等のアジア諸国を交えた緊急安全保障会議を設け、その中で日本に対する経済封鎖を検討する考えである事を明らかにしました。これは政府の国連に対する不信感の表れだと考えられています。しかし、経済封鎖を実行した場合、核装備した日本の艦船との軍事衝突の危険性が高まる為、政府の主張する様な強硬な対応が可能かどうか疑問視されています。国防省内には限定的核戦争も止む無しとの意見も有りますが、1万発もの核兵器を有する国家を追いつめる事は世界の破滅につながるとの意見も当然ながら強く、政府は対応に苦慮しています」

アメリカ某TV局の東京特派員レポート
「クーデター政権が発足して1週間になりましたが、国会議事堂前の座り込みは、増えるばかりです。現在、東京は戒厳令下にありますが、40年以上に渡って、非常事態を体験していない日本人には、戒厳令の持つ意味を理解できない人が多いようです。そのため、外出禁止令を破って、ここに人々が集まってきている訳です。対するクーデター政権側も、装甲車両で包囲し、拡声器で帰宅を促すにとどまっています。これについて、海江田暫定首相は、我々の国家再構築の妨げにならない限り、国民の自由を拘束するつもりはないとのコメントを発表しておりますが、クーデター直後の厳しい発言からは、ニュアンスの軟化が見られ、なんとか国民に取り入り、支持を取り付けたい思惑が感じられます」
「クーデター政権は、新聞、ラジオ、TVなどのメディアを完全に掌握しているようで、これらの日本のマスメディアには、国会議事堂前の座り込みを始めとする反クーデター政権運動に関する報道は一切載っておりません。しかしながら、衛星放送や、通常の国際電話回線を経由してアメリカの情報データベースにアクセスするなどの方法で、日本の民衆のレベルでも、状況の推移をかなり正確に把握しております。この点でも、マスコミを抑えれば民衆をコントロールできると考えたクーデター政権の甘さが指摘されております」
「日米安保破棄、国連主導の積極的国際貢献、自衛隊の常設国連軍化、旧共産圏と東南アジアの一部を含むブロック経済構想など、クーデター政権の最初の方針演説の時点では、当支局の無作為アンケートによれば、国民の支持不支持は、ほぼ同率でしたが、ソ連の核兵器の購入問題が、外国のマスコミ経由で発覚して以来、9割以上の日本人が、クーデター政権の不支持を表明しております。これについて、海江田暫定首相は、世界平和のための活動を、日本の覇権主義にすりかえる、アメリカの卑劣な政治宣伝だとコメントを発表しておりますが、日本の国民に隠していたことに対するコメントは出ておりません」
「おっと、どうしたのでしょうか。ただいま、国会議事堂前の日本の民衆が、海江田暫定首相らが詰めている国会議事堂の入り口に殺到し始めました。今、銃声が聞こえました。警備の兵士が、民衆に発砲したのでしょうか」
「今の所、海江田元暫定首相の行方は不明であります。国会議事堂を占拠したグループは、日本に引き渡された旧ソ連製核兵器の廃棄を行う旨の声明を出しております。今入った情報によりますと、現在国会議事堂を占拠しているグループには、数名の旧政権の閣僚が含まれているようです。それが誰なのか、まだ分かりません」
「ただいま、アメリカのベネット大統領は、議事堂占拠グループの出した核兵器廃棄の声明を支持する発言を行いました。同時に、核兵器の破棄は、アメリカが全て肩代わりして行ってもよいとコメントしております」
「ただいま、議事堂占拠グループより、新しい声明が出されました。もし、アメリカが日本国内の核兵器の廃棄を望むなら、日本はアメリカの保有する全核兵器の廃棄を要求するとの内容です。おっと、またベネット大統領の声明です。こちらは、卑劣な日本人の要求にアメリカが屈することはない。正当な日本の自民党政権が、すみやかに復帰することを望む、となっています。おっと、今度は、議事堂占拠グループより、新しい声明です。どうやら名簿のようですね。なんと、旧政権の閣僚が名前を連ねております。彼らは、我々こそが正当な日本の自民党政権であると主張しています」

識者へのインタビュー
「いやあ、これは単にアメリカ人が甘かっただけでしょうなあ。しょせん、強大なアメリカだからこそ、日本はひれふし、ずっとアメリカの属国のような立場に甘んじてきたのです。日本がひれふすのは、自由と民主主義が正しいからだと、アメリカは思い込んでいたようですがね。もし、日本がアメリカと対等の核の力を持ったらどうなるか。おそらく、アメリカ万歳主義者の自民党議員も、実はアメリカではなく核のパワーを崇拝していただけだった、ということでしょうね。核のパワーがあれば、アメリカのような力の圧力による外交ができるわけで、意外と、あの連中も、そういう外交をやってみたかったのではないですか?」

 ここはワシントン。国家安全保障委員会(NSC)が緊急に開催された。

ベネット大統領
「ターナー、日本の状況を説明しろ」
ターナー大統領補佐官
「在日大使館からの報告によりますと、国会議事堂を占拠した政治家集団は先ほど逮捕されたそうです」
ベネット大統領
「ふん、色と欲の腐敗政治家共め。折角、日本の王となるチャンスを与えてやったのに、今までの恩を忘れて暴走しやがった」
ターナー大統領補佐官
「あれが日本の政治家のレベルです。結局、我々とは違う種類の存在なのです」
ベネット大統領
「やはり日本は外圧によってのみ変革可能なのだ。その外圧を与えてやろうではないか。我々は日本に対して余りにも寛大であり過ぎた様だ。彼らは我国の脅威と云う一線を超えた。もはや許す事は出来ない。例の再占領計画を直ちに実施すべきだ。どうだね。諸君らの意見は?」
ターナー大統領補佐官
「全く同感です。今のタイミングなら、世界はそれを強く支持する事でしょう」
ドール参謀本部議長
「軍事的な視点から云っても、タイミングは早い方が良いと考えます」
ベネット大統領
「そうか、タイミングを決めよう。ドール、その根拠を説明してくれたまえ」

ドール参謀本部議長
「我々の調査を総合しますと、既に日本に搬入された核兵器は僅か数百発に過ぎません。しかも、その威力は最大でもTNT換算で百キロトン程度です。つまりは総量で数十メガトンを超える事は有りません。水爆2、3発程度です。この量は、日本を完全破壊する事は可能でも、我国の滅亡にはほど遠い物です。つまり、最悪でも我国は絶対安全です」
ベネット大統領
「それは朗報だな、諸君(笑)」
ドール参謀本部議長
「しかも、核兵器は搬入後一ヶ月と経って居ません。自衛隊の特訓を以てしても、核兵器の取扱いをマスターする事は不可能です。更に、彼らには実戦体験が無い。つまり、実際には使えない状態です」
ベネット大統領
「ピストルの使い方も知らない奴が、ガンマンに喧嘩を売る様な物だ」
ターナー大統領補佐官
「正にそうです。ですから、今の時点で日本に軍事的圧力を加えれば、目の前で彼らは崩壊するでしょう。もし、更に一か月先に攻撃を延ばせば、核兵器の搬入量も拡大し、彼らも取扱いが旨くなってしまうでしょう」
ベネット大統領
「核兵器の日本搬入に関しては、ロシア共和国に警告と圧力を掛けておいた。少なくともしばらくの間、搬入は止まるだろう」
ターナー大統領補佐官
「大統領、今こそ攻撃のタイミングだと思います。今を逃しては勝利は遠のきます」
ベネット大統領
「私もそう思っていた。で、具体的にはどうやるかね」
ターナー大統領補佐官
「例の再占領計画を一部変更して実施します。国連安全保障理事会の場を使って日本制裁を決め、更に総会で決議します。問題無く決議されるでしょう。万一、否決されたとしても我々は勝手に動きます。国連での話し合いはあくまでジェスチャーに過ぎませんから。さて、軍事行動ですが、先ずは海上封鎖です。海軍の艦艇で日本の通商路を封鎖します。日本は勿論、艦艇を出動して我々と向かい合う訳ですが、ここでの我々の対応が一つの分岐点となります。我々がこの場面で圧勝し、核兵器のプレッシャーにも負けない事を誇示出来れば、日本政府の核兵器を無力化出来るでしょう。そうすれば、日和見主義の日本国民と官僚達は自信を喪失し、政府転覆を計る事になるでしょう。既にアジア人で編成した我が特殊部隊を複数送り込んであります。時期を見計らって政府を攻撃させます。海江田政権転覆後は我国寄りの官僚か軍人を首相にして、日本をロボット化する予定です。重要なのは日本をなるべく無傷で手に入れる事です。それは我国の工場として、そして東アジア・環太平洋の拠点としての重要性からです。日本を手に入れる事は実に重要な事なのです。そのチャンスを自ら作ってくれた海江田首相に感謝しなければなりません(笑)」
ベネット大統領
「日本の諺で云う、『鴨がネギをしょって来た』と云う奴かな?確かに、日本の国民性は『長い物にはまかれろ』で、それが日本の軍人だろうが我国の軍人だろうが、誰彼無く服従する国民だからな。再び我々が日本の王となっても、彼らは大人しく云う事を聞くだろう。この作戦は我国の安全保障に於いて、重要な位置を占める事になるだろう。ピンチをチャンスにするのだ。諸君、頑張ってくれたまえ」

 こんばんわ、ニュース解説の時間です。今夜は、国連総会の日本非難決議について、解説したいと思います。さて、昨日アメリカが提出した日本非難決議案ですが、すでに御承知の通り、以下のような要求のものであります。民主的な政権への即時移管核兵器即時廃棄国連の監視団の受け入れ これらの要求が受け入れられない場合は、経済制裁を行うという内容でありました。
また、経済制裁の中には、日本周辺の海域を、海軍力によって封鎖を行い、物資の流通を厳密にカットするという内容も含まれております。更に、日本の民衆の生命に危機が及んでいる場合には、実力行使も辞さないという表現で、武力行使への含みも残されております。さて、本日行われた最初の採決では、僅差ながら、この決議は否決されました。この背景にあるのは、もちろん、日本を援助しようという考え方ではありません。反対票を投じた国々には、いくつかのパターンがあります。第1のパターンは、日本との経済的な結び付きが強く、日本に対する経済制裁は、即時その国の経済の破綻を意味している、というものです。事前に、アメリカは、これらの国々には可能な限りの経済援助を行うという約束をしてまわっていた、との情報もあります。しかし、現実にアメリカに、それを行うほどの経済力が残っていないというのも事実であり、それらの国々は、そのあたりを見切っていたと考えられます。第2のパターンは、アメリカ主導の世界秩序に対して、危機感を抱いている国です。アメリカを始めとする常任理事国は、湾岸危機で確立した現在の国際秩序を、「うまく機能している」と主張していました。かつて、宮沢政権時代に、日本の常任理事国入を拒否したのも、このような主張を根拠にしたものでありました。しかしながら、今回の投票で明確になったことは、湾岸危機をアメリカの独走と捉え、現在の世界秩序に危機感を抱いた国が少なくないという事です。そして、第3のパターンとして、もはや回復できないほど経済が混乱してしまった国々が出てきています。旧共産圏の国家などのなかで、市場経済への移行に失敗した国が、ここで、日本の経済力のおこぼれにあずかろうとしている、と噂されております。さらに、噂のレベルで言えば、戦争にならない範囲内で、味方のふりをして、日本から得られるだけの援助を取って、そのあとはアメリカに尻尾を振る作戦なのだ、などとも言われております。このように、必ずしも日本にとっては好意的ではないものの、一度は否決されたわけでありますが、経済制裁などが一部緩和され、再度提出された日本非難決議案は、約8割の賛成を得て、可決されました。この背景には、アメリカにより強力な根回しがあったとされています。匿名の国連大使が明らかにしたところでは、アメリカからは、『貴国にICBMの照準を合わせるには、ほとんど時間は掛からない。それを発射するには、ボタン一つで十分だ』との脅迫紛いのことを言われたとのことです。これが事実かどうかは分かりませんが、これに近い軍事力を背景にした圧力があったことは事実でしょう。さて、これに対する日本側の対応ですが、海江田暫定首相は、次のような声明を発表しています。
VTR
「我々は、他国に対し、いかなる軍事力を行使するつもりもない。我々の核は、抑止力としての核である。この意味を、アメリカ合衆国が正しく理解することを望んでいる。しかし、現実に我が国が軍事的な危機にさらされた場合だけは別である。我々は、己を守るために、核を含む軍事力の行使も辞さない。これには、あからさまな挑発行為も含まれる。もし、日本が核を使うことがあっても、それは、アメリカからの圧力によるものであり、悪いのは核の抑止力としての意味を理解できないアメリカなのだ、ということを銘記しておいてもらいたい。さて、一部に、我が国の核は、まだ当分、利用可能な段階に達しないという意見があるが、これは誤りである。我が国は、ロシア共和国より、一切のバックアップ設備を含めて核兵器を購入している。また、それを扱うスタッフも、ベテランの元軍人やエキスパートを大量に日本に招いている。彼らは、『我がソビエトがけしてアメリカごときに破れたのではない。それを証明するためになら、日本にも協力を惜しまない』と強く協力を申し出ている。つまり、日本を犯そうとするいかなる軍隊も、彼らが向き合うのは単なる旧自衛隊ではなく、ハイテク装備の日本国防軍に支援された第1級の旧ソ連軍の精鋭部隊であることを理解されたい」

 こちらはワシントン。

ベネット大統領
「ほう、旧ソ連軍が支援しているだと? それがどうしたっ! 肝心のタマが無ければどうにもなるまい。今更、虚勢のハッタリ等聞きたくはない。いよいよ命脈尽きたな、海江田閣下(笑)」
ドール参謀本部議長
「対日海上封鎖の準備、完了しました」
ベネット大統領
「ご苦労だった。早速開始したまえ」
ターナー大統領補佐官
「海上封鎖を実施する艦艇にはマスコミを載せています。現場からの生中継をやっております」
ベネット大統領
「全世界注視の中では日本は専主防衛の立場上、先に核を使う事が出来ない。通常戦力では我がアメリカ海軍が世界最強だ。つまり、日本海軍は核を使う事も出来ずに、通常兵器で潰れて行くと云う訳だ。万一、日本海軍が先に核を使った場合、我々は堂々と日本を核攻撃出来る。そして、日本は永遠にアメリカの領土となるのだ。我々にとって結果はどちらでも良いのだ」
ターナー大統領補佐官
「必勝です。完全な勝ちゲームです」

 武官がドール参謀本部議長に報告する。

ドール参謀本部議長
「監視衛星からの警報です。日本の物と思われる大型タンカー5隻が我国の西海岸の経済水域に向かって高速で接近中との事です」
ベネット大統領
「大型タンカー? 確認しろ。怪しければ直ちに撃沈しろ」

ターナー大統領補佐官
「海江田暫定首相の緊急記者会見が始まりました」

海江田暫定首相
「アメリカ海軍が日本の海上封鎖を開始したとの情報が今入った。日本政府はこの侵略行動を強く非難すると共に、アメリカ政府に対して、直ちに解除するよう要求する。日本政府は今まで、全世界規模の軍縮を実現する為に、核抑止力を有した国連軍の創設に向けて積極的に活動してきた。今回のロシア共和国からの核兵器購入もその一環である。それにも関わらず、アメリカ政府はこれを日本の侵略的核武装だと非難し、一方では自国の核軍縮と核兵器の国連への移管を故意に停滞させてきた。この様な矛盾した政策の目標は、軍事力による権益と領土の拡張であると断定せざるを得ない。我国は国連の場に於いて、軍縮を目指す自国の立場を説明してきたが、アメリカ政府の脅迫的な工作によって、国連総会は我国の海上封鎖を決定した。しかも、アメリカ海軍の行動は国連総会とは無関係に、異様な早さで行われた事を指摘したい。さて、我国は周囲を海に囲まれており、食料の多くを輸入に頼っている。その為、海上封鎖を実施された場合、2週間以内に国民の生活が破綻する事になるだろう。つまり、海上封鎖は我国の滅亡を意味する。我々は手をこまねいて破滅を迎える事は出来ない。よって、アメリカ政府に対し、即時に海上封鎖を解除するよう要求する。この要求が認められない場合、我国はアメリカ合衆国にとって致命的な攻撃を実施する準備がある」
ベネット大統領
「ほほう、致命的な攻撃だと? 僅か数十メガトンで我国がどうなると云うのだ。その前に、日本が世界地図から消え失せているわ。そして、後世の歴史家は云うだろう。かつてそこに日本と云う国が有ったとな」
海江田暫定首相
「我々は、既にアメリカに対する攻撃準備を完了した。現在、アメリカ西海岸を目指している20万トン級大型タンカー5隻がそれである」
ベネット大統領
「ふん。ドール、直ちに撃沈しろっ!」
海江田暫定首相
「そのタンカーには総量で百メガトンの核兵器が搭載されている」
ベネット大統領
「早くやれっ!」
海江田暫定首相
「それだけではない」
ベネット大統領
「…ちょっと待て…」
海江田暫定首相
「なぜ20万トンものタンカーなのか考えて欲しい。タンカーには総量で500トンのプルトニウムが積まれている」
ベネット大統領
「ウソだっ!そんなはずはないっ!」
海江田暫定首相
「百メガトンの核兵器はトリガーに過ぎない。そして、500トンのプルトニウムが大気圏に放出された場合どうなるか考えて欲しい」
ベネット大統領
「世界の死だ…」
海江田暫定首相
「即座ではないが世界は確実に滅びるだろう。1隻でも世界を滅ぼす力が有るのだ。これらのプルトニウムは我国が長年の原子力発電で生産した放射性廃棄物から抽出した物であり、更には世界各地から発電用に購入した物でもある。これが日本の意志だ。アメリカ合衆国は直ちに海上封鎖を解除せよ」
ターナー大統領補佐官
「ハッタリです。それに決まっているっ! 直ちにタンカーを撃沈すべきです。本土に近付けてはいけません」
ドール参謀本部議長
「彼らの実力はせいぜい半分でしょう。それにしても西海岸地域は完全に汚染されます。更に上空のジェット気流に乗った場合、全土が汚染されます」
ターナー大統領補佐官
「これは完全な宣戦布告ですっ! 直ちに日本を核攻撃すべきですっ! 奴らはアメリカに核のゴミをばらまく積もりですっ!」
海江田暫定首相
「アメリカ政府は直ちに返答せよ。我国に対する海上封鎖を解除し、全ての核兵器を国連に移管するか、それともプルトニウムで世界を『沈黙の未来』にする積もりなのかをっ!」

(注:プルトニウム239 アルファ線 半減期2万4千年)

ベネット大統領
「すぐに、カイエダに電話をつなげ」

海江田暫定首相
「はい。海江田です。決心はおつきになりましたかな、大統領?」
ベネット大統領
「貴様、自分のやっていることが分かっているのか!? おまえの言う通りの事態になったら、日本も滅びるのだぞ」
海江田暫定首相
「一国の元首に、貴様などと呼び掛けたことについては、本来なら国際問題ですが、今回だけは見逃してさし上げましょう」
ベネット大統領
「なんだと!?」
海江田暫定首相
「もし、アメリカが日本への敵対行動をやめないというのなら、話し合う余地はありません」
ベネット大統領
「まて、もう一度きく。あの核が爆発したら、日本も滅びるのだぞ。それでもいいのか? 国民の支持を得ているのか?」
海江田暫定首相
「大統領。日本はアメリカとは異質な国なのです。まだお気付きにならないのですか? 日本はカミカゼの国です。滅びの美学を持っています。一度も負けたことの無いあなたがたアメリカとは違って、日本人は滅び方を知っています。日本人は、うろたえずに、滅びを受け入れることが出来ます。そして、滅びの瞬間まで、戦い続けることが出来るのです。もっとも、アメリカ人のあなたに、滅びの美学が理解できるとは思えませんが」
ベネット大統領
「わ、わかった。また電話する」

ベネット大統領
「やつらは、本気だ。第2次大戦で悪虐非道を尽くした、あの悪夢のような日本人が復活したのだ」
ドール参謀本部議長
「そんな」
ターナー大統領補佐官
「まさか」

 日本、首相官邸。

山中暫定国防大臣
「反応はいかがでしたか?」
海江田暫定首相
「予想通り、彼らのイメージする通りの日本人を演じてみせたら、ころっと信用してくれた」
山中暫定国防大臣
「もし、本来の我々の思想を彼らに言っても、彼らには理解できないでしょうからね」
海江田暫定首相
「彼らには、こうあってほしいと願う世界観と、実際の世界の違いが、はっきりとは見えていない。そこを突けば、アメリカなどもろいものだ」
山中暫定国防大臣
「我々には、世界と心中する気など、最初からありませんからね」

 ワシントン。ホワイトハウス。

ベネット大統領
「以上が、電話の内容だ」
ドール参謀本部議長
「彼らが本気とは思えませんが」
ターナー大統領補佐官
「何を言っている。日本は、常識の通用する相手ではない。過去、アメリカの対日政策は、日本が常識の通用する国家であるという前提に立って遂行され、そして、失敗してきたのだ。そのことに、まだ気付かないのか!?」
ベネット大統領
「あの船を止める手段はないものか」
ドール参謀本部議長
「残念ながら、5隻全てを確実に止める手だてはありません。1隻でも自爆されては、我々の負けになりますから、打つ手はないと言ってよいでしょう。残念ながら」
ベネット大統領
「こうなったら、海江田に止めさせるしかない。海江田に、船を止めなければ、日本の主要都市に核ミサイルを打ち込むと伝えるのだ。実行できるか?」
ドール参謀本部議長
「戦術核なら、すぐにでも」
ターナー大統領補佐官
「お待ちください」
ベネット大統領
「なんだね?」
ターナー大統領補佐官
「ただちに、日本に全面核攻撃を行うべきです。まだ、お分かりにならないのですか。これは、ハルマゲドンなのです。最後の審判が近づいているのです。神の前で裁かれる日も近いのです。そのとき、私は、最後まで神の忠実な子であり、正義を最後まで貫いたと言えるようになりたいのです。我が国が滅んでも、最後まで正義を貫くべきなのです。たとえ滅んでも、忠実な神の子だけは、復活の日を迎えることが出来るのです。しかし、日本人には復活はありえません。何をためらっているのです。日本全土を核で焼き尽くすのです!」
ベネット大統領
「君の意見には賛成できないな。これは、国家間のパワーゲームに過ぎない。確かに、日本は、ゲームのルールを破棄したが、それでも、国際社会での主導権を競うパワーゲームなのだ!」
ターナー大統領補佐官
「わかりました。もう何もいいません。あなたの不信心は、神の前で裁かれることでしょう。では失礼」

 それから、数分後。ターナーの所属する秘密結社、愛国キリスト者同盟のメンバー達が、日本に向け、ICBMを発射させた。目標は、東京……。

ベネット大統領
「やりおった〜な〜、ターナーめ」
ドール参謀本部議長
「大統領…シャレなんて云っているばやいじゃ無いですよ」

事務官
「大統領ォ、海江田さんから電話ですよ」
海江田暫定首相
「ベネット大統領、今ICBMの発射を確認した。これはアメリカの日本に対する攻撃と受け取って良いのだね」
ベネット大統領
「い、いや、これは事故だ。ブロークン・アローと云う奴だ。現在、原因を調べている。勿論、破壊する」
海江田暫定首相
「破壊を確認する迄、殆ど待てないのだ」
ベネット大統領
「すぐやるから、ちょっとだけ待ってくれ」

ベネット大統領
「弾道弾迎撃兵器ブリリアント・ペブルスを使えっ!」
ドール参謀本部議長
「えー、あれは金喰い蟲の実験兵器で実用性は有りませんが…」
ベネット大統領
「既に実戦配備と云っていたじゃないかっ!」
ドール参謀本部議長
「それは表向きの話です。議会での予算削減がらみの話があったもので…」
某議会首脳
「あ〜っ!ちょっとそれ重大問題じゃないの」
ベネット大統領
「今はそれどころじゃないのっ! …じゃあ、何が使えるんだっ!」
ドール参謀本部議長
「撃っちまった物はしょうが無いですねぇ〜」

 どっか〜んっ!

ドール参謀本部議長
「あれ、ICBMが空中爆発しました」
ベネット大統領
「…」

事務官
「大統領ォ、海江田さんからまた電話ですよ」
海江田暫定首相
「ICBMの破壊を確認した。さすがに見事だ。世界は守られたと云う訳だ。所で、核兵器の国連軍への移管と我国に対する海上封鎖の解除の件だが、これは承認してくれるのだろうね」
ベネット大統領
「そうだ。しかし、これは日本の脅しに屈した訳ではない。我国と世界の安全保障上必要だと考えたからだ」
海江田暫定首相
「理解した。では、詳細な手続きは後ほど担当者から連絡させる」

ベネット大統領
「どうしてICBMが爆発したんだ」
ドール参謀本部議長
「事故だと思いますが…」
某議会首脳
「ICBMだもの爆発するのが当然じゃないの。潜水艦が沈むのと同じよ」
ベネット大統領
「あのなぁ〜、そう云う意味じゃないんだけど」

ベネット大統領
「ところで、ターナーはどうなった〜な〜?」
FBI担当
「現在、捜索中です」
ベネット大統領
「捜し出せっ!反逆者は皆殺しだっ! ったく、あやうく世界が滅びるところだった」

 ★さて、ここはアメリカの某国防企業

新製品開発課長
「国防省がカンカンだぞっ!」
その部下
「だって、課長は云ったじゃないですか。これは単なるゲームなんだって。実際は使われないんだから大丈夫だって」
課長
「しかしだな、データをねつ造しろとは云ってないぞ」
その部下
「大体ですね、コストダウンのやり過ぎなんですよ。燃料ポンプに普通のパッキンを使うなんて」
課長
「だって、それはお前がテストで…云々」

 ★こちらは日本政府

山中暫定国防大臣
「海江田さん、一時はどうなる事かと生きた心地もしませんでした」
海江田暫定首相
「全くだ。ベネットが話の分かる奴で助かったよ」
山中暫定国防大臣
「しかし、ロシア共和国の核兵器が欠陥品だと云うのは本当ですか?」
海江田暫定首相
「本当だ。あいつら増産のノルマに追われて純度の低いプルトニウムを使ったらしいんだ。下手をすると不発らしい。 ったく、1兆円も使ってとんだ物を掴まされたよ」
山中暫定国防大臣
「ひえぇぇぇ!!危なかったですね。それがばれていたら我々は生きて居ませんね」
海江田暫定首相
「そうだ。アメリカが核兵器の国連軍への移管を受け入れたので助かった。それにタンカーに積まれているのは、実は原発から出た只の放射能廃棄物だって事もばれなくて良かったよ。国内では置き場所が無くなったので、タンカーに積んでおいたんだ」

 ★こちらは「日本の意志」タンカー連合艦隊

タンカー艦隊の通信士
「船長、本国から停船命令が入りました」
タンカー艦隊の艦長(船長)
「暗号に間違いないだろうな」
通信士
「確認しました」
船長
「よ〜し、停船しろ」
通信士
「しかし、船長。このゴミ(放射性廃棄物)をアメリカのどこに輸送するんでしょうね」
船長
「さあなぁ〜。それは途中で指示されるはずだ。我々はただこいつは運ぶだけだ」
通信士
「でも、万一攻撃を受けた場合は特殊無線機の電源を入れろってのは面白いですね」
船長
「それはきっと救難信号か何かで、我々の安全を確保する為だろう」

ターナー元補佐官
「ベネット、今年は大統領選挙の年だ。おまえの命運は尽きたな」

TVアナウンサー
「というわけで、アメリカに屈辱的な妥協をもたらしたベネット大統領の支持率は、3パーセントを割り込みました。再選は絶望視されています。これにかわって、愛国キリスト教者党がめざましい伸びを見せております。主張の内容は、中絶全廃などを含む、厳格かつ原理主義的なキリスト教の教義に従った国家の運営なのですが、これが非常に大きな反響を呼んでおります。リーダーは元大統領補佐官のターナー氏です」
ターナー教主
「我々は、あたりまえのことをあたりまえにしようとしているだけです。フリーセックス、中絶、同性愛、倫理の乱れ、こういった無法に、エイズという神の罰が下されたのです。にもかかわらず、それに気付かない愚かな者達が、いかに多いことか。我々には、正しい道を全世界に広める義務があります。しかし、残念ながら、世界には国家ぐるみで我々の布教を拒絶しているところが多くあるのです。もはや、滅びの日まで残された時間は多くはありません。それらの国々の人々を救うためには、力ずくでも、それらの国家を打ち倒し、世界の全ての民族に、神の教えをもたらすしかないのです。私は約束します。私が大統領になった暁には、現代の十字軍を結成し、世界中を教化することを。世界のすべての人間が神の僕になったとき、この世に真の平和がもたらされるのです」
TVアナウンサー
「日米の貿易摩擦については、どのようにお考えですか?」
ターナー教主
「日本に、神の教えを広めれば、自然に解消するでしょう。問題なのは、彼らが倫理的に未熟であり、正しいことと間違っていることの区別がつかないことです。彼らを教え導くことができれば、自然に摩擦は無くなるでしょう」
TVアナウンサー
「それでも、解消しないとしたら?」
ターナー教主
「そのときは、神の裁きが日本に下されるでしょう」


アメリカの某TVネットワーク
「ただ今入りましたニュースです。…何と、ベネット大統領が暗殺されました。繰り返します。ベネット大統領が暗殺されました。ホワイトハウス周辺は現在大混乱になっています。目撃者の話によりますと、ホワイトハウスを専用車で出た大統領一行は、付近の地下に仕掛けられた爆発物による大爆発により吹き飛ばされ、大統領は即死、他にかなりの死傷者が出た様です。一説によりますと、大統領の専用車は20mもの高さに吹き飛ばされ、完全に大破した模様です。別の情報によりますと、爆発物は地下からではなくロケットの様な物で、空中から飛来したとの事です。 えーと、ホワイトハウスからの情報です。政府はベネット大統領の死去を正式に発表しました。副大統領のハインリヒ・ノメール氏が即座に大統領を代行する事になりました。ノメール氏は有名な対日強硬論者でありますので、国連軍の中核である日本との対応が微妙になってくる恐れがあります…」

 ここは、ホワイトハウスの大統領執務室。

ターナー教主
「神罰が早速下った訳だな。あの卑怯で臆病な売国奴のベネットにな」
ノメール大統領代行
「正に神の御心だ。神は、日本の様に神を崇めないゴミどもの国家に、我国がひざまずくのをお許しにはならない。我々こそ世界で最も偉大にして最も崇高な民族なのだ。世界に冠たるアメリカっ!我々は全ての王であり、全てを支配する。決して屈したり、ひざまずいたりする民族ではないのだ」
ターナー教主
「全く同感だよ。私も常々それを主張していた。しかし、あの極悪人ベネットはそれに耳を貸さず、国際協調の名の下に土下座外交をやってきたのだ。星条旗に泥を塗ってきたのだ。その様な奴は肉泥の様に潰れてしまうのがふさわしい死に方だ。あやつはその罪によって地獄に堕ち、永劫の苦しみを味わって居るだろう」
ノメール大統領代行
「それは既に過去の事になったのだ。忘れるが良い。そして私が、栄光有るアメリカを復活する為に天から下されたのだ。所でターナー、キミは我が新政府に入る気は無いかね。私はキミの手腕を非常に買っているのだが」
ターナー大統領主席補佐官(予定)
「おおっ!! それは実に光栄です。もし許されるのなら、私は国旗に誓って全てをアメリカの為に捧げるでしょう」
ノメール大統領代行
「うんうん、期待しているぞ。早速だが、日本に神罰を下す方法を検討してくれ。このままでは我々も地獄に堕ちてしまうからな」
ターナー大統領主席補佐官(予定)
「それは既に練ってあります。先ず、我国の核兵器の搬出は始まったばかりです。それもノメール新大統領のお力で食い止める事が可能でしょう。我国の安全保障は未だ健在です。そこで、東京に送り込んだ特殊部隊を使い海江田一派を暗殺します。日本の国民は長年に渡って堕落した政府しか持ちませんでしたから、我国に支配される事を心から望んでいます。更に海江田政府のやり方に不満や危機感を持っている国民も多いので政変は強く支持されるでしょう。そうすれば、日本は再び我国のパートナー、つまり奴隷として良好な関係を保つ事が出来るのです」
ノメール大統領代行
「うむ、それがベストだな。我国にとっても、工場としての日本を失う事は痛い」
ターナー大統領主席補佐官(予定)
「もし、それが旨く行かなかった場合は軍事行動で我国の意志を彼らに示します。先ず、西海岸に停泊中の日本のタンカー船団を攻撃します」
ノメール大統領代行
「うむ、それがいい。放射能汚染を心配する奴らがいるが、そやつらは異教徒であって、神を心から信じていれば放射能など何の害ももたらさないのだ」
ターナー大統領主席補佐官(予定)
「そうです。我が教団もそれを主張しかつ実行してきたのです。で、タンカー船団を撃破すれば、日本の運命は我国のICBMによって決まるのです」
ノメール大統領代行
「今度は失敗するな。空中爆発なんて無いだろうな」
ターナー大統領主席補佐官(予定)
「はい、この前はメーカーの設計者が異教徒だったもので設計に心が入っていなかった様です。彼らは早速処刑しました」
ノメール大統領代行
「うむ、重要な部署からは異教徒を排除しろ」
ターナー大統領主席補佐官(予定)
「で、ICBMつまり神罰を日本に下す訳です。奴らは自らの不信心を地獄で後悔する事になるでしょう」
ノメール大統領代行
「素晴らしいっ!神の栄光と我がアメリカの誉れだっ!早速作戦に掛かれっ!」
ターナー大統領主席補佐官(予定)
「ハハっ!仰せのままに」


ニュースキャスター
「ベネット大統領暗殺の犯人が逮捕されました。発表によれば、犯人は、無職のオズワルダーという男で、かねてよりベネット大統領の対日軟弱政策を批判する言動を繰り返していたとのことです。オズワルダーは、様々な証言をしておりますが、いずれも一貫性が無く、共犯者や背後組織はなく、オズワルダーの単独犯行との見方が強まっております。」

ニュースキャスター
「ベネット大統領暗殺の犯人と目されていたオズワルダーが、ベネット大統領の熱烈な支持者と称する男に射殺されました。これで、ベネット大統領暗殺の捜査が著しく困難になるものと思われます」

ニュースキャスター
「調査委員会は、本日、ベネット大統領暗殺に関する調査の報告を行いました。それによりますと、犯人は、オズワルダー。彼の単独犯行で、背後組織などはなし、とのことです。それから、あまりにも事件の内情が現時点での発表にふさわしくないとの委員会の判断から、一切の資料は、2199年まで封印されることとなりました」

 日本、東京、首相官邸

海江田暫定首相
「いよいよ、始まったな」
山中国防大臣
「はい、アメリカ国内が乱れ始めています」
海江田暫定首相
「しょせん、アメリカは、偽りの理想の看板を掲げた国にすぎない。日本との核ゲームに破れたアメリカには、もはや、世界No.1という偽りの看板を掲げ続けることはできない。とすると、今まで押し込められていた国内の不満が爆発して当然なのだ」
山中国防大臣
「しかし、ここで、全力で日本を攻めてきたりしないでしょうか」
海江田暫定首相
「それは、アメリカを馬鹿にした見方だな。今でもアメリカは強大な国家であり、優秀な人間は多くいる。しかし、全てが両極端に走っている国でもある。保守派の独走に待ったを掛けるような、リベラルな人材も少なくないはずだ」
山中国防大臣
「しかし、 それでは、アメリカ国内が内戦に……。まさか、それを狙ったので?」
海江田暫定首相
「今度は、南北戦争のように、白黒のはっきりとつくような内戦にはならないだろう。おそらく、様々な利害を持った集団が複雑に絡み合うことになるだろう。そこに、我が国の付け入る隙がある。いいかね、我々の敵はアメリカではない。アメリカの権益を掠め取ろうと狙っているのは、EC、旧ソ連、それに中国だ。これらの国に出し抜かれないように、アメリカの権益を奪わなければならない」
山中国防大臣
「まるで、20世紀前半までの中国みたいな情勢ですね」
海江田暫定首相
「革新派を援助するのは当然だが、保守派にも裏からこっそりと援助するとしよう」

 こちらは東京に派遣された特殊部隊「グループZ」

隊長
「では、今から今回の作戦を説明する。先ず、第1班は反政府デモを組織する。デモ隊は永田町周辺をジグザグ行進させ、治安部隊と激しく衝突させる。火炎ビンとか投石くらいはやって欲しい。車を燃やすのもいいだろう。これはあくまで陽動作戦である。第2班は騒ぎに便乗して首相官邸に潜入。これは警備の増強に呼応して入り込めるだろう。で、使用するのは神経ガスと特殊爆薬だ。障害物は特殊爆薬で破壊、神経ガス弾は専用の銃を使う。いいか、速力が武器だ。官邸に潜入後2分以内に海江田を片づけろっ!抵抗する者は皆殺しだ。血の海を作っても目的を達成する事。以上だ。オーソドックスな作戦だが、これが一番確実だ」

 一方、こちらはアメリカ。

某TV局
「本日、ノメール大統領代行が正式に大統領に就任しました。同時に、前政権の大統領補佐官であったターナー氏が大統領主席補佐官に就任しました。ターナー氏は一時政界から離れて宗教活動を行っていましたが、今回ノメール大統領が政権に迎えました。これに関して議会内部では政策運営に非常な懸念が示されています。議会指導者が明らかにした所によると、両氏は過激な宗教観を持っており、更にエリート意識が異常に高いとも云われています。一部の関係者の話によりますと、政府機関の一部から宗教上の理由で解雇される例が続発しているそうです。表向きはプロジェクトの中止とか、予算が取れなかったとか、新政権の政策変更とされています。これが事実とすると重大な憲法違反となる事は明かです。また、国防省高官の話によりますと、新政権は対日全面核攻撃を準備していると云う事です。尚、この高官も宗教上の理由からまもなく解雇される予定だそうです」

 こちらは日本・東京の首相官邸

海江田暫定首相
「ノメール新大統領とターナー大統領主席補佐官の結婚から何が生まれると思う」
山中暫定国防大臣
「こりゃ、宗教戦争になりそうですね」
海江田暫定首相
「それどころか、最終戦争になるかも知れない。手段を選ばず日本を攻撃するかもしれんぞ。宗教絡みだと何でもやるからな。これは気を付けた方が良い様だな。所で、山中君。キミはWASPと云う言葉を知っているかね」
山中暫定国防大臣
「ええ、よく知ってます。The World Aquanaut Security Patrolですよね。世界の平和を守る奴ですね」
海江田暫定首相
「それはSTINGRAYじゃないかっ!そじゃなくて、ホワイトで、アングロ・サクソンで、プロテスタントと云う事。これがアメリカの支配層だと云う事だよ」
山中暫定国防大臣
「でも、アメリカは自由と平等の国なんでしょう。そんな貴族みたいな世界が有るんですか?」
海江田暫定首相
「そうとも。特権階級はどこにでも有るんだよ。自由と平等と云う事は、弱い奴はハンディ無しに強い奴と張り合わなくてはならないと云う事だ。つまり、いつまでも弱いままと云う事さ。強きを助け、弱きをくじく。それがアメリカの姿なのだ。力が全てと云う価値観は、正に自由と平等から由来しているのだ」

 ここは国連安全保証理事会。

中国代表
「さて、現在アメリカの国内に起こっている混乱ですが、たいへん憂慮すべき事態になっていると思われます」
アメリカ代表
「何を根拠に、そんなことを言われますのかな」
中国代表
「中国系住民を始めとする多くのマイノリティが、アメリカの各所で惨殺されたり、差別的な扱いを受けているとの報告が入っておりますが」
アメリカ代表
「事実無根だ」
フランス代表
「しかし、貴国のTVでも報道されていますからな。何もない、ということはありますまい」
アメリカ代表
「もちろん、いわゆる刑事犯罪として、たまたま、マイノリティが犠牲になった事件もあるだろう。しかしそれだけのことだ。そういう事件を引き起こした犯人は、きちんと裁判をされ、罪状相応の刑を受けているのだ」
中国代表
「我々が調べた範囲内では、中国系の住民が白人に殺された殺人事件が37件あります。しかし、警察が取り合ってくれなかったケースが21件、取り上げられても不起訴となったものが7件。さらに、裁判の結果、有罪を宣告されたケースはありません」
アメリカ代表
「根拠の無い数字だ」
フランス代表
「我が国の調査でも、似たような数字が出ています。つまり、マイノリティが圧倒的に不利に扱われています」
イギリス代表
「済まないのだが、そのアメリカの公然人種差別政策は、まずいのだよ。民主化の波が世界を覆っているこの時期に、そんなことをされては、国際世論が収まらないのだ」
アメリカ代表
「公然人種差別政策などという政策はありませんぞ」
フランス代表
「そうでしょうかな? 極秘公文書の中に、幾度もそういう文字が出てくるとの情報もありますが」
アメリカ代表
「そんなことはない!」
中国代表
「さて、我が国の要求は一つだ。これだけのことが揃っていれば、かつて我が国が点案門事件と称する事件の時に、行われたような制裁措置を、全ての国家はアメリカに対して取るべきではないかということだ。そうでなくては、国際秩序は成り立ちませんからな」
アメリカ代表
「話にならん! ありもしない事件を根拠にして、制裁だと?」
中国代表
「それを言うなら、点案門事件など、存在しなかったのです。あれは、貴国のマスコミの捏造なのと違いますか?」
アメリカ代表
「どうしてもというなら、拒否権を行使するまでだ。もっとも、そんな無法な提案が賛成多数を得られるとは思わないがな」
フランス代表
「それは分かりませんな」
イギリス代表
「悪いが、今のような内政を続ける限り、我が国も中国の提案に賛成せざるをえない」
アメリカ代表
「何を血迷っているんだ。こんなコミュニストの言いなりになって」
フランス代表
「彼らがコミュニストなら、今のアメリカは何です。ただのファシストではありませんか」
アメリカ代表
「ロシア代表! 何とか言ってくれ!」
ロシア代表
「弁護してさし上げてもよいが、今度はどんな援助を下さるのかな? もっとも、もはや援助するだけのゆとりもないと思いますが」
アメリカ代表
「拒否権だ! 拒否権を行使する!」
フランス代表
「おやおや、まだ採決にも入ってないというのに」

ノメール大統領
「国連のクズ共めっ!国連をここまで育てたのは一体誰だと思って居るんだっ!そもそも我国のロックフェラー財団が金を出さなければ、建物さえ無かった事を忘れたかっ!」
ターナー大統領主席補佐官
「閣下、正にその通りです。今こそアメリカはカラード(有色人種)の巣窟と化した国連を去り、独自の力をふるうべきだと思います」
ノメール大統領
「勿論そうだ。直ちに国連から脱退せよ。我国はそれだけの力を持っている。世界最強の国家なのだっ!但し、カラードと異教徒を除いた場合だが…。例の計画は進んでいるか?」
ターナー大統領主席補佐官
「ハハッ。順調でございます。先ずカラード追放政策ですが、非公然特殊部隊WHITE FORCEを使って要人の暗殺、公開処刑、商店の焼き討ち、日常の嫌がらせカラードゴーホームデモ等を行っておりまして、カラード共はおびえきっております。この影響で、他国への移民希望者が急激に増えております」
ノメール大統領
「順調だな。我国は有色人種の為に有るのではないのだ」
ターナー大統領主席補佐官
「更に、カラードの先兵であります日本に対する攻撃準備ですが、特殊部隊グループZの対海江田攻撃準備はほぼ完了しました。反政府デモは日々エスカレートしており、まもなく官庁街である霞が関周辺に突入する予定です」
ノメール大統領
「海江田が死ねば我らのロボットを首相に就ける。さすれば、ネオ大東亜共栄圏構想も、国連軍支配も空中分解だ。アジアの王は我国である事を思い知る事だろう」
ターナー大統領主席補佐官
「で、グループZの攻撃が失敗した場合の対日全面核攻撃ですが、これも準備完了です。戦略空軍の指揮系統に相当の乱れが生じていますが、これも非公然特殊部隊WHITE FORCEの力で何とか正常化されるでしょう。最悪でも戦略原潜からの攻撃が有りますので」
ノメール大統領
「対日海上封鎖は止めてしまったのか?」
ターナー大統領主席補佐官
「はい。彼らに油断を与える為に、現在中止しております」
ノメール大統領
「我国の核兵器の国連軍への引き渡しはどうなっている?」
ターナー大統領主席補佐官
「戦術核兵器の30%の搬出を完了しました。しかし、これは我国の戦力のほんの一部でしか有りません。ご安心を」
ノメール大統領
「必要とあらば、直ちに日本を攻撃しても良いのだぞっ!私はアメリカの絶対的勝利を早くこの眼で見たいのだっ!」
ターナー大統領主席補佐官
「ハハッ。存じております。それは間も無くです」


 こちらはアメリカ国防省。

下士官A
「戦略空軍に連絡は取れないのか?」
下士官B
「ダメだ。指揮系統はメチャメチャになっている。これでは攻撃が有っても反撃どころか、探知も出来ないぞっ!戦略原潜の中でも反乱が起きていると云う話だし」
下士官A
「クソっ!アメリカをこんな国にしやがってっ!ノメールの奴めっ!」
下士官B
「シッ。声が高いぞ。奴らのスパイが聞いているかも知れない…」
下士官A
「ウウ、オレの友達なんか一家焼き殺しの上に遺体が晒し物になっているんだ。警察は知らんぷりだっ!」
下士官B
「反政府暴動があちこちで起きている様だ。でも、政府はデモ隊に戦車砲や空爆で攻撃を加えて皆殺しにしているそうだ」
下士官A
「ひ、ひでえ〜なぁ〜。これが自由と平等の国なのか!?」
下士官B
「ネバダとニューメキシコに強制収容所を作っていると云う話だ」
下士官A
「ナチスの再来じゃないか」
特殊部隊士官
「おいっ!何を雑談して居るんだっ!」
下士官A、B
「うっ!」
特殊部隊士官
「勤務中の雑談は禁止されているはずだな。キミらは我国の未来を支えるエリートなのだ。それを忘れない様に。それともカラードの様な最後を迎えたいのかね?」
下士官A、B
「ハっ! ノメール大統領万歳っ!」
特殊部隊士官
「うむ、その心掛けが大切なのだよ」


 同じくアメリカ国防省

国防省高官A
「我国の核兵器の80%が既に国連軍に渡っている。我国の核戦力は殆ど失われたと言うべきだ」
国防省高官B
「しかし、ノメール大統領は核兵器の保持をお望みだ。引き渡しを阻止出来なかったのか?」
国防省高官A
「軍の指揮系統が大混乱だ。その隙に搬出されてしまった」
国防省高官B
「クソっ!そんな事実を誰が大統領に報告出来るのだっ!閣下は成功の報告しかお望みではないのだ。我国の核戦力が崩壊した等と云う事を報告したら関係者は皆殺しだぞっ!」
国防省高官A
「しかし、事実は事実なんだ…」


 アメリカよりの宣伝放送
「我々の思想を人種差別と受け取られると心外である。我々は、けして、白人以外を嫌っている訳ではないのだ」

 国会議事堂付近にて

アジテーター
「我々は、美しい我が祖国をファシストの軍靴にふみにじられるのを座して見ていることはできないのだ!」

アメリカよりの宣伝放送
「我々の主張は、基本的に、『画一的な平等主義は、誰にとっても中途半端になるだけであり、それぞれの違いに応じた対応を取ろうとしている』だけなのだ」

アジテーター
「もう一度、あの悲惨な戦争を日本に体験させようと言うのか! いったい、そんな権利が誰にあるというのだ」

アメリカよりの宣伝放送
「例えば、黒人だ。はたして、アメリカの気候が彼らに合っているだろうか。いな、そうではない。アフリカこそがかれらの居住するにふさわしい場所なのだ。目先の豊かさに惑わされてアメリカに住もうとすることは、彼らのためにならない」

アジテーター
「東南アジアの国々も、中国も、統一朝鮮も、アメリカも、みな日本の軍国主義化などは望んでいないのだ。世界の流れに逆行することは、日本の孤立につながるだけなのだ。資源小国の日本が、孤立してやっていけるわけがないのだ」

アメリカよりの宣伝放送
「しかし、残念なことに、彼らには、それだけの事を理解するだけの能力が無いのだ。我々は、彼らが本来いるべき場所に戻るように、あらゆる手段を行使している。一部には、差別と言われているのは、理解する能力の無い彼らを、本来いるべき場所に返すための善意の手段なのだ」

アジテーター
「世界の平和を確立するためと称して、軍備を拡張するというのも矛盾しているではないか。武器が増えれば、それだけ、戦争の危険が高まるのだ。そんなことも分からないような為政者に政権を任せておくことができるだろうか。私にはできない!」

アメリカよりの宣伝放送
「いま、はっきり言おう。我々には、有色人種に含むところはない。アメリカはもともと、白人の入植した土地である。そこに入り込んできた黒人が悪いのだ」

アジテーター
「しかも、我々が戦後築き上げた豊かな生活も、軍拡のための増税の犠牲になって消えてしまうだろう。現在の海江田政権は、己の利益のために、日本を滅ぼそうとしている。今こそ、海江田政権を倒すときなのだ! たて日本人よ。やまとの民よ!」

 ここは国会議事堂内ラジオとアジテーターの声の両方が聞こえる。

山中暫定国防大臣
「周囲が騒がしいようですがいかがいたしましょう」
海江田暫定首相
「とりあえず、アメリカには質問状を出しておけ。もちろん、各マスコミに公開でな」
山中暫定国防大臣
「はいっ!」
海江田暫定首相
「それから、あのアジテーターを呼べ。TV中継ありの公開討論会をやろうと誘うのだ」
山中暫定国防大臣
「何もそこまでやらなくても」
海江田暫定首相
「もちろん、きちんと武装解除して連れてくるのだぞ。武装兵もスタジオ内に配置しよう。TVカメラのフレームの中だけ、公正であれば十分だ」

 こちらはホワイトハウス

ノメール大統領
「なんだこれは」
ターナー大統領主席補佐官
「質問状です。カイエダからの」
ノメール大統領
「読め」
ターナー大統領主席補佐官
「はあ。質問1 後からアメリカに入り込んだ黒人が悪いと言うが、彼らは白人に奴隷として連れてこられたのではないか? それでも黒人の罪を問うと言うのか?」
ノメール大統領
「無知な奴め。奴隷問題での白人の罪は、すでに南北戦争で清算ずみなのだ」
ターナー大統領主席補佐官
「それから、質問2 各民族が本来の居場所に居るべきなら、アメリカの白人も、ヨーロッパに帰り、アメリカをインデアンに返すべきではないか?」
ノメール大統領
「目を覆わんばかりの無知だな。我々は実力という正当な手段で、この土地を手に入れたのだ」
ターナー大統領主席補佐官
「あ、いま報告が入りました。日本人を扇動して国会議事堂に突入予定の工作員が、カイエダから公開討論会を申し入れられて、やむを得ずこれを受けたということです。このまま群集を突入させて、その隙に、特殊部隊グループZが攻撃を掛ける予定でしたが。チャンスが無くなってしまいました」
ノメール大統領
「おのれ、カイエダめ。こしゃくな真似を」

 ちょうどそのとき。そんな裏があったとは思いもしなかった海江田暫定首相は、くしゃみをしました。

海江田暫定首相
「クシュン! うーむ、風邪を引いたかな?」
事務官
「海江田さん、アジテーターを例の部屋に案内しておきました」
海江田暫定首相
「ご苦労。で、彼の個人情報収集の方はどうかね」
事務官
「現在、警視庁の鑑識課がやっております。予定ではまもなくデータが揃います」
海江田暫定首相
「データが出来たらすぐに持ってきてくれ」
事務官
「了解しました」

 さて、ここは国会の、とある一室。テレビカメラが既に映像を世界に送っている。

海江田暫定首相
「お待たせした。私が海江田です」
アジテーター氏
「わざわざの舞台設定、感謝します。私は庵治悌太です」
海江田暫定首相
「早速で申し訳ないが、会談に入る前に貴方の身元を教えて欲しいのだが」
アジテーター氏
「それは特に必要無いと思う。私が一日本人である事が唯一の条件だと思うが」
海江田暫定首相
「我々が調べた結果、キミはその条件を満たしていない事が分かったのだ」
アジテーター氏
「な、なんだって? あんたは私を侮辱する為にここに呼んだのかっ! ふん、これで海江田の正体が見えたと云う事だな。話し合いの必要は無いと云う事だっ!」
海江田暫定首相
「まァまァ、聞きなさい。失礼ながら、キミの振り乱した髪の毛から抽出したDNAを照合した結果、キミはアメリカ軍特殊部隊のエージェントで有る事が判明した。資料はここにある。世界中の誰でも見る事が可能だ」
アジテーター氏
「デタラメだっ! でっちあげだっ!」
海江田暫定首相
「そう云い切る事は簡単だが、身元を明らかにもしない人物と話し合う必要は無いと思うのだが。では、キミがアメリカ軍特殊部隊のエージェントでないと云う絶対的証拠はっ?!」
アジテーター氏
「この詐欺師めっ! 国民を愚弄する気だなっ!」
海江田暫定首相
「特殊部隊グループZ第1班。政権転覆担当。民衆の扇動と指揮を得意とするそうだね、キミは」
アジテーター氏
「起てっ! 日本の国民よっ! 国賊海江田を滅ぼすのだっ!」
海江田暫定首相
「この映像を見て欲しい。これは国会周辺に展開するアメリカの別動隊だ。突撃銃、ハンドミサイル等で武装している。これはどうした事かね」
アジテーター氏
「オレには関係ないっ! 話をそらすなっ! 国賊めっ!」
海江田暫定首相
「更には、帝都に接近中の未確認飛行物体だ。ステルス機が超低空で飛行している」
アジテーター氏
「それがどうした。全ては日本国民がお前を倒そうとする意志なのだ」
海江田暫定首相
「そうかな? 私と、デモ隊を空爆の危機に晒すアメリカ軍特殊部隊とどっちが日本の味方なのだっ!」


 こちらはホワイトハウス。

ノメール大統領
「グループZ、作戦開始だっ!」
ターナー大統領主席補佐官
「しかし、完全に見破られていますよ」
ノメール大統領
「考えても見ろ。奴は今、国会に居るのだ。しかも入り口からの経路はテレビで写されている」
ターナー大統領主席補佐官
「は、確かに場所を確認しております」
ノメール大統領
「だったら、予定通り攻撃すれば良いではないか。海江田は殺せば良いのだ。後はどうにでもなるっ!」
ターナー大統領主席補佐官
「了解っ!直ちに攻撃を開始しますっ!」

アメリカ国防省
「暗号フジサンノボレ。繰り返す。フジサンノボレ」


 こちらは国会議事堂付近。

グループZ第2班々長
「アターックっ!」

日本のニュースキャスター
「臨時ニュースですっ! ただ今、国会周辺で大きな爆発音が聞こえました。デモ隊との衝突ではなく、武装集団が突入した様です。時折爆発音が聞こえます。銃の発射音も切れ目無く聞こえますっ!」


それよりちょっと前、帝都防空司令部(通称、テラ・ベース)

防空衛星SID(Sky Intruder Detector=空中侵入者検知機)
「グリーン、UFO、方位062−415グリーン」
テラ・ベース
「非常事態、UFO(未確認飛行物体)接近中。機数6。インターセプター(迎撃機)、直ちに発進っ!」
インターセプター隊長
「こちらエリ子中尉、発進しますっ!」
テラ・ベース
「エリ子、頑張れっ!」
インターセプター隊長
「UFO発見、直ちに迎撃します。全機ロック・オン完了」
テラ・ベース
「ミサイル発射6.4秒前」
インターセプター隊長
「発射っ!」
テラ・ベース
「迎撃成功。UFO、全機撃墜を確認。直ちにテラ・ベースに戻れ」
インターセプター隊長
「了解っ!やったわね」


 グループZ第2班突入2分後、国会議事堂前。

日本のニュースキャスター
「銃声は止みました。あっと…、中断されていた海江田暫定首相の画が戻りました」
海江田暫定首相
「日本国民と世界の人々にお知らせします。先ほど、アメリカ軍特殊部隊が我国の国会議事堂に突入し、政府首脳を襲撃しようとしましたが、それは完全に失敗し、テロリスト達は全員逮捕されました。今回の襲撃の背後関係は今後明らかになると思いますが、これがアメリカ合衆国連邦政府の組織的な犯行であった場合、我国と国連軍はアメリカ合衆国に対して厳重に抗議すると共に、アメリカ国内に於ける一連の人権抑圧政策、組織的暴力、組織的虐殺に対して、直接的軍事行動を含むあらゆる制裁行動をとる事を決定する事になるでしょう。それは多国籍軍によるアメリカ侵攻と云う形になるかも知れません。その様な事態になる前にアメリカ合衆国が自らの行動を改める事を祈ります」


 こちらはホワイトハウス。

ノメール大統領
「バカなっ! どうして失敗したんだっ! 場所も分かっているのに…。しかも捕まるなんて」
ターナー大統領主席補佐官
「これで我国の面目は完全に潰れましたね。何とかしないと多国籍軍に支配されかねませんよ」
ノメール大統領
「くそう、海江田め、このままで済むと思うなよ」


 国会議事堂にて。

山中暫定国防大臣
「それにしても、この部屋がエレベーターになるとは思いませんよねぇ〜」
海江田暫定首相
「そう、正にSHADOキャビネット(影の内閣)と云う訳だ」

注:(^_^) SHADO(Supreme Headquarters Alien Defence Organization=地球防衛司令機構

ノメール大統領
「最後の手段だ。東京を核攻撃せよ」
ターナー大統領主席補佐官
「とうとう、そのときが来たのですね」
ノメール大統領
「悪魔の知恵に対抗するには、絶対正義である核を使うしかなかったのだ。これしかない」
ターナー大統領主席補佐官
「では、さっそく」...
ターナー大統領主席補佐官
「たいへんです!」
ノメール大統領
「なにごとだ」
ターナー大統領主席補佐官
「ICBMを発射できません」
ノメール大統領
「どういうことだ!?」
ターナー大統領主席補佐官
「すでに、ほとんどの核が運び去れています。残った核についても、安全キーをベルギー人とスエーデン人の国連軍と名乗る連中が持っていて、何度言っても渡してくれません」
ノメール大統領
「潜水艦発射ミサイルを使おう」
ターナー大統領主席補佐官
「駄目です。命令用の暗号表も持ち去られました」
ノメール大統領
「おのれ」
ターナー大統領主席補佐官
「国連に抗議するか、我が軍の管理責任者を呼んで処罰しますか?」
ノメール大統領
「そんな暇はない。国連軍のアメリカ駐在士官どもを、ホワイトフォースを使って、消せ。アメリカのものは、アメリカに取り戻すのだ」
ターナー大統領主席補佐官
「しかし、それでは国際問題になってしまいます」
ノメール大統領
「大義は我々にある。神の御心のままに、だ」
ターナー大統領主席補佐官
「お待ちください。彼らは異教徒ではありません。れっきとしたキリスト教徒です。彼らに銃を向けることなどできません」
ノメール大統領
「彼らは、カイエダに我々の核を渡そうとしているのだ。異教徒に与する者は、処罰されなければならない。自業自得なのだ」
ターナー大統領主席補佐官
「しかし、だからといって、同じキリスト教徒に銃を向けることを、ホワイトフォースの兵士達が承知するでしょうか。彼らは神の軍隊であって、あなたの軍隊ではありません」
ノメール大統領
「なに? 私に反抗するのか?」
ターナー大統領主席補佐官
「いえ。でも、あなたは預言者ではないのです。あなたが言う言葉には、何の重みもありません。あなたが、神の意志に添った命令を出したときだけ、みんなが動くのです」
ノメール大統領
「私は大統領だぞ!」
ターナー大統領主席補佐官
「ふ。あなたもお分かりではないようだ。もはや、国家や法律など何の意味もないのです。残されたのは、神の真実だけなのです。我々の行動の規範になるのは、合衆国の法律ではなく、聖書なのです」
ノメール大統領
「私は忠実な神の僕だ。私はいつでも、神の真実を心に置いているのだ」
ターナー大統領主席補佐官
「どうですかな。あなたが愛人を囲っているという情報がありましてね。姦淫の罪ですな」
ノメール大統領
「事実無根だ」

海江田暫定首相
「彼らには致命的な弱点があるのだ」
山中暫定国防大臣
「なんでしょうか?」
海江田暫定首相
「彼らの思想の根拠となるのは、聖書だ。しかし、新約聖書ですら1000年をはるかに超える昔に書かれたものだ。旧約聖書に至っては、2000年以上も昔のものだ。彼らは、この世の中の出来事は全て聖書に書かれているという信念を持っている」
山中暫定国防大臣
「そんなことはありえないのと思いますが」
海江田暫定首相
「しかし、そういう信念を持っていたとすれば、解釈とこじつけで、無理矢理聖書を読もうとするだろう。しかし、人によって解釈が異なってくる可能性は高い。しかも、アメリカには、カトリックにおけるバチカンのように解釈を確定させる絶対的な権威はない。そうなると、何が起こると思うかね?」
山中暫定国防大臣
「キリスト教徒どうしが派閥に分裂して、互いに争うことになりますね」
海江田暫定首相
「そうだ。似ているものどうしが、いちばん激しく争うものなのだ」
山中暫定国防大臣
「なるほど」
海江田暫定首相
「一つ、面白い報告が入っている。ノメールとターナーは、どうやら信念が微妙に違うらしい。あくまで、ノメールは大統領がいちばん偉いと思っているようだが、ターナーは現世の地位など、すでに意味が無いと思っているらしい。この二人の意見の違いが広がれば、アメリカは二つに割れて内戦を始めるぞ」
山中暫定国防大臣
「では、さっそく、工作員を送り込んで、あることないこと、いえ、ないことないことを吹き込んで、彼らの仲を引き裂きましょう」
海江田暫定首相
「宗教的対立を煽るというのは、ヨーロッパの国が、植民地を支配するために、よく使った手なのだ。これが、ヨーロッパ人相手なら通用しないだろうが」


日本のニュースキャスター
「日本の内外の関心を集めている、所謂東京裁判関連のニュースをお伝えします。アメリカ軍特殊部隊による国会議事堂襲撃事件が発生してから既に1ヶ月が経過しています。この事件の経過に付いては既に事実関係が関係者によって明らかになっておりますが、それを振り返ってみたいと思います。日本時間2月26日午後3時頃、アメリカ軍の特殊部隊グループZ第2班総勢13名が国会議事堂に突入しました。班長はアレック・フリーマン大佐。目的はグループZ第1班の隊員、ピーター・カーリンとTV会談中の海江田暫定総理大臣の暗殺です。突入後、約2分で第2班は目的の会議室に到着しましたが、海江田暫定総理大臣は別室に退避しており無事でした。突入した隊員達は警視庁の特殊部隊によって全員逮捕されました。この襲撃に呼応して、同グループの第3班が戦闘爆撃機を使い国会議事堂を爆撃しようと企てましたが、これは帝都防空司令部の迎撃機により未然に撃墜されました。この時戦闘爆撃機のパイロットも逮捕されております。この襲撃による被害ですが、国会議事堂突入時に、警護官、警察官等6名が殉職、12人が重軽傷を負いました。又、戦闘爆撃機の撃墜に関して、墜落現場の住宅、工場等3棟が全焼、16人が重軽傷を負っています。今回の様な国家的テロ活動の場合、襲撃グループのメンバーの黙秘が捜査の壁となる場合が多いのですが、今回は異例のスムーズさで事実関係が明かとなっております。これは逮捕された襲撃グループのメンバーが、アメリカ本国からの暗殺を防ぐ為に、知っている事を全て明らかにしているものと思われます。次々と明らかにされる恐るべき事実に関して、日本政府はアメリカ合衆国に対し厳重に抗議すると共に、国連安全保障理事会にこの事実を伝え、国連としてこの国家的テロ活動に対する制裁処置を要求しております。一方アメリカ政府は、日本政府の発表を全て虚偽の宣伝であると主張し、襲撃グループとアメリカ政府とは無関係であるとしております。しかし、東京裁判には国連のオブザーバーも傍聴しており、国連の大勢はアメリカの国家的テロ活動及び、アメリカ国内に於ける組織的人権抑圧政策に対して、直接的な軍事行動をも含む強硬な対応を取るべきだと云う方向に一致している様です」

山中暫定国防大臣
「襲撃グループがペラペラしゃべってしまうのはやっぱり自分の安全を確保するためなんでしょうか?」
海江田暫定首相
「いや、彼らはプロフェッショナルだ。たとえどの様な拷問を受けようとも明らかにするはずはない。とすれば、彼らには別な目的がありそうだ。それは全てをバラしてアメリカ政府、即ちノメール大統領を倒そうと云う事だと思う」
山中暫定国防大臣
「アメリカ軍の最精鋭部隊がそんな事をやるとは思えませんが…」
海江田暫定首相
「彼らはアメリカの理想を追う英雄達なのだ。ノメール大統領がアメリカをメチャクチャにしようとしている事は許せないのだ」


 こちらはホワイトハウス。

ノメール大統領
「くそう、ターナーの奴め。怖じ気づいたターナー。このアメリカでは私が神なのだと云う事がどうしても分からんのかっ! うーぬ、奴が勝手に動くならこっちにも考えがあるぞ。もはや奴は味方ではないっ! 我が親衛隊STARS GUARDIANを使おう。ヘルネス・ガーゴイル大佐を呼べっ!」

ヘルネス・ガーゴイル大佐
「お呼びでございますか?閣下」
ノメール大統領
「うむ、今まさに国難の時だ。日本を先頭に、カラード共が世界を支配しようとしている。我がアメリカでもカラードがのさばり、軍隊まで身動き取れない。このままでは我がアメリカに明日は無い。かつてはアメリカを大きくする役にたったが、今では足かせに過ぎない。もはやアメリカはカラードを必要とはしない。今こそ、カラード共をこのアメリカから抹殺しなければならない。お前にはその『聖戦』の指揮官をやって欲しいのだ」
ヘルネス・ガーゴイル大佐
「おおっ!! 身に余る光栄でございます」
ノメール大統領
「頼むぞ。軍隊のあらゆる武器はお前達が使って良い。アメリカの権威を取り戻すのが目的だ。それからターナーには気をつけろ。奴は我々の考えに近いが、我がアメリカよりも宗教の方が大事だそうだ。奴も最後には片づけろっ! 反逆者は皆殺しだっ!」
ヘルネス・ガーゴイル大佐
「ははっ! 仰せのままに」


 ガーゴイル大佐支配下の基地にて。

ヘルネス・ガーゴイル大佐
「さて、初仕事だ。カラードの密集地域を空爆だ。新開発の大型殲滅爆弾を使おう」
トート・ケルベロス中佐
「ヒヒヒ。楽しみですな。ボール爆弾と気化爆弾とナパーム弾の時間差攻撃集合爆弾ですな」
ヘルネス・ガーゴイル大佐
「そうそう、叩いて潰して焼く。これが我々の三段論法と云う訳だ。生き残る者とて居るまい。ガハハハハ。そうそう、こいつの愛称は『スピーディー・ゴンザレスのパンかご』にしよう」
トート・ケルベロス中佐
「それはそうと、今週の『清掃目標』はどうしましょう?」
ヘルネス・ガーゴイル大佐
「60万人位だろうな。カラードで腐った大都市はきれいに掃除するんだ。所で、核兵器奪還班はどうなっている?」
トート・ケルベロス中佐
「現在、国連軍と戦闘中です。国連軍は空輸で増強中で、かなり手ごわい様で…」
ヘルネス・ガーゴイル大佐
「大統領の命令だっ! 血の海作っても取り戻せっ!」


 アメリカ空軍某基地にて。

士官A
「こちらアメリカ空軍ですが、はい、貴方どなた?…え…あぁ、あんたか。な、何だってっ! わ、分かった。直ちに迎撃するっ! あァ、分かっているっ!」
士官B
「ど〜したんだ…?」
士官A
「どうもこうも。大統領の犬どもが都市の空爆を開始するんだとよっ!」
士官B
「な、なんだって? 本当かよっ!」
士官A
「間違いない情報だ。防空レーダーは…。ダメか。くそう、友達のチームに頼むしかないな」

電話を掛ける士官A
「おい、トーマスか。オレだよ。エライ事になったぞ。ガーゴイル大佐がカラード抹殺に乗り出したそうだ。うんうん。で、早速空爆を開始するそうだ。ああ、お前の所で何とか撃墜してくれ。頼むよ。あぁ、後でおごってやるってっ! サンキューっ!」


アメリカのニュースキャスター
「空軍の発表によりますと、所属不明のB52戦略爆撃機3機がニューヨーク市方面に向かっているのが確認された為、空軍の戦闘機がスクランブル発進しました。所属を確認するも応答無いので、警告後に撃墜しました。爆撃機が墜落した場所では大規模な爆発が発生した為、この爆撃機には大量の爆薬が積まれていたと思われます。尚、現場周辺は立入禁止となっており、現在、空軍が調査中です。次のニュースです。国連軍に引き渡す核兵器を奪取しようとする武力集団と国連軍との戦闘は15時間経った現在も続いています。武力集団はM1戦車数10両を動員し、武装ヘリコプター30機を使った大規模な攻撃をしていますが、一方の国連軍は軍艦20隻で艦砲射撃を行っており、艦対空、艦隊地ミサイルも使われている模様です。これにより積み出し基地周辺20Kmは戦争状態と化しております。国連軍司令部は暴力による核兵器奪取を絶対に阻止するとして、大部隊の派遣を決定し、既に陸上部隊の第1陣が到着している模様です。尚、この武装集団に付いては所属不明ですが、軍の装備を使用している為、軍関係者による犯行との見方が強くなっています。政府はこの事態に対して重大な懸念を表明すると共に、アメリカ軍を動員して早急に制圧する事を国連軍に確約しております」

 日本、東京。深夜の道に、褐色の肌と金色の髪をした少女が歩いていた。風が彼女の顔に掛かったベールを巻き上げ、一瞬顔が見える。ぞくっとするほどの魅力的な顔立ちをしている。そして、そのすぐ後ろに、黒い巨体が、美少女を守るように続く。全身をマントで覆っているが、屈強な男であることは間違いない。それも黒人だ。
「このあたりです」
 少女は立ち止まって、あたりを見廻した。閑静な住宅街。しかし、外出禁止令が出ているため、用事もなく深夜に外出している者はいない。そもそも、交通機関も、深夜営業の店も、全て閉まっているのだ。外に出ても、何もいいことなどない。万一、巡回中の国防軍の兵士に見つかったら、何も悪いことをしていなくても、最低丸一日は、留置場に放りこまれることになる。しかし、そんな状況の深夜に、この美少女は何をしようとしているのだろう。
「こちらの方向から、強く感じます」 少女は、大男を振り返った。少女の額には、第3の目が描かれていた。
「赤外線レンジでスキャンします」 大男は言った。
「見えます。あの家の2階に寝ている人間が一人」

「では、会いに行きましょう」
「はい、プリンセス」 大男は壊れ物でも扱うように、少女を抱きかかえると、つぶやいた。
「加速装置オン、下半身の筋肉を200パーセントで駆動」
 いきなり、美少女を抱きかかえた大男は、目の前の家に2階のベランダにいた。みしりと、ベランダがきしんだ。
「プリンセス、私の体重では、このベランダが持ちそうにありません」 大男は言った。
「では、下で待ちなさい」
「しかし、それではプリンセスをお守りできません」
「分かりました。あなたも一緒に中に入りなさい」
 プリンセスは感情を感じさせない声で言った。プリンセスが手を伸ばすと、鍵が勝手にはずれた。二人は、部屋の中に入る。そこは、高校生の男の子の部屋といった雰囲気だった。漫画、ロックのCD、ギターが一本、申し訳程度の参考書などが散らばっている。そして、ベッドの上で、一人の少年がひどい寝相で、眠っていた。
「この子なのかしら」 美少女が言った。
「この少年ですか。この混沌とした世界から、世界を救ってくれる救世主というのは」 大男が言った。しかし、その声は抑制されていたにも関らず、少年を目覚めさせるほど大きかった。
「うわっ、なんだおまえたちは」 少年は飛び上がった。
「私達の使命は、救世主に覚醒をうながすことです」 美少女は言った。
「なに? 救世主?」 少年が聞き返した。
「分かったぞ、僕を迎えに来たんだね? 君は、プリンセス・ルナで、そっちがサイボーグ戦士のベガだろう? 僕は吾妻丈だ」
「プリンセス、彼はいったい何を言っているのでしょうか?」 大男が言った。
「さあ、私にも分かりません」 美少女が首を振った。
「いやあ、僕には予知能力があるんだ」 少年はまくしたてた。
「それに予言書も見つけてある。予言では、東丈という少年が救世主になるんだけど、僕の名前は、吾妻丈。これは、僕の事を言っているのだと、すぐに分かったよ」
「どうやら、我々よりも、ずっと詳しいようですね」 大男が言った。
「まあいいでしょう」 美少女はうなずいた。
「私達は、ゆえあって、名前を名乗れません。私は、プリンセス・ルナ、こちらはベガということにしておきましょう」
「うんうん、これから、みんなで世界を救うんだね」
 少年だけが全て納得したようにうなずいた。
「これでよかったのかしら」 美少女が頭を抱え込んだ。
「自信がないわぁ」
 そのとき。その美少女の感じた救世主は、実は隣の家の「不等あきら」という少年のことであり、彼こそが未来においてAKIRAと呼ばれ、恐れられる存在であったことに、誰も気づいてはいなかった。

「よし、行こう」 少年が立ち上がった。
「いくって、どこへですか?」 美少女が顔を上げた。
「ニューヨークだよ」 少年は自身ありげにうなずいた。
「ニューヨークに、仲間になってくれる黒人の少年がいるはずなんだ」
「でも、今の情勢では、日本から出国するのは、難しいと思います」 大男が言った。
「なあに、セルフ・テレキネシスで空を飛んでいけばいいのさ」 少年は窓際に歩いた。
「さあ、いくよ」
「え、待って、何がいったい!」
 美少女と大男は、見えない力に捕まれて、少年と一緒に空に飛び上がった。
「いくよ、ニューヨークに!」 少年は叫んだ。
 さて、超能力があるので自分を救世主と思い込んでいる少年が動きだした。はたして、どんな波乱がアメリカに巻き起こるのか!?救世主じゃないから、やっぱり世界が救われないのか?でも、珍奇な事件は起こりそうである。ギャグになったら嬉しいな。
 救世主、AKIRAが覚醒するのは、まだ先のことであった。


アメリカのニュースキャスター
「視聴者の皆さん、皆さんに恐るべき事実をお伝えしなければなりません。それは大統領の犯罪です。先ず、一連の事実をお伝えします。国連軍に引き渡す核兵器を奪取しようとする武装集団と国連軍との戦闘は終結しました。この戦闘により武装集団の大半は死亡又は逃亡しましたが、数10名の逮捕者からの尋問によりますと、彼らは大統領親衛隊のSTARS GUARDIANであり、隊長であるヘルネス・ガーゴイル大佐の命令で今回の事件をひき起こしたとの事です。更に、所属不明のB52戦略爆撃機3機を空軍が撃墜した事件が有りましたが、その後の調査では逮捕したパイロットもSTARS GUARDIANのメンバーであり、爆撃機に総数30発搭載していた物は通称『スピーディー・ゴンザレスのパンかご』と呼ばれる大型殲滅爆弾である事が分かりました。これはボール爆弾と気化爆弾とナパーム弾を混成した物であり、一発で数百メートル四方の人口密集地域を完璧に無人化、焦土化する威力を持っています。更にこの爆撃機の標的はニューヨーク市であった事も明らかになりました。これらの事実により、FBIではSTARS GUARDIANが隊長の命令により国民の大量虐殺を実行しようとして、核兵器の奪取と大型殲滅爆弾による爆撃を計画したものと断定しました。しかも指揮命令系統と関係者の話からSTARS GUARDIANが独自に行動を起こしたのではなく、ノメール大統領からの直接指示により行動を起こした可能性が高くなっています。これが事実かどうかは司法当局の捜査に委ねられますが、既に組織的な有色人種迫害を、国連を始めとする各国から指摘されているノメール政権にとって、今回の疑惑が殆ど致命的なものである事は明かです。えーと、ただ今入りましたニュースです。これは…。ニューヨーク州が合衆国からの独立を宣言しました。カリフォルニア州もです。ホワイトハウスは直ちに声明を発表。今回の独立は違法行為であり、認められない。直ちに撤回しない場合は、合衆国の軍隊によって州を制圧するとの事です。これに対して、ニューヨーク州は国連安全保障理事会に、国家の治安と独立を守る為、国連軍の派遣を要請しました。国連安全保障理事会はこれに同意し、直ちにアメリカ駐留国連軍を差し向ける様です。この軍は核兵器引き渡しを警護していた軍隊です。主力はイラク、ベトナム、中国、北朝鮮の各軍隊です。おっと、更に新しいニュースです。前の大統領主席補佐官のターナー教祖が新しい独立国家を宣言しました。この宣言によりますと、ノメール大統領が統治能力を失ったので、自らがアメリカ全土を統治するそうで、新国家名はエイモス・リーグだそうです。これに対してホワイトハウスは、軍事力によってこの暴挙を粉砕するとの声明を発表した様です。えー、エイモス・リーグの他に多数の国家が独立を宣言しております。主な国家名を紹介しますと、ノメール人民連邦、白人共和国、有色共同体、キリスト者絶対王国、清浄の地共和国、みかか公国等々です。ホワイトハウスの声明にも関わらず、合衆国軍は完全に機能を失っており、国民の暴走と衝突は激しさを加えております。これは大統領親衛隊のゲリラ行動がきっかけだった様ですが、現在では完全に自然発生的な物となっています。かつてノメール大統領はその著書である『我が逃走』で、語っています。『白色人種と有色人種間の対立を理性的に処理しようとする為に消費されるエネルギーは実に膨大であり、それは我国の巨大な無駄と損失になっている。神に選ばれた民族である白人こそが我国の中心であると共に全てであり、それは古来永遠に不変であった。有色人種を我国の動力にしようとする計画は大きな成功と共に、同じだけの負債を抱え込む事になった。今こそ我々白人は自らの国家の意味を考え直し、有色人種をこの偉大な国家から追放すべきである。その為には、人種間の対立を最高度に先鋭化し、白色人種と有色人種との戦いを聖戦の域まで高める必要がある。その結果、白色人種に秘められた聖なる能力は発揮され、偉大な団結と共に、新しい国家=真のアメリカが誕生するのだ』。この思想が正しいかどうかは別として、人種間、及び宗教間の対立が極限まで先鋭化し、人々がテロと報復に走っている事は事実です。果たしてそれが偉大な国家なのか?それとも歴史に記録する価値すら無い国家なのか?我々の未来には神の沈黙しか見えません」

 ニューヨークに降り立った吾妻丈一行。ニューヨークの惨状は、彼らの想像以上だった。あちこちで火災が起こり、暴行略奪などが、そこかしこで行われている。また、複雑に利害の絡み合ったいろいろな軍隊も、あちこちで戦闘を行っている。

吾妻丈
「これは酷い。私の力でなんとか救わなければ」

 大通りの真ん中のバスの残骸の上に丈は登る。

吾妻丈
「みなさん! 僕がきたからには、もう大丈夫です」

 逃げ惑う人達が、なんだろうと、丈を見る。

人達
「ぺらぺーら、ぺらぺーら。きるじゃっぷ」
吾妻丈
「なんだあ? 何を言っているのか分からないぞ」
プリンセス
「あのねえ、あなた英語もできないの?」
吾妻丈
「なあに、テレパシー能力があれば、そんなものは不要なのさ。もっとも、まだテレパシーは習得してないけど」
ベガ
「しかたがありませんね。私が通訳してあげましょう」
人達
「ぺらぺーら、ぺらぺーら。ふぁっくゆー」
ベガ
「翻訳します。合衆国とニューヨークをこんなにしたのは、おまえたち日本人だろうが。事の次第によっちゃあ、ただではおかないぞ」
吾妻丈
「はっはっは。任せなさい。僕は救世主なのだ」
ベガ
「翻訳します。ぺらぺーら、ひーいずめしあ」
人達
「ぺらぺーら、ぺらぺーら。きるじゃっぷ」
ベガ
「翻訳します。みんな、メシアを語る卑劣な日本人を殺そうぜ」
吾妻丈
「メシアってなんだ? 僕は救世主なの。きゅ・う・せ・い・しゅ。メシアじゃないの」
ベガ
「翻訳します。ぺらぺーら、ひーいずきゅーせいしゅ、のっとめしあ」
人達
「ぺらぺーら、ぺらぺーら。ふぁっくゆー」
ベガ
「翻訳します。こいつ、何言っているのか良く分からないけど、とりあえずやっつけておこうぜ」
人達
「ぺらぺーら、ぺらぺーら。きるじゃっぷ」
ベガ
「翻訳します。日本人であることは確かなようだから、殺しても罪には問われないな。やっちまおう」
吾妻丈
「しょうがないなあ。何でもいい。君達が困っていることがあったら、僕が解決してあげよう」
ベガ
「翻訳します。ぺらぺーら、ぺらぺら」
人達
「ぺらぺーら、ぺらぺーら。ふぁっくゆー」
ベガ
「翻訳します。だったら、ニューヨークから外国の軍隊を叩き出してくれ。あとは、我々自身のことは、我々自身で決める」
吾妻丈
「おやすい御用だ。いくぞ、ルナ、ベガ」

 いきなりセルフテレキネシスで空に飛び上がる吾妻丈一行。

プリンセス
「おまちなさい、今ニューヨークにいる外国の軍隊って、アメリカに秩序を取り戻そうとしている国連軍なのよ!」

 しかし、吾妻丈は聞いていない。
 とある戦車の前に降り立つ丈とその一行。

吾妻丈
「おーい、おまえは外国の軍隊か?」

 戦車の中から、返事が返ってくる。

戦車
「おい、日本語か? おまえ、日本人だな。我々は、国連所属の自衛隊だ。ここは危険だから、すぐに逃げなさい。200メートルほど先で、白人優越者の軍隊と交戦中なんだ」
吾妻丈
「日本の自衛隊だって? 自衛隊が海外にいるわけがない。そうか分かったぞ、おまえ、幻魔だな。自衛隊の戦車に化けているのだろう」
戦車
「何を言っているんだ?」
吾妻丈
「成敗してくれる! テレキネシスぅー」

 宙に浮き上がる戦車。戦車からあわてて出てくる兵隊達。

プリンセス
「やめて、丈。あれは敵ではないわ。それが分からないの? 人間どうし争ってどうなるっていうの?」
吾妻丈
「は、そうだ。我々の敵は幻魔なのだ。プリンセス、ありがとう。僕は目が覚めたよ」
プリンセス
「やっと分かってくれたのね」
吾妻丈
「我々の敵は、人間ではない。とすると、敵はおまえか!」

 吾妻丈は、目の前の大きなビルに向き直った。

吾妻丈
「ビルに化けているつもりだろうが、この吾妻丈の目はごまかせないぞ。この幻魔め」
プリンセス
「それは、ただのビルだわ」
吾妻丈
「じゃあ、おまえが幻魔か!?」

 吾妻丈は、足元の石ころを睨んだ。

プリンセス
「あのねえ」
ベガ
「プリンセス、本当にこの少年なのですか?」
プリンセス
「もう、私にもわからないわ」

 そのとき、子供の泣き声が。

吾妻丈
「子供が泣いている!?」

 丈は走り出した。銃弾の飛び交うすぐ脇の路地で、女の子が一人泣いている。

女の子
「えーんえーんママぁ」

女の子の頭上で、ビルの壁が崩れて、瓦礫が落ちてくる。

吾妻丈
「危ない!」

 丈は女の子に飛び付いて、背中で女の子をかばう。テレキネシスが瓦礫を跳ねのけ、丈は女の子を抱き上げる。女の子は泣きながら丈を見上げる。

女の子
「ぺらぺーら」
吾妻丈
「良く分からないが、ママに会いたいんだね? どっちだ?」

 女の子が必死に指差す方向に、丈は女の子を抱えて飛ぶ。地下鉄の入り口を降りると、そこには、たくさんの避難民がいた。ここはニューヨークである。どんな人種の人々も、豊かな人も貧しい人も、一緒になって頭上の戦禍が去るのを待ちわびている。

女の子
「ぺらぺーら」

 女の子が母親を見つけて、丈の手から降りて走り出した。母親も気がついて、女の子に向かって走り、ひしと抱き合う。それから、女の子が何か良言い、母親が丈に気がついた。

母親
「ぺらぺーら、ぺらぺら」

 どうやら、お礼を言っているようだった。

吾妻丈
「へへへ」

 丈は笑うだけだった。
 いつのまにか、丈の背後にプリンセスとベガが来ていた。

プリンセス
「この少年、いいところもあるようね。少し、見直したわ」

 もっとも、プリンセスにしてみれば、あとで「見直さなければ良かった」と思うのであるが。ギャグメーカー、吾妻丈の奇行、愚行はまだまだ続く・・・(かな?)

 ここはニューヨーク共和国の国連軍地域コードGM03地域。ノメール大統領親衛隊STARS GUARDIANの基地の一つがある。

トート・ケルベロス中佐
「…と云う訳でェ〜、我が幻魔軍は邪悪なカラード共と侵略軍から聖地ニューヨークを奪還すべく、今日も奮戦して行こうではないかっ! 我が軍の勝利は近いっ! そうそう、キミらに朗報だ。新兵器が投入された。その名もGREAT SILENCE。30mmガトリング砲4門を装備した地上最強の戦車である。こいつが一旦吼哮すれば、敵には沈黙が訪れると云う訳だ。こいつが何と20台も投入された。我が軍の勝利は正に運命ではないかっ! さァ、諸君、試運転かたがた出撃しようっ!」

部下A
「中佐ァ、この戦車は砲がでかくてバランスが悪そうですが、大丈夫ですか?」
トート・ケルベロス中佐
「当たり前だ。我が同盟企業が徹夜の連続、休日出勤も厭わず心血を注いで作り上げた物だ。その様な心配をするとは幻魔としての自覚が足りない様だな。我が幻魔は人間どもが抑圧されている欲望を、やりたい放題出来る気持ちのイイ連中なのだ。その栄えある幻魔でありながら根性がみみっちいぞ。ワシが叩き直してやろうっ!前に出ろっ!この軍靴でっ!」

部下A
「た、隊長っ! それはゴルフシューズではありませんかっ!」
トート・ケルベロス中佐
「何っ! う…。そ、そうだ。も、勿論そうだ。お前は知らんかも知れんが、ゴルフと戦争とは密接な関係が有るのだ。そ、そうそう、ゴルフにコンペと云う言葉が有るだろう。あれはCOMPENSATION、つまり賠償の略だ。戦争とは敵国を破って費用を賠償させる事なのだ。更に、アイアンと云うクラブが有るだろう。あれは鉄血宰相が由来だ。国家には鉄と血こそ必要で、話し合いの必要は無いと云う事だ。更には大砲とパターと云う言葉さえ有るではないか。この様に戦争とゴルフとは一体の関係に有るのだ。分かったかっ!」

部下A
「はっ!分かりましたァっ!」
トート・ケルベロス中佐
「まァ、今日の所はこの位で見逃してやろう。搭乗しろっ!」

(凛々しい出陣風景を想像しましょう)

トート・ケルベロス中佐
「よーし、今日は国連軍のイラク軍基地を更地にしてやるか。ワッハッハッハ。全軍進めっ!」

部下B
「隊長っ! 進路前方に女が立っていますっ!」
トート・ケルベロス中佐
「何っ!女っ! ここん所女なんて見てないからな。ウシシシ、美人か?ブスか?」
部下B
「び、美人でありますっ!」
トート・ケルベロス中佐
「おおっ!!やったなっ! 美人なら、直ちピーピーして、ピーピーを無理やりピーしてズタズタにピーピーだっ! ブスなら、勿論ピーピーピーピーしてから、戦車のピーピーにしてしまうんだっ! 何だ。何の警報だっ!」

部下B
「サイオニクス探知機に警報ですっ!」
トート・ケルベロス中佐
「ゲっ!やつはサイオニクサーかっ!」
部下B
「個体名沢川淳子、耐久度1万、破壊力1万3千っ! 強敵ですっ!」
トート・ケルベロス中佐
「た、退避っ! 進路変更っ! 迂回するんだっ! こんな所で時間を潰している暇は無いっ!」

 武装女性開放運動組織フィーメルファーストは、武力女性同性愛擁護団体レズッテ・レスカーンと、武闘派自由性行為愛好組織ヤルダ・ケヤルッテを共同戦線を張り、保守キリスト教の救アメリカ十字軍の基地を狙っていた。いま、フィーメルファーストのリーダー、ジェーンを始めとする女性の一団が、この基地に近づいてきた。

ジェーン
「あのお、すみません」
門番
「なんだね?」
ジェーン
「私達、行き場を無くして困っているのです。中に入れていただけないでしょうか」
門番
「おお、それは難儀なさっているようですな。女性を大事にするのは、我々保守派の誇りなのです。男女平等とか言って、厳しい仕事に女性を駆り出すのは、間違っています」
ジェーン
「(げげー、なんちゅう発想の古い奴)それは助かりますわ。ありがとうございます」
門番
「それ、手を貸してさし上げましょう」
ジェーン
「(こら、どさくさでどこに触るんだ)たすかりますわん」
門番
「ここなら安全です。ここは、全ての戦いから離れていて、どんな考えの持ち主も拒みません。神の御前では、みな平等なのです」
ジェーン
「(なーにが平等だ、この男性優位者が)それは素晴らしいことですわ。あなたにも神の御加護がありますように」

 その基地の奥で。吾妻丈は、便利にこき使われていた。

医師
「ジョー、また急患だ。銃弾が5発ほどめり込んでいるらしい」
「まっかせなさーい。僕のテレポーテーション能力で、銃弾だけ取り出して見せましょう」
医師
「また急患だ。内蔵がやられているらしい。どこがまずいか、透視してみてくれ」
「まっかせなさーい」

 基地を取り仕切る神父が、いちばん奥の部屋で執務していた。

神父
「あの東洋人、使っているようだな」
医師
「やはり、中国人には、我々の想像を絶する力があるようです」
神父
「あれ? あいつは韓国人ではなかったか?」
医師
「そう言われてみたら、ベトナム人かもしれません」
神父
「まてまて。思い出したぞ。彼は、モンゴル人だ」
医師
「そうでしたか。なにせ、アジア人の顔は区別がつかないもので」
神父
「しかし、あいつも、あっさりと我々の教えに帰依したものだな」
医師
「奇妙なものです」
神父
「しかし、これは本当に神が我々に遣わされた武器なのかもしれんぞ」
医師
「まったくです」
神父
「ときに、医薬品の横流しはどうなっているのだ?」
医師
「順調です。あのジョーのおかげで、相当の医薬品が余りましたが、あちこちの組織に、高値で売りさばいています」
神父
「ぐひひ。笑いが止まらないな。こういう非武装の組織をやっていると、いくらでも援助がもらえる」
医師
「で、それを横流しにすれば、まる儲けと」
二人
「ぐわっはっは」そのとき、ジェーン達一行がやってきた。
神父
「よくいらっしゃった。ここなら、安心です」
ジェーン
「どうもありがとうございます」
神父
「そこのリーダーの方、今夜は御一緒に食事などいかがですかな?」
ジェーン
「(げげ、こいつ、人の弱みに付け込んで、あたしまで自分のものにするきかよ)あらあ。恥ずかしいですわん」
神父
「では、どうぞゆっくりしてください」
ジェーン
「……」
神父
「どうかなさいましたか?」
ジェーン
「わっはっは。私腹を肥やす似非神父め、観念しろ」

 女性達は、長いスカートの中から、それぞれ銃を取り出して、ぴたりと、神父に向ける。

神父
「な、何をするのですか」
ジェーン
「おまえが、ここを頼ってきた若い女性をおおぜい外国に売り飛ばしたのは、先刻御承知だ。天に代わって、このフィーメルファーストが成敗してくれる!」
神父
「ひえー、助けてくれ。金なら分けてやる」
ジェーン
「金などいるか」
神父
「ジョーを呼べ、ジョー、助けてくれ!」
「じゃんじゃなーん、天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ。俺は、正義のサイキック救世主、吾妻丈っっっだ!」
ジェーン
「なんだ、こいつは」
「くらえ、テレキネシス!」
ジェーン
「うわあ、銃身が曲がっていく。こうなったら、素手でやれ!」
ジェーンの部下達
「がってん、承知。くらえ、マーシャルアーツの奥義!」
「ひょいっとな。ははは、そんなもの瞬間テレポートで避けるのは簡単さ」
ジェーン
「くそ、まずい。まさか、こんな怪物を飼っていたとはな。みんな、ここは逃げるぞ」
ジェーンの部下達
「きゃー、逃げます逃げます」
「ふふふ、ではとっておきの技で、とどめをさすか」
神父
「おお、とっておきの技とな」
「かー、みー、かー、ぜー、のぉ」
神父
「おお」

 逃げる女性達

「きゃー」

「じゅつぅーーーーー」

 突如巻き起こる上昇気流。それに巻き上げられる女性達のスカート。

神父
「おお、赤白緑、なんでもありの天国じゃあ。おっと、リーダーの美女はコアラさんマークだあ!」

 風が止まった。もう、女性達は誰も逃げようとしていなかった。怒りに震えている。

ジェーン
「これだけのセクハラ三昧。許せん」
「ははは、 僕のことは、太ってない肉丸君と呼んでくれたまえ。ちなみに、『さすがの猿飛』の『はちゃめちゃげんまん大戦』の回は、いのまたむつみの作画監督だったんだぞ」
ジェーン
「掛かれ!」
ジェーンの部下達
「おう!」

 たちまち、袋叩きになる丈と神父。

「うわー、ぼか。まってくれ。どす。せめて超能力を使うための、どこ。精神集中の時間をくれ。ぽかぽか」

 こうして、保守キリスト教の救アメリカ十字軍の基地は壊滅したのであった。


「1999年、既に人類はアーリア人防衛組織JODOを結成していた。JODOの本部はアメリカのとある映画会社の地下深く秘密裏に作られ、沈着冷静なノメール最高司令官の下、日夜劣等人種どもに敢然と挑戦していた。CID、コンピューター衛星。このCIDが劣等人種の侵入をキャッチすると、直ちにJODO全ステーションに急報。アクアサイバー、それはJODOの海底部隊。世界で最も進んだ潜水艦である。その全部にはムサイ1と呼ばれるジェット機が装備され、海上を超スピードで進み敵を撃破する。アーリア人の最高頭脳を結集して作られたJODOのメカニック。劣等人種撃退の準備は出来たっ!」

基地長官
「如何でございますか? 神人ノメール陛下。これが部内啓蒙用ビデオテープでございます」
神人ノメール陛下
「うむ、余は満足じゃ。所で例の計画の進捗はどうなっているか?」
基地長官
「ハハっ! 勿論全て予定通りでございます、陛下。本日の作戦発表式典を心からお祝い致します」
神人ノメール陛下
「そうか。良くやった。では早速式典会場に参ろう」

 その日、ノメール大統領改め、神人ノメール陛下は親衛隊STARS GUARDIANの最後にして最強の秘密基地に行幸した。その基地はネバダ砂漠の地下500mに建設された巨大なシェルターであった。神人ノメール陛下が式典会場に現れると、基地の関係者数千人が総立ちになり、割れんばかりの喚声をあげた。

「ハイル、ノメールっ! ハイル、ノメールっ! ハイル、ノメールっ!」

 やがて、神人ノメール陛下は壇上に立ち、厳かに演説を始めたのであった。

「我が同志諸君。連日の残業、休日出勤ご苦労である。余は心から感謝すると共に、一層の奮励を期待する。さて、諸君らの努力はまもなく実を結び、世界に神の時代がやってくる事を此処に宣言する。本日はその作戦の全貌を明らかにし、感激を諸君らと共に味わいたいと思う。余はその目的だけを述べるであろう。さて諸君、崇高にして究極たる我らアーリア人の命運は実に危うい。余はアメリカ大統領であった頃より一貫して世界の危機を訴えてきた。それは有色人種、いや劣等人種による世界の血の汚染と滅亡についてだっ! 劣等人種どもは世界をめちゃくちゃにしている。それは自分の国だけではなく我がアメリカに於いてもそうだ。ニューヨークの惨状に付いては諸君らも知っているだろう。もはや秩序など皆無となり、暴力と破壊だけが支配する街となってしまった。棲んでいるのは劣等人種どもだけだ。奴らが全てを破壊してしまったのだ。しかもニューヨークだけの話だけではない。各地に広がり、我らの同胞達は日一日と地獄に追いつめられている。世界はもはや回復不可能なほど、劣等人種に汚染されてしまったのだ。我々に未来はないのか? いや、有るのだ。それは汚れた世界を跡形も無く滅ぼし、我らアーリア人だけの世界を再構築する事だっ! 世界を救うにはそれしかないのだっ! 諸君らのやっている事業が如何に重要かお分かりであろう。 では、ドクター・オエ、作戦の詳細を説明したまえ」
ドクター・オエ
「本日は神人ノメール陛下におかれましてはご機嫌麗しく恐悦至極に御座います。では、僭越ながら私めがこのオペレーション・バトルブルーの説明をさせて戴きます。先ず、目的ですが、これは陛下のおっしゃられる様に、劣等人種の完全にして完璧な抹殺と我がアーリア人種の保存です。
作戦のプロセスは以下の様になります。

ステップ1 劣等人種の抹殺使用する兵器は主に生物兵器です。これは第1研究部で製作完了した物を使います。空気感染AIDSウィルス:これはインフルエンザのウィルスにAIDS機能を組み込んだ物で、突然変異能力も高めてあります。おそらく1年以内に世界中に広まるでしょう。ウィルスの種類がどんどん変わるので対策は不可能です。発狂ウィルス:インフルエンザ並みの感染力を持ち、脳神経を強力に冒す物です。実験によると、認識力・判断力の急激な低下、強度の被害妄想・幻覚の発現が見られます。これによって偶発核戦争の確率が劇的に上昇する事でしょう。我々が持たないでも奴らが勝手に使ってくれると云う訳です。これらの兵器によって劣等人種どもは自ら滅亡します。世界滅亡の確率は今後2年で97%です。

ステップ2 世界の復興世界が滅亡してから10年後、がれきの山と化した世界を緑豊かな美しい世界に変える為、植物群をこのシェルターから放出します。植物の成長速度は一般的に遅いので、超高速に成長し、残留放射能や汚染物質に対する強度を著しく高めた植物群を作りました。この植物群は、生き残った旧世界の生物を殺す為に、有毒なガスを発します。更に、滅亡した動物群の一部を復活させる為、同じく残留放射能や汚染物質に対する強度を著しく高めた動物群を作りました。これらはアーリア人種の為の食料やペットとなるでしょう。尚、先ほどの毒ガスはこの動物群に対して無害です。担当は第2研究部です。

ステップ3 神の時代世界が滅亡してから100年後、毒ガスの放出も停止し、新世界は森林で覆われ、動物達が戯れるこの世の天国となるでしょう。その世界にようやくアーリア人が登場します。彼らはシェルター内の培養層で成長し、完成後放出されます。彼らは我々とは異なります。アーリア人種を更に神に近い姿にしました。髪の毛は金色の野の様にゆれ、眼の色はエメラルド、唇の色はルビー、肌の色は真珠の様にデザインしました。彼らはテレパシー能力を備え、更に残留放射能や汚染物質に対する強度を著しく高めてあります。担当は第3研究部です。
>いよいよ、神の時代がやってくるのですっ! 我々は全ての創造主となったのです。
皆さん、この感動とこの偉業を与えてくれたノメール陛下に感謝しようでは有りませんかっ!」

 関係者は再び喚声をあげた。

「ハイル、ノメールっ! ハイル、ノメールっ! ハイル、ノメールっ!」

 その喚声で聞こえなかったが、何人かがうめき声を漏らした。

「…じゃあ、我々の血はどうなるんだ」

 ここは日本。

山中
「やっと終わりましたね。憲法の改正と、選挙によって、我々は正当な政府として認められたことになりますね」
海江田
「もっとも、公正な選挙だったかどうかは、別の問題だが。肩書きから暫定が取れて、国防大臣になれた感想はどうだね?」
山中
「やはり、良い気持ちですね」
海江田
「では、良い気持ちのうちに、次の仕事に移ってくれたまえ」
山中
「はい。どのような仕事でしょう」
海江田
「これは、秘密工作員からの報告だ。ノメールが動きだした」
山中
「なんですって?奴はガミラス本星で死んだはずでは」
海江田
「?」
山中
「いえ、なんでもありません。しかし、ノメールは大統領と言っても、南部の小さな地域を支配しているだけではないですか?」
海江田
「正確にはそうではないらしい。彼らは、狂信的な人種差別主義的な秘密組織を作り上げたらしい。ノメールの支配地域と見られていたのは、その本拠地に過ぎないらしい」
山中
「はい。しかし、彼らは何をもくろんでいるのでしょう?」
海江田
「どうやら、ウィルス戦を仕掛けてくるらしい」
山中
「それはまずいですね。エイズのようなものを使われたら……」
海江田
「世界のすべてを滅ぼして、自分達だけ生き延びれば良いと考えた瞬間、そういう大量殺戮兵器は現実味をおびてくるものだ」
山中
「では、ノメールの本拠地を叩きますか?」
海江田
「いや、まだ駄目だ。証拠を掴まなくてはならない。証拠を捕まえ次第、国連軍でノメールを叩く。そのときは、日本国防軍も全力出撃を行う」
山中
「はい!」
海江田
「それから、こちらの最終兵器も準備しておくように」

 ここは、アイドルショーのステージ裏。田村エリ子の耳に、小さな電子音が響いた。イヤリングの仕込まれた通信機か
らの呼び出しだ。

エリ子
「はい?」
暗闇指令
「最終兵器エリ子。仕事だ」
エリ子
「了解しました」

 それから、エリ子中尉は、だれも見ていないことを確認してから、オーバーなアクションでポーズを付けて、叫んだ。
「ムーン・プリズム・パワー、メイクアップ!」
 ちぎれて消し飛ぶステージ衣装。惜し気もなく一瞬の間、美しい裸身をさらす。それから、ステージ衣装よりも、更に派手でセクシーな軍服が彼女の身体を包む。

エリ子
「愛ある限り戦いましょう。命燃え尽きるまで。魔法のセーラー服美少女アイドル中尉・エリ子! 月にかわってお仕置きよ!」誰も見ていないのに決めポーズを取ると、奥の通路に走り出した。


 さて、STARS GUARDIANのネバダ基地には重苦しい空気が漂っていた。
 生物兵器を開発する研究部の次長が処刑されたのだ。研究員達は声をひそめて噂しあっていた。

研究員A
「うん、そうなんだ。次長は我々アーリア人の血を伝えるべきであって、血のつながりの無い超人類を生む超アーリア人創造計画は我々の悲願から外れると主張したそうだ」
研究員B
「で、どうなったんだ」
研究員A
「陛下は激怒して、次長の顔を踏みつけ、裏切り者とののしった上に即刻銃殺にしたそうだ」
研究員B
「うう…、次長、おいたわしや…」
研究員A
「いや、もっと凄い情報が有るんだっ!」
研究員B
「な、何だ」
研究員A
「第3研究部が作っている超アーリア人は女だけなんだ…」
研究員B
「…どう云う事だ」
研究員A
「更にノメールは自分だけの冷凍睡眠装置を用意しているんだ。昨日、基地の最下層部に搬入した」
研究員B
「…まさか、自分だけ生き延びようとしているのか」
研究員A
「ふ、そのまさかさ。未来を独占し、ハーレムにしようとしているゲスが奴の正体って事だっ! それにな、これは保安部の同期から聞いたんだが、開発が完了した第1研究部は間もなく皆殺しになるそうだ。つまり、この基地はピラミッドと云う訳だ。俺達は生きて出られないんだぜっ!」
研究員B
「き、きったねぇ〜っ! 許せんっ!」
研究員A
「そうとも。いままで奴を信じていたオレが馬鹿だったよ。こうなったらやけくそだっ! 裏切り者ノメールの行く末がどんな物か見せてやるぜっ!」

 かくして、研究者達はノメールの野心を知り、一気に敵に回った。しかし、狂信的な親衛隊が警護している為に直接手を出す事が出来ない。一方で作戦実行の時は迫っている。彼らは開発中の生物の遺伝子を故意に操作する事により、予定外の生物を作り出す事にした。生物の開発には遺伝子組み替え用高級言語「ゲノム」が使われており、「ゲノム」で作ったソースプログラムをコンパイルする事により遺伝子を自由に作る事が出来た。

研究員C
「よーし、植物群は菌類に変更だ。デザインはこの本を参考にしてと…」
研究員D
「毒ガスは出っぱなしにしてやる。ついでにガスの毒性を強化。超人類達もお陀仏さ」
研究員C
「動物群も蟲に変えてやる。しかもスケールを千倍にしてな」
研究員E
「おーい、ノメールの遺伝子データを入手したぞ」
研究員F
「よーし、超アーリア人にノメールを発見次第殺す様に書き込め。目覚めた時が奴の最後だ」
研究員G
「超アーリア人は女を美人にして、男を不細工にしよう」(それじゃあ、松本零士だって)
研究員H
「AIDSウィルスは発病段階で死滅…とくらァ」
研究員I
「発狂ウィルスはノメールだけに有効っと!」
研究員C
「それにしても、この変更はばれないんだろうな。監査が厳しいんだぜ」
研究員D
「大丈夫さ。ソースを見たってわかりゃしない。根っこの所で腐っているんだから。それに、こんな読みにくいプログラムを誰が読むって云うんだっ!」
研究員C
「そりゃまァ、そうだ…」


ノメール
「《スーパー突然都合良く変異しちゃった遺伝子》だと?なんだそれは?」
研究所長
「簡単に言えば、激変しているこの地球環境に適応しようとして、いわば新人類とでも言うべき人々が現れているのです。彼らは、厳しい環境に適応するために、常人をはるかに越える能力を獲得しています」
ノメール
「それは頼もしい。自然も、選ばれたエリート、超人類を望んでいるのであろう。我々の行動はやはり神の御心に添うものなのだ!」
研究所長
「ただ、困ったことが一つあるのです」
ノメール
「なんだね?」
研究所長
「今まで、その遺伝子を確認したサンプルには、白人がいないのです」
ノメール
「な、なにい?」
研究所長
「黄、赤、黒といった人種からは、何人も例が見つかっているのですが、白人だけは見つからないのです」
ノメール
「そんな馬鹿な」
研究所長
「例えば、このサンプルを見てください」
ノメール
「おお、ビデオテープではないか。トトロでも見ようというのかね?」
研究所長
「(こけっ)大統領、そういう冗談はWindsTalkで言ってください」

ビデオの画面が出る。吾妻丈が、白人から奴隷扱いされて、超能力をこき使われている。

ノメール
「こいつがどうかしたのかね? 劣等人種がこき使われているとしか見えないが」
研究所長
「この東洋人の少年は、我々の確認した最強のサイキックなのです」
ノメール
「なに? 最強はアーリア人ではないのか?」
研究所長
「しかし、そんなことはどうでも良いのです」
ノメール
「待て、どうでもよいとは、どういう意味だね?」
研究所長
「彼は、自分が見下され、こきつかわれていることに気がついていません。周囲の状況を、全て自分に都合よく解釈し、どんなに悲惨なことも、どんなに恥ずかしいことも、平然とやってのけるのです」
ノメール
「彼は白痴なのかね??」
研究所長
「いえ、彼は《スーパー突然都合良く変異しちゃった遺伝子》の保持者なのです」
ノメール
「まさか……」
研究所長
「そうです。《スーパー突然都合良く変異しちゃった遺伝子》の持ち主は、単に強力なサイキック能力や、劣悪な環境への適応力を持っているだけでなく、見事なまでに、悲観的なものの考え方が抜け落ちているのです」
ノメール
「それはまずい、凄くまずいぞ! 我々は、最後の審判への恐怖心によって、結束を固めているのだ。恐れを感じない奴等を従えることは出来ないではないか!」
研究所長
「それが、そうでもないのです」
ノメール
「なに?」
研究所長
「我々は世界を救うための団体だと言ったところ、全面的に協力してくれています」
ノメール
「なぜだ。そんな言葉に、ころっと騙されるというのか!」
研究所長
「それが、《スーパー突然都合良く変異しちゃった遺伝子》なのです」
ノメール
「なんと、恐ろしい」
研究所長
「そうは言っても、《スーパー突然都合良く変異しちゃった遺伝子》の能力は非常に魅力的です。これを、超アーリア人計画に利用できれば、間違いなく、最も強くて正しい人種が生まれることになりますから」
ノメール
「分かった。しかし、くれぐれも、変な性質だけは取り除くように」
研究所長
「一つお願いがあります」
ノメール
「なんだね?」
研究所長
「サンプルが足りません。こちらで確認している《スーパー突然都合良く変異しちゃった遺伝子》の保持者を、海外の我々のシンパ組織に連絡して、捕獲してもらいたいのですが」
ノメール
「よろしい。で、どこの誰だね?」
研究所長
「ネオ日本のスーパーアイドル・田村エリ子です」

 ここはネオ日本。山奥に、海江田の専制政治に反対する学生達のアジトがあった。そこには、アイドル歌手のエリ子が捕まっていた。彼らは、エリ子の正体を知らない。ただ、海江田のプロパガンダソングばかり歌う歌手なので、さらってみただけである。

学生戦士A
「この、海江田の犬め!」
エリ子
「きゃ! やめてよ!!」
学生戦士A
「おまえなんか、おまえなんか!」
エリ子
「いやーん、エッチ!!」
学生戦士A
「エッチというのは、こうするんだ!」
エリ子
「えーんえーん」
学生戦士B
「あ〜あ、泣かせちまった。俺知らない」
学生戦士A
「馬鹿! おれは捕虜の尋問中なんだ。けして、趣味でやっている訳ではないんだぞ!」
学生戦士B
「あのなあ。だったら、何で、もっと情報を知っていそうな大物をつかまえてこないんだよ。この娘は単に宣伝歌を歌わされているだけじゃないか。秘密を知っている訳が無い」
学生戦士A
「そ、それでは、まるで私が危ないミーハー趣味の成就のために誘拐を企てたみたいではないか!」
エリ子
「ねえねえ」
学生戦士A
「なんだ?」
エリ子
「おなかすいちゃった」
学生戦士A
「馬鹿者!おまえは捕虜なんだぞ!!」
エリ子
「いやーん、痛ーい」
学生戦士A
「犬め、思い知れ!」
エリ子
「わんわん」
学生戦士A
「?」
エリ子
「わたしは犬よ。犬になったから、ご飯ちょーだい」
学生戦士A
「馬鹿にする気かあ!?」
エリ子
「えーんえーん、痛いよう。おなかすいたよう」
学生戦士B
「おいおい、ちょっと手加減してやれよ。かわいそうじゃないか」
学生戦士A
「馬鹿者。調教は最初か肝心なんだ」
学生戦士B
「調教?」
学生戦士A
「あわわ、なんでもない」
エリ子
「おなかすいた!おなかすいた!おなかすいた!おなかすいた!おなかすいた!おなかすいた!おなかすいた!」
学生戦士A
「だめ!」
エリ子
「どうしても、ごはんくれないの?」
学生戦士A
「そうだ!」
エリ子
「じゃあ、おうちに帰って、ご飯食べてくるね」
学生戦士A
「なにい?」
エリ子
「ムーン・プリズム・パワー、メイクアップ!」

 変身するエリ子。

エリ子
「ビューナース・エース、カムヒア!」

 女性型の巨大ロボットが飛んでくる。その足の下で、アジトがつぶれてしまう。そして、エリ子は、それに乗って飛び去ってしまう。

学生戦士A
「ああ、大切なアジトが!」
学生戦士B
「待てよ。今のは、確か、ネオ日本軍のスーパーヒロイン、魔法の中尉エリ子じゃないか?」
学生戦士A
「なに!? ネオ日本軍の!?」
学生戦士B
「アジトの場所がばれてしまったな。おまえのせいだぞ」
学生戦士A
「惜しいことをした! あの恥ずかしいスーパーヒロイン・コスチュームの姿でいじめたかったのに!」
学生戦士B
「おめなあ、縁を切るぞ」
学生戦士A
「エリ子ちゅわーん。君に惚れたぞ!」
学生戦士B
「あれま。俺は、先に山を降りるからな」
学生戦士A
「待ってくれ。俺も山を降りる。確か、麓の村に国防軍の兵士募集のポスターが張ってあったよな」
学生戦士B
「それがどうした?」
学生戦士A
「俺は、国防軍に入るぞ! 入って、エリ子ちゅわんの追っかけをするのだ!」
学生戦士B
「おいおい」

 それから数時間後。エリ子は、ごはんを食べた後で、ちゃんとそこに戻ってきた。しかし、すでに誰も残ってはいなかった。


 アジトの跡にたむろする影4つ。
 学生戦士とSTARS GUARDIANの諜報部員である。

学生戦士B
「ええ、そうなんですよ。国防軍の特殊部隊が突入してきて、あっと云う間にアジトを破壊してしまったのです。我々は必死に反撃したのですが、エリ子中尉を奪取されてしまったんです」
諜報部員A
「…だそうです」
諜報部員B
「そ、それはまずいぞっ! 既に本国にはエリ子中尉のDNAを入手したと云って有るのだ。神人ノメール陛下も大変喜ばれているとの報告があったばかりだ。それをしくじった等と報告出来るかっ! 我々はアーリア人にあらずとばかり処刑されてしまうぞっ!」
諜報部員A
「髪の毛の一本くらい残って居るんじゃないですか? おーい、学生戦士B。エリ子中尉の髪の毛とか残っているだろう。それを入手したい」
学生戦士B
「え? エリ子中尉の髪の毛…? げへへへへ、旦那も結構お好きですねぇ〜」
諜報部員A
「な、なに〜。そ、そう云う意味じゃないんだってばあァ〜っ!」
諜報部員B
「そう、そうとも。我々は世界に冠たるアーリア人の諜報部員なのだっ!」
学生戦士B
「にゃははは、まァまァ。分かってますよ。で、お幾らでお買い上げですか?」
諜報部員B
「金に糸目は付けんっ!」
諜報部員A
「1本3000円でどうだ?」
学生戦士B
「もう一桁上げてもらわないとねぇ〜」
諜報部員A
「分かったよ。3万円で手を打とうっ!」
学生戦士B
「毎度あり〜」
諜報部員B
「ブツはどこだ?」
学生戦士B
「ちょっとお待ちを…」
学生戦士A
「おいっ! あんな事いっちゃって、大丈夫なのか。第一エリ子中尉の髪の毛なんて有ったら、俺のもんだァ〜っ!」
学生戦士B
「まァまァ、落ちつけ。髪の毛なんて、お前の頭に沢山生えているじゃないかっ!」
学生戦士A
「なに…。あ、そうかっ! ハハハ 分かったよ」

 暫くして…。

学生戦士B
「お待たせしましたっ! 旦那、喜んで下さい。何と30本も有りましたよっ!」
学生戦士A
「(…いてえよ〜)」
諜報部員B
「そうかっ! それは凄いぞっ!」
学生戦士B
「旦那。ではお代の方を宜しく…」
諜報部員B
「うむ、確かに受け取った」
諜報部員A
「代金はこれだっ!」

 さっとピストルを抜く諜報部員。

学生戦士B
「ひええ〜っ! ひ、卑怯者っ!」
諜報部員
「喰らえっ!」

 何を思ったか、ピストルで殴り付ける諜報部員。あっけなく沈黙する学生戦士達。

諜報部員B
「終わったな…」
諜報部員A
「悪く思うな。経費節減の折り、ピストルの弾さえ無いのだ、我々は…トホホ」


 さて、何日か後のSTARS GUARDIANのネバダ秘密基地。

ドクター・オエ
「神人陛下っ! お喜び下さいっ! 超アーリア人にサイキック能力を備える事に成功しましたっ! 自他共に認める髪の、いや神の誕生ですっ!」
神人ノメール陛下
「おおっ!! やったなっ! では、早速オペレーション・バトルブルーの実施だァっ!」


研究所長
「じゃんじゃじゃーん。ついに超アーリア人が完成しました」
ノメール
「おお、待ちかねたぞ」
研究所長
「今回は、アーリア人の美しい外見と素晴らしい知性に、有色人種から取り出した《スーパー突然都合良く変異しちゃった遺伝子》のサイキック能力を加え、最高の人間が誕生したものと思います」
ノメール
「さっそく見せてくれ」
研究所長
「では、こちらへ。誕生の瞬間に立ち会っていただきます」
ノメール
「わくわく」
研究所長
「培養機、ドア・オープン!」

 機械のドアが開いた。中から、人影が。

超アーリア人
「ふん、なんだおまえたちは。下僕にしても醜いなあ。おい、腹が減った、何か食い物をもってこい」
ノメール
「な、なんだと? どういうことだ。こいつは有色人種ではないか!!」
研究所長
「いったい、どこで間違えたのやら」
ノメール
「おい、おまえ。サイキック能力は使えるのか?」
超アーリア人
「ふん、そんなもの使える訳がない」
ノメール
「所長、これはどういうわけだ」
超アーリア人
「おい、そこの白い醜い奴。この世界で一番偉いおれ様が命令してやっているのだ。ありがたく思って、はやく食い物をもってこい」

 隅で見ていた研究所員達がひそひそと話す。

研究員A
「なるほど分かったぞ」
研究員B
「なに?どうしたんだ?」
研究員A
「これは、有色人種の肌の色と、アーリア人の自己中心的で高慢ちきな精神とが合わさってできた新人類に違いない」
研究員B
「なるほど、見事な推理だ」
研究員A
「しかし、こんなことで良いんでしょうかねえ」
研究員B
「いーんじゃないの? 給料だけはちゃんと払ってくれるから」
研究員A
「それもそうだねー」

 唐突ではあるが、日本は狙われていた。世界中から、日本に向かって、人間が流れ込んできていたのだ。彼らの多くは、日本の豊かな経済の中で、楽して大儲けしようとしていた。もちろん、ネオ日本政府は、観光目的でも滅多にビザを発行しなくなった。偽装難民は、いつのまにか、武装難民になっていた。最初は、拳銃やナイフ程度の武装だったものが、今では、大規模なシンジケートが、密入国者輸送船団を組み、滅んだ社会主義国から貰ってきた軍艦の護衛まで付けるようになっていた。そして、ネオ日本の秘密基地、テラベースから、今日も迎撃機、インターセプターが発進していく。

エリ子中尉
「セクター・レッドに未確認船団接近。ただちにインターセプター発進!」
パイロット
「領海じゃなかった了解!  領海を侵犯する船は沈めてやる!」

発進する迎撃機。

エリ子中尉
「頑張ってねー。今日も、エリ子歌って応援しちゃいまーす」

 エリ子中尉の司令官席が、エレベーターとなってぐぐっと上昇を始める。そのまま、エリ子中尉は、立ち上がって叫ぶ。

「ムーン・プリズムパワー・メイクアップ!」

 変身するエリ子中尉。やがて、エレベータはステージの真ん中にまで上昇して止まる。

観客
「うぉー」
エリ子中尉
「魔法のアイドル美少女戦士、エリ子!」
観客
「うぉー」

 凄い数の観客がステージを取り巻いている。そこで、エリ子が歌い始める。それをBGMにして、インターセプターは、船団に攻撃を掛ける。対空ミサイル、バルカン砲などが、護衛艦から放たれる。壮絶な戦闘が起こる。インターセプターの1機が、火だるまになって、墜落していく。

パイロット
「エリ子中尉! すきじゃあ」

 そして、護衛艦に体当たりする。轟沈する、護衛艦。しかし、生き残った船が一隻東京湾に突っ込んでくる。

エリ子中尉
「悪い子は許さないんだから!」
観客
「うぉー」
エリ子中尉
「みんなー、日本は私達の手で守ろうね」
観客
「うぉー」
エリ子中尉
「悪い外国人をやっつけよー」
観客
「うぉー」

船長
「しめしめ、これで日本への武装入国が成功しそうだわい」
航海士
「はい。あのインターセプターさえ抜いてしまえば、あとは湾岸防衛部隊が残っているだけですし、東京港にはほどんと配置されていないはずですから」
船長
「そうだ。こんな産業の中心地に、軍隊など置いてある訳が無い」

 彼らは横須賀を知らないのだろうか?それはそうとして、彼らは奇妙なものを見た。

船長
「なんだあれは?」

 さっきまでエリ子中尉のステージを見ていた観客達が、続々と東京湾に飛び込み、泳いでくる。その数は、数万!

航海士
「船長、襲ってきます!」
船長
「あわてるな、あいつらは丸腰じゃないか。銃で脅かせ」
航海士
「駄目です、間に合いません」

 観客達は、船にわさわさと入ってきて、どかどかと、あらゆるものを踏みつけて、それから、帰っていった。あとには、船のかけらも残っていなかった。

船長
「こ、これが、誰も日本に密入国の成功しない訳だったのか。がくっ」

 今日も日本の孤立は守られた。守れ、ネオ日本軍。戦え、エリ子中尉。世界の国々が日本に愛想をつかせるまで、あと361日、三百と61日しかないのだ!

山中国防大臣
「あの、日本の防備はこれでいいのでしょうか?」
海江田首相
「ちょっと考えさせてくれ。頭が痛いんだ」

 さて、こちらはSTARS GUARDIANのネバダ基地。

神人ノメール陛下
「おいっ! 所長。この出来損ないを片づけろっ!」
研究所長ドクター・オエ
「は、はいっ! ノメール陛下、直ちにっ!」
超アーリア人1号
「…なに。ノメール? ノ・メー・ル…」
神人ノメール陛下
「どうした? 出来損ない」
超アーリア人1号
「お前がノメールか?」
神人ノメール陛下
「そうとも。余が神人ノメール、新世界の創造主だ」
超アーリア人1号
「…ウ…、ウォォ〜!」
神人ノメール陛下
「ワァっ! 何がどうしたっ! どうなったっ!」

 突然、超アーリア人1号は神人ノメールに掴みかかろうとした。それを必死に止めようとする親衛隊員と猛烈な争いになった。

研究所長ドクター・オエ
「陛下っ! 先ずはこちらにお逃げ下さい」
神人ノメール陛下
「う、うむ。しかし、どうなって居るんだ」
研究所長ドクター・オエ
「いずれにしても1号は分解処理を致しますのでご安心を」

 やがて、所内の警報が鳴り響いた。

研究所長ドクター・オエ
「な、なに。ウィルス警報だとっ!」

コンピュータ・アナウンス
「ウィルス警報っ! ウィルス警報っ! 各区域気密装置作動、3B地区減圧装置作動」

 インターホンが鳴った。

3B地区所員
「所長っ! 大変です。1号が物凄いサイキックパワーを使っていますっ!」
研究所長ドクター・オエ
「バカなっ! あの出来損ないにそんな力は無いはずだっ!」
3B地区所員
「し、しかし、ウィルス貯蔵区画を手を使わずに吹き飛ばしましたっ!」
研究所長ドクター・オエ
「な、なに〜。あそこには最終兵器が詰まって居るんだぞっ!」
3B地区所員
「し、しかし、ゲはっ……ツーツーツーツーツーツー」
研究所長ドクター・オエ
「お、おい。どうした…」

 その時、地底の建物を揺さぶる様な大音響が轟き、再び警報が鳴り響いた。

コンピュータ・アナウンス
「最終戦争プログラム オペレーション・バトルブルー作動。最終戦争開始。空港エージェントに指令。ウィルス兵器作動せよ。ウィルス放出開始」
研究所長ドクター・オエ
「陛下っ! コンピュータが勝手に動き始めた様ですっ!最終戦争が開始されましたっ!」
神人ノメール陛下
「…ははは(^_^;) まァ、良いではないか。ちょっと早くなっただけだ。滅びは世界の運命なのだよ。醜悪な世界が滅び、美しき世界が始まるのだ」


研究員I
「お、おい。一体どうなったんだ?」
研究員F
「知らんっ! 俺は知らんぞっ! 俺はノメールを発見次第殺せと云うコードを書いただけだぞ」
研究員H
「俺はAIDSウィルスが発病段階で死滅する様にしただけだし」
研究員I
「俺は、発狂ウィルスがノメールだけに効く様にしただけだし…。あわわ、きっと暴走したんだァ…」
研究者達
「ボク達、し〜らないっと」

研究所長ドクター・オエ
「陛下っ!このままでは危険です。直ちに避難して下さい」
神人ノメール陛下
「う、うむ」

 しかし、遅かった。鈍い音と共に壁が崩れ、1号が現れた。

超アーリア人1号
「ノメール。探したぞ」
神人ノメール陛下
「あわわわ、」
超アーリア人1号
「私の名はテロル。恐怖の大王だ」

テロル
「私はお前を殺す。ふふふ、お前の心の中に恐怖心が膨らんで来ているぞ。良く分かる」
神人ノメール陛下
「ううう、そんなバカな。誰を恐れるっ! 余は世界の創造主なのだっ!」
テロル
「ふふふ。さァ、お前の頭蓋骨がきしんで来ているぞ。もっと恐れるがイイっ!」
研究所長ドクター・オエ
「そ、、そうか、お前のエネルギーは相手の恐怖心か…」
テロル
「その通り。恐怖心による念波の放出が私の力を励起・増幅するのだ。ドクター・オエ、そんな事はどうでも良い。さァ、ノメール。もうちょっとだ…」
神人ノメール陛下
「ううう、うわああっ!」

 次の瞬間、ドクター・オエは血けむりの中に立ちすくんでいた。

研究所長ドクター・オエ
「あわわわ…」
テロル
「さァ、次はお前だ。ホラ〜、恐くない」
研究所長ドクター・オエ
「ひえぇぇぇ!!」

 ドクター・オエの身体は四散した。

テロル
「終わったな。さて、こんなゴミ溜に用は無い。次は何処に行こうか? そうか、私の血が呼んでいる。おびえている人間が見える。人種、宗教、貧富、男女、幼老、美醜、賢愚。この国ではあらゆる事が緊張と恐怖の元になっている様だ。素晴らしい…。それは私をより強くしてくれる。行こうではないか。恐怖の余り、持ちきれない程の武器を使って内戦に明け暮れる部族集合体アメリカへっ!おおっ!! 更にその先にはジパングが見える。広く深く巨大な恐怖の前に縮み上がった大衆が新たな餌食を求めているぞっ!」

 500mの地層を突き破り、地上に立った超アーリア人1号テロルは素晴らしい速力で天空の彼方に向かって行った。
 ところで、残された基地の中では、超アーリア人培養槽が勝手に作動を始めていた。
 飛翔した超アーリア人1号を追いかける物体があった。

救世主吾妻丈
「おーい、まってくれよう」
超アーリア人1号
「なんだ、おまえは」
救世主吾妻丈
「僕、救世主の吾妻丈。よろしくね」
超アーリア人1号
「救世主だと? 救世主が何の用だ」
救世主吾妻丈
「友達になろうと思って」
超アーリア人1号
「この恐怖の大王テロル様と友達になるだと?」
救世主吾妻丈
「うん」
超アーリア人1号
「わっはっはっは。おまえの恐怖心をエネルギーにして、おまえを吹き飛ばしてやる」
救世主吾妻丈
「そんなことしなくても、何も恐いことをしないから。さあ、友達になろうよ」
超アーリア人1号
「てやあ。あれ? なんだ、こいつ、恐怖心が無いぞ。おまえ、私が恐くないのか?」
救世主吾妻丈
「うん。恐くない」
超アーリア人1号
「(たらり)なんだ、こいつは。恐怖心を持っていないとは、お、おそろしい……」
救世主吾妻丈
「ねえねえ、友達になろう!」
超アーリア人1号
「や、やめろ。あっちにいけ!」

 超スピードで飛んで逃げる超アーリア人1号。

救世主吾妻丈
「あ〜あ、せっかく仲間ができたと思ったのに」

 しばらくして。

超アーリア人1号
「おお、このへんは、ねじくれてひんまがった精神波を強く感じるぞ」

 そこは、大量の白人が、奴隷として小数の黒人にこき使われている、人口1000人ほどの大黒人優越帝国であった。

超アーリア人1号
「感じるぞ。奴隷達の恐怖心が」

 街に降り立つ超アーリア人1号。いきなり、破壊と虐殺を始める。帝国の支配者、ブラック皇帝が出てくる。

ブラック皇帝
「や、やめろ。おまえは何者だ!」
超アーリア人1号
「恐怖の大王テロル」
ブラック皇帝
「こ、この国では黄色人種は、準一等市民として扱っている。もし、黄色人種を迫害していると思っているなら、間違いだ!」
超アーリア人1号
「ほう、それで、白人はみんな奴隷というわけか」
ブラック皇帝
「そうだ。今までの歴史の償いをさせなければならない。 まあ、最低200年は公民権剥奪で、強制労働にするつもりだ」
超アーリア人1号
「しかし、黒人が一等市民で、黄色人種が準一等市民というのは、差が付いているな」
ブラック皇帝
「これまでの歴史で、いちばん割を食ってきた、我々黒人が、その代償として特権を享受するのは当然のことではないか?」
超アーリア人1号
「ほほう。しかし、こんなことを続ければ、抑圧された白人の怒りが爆発して、また黒人を奴隷にしてしまうだろう」
ブラック皇帝
「馬鹿な! 我々の方が優れているのだ。我々が歴史の間違いをただしただけなのだ。これが、正しい在り方なのだっっっ!!!」
超アーリア人1号
「私は、奴隷にされた白人の怒りをひしひしと感じている」
ブラック皇帝
「な、なに? おまえ、色付きのくせに、白人の味方をするのか!?」
超アーリア人1号
「私は恐怖の大王。恐怖する者の味方さ」

 白人奴隷達が、ものすごい表情で、二人を取り囲んでいる。ブラック皇帝の表情が引きつった。

ブラック皇帝
「こ、黒人がいちばん優れているのだ!」
超アーリア人1号
「おまえの恐怖をひしひしと感じる。嬉しいぞ」
ブラック皇帝
「うわああああああ」

 ブラック皇帝の首が飛んだ。歓声を上げる白人奴隷達。

白人奴隷A
「見たか。悪は必ず、滅びる。白人が一番偉いのだ!」

 白人奴隷Aの首が飛んだ。

白人奴隷B
「まってくれ。おまえは我々の味方ではないのか!?」
超アーリア人1号
「(にやり)私は恐怖の大王。恐怖する者の味方さ」
白人奴隷B
「うわ、助けてくれ!」
超アーリア人1号
「その恐怖心がたまらん」

 白人奴隷Bの首が飛んだ。

超アーリア人1号
「愚かな。人が人を差別し続ける限り、この世から恐怖は無くならないのだ」

 次々と、首が飛んで、鮮血がほとばしる。


そこに黒猫ルナと、巫女さん姿のレイちゃん登場。

黒猫ルナ
「おまちなさい」
超アーリア人1号
「なんだ、おまえたちは?」
黒猫ルナ
「確かに、彼らは間違いを犯しました。いくら黒人が白人から迫害を受けていたからと言って、同じことを彼らにしても、問題の解決にはなりません。新しい差別と火種を作り出しただけのことなのです」
超アーリア人1号
「はっはっは、その通り。人間とは、そういう生き物なのだ」
黒猫ルナ
「しかし、だからといって、あなたを許すことは出来ないわ! レイちゃん、やりなさい!」
レイ
「マーズパワーメイクアップ!」
超アーリア人1号
「な、なんだ。この恥ずかしい変身は!」
レイ
「セーラー服美少女戦士セーラー・マーズ。火星にかわって、せっかんじゃー」
超アーリア人1号
「なんだ、この気の抜けそうな決め台詞は」
レイ
「いくぞ。えい!」
超アーリア人1号
「なんの、これしき。とりゃ」
レイ
「きゃあ!」
超アーリア人1号
「わっはっは。この私に勝とうなど、10年はやいわ」
レイ
「駄目だ、 ルナ。こいつは強すぎる。私だけでは勝てない!」
黒猫ルナ
「退却よ。他の二人のセーラー服戦士を探すの!」
レイ
「分かったわ」逃げ出すルナとレイ。

 さて、救世主吾妻丈をやっと振り切ったテロルは地上に緑の覆う集落を発見した。

テロル
「ほう、穏やかな雰囲気だな。後学の為に見ておこう」

 そこには多くの人々が棲んでいた。

テロル
「これは驚きだ。色々な人種が入り交じっているのに、お互いに恐怖心が無い。珍しい事が有るものだ」

テロルは村人に尋ねた。

テロル
「もし。ここは何と云う土地なのですか」
村人
「おう、客人とは珍しい。ここは桃源郷と云うのです」
テロル
「ここには色々な人種の人が居る様ですが、どうして他の土地と違って争いが無いのですか?」
村人
「ほほほ、私達は争いや憎しみ、欲望を解脱し、悠久の時に遊ぶ者達なのですよ」
テロル
「そうですか。それは素晴らしい…。それはそうと、近くの部族がここを攻撃すると云う話を耳にしましたが…」
村人
「それも良いではないですか…。たとえ死んだとして現世も来世も同じ事…」
テロル
「この村に長(おさ)は居られないのですか?」
村人
「ここの住民に上下は一切有りません。誰も支配せず、誰にも支配されずと云う事です」
テロル
「風の噂で、白人の肝を喰うと不老長寿になるとか?」
村人
「そうですか…。しかし、私達は不老長寿を願ってはいないのです。全ては水の流れるままに」
テロル
「…老師様、有り難うございました」
村人
「なになに…。貴方もゆっくりして行かれよ」

テロル
「なかなか手ごわい様だ。よーし、では最後の手段だ」

やがて、夜になった。

テロル
「老師様、老師様」
老師
「どなたじゃ?」

 老師はふと振り返った。するとそこには懐中電灯で顔を浮かび上がらせたテロルが居た。

老師
「ひ、ひえぇぇぇ!!」
テロル
「ふふふ、掛かったな」

 老師の身体は天空に舞い上がり、やがて村の広場に降ってきた。
 異変に気付いて村人達がやってきた。

村人A
「あ、明かりを持ってこい」
村人B
「こ、これは老師様では無いかっ!」
村人C
「一体誰が…」
テロル
「黒人が殺したのを見たぞ」
テロル
「いや、あれは白人だった」
テロル
「黄色い奴らが、俺達をけしかけて居るんだ」
村人C
「許せんっ! 随分我慢してきたが、日頃の恨みを晴らしてやるぞっ!」

 テロルは村人のあつまりの中心にのっそりと現れた。

テロル
「ほう、桃源郷にしては恐怖に満ち溢れているではないか。素晴らしい、見事だ。強烈な増幅を感じるぞっ! ちょっと場違いだが、サイバ〜アップっ!」

 テロルは氷の様な衝撃波を放出し、村人達を一瞬にして粉砕した。

テロル
「ふふふ、闇夜は恐怖そのものなのだ。誰がそれを超えられようか」

 かつて、唯一の超大国にして世界最強を誇ったアメリカ合衆国は、数千の部族国家群に分裂し、戦国時代そのままに日夜攻防に明け暮れていた。西部開拓時代からの伝統である「自分の命は自分で守る」と云う精神は脈々と生き続けた。部族間の軍拡競争は限度を知らず、平均的な家庭では自動小銃と手榴弾、バズーカ砲を備え付け、中位の町では戦車と対空ミサイルを備えた自警団を組織し、市ともなると「市軍」と云う常設軍を持っていた。「市軍」の装備は機甲師団、対戦車ヘリコプター部隊、更に海に面した所では航空母艦を含む水軍さえ持っていた。軍事産業国家としてのアメリカは、その市場を国内に見つけ、大いに発展した。しかし、一方、猛烈な破壊力の為に部族間の戦闘は熾烈を極め、非戦闘員を含む生存率が3%を切る事も珍しくなかった。たちまちの内に、アメリカは焦土と化して行った。内戦を防ぐ為に駐留していた国連軍も余りに広範囲かつ過激な戦争に付いて行けず、自分達の身を守る為、陣地に閉じ込もったままであった。その様な戦争が2年ほど続き、アメリカの人口は2千万人を切ってしまった。死者の半数は戦火で、後の半数は飢え死であった。生産と流通、消費等の社会システムは完全に消滅していた。残された人々は有力な2つの部族に統合されつつあった。それは「西方連邦」と「平和同盟」と呼ばれた。「西方連邦」の人々は髪の毛が金色の野の様にゆれ、眼の色はエメラルド、唇の色はルビー、肌の色は真珠の様であった。男は不細工で、女は女神の様に美しかった。一説によると、これこそが超アーリア人であり、彼らはネバダ砂漠にある「墓所」と呼ばれる巨大なシェルターからやってきたそうだ。彼らには超常の力が有り、如何なる火力を持ってしても叶わないと云われている。人口1万人ながら、属国民は500万人。一方の「平和同盟」はかつての裕福な白人達から成り立ち、空前の武装をした軍事集団であった。戦車1万両、装甲車両3万台、重火砲10万門、ジェット戦闘機2千機、攻撃型ヘリコプター5千機、攻撃型空母10隻、主要艦艇500隻、兵力90万人(整備兵等を含む)属国民1千万人。両部族は飛び地で小競り合いを演じた後、ついに直接衝突を迎える事になった。

「ふふふ、恐怖の輪が光輝いて私を呼んでいる…アメリカ最終戦争か。良かろう。全て私の物だ」

 テロルは微笑みを浮かべながら、一路戦場へと飛んで行った。

 ここは「平和同盟」の最前線基地である。ブラウン司令官の下で作戦が検討されていた。

参謀
「今までの戦闘で分かった敵側の攻撃手段ですが、どうやら、超念波と呼ばれる物の様です。これは集束したエネルギー波の一種でして、集束の度合いによって、砲弾の様な貫通力を示したり、あるいは爆風の様に広範囲にわたって中程度の破壊を可能としている様です。ただ、サイキッカーによって個性が有りまして、破壊力、集束の強さ等まちまちです」
ブラウン司令官
「で、対策は?」
参謀
「は。超念波は我々の攻撃手段に対しても有効でありまして、未だかつて敵サイキッカーの死体を確認した事は有りません」
ブラウン司令官
「無敵だと云うのか…?」
参謀
「まだそうとは断言出来ません。現在、研究センターでシミュレーションをやってますが、今の所考えられるのは、息つく暇さえ無い程の集中攻撃が有効ではないかと云う事です」
レッド中将
「戦闘は迫っているのだ。早く対策を考えろっ!」
参謀
「はっ!」
レッド中将
「もし、集中攻撃が有効だと云うのなら、我が軍の火力を集中させる事も可能なのだ。敵のサイキッカーはたかだか1万人。こやつ達を片付ければ、後は烏合の衆。一気に終戦出来る」
参謀
「はい。現在集中攻撃に向けて準備中です。我が軍の火力の70%をA3地区、つまり敵のサイキッカーが集中している地点周辺に展開中です」
ブラウン司令官
「この戦いはアメリカの栄光を再び甦らせる為の聖なる戦いなのだ。心して掛かれっ!」
参謀
「ははっ!」

 一方、こちらは通称A3地区に展開する「西方連邦」のサイキッカー達。主要メンバーは作者の趣味により、当然ながら美人の女性ばかりである。

28号
「…と云う事で、敵はここに向かって集結中と云う事ね」
18号
「ふ、おばかさんね。わざわざ死にに来る様な物じゃないの」
17号
「それに後方はガラ空きだし、私達の作戦を実施する時が来た様ね」
28号
「16号。オペレーション・バトルブルーのステップ2改を実施しなさい」
16号
「了解っ! 例の植物の種と動物の卵を『平和同盟』にばらまくわ」
28号
「そう。後方撹乱なんて生易しい物じゃないわ。最終兵器よ。奴らには帰る国が無くなるんだから」
17号
「それが分かったら、彼らはどうすると思う?」
28号
「最初に動揺するわ。そして、国が無くなった事が分かったら、我国を取る為に、死ぬ気で攻撃してくるわ」
17号
「で、それが彼らの最後となる訳ね」
28号
「そう、彼らは勝てないわ、決してっ! 私達は超アーリア人のサイキッカーなんですもの」

 さて、何日か後、野営していたテロルは食べていた焼き鳥の串を落とし突然立ち上がった。

「…どうしたのだっ! 『平和同盟』の深部からとてつもない恐怖が聞こえてくるぞ。 こ、これは凄いっ! これは戦闘による恐怖ではない。もっと純粋な恐怖だ。 行こうっ! 行かねばならないっ! 一層のパワーアップが図れるぞ」

参謀
「た、大変ですっ!司令官っ!」
ブラウン司令官
「一体、今ごろ何なのだね?」
参謀
「我国の領土にモンスターが現れましたっ! 町が呑み込まれていますっ!」
ブラウン司令官
「な、何だとっ?! どう云う事だっ!」
参謀
「は。各地に突如、猛烈な毒ガスを発生するカビの森が出現し、物凄い速度で拡大中です。し、しかも、巨大な蟲の様な怪物が出現し、町を破壊し尽くしていますっ!」
ブラウン司令官
「ま、まさか…。敵の生物兵器かっ!」
参謀
「分かりません。しかし、このままでは我国が滅亡してしまいます。各地からは救援の要請が来ています」
ブラウン司令官
「うーむ。しかし、これが敵の作戦だとすると、動くのは不味いぞ」
参謀
「しかし、閣下っ! 領土・領民無くして国家無しです。このまま我が領土の滅亡を座視していたのでは、我国が無くなります。かと云って眼の前に有るのは、盗れる当ての無いサイキッカーの国です。救援しましょうっ!」
ブラウン司令官
「う、うむ、それは正しいな。よし、全軍を4つに分けて怪物攻撃に向かおうっ!」

18号
「ねえっ! 聞いた? 敵は退却を始めたそうよ」
28号
「信じられないわね。どう云う思考パターンなのかしら? ショート寸前とか?」
17号
「作戦とか?」
18号
「ぜ〜んぜん。マジにカビ退治に向かっているらしいわ」
17号
「私達はそれを眺めていて良いのかしら? 逃げる敵を叩くのはセオリーでしょ」
18号
「良いんじゃないの? 自分達が向かっているカビの森と怪物達がどんな物だか分かったらきっと逃げ出すでしょうけどね」
17号
「そう、去るも地獄、残るも地獄ってね」
28号
「彼らは私達に追撃されるのを恐れているはずよ。だから、私達が罠を警戒して攻撃しなければ喜んで逃げて行くわ」

18号
「あら? 誰かが来るわ」
28号
「ホント。仲間の様ね」
17号
「それにしてはエネルギーの輻射が大きすぎる…」

 間もなくテロルはサイキッカー達の前に降り立った。

28号
「…貴方はどなた?」
テロル
「1号だ。テロルと呼んでくれ」
18号
「1号…。そうか、貴方が私達のセンパイなのね」
28号
「センパイっ!」
17号
「テロルセンパイっ!」
テロル
「にゃはは、こんな凄い美人達にセンパイって呼ばれると、何だか照れるなぁ〜」
18号
「センパイは今までどちらに居られたんですか?」
テロル
「いやぁ、ちょっと旅に出ていたんだよ。修行のね」
18号
「道理で物凄いパワーを感じると思ったわ」
テロル
「東の方を見てきたが、あれは凄いなぁ〜。巨大なカビの森と巨大生物群。あれはキミ達の仕業だね」
28号
「ええ、私達を作った故ドクター・オエとその部下達の遺産です」
テロル
「物凄い恐怖に溢れ返っていた。おかげで私のパワーは3桁ばかりアップしたがね。しかし、あの調子だとこっちの国も呑まれるんじゃないのか?」
17号
「一応増殖防御手段を張っているんですが、墓所の科学者のやった仕事はどうも信用出来なくて…。バグは多いし」
テロル
「毒ガスが大量に出ていたが」
28号
「あれも、本来は私達に無害のはずなんですけど、16号が帰って来ない所を見ると、やっぱりバグが有る様ですわ」
テロル
「じゃあ、最悪この大陸はカビの森に呑み込まれてしまうと云う訳だ。どうだい、私にはアジア系の血が混じっている様で、あっちが懐かしい。私と一緒に行ってみないか? アジアは人口も桁違いに多いし、キミ達もパワーアップが図れると思うが…」
28号
「そうですね。こっちの国も飽きたし、ちょっと行ってみましょうか?ねぇ」
17号
「そうね。それもおもしろそうね」
18号
「行きましょうっ!」
テロル
「よーし、では行こう。アジアが我々を呼んでいるっ!…とか」

 1号テロル以下、超アーリア人達は一路アジアへと向かった。
 一方、ブラウン司令官指揮する「平和同盟」主力部隊は一路首都ミッドランドに向かってばく進していた。

参謀
「司令官、カビの森と巨大生物の状況が判明しました」
ブラウン司令官
「うむ。どうなっている?」
参謀
「は。カビの森は我が領土の全域で拡大中です。ナパーム弾で焼却していますが、間に合いません。比較的密度が小さいのは首都ミッドランド周辺のみです。これは防空システムの密度と一致しています」
ブラウン司令官
「やはり敵の生物兵器と云う事だな…」
参謀
「はい。その通りです」
ブラウン司令官
「巨大生物はどうなっている?」
参謀
「カビの森を守っている様です。しかし、我々の行軍に気付いた様で巨大生物の大群がこちらに接近中です」
ブラウン司令官
「どれほどだ」
参謀
「我が軍の進路前方に約1万2千匹、距離220Km、左方向には約1万5千匹、距離240Km、右方向には約1万3千匹、距離205Kmです」
ブラウン司令官
「うーむ、包囲されたと云う事か…」
参謀
「いえ、そうではありません。敵の包囲網は未完成でしかも戦力は分散しています。つまり、我々は包囲の危機にあるのではなく、各個撃破の好機を得たのです」
ブラウン司令官
「なるほど…」
参謀
「我が軍の戦略としては、前方の敵を粉砕し、迂回して右方向の敵を後方から撃破、最後に左方向の敵をやはり後方から撃破すべきでしょう。こうすれば我が軍は敵を殲滅する事が可能です。集団で行動する生物には必ずリーダーが居り、それが失われる事によって集団の行動は崩壊します。攻撃は先頭集団の消滅によって一瞬で決まるでしょう」
ブラウン司令官
「うーむ、素晴らしいぞっ! 見事な作戦だ。早速取り掛かってくれ」
参謀
「は。通信士、各部隊に命令。全軍は全速を以て前方の敵に突入、一点に全火力を集中させ、敵の戦線を破壊し、続いて掃討戦に入る。10分後、全軍は移動を開始、右方向の部隊の背後に回るものとする。それ以降の作戦は追って連絡する。以上」
ブラウン司令官
「参謀、この作戦は見事だが、万一我が軍が敗れた場合、首都は巨大生物に蹂躙されるのではないか?」
参謀
「閣下はテディス要塞をお忘れです。既に完成し、要塞主砲も実戦配備済みです」
ブラウン司令官
「そうかっ! では、我々の勝利は確定したな…」

 約1時間後、「平和同盟」主力部隊は巨大生物の集団と衝突した。巨大生物はダンゴ蟲を巨大化した様な物で、全長30mは有りそうだった。それが無数の足を使って時速100Km以上の速度で、しかも真っ黒の集団となって迫ってくる光景は百戦の勇士と雖も身震いせざるを得ない程の恐怖感を与えた。しかし、必勝を期す作戦と、祖国を守ると云う至高の使命感が全軍にかつて無い士気を与えていた。

測的士
「敵、発見っ! ポイント2547,3689」
火器管制官
「戦車砲、地対地ミサイル、空爆よーい。ミックス攻撃開始っ!」

 猛烈なミックス攻撃は正確に巨大生物の先頭集団を破壊した。10匹以上の蟲が空中に吹き飛び、その半数が四散した。

兵士A
「やったっ!」
兵士B
「どうだっ! リーダーは居なくなったぞっ!」
兵士C
「とっとと逃げ帰れっ!」

 しかし、その期待は次の瞬間、裏切られた。蟲達の疾走は緩まる事無く、仲間の死体を乗り越えて続けられた。

兵士A
「な、なんてやつらだっ!」
兵士B
「撃てっ! 撃てっ! 殲滅せよっ!」
火器管制官
「ミックス攻撃第2弾準備っ!」
兵士C
「連射だっ! 皆殺しにしろっ!」

 戦車砲は続けざまに発射され、地対地ミサイルと空爆は間断無く続いた。蟲達は死体の山を築きながらもひたひたと迫り、ブラウン司令官の額には恐怖と汗がへばりついていた。

ブラウン司令官
「強いっ…」
参謀
「閣下、これは予想外の事です。怪物共の進行速度は何とか落としましたが、このままでは我々が突破する事は不可能です」
ブラウン司令官
「リーダーは既に死んだはずだ。それなのに何故一糸乱れぬ攻撃が出来るのだっ!?」
参謀
「このままでは左右の怪物共に包囲されてしまいます」
ブラウン司令官
「左右の一方に回避しよう。前面を攻撃しつつ右側に回避だっ!」
参謀
「しかし、それでは背後に回り込まれます」
ブラウン司令官
「ここに居たのではどっちにせよ全滅だ。確率の高い方に掛けるべきだっ!」
測的士
「左右から怪物の別集団接近中っ! 大群ですっ! 包囲されますっ!」
ブラウン司令官
「しまったっ! こんなに早くやってくるとは…」

 こちらはテディス要塞。ヤング司令官は、機動部隊全滅の報告を読み終えた。

ヤング司令官
「うーむ、ブラウン司令官はさぞや無念であったろう。しかし、首都の守りは我がテディス要塞に任せよ。貴官の仇は討ってやる」
測的士
「怪物の大群接近っ! ポイント2545,3620。距離35Kmっ!」
ヤング司令官
「要塞主砲ラピュタハンマー用意っ!」

 「ラピュタハンマー」とは、テディス要塞の誇る大型破壊兵器である。分類としては、高出力レーザー砲であり、要塞地下の原子炉から得た電力を巨大なコンデンサーに蓄え、多重反射型ガラスレーザー発振器によって超強力なレーザービームに変換し、目標に発射するのである。目標の表面は膨大なエネルギーによって一瞬にプラズマ化し、爆発的な気体の膨張で破壊される。設計データによれば、1回の砲撃で直径1Kmの範囲を爆発・粉砕する事が可能である。エネルギー充填に30秒掛かるのが玉に傷であるが、有効射程は30Kmなので敵は要塞にたどり着く前に全滅すると云われている。

測的士
「目標、射程内に入りましたっ!」
ヤング司令官
「発射っ!」

 蟲達を望遠で映し出しているCRTが突如真っ白になり、それは肉眼でも分かった。 地平線が白熱し、しばらくの後、大地を盛大に叩くハンマーの音が轟いた。

測的士
「か、怪物約500匹消滅っ!」
兵士D
「す、凄い…」
参謀
「…これは戦闘と呼べる物では有りませんね。一方的な虐殺です」
ヤング司令官
「虐殺だろうが、屠殺だろうが、首都を守る為にはやらにゃあならん。第2弾、第3弾、どんどんぶっ放せっ! 怪物共が全滅する迄だっ!」
測的士
「怪物共はそのまま向かってきます」
火器管制官
「エネルギー充填完了っ!」
ヤング司令官
「主砲発射っ!」

 再び数100匹の蟲達が消滅した。
 所が、要塞の兵士が歓声を上げている間に上空に羽蟲達が集まってきた。そして、羽蟲達は突如要塞主砲めがけて突入してきた。

測的士
「警報っ! 上空から怪物達が接近中っ!」
ヤング司令官
「しまったっ! 空と云う手が有ったかっ! 撃てっ! 撃ち落とせ!」

 要塞周辺に展開する戦車、対空砲が一斉に羽蟲を撃ち始めた。しかし、その間にも羽蟲は主砲の発射口に群がってきた。

火器管制官
「まずいぞっ! こんな状態で主砲を発射したら砲口周辺で大爆発が起きる。かと云ってこのまま主砲を撃たなければ怪物達に踏みつぶされてしまう。しかし、蟲退治に大砲を使ったのでは主砲が壊れてしまうし…」

 結局、機関砲を使って羽蟲を退治する事にした。やがて羽蟲を撃退したので、主砲を発射する事にした。

ヤング司令官
「主砲発射っ!」

 ところがその瞬間、一団の羽蟲が主砲砲口に飛びついた。

兵士E
「た、大変だっ! 発射中止だっ! 中止っ!」

 時既に遅く、主砲は発射され、砲口付近の羽蟲がプラズマ化して大爆発を起こした。
 その破壊は主砲のコンデンサを直撃し、ついでに原子炉の熱交換器を破壊した。

ヤング司令官
「総員退避っ!」
参謀
「し、しかし、逃げると云っても何処に逃げるんですか?!」
ヤング司令官
「首都だっ!」
参謀
「怪物共が追ってきます」
ヤング司令官
「では、海外に逃げようっ!」
参謀
「空を見て下さいっ! この蟲の大群の中を逃げられますか?!」
ヤング司令官
「逃げられないな」
参謀
「あんた司令官でしょっ! 何とかして下さいよっ!」
ヤング司令官
「もはや助からん。こうなったらじたばたしても始まらん。覚悟を決めよう」
参謀
「クソっ! 司令官の癖に無責任な奴めっ! 部下の命を預かっている自覚が無いのかっ! 脱出だっ! とにかく首都に向かおうっ!」

 それから数時間後。首都ミッドランドは巨大生物の蹂躙する所となり、やがてカビの森に包まれた。旧アメリカ合衆国と云う言葉はこの時から過去の存在となった。
 旧アメリカ合衆国に於ける生物兵器戦争に端を発した世界最終戦争が「火の7日間」でその最終章を飾るのはまだまだ先の事である。

 ここは大注国帝国の中枢、中南海。居城無憂宮の一室で燈皇帝は情報局の報告を受けていた。

情報局長
「…と云う事で、各国の近況を報告致します。先ず、旧アメリカ合衆国ですが、これは完全に滅亡しました。東部を中心とした『平和同盟』と西部を中心とした『西方連邦』の全面戦争は、生物兵器を使用した『西方連邦』の圧勝となり、『平和同盟』の軍事力は解体、国土はカビの森に呑まれました」
燈皇帝
「何と恐ろしい…」
情報局長
「一方、『西方連邦』主力である超アーリア人達は国外に逃亡し、国土はやはりカビの森に蚕食されています。100万人程の生存者が居ますが、恐慌状態に陥り西海岸から順次脱出中です。これは国連軍が中心となって救援しています」
燈皇帝
「その生物兵器の詳細が知りたいが…」
情報局長
「はい、カビの森とそれを護衛する巨大生物のペアで存在します。カビの森は猛烈な速度で拡大します。主な拡散手段は胞子です。それにカビの森は強烈な毒ガスを発生します。現在分析中ですが、神経性とかびらん性の物では無い様です。で、巨大生物ですが、これは全長30m程の蟲です。これが数万匹もの規模で北アメリカ大陸を席巻しています。速度は時速100Km程度と思われます。更に空を飛ぶ羽蟲も存在します。体長10m程度と思われます。他に数種類が存在する様ですが、未確認です」
燈皇帝
「その様な兵器が我が国土で使用されたらどうなるのだ」
情報局長
「恐れ多い事ながら、我が国土のみならず、ユーラシア大陸全体がカビの森に呑まれると思われます」
燈皇帝
「対策は無いのか?」
情報局長
「はい、現在の所、核兵器で焼き払う位しか方法が無い様です。しかし、それですと放射性降下物による環境汚染の為、何れにせよ国土は失われてしまいます。尚、この対策に関しては国連軍が中心になって検討中です」
燈皇帝
「ふん、国連軍か…。その中核たる日本軍はどうしているか?」
情報局長
「は。重要な情報が入っています。日本の国防会議によりますと、日本は旧アメリカ合衆国無き後、自らが世界の覇権を狙う事に決めた様です」
燈皇帝
「ふん、それは既に計算済みだ。奴らの頭の中には拡張主義しか無い様だな。で、どう云う筋書きなのだ?」
情報局長
「日本は国連軍を隠れ蓑にして自らの領土的野心を実現しようとしています。先ずは他の大国を弱体化し、日本を名実共に世界最強国家にします。後は好き放題と云う訳です。その最大の目標たる国家は我が注国です」
燈皇帝
「愚かなっ! 我が注国は米ソ無き後、名実共に世界最強国家なのだっ! 世界の人口の1/4を擁する我国を侵略しようものなら、再び亡国の憂き目に合わせてやろうぞっ!」
情報局長
「御意。さて、日本の作戦ですが、国連の名に於いて、我国に対し人権抑圧行為の即時停止要求と人権抑圧行為に対する制裁処置、更には経済封鎖を予定しています」
燈皇帝
「なるほど…」
情報局長
「同時に、旧ソ連とインドラから国境紛争を仕掛けるそうです。勿論後ろ盾は国連軍つまり日本軍です」
燈皇帝
「ほほう、兵糧攻めに同時侵攻作戦か。なかなかやるではないか」
情報局長
「この様な攻撃を長期間にわたって行えば、我国は内部崩壊あるいは弱体化すると断定しています」
燈皇帝
「ははは、似た様な政策をかつての旧アメリカ合衆国でやっていたな。トラが居なくなったと思ったら、こんどは猫がトラの真似か。今こそ獅子の恐ろしさをみせてやろうぞっ! 起てっ! 350万解放軍っ! 予備役に民兵を加えれば1億の軍隊が生まれるのだっ! 僭越な蛮族に偉大な力を見せつけてやるっ!」
情報局長
「陛下。何も軍隊などを動員せずとも日本を滅ぼす事が可能です」
燈皇帝
「なに…。それはどうやってだ?」
情報局長
「旧アメリカ合衆国を滅ぼしたカビと蟲を使うのです」
燈皇帝
「っ! なるほど…。それは気がつかなかったな」
情報局長
「既に諜報部員を旧アメリカ合衆国に派遣し、生物兵器の採取と制御方法の学習を行わせております」
燈皇帝
「見事だ、局長っ!」
謎の人物
「さて、その様にうまく行きますかな?」
情報局長
「だ、誰だっ!」
謎の人物
「お静かに…。私は敵では有りません。共に日本を滅ぼそうではありませんか」
燈皇帝
「何れにせよ、名を名乗るべきだな」
謎の人物
「失礼しました、陛下。私は旧アメリカ合衆国を滅亡させた張本人である超アーリア人のリーダー、テロルと申します」
燈皇帝
「な、なにっ! お前があの超アーリア人かっ!?」
情報局長
「そ、その証拠を見せよ」
テロル
「ふふふ、世界で最も警戒厳重なこの場所に居る事がその証明になりませんか?しかも、これほどの同志を連れて…」

 燈皇帝と情報局長が指された方を見ると、そこには超アーリア人のサイキッカー美女集団がずらりと整列していた。

情報局長
「おおっ!! これがサイキック軍団かっ!」
燈皇帝
「分かった。そちの話を聞こう」
テロル
「恐悦至極に御座います。陛下、日本を侮ってはいけません。あの狭苦しい、猫の額の様な国土に一億の人間が詰まっており、しかも軍隊の監視は厳しいのです。カビや巨大生物を仕掛けてもすぐに見つかってしまうでしょう。あの生物兵器には十分な時間が必要なのです。手が付けられない程拡大してこそ、その威力があると云う物です。燎原の火の如しと云う言葉がふさわしいでしょう」
燈皇帝
「なるほど。そち達は技術に詳しい様だ。もし朕と目的を同じくするのなら、朕に力を貸して欲しい。朕もそち達に応えるであろう」
テロル
「これは有り難いお言葉…。では、我がアーリア人は大注国帝国の為に働く事としましょう。報酬は無用です。大義の為に働くのですから。我々が休める施設と食事さえ戴けばそれで十分です」
燈皇帝
「おう、その様な事であれば易い事だ。そち達は総勢1万名であったな」
テロル
「御意っ! 陛下に於かれましては、その様な些細な事にまで御心を煩わせてしまい申し訳もございません」
燈皇帝
「善いっ! 気にするな。 後は大臣と相談するが良い」
テロル
「ははっ!」

 やがて、テロル達一行は、中南海の或る建物を与えられ、久しぶりのご馳走にありつけたのだった。

28号
「センパイっ! ご馳走になりますっ!」
テロル
「おうっ! どんどん食べろっ! 全部おごりだっ!」
18号
「それにしてもセンパイは商売が旨いですね」
テロル
「まァね。ところで、俺達がこれから何をするか当てて見ろ」
17号
「約束通り、日本を滅ぼしに行くとか?(^_^)」
テロル
「ブー。それは外れです。私達の目的は一体何だったでしょうか?」
28号
「サイバーアップだわ。そうすればカビの森の中でも生活出来るんでしょ」
テロル
「大正解ですっ! と云う事は、我が同志1万人がサイバーアップする為におよそ10億人を恐怖に叩き込まなければならないと云う事です」
17号
「と云う事は…」
テロル
「つまり、注国とインドラを滅ぼすと云う事で〜すっ!」
18号
「やっぱり…さすがは恐怖の大王テロルセンパイねっ!」
テロル
「注国とインドラを合わせれば20億人からの人間が居るのですから、全員のサイバーアップが可能です。それから日本を滅ぼしても遅くはありません。私達は燈皇帝との約束を守りましたってねっ!」
28号
「ご馳走になっておいて、良くもまァそんな事が云えるもんだわ。ねぇ〜」
テロル
「ははは、お静かに…。我々は超アーリア人なのです。人類とは別格の聖なる存在なのです。人類は自らの手で滅びようとしています。その様な連中に用は有りません。我々は彼らを肥料にして大樹を育てましょう。超アーリア人の世界をっ! 人類に同情は無用です」
17号
「でも、この話、きっと盗聴されていると思うわ」
テロル
「ご明解です。でも、考えてもご覧なさい。彼らには我々を優遇するしか選択肢が無いんだよ。戦っても負ける事は分かっている。思いっきり恩を着せて我々が手加減するのを待つしかないんだよ。私としてもその積もりだけど」

 七日七晩の大宴会を終えた超アーリア人達は、燈皇帝の密命を受けて、秘かに注国奥地へと旅立った。やがて注国辺境の地からは不吉な噂が流れてきた。山全部の樹が枯れ、調べに行った村人は帰ってこなかったとか、異様な樹々を見た村人が血を吐いて死んでしまったとか。更に不思議な事にこの噂は途中で消え、新聞にもTVにも一切登場しなかった。勿論、役人が調べに来る事も無かった。人々はついに事実を悟った。

「軍が秘密兵器の実験をしている様だ…」

 その秘密兵器の前兆は隣国のインドラと旧ソ連にももたらされた。インドラの或る地方では綿毛の様な物が降ってきたと思ったら、翌日には山々が全て異様な植物に埋め尽くされていたのだ。更に山々から流れてくる
「もや」は猛毒で、人々は次々と倒れていった。異常事態の発生が軍に伝えられ、重装備の大部隊が到着した時、彼らは巨大生物の津波を目撃する事になった。それは正に津波の様な破壊力と速力を持ち、あらゆる物を粉砕して行った。調査部隊全滅の報告がインドラ駐在の国連軍司令部(村井司令指揮)に届いたのはそれから間も無くの事だった。

参謀
「司令っ! これは旧アメリカを滅ぼした生物兵器ですっ! このままでは注国侵攻どころか、ユーラシア大陸が滅亡してしまいます。国連軍の核兵器を使いましょうっ!」
村井司令
「それは出来ない」
参謀
「今使わずして、いつ使うと云うのですかっ! 海江田首相に要請しましょう」
村井司令
「考えても見ろ。報告によると極めて大規模な範囲で巨大生物が出現している。これを全て撃退するにはキロトン単位の核兵器では間に合わない。しかし、大量の核兵器を使えば、現在無事な人々も放射性降下物にやられる。同じ失うにせよ、自らそれを求める事はしてはいけないのだ」
参謀
「では、何もしないで皆殺しになるのを待っていると云うのですかっ!」
村井司令
「勿論違う。かなわないなら逃げれば良いんだよ。そうヒステリーになるな。何れにせよ、海江田首相に連絡する」

村井司令
「…と云うのが現状です。私の思うに核兵器の使用は避けるべきです」
海江田首相
「それは正しいな。今回の事態の主役は勿論注国だ。対注侵攻作戦の機先を制した積もりだ。あるいはやけくそになっているのかも知れないが、私は勝算有っての事だと思う。彼らは喰えない連中なんだ。おそらく国連軍に核のトリガーを引かせようとしているんだろう。だから、我々は他の手で行く。巨人爆撃機富嶽を使おう」
村井司令
「おお、富嶽ですか。ついに揃いましたか」
海江田首相
「そうだ。現在使用出来るのが500機あるから、これに気化爆弾を積んで派遣する。キミは市民と兵士に安心感を与えつつ、インドラからアフリカへ避難させる様に。困難な作戦だが出来るだろう」
村井司令
「はっ! 必ず成功させますっ!」

海江田首相
「どう思う」
山中国防相
「気化爆弾で撃退出来るでしょうか?」
海江田首相
「まず無理だろう」
山中国防相
「で、では、インドラはカビの海に沈むと…」
海江田首相
「そうだ。今回の注国の作戦は極めて用意周到だ。規模も大きいし、自国滅亡の危険を冒してまでやったのだから、必勝かつ不退転だろう。問題は自己保存を至上命題とする大国が、なぜ自国を危険に陥れてまでやったかと云う事だが…。ひょっとするとこれは注国の作戦ではないのかも知れないぞ…。なるほど、そうか。旧アメリカを滅亡させた後、行方不明だった超アーリア人の連中か…」
山中国防相
「なるほど、彼らが実績を買われて雇われたとか…」
海江田首相
「うむ、そうかもしれん。しかし、彼らの目的は何か? このままでは世界を滅ぼす事になるが…。つまりそれが彼らの目的と云う訳か。世界滅亡が…」
山中国防相
「まさかっ! その様な事が…」
海江田首相
「インドラ、旧ソ連を滅亡させ、注国さえも波に呑まれるだろう。ヨーロッパも時間の問題だ。すると次は海を隔てた日本だっ!」
山中国防相
「直ちに防衛対策を練らねばっ!」
海江田首相
「うむ。先ずは超アーリア人の情報を集めよ。彼らの由来と、弱点を知りたい」
山中国防相
「はっ!」

 それから1日後、インドラ上空に巨大な銀翼の群れが現れた。日本が世界に誇る超巨大戦略爆撃機「富嶽」の大編隊である。ジャンボジェット機を遥かに上回る巨体には気化爆弾が満載されており、総数約250機のこの編隊だけで数100平方Km範囲の巨大生物を叩き潰す事が出来ると信じられている。編隊の周りには羽蟲迎撃用の戦闘機が多数配置されているが、編隊は高々度を飛行しているので、まず心配はない。各隊は5列縦隊で注印国境沿いに並び、更に進路をインドラに向けて飛行していた。
 眼下には地肌をむき出しにした大地が横たわり、それ以外は全て樹々の残骸であった。
 やがて巨大生物の群れが発見された。幅10Km長さ2Km程の砂塵が動いている。

編隊長
「よし。予定通りだ。各隊は作戦通りマトリックス・フォーメーションを組み、巨大生物の2倍の範囲を爆撃する。準備せよ」
通信士
「各隊、準備完了。いつでもOKです」
編隊長
「全機、気化爆弾投下っ!」

 燃料を気化させ、一気に点火する事により、核兵器並みの衝撃波を発生するこの兵器は大地をオレンジ色の閃光に包み、その衝撃波は遥か上空の富嶽編隊の翼を揺るがすほどだった。

編隊長
「観測班っ! 効果はどうだ?」
観測班
「やったっ! 巨大生物はほぼ全滅です。進路を失って暴走しているのが何匹か居ますが、他は全滅ですっ!」
編隊長
「うむっ! 早速本部に連絡せよっ!」

 富嶽爆撃隊の大戦果の報告と共に、日本国防省に届いた報告は注国を探査していたスパイ衛星からの物であった。それによると注国国境沿いの20箇所から巨大生物の侵攻が確認された。侵攻は連続的かつ広範囲に行われている。つまり、事態は富嶽爆撃隊では手に負えない程大規模になってしまったのだ。攻撃対象となったのはインドラ、旧ソ連、テムジン、東南アジア諸国であった。更に、注国国境部では大規模なカビの森の発生が確認され、巨大生物の出現点はそこであった。注国が組織的かつ大規模に他国への侵略を行っている事は、誰の目にも明かであった。しかし、急遽開催された国連安全保障委員会で、注国政府はこれらの事実を否定、巨大生物の行動は純然たる自然現象であり、注国に対する非難は国連による注国への内政干渉あるいは侵略行為であると言明した。勿論、注国国内での巨大生物退治を認める事もしなかった。

山中国防相
「注国の反応をどうお考えですか?」
海江田首相
「つまり、彼らは困惑しきっていると云う事だ。事態の余りの重大さに為す術を知らずと云う事か…」
山中国防相
「大人しく注国国内での巨大生物退治を許可すれば良いものを」
海江田首相
「そんな事をすれば、犯人が注国だと認める様な物ではないか。あくまで自然発生だと強弁したいのだ」
山中国防相
「しかし、そんな注国の事情よりも、先ずは退治しない事にはユーラシア大陸全体がカビの海に沈んでしまいます」
海江田首相
「奴らの肝を冷やすとするか。そうすれば、少しは物分かりが良くなるだろう」
山中国防相
「どうします?」
海江田首相
「カビの胞子を中南海にまくのだ」
山中国防相
「ええっ!!」
海江田首相
「報告によれば、蟲達を呼ぶのは新しいカビの森だそうだ。ならば蟲達の群れを中南海に導けば良いではないか」
山中国防相
「なるほど、その恐ろしさを痛感すれば向こうから国連に救援を求めて来ると…」
海江田首相
「その程度の頭は有って欲しいものだ、燈皇帝に。周辺諸国を滅ぼしておきながら自分だけが渦の外だと思ったら大間違いだ。それに、仕掛人である超アーリア人をおびき出すチャンスだ」
山中国防相
「そうかっ! 自分達以外の者がやったとなると、調べに来るのは当たり前ですね」
海江田首相
「再び富嶽爆撃隊の出番だ。注国からの救援要請が有れば直ちに出撃だ。さて、超アーリア人がどれだけの能力を持っているか見せてもらおう。巨大生物さえ圧死させる気化爆弾の絨毯爆撃に生き残れるかどうかだ」

 注国辺境のカビの森に異変が生じたのを最初に気付いたのは、超アーリア人の飼育係であった。

「変だ。蟲が居ない…」

 彼らは胞子を蒔いてカビの森を作り、蟲の卵をふ化させて蟲が大きくなるのを助ける役目だった。広大なカビの森に放たれた蟲は自由に増殖し、やがて新しい森を求めて移動するのだった。世界を恐慌に陥れる今回の計画の要は膨大な量の蟲の津波であった。 如何なる兵器を以てしても防ぐ事の出来ない程大規模な津波。座して滅亡を待つか、それとも蟲もろとも自らを滅ぼすかと云う選択を迫る程の破壊力が必要だった。作戦は成功裏に進み、ユーラシア大陸の既に半分をカビの森に沈める事に成功した。3億を超える人命が巨大生物の蹂躙の下に失われ、難を逃れて他の大陸に移動した人々も、ひたひたと迫る恐怖の足音におびえる日々であった。恐怖は世界に充満し、それによる念波の放出が超アーリア人の力を励起・増幅させ、彼らの約2割がサイバーアップに成功した。彼らは先天的に持っていた超能力に加えて、膨大なエネルギーを操る事が可能となり、しかも生体エナジーの増大で、カビの森から放出される毒ガスにも耐える事が出来る様になったのだ。やがて彼らの手によって人類が地上から駆逐された暁には、超アーリア人の、超アーリア人による、超アーリア人の為の世界が現出するはずであった。そして、それは目前であると思われた。
 しかし、現実の超アーリア人の生活は困難を極めていた。辺境の森林に長期間生活し、奇怪な生物の相手ばかりをする毎日であった。しかも、サイバーアップしていない超アーリア人に取ってはカビの森から発生する毒ガスは致命的であるので、旧式の防毒設備を使っての、それこそ「きつい、汚い、危険」を絵に描いた様な、3Kの生活であった。その為、既に人口の1割は事故、過労、発狂、自殺、他殺、病気、駆け落ち等で脱落し、残った人々の中でも、サイバーアップした者とそうでない者との上下関係が発生してきた。優越者としての超アーリア人の中でも差別関係が微妙なものとなってきたのだ。もし、劣等人種たる非アーリア人の世界を支配するのなら、全ての超アーリア人に優越感を味わうチャンスがある。しかし、超アーリア人だけの世界になったら、誰が劣等人種の役廻りを演じる事になるのだろう。サイバーアップしていない超アーリア人にはそれが自分達に回ってきそうな事が明確に予想出来た。

「決着を急がなければならない」

 リーダーたる役廻りを演じているテロルにはそれが認識できた。速やかに劣等人種を根絶し、超アーリア人をこの様な極悪な環境から解放する事が今や急務である。

「いよいよ注国を滅ぼす時が来たか…」

 利用価値に底が見えたとテロルは判断した。そんな時であった、カビの森に異変が発生したのは。

テロル
「なるほど、確かに蟲が居ない。予定とは別の方に移動した様だ。注国内陸部か…。しかし、そこにはカビの森は発生させていないはずだが…」
28号
「胞子が予想外に遠くまで飛んだとか?」
テロル
「うむ、そうとも考えられる。あるいは注国皇帝が動いたか…。何れにしても確かめる必要がある。28号配下の親衛隊は付いてこい。他の幹部達は敵襲の可能性もあるので、厳重に注意しながら、作業に励む様に」
17号
「分かりました、センパイ」
18号
「お気をつけて」

 テロル以下、約百名の超アーリア人は超音速で蟲の後を追った。やがてカビの森は見つかった。しかし、そこは辺境の地からは遥かに離れた場所で、胞子が飛んだにしても他の森を途中で見掛けなかった事はやはり異常であった。

「おかしい…。何か有る。うむ、やはり中南海に向かおうっ!」

 彼らが中南海に到着した時、そこではちょっとした騒動が持ち上がっていた。何と、警戒厳重な中南海にカビの森が現れたのである。勿論、直ちに焼却し事無きを得たが、燈皇帝の頭の中の警報は鳴り響いていた。

燈皇帝
「ここまで飛んできた訳でもあるまい。誰かが運んできたのだ。しかも、情報によると、内陸部各地でカビの森と巨大生物が目撃されている。まさかと云うより、やはりテロル一味が裏切ったか」
総理大臣
「御意。やはり盗聴の内容は正しかったのです。奴らは我が注国等念頭に無く、単に世界を滅亡させたがっているだけなのです。陛下、今こそ奴らに予定通りの引導をお渡し下さい」
燈皇帝
「うむ、卿の申す通りだ。では、戦略空軍に命令を出せ。即時全力を以て辺境に展開する超アーリア人と怪物の森へ全面核攻撃を実施する様にとっ!」
総理大臣
「ははっ。直ちにっ!」
テロル
「待ってもらおうか」
総理大臣
「うっ! き、貴様はテロルっ!」
テロル
「話は聞いた。カビの森が予定外の所に発生している原因はお前達では無い様だな…」
総理大臣
「戯言を云うなっ! やったのはお前達であろうっ!」
テロル
「信じるかどうかは別として、事実はそうでは無い。所で、誰がやったかは知らないが、とにかくも注国全土が蟲の津波に呑まれそうだ。それはどうと云う事も無いが、辺境には仲間が居るんだ。核攻撃は困るな」
総理大臣
「ふんっ! どうせお前達の魂胆は見えて居るんだっ! 我が注国を滅ぼす積もりであろうっ!」
テロル
「だからどうだと云うのだ。それが分かっていながら、我々を利用したお前達には一体どんな冥土が待っていると云うのかね? 一足先に見に行ってもらおうっ!」

 テロルの目が光った瞬間、総理大臣の身体は猛烈な速度で広間の石の柱に叩き付けられ、柱もろとも粉々に飛散した。

燈皇帝
「ヒィ〜っ!」
テロル
「さて、皇帝陛下。貴方にもあの様な最後を迎えて戴いてもよろしいのですが、もっと面白い趣向が有ります。陛下には注国が滅んで行く姿を終始見て戴きたいと思います。この建物の尖塔に陛下をくくり付けますので両の目でご覧になって下さい」
燈皇帝
「な、何を申すっ! 断じてその様な事は許さんっ!」
テロル
「世界の中心は貴方ではなく、私なのです。貴方は私の云う事に従うしかない。お分かりか…」
燈皇帝に最後の挨拶をした後、テロルは呟いた。
「すると、犯人は日本か…。何の為に?注国と我々の仲を裂く為にか…? いや、もし我々の目的を見抜いているのなら、もっと別な事を考えるはずだ」

 テロルが或る仮説に突き当たった時、真実は彼の目の前に姿を現した。

「…しまったっ! 私を辺境から遠ざける事が目的だったかっ!」

 その途端、無数の悲鳴がテロルの頭の中で共鳴した。テレパシーである。
 同時刻、注国辺境部は全天を戦略爆撃機富嶽の大編隊に覆われていた。総数500余機。「第2波目は無い。一撃でしとめよ」と云う海江田総理の厳命の下、注国上空を避け、インドラ方面から侵入した富嶽爆撃隊全機であった。リーダーテロル不在確認の情 報により爆撃命令は下された。テロルと異なり強力な攻撃手段を持たない超アーリア人達は回避する間も無く、新型気化爆弾の餌食となった。如何にサイバーアップしたとは云え、生身の生物には余りに大きすぎる衝撃波であった。大陸の半分を呑み込んだカビの森には無効だとしても、一地域に集中した1万人を殲滅するには十分過ぎる火力なのである。
 やがてたどり着いた辺境の基地でテロル達を待っていたのは、カビの残骸と巨大生物の潰れた死体であった。いや、蟲の幼生を抱いた少女が、よろめきながらも立っていた。

テロル
「お前は助かったのか…」
少女
「…ええ。蟲が居なくなったのでずっと追いかけていたの。そうしたら…」
テロル
「ああ、ひどい事になったな。心配するな、こうなったら仲間の敵を討つだけだっ! 超アーリア人の世界なんて、もうこれでダメになっちまった。こうなったら、せめて仲間の敵だけでも討たせてもらうぞっ! 海江田っ!」
少女
「お願いっ! もう殺さないでっ!」
テロル
「…何だって?」
少女
「私達は大勢の人を殺したわ。私達の手は血まみれよ。カビの世界で生きる為にサイバーアップが必要だとしても、死体を積み重ねて作った国って一体何になるの?私達が生まれたアメリカもそうだったんでしょう。先住民族を殺して自分達の国と称し、資源を得る為に戦争を仕掛け、物を売ってお金を儲ける為に戦争をけしかけ、世界制覇と云う幻を得る為に人々を焼き殺し、戦争の為に生命さえも操作し、ついには私達の様な怪物を生み出して世界を滅亡させようとしているのよ。正に死体で出来たピラミッドだったわ。もう止めてっ! これ以上戦って一体何になるの? 何が得られると云うの?今まで生き残れた事を感謝して新しい世界を作りましょう。超アーリア人だの、優越民族だの、優越感だのはまっぴらよっ! いまからでも間に合うわ。戦いの為の手を握手と建設の為に使いましょうっ!」
テロル
「世界の滅亡は必然なのだ。人間の歴史文明とは、自分を生んだ自然を破壊し、結局は自らの首を絞めるだけの道のりでしかなかったのだ。その様な人間は世界から無くなってしまえば良いのだ。自然は人間が居なくともやって行ける。しかし、人間は自然から奪わなければ何も出来はしないのだ。自然と云う産みの親を殺す人間を滅ぼす我々は正に自然の味方と云う訳だ。実に崇高な使命ではないか。もし、地球に意志があるとすれば、人間の滅亡を命令するだろう。俺はそれに従うのみ…」
少女
「間違っているっ! 人間と一緒に蟲や森も死んでいるのよっ! どこが崇高な使命なの? 生きてっ! わたし、生きるの大好きだもの。例え私達が怪物だとしても生きている事に感謝しているわ」
テロル
「さらばだ。もう会う事も有るまい。最後の戦いに勝ったとしてもな…」

 その時、海江田首相は一つの決断をしていた。

「田村エリ子中尉を呼べ。テロルは日本にやってくる。世界最終戦争だ」

 田村エリ子中尉。
 それは一下士官と云うには余りに巨大な影響力を持つ存在であった。希代の秀麗なる容姿と天使の様な美声を持った、日本国防軍に属する彼女は「アイドル戦士」と云うジャンルを生み出した。彼女が一旦ステージに立つ時、満場のファンは熱狂と歓呼で彼女の名を呼び、彼女の短すぎるスカートがはためく時、ファンは床を踏みならし、彼女の凛とした声が響く時、ファンは一命を顧みず使命を遂げるのだ。元々ファンクラブとして発足した彼女の「親衛隊」は、その忠誠心と実行力故に日本軍の制式軍隊となり、今や総兵力100万人を擁する世界最強軍団へと進化した。それは通称「エリ子FC」と呼ばれていたが、FCとは決して「ファンクラブ」の略称ではなく、「Fighting Corps」つまり戦闘軍団の意味であった。国防軍の兵士も大半が「エリ子FC」に加入してしまったので、「エリ子FC」はイコール日本国防軍と云う事になってしまった。日本の軍事力を実質的に握る田村エリ子中尉が、海江田首相の前 に現れた。因に、海江田首相と山中国防相も「エリ子FC」の秘密会員であったりした。(^_^)

「田村エリ子中尉、参りましたっ!」
「ご苦労。おお…相変わらず美しい。い、いや、早速だが、キミは超アーリア人の事を聞いているか?」
「はっ! 情報局からの報告を逐一受けています。人類滅亡を意図する集団だそうですね。大半を国連軍が殲滅したそうですが」
「そうだ。しかし、リーダーが残っている。そう、テロルだ。彼は超能力により巨大なエナジーの操作が可能だ。彼が仲間の復讐の為に日本に向かっている。キミには彼を撃退して欲しい」
「はっ! 直ちに準備に掛かりますっ!」
「FCを使う理由は、彼らが恐怖を知らない精鋭だからだ。テロルは恐怖心を自分のエナジーとするのだ」
「ご期待に応えますっ!」

 彼女の後ろ姿を熱心に見送った海江田首相は、ふと独白した。

「ユーラシア大陸の大半がカビの海に沈み、北アメリカ大陸も同じ、アフリカさえも逃れられない。かつての大国は全て自ら滅びた。わたしはかつて政軍分離を唱え、外交の道具と化していた核兵器を国連軍に集中させる事に成功した。しかし、それは超大国が如何に軍事力に依存していたかを証明する事となった。核兵器を失った超大国は政治・外交能力を失い、内部の矛盾が顕在化し、内乱の中に滅びて行った。政治から軍事力を引き離す事により、恒久的な平和構造が手に入るはずだったのに、実際にはその間隙に恐怖が付け入った。恐怖は憎悪と攻撃を産みだし、世界は戦争に明け暮れ、今や世界の大半は生物兵器による滅亡に瀕している。恐怖が世界の主役に成り上がっている。人間は結局の所、理性では動かないものなのだろうか?
 人間は恐怖によってしか、動かされ得ないものなのだろうか?軍事力とは国家目的ではなく、あくまで道具なのだ。使い方を決めるのはあくまで人間なのである。政治から引き離した軍事力を憎しみの女王や恐怖の大王に委ねるのではなく、博愛によって飼い慣らさない限り、それは牙となって世界を襲い、世界に平和は有り得ない。つまり、必要だったのは政軍分離の前の愛軍融合、即ち、博愛によって軍事力を純粋な抑止力に昇華する事だったのだ。それをしなかった為に軍事力は憎しみと恐怖に操られ、世界を滅亡の淵に立たせている。いや、まだ間に合うかも知れない。軍事力を有るべき姿にする、これが最後のチャンスかも知れない。恐怖の大王テロルと、恐怖や疑いを知らない、熱狂の軍隊の戦い。これは正に世界最終戦争と云うべき物かも知れない」

 さて、エリ子中尉は作戦司令部に集まった幹部達に向かい、作戦の説明を行っていた。

「今回の作戦のポイントは、超アーリア人にエナジーを浪費させる事である。よって、攻撃は多方向から同時に行い、敵の火力を分散させる。陣形は半包囲型を基本とし、補強を連続的に行い、敵の突破を食い止める。我々の勝利は確実だが、更に完全な勝利を得ようっ! 以上だ」

 歓声と突き上げられた拳が彩る中、参謀長は上気した面もちでつけ加えた。

「エリ子中尉から全員にプレゼントだ。新着の写真を配る。全員奮励努力せよ、以上」
「うおおっ! エリ子様っ!」
「エリ子様ァ!」

 爆発的な感動が司令部を包み、それは次第に「エリ子FC」全体へと広がって行った。あらゆる兵士がエリ子中尉の期待に応えようと勇み立っていた。戦闘準備は実質的に完了した。
 さて、テロルは28号配下の部下と、富嶽爆撃隊の爆撃で生き残った少数の幹部を引き連れて、日本へと向かっていた。

テロル
「巨大生物の群れは日本に向かっているな?」
28号
「はい。蟲の子供を傷つけて日本海にまいていますので、これを追って来るはずです」
テロル
「うん、これで援軍の準備は出来た。あとは敵の戦力をそぐだけだ」

 注国大陸から日本海を渡り、やがて日本本土の輪郭が見え始めた頃、彼らは「エリ子FC」の半包囲陣の中にあった。陸海空に展開する無数の兵器群はテロル達の望むところであり、超アーリア人達は絶対的な自信の下に、そのど真ん中に突っ込んで行った。

エリ子中尉
「全軍、攻撃を開始せよ。諸君、勝って還れっ!」
オレンジ中隊々長
「行くぞうっ!」
艦隊司令
「艦対空ミサイル発射っ!」

28号
「センパイ、敵襲です」
テロル
「最後の劣等人種どもめ。恐怖の力を観よっ! …ファイア・ストームっ!」

 エナジーの奔流が超アーリア人達の両手から戦闘機へ、戦艦へと叩き付けられた。 目標となった物は白熱の中に爆発消滅して行った。

テロル
「わははは、観よっ! そして恐れよ。我々の力となれっ!」

 しかし、軍隊からは恐怖の振動が返ってこなかった。

統合軍令部
「グリーン中隊、補強せよ。 第13艦隊、進出せよ」

18号
「センパイっ! ミサイルがきます」
テロル
「ファイア・バブルっ!」

 エナジーの泡が超アーリア人達を包み、それはミサイル攻撃からの防御となった。一種のバリアである。

テロル
「ファイアーストームっ! 連射っ!」

 バリアーに包まれながら、超アーリア人達は「エリ子FC」にエナジーを放出し続けた。その度に、戦闘機が、戦車が、艦船が火球となって消滅して行った。それは観る者を恐怖の虜にするはずであったが、「エリ子FC」のメンバーは恐怖する事無く、返っ て闘争心を高めるばかりであった。

17号
「きりが無いっ!…」
18号
「ホント、それにエナジーの補充が出来ないし、このままでは私達…」

情報部観測班
「敵部隊のエナジー輻射、急速に減少しています」
エリ子中尉
「チャンスを逃すなっ! 全力攻撃っ!」

「カビの森毒ガス弾、斉射3連っ!」
「火力を集中せよ。撃ちまくれっ! 撃てば当たるぞっ!」
「富嶽爆撃隊、新型気化爆弾投下用意っ! …連続投下っ!」

28号
「セ、センパイっ! もう…エナジーがっ!」
18号
「うう、サイバーダウンしますっ!」
テロル
「堪えろっ! 耐えるんだっ!」
17号
「センパイ…さようなら」
テロル
「クソっ! もっとパワーをっ! なぜ奴らは恐怖しないのだっ!」


情報部観測班
「敵バリア崩壊っ! 来いっ! 気化爆弾っ!」

 バリアが破れた瞬間、気化爆弾の放出した燃料に点火し、猛烈な火炎と衝撃波がテロル達を襲った。しかも、その嵐は終わる事無く続いた。

情報部観測班
「やったっ! 超アーリア人の生体エナジー消失っ! やっつけたぞっ」
エリ子中尉
「…いや、まだ残っているではないか。最大最強の一人がっ!」

 テロルは再び一人ぼっちになってしまった。恐怖を糧に世界を支配し、歴史に君臨する大帝国を作るっ! その野望はついに未完のまま終わってしまうのだろうか? その無念を思う時、テロルにはもはや復讐心しか残ってはいなかった。世界を超アーリア人の王国とする計画、超アーリア人の仲間。それらを奪ったのは全て日本なのだ。国連軍の名の下に、世界を支配しようと企む黄色人種の王国っ! それは殆ど憎悪の結晶の様な物だ。

「日本を滅ぼすっ! 我と共に滅びよっ!」

情報部観測班
「ん? こ、これはっ! …生体エナジー輻射、急速に上昇中っ! 物凄いっ! 危険ですっ! エナジー、極大っ!」
エリ子中尉
「自爆かっ!? 総員、退避! 回避しろっ! 急げっ!」
テロル
「…スーパーノバァ!」

 テロル自身が白熱する球となり、それは素晴らしい速度で膨れ上がった。視界はあっと云う間に、光芒に満たされ、大地と天空を塗り潰した。エナジーの球体は「エリ子FC」の半包囲陣をまるごと呑み込んでしまったのだ。

「回避不能っ! 間に合わないっ!」
「…エリ子様っ!」
「バルハラでお会いしましょう…」

「逝くなァ〜っ!」エリ子中尉は絶叫した。

 エナジーの衝撃により半径50Kmの地域は完璧に焦土と化した。
 その激しさは、鉄さえも半ば蒸発させる程であり、海水は水蒸気爆発して、破壊を一層増幅した。「エリ子FC」は一瞬にして消滅した。
 エリ子中尉は驚愕と苦痛が入り交じった表情で呆然としていたが、やがて目を伏せた。

「…。観測班、テロルはどうなった?」
「は、はい。その…空中からの測定は不可能になりました。偵察衛星に切り替えます」
「…」
「ああ、テ、テロルはまだ生きていますっ!」
「なんだってっ!」
「しかし、生体エナジー輻射は殆ど有りません」

 エリ子中尉は恐ろしい表情で云い放った。

「とどめを刺す。司令部を地上に出せっ!」
「しかし、敵にはまだ力が残っています。危険ですっ!」
「奴が100万人の部下を殺したのだ。わたしが仇を討つ…。 止めるなっ!」

 焼けただれた地面を押し退け、移動司令部が地上に現れた。猛烈な熱気の中、エリ子中尉はテロルと向かい合った。テロルは荒い息と青白い顔でそれに応えたが、もはや立っている事も困難であった。

「お前がテロルか…」
「ハアハア…。殺してやる…。殺してやる…」

 エリ子中尉は拳銃を抜くと、即座にテロルの心臓に狙いを定めた。
続けざまに3発を撃ち込み、その効果を確認した。前のめりに倒れたテロルは血の泡を吹きながら、呟いた。

「おぉ…。大地が搖れる。やってきたな、巨大生物の津波が。ちょっとの違いだ。お前達もじき滅びる…」

 だが、最後まで語る事は出来なかった。永遠の沈黙がテロルを訪れたからだ。

エリ子中尉
「終わった。全てが終わった…」
情報部観測班
「中尉っ! 大変ですっ! 巨大生物が日本海を埋め尽くしてやってきます」
参謀長
「何だとおっ! なぜ、分からなかったのだっ!」
情報部観測班
「爆発で空中のセンサーが破壊されましたので…。それに衛星のセンサーはエリアが狭くて…」

 指示を仰ごうとエリ子中尉を振り返る参謀長。しかし、彼女は虚ろだった。

エリ子中尉
「終わった…。何もかも…」
情報部観測班
「中尉っ! 退避して下さいっ! 巨大生物は物凄い速度ですっ!」
参謀長
「…帝都に急報せよっ! 巨大生物の津波が接近中となっ! くそうっ!テロルをやっとの思いで殺したと云うのに、結局は日本も皆殺しかっ!」
情報部観測班
「ダメだァっ! 逃げられないっ!」

 風と同じ速度で走る巨大生物の津波は瞬く間に上陸し、呆然と立ち尽くすエリ子中尉と、かつてテロルと呼ばれていたもの、更に移動司令部を粉々に踏みつぶした。

「テロル以下超アーリア人を全滅せり。しかしエリ子FCも全滅。エリ子中尉、戦死せり。巨大生物、日本に上陸し帝都に急速接近中」

 次々と入る情報に海江田首相は困惑の色を隠せない。

海江田首相
「世界最終戦争は両成敗か…。しかし、巨大生物は残った。我々にはもはや力が残っていない…」
大臣A
「このまま手をこまねいている事は出来ません。既に帝都ではパニックが発生しており、拡大の一途です。巨大生物の侵攻を食い止める方法は無いのですか?」
大臣B
「食い止めると云っても、富嶽爆撃隊は全滅だし、何と云っても、数が膨大すぎて攻撃は無理だ」
大田中佐
「やっぱり縮退炉を使うべきだと思いますが。ブラックホール爆弾として」
大臣C
「蟲の子供を傷つけて、それを囮にして誘導するとか…」
大臣D
「危険度か高いし、しかも群れは帝都に接近し過ぎている。もう遅いっ!」
大臣E
「蟲と話が出来る鳥の人は居ないの?」
大臣F
「蟲の好きな餌を蒔いて、それで誘導するか?」

海江田首相
「ここで議論していても始まらん。市民の不安を行動で解消せねばならない。国防軍の残存兵力を使って、市民を高台に移動させよ」
山中国防相
「首相も退避して下さい。VIP専用ヘリコプターを用意しました」

「市民の皆さん、こちらは国防省です。巨大生物が帝都に接近中です。国防軍は全滅しました。すぐに高台に避難して下さい。繰り返します。…」

「どうして、こんな事になったの?」
「海江田だっ! あいつが悪いんだっ!」
「そうだ。世界平和だの、国連軍だのとでかい事云っていた癖に、何も出来ないじゃないかっ! 無能っ!」
「海江田を出せっ!」
「そうだっ! 海江田は何をやって居るんだっ!」
「自分だけ安全な所でぬくぬくと生きて居るんだろう? エエっ?!」
「軍隊を出せっ! 公僕っ! 出てこいっ!」
「こう云う時の為の軍隊じゃないのかっ! 税金泥棒っ! 金返せっ!」
「だから、俺は海江田なんか嫌いだったんだっ! このファシストっ! 人殺しっ!」
「皆さん、これは神の怒り、神のお叱りなのです。神に祈りましょう。必ずや助かりますっ!」
「ざけんじゃねえっ! このクソ坊主がっ! 金ばかり取りやがってっ!丁度良いっ! たたっ殺せっ!」
「死ねエエっ! 神とやらが復活させてくれるんだろう? 恐くないよなァ〜」
「次はどいつだ? どうせ死んじまうんだ。皆殺しにしてやるっ!」
「てめえっ! いつもでかい面しやがってっ! 日頃の恨みっ!」
「こいつ金貨なんか持ってら」
「金歯でも良いぞっ! 全部とっちまえっ!」

 ついに群衆は乱闘を始めた。治安軍は居るには居たが、人数は少ないし、群衆が余りに殺気立っているので、敵前逃亡する有り様。そんな事をやっている間に、巨大生物の群れは猛烈な地鳴りと土埃を伴って疾風の如くやってきた。群衆の狂気は恐怖と絶望へ変化した。群衆は逃げまどい、倒れ圧死する者数知れずと云う有り様であった。

「わァ〜、助けれくれ〜っ! 死にたくないよ〜っ!」
「キャア〜っ! ギャア〜っ!」

 …と、その時、風が変わった。
 爆風の様に迫る風がピタリと止まり、地鳴りが止んだ。まもなく地鳴りは再開したが、今度は遠ざかって行くばかりであった。

「…」
「どうしたんだ…」
「何がどうした、どうなった?」
「蟲が居ない…」
「ウソ…ホント?」
「…助かったんだっ!」
「わーい、やったァ、やったァっ!」
「皆さんっ! 神に感謝しましょうっ!」
「万歳っ!」

 歓声を圧して、大型ヘリコプターが高台に下りてきた。皆が観ていると、降りてきたのは、海江田首相であった。

「おいっ! 海江田首相だっ!」
「そうか、海江田首相が何かやったんだっ! それで蟲が引き返したんだっ!」
「凄いぞっ! やっぱり海江田首相は凄いっ!」
「魔術師、海江田っ!」
「ミラクル海江田っ!」
「海江田首相、万歳っ!」
「だから、俺は海江田首相が好きなんだ。いつも云っているだろ?」
「海江田首相、万歳っ!」
「海江田様っ! 神様っ! ありがたやありがたや…」

 海江田首相は、群衆にもみくちゃにされながら、大歓迎を受けていた。
 海江田首相万歳の声は途絶える事無く、果てしなく続いていた。

 その頃、インドラから海路アフリカへ脱出を図った村井司令は小アジアにあった。
 アフリカが既にカビの森に沈んでいた為、急遽進路を変更したのであった。

「この辺は海からの風で胞子がやって来ない様だな」
「はい。しかも、土地は豊かです」
「ここに留まろう。皆も疲れたであろうし」

 難民は脱出時1億人を超えたが、途中の進路変更や事故で次々に脱落し、今では二千万人に満たなかった。

「時に、ここは何と云う国だ?」
「国名が変わって、確か…エフタルとか」

                        おしまい'92.07.10

SVD85360 オータム
EHF41721 土鬼トルメキア二重帝国皇帝 ナムリス(陛下とお呼び!)(^_^)


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