讃美歌332番 「主はいのちを」

■この歌は、原作者フランセス・ハヴァガル(Frances Ridley Havergal 1836-79、英国人)が、ドイツに滞在中、ヅュッセルドルフのギャラリーで有名なシュタンバーグ(Sternberg)作の”Ecce Homo”「この人を見よ!」の前にたたずまい、絵画の添え書き「我、汝の為にこれをなせり、汝はわれの為に何をなしたるや? This have I done for thee;what has thou done for Me?」に感銘を受けて作詞したという説があるが、ハヴァガルの手記には何もそれらしきことは記されていない。この絵は、鞭打ちを受け血を滲ませてピラトの前に立っているキリストを画いたものである。
■この歌の題は、Thy life was given for meとなっているが、カッコ書きの(I gave my life for thee)が原作者のもので、讃美歌の編纂者が原作者の了承を得て変更したとある。しかし、原作者は、自分の歌詞のほうが自分の受けた感銘に一層忠実であると言っている。

■フランセス・ハヴァガルは、19世紀イギリスの代表的聖歌詩人であった。讃美歌の作詞と作曲とに尽くした国教会の聖職を父に持ち、広い教養と稀な詩的天分に恵まれ、父の転任により各地を転々としながら宗教詩と讃美歌との創作に努めた。彼女の詩歌は献身と清潔とを主題とするものが多いため「清潔の詩人」と呼ばれる。

■ SternbergとEcce Homo制作の年代について、インターネットで色々と調べたが見当たらなかった。しかし、調べているうちに、この絵画が間接的にJohn Wesleyのメソジスト運動(18世紀前半)やアメリカにおけるJonathan EdwardsやGeorge Whitefield等による第1次大覚醒運動の起点となっていることが分かった。讃美歌略解のチャールス・ウエスレーの説明の項に「兄ジョン・ウエスレーと共に伝道のためアメリカに渡ったが、事志しに反してイギリスに帰り、1738年、モラヴィア派の集会で回心を経験した。」とある。このモラヴィア派は、現在のチェコ共和国の南方にあるモラヴィア地方で18世紀の初め頃、キリスト教徒が迫害を受け(この時代、チェコの首都プラハは、神聖ローマ帝国ハプスブルグ家の居住地でプロテスタントの信仰は禁止されていた。)北方にある現在のドイツのザクセン領主Nicholaus von Zinzendorfの庇護を受け、その後、アメリカ大陸をはじめ各地に移住し或は宣教団を派遣するなど活発な宣教活動を行った。Zinzendorfは、1720年にSternbergの”Ecce Homo”に接し、一生をキリストの福音の為に捧げる決心をしたと言われる。尚、アメリカに移住したモラヴィア派は、1740年ペンシルヴァニア州に、1753年南カロライナ州に永住の拠点を設営した。

■作曲はPhilip Paul Bliss1838-1876 米国人)によるものである。曲名は”Sacrifice”となっているが、ホームページにはこの曲名ではなく”Kenosis”となっている。Kenosisの謂れは分からない。

ブリスは、福音唱歌(Gospel Songs)作家中の優れた人である。ペンシルバニア州に生まれ、シカゴで音楽を学んだ後、音楽を指導し或は聖歌隊の指揮者として又日曜学校の校長として日曜学校用の歌曲を作った。19世紀項半の米国では、キリスト教の改革運動(大覚醒運動-the Great Awakening-)のうねりの中で19世紀最大の説教家(evangelist preacher)と言われるDwight Lyman Moody1837-1899)が、聖歌歌手(gospel singerIra D. Sankey1840-1908)と組んで全米はもとより英国を始め大陸諸国を巡回伝道し多くの人々を信仰へと導いたが、各地での集会でSankeyが好んで用いた聖歌の一つがブリスの作ったものである。Gospel SongsHymns)のカテゴリーは,MoodySankeyの活躍によって確立されたもので米国讃美歌の第2期黄金時代を形成した。Gospel Songsの特徴としては、福音書の教えを強調した平易、簡素で反復的、庶民的、律動感ある旋律で愉しく歌い易い作品が多い。

Gospelの起源について

英語の讃美歌”hymn”がギリシャ語”hymnos −神々、英雄或は著名人を称えるための歌―”を語源としている様に、ローマ帝国でキリスト教が認知されキリスト教が帝国の内外に布教されていったので国々固有の言葉のなかでキリスト教に関する用語(聖書、礼拝など)は当時のローマ帝国で使用されていたギリシャ語やラテン語がそのまま或は語源として取りいれられていった。教会”church”オルガン”organ”ミサ”mass”司祭”priest”などギリシャ語或はラテン語から英語になった。ところが,God”は数少ない英語のオリジナルで紀元4、5世紀から英国に移住し始めた現在の北ドイツ地方に住んでいたAnglo-Saxon系の神を表わす言葉である。6世紀の終わり頃、教王グレゴリウスが布教の為聖アウグステイヌスを英国に派遣した際、改宗を容易にするためAnglo-Saxon系民族固有の宗教用語を尊重した為といわれる。そして,Gospel”はAnglo-Saxon系の”Godspell”即ち”良き報せ=福音”から来ている。

背景のmidiは新たに作成しました。