二編178番 『馬車よ、おりてこい』

  初めはフィスク大学のジュビリー・シンガーズの歌として1872年に出版され、そこから多くの歌集に転載され、19世紀末にはすでによく知られた黒人霊歌(当時は「プランテーション・ソング」とか「奴隷の讃美歌」などとも呼ばれた)であった。独唱と合唱の掛け合いは、いわゆる「コール・アンド・レスポンス(call and response)」であって、黒人霊歌にしばしば見られる歌い方である。

フィスク大学は1860年にテネシー州ナッシュビルに創立された黒人大学で、大学の資金調達のために9名の黒人学生からなる合唱団ジュビリー・シンガーズが結成され米国北部を始め、イギリス・ヨーロッパ大陸を巡業し、はじめて黒人霊歌を欧米に広く知らしめた。

■聖書の引用箇所は列王記下2章11節とある。「彼ら(エリヤとエリシャ)が話しながら歩き続けていると、見よ、火の戦車(chariot)が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った。」エリヤが地上での使命を終え、後継者エリシャを残し天に召されるときの出来事である。

■讃美歌の歌詞と原歌詞(英語)をそのまま対比すると;(おりかえしと1番のみ)

(おりかえし)

馬車よ、おりてこい、

Swing low、sweet chariot、

ふるさとへ帰るのだ。

Coming for to carry me home

馬車よ、おりてこい、

Swing low、sweet chariot、

ふるさとへ帰るのだ。

Coming for to carry me home

 

1番  私は川岸に立ってる、

I looked over Jordan、and what did I see?

ふるさとへ帰るのだ。

Coming for to carry me home

あぁ、天使がそこで待ってる、

A band of angels coming after me、

ふるさとへ帰るのだ。

Coming for to carry me home

 

原歌詞の「川」とは「ヨルダン川」であり、ここで「馬車」は上記、列王記下2章11節にあるchariotとなっている。 Chariotは馬が引く2輪の戦車でありローマ時代などでも使われ、映画『ベン・ハー』の戦車競争のシーンにも出てくるものだが、歌の内容は聖書に忠実ではなく、chariot も普段見慣れた「馬車」と理解していたかもしれない(実際に奴隷たちが使っていたそりのような荷物の運搬道具が chariot と呼ばれていた)。黒人霊歌以外にも chariot は題材になっていて、1940年代のゴスペル曲に "Swing Down Chariot (Let Me Ride)"がある。

原歌詞の「私をふるさとへ連れていくためにやってくる(Coming for tocarry me home)」とはさまざまな理解ができるが、自由の天地に逃れることあるいは救い(salvation)とも解される。二編の讃美歌にある黒人霊歌は、奴隷制度の過酷な生活からどうにかして逃げ出したい希望を旧約の偉大な指導者(モーセ、ヤコブ、エリヤ)に見出し自分や仲間を励ましている素朴な心情がひしひしと感じられるものである。

背景のmidiは新たに作成しました。

   

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