讃美歌第2編195番 「キリストにはかえられません」

■作曲者George Beverly Shea1909-現在、米国ノース・カロライナ州に住む)は、Billy Grahamの伝道活動をゴスペルソング歌手として盛り立てた一人であり、彼のバス・バリトンの歌は多くの人たちを魅了した。そこで、彼の名前でインターネット検索したが、ほとんどのホームページがグラハム協会のhttp://www.billygraham.org/に関連しており、曲も含めて有料(MP3とかCD)になってる。そこで作詞者のMrs.Rhea F. Millerで検索したところ、この賛美歌“I’d rather have Jesus than silver or gold”を載せたホームページの数の多さといろいろな楽器や編曲でMIDI化されているのに大変驚いた。如何にアメリカ人の間でこの歌が親しまれているかの証明であろう。ところが、作詞者の経歴について記しているのが見当たらず、多分、作詞者の娘(Sissy)が書いたものと思われるメモ程度のものしか見つかったのでそれから作詞者について簡単に触れる。

■作詞者は1985年頃に亡くなったらしい。この歌が1925年作とあるので,おそらく誕生は1900年の初め頃であろう。夫は全米各地を回ったとあるのであるいは牧師であったかもしれない。大変敬虔なキリスト者であり、文字通り、この歌詞にあるような一生であった。

44年間連れ添った夫に先立たれた5年後に、住んでいる家が全焼し、すべてを失ったが、彼女は、「さあ、これでイエスと二人だけになることが出来た。」と娘に言ったそうです。

■作曲者Sheaが、23歳のとき教会やキリスト教のラジオ番組を続けるか、或いはニューヨークで高給が得られる歌手の道を選ぶかについて悩んでいた。ある日、自宅のピアノの前で次の日曜日の賛美歌の準備をしようとしたとき、ピアノの上にRhea F. Millerのこの詩を見つけた。彼はすぐさま詩の作曲を始め、これを父の教会の礼拝に使った。この詩が、彼のその後の人生の指針となり又、この歌を世界中の人々とともに歌うこととなったのである。

尚、賛美歌第2161番「輝く日を仰ぐとき」“O Store Gud”の解説で、このスウエ―デンの賛美歌をアメリカで広めたのはGeorge Berely SheaBilly Grahamの宣教活動で歌ってからと説明しております。Sheaの魅力の一端を示すものです。

 

背景のmidiは新たに作成しました。