グレゴリオ暦と2000年問題

 

(5)グレゴリオ暦と2000年問題

さて,昨年のMillennium西暦2000年は,コンピュータの2000年問題で
賑わいまししたが、もう一つ、暦の上でも400年に一度という
グレゴリオ暦で決められたある重要な年でした。
その事についてユリウス暦との関係でご説明します。

そもそも1年というのは太陽年又は回帰年といわれるもので,
太陽が春分点(昼間と夜の長さが同じになる日)を出発し,
天球を一周して再び春分点に帰るまでの周期でありますが,
これも毎年少しの差があります。
この平均の長さは365.2422日であります。この為4年に一度閏年を設け,
2月を29日として一日増やしております。即ち,4年間の年平均日数は
{(365x4
+1)/4=365.25となり、0.25と0.2422との差
.0078日分1年で長くなり,言い換えれば128年で一日長くなります。
ローマ時代に制定されたユリウス暦は
,
この差を調整しておりませんでした。

西暦325年のニカイア公会議で決められた復活祭の基点となる春分の3月21日は、
ローマ教皇グレゴリウス13世の頃(16世紀後半)には日付と季節とのずれは
10日にも達し{(
1582-325年)X0.0078=9.8日}当時の春分は3月11日
になっていました。
教皇は
,改暦委員会を組織し,1582年10月4日の翌日を10月15日として
10日飛ばし
,
閏年を400年で3回省くことにして春分が3月21日になるよう
調整した新暦を実施しました。
現在すべての国で共通に用いられているグレゴリオ暦であります。

閏年は4で割り切れる年ですが,400年で3回省く方法として、
西暦の4桁の最初の二桁が4で割り切れない年は閏年がない年としました。
例えば,1700,1800、1900年は閏年がありませんでした。

2000年は閏年が省かれない年でした!!

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