5月27日 「聖霊を受けなさい」 創世記27節、

ヨハネによる福音書2019-23節  

秋葉恭子牧師

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創世記2

7   主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

 

ヨハネによる福音書20

19 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。

20 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。

21 イエスは重ねて言われた。「あなたがたたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」

22 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。

23 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

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「ペンテコステ」はクリスマス、イースターと共にキリスト教の3つの大きな喜びの1つである。「ペンテコステ」とは、ギリシャ語で50番目という意味である。過越の祭りから50日目、すなわち十字架から復活された主イエスが40日間弟子達の前に現れて、天に昇られた後、約束通り50日目に弟子達の間に聖霊が降り、教会が生まれ伝道が始まった。歴史に刻まれたペンテコステである。人は神が人の鼻に息を吹き入れられて人となったが、やがて人は神を忘れ罪を重ね、土の塵に帰るしかない虚しいものとなった。創世記は、人間の卑賤(土の塵にすぎない者)と尊厳(神の形に造られて命を吹き込まれた者)の両面を伝えており、これはまた、人間が神と隣人を愛するように造られていることを指し示している。教会は人の尊厳が神の命の息にあることを知る人々が集まるところであり、信仰を持つ者はその意味をこの世に伝える使命がある。

土の塵に帰るしかない虚しいものとなった人間のために、神は御子イエス・キリストをこの世に遣わし、魂も体も健やかに生きるものとしての道を開いて下さった。その道とは、主イエスの十字架において示された罪の赦しにあずかる、すなわち、聖霊を受けることである。戸を締めて鍵をかけて息を潜めていた部屋の真中に立った主イエスから、弟子達は「あなた方に平安があるように」と聖霊を受けて、教会は誕生した。これが、ヨハネが描くペンテコステの本質である。私達は洗礼と聖餐で聖霊を受け続けなければ信仰を保つことができない。マルコ1412節の「(パンを)取りなさい。これは私の体である」は、「聖霊を受けなさい」と同じ福音である。全ての人に「聖霊を受けなさい」と語りかけられる主イエスの呼びかけを、私たちはまた、この世に伝える使命がある。

 私たちは、これらの使命を忠実に果たしていきたい。

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