910 「洗礼者ヨハネの受難」 イザヤ書581-2節、

マルコによる福音書614-29 

秋葉恭子牧師


イザヤ書
58

1   喉をからして叫べ、黙すな

  声をあげよ、角笛のように。

  わたしの民に、その背きを

  ヤコブの家に、その罪を告げよ。 

2   彼らが日々わたしを尋ね求め

  わたしの道を知ろうと望むように。

  恵みの業を行い、神の裁きを捨てない民として

  彼らがわたしの正しい裁きを尋ね

  神に近くあることを望むように。

 

マルコによる福音書6

14 イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」

15 そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。

16 ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ」と言った。

17 実はヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロデイアと結婚しており、そのことで人をやってよはねを捕らえさせ、牢につないでいた。

18 ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。

19 そこで、ヘロデはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。

20 なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。

21 ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、

22 ヘロデの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、

23 更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と堅く誓ったのである。

24 少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は、「洗礼者ヨハネの首を」と言った。

25 早速、少女は大急ぎで王のところに行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。

26 王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。

27 そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、

28 盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。

29 ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めた。

 

イザヤ書58章で、神に従う道とは、人々が日々神を求め、神の御心を知ることを望む生き方、人々が神を愛し、隣人を愛すること、また、自分の罪を認めて神の裁きを受け入れること、そのために神が近くにいてくださることを望むこと、であると示されている。旧約の預言者たちは、このことを喉をからして叫ばねばならなかった。

今日の聖書の箇所で、マルコが洗礼者ヨハネの受難のエピソードを印象深く書き留めたのは、この世の罪深さを様々に描写し、神を恐れず人を恐れる価値基準が人々を限りない罪へと追い込んでいくことを指し示し、そして、人々をその罪から解放するために神の御子である主イエスが十字架の死による贖いへと、即ち受難の道へと進まれることを指し示すためであった。

ヘロデは当惑しながらも、即ち、神への恐れを抱きながらもこの世の富と栄誉を求める妻ヘロデアの謀略を見抜けず、軽率な言動がもたらした愚かさを悔い改めることなく自分の体面を保つことを優先させた。ヘロデを取り巻く人たちも、その権威を恐れ諌めることもしなかった。こうして、人々に悔改めと救い主イエスの到来を指し示す者として神から遣わされた洗礼者ヨハネは、この世の罪によって殺されたのである。また、人々は主イエスが救い主であることを理解することができなかった。「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」

新約に生きる私たちには、主イエス・キリストが聖書を通じて与えられ、十字架による罪の贖いと復活による新しい命と言う福音のメッセージが与えられている。私たちはこの恵みに感謝し、折が良くても悪くても、この主イエスの福音を喉をからして叫ばねばならない。

 

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