宣教師の直球
| 今日は宣教師モーティマー先生による伝道礼拝 いつもお会いしている先生も、話を聞くのは初めてで楽しみ どんな話が聞けるのか? 「私たちの前と後」 エペソ2章1−5 ノンクリスチャンの立場 そしてクリスチャンの立場 ビフォアーアフターである。 ノンクリスチャンは 霊的に死んでいる! 神に背いている! この世の流れに乗っているだけ! 希望がない絶望! もう、けちょんけちょんである(涙) 今でこそ、冷静に聞けるが4ヶ月前だったら 怒って退室していただろう。 直球勝負にたじたじである。 「ノンクリスチャンだったころを思い出してみなさい」と言うのだが 今のオレはノンクリスチャン おまけしてもらっても2ヶ月前までは罪のかたまり ひどすぎるわ先生! たしかに教会に来る前の自分は、絶望とまではいかなくても 希望というものがなくなっていた。 聖書の教えに背くことばかりしていた。 人にだまされ、組織に刃向かい、親に刃向かい、孤独を好み、 結婚の約束をしていた女性とも別れ・・・ もう、残りの人生は惰性で生きていこうと思っていた。 それでも、死んではいない、生きていたような気がするのだが・・・ だから、洗礼を受ける決意をしたとき昔の生きていた自分が死んだと 思っていた。しかし違ったようだ。 高橋先生のお話は変化球なのだがコーナーをつくストライク モーティマー先生は、直球ど真ん中のストライク ズシンときたよ。 それでも、最後 「神さまはノンクリスチャンにも希望を与えてくださる」 とおっしゃってくれた。 いままでの自分にも神さまの恵みが与えられていたと信じたい。 そして、自分の大切な友達、両親、そして別れた彼女にも 恵みが与えられていると信じたい。 神さまの愛は絶望から希望へと変えてくれる。 つづく |