草千里(九州阿蘇)                                             2002年8月訪問      
 東西18km、南北24km、周囲100kmの世界最大級のカルデラを有する阿蘇。カルデラの中は鉄道、国道が走る水田・畑作地帯であるが、中央火口丘の阿蘇五岳(あそごがく)や外輪山は24千haの草原が広がり、牛の放牧が盛んだ。阿蘇五岳の一つである烏帽子(えぼし)岳の北西に広がる放牧地「草千里(くさせんり)」を訪れた。

 薄明かりの早朝、阿蘇の1000m級外輪山の最高峰である大観峰(だいかんぼう)に立ち、阿蘇谷を挟み中央火口丘の根子岳と高岳を望む。青黛(せいたい)の阿蘇五岳の稜線は仏の寝姿に見える。

 烏帽子岳(1337m)の北西に広がる草千里。烏帽子岳の側火山として活動した千里が岳火山の火口跡である。直径1kmの草原で、中央に小高い丘「駒立(こまだて)」がある。二つの池の畔(ほとり)には牛が点在している。烏帽子岳は遠く九重山や雲仙岳を展望できることから国見山と別称されている。

 朝の霧の中からゆっくりと挨拶に現れた牛は、熊本県特産の褐毛和種の成雌牛で、春から秋まで放牧地で過ごす。緑の放牧地で草をはむ肥後の赤牛は阿蘇地方の風物詩である。褐毛和種は他に高知県で飼われているが、高知県のは、鼻、まつげ、陰部、尾などが黒い(毛分けという)のに対し、熊本県のは写真のように一枚色である。

 休息する牛群。黒毛和種の牛群が混じる。近年、放牧適性の高い褐毛和種より、肉質の高い黒毛和種牛を飼養する農家が増えていると聞く。見かけた牛の1/3程が黒毛であった。阿蘇郡内の放牧頭数は、99年の9,700頭を底に増加に転じ、1万頭を超え、省力、低コストの放牧が見直されているという。

 肉牛とともに馬の放牧も行われている。サラブレッド等の軽種馬でなく、肉用の重種馬である。牛と同様静かでおとなしい。阿蘇の放牧は平安時代にさかのぼる千年の歴史があり、もともと馬の放牧が始まりという。熊本市界隈は馬肉の小売店やレストランが目についた。

 牛や馬の胴体には、預託農家の識別用の独特の印が付けられている。印を見ると、牛は農家ごとにグループをつくり行動していることがわかる。

 他日、沖縄に向かう飛行機から、雄大な阿蘇の全貌を眺めることができた。カルデラの雲海に阿蘇五岳が浮かび、中岳が噴煙をあげる。

視て歩き考:草千里から中岳に至る牧歌的な放牧草地は、活火山の中岳とともに年間1300万人が訪れる阿蘇観光の目玉である。阿蘇は降水量が3千mmと多く、自然に放置すれば森林になるが、千年にわたり、放牧、野焼き、採草により草原景観として維持保全されてきた歴史がある。初めて踏む豊かな開放された人為的草地景観は、その過酷で厳しい歴史と重なり、厳粛な感慨を誘う。             戻る