unconscious hypocrite

―無意識の誘惑者―


 


啓介は人が大勢いる所が好きである。
峠でも涼介が孤高の存在と目されているのに対し、太陽のような性格で啓介は慕う者が多い。
街中を歩いていても涼介は遠巻きに見詰られるのに対し、啓介は声を掛けられることも多い。
だから、そんな啓介の心を占めているのは自分だ、というのを確かめたくてわざと人込みに紛れて「迷子」になってみる。



「…っ、アニキっ?!」
デートしようと、日曜の昼食後、大型ショッピングセンターに涼介を誘った。
新刊を見にいきたかったから構わないと柔らかい微笑と共に返され、頬に今更ながら熱の篭るのを感じながらFDのナビにエスコートしたのに。
ショッピングセンターの溢れる人込みの流れの中を歩いているうちに、見失ってしまった。
「…くそっ、手、繋いでればよかった…っ!」
すらりとした長身、冷艶の美貌は人目を引くはずだから、すぐに見つかる、大丈夫、と心の中で呟きながら周りより頭一つ分高い顔を巡らす。
けれど子供のはしゃぐ声、大人達のざわめく声の中に涼介は見当たらなかった。
心細くなり始める。
前を見て、後ろを見て。
右を見て、左を見て。
「…!? ママっ、どこーっ!?」
ふいに近くで起こった泣き声にビクリ、と肩を揺らした。
つられて己の涙腺も弛みかけて慌てて瞬きして堪えた。
20を過ぎた男がべそをかいてはいられない。
「! よかった…! 手、放しちゃダメって言ったでしょう…!」
駆けつけた母親に抱き上げられ、子供が安心してまた泣く。
遠ざかっていく泣き声にほっとして改めて周囲を見渡し溜息をつく。
「俺も…アニキと手、…ホント、繋ぎたかった……」
人目があるところで涼介がそんなこと許してくれていたのは幾つの頃までだったか。
「…って、ンなコトに浸ってるバアイじゃなくて、アニキだよ、アニキ!」
金褐色の頭をきょろきょろと必死で巡らせた。


「…あいつ、ほんと、いっこのコト考えると他のコト、考えらんないのな…」
2Fの吹き抜け、1Fが見渡せる手摺に肘をついて、うろうろ動き回る目立つひよこ頭を涼介は観察した。格好に後ろには背丈程の観葉植木鉢で死角ができている。
「……あ〜あ、ドコ行ってるんだ…、食品売り場行ったっているワケねぇだろ…、家出る前『新刊見たい』って言ったんだから、すくなくとも本屋入ってる2F探そうって………考えないのが啓介なんだよな…」
どうやら涼介のいる2F吹き抜け下のベンチのあるホールを基点に探しているようであった。
必死で探す様が激しく求められているようで凶悪な愛しさが込み上げる。
「…携帯で今いる場所聞こうって手段、思いついていないみたいだし…」
ベンチに座り込んで休憩に煙草を1本、吸おうとしたのだろう、ポケットに突っ込んだ指先にそれが触れて涼介に向けて発信しようとする仕草が見えた。
「お、気が付いた。気が付いたってことで俺も移動だな…」
躰を手摺から起こし、もう一度本屋に向けて歩みを進めた。
すぐに着信。
「はい…」
『っ、アニキ!』
泣きそうな声、かな?、と耳許で呼ぶ声を聴いた。
『どこっ?! どこいるんだよ?!』
「何言ってるんだ? 啓介? 俺は『新刊見る』って言ってただろう?」
『え?!』
きっと鳩に豆鉄砲の可愛らしい顔してるんだろうなと微笑する口許を先程買った新書で隠しつつ、白々しい返答を送る。
『…あっ…!』
ようやく2Fの本屋だとあたりをつけられたらしい。
『そこ動くなよ!』
「はいはい」
一目散に駆けつけてくるだろう大型犬をゆったりと待ち構えた。


「アニキっ、手!」
合流するなり啓介は右手を差し出した。
「何?」
「繋ぐの!」
涼介は数度瞬きすると、手にしていた新書を啓介の差し出された手に置いた。
「アニキ!」
「莫迦、小さい子供じゃないだろう」
律儀に本を持った啓介をそのままに歩き出す。
「だってまた見失っちゃったら…」
涼介が意図的に人込みに紛れたことに気付いていない。
やっぱり盲目的だと、これまた極悪な幸せに浸かる。
「探せよ」
「え?」
追い掛けるために踏み出した啓介の脚が一瞬止まる。止まるがすぐに一連の動作に戻った。
「探せ」
蠱惑を込めた視線で涼介は啓介の双眸を見遣った。
「……ったりマエじゃん。探すぜ?」
涼介を見つけた安心からか、涼介が求めていることを察知したからか、にやり、と余裕の笑みで返す。
蠱惑を目許から口許にも伝播させ、
「…べそかいても構わないから」
「なっ、べそなんか、かいてねぇもん…!」
涙腺の弱い目を啓介は慌てて擦った。
知っているかの様に小さく笑い続ける涼介に追いつき、
「それより、もう帰ろうぜ…?」
 人込みを擦り抜け歩く涼介に歩調を合わせる。
「何だ? お前は用事すんだのか?」
啓介の手の中で玩ばれ始めた本を痛む前に取り上げ、自分を探すために時間を費やしていたことを思う。
「うーん、用って……」
決まり悪げに口篭る啓介をじろり、と睨め付ける。
「まさか何か企んでたのか?」
「企むってホドのコトでもねぇんだけど…」
「言え」
「う……怒んねぇ…?」
涼介のシャツの袖を軽く掴んで甘えてみせた。
「言え」
「ごめんなさい、単にアニキ連れ歩いて、アニキ見せびらかしたかっただけです!」
有無を言わさぬ涼介の声に正直に白状してしまうのは、幼い頃からの涼介の躾の結果だと啓介は理不尽を感じた。
「……なんだ。そんなことか」
罠を仕掛けるためには材料が必要。
「俺はお前にだけ、見せたい俺を、夜に、見せようと思ってたけど…こんな大勢に見られて減ってしまったから、やめにするか」
だけ、と、夜、という単語にアクセントを付け、あっさりと流した。
「ウソっ…?! だいじょぶ、アニキ減ってないって…!」
考えを翻させようと来る時以上の恭しさで啓介は再びFDへ涼介をエスコートした。



涼介は人が大勢いる所が苦手である。
峠でも啓介が何だかんだと、すぐにつっかかってこられるのに対し、月のようなカリスマで涼介は信奉する者が多い。
街中を歩いていても啓介はカルく見られるのか逆ナンパされやすいが、涼介はその美貌で圧倒する。
でも、そんな涼介の心を占めているのは自分だ、というのは分っているから、「求め」に応じられるのは自分だけだ、と分っているから………。



 

 

 

<コメント>

…涼啓では啓介は「無意識の誘惑者」な天然受らしい…(人伝え)
…啓涼では……ダメだ、どう考えてもアニキ、めさ意識的に誘惑するよ…誘い受…(がくり)
ということが去年あったので。
それが切っ掛け…なのかな??
もはや去年のことなので思い出せません。(トリ頭)
でも啓介の「無意識の誘惑」でアニキが思わず「誘い受」すれば問題ないじゃん、とは、つい最近考えました。
どうなのでしょうか? あずさ様、並びにこの駄文を見てしまった貴女…。
…前作に引き続き、自省と精進がわたくしには認められます。

 

 

 

>仁礼麗子さまよりいただきましたv

 「無意識の誘惑者」啓介。確かに、なにせ「考えるよりも先に体が反応する」人ですからね。まさに無意識。

 ですが、Dでもっとも警戒すべきは、両エースのスピードもさることながら、兄の頭脳。やはり兄にはその頭脳を駆使して全力で誘惑していただかねば。麗子さまがお書きになったこの兄のように! それが兄受けの醍醐味というものでしょう♪

 あ、でも、兄が日頃啓介に向ける微笑って、けっこう無意識っぽいですよね。啓介が可愛くて、思わず、といった感じ。あの兄にそんな微笑みを見せられたら、計算ずくの誘いよりもよほど強烈な誘惑になるのでは?

あずさ

 

 

 

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