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1年後に貴方の大事な人が死んでしまいます。
でも、貴方の命を差し出すならその大事な人を救ってあげましょう。
そう言われたらどうする、なんて聞かれた。
とっさに、大事な人助けてくれるなら、差し出しちまうよなぁと答えた。
アニキが死んでしまうなんてゼッタイにイヤだと、純粋に思ったから。
「だから、俺ってアニキのこと自分の命より愛してんだなぁって実感したワケ!」
定位置である涼介のベッドに腰掛けて啓介は言った。パソコンのディスプレイを見ていて振り返って目を見てくれなくても、しっかり聞いてくれていることは知っていたから気にしていない。
本心としては間直で囁くように言いたかったが。
「なぁなぁ、アニキは俺があと1年だって言われたらどうする〜?」
無意識に同じ答えを望んでいたことを、断られて啓介は初めて自覚した。
「…いや、俺はどうもしないが……」
「え〜?!」
すごく薄情なことを言われた気分になった。"愛してる"に目盛があるようで。
天秤にかけたとするなら、啓介の方にだけ一方的に傾いている事実を付きつけられたみたいで。
唇をとがらせて文句を言おうと酸素を肺に入れた。が、先に涼介の言葉で遮られた。
「だって、俺の命あげちまったら、お前、一人になっちまうだろうが」
咄嗟に意味がとれなくって表情全体で疑問符を表した。
くるり、と椅子を回転させ涼介は後の啓介を振り返り、それまでキーを打っていた指で自分の胸、心臓を指し、
「一人になったらお前、大泣きするだろ。そんなことできないが?」
「……えっ…と、それは……?」
戸惑う啓介の髪に触れるためにベッドの啓介の隣に座り直す。こめかみのあたりから梳いた。
擽ったそうに首を竦める啓介。
「俺のやってもいいが、俺は死んでお前が一人になって生き残って、それでもお前はいいのかってこと」
「あ」
盲点を突かれた。
「俺がお前の命もらって助かっても、たった一人で生き残るんだったら意味ナイだろうって、俺は思った」
言い含めるような声音に、啓介は同じ高さの黒瞳をのぞき込んだ。
「……そうかも…」
「…お前だって俺の命もらったって、たった一人で残るのはイヤだろう? それと同じ」
最後にくしゃっと啓介の金褐色の髪全体をかきまぜて涼介は笑い、また元の作業を続けようと椅子に戻った。
納得したような、させられたような。
それでも曖昧な……。
「……でもさ、助けられんのに助けなかったら、スッゲ後悔すると思うんだケド……?」
思ったことは口に出さずにはいられない、特に兄に関わるときは。直接本人に。
「あのな…」
もう一度ベッドを振り返って優しく微笑む目許。
「お前が死んで、それで俺がぼーっとしてると思うのか?」
「たくさん泣いてくれるって?」
「じゃなくって。お前が目を閉じるまで傍にいて、そのあとすぐに後追ってやるよ。それが俺の答え」
「何か、…愛されてる、俺?」
じっと双眸を見詰めた。視線が、重いくらいに。
「その自信がないか?」
「! いや、自信はある!!」
掻き乱された髪を撫でながら啓介は身を乗り出した。
「……そっかー、あげて残されるんだったら、傍にいて後追えばいいのかー。ん。納得」
「でもそんな、何時死ぬか、代わりになれるなんて話をどうして?」
兄は視線を外してディスプレイへ合わせて聞いた。心配しているのだと、解った。幼い頃から突飛なことを言っては涼介を困惑させてきたから。
「ん、自己犠牲って話だったような気がする…?」
正直に今日、大学であったことを答えた。夜、峠で走っているから講義中、寝ていることも多いことは涼介にはヒミツにしているが、知ってはいるだろう。
「また寝てて聞いてなくって、又聞きとノートコピーなんだろ? 単位、落すなよ?」
「…はぁい」
やはりお見通し。
ベッドから立ち上がり、椅子の背後にまわると肩越しに白い頬に口付けた。
「おやすみ。俺、部屋戻って寝る。…アニキもキリいいとこで終わらせて、ちゃんと寝ろよ?」
「…わかってるよ。おやすみ」
キーから左手を離し、啓介の頭を寄せて頬にキスし返してやった。
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