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1-2 買い物 |
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抱き枕、というヤツは、自分の知る限り数年ほど前からごく一般的に目にするようになった。 だが、と涼介は目の前の売り場に積まれた2種類の抱き枕を見ながら思う。実際にそれを買うのは少々抵抗がある。 一見ただのぬいぐるみのようなイルカ型の方は、まだいい。だがもう片方、科学的に寝心地を追求したと説明書きのあるその形状はといえば。 片方の端は丸く膨らんでおり、そこから一度大きくくびれてから続く胴体部は、曲線を描きながらも、一気に最大幅まで膨らんでいる。そしてその先は、微妙な凹凸と緩やかなカーブを描きながら、先端へ行くほど細くなっている。 もっとはっきり言ってしまえば、その滑らかな曲線が描く形は、人型に、限りなく、近い。 真実、寝心地を追求した結果がこの人型だというなら、人は人を抱いて眠るようにできているのかもしれない。そう思うといっそ微笑ましくもあるし、自分の経験と照らし合わせても納得するものはあるのだが。 なまじそんなことを意識してしまうと、まるで抱き合う相手の身代わりであるかのようなそれをレジの店員に手渡すのは、さすがの涼介も少しばかり気恥ずかしいように思えたのだ。 だが。だからといっていつまでも売り場に立ちつくしていてもしかたがないし、今朝のような事態ももうごめんだ。 と、なれば。 ひょい、とイルカを抱えてレジへと向かう涼介に、もはやためらいはない。
――売り場に立ってから行動に移るまで、様々な思考を巡らしていたにもかかわらず、費やした時間はものの十数秒。さらに、高速回転する頭脳はレジの店員への対応についてもすでにシュミレート済みであった――
「ラッピングをお願いできますか?」 涼介の微笑み付きの言葉に、若い女性店員は半ば意識を奪われながら、感心なことにすでに条件反射になっているらしい問いを発した。 「お誕生日のプレゼントですか?」 「そんなところです。……弟が、一人寝を寂しがるので」
知らぬが仏。その弟の年齢や体格を知る由もない店員は、「まあ」と微笑すら浮かべて、巨大なイルカのラッピングという大仕事に取り組んだのだった。
かくて。その日の晩、イルカは21歳身長182cm体重63sの「弟」の手元にとどくのだった。 |
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兄って、どうでもいいようなことまで 頭の片隅で色々考えてそうじゃないですか? それも一瞬のうちに。
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