オペラ《有間皇子》
2001年3月14日 オーチャードホール
作曲:別宮貞雄
原作:福田恆存
台本:松原正
若杉弘指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団
有間皇子:福井敬
小足媛:大島洋子
間人大后:永井和子
蘇我臣赤兄:多田羅迪夫
大海人皇子:勝部太
塩屋連このしろ:鈴木寛一
中大兄皇子/守君大石:経種廉彦
中臣連鎌足/新田部連米麻呂:北村哲朗
蘇我臣日向/丹比小沢連國襲:志村文彦
物部朴井連鮪:小鉄和広
坂合部連藥:大久保光哉
このオペラが初演されたのは1967年。好評であったというが、その後上演される機会はなかなか訪れず。今回の上演は、初演以来34年ぶりの再演にあたるという。ちなみに初演のさいタイトルロールを歌った中村健氏が、今回の公演プロデューサーである。
有間皇子といえば、学校の歴史の教科書だと天皇家の系図のところにしか名前が出てこない。万葉集の、有間皇子自ら傷みて松が枝を結ぶ歌二首で知られるひと。オペラのストーリーを簡単に述べると、こうだ。ときは大化改新から12年後の657年。有間皇子の父、孝徳天皇はすでにこの世にいない。政治の実権を握るは、皇太子の中大兄皇子と内臣の中臣連鎌足。政情不安定のおり、皇位継承候補のひとりである有間皇子の立場は難しい。政争に巻き込まれるのをおそれ、狂態を装う有間。彼が牟婁(むろ)の湯から帰ってくるところからオペラは始まる。権力への野望に憑かれた男がひとり。蘇我臣赤兄(あかえ)である。翌658年、母の斉明天皇とともに中大兄皇子が牟婁の湯に出かけている最中、赤兄は行動を起こす。まず有間皇子の母である小足媛(おたらしひめ)に接近。ついには有間に迫り、天皇の失政をあげつらい、謀反をそそのかす。有間皇子の館で謀議がなされる。赤兄の讒言により、有間の館が包囲される。小足媛は絶望し自害。有間は捕らえられる。赤兄により牟婁まで護送されていく有間を、磐代の浜まで迎えにきたのは間人(はしひと)大后。先帝孝徳天皇の皇后にして、中大兄の妹。有間皇子からみれば、義理の母親にあたる女性だ。ふたりのあいだに流れる複雑な感情。牟婁で中大兄と鎌足に裁かれている途中、逃げていた部下に有間皇子は救出される。が、藤代坂でふたたび捕らえられ、赤兄の眼前で処刑される。
いかにもシェイクスピア的なドラマ展開である。とくに蘇我臣赤兄の存在に、それが強く感じられる。「オセロ」におけるイアーゴを連想させる人物だ。福田恆存氏が戯曲化を思い立ったのも、赤兄の存在に注目したからではなかったか。登場人物は、すべて実在の人物である。ただ、小足媛や間人大后にまつわるエピソードは史実にない創作。日本書紀に、彼女たちが有間皇子の変に関わったという記述はない。この創作が原作の福田恆存氏によるものか、台本の松原正氏によるものなのかは不明。また謀議がおこなわれたのも、史実では蘇我臣赤兄邸である。舞台を有間皇子の館にしたのは、オペラ化のさいの改変とのこと。牟婁における救出劇も創作である。
別宮貞雄氏の音楽は想像以上にテンションの高いもので、劇的効果抜群。無調的な前衛音楽風のところもあれば、ロマンティックな抒情的陶酔に浸れるところもあり、そのバランスが最適。レチタティーヴォ的なやりとりの部分が大半を占めるが、そこで音楽が単調におちいるようなこともない。アリアやデュエットも、しっかりある。アリアを歌うのは有間、赤兄、間人、小足の4人。レチタティーヴォ的な部分もふくめ、歌の旋律はすべて日本語のイントネーションに忠実。しかもそれをやや誇張しているため、たいへん言葉が聞きとりやすい。これは、狂言の台詞まわしにならったものなのだそうな。また、ワーグナー流の指導動機も活用されている。その主要な動機の楽譜が、冒頭断片だけではあるがパンフレットに載せられており、おかげで聴きながらよく理解することができた。
なかでも私が魅力を感じたのは、有間皇子とその義母である間人大后がやりとりする場面。ふたりの秘められたロマンスが、音楽から匂いたつ。むろんこのロマンスは、史実にない創作である。オペラでも、それが言葉としてあからさまに口にされることはない。が、音楽がふたりの思いを雄弁に物語るのだ。磐代の浜でふたりが語らう場面の音楽の、なんとロマンティックであったことか。なおこのさい有間皇子の有名な歌「家にあれば笥(け)に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」と「磐代の浜松が枝を引き結び眞幸(まさき)くあらはまた還り見む」も、彼のアリアとして歌われる。その陶酔感ときたら、格別。大いに堪能させてもらいました。
この日の上演はコンサート形式。当然、オーケストラは舞台上に乗る。歌手陣の位置は、そのオーケストラ後方の高い壇上。ずらりと横に並んで歌う。衣装がなく、演技もつかないため、そのままだと聴衆は、だれがだれの役なのかさえ理解しにくい。この日は一人二役もあるから、なおさらだ。そこで、字幕の導入とあいなった。歌詞ばかりでなく、その歌詞がだれによって歌われているものなのか、また舞台設定、状況説明など、そうとう細かいことまですべて字幕に表示される。おかげで、字幕にばかり目が行くことに。それが煩わしく感じられることも。ないものねだりの感もあるが、できれば本格的舞台上演のかたちで接したかった。
指揮者の若杉弘氏は34年前の初演のさいも指揮を担当しており、まさに最適任者。私は聴けなかったが、一週間前には都響を振って別宮氏の交響曲第5番を世界初演している。別宮氏からの信頼も厚い模様。この日のオケは、新日本フィル。準備期間は短かったと思われるが、それにしてはたいへんな好演だったと思う。しかし演奏前、コンサートマスターの崔文洙氏が舞台に登場しても聴衆の拍手はまばら。いつもと勝手がちがって、やりにくかったのではなかろうか。
歌手陣で私がいちばん惹かれたのは蘇我臣赤兄役の多田羅迪夫氏。赤兄は「オセロ」のイアーゴ(ヴェルディのオペラでいえば「オテロ」のイヤーゴ)を連想させる人物だと前述したが、むろんイアーゴとまったく同じというわけではない。赤兄は陥れる相手の有間皇子にたいして、友情に近い感情を抱いてもいるのだ。けっして単なる悪の権化というわけではないのである。有間皇子の処刑を目のあたりにして、激しく心を動揺させる人物なのだ。多田羅氏の役づくりは、そうしたポイントをきちんと踏まえた実にみごとなもの。とりわけ幕切れの、息絶えた有間を眼前にしながら複雑な胸中を歌うアリアは絶唱であった。これでオペラ全体が、ぐっと引き締まった。なおこの幕切れの赤兄のアリアは34年前の初演のさいにはなく、今回新たにつけ加えられたものである。よって、この日の上演は「有間皇子」決定稿初演ともいえるのだそうな。
タイトルロールの福井敬氏は、2週間前のツェムリンスキーのときとは異なり、この日はだいぶおさえめ。あくまで皇子としての気品を大切にしたかのような歌唱。狂態を装っているところなど、演技なしの歌唱だけだと、やはり物足りない。間人大后役の永井和子氏は、つい3日前に團伊玖磨氏の歌曲集「マレー乙女の歌へる」世界初演という大役を果たし終えたばかり。たいへんであったと思うが、この日も準備不足を感じさせるようなところは皆無。実に安定した歌唱を聴かせてくれた。すばらしい。小足媛役の大島洋子氏は、もう少し出るところでは出てほしいと思った。アリアや自害する場面における訴求力も、やや弱し。物部朴井連鮪(もののべのえいのむらじしび)役の小鉄和弘氏は、出番が少ないわりに存在感があった。塩屋連このしろ(変換できないのでひらがな表記にしたが、漢字だと「この」は「うおへん」に「制」、「しろ」は「魚」である)役の鈴木寛一氏は、意外に出番が多い。狂言まわし的なところもある重要な役柄。けっして悪くはなかったが、磐代の浜における鮪とのやりとりの場面など、もう少し滑稽味がほしいと感じられたところもあった。その他の歌手陣も皆まずまず。
ということで、もともとあまり期待していなかったせいもあり(^_^;)、意外と楽しめたというのが本音。ライヴ録音を前提とした上演だったとのことなので、いずれCDが発売されることであろう。歌手陣のうち幾人かの歌唱が、いくぶん守りにまわっていたように感じられたのも、そのせいなのかもしれない。それでもCD化された暁には、ぜひもういちど聴いてみたいものだ。そう思わせるくらい魅力的な音楽だった、ということ。よって、この日もじゅうぶん満足。
2001.3.20記
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