神将というのは、基本的に実行部隊なのだ。
誰かの指示によって迅速に動くのは得意なのだが、反対に大局を見定めて指示を出すのは不得手だった。
はっきり言って、生き残っている連中では無理だった。
指令系統にいた上級神将は、先の対アスラ戦で失われている。
現状まともに残っている神将集団と言えば、八部衆くらいのものだ。
その八部衆が、揃いも揃って使えない。
というのも、彼らは先陣を切って戦う実践部隊そのものだったから。
辛うじて事務・管理系統の処理ができそうなのは、天王ヒュウガだろう。
何と言っても、ビシュヌ様の側近を勤めていたという実績がある。
その彼も、このような緊急事態における柔軟な対応は苦手としていた。
そもそも、現在生き残っている天空人の中で、調和神不在の時代を知る者は皆無なのだ。
何もかもが初めての事と言っていいだろう。
先例にならって……なんて手抜きは出来ない。
どこから手を着けるべきか、人々は困惑して立ち尽くすばかりだ。
そんな所に使える人間がいたらどうなるか……
結果は目に見えて明らかだった。
すべての負担が、使える人間の肩にかかる。
使える人間は、己の有能さと放り出して逃げられない人の良さを呪うしかない。
「特に、あんた!」
ビシッと指差された当人は、
「え、俺?」
急に鉾先を向けられ、慌てて手にしていたカップを落としそうになった。
落とせばもっと機嫌を損ねることだろう。
きっと。
そのカップは傍らの親友によって保護され、本人は反対の手に握っていた中華まんを死守していた。
「文字もロクに覚えてない!」
字が読めなくては、各地から届く報告を読むことすらできないのだ。
水晶球による伝達方法もあるにはあるが、そういった情報網は破壊されてしまっていたのだ。
まぁ、秋亜人が天空界に転生してからの状況を考えれば、悠長に読み書きの勉強なんてできっこないに決まっている。
だから、これは八つ当たりなのだ。
言っている本人もそれは自覚していたが、ストレス解消の手段くらいにはなってほしい。
そんな甘えもあった。
ところで、傍らでそれを見ていた方は、心穏やかではない。
彼には、困っている親友を突き放すことなんて、とてもではないができなかった。
「差し出がましいこととは思いますが、その資料を見せていただけませんか?」
レイガはその物言いに虚を突かれ、まじまじと言い出した相手を見つめる。
他の連中も、同じ反応をしていた。
それは仕方ないことだろう。
なにしろ、他の八部衆には、黒の光流に取り憑かれていた『夜叉王』なガイの印象しか無い。
目の前で微笑む、もの静かそうな人物と結びつかなかったのだ。
一番早く立ち直ったのは、やはり頭の切り替えが早いレイガだった。
「え? 凱ってば、天空界の文字読めんの?」
秋亜人の言葉で現実に意識が引き戻されたのだ。
「少しだけね。」
照れくさそうに秋亜人へと微笑む姿は、とてもあの夜叉王と同一人物とは思えない。
使えれば良し。
そうでなければ、別の手を考えるだけのことだ。
ものは試しとばかりに、レイガは手にしていた資料を凱へと放り投げる。
使えるものならば、何でも使ってしまえ。
そういう投げやりな気持ちがあったことは否めない。
ざっと資料に目を通し、ガイが呟いた。
「……難しいですね」
「やっぱ、お手上げ?」
そう訊ねてみれば、凱の口許には謎めいた微笑が浮かんでいる。
「いえ、内容はおおよそ把握できたと思うのですが、ここ……」
と指差された箇所は、レイガも悩んでいた問題だった。
天空樹を中心に存在していた湖や河川、それらがどうにも不安定らしい。
天空樹の倒壊と調和神の光流の激減の影響が出始めている。
河川や光流源流の流れがしっかりと定まらない為、新しい村づくりをするにも、場所を決められずにいたのだ。
「取急ぎ調査させるしかないわよね、やっぱ。」
と言いながら、レイガはくるりと周囲を見回した。
使えるものは使ってしまうに限る。
一般神将は無理だとしても、八部衆クラスなら水晶球で連絡を取り合うことも可能だ。
「ヒュウガ、あんたは調査隊を四つ作っといて。その後、中央に待機して連絡と記録をお願いするわ。」
「リョウマ殿には、そのうちの一隊を率い、天空樹があったところを中心として北方の調査をお願いします。」
「ダン、クウヤ、あたたちは西と南をお願いね。面倒なら二人で二地区回ってくれていいから。」
「レンゲ殿、あなたには東をお願いします。あ、秋亜人はこっちね。」
一通り指示出しを終え、二人は一息ついていた。
神将を調査に送り、最新の地図を作らせるのが目標である。
他の八部衆がいないと、こんなに静かになるものなのか……
「とりあえず、何とかなりそうね。」
「そうですね。昔から、治水は国を左右する重大な問題だと言われてますから。」
「あら、人間界ではそういった専門でも習っていたの?」
そう訊ねると、口元に微苦笑が浮かんでいた。
どうも、『歴史』という勉強で見聞きしたことらしい。
シュラトも同じことを聞いていたのだろうか。
そこで、レイガはハタと気が付いた。
「ところで、シュラトは?」
確か、各地の調査のメンツには入っていなかったはずだ。
秋亜人は、天空界の地理に疎い。
だから、レイガは天空殿に残しておいたのだ。
ついでに、暇つぶしにからかってやろうという考えもあったのだが……
「秋亜人には別の仕事を頼みました」
そう言うと、凱がにっこりと微笑む。
誰もに好印象を与える、その笑顔。
それが曲者だ。
秋亜人に向けるのとは、微妙に違う。
これは、自分が周囲に与える影響を知悉している表情だ。
取りつく島もない拒絶の言葉。
なるほど、これが、秋亜人の言うところの『あの優しかった凱』なのだろう。
「そういうこと……ね」
黒の光流から解放されていても、根本的なところは変わらないものらしい。
他の者が秋亜人に関わるのを好まないところとか。
レイガは、二人の一騎討ちを止めに入ったときのことを思い出していた。